*2005年*

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  永遠の1/2  佐藤正午  ☆☆
田村宏、27歳。職を失い毎日競輪場通いをしていたが、ある日自分と うりふたつの人間がいることを知る。野口と呼ばれるその男と間違われ、 殴られたり追いかけられたり・・・。田村は野口と会ってみたいと思い 始めるが。

自分にうりふたつの男。その男は田村の知り合い何人もに目撃されている。 しかし、田村は一度も会ったことがない。それなのに、野口に間違われ悲惨なめに 遭う。野口はなぜ追われているのか?そして田村は野口に会うことができるのか? 野口の存在はこの作品を通してミステリアスなものになっている。設定は面白いと 思った。だが文庫本約450ページという長さに比べると、ミステリー的要素は わずかだ。ほとんどは田村の怠惰な生活の描写に費やされているような気がする。 正直言って読み進めるのがとても苦痛だった。読了後の満足感もなかった。


  プリズム  貫井徳郎  ☆☆☆
女性教師が他殺体となって発見された。窓のガラスが切り取られ 開けられた鍵、睡眠薬入りのチョコレート、そして彼女の命を奪った アンティーク時計。彼女と関わりのあった人間の証言から見えてくるものは?

さまざまな人間の証言から浮かび上がってくるのは、殺された山浦美津子の さまざまな姿。一人の人間に対する印象は、証言者が違うとさまざまに変化する。 それはまさにプリズムのようだった。だが、証言者が証言すればするほど被害者の 真の姿も、事件の真相も霞んでいく。そして、霞んでいけばいくほど読み手は ラストを期待するのだが、真相もまさにプリズムそのものだ。それを是とするか 非とするかは読み手しだい。ちょっと異色のミステリーだった。


  象と耳鳴り  恩田陸  ☆☆☆
「あたくし、象を見ると耳鳴りがするんです」そう語り始めた老婦人。 「象による殺人」の夢はいったいどんな真実を秘めているのか? 表題作を含む12編を収録。

何気ない日常の中に潜むさまざまな謎。見落とされがちなその謎を見つけ、 鋭い観察力で解いていく。その鮮やかさは見事!こういう作品を読むと、 いつも会っている人のいつもの行動の中にも、何か謎があるのではないかと 思ってしまう。ここに収められているどの作品も、さすが恩田陸!と思わせる ものばかりだ。私たちの日常生活も、目を凝らして見れば謎に満ちた面白い ものが見えてくるかもしれない。


  港町食堂  奥田英朗  ☆☆☆
有名なN賞を受賞!ますます忙しくなってきた作家活動の合間を縫って、 船での旅を楽しもうとはりきるが・・・。軽快なタッチで描く旅の紀行文。

うーん、やはり伊良部は作者の分身だったのか!そう思わせるほどの キャラクターを発揮しながら旅は続く。船から眺める景色、そして行く先々で 食べるさまざまな料理、どちらも読んでいてうらやましく感じた。いろいろ ぶつぶつ言いながらでも、作者が旅を満喫しているさまがうかがえる。 歌って、踊って、食べて、飲んで、そして太って・・・。楽しい1冊でした♪


  天使のナイフ  薬丸岳  ☆☆☆☆
妻を殺したのは13歳の中学生3人だった。桧山は、彼らを殺したいほど 憎んだ。やがて4年の月日が流れたとき、犯人だった一人が殺される。警察は 桧山を疑うが・・・。4年前の妻の事件と今回の事件は関係があるのか? 次第に浮かび上がる真実は?江戸川乱歩賞受賞作品。

なぜ殺されなければならなかったのか?被害者の家族なら誰でもそう思う だろう。この作品の中の「なぜ?」の理由は驚くべきものだった。 桧山の妻が殺されたのは?桧山の妻を殺した犯人が殺されたのは?真実が 見え始めたとき、さまざまな出来事の一つ一つがつなぎ合わさって、最後には 驚くべきものになっていく。「少年法」の問題、加害者側の問題、そして 被害者側の問題などがミステリー的な要素と絡み合い、作品をとても 面白いものに仕上げている。「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があるが、 この言葉の実行の困難さそして大切さを、同時に知ったような気がした。


  テロリストのパラソル  藤原伊織  ☆☆☆
新宿中央公園で突如起こった爆発事件。その事件はその場に居合わせた 島村の過去を引きずり出していく。はたして22年前の事件と関係があるのか? そしてこの爆発事件の犠牲者の中には・・・。江戸川乱歩賞、直木賞受賞作品。

衝撃的な事件からこの物語は始まる。軽快なテンポで話が進み、読み手をぐいぐいと 作品の中へと引き込む。二重三重に絡む人間関係が、この作品にさらに面白さと 深みを与えている。それにしても、人間の思いというのは歳月を経ても色あせない ものなのか?それが恨みならなおさらなのだろうか?ラスト、失ったもの以上に 得たものがないことに、むなしさを感じた。


  キッドナップ・ツアー  角田光代  ☆☆
最初は冗談だと思っていた・・・。ハルを誘拐したのは、今は一緒に 暮らしていないハルのお父さん。父と娘の奇妙な旅が始まった。

父が娘を誘拐して、別れた妻に要求を突きつける。こう書くと暗い話なのかと 思うが、この作品に暗さは感じられない。淡々と親子の旅の様子が描かれて いる。旅を通してしだいに親子としてのつながりが深まっていくさまは、ほほえましい。 ハルの冷静な観察眼に、ちょっとドキッとさせられる部分もあるが。
読み進めていくと、やはり父親がハルを誘拐した動機が気にかかった。娘を誘拐して までしなければならない要求とは?漠然と、この作品の良し悪しはそこだ!と思って いただけに、ラストは期待はずれ。ちょっとがっかりした。


  骨音〜池袋ウエストゲートパークV  石田衣良  ☆☆☆
ホームレスの人たちが次々に襲われ、骨を折られるという事件が発生した。 犯人は薬をかがせてから骨を折っていた。誰が何のために?マコトは Gボーイズの面々と犯人捜しに乗り出すが・・・。表題作を含む4編を 収録。

ホームレスの人たちを襲う連中。彼らはホームレスの人たちを人間とは見て いない。自分たちの目的を達成するためのひとつの手段としてしか扱って いない。そこに、自分たちさえよければいいという、現代のひずみを見るような 気がした。ここに収められている作品はどれも重く暗い。そこには真の救いもない。 だが、人は生きていかなければならない。どんな状況でも。読んでいてそれは 強く感じた。池袋を愛するマコトの活躍はまだまだ続きそうだ。次回作も 期待したい。


  鳶がクルリと  ヒキタクニオ  ☆☆☆
セクハラもなく、働きやすい会社だった。ゆくゆくは管理職だと思っていたが、 貴奈子は辞表を出してしまう。引きこもり寸前の娘の様子を見かねた母は、 鳶職の叔父のところで働くようにすすめるが・・・。

それまでとはまったく違う世界に飛び込んだ貴奈子。最初はいやいや 働いていたが、地上からはるかに高いところで命の危険にさらされながら働く 男たちを見て、しだいに人生観が変わっていく。いろいろな個性がひしめく集団 だけれど、一人一人は気のいい人ばかり。ひとつの事をやり遂げるために 力をあわせる様は感動的だ。果たして仕事はうまくいくのか?そして貴奈子の 恋の行方は?軽いテンポで最後まで楽しく読めた。


  かんじき飛脚  山本一力  ☆☆☆☆
加賀藩の命運は飛脚たちにかかっていた。「加賀藩の御内室のために 密丸を10日以内に運べ!」だが、それを阻もうとする者たちが 飛脚の命を狙い動き始めた。はたして無事に役目を果たすことが できるのか?

