*2009年*

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  待ってる  あさのあつこ  ☆☆☆
貧しさのため料理茶屋「橘屋」で奉公を始めた12歳のおふく。だが、 彼女の両親と妹は、多額の借金のため身を隠してしまった。一人残された おふくは、いつの日か再び家族と会えることを信じ待つことにしたのだが・・・。 表題作を含む7編を収録。

7編とも、橘屋にかかわりのある人たちの話だ。どの話も心にしっとりと しみてくる。同じ料理屋で働きながら、置かれている状況や事情はさまざまだ。 だがそれぞれ、ほかの人の心のうちに抱えるものなど知るよしもなく黙々と働いている。 彼らは、どんなにつらくても、どんなに苦しくとも、弱音を吐かず、希望を捨てたりは しない。真っ暗な闇の中に、一筋の光を見つけようとする。そのひたむきな姿には、 心打たれるものがある。心の中にほんのりと灯がともり、ほわっとしたぬくもりが 感じられる。そんな感じの作品だった。


  剣客商売  池波正太郎  ☆☆☆
秋山大治郎は無外流の剣術道場を構えているが、まだ一人の門人も いなかった。そんな大治郎と道場を建ててくれた父秋山小兵衛は、 さまざまな江戸の事件、難問に立ち向かう。ともに剣術に生きる父と子の 名コンビは、江戸の悪事を断ち切ることができるのか?7編を収録。

若い後妻を向かえ飄々と生きる小兵衛。だが、ひとたび事が起こると、まるで 別人のような鋭さを見せる。そんな小兵衛と生真面目な息子大治郎のコンビは 絶妙だ。どんな難事件も、どんな難問も、二人なら解決してしまうのでは ないだろうか。人情味あふれる鮮やかなストーリー展開、個性的な登場人物たちは、 読み手を充分に魅了して離さない。1巻目を読んだら、絶対に全巻を読まずには いられなくなる。そんな作品だ。大治郎の成長、小兵衛のこれからの活躍が 楽しみだ。時代小説が苦手な人でも、充分楽しめる作品だと思う。


  マイナス・ゼロ  広瀬正  ☆☆☆
1945年(昭和20年)の東京大空襲の日、少年だった浜田は隣に住む先生から 死の直前に奇妙なことを頼まれる。「18年後の今日、ここに来てほしい。」 彼はその約束を果たしに、18年後再びその場所を訪れる。そこで浜田が目にした ものは・・・。

先生との約束を果たすため、18年後に再びその場所を訪れた浜田。彼が目にしたのは、 空襲の日に行方不明となった伊沢啓子を乗せたタイムマシンだった。ここから彼の奇妙な 体験が始まる。彼自身がタイムマシンに乗り込んで過去に行ったのはいいけれど、さまざまな アクシデントが・・・。
タイムマシン物は映画やテレビドラマなどでいろいろ見たが、重要なのはやはり結末ではないかと 思う。過去、現在、未来に起こるできごとをどう収束させるのか?それが作品の良し悪しを 決めるポイントだと思う。この作品ではそれがきちっと描かれていた。バラバラのピースが ラストで、あるべき場所にきちんとはめ込まれていく爽快感があった。作者の緻密な計算が うかがえる。それにしてもこの結末・・・。考えれば考えるほど頭が混乱してくる。 だが、それもまた楽し♪


  虚無への供物  中井英夫  ☆☆☆
氷沼家は呪われているのか?
昭和29年の洞爺丸沈没で両親を失った氷沼蒼司・紅司兄弟とその いとこである藍司。心の傷も癒えぬうちにさらなる悲劇が襲う。 紅司が密室状態の風呂場で謎の死を遂げ、さらに叔父の橙次郎も! 事故か殺人か?歌手の久生や、久生の婚約者俊夫、久生の友人亜利夫らの 推理が始まる。はたして犯人にたどり着けるのか?

作者が10年近くの歳月を費やした1200枚の大作は、かなり読み応えが あった。氷沼家にまつわる因縁話は横溝正史の作品を思い出させるが、そこまで どろどろとしたものではなかった。よくある密室殺人を緻密な描写で書き込み、 独特の世界観に仕上ている。その作者の情熱が、読んでいると行間からひしひしと 伝わってきた。人物描写もそれぞれの個性がよく描かれていて、生き生きとした 印象を読み手に与える。内容は全体的に興味深いものなのだが、とにかく長い。 長すぎる。延々と続く会話や詳細な説明の描写は、読み手をうんざりとさせるほどだ。 もう少し簡潔明瞭に書いた方が作品として読み手を挽きつけるのではないだろうか・・・。
完全なミステリーとは言えないが、それなりに楽しめる作品だと思う。


  訪問者  恩田陸  ☆☆☆
3年前、朝霞千沙子が湖で溺死した。そして、千沙子に育てられた峠昌彦も事故で 急死する。千沙子が住んでいた館に集まった朝霞一族は、峠昌彦の遺言の内容に 驚いた。集まった中に昌彦の父親はいるのか?千沙子や昌彦の死の真相は? 「訪問者に気をつけろ」この言葉の意味するものは・・・?

次々と現れる訪問者。そして、陸の孤島となってしまった館。限られた空間と 限定された登場人物たちの行動や会話から、千沙子と昌彦の死の真相が徐々に 明らかになっていく。そして、昌彦の父親が誰かということも・・・。
本を読むと、いつもなら頭の中で映画を観るように映像が出来上がっていくのだが、 この作品はまるで舞台を観ているような感覚になっていった。個性豊かな登場人物たちが 鋭い洞察力で謎のベールを一枚ずつはがしていく。真相が分かってしまえば「なんだ。 そんなことか。」と思ってしまうかもしれないけれど、話の展開や盛り上げ方は実に 巧妙だ。「訪問者」というタイトルを見た段階から、読者はもう作者に惑わされている。 読後も不思議な余韻を読み手に残してくれる。恩田陸らしい作品だった。


  誘拐  五十嵐貴久  ☆☆☆☆☆
韓国との条約締結を間近に控えた日、首相の孫娘が誘拐された。犯人の要求は、 日韓友好条約締結の中止と「活動資金」の用意だった。まったく正体をつかめない 犯人に振り回されるばかりの警察。誘拐された少女は無事戻ることができるのか? 犯人の真の狙いは何なのか?行き着く先に見えるものは・・・。

