*2008年*
★★五つ星の時のみ
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初湯千両
浅田次郎
☆☆☆☆
二百三高地の激しい戦いの中、生き抜いた寅弥。心に傷を抱える彼が、
大晦日の夜に銭湯で一人の少年に出会った。父親をシベリアの戦いで
亡くし、母と二人暮しのイサオ。寅弥はその親子の面倒をみようとするが・・・。
表題作を含む6編を収録。「天切り松 闇がたり」シリーズ3。
貧しい暮らしをしている母と子の力になろうとする寅弥を描いた「初湯千両」、
鮮やかな詐欺の手口を披露する常兄ィを描いた「共犯者」、おこんと竹久夢二の
ふれあいを描いた「宵待ち草」、一人の女のために楠木正成の太刀を一時的に拝借しようと
する栄治の話「大楠公の太刀」、道化師の父親を持つ仁太と少年の日の松蔵の物語「道化の
恋文」、松蔵が、持つはずのない二つ盃を持つことになったいきさつを描いた
「銀次蔭盃」、どの話も読み応えがあった。一番印象に残ったのは「道化の恋文」
だった。貧しさや自分の境遇から抜け出すのが困難な時代、はたして少年の夢は
叶うのか?安吉一家に登場する男たちのかっこよさだけを描かず、その当時の切なさも
見事に描いている。松蔵は、次はどんな話を聞かせてくれるのか?とても楽しみだ。
残俠
浅田次郎
☆☆☆
松蔵は寅兄ィと二人初詣にやってきた。そこで、あざやかな長刀使いの老人
に出会う。その老人はただ者ではなかった。彼の名は山本政五郎・・・。死んだと
言われてきた清水次郎長の子分、小政だった!!表題作を含む8編を収録。
「天切り松 闇がたり」シリーズ2。
夜盗の声音「闇がたり」で語る不思議な老人松蔵の話は、多くの人をひきつける。
小政の、一宿一飯の義理を通そうとする姿、目細の安吉の鮮やかな中抜き、
嘘を語らせたら天下一品の常兄ィの恋、おこんを慕う軍人、そして松蔵と初菊の
ひととき、松蔵の父の死。どの話も、義理と人情にあふれていて心にしみる。
そして、登場する安吉一家の男たちの一本筋が通った生き方も、読んでいて小気味よい。
ただ、話の内容があまりにも現実離れしてるのが少々気になる。楽しめる作品だとは思うが。
闇の花道
浅田次郎
☆☆☆
一人の老人が雑居房にやってきた。その老人は六尺四方にしか聞こえないと
いう不思議な語り口・・・「闇がたり」で、若かしり頃のできごとを
語り始めた。聞く者全てをとりこにするその話とは?「天切り松 闇がたり」
シリーズ1。
夜盗の声音「闇がたり」で語られるのは、不思議な老人松蔵のはるか昔の物語。
母を病気で失った後、父により姉は遊郭に売られ、おのれ自身は盗賊の親分に
弟子入りさせられた。だがこの盗人集団には、義理も人情もある。ぴしっと
1本筋も通っている。その潔い生き方には、ほれぼれとさせらる。安吉、おこん、
栄治、寅弥、常次郎、どの人物も魅力的だ。そして人の心の痛みが分かる
情け深い人たちだ。松蔵と彼らの間にある信頼関係は、読んでいてほのぼのと
したものを感じさせる。彼らは、松蔵の姉のためにも一肌脱ぐ。ラストの、松蔵に
背負われた姉の描写は、胸に迫るものがあった。浅田次郎らしい作品だと思う。
覆面作家の夢の家
北村薫
☆☆
大きさ12分の1のドールハウスで殺人事件が!被害者は死の直前に
ダイイング・メッセージを残していた。「恨」一文字・・・。この文字に
込められた、ドールハウスの作成者の思いとは?表題作を含む3編を収録。
覆面作家シリーズ第3弾。
収められた3編の中では、「覆面作家、目白を呼ぶ」が一番印象的だった。
この話の中では、作者がマルハナバチを実に効果的に使っている。また、事件が起こる
きっかけとなった出来事や犯人の動機など、読んでいていろいろ考えさせられる
部分もあった。人の心の中にひそむ恐ろしさもよく描かれていたと思う。
表題作「覆面作家の夢の家」は、とても凝った作品に仕上がっている。作者の
奥深い知識が如何なく発揮された作品だと思う。ただ、内容が緩慢過ぎて、読んでいて
退屈な思いを味わった。謎が解き明かされていく過程でのワクワク感もあまり
感じられなかった。私としては、期待はずれの作品だった。
覆面作家の愛の歌
北村薫
☆☆☆
ある女性が殺された。死亡推定時刻は夜中の12時。彼女は、殺される直前に
婚約者の中丸に電話をかけていた。中丸のそばには、彼女を殺したのでは
ないかと思われる南条もいた。南条はどのように彼女を殺害したのか?
覆面作家新妻千秋の推理が始まる・・・。表題作を含む3編を収録。覆面作家
シリーズ第2弾。
どの話も面白かったが、一番よかったのは表題作「覆面作家の愛の歌」だ。
アリバイ作りのトリックが巧妙で、感心させられた。ちょっと複雑すぎて、
理解するのに何度か読み直してしまったが(^^; 南条の、屈折しゆがんだ
感情にはぞっとさせられた。「覆面作家のお茶の会」は、良介が関わる
「推理世界」のライバル誌「小説ワルツ」の静美奈子の友人にまつわる話だが、
家族が家族を思う気持ちにホロリとさせられた。この作品は、謎解きの面白さ
だけではなく、良介と千秋の微妙な関係にも面白さがある。はたしてこれから
進展するのか?また、優介にも恋の季節が!?第3弾が楽しみだ。
シャドー81
ルシアン・ネイハム
☆☆☆☆
戦闘機がジャンボ旅客機を乗っ取る!前代未聞のハイジャック事件が
起きた。決して正体を見せない犯人は、巨額の金塊を要求してきた。はたして、
その結末は!?
時はベトナム戦争時代。戦闘機一機が行方不明になるが、そのことが
ジャンボ旅客機乗っ取り事件の幕開けだった・・・。周到に準備され、実行に
移された計画。それは、驚くべき緻密さと精巧さで進められていく。かなり
長い作品だが、構成力がよく最後まで読み手を引きつけて離さない。登場人物の
性格や心理描写も丹念に描かれていて、物語全体に味わいと深みを持たせている。
飛行機が飛行機を乗っ取る。その大胆な発想には感心させられた。犯人が
要求した金塊の受け渡し方法は?また、犯人はどうやって逃げるつもりなのか?
