*2006年*

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  使命と魂のリミット  東野圭吾  ☆☆☆☆
夕紀の父親は、大動脈瘤の手術中に亡くなった。手術を担当した医師と 母の間には隠された秘密があったのか?夕紀は研修医となって、かつて父を 手術した医師西園が勤める病院にやってきたが、その病院に重大な危機が!

人の命を救うための場所である病院に仕掛けられた罠。危機的な状況の中で黙々と 命を救うために働く人たち。その描写は感動的だった。人には全うしなければならない 使命がある。それは、病院に罠を仕掛けた犯人にもあった。「自分の使命を果たす ために何の関係もない人たちを巻き込んでいいのか?」犯人の心の葛藤は続く。
夕紀の父親の死の陰には何があったのか?病院の危機をどのように乗り切ることができる のか?このふたつは、読者を一気にラストまで走らせる。ラストの1行は胸にぐっときた。 人としての使命、そして人の本質である魂。どちらを優先するのかを決めるのは、「命」 なのだろうか。ずしっとした手ごたえのある、面白い作品だった。


  東京タワー  リリー・フランキー  ☆☆☆
オカンはずっとボクのことを思っていてくれた。だれよりも深く強く。 そしてどんな時も、変わらずに・・・。母と息子、そして息子と父を 描いた心温まる作品。

親というのはどんなときでも子供のことを思っているものだ。どんな 生活をしているのだろう?体調を崩していないか?困っていることはない のか?作者の母も、いつもそんな気持ちだったのだろう。子供のために苦労 することに、なんのためらいもなかった。だが子供というのは「親の心子知らず」。 自分のことしか見えていない部分がある。それでも、作者が母を東京に呼んで 一緒に生活したのは、とても親孝行だと思った。この世の中に父と母は一人ずつしか いない。かけがえのない存在なのだ。オカンの東京での生活は短かったけれど、 充実した日々だったに違いない。この作品は、作者が自分の母にささげるために書いた 作品だと思うが、私たちはそれを読んで自分自身と親の関係を見つめなおすことが できる。ラストはせつなかった。親とは、本当にありがたいものだと思う。


  赤い指  東野圭吾  ☆☆☆
前原昭夫は、妻からの緊迫した電話を受けすぐに会社から 帰宅する。家の庭には女の子の死体が横たわっていた。 中学生の息子直巳の仕業だと知った彼と妻は、息子を警察の手に 渡さないための、究極の方法を思いつく。

息子の犯罪を、夫婦二人で隠そうとする。だが、その方法は人として 決してやってはいけないことだった。親というのは、身勝手だと思っても 子供の望むことを受け入れてしまうものなのか。昭夫は直巳の父親で あると同時に、同居する政恵の息子でもあるのだが・・・。見事なまでに バラバラな家族関係。同じ家に住んでいても、みな孤独だったに違いない。 ほんの少し、お互いがお互いを思いやる気持ちを持っていたなら、こんな 悲劇は起こらなかったと思う。痴呆、介護などの問題も含んでいて、現代 社会のひずみを垣間見るような作品だった。


  チーム・バチスタの栄光  海堂尊  ☆☆☆
東城大学医学部付属病院は、アメリカから心臓移植の権威桐生恭一を迎え、 バチスタ手術のチームを結成する。チーム・バチスタは高成功率を誇ったが、 突然3例続けて術中死が起きる。その術中死に疑問を抱いた病院長高階は、 不定愁訴外来の田口公平に内部調査を依頼するが・・・。

術中死の影に隠された真相は何か?この深刻な問題に立ち向かうのは田口公平。 問題の深刻さと、田口のキャラにはかなりの開きがある。それがこの作品の 魅力となっている。このキャラは、奥田英朗さんの作品「イン・ザ・プール」などに 登場する伊良部医師を思い出させる。手術室という限られた空間の中での患者の死は、 事故死か他殺か?その息詰まる緊迫感は、さすがに現役の医師であるという作者にしか 書けないのではないだろうか。真実が絞り込まれていくさまは読み手をひきつけて離さない。 そこでまた、田口に負けず劣らずのキャラを持つ、厚生労働省の白鳥が登場。彼も かなりの変人だが、その推理力はお見事。最後の最後まで楽しめる作品だった。


  闇の底  薬丸岳  ☆☆☆
少女が性犯罪の犠牲になるたびに、過去に同じような罪を犯した者が 殺される。犯罪をなくすための殺人。犯人を捕らえようとあせり、必死に なる警察。はたして、完全犯罪は成立するのか?

幼い女の子が犠牲になる性犯罪は、現実の世界でも後を絶たない。 犯人を捕まえても、同じような事件が起こり続ける。もし我が子が 犠牲になったとしたら・・・。どうすれば止められるのか?この作品の 「男」の究極の選択は驚愕すべきものだった。だが、ほかにどんな方法が あるのだろう。決して許される方法ではないけれど、犠牲者の家族が、 胸がすっとする思いを味わうのは当然だろう。「恐ろしい殺人犯だけれど、 捕まってほしくない。」読んでいて、そう思ってしまう。
最後の最後まで犯人は分からない。そのことが、作品を一気に読ませる 原動力になっている。ラスト・・・真実を知ったとき、そして、「絶対に捕まらない。」と いうその言葉の意味するものを知ったときは衝撃だった。はたしてこのラストは 是か非か?いろいろな人の意見を聞いてみたいと思った。


  中庭の出来事  恩田陸  ☆☆☆☆
あるホテルの中庭で、脚本家が謎の死を遂げた。毒による死。 自殺か他殺か?他殺だとしたら、誰がいったいどうやって毒を 彼に飲ませたのか?舞台の幕が今上がった!