金沢から江戸。この145里の冬道を走る飛脚の苦労は並大抵ではない。 人から人へ物を届けるということが、こんなにも大変なことだとは思わなかった。 裏切り者や飛脚の命を狙う者、決められた期限、そして過酷な道のり。 とにかく読んでいて面白かった。刺客の攻撃をかわしながら、仕事に誇りを持ち 命をかけて走り続けた男たち。ラストはほろ苦かったが、人と人とのふれ合いの 描写もほほえましく、心に残る作品だった。


  恋人よ  野沢尚  ☆☆☆
同じ日の同じ時間に同じホテルで結婚式を挙げた二組の男女。 彼らの間には交差するように、秘密のつながりがあった。 平静を装う日常生活が破綻したとき、それぞれのたどる道は?

人の思いは不変ではない。だが、結婚相手が別の人を愛していると 分かったとき、人は冷静ではいられない。けれども愛永は静かに去って いった。わめいたり取り乱したりしないということが、かえって愛永の 心が受けた衝撃の深さを物語っている。夫と別れた後、孤独を抱えながら 生きている愛永の姿に胸を打たれる。ドラマ化を前提に書かれた作品という 印象は否めないが、ラストはやはり泣けた。愛永が本当に幸せな気持ち だったのか、それを考えると哀れで切なかった。


  母恋旅烏  荻原浩  ☆☆☆
いろいろな商売に手を出したあげく借金返済不能に陥り、夜逃げした 花菱清太郎一家。彼らが借金返済のために始めたのは、一度は捨てた 大衆演劇だった・・・。

その日の生活もままならないほどの貧乏な暮らし。だが、この一家には 暗さがない。「何とかなるさ♪」そんなお気楽な清太郎の性格は、うらやましくも あり、あきれるところもあり・・・。だが、けんかしながらでも一家は まとまっている。そんな感じがした。一家6人のほのぼのとした暮らしや 大衆演劇の魅力は、読んでいてとても楽しかった。ラストはまさに「母恋旅烏」。 果たして、末っ子寛二の思いは届くのだろうか?届いてないはずはないと 思うのだが。


  ネクロポリス  恩田陸  ☆☆☆☆
生と死のはざまに存在するアナザー・ヒル。人はそこで、故人となった 懐かしい人々との再会を待ち望む。だが、おだやかに過ごすはずだった その場所で、次々に不思議な出来事が起こる。そして、アナザー・ヒルも 静かに変わり始めた・・・。

緻密な計画のもとに一部の隙も無く組み立てられた構造物。この作品は まさにそんな感じだった。生者と死者の不思議な交流、次々に起こる 奇怪な出来事。それがやがてひとつの真実に結集されていく様は、読んでいて ぞくぞくするほど面白かった。アナザー・ヒルの魅力的な描写も、読む者を とりこにする。ミステリー的な要素と、ファンタジー的な要素が見事に 融け合った作品だと思う。ただ、上下巻あわせて800ページ弱という長さの 中、真相を語る部分が少なすぎはしないだろうか?これだけの壮大な 世界に読者を引きずりこんだなら、やはりラストはもう少し盛り上げてほしかった。


  悪党たちは千里を走る  貫井徳郎  ☆☆☆
真面目に働いても報われない。カード詐欺のようなせせこましいものにも 嫌気がさした。どうせならドンと金が入る犯罪を!そう考えた高杉、 園部、菜摘子の3人は、誘拐を思いつく。しかしその誘拐計画は思わぬ方向に・・・。

悪人になりきれない3人。計画だけはりっぱだったが、その誘拐計画は思わぬ 展開を見せる。テンポがよく、とても読みやすかった。3人が予期せぬ方向に 流されていき慌てふためく様子が面白おかしく描かれている。身代金に関する 処理もあざやかで、こういう方法もあったのかと感心した。まさに現代ならではの 方法だった。ただ、誘拐事件が解決した後の展開に多少の不満が残った。 誘拐事件後の被害者宅の様子や、張り込んでいた警察官らの様子の描写も ほしかった。それに、ラストの章はなくてもよかったのでは?


  きみの友だち  重松清  ☆☆☆
みんなと友だちだと思っていた。だが、事故のあとにその関係は微妙に 変化する。孤立してしまった恵美は、自分と同じように一人ぼっちの由香と、 いつしか言葉を交わすようになっていくが・・・。「あいあい傘」を始めとする 10の作品を収録。

いつも身近にいるから、いつも一緒に話しをするから、それだけでは本当の 友だちとは言えない。本当の友だちって何だろう?この本を読んでいると、 遠い昔に同じようなことで悩んでいた自分の姿を思い出す。作者は、友だち関係に悩む さまざまな登場人物の心の動きを細やかに描いている。傷つけたり傷ついたりしながら 人は成長していく。過ぎ去った日々が、いつか大人になったときに、「あの頃のことが 懐かしい。」といえる日々であってほしい。恵美と由香の日々もきっとそんなふうで あったのだろう。いつまでも「もこもこ雲」が、空に浮かんでいますように。


  魔王  伊坂幸太郎  ☆☆
まるで腹話術のように、他人に自分の思っていることをしゃべらせる 能力を持った兄がいた。その兄を慕う弟がいた。兄は、急速に支持率を あげる政治家犬養に危機感を抱き、彼に近づき自分の能力を使おうとするが・・・。

世の中の流れ、それがいつのまにか変わっていても、人は気づかないことがある。 そして、その流れに流されまいとしても、いつのまにか流されていることもある。 それがある特定の人間の仕業だとしたら?シューベルトの歌曲「魔王」のように、 だれもその存在に気づかず、気づいたとしても歌曲の中の子供のような運命をたどると したら、これほど怖ろしいことはないだろう。兄の行動に弟はどう反応するの だろう?期待と不安が入り混じった気持ちで読み進めたが、とても難解な作品で 作者の真意が見えなかった。


  犬はどこだ  米澤穂信  ☆☆☆
自分の思い描く人生。願ったとおりになるはずだったのに、挫折した。 故郷に帰ってきた紺屋は犬探し専門の調査事務所を開設するが、 飛び込んできた仕事の依頼は、人探しと古文書調査だった。しかも その二つの仕事は、微妙につながっていた。

人探しと古文書調査。それぞれ別々に調査していくが、しだいにつながりを 持ってくる。佐久良桐子はなぜ失踪したのか?その原因となったものが 分かったとき、現実にもありそうなことなので怖くなった。いやそれ以上に 怖いのは、追い詰められた人間の反撃だ。まさに「窮鼠猫を噛む」。 自分の身を守るためなら、人はどんなことでもやってしまう。 二つの仕事が片付いたとき、そこからが本当のミステリーの始まりなのかも しれない・・・。


  ノラや  内田百  ☆☆☆
縁あって飼うことになった猫のノラ。ある日、家を出たきり行方不明になった。 「ノラや、お前はどこに行ったんだい?」人目もはばからず慟哭する・・・。 作者内田百閧フ、猫に対する思いを描いた連作。

大の男が、それもいい年をして、いなくなった猫を思い慟哭する。傍から見れば おかしいと思うかもしれないが、同じ猫好きとしてその気持ちが痛いほど分かる。 人目なんか気にしていられない。猫が好きというのはそういうことなのだ。読んでいて もらい泣きしそうになった。猫の描写もきめ細やかで、愛情に満ち溢れている。ノラ、 そして次に飼ったクルツ。作者とのほのぼのとしたふれ合いが印象的だった。猫好きの 人はぜひどうぞ♪