まさに手に汗握る展開だった。ラストにも衝撃の事実が待っている。
最初から最後まで本当に楽しめる作品だった。現在絶版なので、手に入らないのが
とても残念だ。
覆面作家は二人いる
北村薫
☆☆☆
「岡部君、早速、お宅にうかがいなさい。」
「推理世界」編集部に送られてきた原稿に興味を示した左近先輩の
命を受け、岡部良介は作者新妻千秋の自宅を訪ねることにした。
そこで待っていた驚愕の事実とは!?覆面作家シリーズ第1弾。
かなりの美貌の持ち主で、その上大金持ちの令嬢。新妻千秋の人物像は
かなり個性的だ。しかも、内と外では性格ががらりと変わるという
ユニークさ♪だが、少々気の弱そうな良介とのコンビは絶妙だ。二人は、事件の
謎を次々と解き明かしていく。事件の中にはシリアスなものもあるが、どこか
救いがあり読んでいてほっとする。心に重くのしかかってこないのが心地よい。
良介の双子の兄弟優介(警視庁の刑事!)の存在も見逃せない。この作品に
いい味を加えている。良介と千秋、この二人の関係はこれからどうなるのか?
こちらも見逃せないところだ。第2弾を読むのが楽しみだ。
螢坂
北森鴻
☆☆☆
「今、歩いてきた坂道ね、螢坂と呼ばれているのよ」
そう言って微笑んでいた人は戻らない・・・。全てを捨て、己の
道を突き進んだ男に突きつけられた真実とは?表題作を含む5編を収録。
「香菜里屋シリーズ」の3作目だが、この作品もしっとりとした味わいがある。
一番印象深かったのは、5番目の「孤拳」だった。逝ってしまった大切な人との
思い出を胸に抱きながら、幻の焼酎「孤拳」を捜す真澄。やがて知る大切な人
「修兄ィ」の心に隠された真実の思い。そして「孤拳」に込められた願い・・・。
読んでいてとても切なかった。ほかの作品も、人それぞれの心のひだに隠された思いが
とてもよく表現されていたと思う。相変わらず香菜里屋の料理も魅力的だった。
気になるのは、香菜里屋のマスターの工藤の秘密だ。「香菜里屋」の店の名前の由来は?
工藤の思いとは?4作目を読むのが楽しみだ♪
桜宵
北森鴻
☆☆☆
「三軒茶屋の香菜里屋という店を訪ねてください。」
1年前に病没した妻の手紙を見つけた夫は、香菜里屋を訪れた。
そこで出されたのは薄緑色の桜飯。夫は初めて妻の思いを知ることになる・・・。
表題作を含む5編を収録。
どの話もしっとりとした味わいがある。一番印象に残ったのは表題作の「桜宵」だ。
口に出せない妻の夫への思いに切なさを感じた。妻の死後に初めてその思いを知った
夫の心情も細やかに描かれていて、よかった。
香菜里屋は魅力的なお店だ。マスター工藤の、でしゃばり過ぎない控えめな人柄にも
好感が持てる。謎解きの面白さ、そして独創的な数々の料理。読んでいて、同時に二つを
味わえる。「本当にこんなお店があったなら!」と、思わずにはいられない。
青函連絡船洞爺丸転覆の謎
田中正吾
☆☆☆
1954年(昭和29年)9月26日、すさまじい台風のために5隻の青函連絡船と
1430名の命が海に消えた。なぜ悲惨な海難事故が起こったのか?克明に調査した、
作者渾身の作品。
「洞爺丸事件」を知る人はだんだんと少なくなってきている。50年以上前の
できごとで、当時の様子を知る人も年々減っているという。この悲惨な海難事故はなぜ
起きたのか?そこに、当時の気象科学の限界が見えてくる。長年の蓄積されたデータから
動きを予想してはいたが、このときの台風の動きは予想を裏切るものだった。もし今の
ように気象衛星などがあったのなら、このような惨事は防げたかもしれない。悲劇は起きて
しまった・・・。そこから学ぶものも多々あったに違いないが、あまりにも大きな犠牲を
払わねばならなかった。20数年前、我が家の隣に住んでいたMさん。彼の両親は、洞爺丸に
乗っていて命を落とした。親戚に預けられていたため難を逃れた彼の胸に去来するものは、
いったい何だったのだろう?二度とこのような悲劇が起こらないことを祈る。
本からはじまる物語
恩田陸他
☆☆☆
いろいろな作家の方たちが本や本屋さんをテーマに、個性豊かに描いた
18作品を収録。
有名作家の競演。しかも本にまつわる話ということで、本好きの私とっては
たまらない作品だった。本や本屋さんをテーマに、ファンタジックに、時には
ミステリアスに、そして時には甘く、やさしく、切なく・・・。特に印象に
残ったのは、内容によりさまざまな性格を持つ本が飛び回る様子を描いた
恩田陸さんの「飛び出す、絵本」と、本に対する切ない思いを描いた本多孝好さんの
「十一月の約束」の二つだ。そのほかの作品も、味があって面白い。「次は
どんな話だろう?」読むのは、まるで宝箱の中からひとつひとつ宝物を取り出すような
気持ちだった。それぞれの作家の本に対する思いも、読み手の心に伝わってくる。
本が好きな方、一読の価値あり♪
ピンポンさん〜荻村伊智朗伝
城島充
☆☆☆☆
高校1年生のときに卓球を始めて、わずか6年弱で世界の頂点に登りつめた男
荻村伊智朗。彼の、卓球にかける情熱の全てを描いた作品。
家族皆が卓球好きなので、荻村伊智朗の名前は以前から知っていた。また、
テレビで放映されたので、彼の人生もそれなりに知っているつもりだった。
だが、この本を読んで自分の認識不足を痛感した。彼の卓球にかける情熱には、
思っていた以上の凄まじさがある。卓球という魔物に魅入られたのか?彼は命を削るように
して卓球に打ち込んだ。けれど、その業績や功績とは裏腹に、彼の生き方に共感できる
者は少なかったのではないだろうか?まさに孤高の人だった。現役選手時代の栄光、
そして引退後の活躍。どれをとっても並みの人間にできるものではない。小さな
ピンポン球で世界から国境をなくそうとした志には、頭が下がる。ラケットと
球があれば、言葉が通じなくても人はつながっていける。この彼の信念が、ずっと受け
継がれていくことを切に願う。卓球を知らない知っているに関わらず、ぜひ多くの人に
読んでもらいたい。
相棒
五十嵐貴久
☆☆☆
大政奉還直前に、徳川慶喜暗殺未遂事件が起こる。犯人はいったい何者なのか?
わずか2日間という限られた時間の中、幕府から犯人捜しの命を受けたのは、
坂本龍馬と土方歳三だった!
