*2009年*

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  フリーター、家を買う。  有川浩  ☆☆☆☆
大学卒業後、初めて就職した会社をたった3ヶ月で辞めた・・・。そのあとは 気楽なフリーター生活。いやになったらいつでも気軽に仕事を変える。 母寿美子の異変にもまったく気づかない。そんな誠治に、姉亜矢子の怒りが爆発! 誠治は、母のため自分のために人生を本気で考え始めるのだが・・・。

無責任な夫誠一。フリーターで気ままな生活を送る息子誠治。嫁いでしまった、頼りに なるはずの娘亜矢子・・・。そしてさらに、20年来の近所つき合いの悩みが寿美子を 追いつめ、彼女の心は限界に達した。崩壊しかかっていた家族だったが、これを機会に 少しずつ少しずつ家族関係が修復されていく。別の角度から見ることで分かってきた誠一の 気持ち。誠一に対し頑な態度をとり続けていた誠治の心も、変化していく。それと同時に、 自分の人生を本気で考え始めていく。そして、彼はある決心をする・・・。そこからの誠治の ふんばりがすごかった!
心を病んでしまった人を抱えての生活は大変だと思う。だが、家族は心をひとつにし、必死に 乗り越えようとする。寿美子に笑顔が戻る日も、そんなに遠いことではないのかもしれない。 扱っている内容は暗く重いが、読んでいると前向きな気持ちになっていく。そんな感じのする 作品だった。


  ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。  辻村深月  ☆☆☆☆
望月チエミが、母を刺し姿を消した。幼なじみだった神宮司みずえは 彼女の行方を追う。チエミと関わりのあった人たちを尋ね、何とか 手がかりを得ようとした彼女だったが・・・。

チエミは、なぜ母を刺して命を奪ったのか?あんなに仲が良かったのに。 みずほはチエミの知り合いたちを尋ね、話を聞いていく。そこから浮かび 上がるチエミと家族との絆・・・。第3者から見て、それは異常とも思える仲の 良さだった。逆にそのことが、チエミと母との間に溝を作ってしまったのか? 絆の深さの分だけ、溝も深くなってしまったのか?一方、みずほと母の関係は 決していいとは言えないものだった。みずほは常に、母との間に距離を置こうと している。仲が良くても悲劇は起きる。仲が良くないことも悲劇だ。けれど、 チエミとみずほ、どちらの生き方にも是非を問えないような気がする。どんな 場合でも、母と娘の関係は特殊で微妙だ。ラストは、胸が締めつけられるようだった。 読んでいて、私も無性に母に会いたくなった。母は、いつでもどんな時でも娘を 愛している。母とはそういうものなのだと、強く心に感じた。


  道は開ける  デール・カーネギー  ☆☆☆☆
いつの時代においても、人は悩みから開放されることはない。 悩みや苦しみで心が疲れてしまった時はどうすればいいのか? やさしくその解決方法を示してくれる作品。

人は生きている限り、悩みとは縁が切れない。さまざまな悩みが、絶え間なく 続いていく。「悩みの迷路」にはまり込み抜け出せなくなった時、この本は 強力な救いの手となってくれる。悩みの原因を根本から取り除いてくれる訳では ないけれど、悩みを別の角度から捉え、心の負担をずいぶんと軽くしてくれる。 時には、「どうしてこんなことで、今まで悩んでいたのだろう?」と思うくらいに。 この本は、一度読んでしまったらそれで終わり・・・という本ではない。 常に手元に置き、悩みや苦しみで心が疲れてしまった時に、その都度読むべき本だ。 パラパラとめくるだけでもいい。必ず、自分が進むべき道を教えてくれるはずだ。 出版後何十年もたっているが、今でも色あせることなく人々を救い続けている素晴らしい 本だと思う。


  ぼくが恐竜だったころ  三田村信行  ☆☆☆
「わしのいうことをきけば、きみはその目で生きた恐竜を見ることが できる。」
そう言われて、誠也は恐竜に変身して6500万年前の世界へ! そこで彼が見たのは、恐竜が繁栄する世界だった。だが、恐竜たちが 絶滅する、運命のときがやってきた・・・。

誰でも一度は、恐竜にあこがれたり、興味を覚えるのではないだろうか。 そして、なぜ恐竜たちが絶滅したのかを知りたくなるのではないだろうか。 誠也は大矢野博士に誘われ、恐竜に姿を変え6500万年前の世界へタイム スリップする。想像することしかできない恐竜たちの生活。実際はどんな 生活だったのだろう?もし実際に見ることができるのなら、一度は過去の世界に 行ってみたいと思う。誠也も、純粋な気持ちで行ってみたいと思った。だが大人 たちは、どんな犠牲を払ってでも、自分たちの私利私欲のために過去の恐竜たちを 利用しようとする。誠也は、絶滅という逃れられない運命を背負った恐竜たちを、 大人の醜い欲望から必死で守ろうとするのだが・・・。ラストは、ほろ苦く切ない。
児童書だけれど、大人が読んでもけっこう面白い。親子一緒に楽しめる作品だと思う。