  スパイク  松尾由美  ☆☆☆
ビーグル犬のスパイクを連れて散歩をしていた緑は、幹夫という 男性に出会う。幹夫が連れていた犬もビーグル犬で、しかも名前が スパイク!お互いに親しみを感じた二人は次の土曜日にも会う約束を するが、幹夫はいつまでたっても現れなかった・・・。

幹夫が現れなかったのはなぜか?緑はスパイクを連れて幹夫の行方を捜す。 次々に明かされる真実。そして幹夫という人物についても・・・。緑が なぜ幹夫に惹かれたのか?その理由が分かったときに、ちょっと切ない 気持ちになった。近くて遠い存在の幹夫ともう一匹のスパイク。私にも もしかしたら、幹夫のような存在の人がいるかもしれない。そう考えると わくわくしてくる。この世の中にも、まだまだ不思議なことがありそうだ♪


  女盗賊プーラン  プーラン・デヴィ  ☆☆☆☆
貧しく、低い身分。11歳のときに30過ぎの男やもめと結婚させられ、 ひどい虐待を受ける。その後離婚するが、レイプ、村八分と彼女に対する 迫害は続く。やがて彼女は盗賊団に加わり首領にまでなるが、その後投降。 そして国会議員の道を歩む。プーラン・デヴィという一人の女性の波乱に 満ちた人生を描いたノンフィクション。

インドのカースト制度。それが根強く残る中での過酷な生活。まるで物語を 読んでいるようだった。一人の女性に起こった出来事。これが事実だなんて どうしても思えない。それほどひどい内容だった。だが彼女は、どんなひどい ことが自分に起ころうとも、決してくじけることはなかった。その強さには 驚かされた。この本では、彼女が国会議員になり、命を狙われているため24時間 体制の警護を受けているというところまで知ることが出来る。(1997年出版)
残念ながら、彼女は2001年7月25日に自宅前で暗殺された。同じような 苦しみにあえぐ人たちを救おうとする志し半ばでの死だった。とても無念だった だろうと思う。この世の中から、身分や貧富の差がなくなってほしい!そう願わず にはいられなかった。


  精霊探偵  梶尾真治  ☆☆☆
妻を失ってから他人の背後霊が見えるようになった新海は、霊の力を借りて いろいろなトラブルを解決する。ある日、人探しの以来が舞い込んだ。 だがこれは単なる人探しでは終わらなかった。新海はしだいに不気味な出来事に 巻き込まれていった。

他人の背後霊が見える探偵。しかもその探偵は、背後霊からさまざまな情報を 集めることが出来る。面白い設定だと思う。新海の助手を務める少女子夢の 存在も面白い。失踪事件に隠された謎は何か?わくわくしながら読んだが、 後半は思わぬ展開になった。賛否両論あると思うが、私にはしっくりこなかった。 前半の面白さが一気にしぼんでいくような感じさえした。ラストに明かされる 真相もちょっと疑問。「えーっ!こんな結末なの!?」読後もすっきりしなかった。


  はなうた日和  山本幸久  ☆☆☆
母親とケンカして家を飛び出し、一度も会ったことのない父親を訪ねた一番。 だが父親は不在で、一番と同じくらいの歳の男の子が一人で留守番をしていた。 一番はその男の子と一緒に父の帰りを待つことにするが・・・。 「閣下のお出まし」を含む8編を収録。

日常の暮らしの中にもささやかな変化がある。それはうれしいことばかりでは ない。けれど、つらいときでも人々は、明日という未来に希望を持って生きている。 そんなほのぼのとした情景がこの作品にはあふれている。心が温まる話ばかりだが、 どれもその先を読みたいと思わせるものばかりだ。この先は読者の想像任せ? 私としてはやはり作者にお願いしたいのだが・・・。


  血液魚雷  町井登志夫  ☆☆☆
心筋梗塞で運ばれてきた患者は、放射線科医石原祥子の元恋人の 羽根田耕治の妻だった。血栓除去の治療中、モニターに不気味な影が写る。 「アシモフ」と呼ばれる最新装置で見た血管の中には、今まで見たことも ない不気味な生物がうごめいていた!

現代版「ミクロの決死圏」と言われるように、この作品に描かれているのは 人間の体内の世界だ。小宇宙と呼ぶにふさわしい、私たちが決して見ることの 出来ない世界を、リアルに描き出している。この中で人間と未知の生物の戦いが 始まる。限られた時間の中での息詰まる展開は圧巻。ただ、未知の生物については、 途中で想像がついてしまった。ラストも、途中が緊迫した展開の割には物足り なかった。あっけないというか、拍子抜けしたというか・・・。


  漢方小説  中島たい子  ☆☆☆
昔つき合っていた人と久しぶりに会ったとき、結婚するという話を 聞かされた。そのときからみのりは、原因不明の震えに襲われる。 転々と病院を変え、最後にたどり着いたのは漢方診療所だった・・・。

東洋医学は、病気そのものを治すというより、病気になった体をその人自身の 免疫力などで治す手助けをする医学だ。そういう意味では西洋医学にはない 優しさがあると思う。理想の治療というのはやはり、人が本来持っている 治癒力をうまく引き出すということなのではないだろうか。それに加え、 本人の治りたいと思う気持ち、そしてまわりの人たちの温かな思いやりが あれば最高だ。この作品を読んで、東洋医学や漢方薬のすばらしさが少しは 分かったような気がする。


  動物記  新堂冬樹  ☆☆☆
母親を失い、人間の手によって育てられることになった子グマたち。 雄はアダム、雌はイヴと名づけられた。だが、この2頭を待っていた 運命は過酷なものだった・・・。ある1頭のグリズリーの生涯を描いた 作品を含む3編を収録。

人間は忘れてしまった。自分たちも自然の一部だということを。そして、 人間もほかの動物も、生きているということでは同等だということを。 人間がもう少しほかの動物を思いやる心を持ったなら、グリズリーのアダムも、 ジャーマン・シェパードのシーザーとミカエルも、こんな悲しい生き方を しなくてもよかったのだ。人は自然に対してもっと謙虚であるべきだ。 そうでなければ悲劇を繰り返すことになる。小学生の頃読んだシートン 動物記のように、大自然のすばらしさを感じることのできる作品だった。


  黒い家  貴志祐介  ☆☆☆
死亡保険金の査定を担当する若槻は、呼ばれた家で少年の首吊り 死体を発見する。少年には保険が掛けられており、父親は毎日の ように会社にやってきては保険金を請求する。若槻は父親の態度に 不審を抱き、今回の出来事を詳しく調査しようとするが・・・。

何気なく普通に生活し、いつもの通り仕事をしているつもりでも、 本人が気づかぬうちに誰かから怨まれている場合がある。自分を怨んで いるのが常軌を逸した人間であれば、こんなに怖ろしいことはない。 若槻に迫り来るのはまさにそんな恐怖だ。いつどこから相手が襲って くるのか?読んでいる私までもが怖くなる。日頃から一番怖いのは幽霊では なく人間だと思っているが、まさにその人間の持つ怖さを、まざまざと 見せつけられた作品だった。


  憑神  浅田次郎  ☆☆
婿入り先で男子が誕生したとたん冷たい扱いをされ、ついには離縁 させられ実家に戻ってきた彦四郎。出世を願ってお稲荷さんに手を 合わせたが、現れたのは人に災いをなす神だった!