幕末の主だった者のオンパレード♪登場人物の多彩さ、それだけでも充分楽しめる。
水と油の土方と坂本が犯人探索のためコンビを組む。その絶妙の取り合わせが
何とも愉快だ。わずか2日の間に育まれた男同士の友情。時代が時代なら、
この二人は無二の親友になったのではないだろうか。新選組の面々も登場し、
犯人探しが続く。土方、坂本と一緒に、自分も犯人探しをしている気分になる♪
二人はやっと犯人にたどり着くが、そこからの展開がちょっと不満だった。
「え〜〜っ!そうなっちゃうの?」
できるなら、あざやかな解決を望みたかった。だが、ラストの坂本龍馬暗殺に
まつわる話にはぐっときた。本当に、そうであってほしかった!
火怨
高橋克彦
☆☆☆☆
陸奥で穏やかに暮らしてきた蝦夷たち。その彼らの生活を根底から揺るがす
できごとが起こった。黄金が発見されたことから、朝廷は蝦夷征伐に
乗り出したのだ。蝦夷たちは、朝廷軍との戦いを決意するが・・・。
蝦夷のリーダー阿弖流為(アテルイ)やその仲間たちを、あざやかに
描いた作品。
「共存共栄」。なぜそれができないのか?蝦夷たちを獣並みにしか思わない
朝廷側の人間たちは、侵略・征服だけしか考えていない。阿弖流為たちは
何万もの朝廷軍を相手に、実に20年もの長い間戦いを繰り返す。お互い多大な
犠牲を出しながら、まだそれでも戦いは続く・・・。戦いを終わらせ蝦夷たちが
安心して暮らせるためにと、最後に阿弖流為がとった行動には泣かされた。ここまで
自分の身を犠牲にできるものなのか。阿弖流為は真の英雄だった。
「征夷大将軍坂上田村麻呂が蝦夷を平定する。」
歴史の教科書ではこれだけの記述で終わってしまうが、その裏には数々の人間ドラマが
あった。前半は無駄に長すぎると思わないでもなかったが、全体的には読み応えの
ある感動的な作品だった。
遠まわりする雛
米澤穂信
☆☆☆
女の子が着飾って「生き雛」となり、行列の先頭を歩き集落を巡る。
千反田に頼まれ、その行列の手伝いをすることになった奉太郎だが、
ちょっとしたトラブルに遭遇する。表題作を含む7編を収録。古典部
シリーズ第4弾。
この作品は、入部から翌年春までの、古典部の部員たちが遭遇する
ちょっとしたミステリアスなできごとを描いている。謎解は相変わらず
面白いが、古典部部員たちの描写もとても興味深かった。印象に残ったのは、
「あきましておめでとう」と「手作りチョコレート事件」だ。「あきましておめでとう」では、
奉太郎と千反田が納屋に閉じ込められてしまう。彼らはどういう方法でそこから
出ようとするのか?その方法には思わず笑ってしまった。奉太郎と里志の
厚い友情も垣間見えて、面白かった。「手作りチョコレート事件」では、消えたチョコの
行方をめぐっての、里志と伊原の微妙な関係が見えてくる。この二人、どうなるの
だろう?奉太郎と千反田の関係も気になる・・・。そして、今後の古典部は?
次回作に大いに期待したい。
クドリャフカの順番
米澤穂信
☆☆☆☆
神山高校文化祭がついに始まった!だが、古典部には大問題が・・・。
大量に作成してしまった文集「氷菓」を売りさばくには、いったいどうすればいいのか?
その一方、ひそやかに事件が発生していた。連続盗難事件に隠された秘密とは?
古典部シリーズ第3弾。
いくつかの小さな流れが集まって、やがて大奔流となる。そんな作品の構成はお見事!
読み手は知らず知らずのうちに、この作品から目を離せなくなる。連続盗難事件の
真相はいかに?その謎解きもさることながら、古典部の面々一人一人の描写は、読んでいて
かなり面白かった。前2作では知らなかった、意外な特技も!こんな一面もあったのかと
驚きの発見を楽しんだ。「わらしべ長者」的な話も面白かった。最後は古典部自体を
巻き込んでの大騒動。事件は解決するのか?「氷菓」は売れるのか?その二つに絡むのは
やはりホータロー♪彼の取った行動も、読み手を充分に楽しませてくれた。
夜を守る
石田衣良
☆☆☆
息子を殺した犯人を捜し続ける老人と出会ったことがきっかけで
チームを結成し、アメ横の治安を守ることになった4人組。
窃盗団に、薬物中毒の男、消えたダンサーの行方・・・などなど。
彼らのもとに持ち込まれる問題は種々様々だ。そしてついに、老人の息子殺しの
犯人につながる手がかりが!
この作品を読むと、池袋ウエストゲートパークシリーズ(IWGP)と比較せずには
いられなくなる。同じ類の作品はどうしても比較されてしまう。比較すると、やはり
IWGPの方が面白い。そういう意味では、不幸な作品なのかもしれない。登場する4人の
個性はとてもよく描かれている。趣味も考え方も性格もまったく違う4人が発揮する
見事なチームワークは、読んでいて楽しい。けれど、起こるできごとは新鮮味がなく
いまいちという感じだった。ワクワク感や緊迫感、新鮮な驚きを読み手は求めているのだが、
それが最後まで満たされず、読後もすっきりしないのが残念だった。
さくら
西加奈子
☆☆
父がいて、母がいて、子供たちがいて、そして犬のさくらがいる。平凡だけれど
幸せな日々が、少しずつ指の間からこぼれていった・・・。ある家族に起こった
せつないできごとを綴った作品。
結論から言うと、私には合わなかった。小説の世界には現実にはありえないことが
たくさんある。そのことを充分認識して読んでも、何か違和感を感じずには
いられなかった。日常のさまざまな描写も、思いつくままにダラダラと書いた
脈絡のない言葉の羅列としか思えない。とにかく無駄な描写が多すぎて、なめらかに
読むことができなかった。家族の人物像の設定もまるでマンガの世界のようだ。
読者を感動させようとする作者の気持ちは感じられるが、メリハリのない作品で
読後感もいまいちだった。
愚者のエンドロール
米澤穂信
☆☆☆☆
文化祭のために作られていた自主映画が、脚本を書いていた少女が
倒れたため中断してしまった。廃屋の密室で殺されていた少年・・・。
映画はそこで終わっていた。これからの展開は?密室の謎は?犯人は?