周到に計画された誘拐。痕跡を残すことなく、警察の裏をかくように行動する犯人。 条約締結の中止が真の狙いなのか?身代金の受け渡し方法は?警察との行き詰るような 駆け引きや刻一刻と変化する状況に、ページをめくる手が止まらなかった。後半の展開も、 誘拐事件が単なる誘拐事件ではなくなり、意外性を感じた。「公」を取るか「私」を 取るか?孫娘を誘拐された首相がとった行動にも考えさせられるものがあった。 細かい部分で気になる点がいくつかあったが、全体的には面白く読ませることに徹した 出来になっていると思う。ひとつ残念だったのは、犯人の正体があっさり分かって しまったことだ。もう少し工夫がほしかったと思うが、これは作者の意図したこと だったのか?それでも、この作品が面白いことに変わりはない。とにかく、とても 楽しめる作品だった。


  私立探偵・麻生龍太郎  柴田よしき  ☆☆☆
山内練というひとりの男の運命を狂わせたという罪の意識が、麻生に警察を 辞めさせた・・・。探偵となった麻生は、練のことを気遣いながらも依頼や 事件に忙殺される日々を過ごす。練は、麻生が自分と同じ世界に引きとめようと すればするほど、麻生とは異なる世界で生きようとする・・・。「聖なる黒夜」の その後を描いた作品。

「聖なる黒夜」のインパクトがあまりにも強烈だったので、この作品を読んだときは 少々不満を感じた。この作品の中に練はあまり登場してこない。麻生と練の 物語というよりは、やはりタイトルどおり私立探偵としての麻生の物語だと思う。 個人的には、麻生と練の係わり合いや、練が麻生とは違う世界で生きようと決心する までの心情を読みたかった。ここからRIKOシリーズにつながっていくのだから、 麻生と練の関係を重点においてほしかったと思う。シリーズの中の1作品として扱うには 物足りないし、単独作品として扱うのも中途半端な気がする。期待して読んだのだが、 「読後満足」にはならなくて残念だった。


  再生  石田衣良  ☆☆☆
妻梨枝子を突然喪ってから2年。康彦は、6歳になる息子耕太と2人で 生きてきた。そんなある日、梨枝子の友人だった谷内果歩から連絡が入る。 彼女は、梨枝子のメッセージを意外な形で伝えようとする・・・。 表題作を含む12編を収録。

「特別なことなど望んでいない。いつもの日常生活を送り、いつものささやかな 幸せをかみしめることができればそれでいい。」
そう望んでも、それさえかなわぬことがある。哀しみ、絶望、虚無、喪失感・・・。 次々と心を襲うそれらに対しなすすべがなくなったとき、人はいったいどうなって しまうのか?闇の底でひざを抱えうずくまるしかないのか・・・。
作者はそんな人たちに、やわらかでおだやかなまなざしを向ける。ほんのわずかな 希望が闇の中でひと筋の光となったとき、彼らは再生の道を歩み始める。その 過程は、読み手の心にしっとりとしみてくる。静かな感動をもたらしてくれる 作品だった。


  おそろし  宮部みゆき  ☆☆☆☆
ある事件がもとで心に深い傷を負ったおちかは、神田で三島屋という袋物屋を営む 叔父夫婦のもとで暮らすことになった。心を閉ざし、外出もしないおちかを案じた 叔父伊兵衛は、店を訪ねて来る人の話を聞くようにおちかに言う。いろいろな人たちの 話を聞き、おちかはしだいに心を開いていくのだが・・・。

恐ろしい・・・。この作品の内容も怖いが、それ以上に人の心が怖い。人を愛しすぎる のも、人を憎みすぎるのも、どちらも同じ悲劇が待っているところは、背筋がぞくっと する。5編の話が収録されているが、一番印象的だったのは「曼珠沙華」だ。愛と憎しみが 表裏一体だということを鮮やかに描き出している。そして、人の心の微妙な感情の揺れ動きの 描写も素晴らしい。一番怖く、そして一番切なさを感じた。松田家の主人とその兄との 関係も哀れだった。ほかの話も面白かった。全体的にいい流れの作品だと思うが、結末に 少々不満を感じた。全てを収束させるように持っていくのは、無理があると思うのだが・・・。


  警官の血  佐々木譲  ☆☆☆
昭和23年、安城清二は警察官になった。だが彼は、謎の死を遂げる。 清二の息子民雄も警察官になるが、殉職という過酷な運命が待っていた。 そして・・・。民雄の息子和也も、警察官として祖父や父と同じ道を歩み 始める。和也は、祖父の死に隠された真実を暴こうとするが・・・。

昭和23年、軽い気持ちで警察官の採用試験を受けた清二だが、しだいに 警察官の仕事にやりがいと生きがいを見出していく。警察官としてのさまざまな 職務が克明に描写されていて、とても興味深く読んだ。また、警察官というのは 常に危険と隣りあわせだということも、改めた感じさせられた。
清二の息子民雄の警察官としての人生も、考えればあわれだった。「宮仕え」の 悲しさ。自分の意のままにならない任務は、彼の人生を狂わせてしまった。
祖父や父の思いはやがて和也へと引き継がれていくことになるのだが、祖父の死の 真相にたどり着いた後の和也の行動には驚きとしたたかさを感じた。時代や、 置かれている立場や状況などで、警察官としての行動がこうも違うものなのか!
単行本上下巻合わせて800ページ近い大作で、読み応えのある作品だった。


  土井徹先生の診療事件簿  五十嵐貴久  ☆☆☆
「殉職した父の後を継いだわけではないけれど・・・。」
キャリア組として警察庁に入り、その後24歳にして南武蔵野署の 副署長となった令子だが、毎日暇をもてあましていた。ある日彼女は、 「命を狙われている。」と訴えるノイローゼ気味の老人を訪ねる。そこで出会った 獣医の土井先生は、動物と話ができるというのだが・・・。「老人と犬」を 含む7編を収録。

動物と話ができる土井先生。令子が捜査に行き詰ったとき、彼は救いの手を さしのべ謎解きをしてみせる。
とても面白い設定なのだが、内容に物足りなさを感じる。動物と話ができ、それが 事件解決につながっていく過程をもっと深く描いてほしかった。さらりと描かれ すぎている。動物と話ができるという特殊な能力も、あまり生かされていない ように思う。また、7編目の「警官殺し」は、この先があると暗示しているのか? すっきりしない。令子の父の死の真相も明かされていないし・・・。ずいぶん中途半端な 終わり方だと思う。作者は、続編を書くつもりなのだろうか?