  太陽の坐る場所  辻村深月  ☆☆
毎年開かれるクラス会。今まで一度も出席することのなかった「キョウコ」。 女優になった彼女を何とか呼び出そうと、かつてのクラスメートたちは 画策する。高校卒業から10年。28歳になった彼らは、高校時代の ほろ苦いできごとを思い出していた・・・。

時には、人を傷つけてしまうようなことを平気でやってしまう残酷さを 持つことがある。学校生活は、決して楽しいことばかりではない。月日が たったとき、つらかったことや苦しかったことも、懐かしい思い出にする ことができるのか?この作品に登場する人たちの胸に去来するさまざまな思い。 「キョウコ」との関わり。大人になった彼らが直面する問題。それらを作者は ていねいに描写しているつもりなのだろうが、理屈っぽくくどさを感じる。 すんなりと入ってこない。それどころか、読めば読むほどイライラが募っていく。 話の組み立て方や展開の仕方がいまいちだ。「トリック」もありふれたもので、 それが分かったときも「なるほど!」とは思わなかった。意外性のないトリック ほどつまらないものはない。この作品の中で作者が言いたかったのは何か? 分からない・・・。作者の自己陶酔型の作品といった印象だった。


  波紋  池波正太郎  ☆☆☆
傘屋の徳次郎に情報を提供する博奕打ちの繁蔵。彼の兄が殺してしまった男と、 大治郎を待ち伏せて襲ってきた男たちとには、関わりがあった!ひとつのできごとが 波紋のように広がりを見せ、おもわぬ事態となっていく・・・。表題作「波紋」を 含む5編を収録。「剣客商売」シリーズ13。

5編の中で印象に残ったのは、「波紋」だ。大治郎も小兵衛も、立場上敵を作ってしまうのは 仕方のないことだ。けれど、恨みをもたれてしまうということは、なんともやりきれない 思いがする。「波紋」のラストでは、繁蔵の恵まれなかった過去に触れた描写もあって 切なかった。また、「剣士変貌」も印象深かった。環境しだいで人の性格がこうも 変わってしまうものかと、驚いた。「分相応に生きる」それが一番いいのかもしれない。 それを忘れてしまった横堀喜平次の人生は哀れだ。味わい深く、余韻が残る作品だった。


  さよならの代わりに  貫井徳郎  ☆☆
和樹のまえに突然現れた少女祐里。彼女は、和樹が所属する劇団 「うさぎの眼」で起こった殺人事件の犯人を探しに、27年後の未来から 来たという。半信半疑のまま和樹は祐里に協力するが、事態は思わぬ展開を 見せることになる・・・。

27年前の事件が、自分の生活に影響を及ぼしていると語る祐里。 和樹は、事件の真相を探るべく行動を開始する。本来なら、真相追究の 場面はワクワクしながら読むところだが、この作品ではそういう感じが まるでなかった。ダラダラとした緩慢な展開は、むしろイライラ感を 募らせる。タイムスリップは、よくある話だ。未来から来た者が過去を 変えることができるのか?これもよくあるテーマだ。目新しさがあまりない。 ラストもうまくまとめたように見えるが、不満だ。結局何も解決していない。 最後の最後は読者にゆだねるということなのだろうが、プッツンと切れて しまったようですっきりしない。ミステリーとしてもお粗末な感じで、 「いまいち」としか言いようがない作品だった。


  十番斬り  池波正太郎  ☆☆☆
「まだ・・・まだ死ねぬぞ」
もう長い命ではない村松太九蔵は、世話になった村に害を及ぼす 10余名の無頼浪人たちの始末を最後の仕事と決めていた。 その村松に危機が迫ったとき、助けに現れたのは秋山小兵衛だった! 表題作「十番斬り」を含む7編を収録。「剣客商売」シリーズ12。

一番印象に残ったのは、「白い猫」だ。果し合いに向かう途中で小兵衛が 目にしたのは、昔飼っていた猫によく似た白猫だった。亡き先妻お貞が 拾ってきたタマに似た猫と関わり合ったことが、果し合いに思わぬ影響を 及ぼすことになるのだが・・・。この話では、小兵衛のお貞に対する深い 愛情が垣間見え、ちょっとしんみりした気持ちにさせられた。悪い者には 非情さを見せる小兵衛だが、心の奥には熱い情愛もちゃんと持っている。 そういうギャップも面白い。このシリーズもそろそろ後半。このまま読み進め、 読み終えてしまうのが惜しい気もする。作者の巧みな筆さばきが見事で、とても 魅力あるシリーズだと思う。