映画を完成させるため、奉太郎たち古典部の面々が立ち上がった。はたして
その結末は?古典部シリーズ第2弾。
事件が起こったまでしか作られていない映画。密室の謎も犯人も不明。しかも、
脚本を書いていた少女からは何も聞き出せない。奉太郎たちはさまざまな人たちから
聞いた話をもとに、結末を推理していく。自分も謎解きに参加しているようで、
読んでいて楽しかった。起こった出来事を検分し、そこから何を判断し、どう
推理するのか?しだいに明らかになっていく真相。構成力がとてもいい。
読み手は、謎解きの醍醐味を存分に味わうことができる。そして、奉太郎の出した
結論は・・・?最後の最後に待っていたものに、思わず「うーん。」とうなって
しまった。思い返せば、伏線はきちんとあったのだ。ラストを読んで、作品の最初に
書かれたことにも納得♪読後感もよく、満足できる作品だった。
流星の絆
東野圭吾
☆☆☆
真夜中に家を抜け出し、ペルセウス座流星群を見に行っている間に、
両親が殺された!犯人が分からぬまま14年の月日が流れたが、三兄妹は偶然
犯人の男を見つけ出す。男への復讐を画策する3人。だが、巧妙な復讐計画には
誤算が・・・。
長い作品だったが、最後まで飽きさせずに読ませるのはさすが作者の力量!
三兄妹が詐欺師という設定にはちょっと驚いたが、その巧妙な手口はとても面白
かった。また、用意周到な復讐計画も読み手を充分に満足させるものだった。
はたして成功するのか?三兄妹はどうなるのか?ミステリーを存分に味わいながら
ラストへ!!ラストに待っていたのはやはり「驚き」。意外性は充分だったが、
真相の分かり方があまりにもあっさりとしていて物足りなかった。もう少し
じっくりとていねいに描いてほしかった。
また、出版社に言いたいのだが、ほかの人たちが書評でいろいろ書いているように、
本の帯に書かれた文章がとても気になる。読む前に、あまりにも先入観を植えつけ過ぎ
ではないのか。書き過ぎは作品自体に悪影響を及ぼすと思うので、控えてほしい。
春の数えかた
日高敏隆
☆☆☆
虫や植物たちはどうやって春が来たことを知るのか?自然の不思議さや、
虫や植物たちの生態を、分かりやすく描いたエッセイ。
誰に教えられるわけでもないのに、春になると虫たちが行動を開始し、
植物は花を咲かせる。年によって、春が早く来るときと、遅く来るときがある。
その年その年の微妙な違いを、自然の中で暮らす虫や植物たちはどうやって
知るのだろう。読めば読むほど不思議さを感じる。生き物たちの何気ない行動にも
ちゃんとした意味がある。そのことはだいぶ解明されてきたけれど、人間がどんなに
研究しても、どんなに考えても、分からないことがまだまだたくさんある。読んでいて
自然の神秘さを感じずにはいられない。虫はあまり好きではないけれど、たまには
じっくり観察してみるのもいいかもしれない。
あなたがここにいて欲しい
中村航
☆☆☆☆
「守れるものの総量は限られている。これからは、大切なものを自分から
守りにいかなくては!」
過ぎ去った懐かしい日々のこと、友達のこと、そして愛する人のことなど、
「吉田くん」を取り巻くできごとを、ほのぼのと描いた表題作を含む3編を収録。
収録されている3編の中で特に印象に残ったのは、表題作の「あなたがここにいて欲しい」
だった。読んでいると、いつもよりゆっくりと時間が流れている空間に身をゆだねているような
感じがした。疲れた心が癒され、温かな気持ちになってくる。吉田くんと又野君の友情、
吉田くんと舞子さんのほのぼのとした恋愛に、とても好感が持てた。私は、自分にとって
大切なものをきちんと守っているだろうか?そんなことも考えさせられた。とにかく、穏やかで
優しい作品だった。読後もさわやかな余韻が残り、心地よかった。
氷菓
米澤穂信
☆☆☆
姉が通っていた高校に入学した奉太郎は、旅行中の姉から古典部に入るように
勧められる。そして、入部した仲間からある謎解きを依頼され、解き明かしていくことに・・・。
それは次第に、33年前の謎につながっていく。古典部の文集「氷菓」に込められた
思いとは?9編を収録。
私が高校の頃、新校舎の横にはまだ旧校舎の一部が残されていて、そこは文科系の
部の部室として使われていた。当時のそんな様子を思い出しながら、ちょっぴり
懐かしい気持ちで読んだ。
学校生活や部活動の中で起こるちょっとしたミステリアスなできごと。奉太郎は次々と
その謎を解いていく。そしてそのことは、同じ部の千反田の叔父が絡む33年前に起こった
あるできごとの真実を掘り起こすことになる。一人の人間の運命を狂わせたできごとは、
高校時代に似たような経験をした私にとっては胸の痛くなるような話だった。
ラストで明かされる「氷菓」という名前に込められた思いも、切ない。青春とミステリーが
組み合わされた「古典部シリーズ」を、これからも楽しんで読んでいきたい。
家日和
奥田英朗
☆☆☆
男にとって家とは?家族とは?女にとって家とは?家族とは?
日常を生きるさまざまな家族の姿を描いた6編を収録。
どの話も個性的で味わいがある。中でも、ネットオークションにはまっていく
主婦紀子を描いた「サニーデイズ」は、一番好きな話だった。最初は不用品を売る
目的で始めたネットオークションだったが、その目的が思わぬ方向にそれて
行く。その様はとても面白かった。何でも売ってしまおうとした紀子。だが、決して
売れないもの、売ってはいけないものがあることに気づく。家族の良さをしみじみと
感じさせてくれるラストもよかった。会社が倒産したことにより主夫に目覚めていく
男の話「ここが青山」、男の居場所を作り上げる話「家においでよ」も興味深かった。
「家っていいな♪家族っていいな♪」そんなほのぼのとした気持ちにさせてくれる
作品だった。
夜の果てまで
盛田隆二
☆☆☆
北大生の俊介がバイトしているコンビニに現れては、「M&M」の
チョコレートを堂々と万引きしていく女性・・・。俊介はいつしかその女性、
涌井裕里子に惹かれていく自分を感じていた・・・。
一回りも年上の女性との恋愛。しかも女性には家庭がある。お互いいけないとは
分かっていても、突き進まずにはいられない・・・。
もし裕里子と同じ年代のときに読んだのなら、共感する部分もあったかもしれない。
だが、俊介と同じ年頃の息子を持つ立場で読んだ今は、もう少し裕里子に自制心が
あったのなら・・・と思ってしまう。そういう意味では微妙な内容だった。
先妻との縁が切れない夫や、嫌味な姑、反抗を続ける義理の息子・・・。そういう
家庭の中、自分の居場所がないと感じる裕里子に同情できる部分もあるのだが、
卒業間近で就職先も決まっていた若者の人生を狂わせてしまったという思いは
否めない。二人の恋愛にはどうしても共感はできなかった。
綾乃ちゃんのお告げ
橋本紡
☆☆☆
まだ小学5年生なのに、教主さまと呼ばれる綾乃ちゃん。彼女の不思議な力が、
さまざまな人を幸福へと導く。彼女の不思議な力とは?3編を収録。
どちらの道に進むべきか?この道を進んで本当にいいのか?人生を歩んでいくときに
迷うことがある。そんなとき、ポンと背中を押してくれる人がいれば・・・。
そう考えたことはないだろうか?この作品の中にもそんな人たちが登場する。
そういうとき、「綾乃ちゃん」は彼らの背中を進むべき方向にポンと押す。
その先に何が待っているのかを、知っているかのように。いや、その不思議な力で
本当に知っているのだ。だが、そのことは決して彼女自身の幸せにはつながらないような
気がする。「綾乃ちゃん」にはまだまだ謎が多い。作者はこの先、その謎を解いて
くれるのだろうか?