  メリーゴーランド  荻原浩  ☆☆☆
生まれ故郷の駒谷市に戻り市役所に就職した遠野啓一は、赤字続きの テーマパーク「アテネ村」の再建を任される。民間の会社勤めの経験を 活かし再建計画を遂行しようとする啓一だが、お役所の旧体制が行く 手を阻む。はたして「アテネ村」はよみがえるのか?

新しいことには手を出さない。何かするときには上の者の顔色をうかがう。 頑固でわからずやばかりの理事たちに手を焼きながら、彼は何とか打開策を 見出そうとする。涙ぐましい努力をユーモラスに描いてはいるが、そこには 悲哀感が漂う。努力しても、がんばっても、なかなか報われない。民間企業でも お役所でも、働くということは厳しいものだ。
「アテネ村を黒字にすることができるのか?」
そこにもいろいろな人たちの思惑が複雑に入り組んでいた。啓一の孤軍奮闘は いったい何だったのか?彼はむなしさを感じなかったのか?「これでいいの だろうか。」読んでいて、そうつぶやかずにはいられない。読後にちょっぴり ほろ苦さが残る作品だった。


  パパママムスメの10日間  五十嵐貴久  ☆☆☆
パパと小梅の心が入れ替わり大変な7日間を過ごしてから2年の月日が流れ、 小梅は大学生になろうとしていた。そんなある日、またまた大事件が! パパがママに!ママが小梅に!そして小梅がパパに!はたして3人の運命は!? 「パパとムスメの7日間」の続編。

なれない家事にとまどうパパ。会社でのトラブルに巻き込まれる小梅。 小梅の代わりに大学へ行かなければならないママ。
今回はママを巻き込んでの3人の入れ替わりだ。心が入れ替わりお互いの立場を 理解し合うというのは前作と同じだが、前作に比べインパクトがなかったと思うし、 ごちゃごちゃしている感じがした。3人それぞれの心の動きも、もう少しじっくり 描いてほしかった。会社でのトラブルも盛り上がりに欠ける気がする。全体的に、 単なるドタバタ劇になってしまっている。楽しめる作品ではあるのだが、期待して いたほどではなかった。


  トライアングル  新津きよみ  ☆☆
郷田亮二は、20年前に起こった悲惨な事件の影響をまだ引きずっていた・・・。 10歳のときに起こった誘拐殺人事件の犠牲者の葛城佐智絵は、彼の 初恋の相手だった。医師という職業を捨て刑事になった亮二は、時効後も 事件の真相を追い続けるが・・・。

20年前に起こった誘拐殺人事件の犯人はまだ見つからない。時効後も真相を 追い続ける亮二。元担任だった藤崎敏子にとっても、この事件は決して忘れる ことのできないものだった。そして、元のクラスメートたちもそれは同じだった。 そんな中で開かれたクラス会で起こった衝撃的なできごと!葛城サチと名乗る 葛城佐智絵そっくりの女性が現れたのだ。この女性はいったい何者なのか!?
こういう感じで話が展開していくわけだが、淡々と描かれているといった感じだ。 あまりに淡々としすぎていて、ストーリーの盛り上がりに欠けている。根本的な 問題として、作者自身が何に重点を置いて書こうとしたのかが分からない。 謎解きでもない、人間ドラマでもない、中途半端な印象を受ける。誘拐事件の 真相が明かされても、意外性も感じなければ、感動することもない。不満ばかりを 抱いて読んだので、読後感もよくなかった。「いまいち」という感じの作品だった。


  パラドックス13  東野圭吾  ☆☆☆☆
3月13日13時13分13秒に何かが起こる。はたしてそれが何なのか、 どういう結果が待ち受けているのかは、誰にも分からなかった。この不思議な 現象のあと残された人々・・・。なぜ彼らだけが生き残ることができたのか? ほかの人たちの行方は?衝撃的な事実が彼らを待っていた。

「P−13現象」と呼ばれる不思議な現象のあと生き残った人たち。彼らは 選ばれた人間なのか?だとしたら根拠は何なのか?謎を抱えたまま、彼らは 生きなければならなかった。
私たちは便利な環境で日々生活している。それが当たり前だと思っている。 だが、もし根底からこの環境が破壊されたら・・・。そう思うと生き延びる 自信はあまりない。便利な建物、便利な道路、便利な設備。そんなものは何も 役に立たない。必要なのは、どんな環境でも生き抜く強さと、創意工夫ができる 柔軟な思考力、状況をすばやく見極め行動につなげる判断力、そして団結力だ。 「文明の利器」と呼ばれるものの無力さを思い知らされる。
「なぜ彼らが生き残れたのか?」ラストではその謎が明かされるが、ちょっとほろ 苦いものがあった。長いけれど、一気に読ませる力を持った作品だと思う。読後も 満足♪


  オリンピックの身代金  奥田英朗  ☆☆☆
日本は、「東京オリンピック」を開催することにより、完全に戦争の痛手から 立ち直った姿を世界各国に示そうとしていた。誰もがオリンピックに夢や 希望を抱いているかに見えた。だが、警察を狙う爆破事件が発生する。オリンピックを 妨害しようとする事件だったが、このことは日本国民に知られることはなかった・・・。 一人の若者の生き様を衝撃的に描いた作品。

高度経済成長期の日本。「東京オリンピック」という華やかな祭典の陰には、 いまだに貧困にあえぐ人たちがたくさんいた。日の当たるところにいる者と そうでない者との激しい格差には言葉もない。そのまま何事もなければ、東大生である 島崎国男も日の当たる道を歩き続けることができただろう。だが、彼に仕送りを続けて いた兄の死が、彼を変えてしまう。「自分を日の当たる場所に出すために、どれだけ 家族が犠牲を払っていたのか!」そう思う島崎は、兄の死を乗り越えることが できなかった。そして、兄と同じ境遇に自分の身を置いたとき、日本の国が抱える矛盾に 気づいてしまった。「日本の国の豊かさは、ごく一部の人間たちのものだ・・・。」
彼の境遇には同情すべきところもある。たった一人で、「あったこと」を「なかったこと」に してしまうような恐ろしい国家権力に挑む姿は、「孤高」という言葉にふさわしいように 見える。だが、実際にやっていることは狂気の沙汰としか思えない。彼の行動には、理解も 共感もできなかった。
長すぎる気もするが、いろいろなテーマを含んだ読み応えのある作品だった。読後も不思議な 余韻が残った。