何とか憑神から逃れようとする彦四郎と憑神のやりとりが面白おかしく 描かれている一方で、「自分が災いから逃れるためには、何をしても いいのか?」そういう彦四郎の苦悩もシリアスに描かれている。人は自分が つらい立場や苦しい立場に置かれた時、それを他人のせいにしていることが 多いのではないだろうか。だが本当は自分の心のせいだとしたら?最後に 彦四郎が選んだ生き方は、そのことに気づいたからかもしれない。笑いあり 涙ありの作品だがどちらも中途半端な描かれ方で、読後は消化不良のような 不満が残った。


  かたみ歌  朱川湊人  ☆☆☆☆
東京の下町にあるアカシア商店街。そこに関わる人たちに起こった 不思議な出来事を描いた作品。7編を収録した連作短編集。

昭和の古きよき時代。読んでいて胸が痛くなるほど懐かしい。そこに 描かれているのはちょっと不思議な話だが、中にはぞっとするような 話もある。けれど、怖いだけではない。涙が出るほどの切なさもある。 人の思いは、その人の体がなくなってしまっても、時を超えて存在し続ける ものなのだろうか。特に「栞の恋」を読んだときにそう感じた。 泣きそうになりながら読んだけれど、読後は心に温かいものが残った。 作者の優しさがふんわりと伝わってくる作品だった。


  容疑者Xの献身  東野圭吾  ☆☆☆☆
つきまとう元夫を殺してしまった女性。愛する人を殺人犯にしたくない! その思いから石神は、彼女を守るためにアリバイ工作をする。だが、石神の 友人で物理学者の湯川は、確実に真実に迫っていった・・・。おなじみの 湯川、草薙シリーズ。

警察の追及をあらかじめ予測して、次々に手段を講じる石神。完璧なアリバイ など作れるはずがないのに、警察は彼女の犯行当時のアリバイを崩すことが 出来ない。なぜなのだろうという疑問が最後までつきまとう。だが、そこには 驚くべき真実が隠されていた!ミステリーの面白さに加え、人は思いを寄せる 人のためにここまで自分を犠牲にできるのか!という切なさも味わえた。最初から 最後まで読み手を掴んで離さない、一気読みの作品だった。


  デカルトの密室  瀬名秀明  ☆☆
密室に監禁された祐輔を救い出すため、祐輔の作ったロボットの ケンイチは人を射殺してしまう。ロボットとして決してあり得ない、 そして絶対にやってはいけない行為だった・・・。人とロボットの違いは? そして心を持つとは?人間の本質にも迫る作品。

体に脳が閉じ込められている。ひとつの体にひとつの意識。このことに ついて何の疑問も持ったことはない。だが、「なぜひとつの意識しか持て ないのだろう?」という疑問を投げかけられたとき、いったいどう答えれば いいのだろうか?この作品には、「意識の開放」そして「心」の問題が 取り上げられている。ロボットはどこまで人に近づけるのか?そういう問題と からめて描かれている点はとても興味深い。だが、難解だし長い。 読むにはかなりの苦労と時間を要した。理解しようとすることに精一杯で、 楽しんで読める作品ではなかった。


  イニシエーション・ラブ  乾くるみ  ☆☆☆☆
友人から合コンのピンチヒッターを頼まれた夕樹は、その席で 繭子という女性と知り合った。やがて二人はつき合い始める。 夕樹が来春大学を卒業したら東京の会社に就職する予定だと聞いた 繭子は表情を曇らせるが・・・。

知りあってから愛し合うまでに、それほど時間はかからなかった。 お互いを思う気持ちは遠距離恋愛になっても変わらなかったはずなのに、 微妙なすれ違いが生じ始める・・・。どこにでもあるような話だと思い、読み 進めていった。そしてラスト!最後の最後まで、この本に隠された仕掛けに 気づかなかった。読了直後にまた最初から1時間以上かけて読み直した。読んで すぐまた読み直した本はおそらく初めてではないだろうか。作者の罠にまんまと はまってしまった。作品のあちこちに張りめぐらされた伏線。「どこがミステリー なのだろう?」そういう疑問を吹き飛ばすラスト2行。驚愕のミステリーだった。


  沼地のある森を抜けて  梨木香歩  ☆☆☆
死んだおばから引き継いだのはぬか床だった。だが、そのぬか床は 普通のぬか床ではなかった。ある日卵が現れて、そしてその卵から 孵化したものは・・・。生命の不思議さを独特の感性で描いた作品。

人はどこから生まれてどこへ還るのか?お母さんのおなかから生まれて、 最後に土に還る。そんな答えでは片付けられないものがこの作品には 描かれていた。一般的な答えのようにしか生命は誕生しないのか?こんな疑問が 浮かんでくる。「ぬか床や沼から命が生まれたとしても不思議ではない。」 この作品を読むと、そう考えさせられてしまう。はるか昔、たった一つの細胞から 今ある数々の生命が生まれた。その壮大なドラマ。ぬか床や沼の中にも 宇宙は存在していたのではないだろうか。生命の神秘さや果てしない広がりを、 感じずにはいられない作品だった。


  脳男  首藤瓜於  ☆☆☆☆
連続爆弾犯のアジトを見つけ踏み込んだが、そこには犯人と格闘する 男がいた。彼は何者なのか?共犯者なのか?鷲谷真梨子は、鈴木一郎と 名乗る男性の精神鑑定を依頼される。真梨子が知った彼の本性とは? 江戸川乱歩賞受賞作品。

心や体に障害を持って生まれてくる人がいる。鈴木一郎もその一人だった。 一見ほかの人となんら変わるところがないように見えるが、彼の本質は 驚くべきものだった。一郎のしだいに明らかになる過去、そして本性を暴こうと する真梨子と一郎の緊迫したやり取りは、読み手を物語の中へのめり込ませる。 一郎には卓越した能力もあった。この能力が別の形で生かされたなら、彼には もっと違う人生もあったのではないだろうか。そう考えると哀れさを感じた。 後半の息詰まる展開、そしてラスト・・・。見事にまとめられた、読み応えのある 作品だった。


  あやし  宮部みゆき  ☆☆☆☆
他の人に見えないものが見える!怨念が凝り固まったら?人の穢れが 集まれば?人の不幸を願ったら?
日常の中に潜む、不思議で怖い出来事を描いた9編を収録。

どの話も読んでいて背筋がゾクッとする。あからさまに幽霊などが出てくる 話ばかりではない。だが怖い。「居眠り心中」「布団部屋」「女の首」では、 人の怨念の怖ろしさを感じた。また、「梅の雨降る」「時雨鬼」では、心の中に 潜む鬼の存在が怖ろしかった。どんな人でも人を怨むことはあるだろうし、 心の中に鬼がいるのだろう。だが、それに負けてはいけない。人は、常に自分の心と 戦っていかなくてはならないのだと思う。不思議で、怖くて、そしてちょっぴり 切ない作品だった。


  ウインクで乾杯  東野圭吾  ☆☆☆
コンパニオンの小田香子は同僚の牧村絵里と一緒にホテルを出た。 だが、絵里は一人ホテルの部屋に戻り、毒入りビールを飲んで死んでいた! 部屋は完全に密室で、自殺かと思われたが・・・。

コミカルなタッチで描かれたミステリー。香子は刑事の芝田と絵里の死の 謎を調べる。二人のやり取りが、読んでいて面白い。香子の、玉の輿に乗る ための涙ぐましい努力もとても愉快だ。
真相が明らかになるにつれて、さまざまな人間関係も浮かび上がってくる。 だがこの事件の大元となった出来事にはちょっと疑問を感じる。ビートルズの 歌の謎解きも「えっ!そうなの?」という程度だった。さらさらと読める読みやすい 作品だったが、心に残るというほどではなかった。


  夜離れ  乃南アサ  ☆☆☆
女子大は出たけれど就職難で就職先も決まらず、腰掛かけ 程度の軽い気持ちで始めたホステス業。のめりこんでしまったが、 平凡な幸せを望み、平凡なOLに戻った。そしてある男性と出会うが・・・。 表題作を含む6編を収録。