誰でも自分を演じている。私自身もそうだろう。時には娘、時には母、 そして時には主婦。その時その時、その場に応じた役を演じている。 人はだれでも、自分という役を演じる役者なのかもしれない。
この作品、どこまでが芝居で、どこまでが現実か?劇中劇はどこまで なのか?線引きできないほど混沌とした独特の世界がある。一度読んだ だけでは絶対に理解することができない。読み進んでは戻り、読み進んでは 戻り、何度も繰り返した。読後も、もう一度最初から目を通した。それでも、 まだ納得できない部分がある。いったい何度読めば理解できるのか?読めば 読むほど混乱するだけなのか?恩田陸の世界は私を魅了する。読むたびに 違う顔を見せる不思議な、そして深い作品だった。


  求愛  柴田よしき  ☆☆☆
翻訳の仕事をしている弘美は、友人由嘉里の様子がおかしいことに 気づきながら仕事を優先させる。だがそのあいだに由嘉里は自殺。 彼女は本当に自殺なのか?弘美はそのことがきっかけで探偵事務所の 調査員となる。そこで体験したことは?表題作を含む8編を収録。

ほんのささいな、普通なら見逃してしまうようなできごとの中に、真実に つながる糸が隠されている。探偵の仕事は、そういう糸を見つけ出すこと なのだろうか。職業的に、人に嫌われることもある。また、探偵という職業に 対して自己嫌悪になることもある。弘美は、悩みながらもプロとしての心構えを 身につけていく。事件やトラブルの裏側に隠された人の心は、時にはせつなく、 時には恐ろしく、時には悲しい。その描き方にはちょっと物足りなさを感じたが、 ラストの表題作の「求愛」の中で行われた仕掛け調査は興味深いものがあった。 まあまあの作品だと思う。


  嫌われ松子の一生  山田宗樹  ☆☆☆☆☆
川尻松子が殺害された。父の姉である彼女の存在を全く知らなかった笙だったが、 父親から松子のアパートの部屋の後片付けを頼まれたことがきっかけで、しだいに 彼女の人生に興味を持ち始める。30年前に失踪した松子。彼女の人生ははたして どんな人生だったのか?調べる笙が最後に行きついた「松子」とは?

幸せが、まるで砂のように指の間からこぼれ落ちていく。這い上がろうと、 もがけばもがくほど深い穴に落ちていく。松子の人生はそんなふうだったに 違いない。狂い始めた歯車は、元には戻らなかった。決して松子ばかりが悪いわけで はないのに。彼女はいつも一生懸命だった。ただひたむきに生きていこうとしていた。 いつも愛に飢えていた松子・・・。現実的にはありえないと思うところもあったが、 人の運命はどうなるのか分からないということを、じっくりと考えさせられた。 笙が松子の人生を追うことで、松子の人生にもほんの少し光が射したように思う。 読み応えのある、面白い作品だった。


  ひかりをすくう  橋本紡  ☆☆☆
仕事にがんばりすぎた智子はパニック障害になってしまう。一緒に暮らす 哲ちゃんと二人、仕事を辞めて都会を離れることにした。智子の心は 少しずつ癒されていくが・・・。

がんばりすぎることに気づかないまま自分を追い詰めてしまうことがある。 そんなとき、こんなふうに自分を解放することができればいいなと思う。 自然体で生活したいと思っていても、なかなか実現することは難しい。 智子と哲ちゃんの生活は、読んでいると緊張感が取れ、どこかほっとする 気持ちになる。智子が手のひらで光をすくうシーンと、小さな草を見て 「こんな小さなものにも、光はちゃんと宿るのだ。」と思うシーンが印象的 だった。何気ない日常を描いた作品だが、ほのぼのとしたものを感じた。


  ひまわり探偵局  濱岡稔  ☆☆☆
一投資家から身を起こし、兜町の狼とまで言われた風雲児加賀美喬生。 彼の死後見つかったメモに書かれたメッセージは何を意味するのか? ひまわり探偵局の探偵陽向万象(ひなたまんぞう)の推理が光る! 「伝言ーさよなら風雲児」など、4編を収録。

すべてが、考え抜かれた緻密な謎解きで構成されている。特に「伝言ー さよなら風雲児」は、その緻密さに驚かされる。かなりの知識がなければ これほどまで書けないだろう。逆に言うと、読み手にもそれ相応の知識が 必要とされる。ちょっと凝りすぎではないかと感じる部分もあったが・・・。 ここに収められているどの話にも、作者の優しさが感じられる。 決して戻らぬ過去の日々。届かぬ思い。涙する人たちに向けられた作者の 温かなまなざしが、読み手にも伝わってくる。心がほんわかしてくる 作品だった。


  145gの孤独  伊岡瞬  ☆☆
プロ野球の投手だった倉沢は、ある事故がきっかけで現役から引退する。 彼が新たに得た仕事は便利屋。その業務のひとつとして付き添い屋を 始めたのだが・・・。

人をボールで傷つけたという暗い過去を持つ倉沢は、小さな便利屋を 始める。その仕事を手伝うのは、傷つけた相手の西野とその妹。依頼の裏に 隠された真意を探る過程が読み手の興味を引く。だが、そこには目新しい ものはなかった。倉沢と西野の関係で、「おっ!」と思う部分もあるが、 そういう設定も以前に読んだ作品の中にあったような気がする。もう少し 倉沢の苦悩や孤独感が伝わってくるとよかった。ミステリー的な部分、 倉沢の人間像、どちらにも物足りなさを感じる。


  風が強く吹いている  三浦しをん  ☆☆☆
「10人そろった!!」
竹清荘に住む10人は、清瀬になかば脅されて(?)陸上部に強制的に 入部させられた。清瀬の目的は箱根駅伝出場だった。この無謀とも思える 目標!竹清荘の住人ははたしてクリアできるのか?

箱根駅伝に、ほとんどが走り始めたばかりのもので作る陸上部が出られる わけがない。その舞台に出られるのは、何年も走りこんできたエリートばかりだ。 だがこの作品を読むと、「努力すれば必ず報われる」という言葉を思い出す。 どんな無理なことでも、やらない前からあきらめてはいけない。 結果がどうであれ、目標に向かって努力すること、がんばることが大事なのだ。 作者はそのことを、読み手に熱く語りかけてくる。10人それぞれの思い。 みんなの心がひとつになったとき、熱い感動が生まれる。走るということが、 こんなにも奥の深いものだとは知らなかった。とても楽しめる作品だった。


  配達あかずきん  大崎梢  ☆☆☆
美容院に配達した婦人誌「彩苑」の中に盗撮写真がはさまっていた。 しかも、見たのは本人。誰がどうやって何のために?一方その婦人誌を配達した 「ヒロちゃん」も、駅の階段から落ちてけがをした。二つの出来事の関連は? 表題作を含む5編を収録。