  5年3組リョウタ組  石田衣良  ☆☆☆
中道良太、25歳、5年3組担任。この若き、情熱あふれる 教師と生徒たちの触れ合いや、学校生活の中で起こるさまざまな 問題を描いた作品。

「情熱のかたまり」そんな言葉がぴったりの中道良太。考えるより まず行動してしまうタイプだで、まわりの人たちをヒヤッとさせる時も ある。だが、どんな困難が待ち受けようと、それを乗り越えていく強さを 持っている。彼の純粋な思いは、生徒たちの心にストレートに伝わって いく。実際にこんな先生がいたら、学校生活はきっと楽しいに違いない。 テストの結果や受験に振り回される今の子どもたちは、本当にかわいそうだ。 学校は勉強をするだけの場所ではない。友情を育んだり、いろいろ楽しいことを 経験をする場所でもある。そう思うのはもう時代遅れなのだろうか・・・。 そう考えるとちょっと悲しい気持ちになった。


  勝負  池波正太郎  ☆☆☆☆
「負けてやれ」
意外な言葉に、大治郎は驚いて父小兵衛を見た。試合は精根のかぎりを つくして戦うものだという信念を捨てられない大治郎は、全力で 谷鎌之助に立ち向かうが・・・。表題作「勝負」を含む7編を収録。 「剣客商売」シリーズ11。

誰が見ても明らかに実力が上だからといって、必ず勝つとは限らない。 いつもの力を発揮できるかどうかは、おのれの心の状態により左右される。 大治郎と鎌之助の試合もまさにそうだった。勝負というのは不思議なものだと、 表題作の「勝負」を読んでそう思った。
そのほかに印象深かったのは、ある男の哀れとも思える生き様を描いた 「その日の三冬」、男と女の不思議な縁を面白おかしく描いた「時雨蕎麦」、 思わぬなりゆきから敵討ちが首尾よく運んだ話を描いた「助太刀」だ。
また、この作品では大治郎・三冬夫妻の子供が誕生する。その子がこれから どう成長していくのか?次回の作品を読むのが楽しみだ。


  そうか、もう君はいないのか  城山三郎  ☆☆☆
かけがえのない存在だった妻・・・。出会い、結婚生活、そして妻が 病に倒れ逝ってしまうまでを切々と描いた、城山三郎の「遺稿」を まとめた作品。

「二人三脚」。この言葉がふさわしい夫婦の歩みだった。出会いから結婚までの 不思議な縁。ほほえましい結婚生活。そして悲しい別れ。どの文章にも、作者の 妻へのあふれんばかりの愛情が感じられる。この作品には書かれることのなかった、 つらいことや苦しいこともたくさんあっただろう。それらを、夫婦ふたり手を たずさえて乗り越えてきたに違いない。出会いがあれば別れがある。それは 当たり前のことだけれど、作者と妻との別れには涙した。どれほどつらかった ことか・・・。夫婦や家族の絆の大切さをあらためて感じさせてくれる、感動的な 作品だった。


  震える岩  宮部みゆき  ☆☆☆☆
死んだはずの吉次という男が生き返った!?死人憑き騒ぎが起こる 一方で、5歳の女の子が殺され、油樽の中に投げ込まれるという悲惨な 事件も起きていた。不思議な力を持つお初は、兄六蔵や古沢右京乃介らと ともに探索を始めるが、このふたつの事件が示したのは恐るべき真実だった・・・。

鬼となった人は怖い。鬼となった人が死んで、怨念を持った霊となるのも怖い。 だが、それ以上に怖いのは、平凡でおだやかな暮らしをしている人を鬼に 変えてしまう世の中のゆがみだ。恨みはさらなる恨みを呼び、何の罪もない者の 命を奪っていく。罪を重ねる者、犠牲になる者、そのどちらも哀れとしか言いようが ない。はたして、お初たちはこの怖ろしい連鎖を断ち切ることができるのか? 作者の巧みな筆さばきは、読み手をぐいぐい物語の中に引き込んでいく。絶妙な ストーリー展開だ。「恐ろしさ」のすき間を「切なさ」で満たしたような、そんな 感じのする面白い作品だった。


  ネバーランド  恩田陸  ☆☆☆
冬休み、それぞれの事情から学校の寮松籟館に残ることになった 美国(よしくに)、光浩、寛司。そして、松籟館に出入りする 通学組の統(おさむ)。たった4人で過ごす松籟館でのできごとを、 あざやかに、そして瑞々しく描いた作品。