同性の私が言うのもおかしいが、この作品を読んでつくづく女性は怖いと思った。 笑顔の中に潜むねたみや憎悪、そして残酷なまでの冷淡さ。特に「髪」という 作品は印象に残った。自分より劣っていると思う人間に対しては寛大な気持ちに なれるが、立場が逆になると・・・。怖い!
この作品に出てくる女性たちは、平凡な幸せを求めていたはずではなかったのか? それが、どこでどう狂ってしまったのか?そう考えると哀れさも感じる。女性の心理を 見事に描ききった作品だと思う。


  ありがとう大五郎  大谷英之・淳子  ☆☆☆
重度の障害を背負って生まれてきた1匹のサル。2、3日しか 生きられないだろうと言われていたが、大谷家に引き取られ 2年4ヶ月間生きた。大谷家の人たちとのふれ合いを、写真と文で 記録した作品。

初めに、バスケットの中に入れられた大五郎の写真を見たときは、 思わず息を呑んだ。足は無く、手も肘から先が少しついているだけと いう状態だった。淳子さんはもう一人子供が出来たと思い、我が子 同様大切に慈しみ育てていく。その苦労は書かれている以上のものが あったと思う。大谷家の人たちの愛情は、自分で移動は出来ないと 思われていた大五郎を動かし、ついには立たせてしまうのだ。 ぬいぐるみを抱えて立つ大五郎の姿は、悲しいくらい感動的なものだった。 短い生涯だったと思う。だが、たくさんの愛情を注いでもらった大五郎は 幸せだったのではないだろうか。今度生まれてくるときは、きっと元気な 体で・・・。そう願わずにはいられなかった。


  千日紅の恋人  帚木蓬生  ☆☆☆
不幸な二度の結婚の後、時子は父が遺したアパート「扇荘」の 管理と老人介護施設でのパートをしていた。自分の人生に 疑問を持ち始めていたとき、扇荘に一人の男性が引っ越してくる。 時子はしだいに彼の存在が気になり始めるが・・・。

前半は、扇荘の住人との間に起こる出来事、時子自身のこと、時子の 母のことなどが中心だが、読んでいて退屈な面があった。だが後半は 面白かった。扇荘のささやかな日常の中にも、さまざまな悩みや 悲しみがある。それを思いやる時子の優しさが心にしみる。時子と 有馬の恋愛もよかった。派手さはない。だからこそ読んでいて身近に 感じられ、胸を打たれた。ラストでは涙がこぼれた。静かで、穏やかな感じの 作品だった。


  おまけのこ  畠中恵  ☆☆☆
天城屋が真珠を預けた櫛職人の八介が何者かに襲われた。 襲ったのは誰なのか?そして真珠も行方不明。おまけに鳴屋も 迷子になって、長崎屋は大騒ぎ。若だんなの一太郎が事件解決に 乗り出すが・・・。表題作を含む5編を収録した「しゃばけ シリーズ」4作目♪

一太郎は体が弱く、佐助や仁吉はそんな一太郎を大げさなほど心配する。 栄吉は菓子作りが下手だ。みんないつもの通りなので、読んでいてほっと する。起こる事件は何だか不思議な事件ばかりだが、一太郎は持ち前の 鋭さで見事に解決していく。5編の中では「こわい」の話がよかった。 人の心の隙にすっと入り込んでくる「こわい」は、その名の通り怖かった。 だが、シリーズ4作目となるとちょっとマンネリ化のような気がしないでも ない。でも、それでもこれからも読み続けたいと思う魅力がこの作品には ある。このシリーズがこれからもずっと続くことを願っている。


    横山秀夫  ☆☆☆
ある事件がきっかけとなり、鑑識課機動鑑識班から秘書課広報公聴係に 配属された平野瑞穂。得意技は似顔絵描きだったのだが・・・。 彼女の周りで起こるさまざまな事件に、その能力を発揮することが出来るのか?

自分の精神がズタズタになるような事件の後、瑞穂は似顔絵描きの腕を 振るう機会を奪われた。「女は使えない!」そんな言葉も浴びせられる。 「婦警」という立場に耐え切れず辞めていく友人もいた・・・。今もあるの だろうか?女性蔑視の風潮が。だが、女性にしか出来ないこと、女性だから こそ気づくということもあるはずだ。彼女は必死に自分に出来ることを見つけ ようとする。まさに孤軍奮闘。そんな彼女の努力が報われるときがあった。 読んでいて思わずほっとする。作者得意の警察物だが、女性を主人公にした ものはあまりないのではないだろうか?異色ともいえる作品だった。


  てるてるあした  加納朋子  ☆☆☆
両親の借金のせいで高校進学を断念。夜逃げする両親の元を離れ 一人佐々良の街にやってきた照代。心を閉ざす彼女に差出人 不明のメールが届く。そして女の子の幽霊も現れて・・・。

高校進学をあきらめて、両親とも離れ、見ず知らずの街で今まで会った こともなかった人の世話になる。15歳の女の子にとってはつらい 現実だろう。照代はその不幸な境遇をすべて人のせいにして、自分の殻に 閉じこもっていた。そんな彼女の心を開いていったのは、サヤを初め 佐々良の人たちだった。差出人不明のメール、女の子の幽霊。その二つの 事に隠された真実を知ったとき、照代の心に変化が生まれる。冷たいと 思っていた照代を預かった久代の本当の気持ちも見えてきた。人と人との 心の触れ合う瞬間はとても感動的だ。ラストはちょっとほろ苦い。 読んでいると、心が癒されていくような作品だった。


  池袋ウエストゲートパーク  石田衣良  ☆☆☆
池袋ウエストゲートパーク。マコトたちはそこでヒカルとリカに 出会った。しかし、ホテルで10代の女性が首を絞められ意識不明の 状態で発見されるという事件が続けて2件発生した頃から、彼女たちの 様子がおかしくなった・・・。そしてリカが死体となって発見される! 犯人は?事件の背後にあるものは?マコトたちは事件解明に乗り出した。 表題作を含む4編を収録。

起こる事件はちょっと暗いものもある。しかし登場人物は個性豊かで、 ストーリーの展開も軽快にテンポよく描かれている。池袋で起こる出来事を 自分たちの手で解決しようとするマコトやGボーイズの面々。その連係プレーは あざやかだ。一人一人が持つ能力を結集することで、こんなにも大きな力に なるのだ!それがとても小気味いい。池袋を大切に思う気持ちも伝わってきて、 楽しめる作品に仕上がっている。


  731  青木冨貴子  ☆☆☆
細菌戦部隊731の責任者であった石井四郎。彼はなぜ戦犯に ならなかったのか?そこにはアメリカの思惑があった。発見された 石井四郎直筆のノートや、さまざまな人たちの証言から真相に 迫ったノンフィクション。

森村誠一さんの「悪魔の飽食」で初めて731部隊の存在を知ったのは、 もう20年以上前のことだった。戦争中、ペスト菌を初めとするさまざまな 細菌を用いて人体実験を行なったという事実は衝撃的なものだった。 その責任者である石井四郎がなぜ責任を問われなかったのか?そこには、 ぜひとも実験結果を手に入れたいというアメリカの思いがあった。戦後処理の 一環として731部隊の調査は行なわれた。それは戦後の闇の部分であったと思う。 貴重な資料や証言から浮かび上がる日本の戦後。日本人として知っておかなければ ならないと痛切に感じた。


  『恐怖の報酬』日記  恩田陸  ☆☆☆
飛行機が死ぬほど嫌い!!海外旅行なんてとんでもない!!
そう思っていた恩田陸さんだったが、イギリス・アイルランド旅行に 行くことになってしまった。はたしてどんな旅になったのやら? 面白おかしいエッセイ集♪