  本所しぐれ町物語  藤沢周平  ☆☆☆
菊田屋の新藏の弟半次が、10数年ぶりに帰ってきた。突然江戸から 姿を消した半次に、いったい何があったのか?また、なぜ帰ってきたのか? 喜びと戸惑いの中、新藏は半次を迎え入れるのだが・・・。「鼬の道」を 含む12編を収録。

江戸の本所しぐれ町に住む人々の日常生活を、実に細やかに描いている。 そこに暮らす人たちの喜怒哀楽は、今の私たちにも通じるものがある。 また、登場人物も個性豊かに描かれていて、読んでいて表情が目に浮かぶようだ。 本所しぐれ町に生きる人たちは、時には主人公的に、時には脇役的に描かれていて、 12編全てを読むと彼らが立体的に見えてくる。その作者の構成力にも感心させられた。 切ない話もあるけれど、心の中にぽっと火を灯してくれる、そんな話が多かった。 のんびりとゆったりと、心穏やかに読める作品だった。


  飢餓海峡  水上勉  ☆☆☆☆
昭和22年9月20日、青函連絡船層雲丸が遭難!多数の犠牲者が出たが、 その中に数の合わない身元不明の遺体が2体あった。同じ日の朝、函館から 120キロ離れた小さな町岩幌町で火事が起こっていた。町全体の3分の2を 焼き尽くしたこの火事の原因は、陰惨な事件だった。この二つのできごとには、 ある男が深く関わっていたのだが・・・。

実際に起こったできごと二つを巧妙に結びつけ、壮大なドラマに仕上げた作品だ。 貧しさが、ひとりの男の人生をゆがんだものに変えていく。貧困の描写には考えさせられる ものがあった。そういう境遇の中で育った人間に、ほかにいったいどんな選択肢があると 言うのか・・・。出口のない暗闇の中でもがき苦しむ樽見が憐れでならない。 だが、樽見のやったことは絶対に許されることではないのだ。罪から逃れようとする樽見。 その男を「恩人」と慕う杉戸八重。そして事件を執拗に追い続ける函館署の弓坂と東舞鶴署の 味村。追いつめられる者と追いつめる者との攻防の描写が見事だった。 長編でテーマも重いが、読み応えのある素晴らしい人間ドラマの作品だと思う。


  人間の檻 獄医立花登手控え4  藤沢周平  ☆☆☆☆
「明日、ご赦免になったら先生を狙うぜ。」
そういった男の正体は?登をうらむ理由とは?過去の因縁と、登の 旅立ちを描いた「別れゆく季節」を含む6編を収録。 獄医立花登手控えシリーズ4。

今回のどの話も今までの作品同様、人間の心を興味深く描き出している。 その中で特に、過去の罪が何十年もたってから思わぬ形で現れる怖さを描いた 「戻ってきた罪」、自分を慕ってくれる男の心を利用し罪まで犯させた女を描いた 「女の部屋」などが印象的だった。人の心は強くもあり弱くもあり。
さて、どうなることかと思った登とおちえの関係も、明るい未来を予測させる 形で終わった。読者の欲を言わせてもらえば、もう少しこの先が読みたかった。 登がどう成長していくのか?おちえや叔父、叔母とのこれからの関係は? 楽しみながら読んできた獄医立花登手控えシリーズだが、これで終わりかと 思うと少々残念な気がする。


  愛憎の檻 獄医立花登手控え3  藤沢周平  ☆☆☆☆
娘の命を救ってくれたお礼にと、登に情報提供した男が牢の中で殺された。 その情報とは、一家七人を皆殺しにして金を奪った黒雲の銀次に関するもの だった。誰が殺したのか?登が怪しいとにらんだ男の女房は、いとこのおちえの 友だちのおあき!登はどう解決するのか?「奈落のあおき」を含む6編の作品を収録。 獄医立花登手控えシリーズ3。

人の善意を利用しようとするしたたかな女の話、情報提供した男をあっさりと始末する 冷酷な男の話、自分の素性を隠すために関係のない者の命を奪う男の話、親切そうな 態度の裏に恐ろしい心を隠し持つ男の話など、どの話もやりきれない思いがした。だが、 どの話にも悲劇を乗り越えて前向きに生きていこうとする人たちの姿も描かれていて、 救われる思いもした。まさにタイトルどおりの、愛憎が織りなす物語ばかりだ。 最初から最後まで、飽きることなく楽しめる作品だと思う。読後も満足♪


  凍りのくじら  辻村深月  ☆☆☆
カメラマンだった父が失踪したあと、理帆子は母と二人で暮らしてきた。 だが、母が病に倒れ、命の期限を宣告される。そんな理帆子の前に現れたのは 別所あきらという青年だった。彼のやさしさや温かさが理帆子の心を少しずつ 元気にしていくが、昔の恋人若尾が執拗に理帆子にまとわりつき、事件が起こった!

各章のタイトルがドラえもんの道具なので最初は軽い内容なのかと思ったが、 実際はかなりシリアスなものだった。理帆子とかつての恋人岩尾の関係、 母の病気、父の友人の松永と息子の郁也、そして理帆子の心を癒してくれた 別所。さまざまな人間の絡みの描写が見事だと思う。特に、壊れていく岩尾と 理帆子の関係は何とも言えない。別れてしまったはずなのに、未練を残す岩尾。 そんな岩尾を振り切れずあいまいな態度をとる理帆子。かなり、ハラハライライラ させられた。それと同時に、壊れていく男の心の怖さも味わった。ラストは、 理帆子の成長を思わせるものがあり、無難にまとめられていた。別所と理帆子の関係も 心温まる。やさしい感じがする作品だった。


  風雪の檻 獄医立花登手控え2  藤沢周平  ☆☆☆
登の友人でもあり柔術仲間でもある新谷弥助が姿を消した。 行方を追う登だが、弥助には容易に会うことができなかった。 だが登は、思いがけない場所で弥助と対峙することになる。 悪事をはたらく者たちの背後に、弥助はいた! 獄医立花登手控えシリーズ2。