読んでいて萩尾望都さんの漫画を思い出してしまった。あとがきの中で 作者が、萩尾望都さんの作品「トーマの心臓」を意識していたことを 知り納得♪
置かれている立場や抱えている事情、そして性格もまったく違う4人。 そんな4人の、誰もいない寮での生活が生き生きと描かれていて、読んでいて 楽しく、そしてワクワクさせられた。統の話は、どこまでが真実でどこまでが 嘘か?美国が見たものの正体は?読みながら真剣に考えてしまった。また、 光浩の悲惨な生い立ちには驚かされた。ここまで重い過去を背負わせなくても よかったのでは・・・。ともあれ、4人の寮での生活は、それぞれに素晴らしい 思い出を残した。こんなにステキな思い出を持っている4人がうらやましい。 読後、さわやかな印象を残す作品だった。


  紙魚家崩壊  北村薫  ☆☆☆
ふたりが一緒になることで得た完璧さは、ふたりが別れることで 悲劇に変わる・・・。完璧なものを追い求めたために起こる、ある 崩壊を描いた表題作「紙魚家崩壊」を含む9編を収録。

この作品の中に収められている話は、どれも独創的で個性的なもの ばかりだった。「溶けていく」は、自分の作り出した世界に引きずり 込まれていく女性の狂気を描いた興味深い話だった。「白い朝」は、 日常の中のミステリーと呼ぶほどではない、ほんのささいな謎に隠された 真実がほほえましい。「おにぎり、ぎりぎり」では、おにぎりを誰が作った のかについての推理と現実の微妙なずれに、思わず笑ってしまった。 「新釈おぎばなし」は、まさに新釈!「とにかく読んでみてほしい。」 そう言わずにはいられない。そのほかの話もなかなか味わいがあった。 北村薫という作家の別の一面を垣間見ることができる作品だと思う。


  MIST  池井戸潤  ☆☆
U県塔野町紫野で起こった連続殺人事件は、5年前の中野「霧」事件に 酷似していた・・・。同一犯のしわざなのか?もしそうだとすれば、犯人は なぜ5年もたってからこんな小さな町で事件を起こしたのか? 紫野のたったひとりの警察官上松五郎がつかんだ真相は・・・。

紫野で起こった陰惨な事件。犯人はどんな人物なのか?動機は何か? なかなか姿を現さない犯人に、背筋がぞくっとする恐怖を味わう部分もあったのだが・・・。 7章あるうちの4章くらいまではとても面白いと思った。だが、それ以降の展開は 面白さをあまり感じなかった。今まで登場してきた人たちがこの先、事件の真相へ どうつながっていくのか期待したのだが、裏切られた感じだ。意外性を狙ったであろう 結末も、それほどの衝撃は受けなかった。そもそも、なぜ犯人がこのような事件を起こし たのか、その動機がとてもあいまいで説得力に欠ける。前半、一所懸命読んできた努力が、 後半で全然報われない。読後も不満が残る。正直、いまいちの作品だった。


  ひかりの剣  海堂尊  ☆☆☆
「医鷲旗」は誰の手に?
東城大学医学部剣道部の速水、帝華大学医学部剣道部の清川は、おのれの全てを かけて戦う。その陰で、彼らを見守るのは阿修羅と呼ばれている高階だった。 はたして勝負の行方は?速水、清川の青春時代を描いた作品。

「ジェネラル・ルージュの凱旋」に登場した速水、「ジーン・ワルツ」に登場した 清川、そのほかにも田口、高階など、海堂作品に登場するおなじみの人物が登場する。 速水と清川の因縁の対決は、手に汗握る。剣道を経験していない者でも充分に楽しめる。 けれど、どこか漫画的なところもあり、読んでいて「あり得ないでしょう!」と突込みを 入れたくなる部分もあった。特に速水の特訓の内容には驚かされた。「郊外にある城址」での 特訓とあるが、銃刀法違反で捕まらないのか?所持するだけでも大変なことなのに(^^; ちょっと現実離れしすぎた感も否めない。けれど、海堂作品に登場するいろいろな人たちの 若き日の姿を垣間見るのは楽しかった。まあ、それなりに楽しめる作品だとは思う。


  希望ヶ丘の人びと  重松清  ☆☆☆
「亡き妻圭子の思い出の地へ・・・。」
妻圭子をガンで亡くした田島は、美嘉、亮太とともに希望ヶ丘に 引っ越してきた。そこには、思い描いていた生活とはちょっと違う現実が あった・・・。いじめ、家族問題、親子問題、教育問題など、さまざまな 難問が降りかかる。はたして、「希望ヶ丘」は、彼らの「希望」になり得るのか?