薬指の標本
小川洋子
☆☆☆
事故で薬指が欠けてしまったことが原因で職場を辞めた「わたし」が
次に見つけた働き先は、標本作りをするところだった。ここを訪れる
さまざまな人たちは皆、思い出の品々を持ち込んでくるのだが・・・。
表題作を含む2編を収録。
どんなものでも標本にしてしまう弟子丸氏。そこで働く「わたし」は、
いつの間にか弟子丸氏に愛情を感じてしまう。だが、彼の心が分からない。
自分を見てほしい。振り向かせたい。その思いが「標本」と結びついていく・・・。
その過程は、読んでいてぞくぞくする。表題作「薬指の標本」は、不思議な世界を
のぞいているような作品だった。もうひとつの「六角形の小部屋」も独特の
雰囲気だった。懺悔室のようだが、そこは単なる「語り部屋」なのだ。だが、その
ひと言では片付けられないものがその部屋にはある。狭い部屋の中には別の世界が
際限なく広がっているようだ。ラストに感じる喪失感が心に残る。どちらも作者の
感性が光る作品だった。
ひまわりの祝祭
藤原伊織
☆☆☆
妻の自殺後、世捨て人のような生活を送っていた秋山だったが、かつての上司
村林が現れた日から運命が動き始める。ファン・ゴッホの名画「ひまわり」の
8枚目は本当に存在するのか?さまざまな男たちの思惑がうごめき始めた・・・。
この作品の柱は二つ。妻の自殺の真相と、名画「ひまわり」の8作目の存在だ。
後半でもっとこの二つが絡んでくるのかと思ったが、ずっと平行線のままだった。
8作目の「ひまわり」がなぜ世の中に出てこなかったのか、その理由もすっきりと
しない。ストーリーもそれほど盛り上がるわけでもなく、淡々と展開されていく
感じだった。登場人物の描写がもう少しあれば、ひとりひとりの個性がもっと見えて
くるのではないだろうか。結末も物足りない。想像はついたが、もっと別の結末を
考えてもよかったと思う。最後まで飽きずに読めることは読めるが、読後はいろいろな
不満が残る作品だった。
風の影
カルロス・ルイス・サフォン
☆☆☆☆☆
1945年、10歳だったダニエルは父に連れられて「忘れられた本の墓場」に
やってきた。そこで出会った1冊の本「風の影」に、ダニエルは強く心を揺さぶら
れる。謎に満ちた作者フリアン・カラックスについて調べようとした彼は、やがて
深い闇に足を踏み入れることになる・・・。
フリアンの著書を全て世の中から消し去ろうとする男が、「風の影」を執拗に追い求めて
いた。「男はなぜそんなことをするのか?」そして、謎に満ちた作者フリアン。
ダニエルが真実に一歩ずつ近づいていく。一枚ずつベールを剥ぐように見えてくる
過去の出来事。そこには人間のさまざまな感情が渦巻いていた。それは、読み手を
圧倒する。人が人を愛する心、人が人を憎む心、この二つは時がどんなに流れても
決して消え去ることはない。読んでいて、前者では感動を、後者では戦慄を味わうことに
なった。作品後半では、フリアンの過去とダニエルの現在とが微妙に重なり合ってくる。
ダニエルの未来に待っているのは、フリアンのたどった道なのか?どんな結末が待って
いるのか?作者は読み手をしっかりとらえ、最後まで離さない。私も一気に読んで
しまった。恋愛とミステリーが絶妙のバランスで融合した、読み応えのある作品だった。
桜花を見た
宇江佐真理
☆☆☆☆
母が死ぬ間際に明かした秘密。それは、英助の父が北町奉行の遠山左衛門尉景元
だということだった!「父に会い、息子だと名乗りたい。」英助の願いは
叶うのか?表題作を含む5編を収録。
筆屋の娘と絵師の恋を描いた「別れ雲」、北斎とその娘を描いた「酔いもせず」は、
ホロリとする話だった。「夷酋列像」と「シクシピリカ」は、同じ出来事を松前藩の
内側と外側から描いていて興味深かった。だが一番印象に残ったのは「桜花を見た」
だった。父と息子でありながら、別々の道を歩んできた二人。会いたいと思う気持ちは
同じだっただろう。英助は誰にも知られずに会うことを望んでいたが、それはなかなか
果たすことのできない願いだった。だが、それは思いも寄らぬ形で実現する。その
きっかけを作った出来事、そして父と息子の生涯でただ一度の出会いの場面、その二つは
読んでいて涙が出るほど心にぐっときた。人が人を思いやる心ほど感動することはない。
5編どれも、人情味あふれるとても素敵な物語だった。
こころげそう
畠中恵
☆☆☆
幼なじみの9人。小さい頃は何の屈託もなく一緒に遊んでいたのだが、
成長するに従いその関係に変化が・・・。彼らはこれからどうなるのか?