今回は、姿を消した弥助の消息と絡み合わせる形で物語が進んでいった。 前作同様、さまざまな人間ドラマが繰り広げられる。作者の、人の悲哀の 描写には、読んでいてぐいぐい惹きつけられた。
この本の中には5編の短編が収録されているが、一番印象に残ったのは 「処刑の日」だ。限られた時間の中、真の下手人を追う登たちの緊迫した 状況の描写がすばらしかった。また、登と、叔父、叔母、ちえとの関係の 微妙な変化も楽しい。特に、登とちえの関係がこれからどうなっていくのかが とても気になる。
時代劇が苦手という人でも、読みやすいので楽しめる作品だと思う。読後の 余韻も心地よかった。


  せせらぎの迷宮  青井夏海  ☆☆☆
小学校5年生の時の担任だった大杉先生が定年を迎えることになった。 同級生だった大村生夫に頼まれ、斉藤史は大杉先生が作成した文集を 揃えることにしたのだが、文集はどこにもなかった。それどころか、 元の同級生の記憶からも消えていた・・・。文集に隠された謎とは?

昔の担任の定年退職。文集を揃えて贈ろうとするかつての教え子たち。 だが、肝心の文集は見つからない。それどころか、誰の記憶にもない。 文集にまつわる謎が、過去と現在を織り交ぜた描写から徐々に解き明かされて いく。そして、小学校5年生の時のほろ苦い思い出が、やがてさわやかな 感動につながっていく。その過程がとても心地よかった。小学校5年生の 頃の自分を思い出しながら(やっぱりグループを作りました♪)、懐かしい 気持ちでこの作品を読んだ。


  春秋の檻 獄医立花登手控え1  藤沢周平  ☆☆☆
「叔父のような立派な医者になりたい。」
努力の末、彼は願いどおり医者になり、叔父を頼って江戸に来た。 そこで彼が目にしたのは、叔母の尻の下に敷かれている叔父の姿だった。 だんだん横着になっていく叔父の代わりに獄医として働くようになった 登だが、そこで彼はさまざまな人のさまざまな人生を見ることになる。 獄医立花登手控えシリーズ1。

ふがいない叔父、登を下男同様に扱う気の強い叔母、驕慢ないとこの おちえ。そんな環境の中、登は獄医として勤め、医者としても人間としても 成長していく。この作品の中にはさまざまな人間模様が織り込まれ、中には 胸が痛くなるような話もあるが、作者はどの人物にも暖かなまなざしを向け ながら描いている。切ないだけでは終わらない。どこかに、ほんの少しだけでも 救いを見出すことができてほっとする。読んでいると、心がほのぼのとしたものに 包まれていくようだ。「人はどこかで支えあって生きている。」そういうことも 感じさせてくれる。ふんわりとやさしい気持ちになれる作品だった。


  毒猿 新宿鮫U  大沢在昌  ☆☆☆
新宿歌舞伎町に密かにひとりの男が潜り込んだ。「毒猿」と呼ばれる 台湾の殺し屋だった。彼が狙う人物とは?また、台湾からひとりの刑事が 日本に来ていた。鮫島はその刑事の頼みを聞き、「毒猿」を追い求めるが・・・。 新宿鮫シリーズ2。

自分を裏切り、最愛の人を失う原因を作った男。その男を執拗に追う毒猿。 彼を慕う奈美の存在が、この作品の中できらりと光る。非情な彼が見せる ささやかな情愛が印象に残る。
アクション場面が多く、人が殺される場面など残酷なシーンもあるが、きめ細やかな 人物描写や心理描写が、読み手をぐっとこの作品に引きつける。台湾から来た刑事郭と 毒猿の因縁、鮫島に託された郭の思い、そしてラスト、どれも胸に迫るものがあった。 読みやすく楽しめる作品だと思う。


  ふりかけ 日本の食と思想  熊谷真菜  ☆☆☆
ふりかけはいつどのように誕生し、成長していったのか?ふりかけのルーツを たどりながら日本の食生活についても考察した、「ふりかけ」のすべてが 分かる本。

「ふりかけ」と聞いて思い出すのは、丸美屋の「のりたま」だ。テレビでこの CMを見たときは、強烈だった。さっそく買ってもらい、食べた食べた食べた・・・。 白いご飯とのりたまがあれば、ほかには何もいらなかった。おまけの「エイトマン」の カードも、子供にとってはすごく魅力のあるものだった。
ふりかけは、食生活の中でとても身近な存在だ。いったいいつどのようにして生まれた ものなのか?作者は丹念に、ふりかけのルールを探っていく。そこにはまったく 知らなかった興味深い事実がたくさんあった。そして、「のりたま」のあの袋の中にも、 驚くほどのこだわりが詰め込まれていた。知れば知るほどその奥深さに感心する。 たかが「ふりかけ」。されど「ふりかけ」。ますますふりかけが好きになる。


  きのうの世界  恩田陸  ☆☆☆☆
1年前に失踪した男が、とある町で死体となって発見された。 いったい彼は、この1年の間何をしていたのか?塔と水路の町に 隠された秘密とは?

主軸は「ひとりの男の死」なのだが、章ごとに語る人物が違う。 そのひとつひとつを組み合わせると、作品全体の流れがあざやかに 浮かび上がっていく。そういうストーリー展開が絶妙で、どんどん作品の 中に引きずり込まれるような感じで読んでいった。死体となって発見 された男。その男が調べていたこととは?一見ミステリーのようだ。 だが、ミステリーとして読むと、疑問や不満を感じる人が少なからず いるのではないだろうか。
結末にも意外性はない。いや、この作品全体に「意外性」などというものは 存在しないのだ。だが、意外性がないのに意外性があるように思わせるところに 作者のすごさがある。 この作品は、「不思議な恩田ワールドをじっくりと味わう。」そういう純粋な気持ちで 読むほうが楽しめると思う。私個人としては、とても好きな作品だった。


  明治・父・アメリカ  星新一  ☆☆☆
福島の田舎で育った星一は、自分自身で学資を稼ぎ、単身渡米する。そこで彼が見たこと 体験したことは?さまざまな困難を乗り越え、おのれの信念を貫き通し、後に星製薬を 創業した星一を、息子である星新一が鮮やかに描いた作品。