「話題がてんこ盛り。」まずそう感じた。今の世の中のいろいろな問題を 含んでいる。それがごちゃごちゃにならずにきちんと整理整頓されて この作品の中に収まっているのには感心させられるが、少々欲張りすぎ かも・・・。「理想」と「現実」にはギャップがあり、世の中は思い通りに ならない厳しいものだということはよく分かる。登場人物たちがそういう 厳しい現実にさらされる場面では、読み手も喜怒哀楽が激しくなってしまう。 けれど、ちょっと話ができ過ぎていて不自然ではないのか?ストーリーを凝るのは いいけれど、読み手が頷けるような地に足をつけた話でなければ、心の底から 共感はできない。「泣かせよう。」「感動させよう。」そういう意図が見え隠れする 文章は、逆に興ざめしてしまう。その点が少々残念だが、全体的には面白い作品に 仕上がっていると思う。


  乱反射  貫井徳郎  ☆☆☆☆
「我が子はなぜ死ななければならなかったのか!?」
2歳の息子を事故で失った父親の悲痛な叫びは、誰の耳にも届きはしない・・・。 ひとりひとりの何気ない行動が、やがてひとりの幼い男の子の命を奪う結果に なるとは!!衝撃の問題作。

「乱反射」というタイトルを良くぞ付けた!
ひとりひとりの身勝手な行動がある1点で交わったとき、悲劇は起こった。 かけがえのないひとり息子の命が奪われたとき、父親は真相を求め奔走する。 だが、父親が真相を追い求めようとすればするほど、理不尽な思いが膨らんで いくばかりだった。それぞれの人たちがとった行動は、ほんのささいな、「悪」 とは呼べないようなものばかりだったのだ。「自分は悪くない!」そう声高に 言い張る人たちを前にとまどい、「誰に怒りを向ければいいのか!?」と叫ぶ、彼の 悲痛な声が聞こえてくるようだ。
「もしかしたら、私の何気ない行動も誰かの不幸につながっているのではないか?」 そんな思いにとらわれ、心配になる。「このくらいならいいだろう。」「これくらい なら許されるだろう。」そういう自分勝手な判断が、取り返しのつかない悲劇を招く・・・。 実際に同じようなことがありそうで、何だか怖い。さまざまな問題を含んでいて、 いろいろと考えさせられた。読み応え充分!面白い作品だった。


  ドラゴン・ティアーズ  石田衣良  ☆☆☆☆
ひとりの少女の失踪が、250人の研修生の強制国外退去という最悪の 事態を招くかもしれない。タイムリミットは1週間。少女の捜索に乗り 出したマコトだが、中国の貧しい農民の衝撃的な実態を知ることになる・・・。 表題作「ドラゴン・ティアーズ」を含む4編を収録。IWGPシリーズ9。

貧しい者、弱い者はいつだって虐げられている。中には、底辺からはい上がる ことなんて不可能だとあきらめてしまった者さえいる。この作品に登場する そんな人たちに救いの手を差しのべるマコトやGボーイズのメンバーたち・・・。
懸命に生きている女性を食いものにするヤツ、ホームレスたちの弱みに付け込み 自分の利益を貪ろうとするヤツ、中国から働きに来た貧しい者たちを利用しようと するヤツ・・・などなど。そんな悪いヤツに制裁を加えるマコトたちは、まさに 「池袋の正義の味方」だ。読んでいてやりきれない思いを味わう描写もあるけれど、 どこかで救いがあることに安堵する。その一方で、マコトの母の行動力にはとても 驚かされた。さすが!マコトの母!!
今回も期待通りの面白さだった。次回作を 期待したい。


  風花病棟  帚木蓬生  ☆☆☆
心や体に傷を負い苦しんでいるのは患者だけではない。医者も同じ ことだ・・・。さまざまな医者や患者の心のひだを繊細に、そして 切なく描き出した10編を収録。

死と向き合う患者を見守る医者。患者の苦悩を和らげようと努力する 医者。乳癌に罹り必死に不安と闘う医者。顔を失った妻と妻を支える 夫を見つめる医者。引退を間近に控えた医者・・・。いろいろな医者がいて、 いろいろな患者がいる。さまざまな人間関係の中にあるさまざまな悲哀を 作者は温かなまなざしで見つめ、描いている。中には切ないだけの話もある けれど、人間として目をそむけてはいけない問題を含んでいるのだと、おのれ 自身に言い聞かせながら読んだ。心や体が病んでしまったら、人はいったい どうすればいいのか?この作品の中に描かれているいろいろな人の生きざまが、 その答えになっている。「静かでおだやかな中にも、強く心を揺さぶられる ものがある。」そういう印象の作品だった。


  春の嵐  池波正太郎  ☆☆☆☆
八百石の旗本が斬殺されるという事件が起こった。曲者は「秋山大治郎」と 名乗って立ち去ったが、大治郎はこの時刻には父小兵衛と夕餉を共にしていた。 大治郎を名乗り人を殺めたのは何のためか?その真相を探るべく動き始めた 小兵衛たちだが、事件はこれだけでは終わらなかった・・・。「剣客商売」 シリーズ10。