幽霊あり(?)、恋あり、事件あり。江戸を舞台にした物語。
小さい頃は、自分の置かれている立場や環境、そして男女の違いなどは、
遊ぶことには全く関係ない。だが成長するにつれ、様々なしがらみに
悩まされるようになる。それは仕方のないことだけれど、切ないものだと思う。
この作品に登場する9人も例外ではない。事件、友情、恋のもつれ、己の立場などなど・・・。
悩みは多種多様だ。これらの複雑な絡み合いをどう解いていくのか?ハッピーエンド
とはいかないが、彼らはそれぞれの進む道をしっかりと見定めていく。
その過程は興味深かった。事件は起こるが、ミステリーというよりは恋物語という
感じだ。欲を言えば、登場人物をもう少ししっかりと描き分けてほしかった。
そうすればもっと読み応えのある作品になったと思うのだが。
さよなら、そしてこんにちは
荻原浩
☆☆☆
葬儀社に勤める陽介は、数々の人の死を見てきた。そんな彼はもうすぐ父親になる。
心の中で生まれてくる我が子と過ごす日々を想像しながら、彼はせっせと仕事に
励むが・・・。表題作を含む7編を収録。
見回せばどこにでもいるような、そんな人たちの日常を描いている。登場人物の、
生きることに一生懸命な姿が、読んでいて心にぐっとくる。一番印象に残ったのは
表題作の「さよなら、そしてこんにちは」だ。人の死を生業としている男の妻が子供を
産む。その「生」と「死」のコントラストがなんとも言えなかった。短いけれど、心に
強く焼きつくような話だ。どの話も、ユーモアの中にちょっぴり切ない部分が含まれていて、
そのバランスが絶妙だった。
秋の牢獄
恒川光太郎
☆☆☆
「11月7日。この日をいったいいつまで繰り返せばいいのだろう?」
同じ日を何度も繰り返し経験する藍。やがて彼女は、ほかにも同じように
11月7日を繰り返している人たちがいることを知る。表題作「秋の牢獄」を
含む3編を収録。
表題作「秋の牢獄」のほかに、不思議な家を描いた「神家没落」、特殊な能力を
もつ女性を描いた「幻は夜に成長する」が収められている。印象に残ったのは
「秋の牢獄」だ。同じ日、同じ時を何度も経験する話はいろいろ読んだが、
この作品は独特の雰囲気を持った作品だった。なぜそうなったのか?行き着く先は?
それは全て読み手にゆだねられている。だが読んでいて、それを不満に感じたりはしない。
「なぜそうなった?」「これからどうなる?」そのことを考えながら読むのは
楽しかった。「あり得ない話だわ。」と片付けてしまうのは何だかもったいない。
この世の中には言葉だけでは説明できないことが、まだたくさんあるような気がする。
これもそのひとつかもしれないのだ。
夜市
恒川光太郎
☆☆☆☆
妖怪たちがさまざまなものを売る夜市。裕司はかつて弟を売り、
そのかわり野球の才能を手に入れた。再び夜市が裕司の前に現れたとき、
彼は自分の弟を取り戻そうとするが・・・。表題作「夜市」と、「風の
古道」2編を収録。
第12回日本ホラー大賞の受賞作だが、「夜市」は怖さだけではなく、
切なさや悲しさが漂う作品だと思う。弟を売った兄、兄に売られた弟。
裕司は弟を取り戻せるのか?夜市の決まりをどう乗り越えるのか?夜市の
独特の雰囲気も加わり、読み手は不思議な世界へと誘われていく。裕司の心の
奥底にあったもの、売られた後の弟の人生、そして、意外性を持った結末・・・。
そのどれもが、読んでいてとても悲しく感じられた。「夜市」はわずか80ページ
弱の長さだが、密度が濃く、読後も余韻が強く残る作品だった。
有頂天家族
森見登美彦
☆☆☆☆
父狸、下鴨総一郎が鍋にされこの世を去った。遺されたのは母狸と
4兄弟狸。父の弟でありながら仲が悪い夷川家、落ちぶれ果てた天狗の
赤玉先生、先生の思い人美女弁天・・・。個性豊かな狸、天狗、そして人間が繰り広げる
奇想天外な物語。
主人公は狸。登場するものたちも、狸、天狗、そして人間と種々様々。
父亡き後、4兄弟は力をあわせて宿敵夷川家と戦う・・・。
繰り広げられる人間ドラマ、いや狸ドラマの展開は、読み手の想像を絶する。
ハチャメチャなようだが、そこにはピシッとした一本の筋が。作者の構成力の
見事さがうかがえる。父総一郎が命を落としたのはなぜか?井戸の中の次男は
どうなるのか?下鴨家と夷川家の争いの結末は?天狗の赤玉先生と弁天のその後は?
内容はてんこ盛りだが、それらをきちっとラストでまとめ上げるのは見事!ただ面白い
だけではない。狸の世界を通して描かれている温かな家族関係、親子関係、兄弟関係は
感動モノ♪読後感もよかった。
リピート
乾くるみ
☆☆☆
地震を正確に予告する一本の電話。電話をかけてきた風間という男は、
今現在をすでにもう体験しているという。何度でも過去に戻って人生を
やり直しできる「リピート」。風間の誘いに応じ「リピート」を体験した
者たちの運命は?
ケン・グリムウッドの「リプレイ」とアガサ・クリスティ−の「そして誰もいなくなった」を
あわせたような作品ということで期待して読んだが、正直どっちつかずの作品だと思った。
この作品でも、リプレイした人間が次々に命を落としていくという衝撃的なことが起こるが、
その真相は「こんなものか」と思った程度だった。タイトルは「リピート」だが、その意味
「繰り返し」が作品の中であまり生かされていないような気がする。リピートした人たちの
その後の描写も、特定の人物だけに限られていて物足りない。「リプレイ」、「そして誰も
いなくなった」では、得られたこと感じたことも多々あったのだが・・・。読後、満足感が
なかったのは残念!