恩田さんの飛行機嫌いは徹底している。ハンパじゃない。そんな恩田さんが 12時間も飛行機に・・・。パニックにならないのが不思議なくらいの うろたえぶりはおかしかった♪だが、さすがに作家だけのことはある。 行く先々での行動や風景の描写は読んでいてとても楽しかった。それに、 エッセイの中で取り上げられている本や映画作品なども、とても興味深かった。 恩田さんの読書量などにあらためて尊敬の念を抱いてしまった。それにしても 恩田さん、よく飲みます。お酒好きなのは知っていたけれど、読んでいる私まで 酔いそうでした。ラストは爆笑♪


  東京DOLL  石田衣良  ☆☆
MGと呼ばれる天才ゲームクリエイターがコンビニで出会った少女ヨリは、 不思議な魅力を秘めていた。二人はだんだんとビジネスだけのつき合いでは なくなっていったのだが・・・。

ゲームのモデルとしてビジネス上のつき合いのつもりだったが、しだいに MGはヨリに惹かれていく。だが、MGにもヨリにもそれぞれ恋人がいた。 そして、MGの会社にも危機が・・・。MGとヨリとの関係、MGの会社は どうなるのか?そこのところがこの作品の大きな柱になっていると思うのだが、 設定自体には新鮮味がなく、先を知りたいと思う気持ちにはならなかった。ヨリを 「人形」として位置づけるのも無理があるのではないだろうか。生身の人間としての 印象が強い。ラストも平凡で面白味がなかった。


  麦ふみクーツェ  いしいしんじ  ☆☆☆☆
とん たたん とん♪
「ねこ」の心の中にはいつもクーツェの麦ふみの音が響いていた。 いろいろな人たちとの出会いを通して、「ねこ」は本当の意味での 音楽を知る・・・。心の再生の物語。

「ねこ」と彼の祖父と父、用務員さん、局長、盲目の元ボクサー、 チェロの先生、みどり色など、いろいろな人のいろいろな人生。それは 音楽のさまざまな音色のようだ。悲しい音色、楽しい音色、苦悩の音色。 だが、それがひとつになったとき、思わぬ美しい音色が生まれ出ることも ある。「とん たたん とん」麦たちはその音を聴きながら踏まれ、そして 強くなる。人も、さまざまな人生の音色を聴きながら強くなる。音楽が人を 再生していく。まるでこの作品全体がひとつの音楽のようだ。人の心の中に ある音楽。私はいったいどんな音色なのだろう。自分の心に耳を傾けてみたく なった。


  誘拐ラプソディー  荻原浩  ☆☆☆☆☆
借金だらけ。自分で死ぬ度胸もない。勤め先の親方を殴り、金と 車を奪ってはみたが・・・。そんな時金持ちの息子と思われる 少年が車に転がり込んできた。「誘拐して身代金を。」そう考えた 秀吉だが・・・。

誘拐事件!けれどシリアスではない。かなり笑える。誘拐しようとした 少年伝助の父親篠宮智彦は、実はとんでもない職業だった!!引くに引けない 秀吉。そのうろたえぶり!そして秀吉や伝助を追う、篠宮の部下たち。そこに 別の伝助を狙う者たちも現れて、事情が複雑に絡んでくる。ラストまで目が 離せない。秀吉はいったいどうなるのか、最後までハラハラさせられどおし だった。笑いの中にも、人と人との心のふれあいや、人が人を思う気持ちに ホロッとさせられる箇所があった。笑って泣いて、泣いて笑って♪心から 楽しめる作品だった。


  終末の海  片理誠  ☆☆☆
核戦争により住んでいた世界は崩壊した。圭太は父母やその 仲間とともに漁船で海に逃げ出したが、座礁!そんなとき豪華客船が 現れた。だが、父母を初め乗り込んだ大人たちは誰一人帰って来なかった。 そして2年後、再び現れたその船に今度は圭太たちが乗り込んでみたのだが、 一人また一人と仲間たちが消えていった・・・。

大人たちが消えた後、ほとんど子供たちだけで生き抜いていた。今ある物を うまく利用し、食べ物を分けあって。がんばる男の子を描きたかったという 作者の思いが伝わってくる。豪華客船で人が消えるのはなぜか?なぜ誰もいない のか?その真相には意外性があった。だが、内容、描写ともに小学生、中学生の 子供向けのような感じがした。起こっている出来事だけが淡々と描かれていて、 深みが感じれらない。登場人物の描写をもう少していねいに描いてほしかった。 そうすれば彼らの苦悩や悲しみがもっと伝わってきて、作品全体に幅が出てくると 思うのだが。


  さよならバースディ  荻原浩  ☆☆☆
彼女には死ななければならない訳があったのか?彼女の死の真相を知る のは、人と会話の出来るサルのバースディだけ。真はバースディから 真実を聞き出そうとするが・・・。

実験用の動物だが、真はバースディをそうは扱わなかった。人とサルとの 不思議な交流。その信頼関係はほほえましい。一人の女性の死は、真を 初め多くの関係者に衝撃を与えた。真実はバースディだけが知っている。 バースディは何を語ってくれるのか?しだいに明らかになる真実。真の 知らなかった事実が次々に出てくる。そしてバースディの未来は? 読みやすく一気に読んだが、後半の展開がやや不満だった。それが彼女の 死の真相だとはちょっと納得できない。ラストも感動的なはずなのだけれど、 あまり感動できなかった。ちょっと作りすぎているような感じがした。


  2005年のロケットボーイズ  五十嵐貴久  ☆☆☆
キューブサットを宇宙へ飛ばそう!!落ちこぼれ高校生がひとつの夢に 向って走り出した。10センチ角の立方体には、みんなの思いも詰め 込まれていた。果たして結果は?

キューブサットを宇宙へ!!落ちこぼれの高校生が、大学生でも 成し遂げられそうにないことに挑戦した。お金なし、時間なし、 人材なし。一人一人では無理なことも大勢の力が合わされば、とてつも ないパワーが生まれる。その典型的な物語だ。個性豊かな仲間たち♪ その若さが、情熱が、うらやましいくらいに生き生きと描かれている。 あきらめるな!くじけるな!前に進み続ける限り道は閉ざされることはない。 読んでいると何だか力が湧いてくる。読後もすっきりさわやか♪楽しめる 作品。


  震度0  横山秀夫  ☆☆
阪神大震災が起こった1月17日、N県警本部の警務課長の不破が 失踪した。不破の失踪は県警内部に激震をもたらすのか?それぞれの部の 思惑や個人の利害関係もからみ、事態は思わぬ方向へ・・・。警察内部を 舞台にしたミステリー。

部や個人の利害関係ばかりが優先され、不破の失踪を心から心配している 人間はいない。内部の不祥事を、おおやけにならないうちに解決しようとする 人間ばかりがうごめいている。はたして不破はどうなったのか?それぞれの部や 人間の駆け引きの後見えた真実は意外なものだった!ラストは題名が生きていると 思った。だが不破の人間像が描ききれていないと思う。だから、真実が明らかに なったときも感動はなかった。それと、不破の失踪が阪神大震災の刻々と増える 犠牲者の数、行方不明者の数、負傷者の数よりも優先だというこの作品の描き方には 反発を覚えた。警察内部の自己中心的な考えを強調したかったのだろうとは思うが、 とても不快だった。別に阪神大震災を持ち出さなくてもこの作品は書けると思うのだが。 阪神大震災をこういうふうに扱うのは、犠牲者の方々に対してとても失礼だと思う。