書店を舞台にしたミステリーなんて今までになかったのではないだろうか。 作者が書店の事情に精通しているだけあって、書店の様子の描き方が抜群に よかった。ミステリーの謎解きもさることながら、目に見えない書店の裏の仕事も 面白い。5編の話の中で、表題作も好きだが、印象に残ったのは「六冊目のメッ セージ」だ。この話は本を好きな人にしか書けない話だ。ほのぼのとした心に 残る温かさを持っている。「パンダは囁く」は意外性があったし、「標野にて、 君が袖振る」はちょっと切なかった。本好きな人には見逃せない作品だと思う。


    小川洋子  ☆☆☆☆
結婚のあいさつに行った泉さんの実家には、両親と90歳の祖母と 10歳下の小さな(?)弟が住んでいた。夜弟の部屋で、僕と弟が 語ったことは?表題作を含む7編を収録。

「海」はとても不思議な話だった。ざらざらした手で心を逆なで されるようなざわざわした感触を味わった。僕が泉さんの実家で体験 したことや、僕と弟の会話。何気ないといえば何気ないことなの だろうが、読んでいて引き込まれていった。鳴鱗琴の音色は どんな音色なのか?
また、特に印象に残ったのは「ひよこトラック」だった。 言葉を介さない男と少女の触れ合いが細やかに描かれている。 「命」に対する作者の思いも垣間見えるし、ラストのまとめ方も とてもよかった。
どの話にも深みがあり、行間にさまざまなことが隠されているようで 面白かった。


  スペース  加納朋子  ☆☆☆☆
駒子から瀬尾に送った手紙。「前略はるか様」で始まるその手紙にも 謎はあるのだろうか?瀬尾は、行間からにじみ出る何かを感じ取った・・・。 「スペース」「バックスペース」2編を収録した、駒子シリーズ第3作。

長い長い手紙。そこに書かれているのは毎日の何気ない日常。だが瀬尾は いつものようにそこに隠された真実を探り当てる。誰が書いた手紙なのか? その謎が分かったときもそれほど意外な感じはしなかった。「スペース」は 平凡なストーリーだと思った。だが、「バックスペース」を読むと、「スペース」 自体が深みのある物語へと姿を変えた。作者に見事にやられた!「スペース」の 裏にこんな物語が隠されていようとは思わなかった。ミステリーとしても、恋物語と しても、どちらにしてもとても素敵だ。ラストは絶対にニヤリとするはず。瀬尾と 駒子がはたしてこれからどうなるのか?次回作も期待したい。


  雨のち晴れ、ところにより虹  吉野万理子  ☆☆☆
ホスピスに入っている剛志は、小学生のときに起こった衝撃的な できごとのせいでトラウマになっていた。夢を見てうなされる時も・・・。 あのときのアヤはどこにいるのか?表題作を含む6編を収録。

つらくて心が重いと感じていても、ちょっと考え方やものの見方を 変えるだけで、心が軽くなることがある。表題作に登場する剛志は 不治の病。毎日、死を待つだけの生活を送っていた。しかし、ある日彼は 前向きに生きようと決心する。剛志がトラウマになるほどのできごとを、 アヤは今どう思っているのか?その真相にはあ然とし、そして次に起こる 小さな奇跡にはボーゼン(?)とした(笑)。どの話も人生の応援歌のよう だった。つらいときに読むと心がほっとする。ところで、おさめられている 話のあちこちに登場する、ある人物の存在に気づきましたか?♪


  銀の犬  光原百合  ☆☆☆
リネットに忠実だったはずのクーが、リネットののど笛を噛み裂いた! 「クー」は「猛犬」を意味するが、その名の通りの犬だったのか? 祓いの楽人(バルド)オシアンと連れのブランが知った真実とは? 表題作を含む5編を収録。

いにしえの物語?ファンタジー?作者の描く世界は不思議な雰囲気を 持っている。5編どの話にも登場する祓いの楽人オシアンと連れのブランは、 竪琴を奏で、さまざまな思いを残し地上にさまよう魂を解き放つ。人の心は 強くもあり脆くもあり・・・。そして時には、疑い、憎しみ、ねたみでゆがむ こともある。どの話も悲しく切なかったが、ラストには救いがあった。 オシアンとブランの物語はこれからも続くという。オシアンがなぜ声を失ったのか? その謎も解き明かされるときがきっと来るだろう。その時を楽しみに待っていたい。


  銀の砂  柴田よしき  ☆☆☆☆
娘妙子や珠美の恋人にまで手を出す藤子。一度は秘書をやめた珠美だったが、 結局は離婚後に藤子と関わるようになってしまった。だが過去に恋人を藤子に 奪われたという思いは強く残っていた。珠美の恋人はその後藤子とも別れ 失踪する。失踪の背景には何が隠されているのだろうか・・・。

最初はどろどろとした人間関係の話かと思ったのだが、後半はミステリーに・・・。 登場人物一人一人が個性的で、その心理描写は恐ろしいまでに詳細に描かれて いる。人の心の中にうごめく得体の知れないもの。それは嫉妬、ねたみ、恨みが 凝縮されたものなのだろうか?読んでいてぞっとするほどだった。独立したそれぞれの 章で藤子や珠美の過去や現在の様子が語られる。そしてそれはラストの章へと 見事につながっていく。読み応え充分!読後も満足感が残る作品だった。


  制服捜査  佐々木譲  ☆☆☆
小さな町の駐在所に赴任したばかりの川久保のもとに、ある 女性から息子が帰らないと連絡が来る。息子は路外に転落した バイクのそばで死体となって発見された。単なる事故として処理 されたが、川久保はそこに犯罪の臭いを嗅ぎ取っていた。「逸脱」を 含む5編を収録。

川久保には、もと強行犯係の捜査員ならではの鋭い感がある。だが、 駐在警官では捜査に加われない。彼は独自に動き、真相を探っていく。 そこには、地元にいるものにしか分からない思わぬ事実が隠されて いたりする。口の堅い地元の人間からいかに真相を引き出せるか? 川久保の苦悩が読み手にも伝わってくる。地元有力者や、警察内部の 力関係も垣間見え、興味深かった。北海道を舞台にした作品だが、 「逸脱」に書かれている内容は実際に何年か前に北海道で起こっている。 作者はそれを踏まえて書いたのだろうか?特に印象に残った。


  下北サンデーズ  石田衣良  ☆☆☆
貧乏だけれど、夢を追い続けている劇団「下北サンデーズ」。 そこに18歳のゆいかが入団した。2年ぶりの入団者♪ それがきっかけか?下北サンデーズに大きな転機が訪れる。