それでも人生にイエスと言う
ヴィクトール・E・フランクル
☆☆☆
「どんな人生にも意味がある」
過酷な収容所での生活。その体験を通して、作者が人生に対して
感じたことや考えたことをまとめた作品。1946年の講演が
もとになっている。
ナチスによって強制収容所に送られ、死と隣り合わせの過酷な状況の中で
生き抜く。その体験は「夜と霧」ですでに読んでいた。だが、この作品で、
そのような過酷な状況の中で作者はどう考えどう行動したのかがより
深く分かったような気がする。どんな状況になっても人は生きていかなければ
ならないのだ。人は絶対に生きることをあきらめてはいけないのだ。「どんな人生にも
意味がある」この言葉の持つ意味は深くて重い。与えられた命の大切さをもう一度考え
させてくれる、貴重な作品だった。
阪急電車
有川浩
☆☆☆☆
人生は悲喜交々。ほんのわずかな時間、電車の中で一緒になる人たち。
彼らにも、それぞれの人生のドラマがあった・・・。
電車に乗り合わせた人たちの人生やちょっとした触れ合いを、ほのぼのと
描いた作品。
16の短編から構成されている話だが、登場する人たちが微妙にリンクして
いるのが面白かった。それぞれにそれぞれの人生を抱えているのだが、
電車の中で知り合った人の何気ないひと言で、その後の人生の方向を変えようと
する人もいる。ある人の人生を変えた人、その人が今度は電車に乗り合わせた
別の人から、思わぬアドバイスを受けることもある。人生は持ちつ持たれつ。
電車という限られた空間、限られた時間の中で繰り広げられる人生ドラマ。
その凝縮度がとてもいい。また、登場する人たちみんなが、前向きで生きていこうと
するその姿も、とてもいい。読後もさわやかな心地よさが残る。何度でも読み返したく
なる作品だ。
生きものたちの部屋
宮本輝
☆☆☆☆
いかにして小説は生み出されるのか?そんな様子や、子供の頃の思い出、
家族とのふれあい、趣味のこと、飼っている犬の話など、14編からなる
エッセイ集。
子供の頃の思い出、家ができたいきさつ、そこでの生活、
家族との関係、日常の何気ないひとコマ、飼っている犬のユニークな面などなど。
どれもがとても興味深く、どの話からも人間宮本輝を感じることができる。
また、ほのぼのとした感じがあり、読んでいて心地よい作品だ。ラストに、家族が
仲良く集い語らいあった家が阪神大震災で壊滅したことが書かれていて、ちょっと
ショックだったが・・・。小説を読んでいるだけでは分からない作者の素顔を知ることが
できる、とても面白い作品だった。
口笛吹いて
重松清
☆☆☆☆
ジュースの自販機を売り込みに来た会社で働いていたのは、少年の頃の
ヒーローだった晋さんだった!懐かしさがこみ上げる小野だが、晋さんこと
吉田晋一はあまり恵まれた人生をおくってはいなかった・・・。表題作
「口笛吹いて」を含む5編を収録。
普通に生きていこうとするだけでも大変なときがある。何気ない日常生活の
中のちょっとしたほろ苦い出来事を、作者は温かなまなざしを向けて
描いている。できれば今の状況から抜け出したい・・・。そう思いながら
もがき続ける人がいる。読んでいて「がんばれ!」と思わず声に出して
応援したくなる。「今すぐに状況は好転しないかもしれない。でも、決して
あきらめないでほしい。」そんな作者の思いもこの作品にはあふれている。
切ない場面もあるけれど、読んでいると生きる力を与えられているような気が
してくるステキな1冊だった。
暗黒童話
乙一
☆☆☆
事故で記憶と左眼球を失ってしまった菜深。やがて提供者が見つかり
移植手術を受けることになった。手術は成功したが、菜深はその時から
さまざまな光景を見るようになる。眼球の元の持ち主の記憶をたどる
旅が始まった・・・。
眼球が菜深に見せるさまざまな記憶の断片。それらを手がかりに、菜深は
元の持ち主和弥の事を調べ始める。和弥の死と謎の失踪事件の関係は?
読んでいて怖いというよりグロテスクで気味が悪かった。失踪事件に関わる
男が持つ不思議な力が作り出す奇妙な世界は、読みながら想像したくはなかった。
もし映像として見せられたのなら耐えられないだろう。それにしても作者はよく
こういう話を作り出したものだ。ただ感心するのみ。乙一ならではの世界だと
思う。結末は、一応解決したということになるのだろうか。とても気がかりな
部分も残っているのだが。
非常階段
コーネル・ウールリッチ
☆☆☆☆
「暑くて眠れない。」
バディは非常階段に出たが、そこで衝撃的な事件を目にしてしまう。
一人の男がナイフで刺し殺された!だが、うそつき少年と思われている
バディの言うことを、誰ひとり信じようとはしなかった・・・。表題作
「非常階段」を含む7編を収録。
7編のうち特に印象に残ったのは「ぎろちん」「眼」「非常階段」だ。
「ぎろちん」では、死刑を執行される側とする側2人の男が描かれている。
執行時間に間に合うように行かなければならない男だが・・・。まるで
時計の針の音が聞こえてくるような迫力があった。「眼」では、動けなく
声も出せない一人の女性の恐ろしい体験を生々しく描いている。何が起こるのか
分かっているのに知らせる方法がない!その女性のもどかしさ、くやしさ、悲しさが、
ひしひしと伝わってくる。「非常階段」では、うそつき少年バディが殺人犯に
狙われ追い詰められていく様子が、すごくよかった。緊迫した状況を、作者は
見事に描いている。そのほかの作品も面白かった。バランスの取れた短編集で
読後も満足♪
見えない死
コーネル・ウールリッチ
☆☆☆
あるパーティで偶然再会したリジーとドワイト。懐かしさだけでは
ない別の感情がリジーに湧き上がる。「彼女はいったいどうなってしまったのか?」
ドワイトの妻だった女性バーネットは、ある日突然姿を消してしまっていたのだ!
ぬぐえない疑惑をスリリングに描いた表題作「見えない死」を含む6編を収録。
ウールリッチの、独特の表現方法が好きだ。「見えない死」では、閉ざされた扉の
向こうにあるものをめぐっての、リジーとドワイトの言葉の駆け引きが絶妙だった。
果たして扉は開かれるのか?読み手にも緊迫感が伝わってきた。殺人犯に自分の恋人を
人質に取られた刑事を描いた「二本立て」、盲目の老人が巻き込まれた事件を描いた
「義足をつけた犬」、自分を死んだことにしてしまおうとする男の運命を描いた
「私の死」など、ほかの作品もスリリングで面白い。読後、満足のできる1冊だった。
ヒトラーの防具
帚木蓬生
☆☆☆☆☆
東西の壁が崩壊したドイツ。「私」がベルリンで知ったのは驚くべき
事実だった。「日本からヒトラーに贈られた剣道の防具一式がある!」
そして、その防具とともに見つかったのは、手紙の束と20冊近いノートだった。
ドイツと日本のはざ間で、運命に翻弄された男香田光彦。ノートに綴られた彼の
歩んだ人生とは?
ドイツ人の父と日本人の母を持つ香田は、ヒトラーに剣道の防具を贈呈するために
ドイツにやってきた。駐在武官補佐官としてドイツに残ることになった彼は、「戦争」の
悲惨さを目の当たりにすることになる。ナチスのユダヤ人迫害、そして香田の兄が
体験した病院での悲惨なできごと。狂気の沙汰としか思えないこれらのことも、当時は
平然と行われてきた。それらに逆らう者のたどる運命は、悲劇のひと言に尽きる。香田の兄、
香田のアパートの大家であるルントシュテット夫妻、そして香田に深く関わるヒルデ。
彼らの生きざまにも涙を誘われる。どんなときもどんな場合も、決して戦争をしては
ならない。戦争がもたらすのは、悲しみと絶望だけではないのか!
二つの国を結ぶ存在になりたかったであろう香田。彼は何を思いどのように生きたのか?