「どんな苦境に立たされてもあきらめることなく努力を続ければ、必ず夢はかなう。」
その典型的な例を見るような作品だ。どんな困難も、工夫と知恵と勇気と度胸で乗り越えていく。 読んでいてすがすがしさを感じる。明治時代・・・。今のように物が豊かな時代ではなかったと 思うが、未来に希望を抱くことのできるとてもいい時代だったような気がする。「自分たちの 手でこれからの日本を作り上げていく。」人々の、そういう意気込みが感じられる。また、 当時のアメリカ留学の描写も、とても興味深かった。平和で穏やか、そしてのびのびと した自由さにあふれている。「古きよき時代」そんな言葉がぴったりだ。
とても読みやすく、読後もさわやかさを感じる作品だった。


  あのころの未来 星新一の預言  最相葉月  ☆☆☆
SF界の第一人者であり続けた星新一。彼のショートショートには、 現代のできごとを予言するような内容のものが多数ある。そのひとつひとつを 検証し、作者独自の見解を盛り込んだエッセイ集。

ネット社会、臓器移植、ロボット工学、医療関係、さまざまなテーマを 取り上げている星新一のショートショート。書かれてからかなりの年数がたっているが、 そのどれもが色あせることなく、今も新鮮な驚きと感動を持って読むことができるの には本当に驚かされる。その中には、まさに未来を予言したといっても過言ではない ものがある。それは単なる想像の産物ではない。膨大な知識量がある星新一だからこそ 書くことのできたものだ。ほかの人には決してマネできないだろう。科学の めざましい発展は続いている。今の世の中を見たら、彼は何を感じ何を思うだろうか? また、これから先の未来をどんなふうに描いただろう?この作品を読みながら、そんな ことを考えずにはいられなかった。


  星新一 一〇〇一話をつくった人  最相葉月  ☆☆☆☆☆
数々の作品を世に送り出し、「ショートショートの神様」とまで 言われた星新一。その華々しい活躍の裏に隠された彼の真実とは いったい何だったのか?知られざる星新一の内面を赤裸々に描いた、 第29回講談社ノンフィクション賞、第28回日本SF大賞、第34回 大佛次郎賞、第61回日本推理作家協会賞評論その他の部門、第39回 星雲賞ノンフィクション部門など、数々の賞を受賞した作品。

本を読む人なら誰でも一度くらいは彼の作品を手に取ったことがあるのでは ないだろうか。発想の面白さ、奇想天外な結末は、多くの人を魅了した。テンポが よく軽快な文章から、星新一自身もきっとそんな性格なのだろうと勝手に思っていた。 だが、実際は大きく違った。製薬会社の御曹司でなに不自由なく育った幼年期。 父の突然の死により社長になった苦悩の20代。そして、そこから逃れるように 書き始めたショートショート。彼が望む望まないに関わらず、「星新一」はSF界の 第一人者になっていくのだが・・・。
アイディアが枯渇し「もう書けない。」とつぶやく日々、自分だけおいて 行かれるという焦燥の日々を経て、彼はショートショート1000作に向かって 突き進んでいく。それは命を削りながらの作業だった。この人はこんなにも苦悩し、 傷つきながらショートショートを書いていたのか!
遺された膨大な資料から、最相葉月は見事に「星新一」の実像を描き出している。 それは、外見や作品からだけでは決して想像することのできないものだった。一人の 人間としての「星新一」がこの作品の中にいる。
読み応えがあるというだけではない。星新一を知ることができる貴重な資料的作品だと 思う。オススメです!


  新宿鮫  大沢在昌  ☆☆☆☆
新宿にはびこるさまざまな悪。その悪にひとり立ち向かう孤高の刑事 鮫島。人から「新宿鮫」と呼ばれる鮫島は、銃密造の天才木津の行方を 追っていた。新宿で次々起こる警官射殺事件に使われた銃は、木津が 造ったものなのか?鮫島を待ち受けていた罠とは?

国家公務員採用T種試験に合格し警察庁に入庁したキャリアだったが、 あるできごとを境に鮫島の出世の道は閉ざされる。ひとり悪に立ち向かう鮫島・・・。 そのキャラクターは充分魅力的だと思う。また、恋人のロックシンガー晶、上司の 桃井、鑑識の籔、銃密造の天才木津など、どのキャラクターの個性もしっかりと 描かれていて、この作品をより面白いものにしている。ストーリーも全体的にテンポが よく、伏線もあり、しっかりと吟味されて描かれたものという印象を受ける。読んで いて頭の中に映像が浮かぶようだった。最後まで飽きることなく、心地よい緊張感を 味わいながら読むことができた。読後感も悪くなく、満足できる作品だった。


  夢のまた夢  津本陽  ☆☆☆
信長亡き後の天下を手中に収めたのは秀吉だった。彼は知力と武力を 駆使し、日本の最高権力者となる。日本から世界へ・・・。 晩年、秀吉が朝鮮出兵に託した願いとは?吉川英治文学賞受賞作品。

この作品は、本能寺の変以降の秀吉を描いている。仇の明智光秀を討ち、 信長時代の主な大名を押さえ込み、天下統一に向かって突き進む秀吉の姿が 生き生きと、そして鮮やかに浮かび上がってくる。作者によって描き方の 違いはあるけれど、本能寺の変から天下統一までの秀吉についての描写は 似たり寄ったりだと思う。この作品が他の作品と違うところは、朝鮮出兵に ついて、かなりのページ数を費やしているところだ。全5巻のうち、2巻近くは 朝鮮出兵についてだ。「ここまで書かなくてもいいのではないだろうか。」と、 読んでいてうんざりするほど詳しく書かれている。けれど、今まで知らなかった 事実も多数あり、興味を惹かれる部分もあった。正直、これほど悲惨で残酷な 戦いだとは思わなかった。この戦いで何を得たというのか。結局は、朝鮮の 人たちの恨みをかっただけではないだろうか。秀吉の判断力に疑問を感じざるを 得ない。
読み応えがあり、今まで読んだ歴史小説とは一味違う作品だった。


  旅のラゴス  筒井康隆  ☆☆☆
30年もの長い間旅を続けたラゴスが、最後にたどり着こうとした ところはどこなのか?ラゴスの不思議な旅を通して、「人間」という 生き物を見つめた作品。