  ピンク・バス  角田光代  ☆☆
妊娠を喜んでいたサエコだが、夫タクジの姉実夏子が突然訪ねてきた 時から家の中は微妙に変化し始める。そのまま居ついてしまった 実夏子に、サエコは苛立ちを覚え始めるが・・・。表題作を含む2編を 収録。

妊娠を気味が悪いという実夏子。家の中にいても何もしない実夏子。 サエコの苛立ちや、妊娠による疲労感の描写は、読む側にもイライラや けだるさをもたらす。だらだらとただ流れていく時間。何をするでもない サエコたちの日常は読んでいて苦痛さえ感じた。「ピンク・バス」で作者は 何を言いたかったのか?
もうひとつの作品「昨夜はたくさん夢を見た」も退屈な作品だった。どうでも いい日常のひとコマを無理やり見せられている感じがした。


  蒼龍  山本一力  ☆☆☆
借金で苦しくなった暮らし。少しでも早く返済したいと 思う弦太郎の目に飛び込んできたのは、瀬戸物屋の大店岩間屋の 貼り紙だった。「茶碗・湯飲みの対の新柄求む。」うまくいけば 借金が返せる!弦太郎はその日からさっそく取りかかるが・・・。 表題作を含む5編を収録。

江戸深川の人情、大店であるがゆえの苦労、武家社会の理不尽さなど、 山本一力の得意とする分野の作品が詰め込まれている。時代物ではあるけれど、 人と人とのつき合い、親子の情、友情、お客を大切にする心など、どれも 現代にも通じるものばかりだ。読んでいてはっとさせられることが何度も あった。助けられたり助けたり。人と人とのいい関係がそこにはある。 物質的には貧しくとも、心豊かな日々の暮らしはうらやましい。表題作 「蒼龍」は、作者の当時の境遇を投影した作品ということで特に印象に 残ったが、どの作品もとても読み心地がよかった。


  いのちのハードル  木藤潮香 
脊髄小脳変性という難病に侵された木藤亜矢さんをずっと見守り続けた、 母の木藤潮香さんの手記。

潮香さんは働きながら亜也さんの介護をした。家族の生活のためには 働き続けるしかなかった。だが亜也さん自身も、潮香さんが働き続ける ことを望んでいたという。家庭のこと、仕事のこと、亜也さんのこと。 どれほど重い荷物を背負っていたことか!亜也さんの日記からでは分から なかったことが見えてくる。病院の問題、家政婦さんの問題、そして 亜也さん自身の問題。それでも潮香さんは亜也さんを最後まで励まし 続けた。家族の絆もすばらしい。命は大切にしなくてはならない。 この本を読んだ人はきっとそう思うだろう。(あえて評価はつけません でした。)


  1リットルの涙  木藤亜也 
脊髄小脳変性という難病に侵された一人の女性の命の日記。 15歳から20歳までの5年間の日記を収録。

この本に関しては評価はつけないことにした。これは評価をつけるべき 本ではないと思う。一人の女性の病気との闘いの記録であり、そして 同時に命の叫びでもある。脊髄小脳変性・・・。徐々に体が動かなくなり、 最後は寝たきりになる。治療法はなく、5年から10年で死亡してしまうと いう恐ろしい病気だ。本人の知力はそのままなので、精神的に真綿で首を 締めつけられるような苦しみを味わう。木藤亜也さん。彼女は15歳で発病し、 25歳で亡くなった。人生の中で一番いい時期を、病気の苦しみとともに過ごさな ければならなかった。最後まで希望を捨てずに必死に生きようとする彼女の姿は 読んでいてつらかったが、それと同時にとても感動した。この本を一人でも多くの 人に読んでほしい。そして、命の尊さや生きることの大切さを感じてほしい。


  劫尽童女  恩田陸  ☆☆
父の手により特殊な能力を植えつけられた伊勢崎遥。母を殺した 秘密組織「ZOO」から逃れ父娘二人で暮らしていたが、「ZOO」は 執拗に二人を追い求める。父の死後遥は、やはり特殊な能力を持つ犬のアレキ サンダーとともに追っ手から逃れようとする。彼女を待つ運命は?

「超能力者」。もし自分がそうだったら・・・。幼い頃だれでも一度くらいは あこがれるのではないだろうか。作者もそうだったのかもしれない。 幼い女の子が、自分の能力を駆使して敵に立ち向かう。はたしてどうなるのか? わくわくするような話なのだが、内容は漫画的で深みがない。アニメにすれば 面白いという気がするが。どちらかと言えば子供向けという感じで、物足りなかった。


  サウスバウンド  奥田英朗  ☆☆☆
父は元過激派。そのハチャメチャな言動に、息子の二郎はいつも ハラハラさせられどおしだった。ある事件をきっかけに一家は 東京の生活を捨て、沖縄の西表島に移住することになった。しかし、 そこで待ち構えていた出来事は・・・。

二郎の視点から描いた作品だが、この作品の主人公は二郎の父、上原 一郎ではないだろうか。そう思うくらい一郎のキャラクターは 強烈だった。沖縄での生活はそれなりに穏やかに過ぎていくかに 思えたが・・・。何者にも屈しない一郎の姿は極端だが、信念を 貫こうとするその姿は迫力があった。自然を残す道を選ぶのか、人々が 豊かになる道を選ぶのか、それはとても難しい選択だと思う。
沖縄の魅力やそこで暮らす人たちの様子も生き生きと描かれていて、 読んでいて楽しかった。上原一家の行く末は?きっと沖縄の太陽みたいに、 まぶしく輝いていることだろう。


  死神の精度  伊坂幸太郎  ☆☆☆
情報部からの指示に従い、7日間かけて対象者を調査する。 「可」か「見送り」か?死神はじっくりと人の生死を判断して いく・・・。表題作を含む6つの作品を収録。

生も死もさだめ。だがその一端を死神に握られているとしたら? 本人にとっては重大事でも、死神にとっては単なる仕事に過ぎない。 本当は怖いことなのだけれど、感情をはさむことなく淡々と仕事を こなす死神の姿はどこか滑稽でもある。6つの中で印象に残ったのは 「死神対老女」だった。自分の死を真正面から見据えようとする老女。 そのおだやかで澄んだ心はちょっと切なかった。そして、死神は死なないで ずっと時の中に存在し、いろいろな人と関わっているのだと、あらためて 思った。老女は・・・。それは読んでからのお楽しみ♪


  シーセッド・ヒーセッド  柴田よしき  ☆☆☆
山内練に子供が!?赤ん坊を押しつけられた山内は、母親探しを ハナちゃんこと花咲慎一郎に強引にやらせようとする。一方城島からは カリスマ的人気歌手A−YAにつきまとうストーカーの調査を頼まれるが・・・。 花咲慎一郎シリーズ第3弾。

山内練のマンションの部屋の前に置かれていた赤ん坊は、本当に山内の 子供なのか?ハナちゃんに依頼される調査はどれも一筋縄ではいかないもの ばかり。それでも保育園のためにがんばる姿は、男の哀愁さえ感じさせる。 ストーカーから、子供の母親探し、そして大学教授の隠された秘密など、 今回も盛りだくさんだ。ただ残念なのは元妻の麦子、女医の奈美、そして ハナちゃんの最愛の人理紗の登場がなかったことだ。次回ではぜひ登場して もらいたい♪


  フォー・ユア・プレジャー  柴田よしき  ☆☆☆☆
ハナちゃんこと花咲慎一郎の最愛の女性が、何者かに拉致された! 彼女を救うべく奔走するハナちゃんだが、思わぬ事件に巻き込まれる。 しかもそれは依頼されている事件とも絡み合い・・・。保育園の園長と 私立探偵という二足のわらじを履く花咲慎一郎シリーズ第2弾。