孤独の中に身を置く彼の姿が見えるような気がして、読後も切なさと悲しさが残った。
虹色ほたる
川口雅幸
☆☆☆
1年前に交通事故で突然父を失ったユウタ。父との思い出の場所で
かぶと虫をとろうと一人バスで山奥のダムにやってきたが、30年前に
タイムスリップしてしまう。小学6年生のユウタの、不思議で感動的な
夏休みが幕を開けた。
ダムに沈む前の村の豊かな自然、そこに暮らす人たちの様子が生き生きと
描かれている。私が子供の頃は、こういう風景や光景はどこでも見られる
ものだった。だが、時代の流れがそれらを消してしまった。読んでいて
懐かしさがこみ上げてくる。ユウタがそんな村で体験したのは、友情や、
他人に対するいたわりや思いやりの心、そして、生きることの大切さや命の
重さだった。父の死という悲しいできごとも、ユウタは彼なりに受け止め、
乗り越えていこうとする。不思議な夏休みが一人の少年を成長させていく。
その過程がとてもいい。文章の表現力不足を感じたが、読み心地もよく
心温まる作品に仕上がっている。
朝霧
北村薫
☆☆☆
昭和の初めの祖父の日記の中に、不思議な文字列が。漢字だけを並べた
それはいったい何を意味するのか?祖父の青春時代のほろ苦い出来事を
描いた表題作「朝霧」を含む3編を収録。
円紫シリーズ。この作品では、「私」は大学を卒業して社会人になっている。
前回の作品とは違って今回の作品には人の死というのは出てこない。
そのことに、ほっとする。「朝霧」の中で語られる祖父と鈴ちゃんの話は、
ちょっと切なかった。また、「山眠る」の中では父の娘への愛情を強く感じた。
どの話もていねいに描かれていて、読んでいて心地よかった。このシリーズは
これで終わりなのだろうか?とても残念な気がする。今までずっとこのシリーズを
読んできて、謎解きだけではなく「私」の成長も楽しみだった。できればまたいつの
日か、円紫さんと「私」に会えることを願っている。
秋の花
北村薫
☆☆☆☆
幼い頃からいつも一緒だった真理子と利恵。その友情は高校生になっても
変わることはなかった。だが、文化祭の準備中に真理子は屋上から転落し、
帰らぬ人となる。残された利恵は魂の抜け殻のような状態に・・・。
「真理子の死は事故なのか?自殺なのか?」気になった「私」は、円紫の力を
借りて真相を突き止めようとするが・・・。
おなじみの円紫シリーズ。今回の話は、「私」の後輩にまつわる話だ。
真理子と利恵、この二人の後輩は「夜の蝉」の中でもほんの少し顔を出す。
今までも、そしてこれからも一緒だったはずの二人。だが、ある日突然二人の
関係は断ち切られる。残った者と残された者。どうしてこんなことになって
しまったのか?二人がどれほど仲がよかったのか、その深さを知れば知るほど
読んでいてつらさが増していく。特に利恵の心中を思うと胸が痛い。人の命とは
こんなに脆いときもあるのだ。「生と死」「いのち」、重いテーマを作者は
見事に描いている。結末もよかった。「許すことはできなくても、救うことは
できる。」このひと言の意味はとても大きいと思う。
夜の蝉
北村薫
☆☆☆
姉は確かに、席が隣どおしの歌舞伎の券2枚のうちの1枚を手紙に入れ、
ポストに投函した。送った相手は姉が思う男性三木。だが、歌舞伎に
やってきたのは三木とつき合っている女性だった。女性は、三木が差出人に
なっている手紙を受け取ったという。三木がそんなことをするはずがない。
姉の出した手紙はどうなってしまったのか?表題作を含む3編を収録。
おなじみの円紫シリーズ。江美ちゃんや正ちゃんとの友情や、「私」と姉との
間に流れる温かなつながりが描かれ、3編どれも味わいがあった。特に表題作
「夜の蝉」で語られる姉妹のエピソードは印象的だった。私にも妹がいて
似たような経験がある。姉妹だからこそ意地になってしまう。喧嘩してしまう。
そういうこともよくあった。今では笑い話だが。家族、友人、きょうだい・・・。
人と人とのつながりって大切なのだと、改めて思う。読んでいて心地よさを
感じる作品だった。
サニーサイドエッグ
荻原浩
☆☆☆
「猫を捜してほしいんです。」
若くてきれいな女性の依頼に俊平は燃える。だが、猫捜しの依頼は
もう1件来た。その2匹のネコはかなり訳ありの感じだ。俊平は、
若くて金髪で青い目(?)の秘書と猫捜しに奔走する。「ハードボイルド・
エッグ」でおなじみの、探偵最上俊平が再び登場!
今回の猫捜しはかなり危ない仕事になっていく・・・。だが、軽い口調で
語られるこの作品は、悲壮感や緊迫感などとはまったく無縁と言っても
いいくらいだ。「見つからなかったらやばいでしょ。」読み手がこう突っ込み
たくなる。期限内での猫捜し。見つからなかったらどうなるのか?若い秘書には
何か秘密が?時には笑いながら、時にはほんの少しハラハラしながら読んだ。
「読み手を楽しませること。」このことに、これほど徹底した作品は珍しい。
ラストもお見事!きちっと着地成功♪それにしても荻原さん、猫の生態に
詳しい!!脱帽です(^^;
幻の光
宮本輝
☆☆☆
「あの人はなぜ、私をおいて自ら命を絶ったのだろう?」
死んでしまった元の夫に、心の中で語りかけるゆみ子。それは再婚を
してからもやめられなかった・・・。幸せになりたいと思いながらも、
過去にとらわれ続ける女性を描いた表題作を含む4編を収録。
この作品の中で一番印象に残ったのは表題作である「幻の光」だ。
突然自ら命を絶ってしまった夫。その理由が見つからず、常に、
とまどい、寂しさ、そして取り残されてしまったような孤独感を抱えて
いるゆみ子。「なぜ死んだのか?」ではなく「なぜ生きられなかった
のか?」、その理由が分かったときは、人としての寂しさや切なさを
感じた。逝ってしまう者よりも、残された者の方がつらいときもある。
どの話もあまり明るさは感じられない。読後、心に重りを抱え込んで
しまったような感じが残った。
大川わたり
山本一力
☆☆☆
「借金を返すまでは、何があっても大川は越えられない・・・。」
借金返済のためにひたすら仕事に励む銀次に降りかかる数々の困難!
はたして彼は再び大川を渡ることができるのだろうか?
真面目に働いていれば何のことはなかったのに。ちょっとしたことがもとで
人生につまづいてしまった銀次だったが、周りの人たちに助けられ支えられて
ようやく立ち直りのきっかけをつかむ。だが、そのことをよく思わない者もいた・・・。
作者お得意のパターンの話だ。人生、時にはしくじることもあるが、コツコツと
地道に真面目に努力をすれば、いつかきっと報われる。この作品は、読み手に
勇気と力とを与えてくれる。江戸の町に暮らす人たちの人情もほのぼのとして
心地よい。読後感もさわやかだった。