貧しくてお金もないけれど、夢を追い続ける人たち。そして その夢が少しずつかなっていく・・・。手に入れたものは大きい けれど、反面失ったものも大きかったと思う。だが、彼らはまだまだ 夢を追い求めていく。明るく、楽しく、そして「下北サンデーズ」の 団員たちも個性豊かに描かれていて、読んでいて心地よかった。 ただ、彼らがどんな演技をしたのか、もう少し公演についての詳しい描写が ほしかった。


  ひとがた流し  北村薫  ☆☆☆
「ずっと友だち。」少女時代とは違い置かれている環境はさまざまだ けれど、千波と美々と牧子は友情を育んできた。ある日彼女たちに、 思いがけないことが起きる。その時3人は・・・?心温まるけれど、 ちょっとせつない物語。

中学や高校時代の友情が大人になってもずっと続いているのは、とても 素敵なことだ。卒業、進学、就職、結婚などで、知らず知らずのうちに 疎遠になってしまうことのほうが多いのに。千波と美々と牧子の関係は とてもうらやましい。くっつき過ぎず、離れ過ぎず、適度な関係を 保ち続けている。でも、お互いがお互いを思いやる気持ちは決して 忘れていない。その気持ちは、ある出来事を境により強くなっていく。 ほのぼのとした展開だが、後半はせつなかった。そのことが、作品をより 印象深いものにしている。余韻の残る作品だった。


  ハードボイルド・エッグ  荻原浩  ☆☆☆
探偵稼業も楽じゃない。探偵になって3年になるのに、いなくなった 動物探し専門のような状況。その状況を変えようと秘書を雇う ことにしたのだが・・・。笑える、泣ける、ハードボイルド(?)作品。

俊平の秘書としてやってきたのは、送られてきたダイナマイト・ボディの写真とは 似ても似つかぬお婆さんの綾。凸凹コンビだが、息は合ってないようでちゃんと 合っている。ドタバタの笑える話かと思ったが、後半にはとんでもない事件が待って いた。真相を探るうちに見えてきたのは、思わぬ事実。俊平と綾にも危機が迫る。 後半はちょっとハラハラさせられた。そしてラスト・・・。前半の笑いとは 全く違う展開に思わずホロリとした。こんなラストが待っていようとは思わなかった。 笑いあり、涙ありの作品でとても楽しめた。


  桜さがし  柴田よしき  ☆☆
季節外れに咲く桜を探す女性。そこには、ある事件の容疑者ではないかとの 疑いを晴らそうとする切実な思いがあった。表題作を含む8編を収録。

京都を舞台に、中学時代の同級生男女4人と恩師で推理作家となった 浅間寺龍之介の交流と、ミステリーを織り交ぜた作品だが、ミステリーと 青春小説、どっちつかずで、どちらも中途半端な気がした。4人の抱える 悩みはどこにでもあるようなものばかりだし、事件の謎解きも平凡。今までに 読んだようなものばかりだった。4人それぞれ悩みながら、成長していく 姿は印象的だったが・・・。あまり満足感が得られず、残念だった。


  風に舞いあがるビニールシート  森絵都  ☆☆☆
ビニールシートが風に舞う。暴力的な風で引き裂かれないうちに、 彼方へ飛ばされないうちに、誰かが手を伸ばして引き留めなくては・・・。 それが口癖だったエドは、アフガンで命を落とす。失意の里佳を 救ったのは?表題作を含む6編を収録。

誰にでも大切なものがある。それが、他人から見れば何の価値もないもでも、 必死で守ろうとする。この作品に出てくる人たちはみんな不器用な生き方しか できない人たちだと思う。その不器用さが本人たちを苦しめている。だが、 時としてその不器用さは、思わぬ結果をもたらすこともある。誰もが必死に 生きている。そのことがどの話の行間からもにじみ出ている。6編の中で特に 印象に残ったのは、表題作の「風に舞いあがるビニールシート」だ。愛し合って 結婚しながら、彼を理解しようとすることに疲れてしまった里佳。自分の価値観の ために結婚生活を捨て、アフガンで命を落としたエド。お互いがお互いを 必要としていたはずなのに・・・。彼の最期の様子を知ったとき、エドの価値観は 里佳の価値観となる。そのことが胸を熱くする。生きることを応援してくれる 作品だった。


  芥子の花 金春屋ゴメス  西條奈加  ☆☆☆
上質の阿片が江戸国から日本へ、そして海外へ。老中は南北奉行、そして 長崎奉行に探索を命じた。長崎奉行のゴメスこと馬込播磨守寿々は、異人の村 麻衣椰村が怪しいと目をつけるが・・・。

ご存知「金春屋ゴメス」。今回は阿片をめぐる物語。一善飯屋「金春屋」の 裏手に、通称「裏金春」と呼ばれる長崎奉行所出張所があり、ゴメスや配下の 者たちが起居しているという設定は前作と同じだ。またおなじみの人たちに会えた。 今回も悪に完全と立ち向かうゴメス。このキャラクターは、笑える。ドタバタな ところもあるが、悪の手先になることを拒み命を落とした者や、幸薄い女性などが 登場して、ホロリとしたところもあった。さてさて、ラストにはまだ悪の存在の においが・・・。ゴメスの活躍はまだまだ続きそうだ。次回作にも期待したい。 この作品を読む前に、1作目の「金春屋ゴメス」を読むことをぜひおすすめしたい。


  風の墓碑銘  乃南アサ  ☆☆☆☆
アパートの解体工事現場から3体の白骨死体が!女刑事音道貴子は アパートの持ち主の老人に接触するが、その老人は何物かに撲殺されて しまう。音道は滝沢とコンビを組み事件の謎を追うが、意外な結末が 待っていた。おなじみの音道貴子シリーズ。

作品の組み立て方がとてもしっかりとしていた。また、音道、滝沢、 そのほかの登場人物たちもきっちりと描かれていて、作品自体を深みの ある濃厚なものにしている。当人同士は最悪のコンビだと思っているが、 周りの目からは絶妙のコンビに見える二人の微妙な関係。それにからむ 音道、滝沢、それぞれが抱える私的な悩み。それらが作品をより面白く している。殺人の動機には、音道と同じように私も怒りを覚えた。被害者や 被害者の家族が哀れでならない。現代社会が抱える介護の問題などもおりまぜ、 最初から最後まで読み手を飽きさせない。読みごたえがあるとても面白い 作品だった。