大治郎を名乗り人を殺め続ける曲者の正体は?その背後には何があるのか? 小兵衛、弥七、徳次郎らが、手がかりを求め奔走する。中でも徳次郎の執念は すさまじく、曲者を見つけ出すためには己の命さえ懸けようとする。また、 笹野新五郎、杉原秀、飯田粂太郎なども協力を惜しまない。小兵衛・大治郎父子が いかに皆から慕われているかがうかがえ、人と人との絆の深さには、胸を 打たれるものがあった。やがて、徳次郎の努力が実を結ぶ時が!!
さまざまに変化する状況、知らぬ間に迫る危機。いったい秋山父子はどう立ち 向かっていくのか?作者の巧みなストーリー展開は、この作品を魅力あるものに 仕上ている。最初から最後まで楽しめる、読み応えのある面白い作品だった。


  スノーフレーク  大崎梢  ☆☆☆
6年前の不幸なできごと・・・。そのときに逝ってしまった速人のことを 忘れられない真乃だが、高校卒業を間近に控えた或る日、彼とそっくりな 青年に出会う。「もしかしたら速人は生きている?」真乃は速人の死の真相を 調べてみることにしたのだが・・・。

車で海に飛び込み一家心中するという衝撃的なできごと・・・。家族の中で 一人だけ遺体が見つからなかった速人。真乃は、速人の死を心の底から信じる 気持ちにはなれなかった。そこにあらわれた速人にそっくりな青年を見て 心が揺らいだのは、仕方のないことだと思う。速人の死に、いったいどんな 事実が隠されているのか?真乃が真実に迫っていく・・・。読み手としてもすごく 気になったが、ふわふわとした読み心地で少々現実味に欠ける点もある。全体的に 少女漫画的ロマンチックミステリーという感じだ。。大人向けというより少女向けの 小説のような気もしないではない。ラストは意外性があったが、完全に納得できるものでは なく疑問も感じる。作者がこの作品にどんな思いを込めたのかはあまり伝わって来ないが、 まあ、それなりに楽しめる作品だとは思う。


  待ち伏せ  池波正太郎  ☆☆☆
「親の敵!」そう叫びながら大治郎に切りかかった二人組の男。だが、人違いだと 分かり逃げ去ってしまう。「いったい誰と間違われたのだろうか?」気になった大治郎が 調べてみると、ひとりの男の思いがけない過去が浮かび上がってきた・・・。表題作 「待ち伏せ」を含む7編を収録。「剣客商売」シリーズ9。

6編の中で一番印象に残ったのは「待ち伏せ」だった。「人違い」からある敵討ちを知り、 見過ごせなくなった大治郎。彼の正義感が、ひとりの男の醜い過去を暴きだしていく。 「人は見かけによらない。」そのことをあらためて考えさせられた。
「或る日の小兵衛」は秋山小兵衛のある一日の様子を描いたものだが、彼の若かりし頃も 描かれていて面白かった。小兵衛の意外な面が垣間見える。
「討たれ庄三郎」では、「身分」というものの理不尽さを感じた。罪をかぶった庄三郎に対し 哀れさを感じると同時に、「上の者は何をしても許されるのか!?」という憤りも感じた。
今回も期待を裏切らない面白さで、読後満足感を味わえた。そうそう、三冬に子供ができた! ますますこれからが楽しみだ♪


  狂乱  池波正太郎  ☆☆☆
身分が低いのに剣の腕は強すぎるくらい強い。上司のねたみは、石山甚市に 手ひどくはね返ってくることになる。親にも恵まれず、孤独感を抱きながら やがて彼は変貌していく。「狂っているのでは?」と思うほどの残虐さの中に 隠された彼の本質を見抜いたのは、秋山小兵衛だった。表題作「狂乱」を 含む6編を収録。「剣客商売」シリーズ8。

今回の作品では、「人の心」について考えさせられた。表題作「狂乱」では、 恵まれぬ環境やほかの者からのひどい仕打ちで心がゆがんでしまった男を描いて いるが、もし彼に理解者がいればそこまで心がゆがまなかったのでは・・・と思う。 秋山小兵衛が気づいたときには、事態はどうにもならないところまで追いつめられていた。 哀れというよりほかない。また、「仁三郎の顔」では、仁三郎の徳次郎への思いと 大治郎への思いが極端に違い、憎悪と恩義の間を心が行ったり来たりする描写が 面白かった。
この作品を読んでいると、さまざまな人間ドラマからさまざまな人たちの心が見えてくる。 ほのぼのとする話ばかりではなく、時にはぞくっとする話もあるけれど、どれも 読み手を惹きつける話ばかりだった。


  アナン  飯田譲治・梓河人  ☆☆☆
初雪が降ったら死のうと決めていた記憶喪失のホームレス流(ながれ)。 だが、ゴミ捨て場で生まれたばかりの赤ん坊を拾ったことから、彼の 運命は大きく変わり始める。アナンと名づけられた赤ん坊には、不思議な力が あったのだ・・・。