旅というのは、人生に役立つ何かを得ることができると同時に、何かを 捨てなければならないものでもある。いろいろな人たちとの出会いと 別れ、さまざまな体験を繰り返すラゴス。そんなラゴスの旅で特に印象に残った のは、ボロ村でのできごとだった。ドームの中でひたすら本を読むラゴス。 そんな彼にアドバイスを求める村人たち。ドームの中のラゴス自身は何も変わら ないのに、ドームの外の村は急速に変化していく。「人間とはこういうものなのだ。」 作者の声が聞こえてくるような気がした。
求めていたもの。30年たっても変わらず求めていたもの。それが分かったとき、 ラゴスは再び旅に出る。求めているものは得られたのだろうか?笑顔で旅を終える ことができますようにと、願わずにはいられない。人は誰でも、人生という道を 歩く旅人なのかもしれない。この作品を読んでそんなことを感じた。


  アフリカの蹄  帚木蓬生  ☆☆☆
アメリカの国立防疫センターで火災事故が発生し、医薬品20万トンが灰に なった。同じ頃アフリカでは、恐るべき事態が起こっていた。絶滅したはずの 天然痘が黒人の間で大発生した。日本の若き医師作田は、黒人に対する激しい 人種差別の中、天然痘との闘いに敢然と挑むのだが・・・。

以前は、私たちの想像をはるかに超えた黒人に対する激しい人種差別があった。 彼らは、全ての権利や人としての尊厳さえも奪われ、家畜や物以下の扱いを受けた。 白人にとっては目障りな存在でしかなかったのだ。この作品は、そういう時代の物語だ。 白人たちは、黒人を排除するために「天然痘」を流行させる。予防接種を受けていない 黒人の子供たちが次々に命を落としていく描写は読むのがつらかったが、黒人を 救おうとする作田たちと排除しようとする者たちとの闘いは、読み応えがあった。 やがて、作田たちの勇気と信念は、社会を大きく動かしていく。苦しんでいる黒人たちに 手が差し伸べられた時には、感動を覚えた。たとえ外見が違っても、人はみな平等に 生きる権利がある。この作品を読んで、あらためてそのことを強く感じた。


  あやめ横丁の人々  宇江佐真理  ☆☆☆
やむを得ないこととは言いながら、人を斬った慎之介は逆に恨みを買い、 命を狙われることになる。彼が逃げ込んだ先はあやめ横丁という町だったが、 ここで暮らす人たちはみな訳ありの者ばかりだった・・・。

命を狙われ、あやめ横丁から出てはいけないといわれた慎之介。だが、慎之介 ばかりではない。ここで暮らす人たちもまた、あやめ横丁から出ては暮らして いけない事情を抱えていた。ひとりひとりの事情が明らかになるにつれ、やりきれない 気持ちになるのは慎之介ばかりではない。私も同じ気持ちになった。特に太吉の 身の上に起こったできごとは、読んでいてつらかった。幼い心に、どれほど深い傷を 負ったことか・・・。
つらいできごとを味わい、心に傷を負った者たちだから、人を思いやる気持ちも 強いのだろう。あやめ横丁の人たちはみなやさしい。居心地がいいあやめ横丁だが、 やがてそこを出て行かなければならない慎之介・・・。知り合った伊呂波やあやめ横丁の 人たちの行く末は?ラストはほろ苦く、ほろっときた。心温まる作品だった。


  始祖鳥記  飯嶋和一  ☆☆☆☆☆
飢饉、悪政と、人々の日常の暮らしもままならない世の中にあって、おのれの夢を 貫き通した男がいた。幸吉が大空を舞ったとき、人々は理不尽なものに敢然と 立ち向かう勇気を持った。
困難を乗り越えようとする人たちの姿を、感動的に描いた作品。

「鳥のように空を飛びたい」純粋にそれだけを願い、試行錯誤を繰り返す幸吉。 やがてそのことは、江戸の空に鵺が飛んでいるという噂となって広まる。幕府は、 人々に混乱と恐怖を与えたとして幸吉を捕らえてしまう。表具師として真面目に 働いているだけならば、何の不自由もなく穏やかに暮らせただろう。しかし彼は、 自分の夢を決してあきらめなかった。彼が信念を貫き通そうとする姿は、やがて、 悪政に苦しむ人たちに奮起をもたらす。いろいろな人たちが手をたずさえ、長年の 悪政を打ち破っていく姿には感動を覚えた。信念を持ち、何ものをも恐れず、 あきらめずに困難に立ち向かう強さや勇気が、人が人として生きていくためには 必要なのだと強く感じた。「ダラダラと流されるように生きていくだけでは意味が ない。人生を鮮やかに生きてみたい。」そういう気持ちにさせてくれる作品だった。 オススメです。


  平台がおまちかね  大崎梢  ☆☆☆
明林書房の営業マン井辻は、自社の本の、ある1冊だけがやけに売れている書店に 気がついた。ベストセラーでもない本がなぜこの店でこれだけ売れるのか? 不思議に思い訪ねてみたが、店主に冷たくあしらわれた。「悪いが、帰って くれないか。」こう言う店主に言葉もない井辻。いったいなぜ?そこには秘められた 物語があった・・・。表題作を含む5編を収録。

「成風堂」シリーズは書店員の女性が主人公だが、この作品は出版社の営業マンが 主人公だ。書店や本にまつわるミステリーを描いているのは同じだが、見る視点が 変わり、趣の違う作品に仕上がっている。ミステリー的な面白さだけではなく、 書店や店員さんたちの日頃の様子、個人書店が抱える問題、出版社の営業社員の苦労 など、普段知ることのできないことがたくさん描かれていて、とても興味深く読んだ。 登場人物も、そして作者も、本当に本が好きなのだと思う。個人書店は今とても厳しい 状況に置かれている。だが個人書店には、大型書店にはない雰囲気がある。 その店のこだわりで並べた本たちを見るだけでも楽しい。がんばれ!個人書店!
この作品を読んでいると、本屋さんに行きたくなった。本を好きな人にはたまらない作品 だと思う。そうそう、微妙に「成風堂」とリンクしているところがありました〜(*^o^*)