  虹の家のアリス  加納朋子  ☆☆☆
安梨沙の伯母がやっている「主婦道のお教室」に通ってくる女性たち。 その中の一人が、仁木に調査を依頼する。二人の子供(二児)を持つ 母親の会「虹の家」に対する嫌がらせの犯人は?表題作を含む6編を収録。

母親の会への嫌がらせ、連続猫殺害事件、花泥棒、赤ちゃん誘拐事件など、 今回の事件も仁木と安梨沙は鮮やかに解決していく。どれも身近にありそうな ことばかりで、人の善意、悪意、思い込んだときの怖さなど、いろいろ 考えさせられた。また、仁木や安梨沙の私生活も垣間見え、とても興味 深かった。安梨沙が精神的に成長して少しずつ強くなっていく様子も、好感を 持って読んだ。できればこのシリーズ、まだまだ続いてほしいと思うのだが。


  四度目の氷河期  荻原浩  ☆☆☆
目の色も髪の色もみんなとは違う。外見も行動も人とは違うことを 常に意識していたワタル。彼は、母親が教えてくれなかった父親に ついて、驚くべき発見をする。そこから彼の新たな生き方が始まった・・・。 一人の少年の成長の記録。

母が決して語らない父のこと。父親は誰か?思い当たったワタルは、その日から 自分自身を変え始める。少しずつ成長するワタル。変わっていくのは体だけでは ない。心もしっかりと確実に成長していく。「人とは違う」「普通」、その線引きを する基準は何だろう?いや、そんなものは初めからないのだと思う。だれも 明確にそのことを断言できる人はいないだろう。けれど、人はそういう線引きを したがる。そのことから抜け出したワタル。人はこうして成長していくものだと あらためて思った。そうそう、作者の荻原さんの言いたいことは、83ページの 3行目だそうなので、そちらもじっくりと・・・。タイトルに深く関係しています。


  パパとムスメの7日間  五十嵐貴久  ☆☆☆
パパがムスメで、ムスメがパパ?突然の事故で入れ替わった二人。 サラリーマンと女子高生の生活のギャップは大きい。はたして二人は うまく乗り切ることができるのか?

47歳の中年サラリーマンと、16歳のバリバリ女子高生。この二人が 入れ替わったから大変。娘小梅の、父親に体を絶対に見られたくない 気持ちはとてもよく分かる。娘の体になった父親のうろたえぶりが面白い。 お風呂のシーンは笑える。また、最初は父親の体や会社へ行くことに拒否反応を 示していた小梅だが、しだいに父の仕事を理解するようになる。いくら家族でも、 それぞれの立場なんて理解できないものだ。父には父の立場や苦悩がある。それを 実感する小梅。そして行動を起こすが・・・。ラストはちょっとドタバタだが、 無難にまとめられていた。親と子の間がうまくいっていないときは、1週間ほど 入れ替わるといいかもしれない(笑)。テンポがよく、楽しめる作品だった。


  ママの狙撃銃  荻原浩  ☆☆☆
平凡な主婦になったはずなのに。ある日突然かかってきた電話が、 曜子の人生を変えた。25年ぶりのKからの暗殺依頼。曜子は 再び銃を手にした!

今は平凡な主婦だが、25年前はスナイパーという経歴の持ち主の 曜子。暗殺依頼を家族のために断ろうとするが、彼女に、再び銃を手にする 決心をさせたのが家庭の事情というのは皮肉な話だ。冷酷な暗殺者に徹する ことができないまま曜子はターゲットに銃を向ける。
曜子の選んだ道にはやはり抵抗を感じる。殺人を犯した手で我が子に触れることは、 私なら絶対にできないだろう。描写はテンポがよく軽くてコメデイ風だが、いじめ、 リストラ、殺人と内容は重く、描写と内容の間にはかなりのギャップがある。 読み手としては、それをどういうふうに受け止めて読めばいいのか悩んでしまった。 読後も複雑な思いが残った。


  でいごの花の下に  池永陽  ☆☆
あの人はなぜ私の前から姿を消したのだろう?自殺をほのめかす メモを残し突然いなくなった嘉手川を追い求め、耀子は沖縄に やって来た。しかし、そこで彼女を待っていたのは、つらい現実だった・・・。

嘉手川の隠された秘密。そこに彼の失踪した原因があるはずだった。 だが、私の中で、その真相が彼の失踪や自殺をほのめかすメモに結びつかない。 嘉手川の取った行動も不可解。何よりも、いろいろな人が語る嘉手川の 人物像がとても薄っぺらい。苦悩する彼の姿が実感として伝わってこなかった。 耀子の人柄もちょっと理解に苦しむ。いくら心に痛手を負っているからといって、 中学生の男の子を誘惑するなんておかしいのでは?ただ、どんなに月日が流れようと 決して癒えることのない心の傷を抱える沖縄の人たちの思いはしっかりと伝わってきた。 それだけが、この作品を読んだ収穫だったような気がする。


  温室デイズ  瀬尾まいこ  ☆☆☆
学校が、クラスが崩壊していく!!何とかしようとみちるが行動を起こそうと したとき、つらい現実がせまってきた・・・。

クラス崩壊やいじめの問題は珍しくなくなっている。だからと言って見過ごす ことはできないのだが・・・。一人の人間が標的にされていても、誰もとめる人は いない。担任までもが見て見ぬふりをする。こんなことが実際に多くの学校で 起こっている。読んでいてつらかったが、反面怒りも感じた。一人を寄ってたかって みんなでいじめることに何の罪悪感も感じない今の子供たち。それをとめようとも しない大人たち。世の中、どこかおかしい。中学校生活はもうぬるま湯ではないのだ。 見せかけだけの「温室」の中にいる子供たちは、これからどうなるのだろう?先が 全く見えないことに、とても不安を感じた。


  空白の叫び  貫井徳郎  ☆☆☆
少年たちはなぜ殺人者となったのか?3人の少年たちが罪を犯す 過程、少年院での驚愕の日常、そして退院後から衝撃の結末までを 鮮やかに描いた長編問題作。