人は、それぞれ心に抱えているものが違う。哀しみを心の奥深く閉じ込め平気な顔をして いても、決して忘れ去ることのできないことがある。アナンは、そんな人たちの心を 開いてしまう能力を持つ。誰もが、彼の前では自分を偽れない。そのことは、本当に 人々の救いになるのか?また、そのことによるアナン自身の苦悩はどうなってしまうのか? ユーモアあふれる描写もあるが、たまらなく切なく、心が激しく痛む描写もあった。 流や、ホームレスの人たちの希望の星だったアナン。さまざまな人たちの思いが 心に注ぎ込まれ、アナンは成長していく。そして、彼は素晴らしい才能を発揮する。 彼の瑞々しい感性が指先からあふれ出し、それは形となって人々を感動させる。 アナンが有名になればなるほど、流との関係は・・・。ラストはホロリとした。 心の中にポッと灯がともるような温もりを感じる作品だった。


  虹を操る少年  東野圭吾  ☆☆☆
「生まれたばかりの息子は、一瞬光ったように見えた・・・。」
父親に光瑠と名づけられた少年は、やがて天才的な力を発揮する。 「光楽」と呼ばれる彼独自の音楽は、聴く者すべての心に感動を与えた。 だが、感動を与えることが真の目的ではなかった・・・。光瑠の心に秘められた 計画とは?

人と違う能力を持つことで周りの人たちから特異な目で見られ、特別扱いされる。 それがはたして幸せなことだろうか。光瑠の持つ特殊な力に反応し彼を崇める 人たちがいる一方で、彼の力を利用し私欲を満たそうとする者たちがいる。 このふたつの流れは、光瑠が望む望まないに関わらず、彼を飲み込んでいく。 追う者と追われる者の攻防は、読み手をハラハラさせる。光瑠はこれからどうなるのか? 期待しながら読んだが、ラストは「これで終わりなの!?」と叫びたくなってしまうものだった・・・。 「この終わり方は是か非か?」そう思うが、考えようによっては、こういう終わり方が ベストなのかもしれない。それにしても、光瑠の奏でる音楽を実際に聴いてみたいものだ。 聴けないのがとても残念!!


  新参者  東野圭吾  ☆☆☆☆
小伝馬町でひとり暮らしをしていた45歳の女性が、何者かに絞殺された。 彼女はなぜ殺されたのか?彼女を殺したのは誰なのか?練馬署から日本橋警察署に 移ってきたばかりの加賀恭一郎の鋭い洞察力が、事件の真相を暴いていく。犯人は・・・?

最初は単なる短編集だと思った。だが、読み進めるうちに、どの話もあるひとつの 事件に関わっていることに気づく。初めのうちは、「こんなことまで聞き込みして、 事件解決にどうつながっていくのだろうか?」と疑問に感じたが、作者は見事な 構成力でばらばらの話を事件の真相へと収束させていく。加賀の、「何気ない行動に 隠された真実を見抜く力」がしだいに犯人に迫っていく様には、ワクワクさせられた。 「新参者」だからこそ見えるものもあったのだ。また、さりげないやさしさを 見せるその人情味あふれる加賀の人柄も魅力的だった。読後も満足感を充分味わえる、 面白い作品だと思う。


  私が殺した少女  原ォ  ☆☆☆
私立探偵の沢崎は電話で依頼を受け真壁邸を訪問するが、待ち受けていた 刑事たちにいきなり誘拐犯として逮捕されてしまう。いやおうなしに誘拐事件に 巻き込まれていく沢崎。だが、この誘拐事件には複雑な事情が隠されていた・・・。

この作品では、最後まで犯人の姿は見えてこない。動機もはっきりとはしない。 登場人物の中に犯人はいるのか?それぞれの人間の抱える事情の中に、犯行に 結びつくものはあるのか?先が気になり、ページをめくる手が止まらなかった。 しだいに絞り込まれる容疑者だが、作者は最後に意外な結末を用意していた。 ほんのささいなできごとがやがて大きな渦となり、さまざまな人たちを巻き込んで いった。最後に残ったのは、少年の傷ついた心だけか・・・。やや冗長的な部分も あるが、しっかりとした構成と巧みなストーリー展開で、読み応えのある作品に 仕上がっていると思う。


  ロードムービー  辻村深月  ☆☆☆☆
小学5年生の春、トシは「嫌い」とか「近づかない方がいい」と 言われていたワタルと友達になった。その時からクラスメートのトシに 対する態度が変わり始めた。どんなことがあってもワタルとの友達関係を 続けていこうと決心したトシだったが、ある日思いも寄らぬことが起こった。 表題作「ロードムービー」を含む3編を収録。