  プラチナタウン  楡周平  ☆☆☆☆
大手総合商社で働く鉄郎は、自分を成功者だと自負していた。だが、ひとつの 失敗が上司の機嫌を損ね、破滅の道を歩むことに・・・。そんな時、中学時代の 同級生熊沢がたずねてきて、鉄郎に故郷緑原町の町長になってくれと頼み込む。 緑原町は財政債権団体に転落寸前だった・・・。

商社マンで出世街道まっしぐらだった男が、財政赤字に苦しむ街の町長になった。 さまざまなしがらみから、議員削減もままならない。山積みの問題もどうするか? 現実にもありそうなことなので、とても興味を持って読んだ。八方ふさがりの 状況から、「災い転じて福となる」を地で行くような展開は爽快だ。過疎、地域の 高齢化とそれに伴う介護問題、街の財政悪化など、どれも現代社会が抱える問題だ。 難しいとは思うが、この作品に描かれているようにそれらを解決できたら、どんなに すばらしいことか。普通の生活を送る。そのことさえも難しい今の世の中にあり、 緑原町がとてもうらやましく感じられた。


  2022年の影  赤井三尋  ☆☆☆
機械が意識を持つ。亡くなった個人のデータを入力すれば、それはまるで 「死者が甦ったのでは!?」と思えるくらいの完璧な人格になる。人間が 作り出した意識「シャドウ」。だが「シャドウ」は、自らの意思で行動 するようになり、人間社会を危機に陥れた・・・。

意識を持った機械。人間と同じように、泣いたり、笑ったり、怒ったり、 戸惑ったり、すねたりする。データさえきちんと入力すれば、死んでしまった 人間とさえ話ができる。まるで夢のような話だ。だが、この画期的な技術にも 落とし穴があった。機械が意識を持ちすぎるとどうなるか?バーチャル空間に 存在する人格が人間の想定をはるかに上回り、独り歩きを始めたとき、人間社会を 脅かす存在となった!大混乱に陥る人間たち。この危機的状況をどう解決するのか? ページをめくる手が止まらなかった。バーチャル空間に存在する人格は、生きていると 言えるのか?生命体と見なすのか?システム停止は一種の「殺人」なのか?この ことについても深く考えさせられた。内容的にはかなり面白い。けれど、ラストは まったくの期待はずれだった。なぜそうなったのか、理由も過程も分からないままだ。 それまでの内容と比較すると、ページ数も少ないし、あっけなくお粗末だ。もう少し 書き込んでほしかった。残念!


  告白  湊かなえ  ☆☆
「大切な娘はもういない・・・。」
事故死として片付けられた娘の死が、実は殺人だった!しかも犯人は教え子! 復讐を誓う女教師が、犯人にしたことは?彼女の告白は、聞く者に恐怖と 衝撃をもたらした・・・。

4歳の女の子の死。実はそれは殺人だった・・・。この作品は、母親である 女教師の告白を含め事件関係者の6つの告白で構成されていて、ひとつの 事件を多角的に捉えられるようになっている。決して他人にはうかがい知る ことのできない心の闇の部分が告白をすることにより浮かび上がってくるところは、 それなりに衝撃を感じた。一番インパクトがあったのは、やはり最初の女教師の 告白だ。娘を殺された母親のうらみが、ああいう形で現れるとは思いも寄らなかった。 2つめから5つめまでの告白はどちらかと言うと平凡な感じだ。6つの告白を 集めればどうしてもばらつきが出る。ひとつめの告白が衝撃的であればあるほど、 そのほかの告白が平凡なものにしか見えないのは仕方がないことなのだろうか? また、ラストも個人的にちょっと不満が残る。あまりにも現実味がない。設定にも 無理があると感じた。


  深層  朔立木  ☆☆☆
女の子はなぜ片腕を切断されなければならなかったのか?
医療ミスをめぐり、さまざまな人間の利害関係が複雑に絡む様を 描いた「針」を含む4つの短編を収録。

「針」のほかに、幼稚園の子供たち7人を殺した男の妻の心理を 描いた「スターバート・マーテル」、手錠をかけられたまま車から 飛び降り亡くなった少女にまつわる話を描いた「鏡」、精神を病み 自殺を試みた息子が病院に運ばれやがて脳死に至るまでを、父親の 目から見つめた「ディアローグ」が収められている。どの話も、決して 報道されることのない裏の部分を描いている。
私たちは毎日、実に数多くの事故や事件のニュースを目にするけれど、 そのほとんどはすぐに忘れ去ってしまう。だが、その事故や事件に 関わった人たちは、ずっとそのことを引きずり、心に抱えたまま生きて いかなければならない。この作品を読んでいると、否応なくその残酷な 現実を突きつけられる。どの話も暗いが、ずしりと重みを感じるものばかり だった。


  宣戦布告(加筆完全版)  麻生幾  ☆☆☆☆☆
敦賀半島沖で座礁した潜水艦から密かに日本に上陸した北朝鮮特殊部隊の11名。 彼らの目的はいったい何か?近くには原子力発電所もある!日本の危機に 打つ手はあるのか?本当に日本を救うことができるのか?衝撃の問題作。

特殊な訓練を受けた北朝鮮の精鋭11名が日本に上陸した!しかも彼らは、 対戦車ロケット砲や機関銃、そして手榴弾を持っている。厳重な警戒態勢が敷かれるが、 その内容はお世辞にも万全とは言い難かった。命令系統の煩雑さが、末端への指揮に 混乱を生じさせる。最新鋭の装備で臨んでいるはずなのに、政府も警察も自衛隊も、 たった11名の人間に右往左往させられている。
「向こうが撃つまで撃つな。」
「撃ってもいいが威嚇射撃にしろ。」
本物の戦争に突入するかどうかの瀬戸際なのに、上の人間のやることはマニュアルどおり。 臨機応変な対応がまるでできない。たった一つの命令を下すのに何時間もかかるという お粗末さ。この信じられない状況が、犠牲者の数を増やしていく。それでもなお、政治家は 目先の利益しか考えていない・・・。
もしこのようなことが実際に起こったら、日本政府は国民をちゃんと守ってくれるの だろうか?この作品に描かれている、危機管理体制の甘さから最悪の状況へと追い込まれて いく日本の姿・・・。それが、明日にも現実のものとなるかもしれないという不安が、 どうしても拭えない。とても恐怖を感じる作品だった。