どこにでもいるような少年たち。なぜ彼らが人を殺したのか?読めば読むほど 戦慄を覚える。実際にも充分あり得る話だと思った。彼らが殺人に至るまでの 過程は、読み手を引きつけて離さない。上巻の、殺人までの心理の軌跡や少年院 での出来事は圧巻だった。ただ下巻になるとちょっと現実味が薄れてくる。 少年たちをつなぐ糸は、作者の懲りすぎではないか?それでも、充分に楽しめる 内容ではあったが。いろいろな少年たちが登場したが、一番怖いと感じたのは 神原だった。見た目と心のアンバランスが、不気味な存在となっている。 彼らの心の中の空白は満たされるのだろうか?満たされないままさ迷い歩く 姿しか想像できない。


  灰色のピーターパン  石田衣良  ☆☆☆
盗撮した画像をCD−Rに焼いてネットで販売する小学5年生の 男の子。そのことがばれて恐喝され、マコトに助けを求めたのだが・・・。 表題作を含む4編を収録。人気のIWGPシリーズY。

おなじみのシリーズ。マンネリ化の声も聞かれるが、安心して読めるところが 私はいいと思う。弱いものを助けようとするいつものマコトがいる。池袋は怖い 街なのだろうか?行ったことのない私はこのシリーズを読むたびにそう思う。 でも、魅力のある街なのだろう。4編どれも面白かったが、とくに「池袋 フェニックス計画」が印象に残った。どうラストをまとめるのか、とても 興味深かった。作者の成長とともに、シリーズ化の作品も成長するものだと 思う。これからIWGPがどうなっていくのか?ずっと見守っていきたい。


  反自殺クラブ  石田衣良  ☆☆☆
ネットで集団自殺を呼びかけるクモ男。それを阻止しようとする 反自殺クラブのヒデ、ミズカ、コーサク。手を貸すことになった マコトだが、事態は思わぬ方向に・・・。表題作を含む4編を収録。 人気のIWGPシリーズX。

どの話にも、生きるために必死にもがき続ける人たちがいた。 ずっと先の未来より今をどう生きるのか?切実な問題が立ちはだかる。 そんな人たちのために力を貸そうとするマコト。表題作の「反自殺クラブ」では、 なぜ死を選ぶのか?という自殺者の暗くて重い心理を垣間見たような気がした。 それぞれの作品の中にこめられた作者の思い。ただ単に面白いだけではなく、 いろいろ考えさせられることも多かった。さて、マコトはこれからどんな活躍を してくれるのか?次回作にも期待したい。


  電子の星  石田衣良  ☆☆☆☆
マコトに、失踪した友人を探してほしいというメールが届いた。 山形から上京した依頼人のテルは、失踪したキイチの部屋で衝撃の 映像を発見する。肉体損壊ショーの様子を収めたDVD!マコトは その出所を探るため、行動を開始するが・・・。表題作を含む4編を 収めた、人気のIWGPシリーズW。

表題作「電子の星」に出てくる肉体損壊の描写は、読んでいて気分が悪く なってきそうだった。だが、引きこもりで弱虫だったテルがしだいに強く なっていく様がとてもよかった。「逃げてはだめだ。立ち向かわなくては!」 テルがそう思い、前向きに生きていこうとする姿はちょっと感動的。 4編どの話も、弱くても貧しくても叩かれても、必死で生きていこうとする 人間の姿が描かれている。そんな人たちの力になろうとするマコトとGボーイズ。 人と人との間に流れる温かなもの・・・。それがとてもよく描かれていて、 読後感もよかった。


  ららのいた夏  川上健一  ☆☆
走ることが大好きな少女らら。そんなららを愛する純也。 ららはマラソンの世界で、その天才的な才能を見せるのだが・・・。 さわやかでちょっと切ない物語。

まさに青春小説といった感じ。コーチにもついたことがなく、一人でただ ひたすら走るらら。その才能は、日本のトップクラスの選手をも上回る。 ちょっと都合のいい設定のような気もするが・・・。ボーイフレンドの純也との やりとり、そして全体的な話の展開は、読んでいてわざとらしい感じがした。 少女漫画のような世界だ。読み始めたときは子供向けの話かと思ったくらいだ。 内容にも深みが感じられなく、物語の中に入っていけなかった。ラストも 切ないはずなのに、あまり感動せずに終わってしまった。


  ミーナの行進  小川洋子  ☆☆☆☆
母と二人暮しの朋子は、母が洋裁の腕をみがくために1年間洋裁学校に 通うことになったので、その間伯母のところへ預けられることになった。 伯母の家族、そこで働く人たち。そしてすてきな家。決して忘れることの できないできごとを、あざやかに描いた作品。

伯父さん、伯母さん、ローザおばあさん、米田さん、小林さん、そして ミーナ、朋子。みんなひとつの輪になっているような、確かなつながりが感じられる。 どの登場人物も、とてもすてきな人たちばかりだ。朋子が1年の間に得たたくさんの 思い出は何物にも替え難い。ミーナと同じものを見て同じものに感動したことは、生涯 忘れることはないだろう。こんなにすてきな思い出を持っている朋子を、とてもうらやま しいと思う。1972年から1973年の出来事として書いているが、この時期私も ミーナや朋子と同じように、ミュンヘンオリンピックのバレーボールを見て感激していた。 だから、彼女たちに共感できることがたくさんあった。そういう意味ではとても懐かしい ものも感じた。心温まる、すてきな作品だった。


  五郎治殿御始末  浅田次郎  ☆☆☆☆
江戸時代から明治時代へ。激動の時代の流れの中、孫と二人で生きる五郎冶。 生きることも死ぬこともままならない状況の中、五郎冶はついに孫とともに 死ぬことを決意するが・・・。表題作を含む6編を収録。

明治維新。この言葉の裏に、さまざまな悲劇が隠されていた。時代の 流れに乗ることのできない人たちの苦悩や悲しみが切々と描かれていて、 読んでいてほろりとくるものもあった。中でも「柘榴坂の仇討」は、 どうしても過去を断ち切れない元武士の心の苦悩がよく描かれていて、一番 印象深かった。どうすれば未来へ目を向けられるのか?男たちの慟哭が 聞こえてきそうだった。時代が変わるということは大変なことなのだ。 そのことをあらためて感じる作品だった。