城島から依頼される仕事はいつもトラブルを伴う。しかし、借金返済の ためにはやらなきゃならぬ。園長の顔と私立探偵の顔を使い分け、 危険も顧みず動き回る。城島、訳ありの女医奈美、それに山内練! 花咲慎一郎の魅力もさることながら、彼を取り巻く人たちの、なんと個性 豊かなことか。そして内容もテンポがいい。次から次へと起こるトラブル。 どう解決していくのか?読んでいてとても楽しく、わくわくしてくる。 ラストはちょっとまとまりすぎかな?と思わないでもなかったが、それも またいいかもしれない。


  ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶  大崎善生  ☆☆
出会いがあり、そして別れがあった。愛し合い触れ合っていたときのぬくもりの 記憶をいつまでも心にとどめたまま、人は歩き続けていく。4つの愛の物語を収録。

自分が愛した人のことは、何年たっても決して色あせることはないのだろう。 たとえ別れのときに心が傷ついたとしても、人はいつかその傷を淡い思い出に 変えていく。この本の中にはそういう人たちが息づいていた。さまざまな愛し方、 さまざまな別れ方。4つの物語はまったく違う愛の物語だが、彩る色はどれも ブルーというイメージが強い。それは海の色だったり、水の色だったり、空の色 だったり・・・。
こういう恋愛もあるのだろう。でも作者の描く世界に入り込めない。妙に飾られた 世界は、全ての出来事をガラス越しに見ているようなもどかしさある。淡々と 読み進めるしかない作品だった。


  世界中が雨だったら  市川拓司  ☆☆
愛してほしい人に愛されず、学校ではいじめられてばかり。 「雨が降ったら軒下に逃れればいい。」の言葉に、「でも、 世界中が雨だったら?」そんなことを言っていた少年は、つらい 現実から背を向けた!表題作を含む3つの作品を収録。

愛というものを知らない少女。愛されることを望む少年。女性を どう愛すればいいのか分からない青年。そこに描かれているのは ゆがんでしまった愛だった。どちらを向いても出口が見えず、閉塞した 世界の中にいるような息苦しさを感じる。どこにも救いを見出せない。 作者の描く世界はいつも独特の雰囲気を持っている。だがその世界は 頼りなく、ふわふわと漂っている。そこからつかみ取れるものはない。 読後、物足りなさだけが残った。


  孤宿の人  宮部みゆき  ☆☆☆☆☆
生まれたときから幸薄いほう。縁あって四国の讃岐国、丸海藩の藩医 井上家に引き取られることになった。井上家の娘琴江との楽しい日々。 だが、琴江が毒殺され、それが病死として扱われる。その裏には、 丸海藩の存亡をかけた思惑があった・・・。

毒殺された者を、病死として扱わなければならない理不尽さ。すべては 丸海藩のために・・・。幕府から預かった罪人加賀殿は、いつしか 「丸海の町に災いをなす鬼」と恐れられるようになる。下女として住み込む ことになったほうと加賀殿との出会い。ほうの無垢な心が、いつしか 加賀殿の心を開いていく。その様子は読んでいて切ない。幕府のため、 藩のため、多くの人たちの命が失われた。だが人はその悲しみから立ち上がる。 その姿は感動的だった。そして、この作品の最初から最後までを貫くほうの 純粋な心がとても悲しかった。


  灰色の北壁  真保裕一  ☆☆☆☆
「二十世紀の課題のひとつ」と言われ続けたカスール・ベーラの 北壁。そこをたったひとりで、しかも驚くほど短時間で制覇した 男がいた。だが、ある疑惑が生じる。発端となった記事に隠された 真実とは?表題作を含む3つの作品を収録。

「なぜ山に登る?」「そこに山があるから」これは有名な言葉だが、 この作品を読むと、まさにその言葉どおりの世界が広がっていた。 自然の大きさから比べると、人間は本当にちっぽけな存在でしかない。 だが、人はその雄大な自然の一部でもある。人は山に登ることでそのことを 感じ、そして自分を再生していくのではないだろうか。この作品に登場する者 たちも、それぞれに自分を見つめなおしていく。山と、それに関わる人たちの 悲しみや苦悩がとてもよく描かれていて、楽しめる作品だった。


  一千一秒の日々  島本理生  ☆☆☆
いつから決めていたことだったのだろう。大好きだった 恋人との別れ。彼と過ごした4年の日々に、真琴は別れを 告げた・・・。さまざまな愛の形を連作で描いた作品。7つの短編を 収録。

さまざまな出会いがあり、さまざまな恋愛があり、さまざまな 別れがある。7つの物語の中には、不器用だけれど一生懸命に 生きている人たちがいた。読んでいてもどかしく思う部分もあった けれど、彼らが着実に自分の道を歩んでいる姿はとても印象的だった。 だが作品自体に個性が感じられない。どの作品も、描写がとても似ていると思う。 同じ作者の別の作品を読んだ時に感じたものと、同じものしか感じることが 出来なかった。読んでいて、そこのところが不満だった。


  交渉人  五十嵐貴久  ☆☆☆
コンビニを襲った強盗三人組が、救急病院に逃げ込んだ! 患者らを人質に立てこもる犯人に対し、交渉人の石田が 犯人と電話でかけ引きをおこなう。果たして人質を無事救い出し、 犯人を逮捕することができるのか?

犯人と交渉人の息詰まる駆け引き。犯人の目的は?そして人質の 命は?緊迫した状況は、読み手の側にも伝わってくる。交渉人の 手腕が冴え渡る。解決間近と思われたが、意外な展開に・・・。 それは読み手を充分驚かせる。第1章「事件」、第2章「交渉」、 第3章「追跡」まではテンポがよく、緊張感も伝わってくる。だが、 第4章「真相」では、それまでの雰囲気がガラリと変わっている。 これがいいのか悪いのか読み手によって違うと思うが、私としては 第1〜3章までの緊張感を保ったままでラストを迎えたかった。 第4章はここまで長さが必要だったのだろうか。


  花まんま  朱川湊人  ☆☆☆
妹が突然、ある女性の生まれ変わりだと言い始めた。半信半疑のまま 妹と二人でその女性の家を訪ねてみると、そこにはやりきれないほどの 悲しみがあった・・・。表題作を含む6つの作品を収録。

「トカビの夜」「花まんま」のように、不思議だけれど胸にせまる話が あった。人がこの世に残した思いは、肉体がなくなってしまっても私たちの 周りに漂っているのだろうか?残された家族の姿にも涙を誘われた。そのほかの 話も独特の雰囲気を持っている。この本を読んで、今までに感じたことのない 感覚を味わった。まるでそれは、人の心を覗き見ているような感覚だった。


  シリウスの道  藤原伊織  ☆☆☆
東京の大手広告代理店の営業副部長の辰村には、人に言えない秘密が あった。25年前に辰村と、勝哉と、明子の3人で眺めたシリウスの星。 3人の過去の物語が明るみに出ようとしていた。広告業界の熾烈な競争と 過去の因縁を、巧みに絡めたミステリー。

忘れようとしていた過去の秘密が突然あらわになる。明子の夫に送られた、 明子の過去を暴く脅迫状。差出人は誰なのか?なぜあの出来事を知って いるのか?そのことが辰村の仕事にも影響を及ぼす。広告業界の競争に 勝ち残るのはどこか?また脅迫状の結末は?そしてそのふたつはどう 関係しているのか?緊迫したままの展開が続いていく。広告業界の 内幕もとても興味深い。読み手を最後まで飽きさせないストーリーの 組み立ては見事だった。ラストは、こんなものだろうという思いも多少は ある。しかし、私としては違ったラストを期待したかった。そこだけが残念!