  町長選挙  奥田英朗  ☆☆☆
オリンピックじゃないけれど、4年に一度の町長選挙。勝つのは 小倉か八木か?島を二分する戦いに、この島に赴任してきた24歳の 宮崎良平は胃の痛くなる毎日を送っていた。そこへ、2ヶ月の約束で おなじみの伊良部が短期派遣医師としてやって来たが・・・。表題作を 含む4編を収録。

寂しさもがまんする。弱さも見せない。年齢の衰えも平気なふりをする。 強がってみても、心が悲鳴を上げるときがある。病んでしまった心を 治すのは精神科医の仕事だが、こんなのが治療なのかと伊良部の仕事 ぶりにはいつも首をかしげてしまう。ふざけているのか真面目なのか? だが、伊良部の何気ない一言が患者を救うこともある。ん?偶然? 深刻な患者には深刻に考える医者は必要ないのかもしれない。伊良部と 一緒に笑ったり怒ったりしているうちに、いつの間にか治ってしまう。 こんな医者が実際にいたら楽しいだろうといつも思う。伊良部医師の 今後の活躍(?)に期待したい。


  女たちのジハード  篠田節子  ☆☆☆☆☆
「どんなにつらくたって負けない!」人からどんなことを言われても どんなふうに扱われても、めげずに自分自身の幸せを追い求めた5人の 女性の物語。直木賞受賞作品。

男女平等とは言うけれど、世の中まだまだ完全にそうはならない。長年OLを やっていれば、風当たりも強くなる。この作品に登場する5人の女性たちは、 それぞれの幸せを求めて奔走する。どうすれば自分が幸せになれるのか?試行錯誤? 紆余曲折?邪魔者扱いされても決してめげず、己の道を突き進む。作者は軽快な タッチで彼女たちの奮闘ぶりを描いている。まるで雑草のごとく、踏まれれば踏まれる ほど彼女たちは強くなる。その姿は戦士そのものだ。さて、戦いののち彼女たちが 勝ち取ったものは・・・?それぞれ全く違うけれど、どれもキラキラと輝いていた。 読後もすっきり♪読み応えのある、楽しい作品だった。


  コッペリア  加納朋子  ☆☆☆
独特の人形を作成し続ける如月まゆら。彼女の作る人形に恋した 青年は、人形にそっくりな女性と出会う。彼女の名は聖。本当に 愛しているのは人形なのか、聖なのか?人の思いが交錯したときに 起こった出来事は?

人形には魂が宿っているのではないだろうか。そう思うときがある。 幼い頃暗い部屋に入ったとき、人形のほうを見るのが怖かった。 だが人形は時として人の心を癒す存在にもなりうるのだが・・・。この 作品の中の人形の果たす役割はとても不思議なものだった。なぜまゆらは 聖によく似た人形を作ったのか?だが、この真相よりも驚いたのは、作品 自体だった。思わず最初からまた目を通した。作品自体に隠されて いたものに気づかなかった。これからこの作品を読む人には、じっくり 味わいながら読むことをおすすめしたい。


  うそうそ  畠中恵  ☆☆☆
江戸の大店、廻船問屋兼薬種問屋長崎屋の一人息子の一太郎。体の 弱さは相変わらずで、今日も妖たちに守られて暮らしていた。 ある時、稲荷神社様のお告げがあり箱根に湯治に行くことになったの だが、そこで待っていたものは・・・。おなじみ「しゃばけシリーズ」第5弾。

おなじみの面々にまた会えた!そんな気持ちでワクワクしながら読んだ。 今度の舞台は箱根。今までとは一味違う展開だった。ひんぱんに起こる 地震、誘拐事件、天狗たちの襲撃、そして一太郎に敵意を燃やす謎の少女。 さまざまなことが入り乱れ、事態は思わぬ方向に向かっていく。一太郎は、 体は弱いかもしれないが、信念は人一倍強い。この作品ではそんな彼の姿を垣間見た。 全体的に面白く読んだが、いろいろな出来事を突っ込み過ぎという印象もあった。 謎の少女が一太郎に敵意を燃やす理由も、ちょっと弱いような気がした。


  おんみつ蜜姫  米村圭伍  ☆☆☆
九州豊後温水藩に、暴れ姫と呼ばれる姫がいた。名前は蜜姫。ある日父の、 藩主乙梨利重が何者かに命を狙われた!利重は蜜姫を風見藩に嫁がせること により、両藩の合併を企んでいた。この策を知り、刺客をよこしたのが吉宗 だと思い込んだ蜜姫は、吉宗と闘うため江戸にいく決心をするが・・・。 痛快時代劇。

忍びの者、忍び猫、海賊、尾張藩、そして天一坊などなど、出てくる人、 起こる事件がさまざまで、長い作品だけれど読者を最後まで飽きさせない。 まるで一昔前に流行ったテレビの時代劇ドラマのようで懐かしかった。 お姫様や王女様が男装して敵をやっつける話には、幼い頃とてもあこがれた ものだった。今読んでも胸がわくわくする。数々の難関を乗り越えて突き進む 蜜姫の活躍は爽快♪楽しめる作品だった。


  もっと、わたしを  平安寿子  ☆☆☆
「人間生きていりゃあいろいろなことがあるさ。」
つらくても悲しくても一生懸命前向きに生きる人たちを、 彼らのホンネとともに描いた5編を収録。

人からなんと言われようと、不器用にしか生きられない人がいる。優柔不断な 人もいる。うらやましがられる容姿が、逆にコンプレックスになっている人もいる。 そんな人たちが織りなす人間模様。笑いあり涙あり怒りあり。「もっと、わたしを」 ・・・。そのあとに続く言葉は千差万別だけれど、彼らは、自分らしく生きるための 何かをつかんだに違いない。それぞれのラストに、それぞれの笑顔が見える気がした。


  押入れのちよ  荻原浩  ☆☆☆
失業中の恵太が借りたマンションは格安だった。だが、その マンションにはひとつだけ欠点があった。押入れには幽霊が 住んでいた・・・。表題作を含む9編を収録。

どの話も不思議でちょっと怖い。だが、そのなかには切なさも 含まれている。特に印象に残ったのは表題作の「押入れのちよ」 そして「木下闇」「しんちゃんの自転車」だ。幼くしてこの世を 去らなければならなかった者の哀しさがよく描かれている。 夫婦の心の中を描いた「殺意のレシピ」は別の意味で怖かった。 本当に怖いのは幽霊?それとも人の心?後者かもしれない・・・。


  オニビシ  久間十義  ☆☆☆
北海道日高地方。富産別というところに「オニビシ」と呼ばれる アイヌがいた。彼は、その生涯を昔ながらの伝統的なアイヌ流の生活で 暮らしたアイヌだった。富産別に暮らすアイヌの人たちやその土地に まつわる話を描いた異色の作品。

自然の中で、自然と調和して生きてきたアイヌの人たちは、時代の 大きなうねりの中で次第に自分たちの居場所を失ってゆく。 北海道は開拓され続けてきた。開拓者は、アイヌの人たちとの共存を全く 考えずに、彼らから土地を奪った。それによって得たものは大きい。だが、 失ったものもそれ以上に大きいのではないだろうか。この本に収められて いる物語はどれもほろ苦かった。オニビシは、最後のアイヌらしいアイヌでは なかったのだろうか。今も語り継がれる彼の物語を、まだ読んでみたいと思った。


  魔法飛行  加納朋子  ☆☆☆
卓見は野枝に日常を超えた不思議な出来事を信じてほしかった。 そしておこなった「魔法の飛行」。現実主義者であったはずの野枝は 「魔法の飛行」を信じたのだが、そこには秘められた思いがあった。 表題作を含む4編を収録。

駒子が瀬尾に宛てて書く手紙。そこに綴られた不思議な物語。瀬尾は 駒子の手紙の内容から、その不思議な物語に隠された謎を解いていく。 その謎解き部分も面白いが、物語の間に挿入されている謎の手紙にも おおいに興味をそそられた。それまでの不思議な出来事と手紙の謎が ラストで見事につながっていくさまは、読んでいて小気味よい。読後、 ほのぼのとしたものも残り、作者の魅力が存分に発揮された作品だと 感じた。


  終わりの蜜月  大庭利雄  ☆☆☆
突然のめまいに襲われ入院。病名は小脳出血だった。病状も安定して ほっとしたのもつかの間、今度は脳梗塞で半身不随に・・・。 作家大庭みな子を献身的に介護する、夫大庭利雄の克明な介護日記。

「介護」は、介護する者への愛情がないとできないと言われているが、 まさにその通りだと思う。相手が何を望んでいるのかきめ細かく思い やることができるのは、相手を愛しているからに他ならない。利雄の みな子への献身的な介護。読んでいると、夫として妻をどれほど愛して いるのかが痛いほど分かる。だが、老齢の身で介護をしなければならないのは とても大変でつらいことだと思う。今後、介護制度がもっともっと充実 してくれることを願うばかりだ。


  無名  沢木耕太郎  ☆☆☆
父が脳内出血で入院。息子はすぐかけつけるが・・・。混濁してゆく 父を見守りながら、息子は父の人生を見つめなおそうとしていた。

命を終えようとする父。その父を看病しながら、また介護しながら、 息子は自分の中の父を見つめなおす。そして父との会話を思い出す。 何気ない会話だけれど、そこに交わされる言葉の一つ一つが心にしみて くる。父は無名のままでの死を願う。息子は父の句集を出すことで、 父の名を残そうとする。どちらの思いも分かるような気がする。 生と死、親と子。だれでも生きていくうえで考えなければならないことだ。 この作品で、ひとつの答えを見たような気がした。


  初ものがたり  宮部みゆき  ☆☆☆☆
季節季節の初ものを取り上げ、それにまつわる事件を人情味豊かに 描いた、捕物作品。

江戸本所深川を舞台に、さまざまな季節にさまざまな事件が起こる。 岡っ引きの茂七、下っ引の糸吉と権三がそれらの事件に立ち向かう。 事件を起こした側にも悲しい事情がある。茂七はただ下手人を捕まえるだけ ではなく、その悲しい事情を思いやることも忘れない。そこのところが 読み手の心をほのぼのとさせる。江戸の庶民の生活も生き生きと描かれて いて、楽しめる作品だった。


  一生に一度の月  小松左京  ☆☆☆
アポロが月面着陸し人類が初めて月面に降り立つ瞬間を、男は 仲間たちとマージャンをしながら待つことにしたが・・・。表題作を 含む傑作ショート集。

かなり昔に書かれた作品で年代を感じさせるものもあるが、中には今でも 充分に通用する作品もあり、作者の観察眼の鋭さに驚かされる。「日本沈没」 「復活の日」「さよならジュピター」など数々の名作を生み出しているが、 このショートショートを読んで改めて作者の魅力を認識することができた。 読みやすく、そしてどこかピリッとしたところのある作品だった。


  村上朝日堂はいほー!  村上春樹  ☆☆☆
さまざまな名作を生み出し続けている村上春樹氏。彼の日常生活や 日頃考えていることが垣間見えるエッセイ。

小説だけを読んでいると、そのイメージで作者をとらえてしまいがちだ。 だがエッセイを読むと、こんな一面もあったのかと驚かされることが多々ある。 ものの見方、考え方、そして趣味や嗜好まで、幅広く書かれた内容は興味深い。 なかには、作家としての鋭い洞察力を感じるものもある。さまざまなことについて 書かれているが、その中で「おっ!」と思ったのは、「ウサギ亭」のコロッケ定食。 読んでいるうちにたまらなく食べたくなってしまった。このお店、どこにあるの だろうか?気になる・・・。


  和宮様御留  有吉佐和子  ☆☆☆
激動の幕末時代。公武合体政策のため、将軍徳川家茂に嫁ぐことに なった皇女和宮。だが、その御婚儀にはさまざまな人間の思惑が あった・・・。

時代が大きく変わろうとしていた。公武合体を選択しなければならなくなった 徳川幕府。当時、女性は政略の道具として使われる時代だった。自分の意思に 関係なく顔も知らぬ相手に嫁がされる和宮。しかも、行き先は京都からはるかに 遠い江戸。まだ10代の少女にはどれだけつらいことであっただろう。 だが、和宮を愛するものたちはおとなしく徳川幕府に従うことはしなかった。 そのことは、一人の少女ふきの運命を変える。彼女も公武合体政策の犠牲者だった。 抗うこともできなければ完全に従うこともできなかったふき。その運命の残酷さには 涙を誘われた。激動の幕末から明治、時代の波にのみ込まれ翻弄された人たち。 歴史というのは時には残酷なものだと感じた。