「冷たい校舎の時は止まる」に登場した人物たちに再び会うことができ、何だか なつかしい気持ちになった。もちろん、「冷たい・・・」を読んでいなくても 充分この作品を味わうことはできる。
トシとワタルの物語を描いた「ロードムービー」、塾の生徒千晶とバイトの先生の ふれあいを描いた「道の先」、心に傷を負った少年ヒロと彼の力になりたいと 思う少女みーちゃんを描いた「雪の降る道」、3編どれもよかった。
自分ではどうにもできないことがある。そんな時、幼い心はおびえ、とまどい、 不安に押しつぶされそうになる。そこに、誰かが手を差しのべてくれたなら・・・。 作者はどうして弱い者の心をこんなにも巧みに表現できるのだろうか。登場人物たちの 悩み、苦しみ、不安、そして心の震えまでが、手にとるように伝わってくる。読んで いくうちにどんどん感情移入していく自分が止められなかった。
哀しく切ないストーリーの中に、ほっとする救いとほんのりとした温もりがある。 そんな珠玉の短編集だった。


  隠れ蓑  池波正太郎  ☆☆☆
目の見えぬ武士と、その武士を助けいたわる老僧。旅の途中でふたりに 出会った大治郎は、強く心を揺さぶられる。だがこのふたり、実は 仇討ちの敵同士だった!彼らに危機が迫ろうとしたとき、小兵衛、 大治郎父子が立ち上がる。表題作「隠れ蓑」を含む7編を収録。 「剣客商売」シリーズ7。

表題作「隠れ蓑」では、人の心の不思議さや絆というものについて考え させられた。老僧は、盲目の武士にとっては親の仇だった。彼は、自分が 討たれる前に隙を見て、盲目の武士を倒すこともできただろう。だが、それを しなかった。盲目の武士を守ることに、おのれの人生の全てをかけたのだ。ふたりの 間には信頼関係が生まれ、固い絆で結ばれていた。もし武士が、老僧の 正体を知ったとしたら・・・。何も知らずに終わってしまったことが本当に いいことなのか、やりきれない思いがした。
7編どれもが味のある話 だった。「徳どん、逃げろ」では、傘屋の徳次郎への八郎吾の思いにほろりと させられた。読後、強く余韻が残る話だった。
さて、小兵衛、大治郎父子は、 次にどんな活躍を見せてくれるのか?とても楽しみだ。


  新妻  池波正太郎  ☆☆☆
東海道御油の宿場で秋山大治郎が出会ったのは、一字違いの秋山大次郎だった。 藩の公金を盗んだ罪を着せられた大次郎は、幕府の評定所へ出向く途中であった。 夫を励ますため大次郎の新妻のとった行動に、大治郎は激しく心を揺さぶられる。 表題作「新妻」を含む7編を収録。「剣客商売」シリーズ6。

このシリーズ6で、ようやく大治郎と三冬が夫婦となった。「品川お匙 屋敷」の話では、三冬が密貿易に関わる一味に捕らえられてしまう。激しい 怒りに身を震わせる大治郎だが、一方では三冬が自分にとってかけがえの ない存在だと強く意識する。この事件が無事解決した後、ふたりの婚礼が 行なわれた。剣客ファンはほっとしたのではないだろうか。結婚後の三冬の、 女性としての微妙な変化もほほえましく面白い。
どの話も人情味があり温もりがある。また、正義とおのれの信念を貫く秋山 父子の活躍は胸がすく思いだ。中でも特に印象に残ったのは、「金貸し 幸右衛門」と「いのちの畳針」だ。幸右衛門の思いが、秋山小兵衛を通して 「いのちの畳針」に登場する植村友乃介へと伝わっていく。そのことが静かな 感動となって心にしみてくる。
全体的に、しっとりとした味わいのある作品だった。


  フェルマーの最終定理  サイモン・シン  ☆☆☆☆
17世紀にひとりの数学者が示したひとつの命題は、350年間証明されることは なかった・・・。数々の数学者が挑んでは敗れ去った「フェルマーの最終定理」が、 ついに完全証明される日が来た!天才数学者ワイルズは、どのようにしてそこに到った のか?数学の歴史とともに語られた、衝撃のノンフィクション。

数学の答えは完全明解。その潔さが好きだった。問題を解き始めるときのワクワク感や 解けたときの達成感は、何ものにも替え難い。この作品は、数学好きの人には たまらない作品だと思う。もちろん、数学が苦手だという人にも分かるように、とても ていねいにやさしく書かれている。
フェルマーがこの世に残し、350年もの間証明されることのなかった超難題「フェルマーの 最終定理」。それをワイルズが完全証明できたのも、先人たちが道筋をつけてくれたおかげだと 思う。過去にいろいろな人たちが土台を築いてくれた。ワイルズはその上に最後の建物を築いた のだ。そのいろいろな人たちの中に、ふたりの日本人がいた。ワイルズが完全証明するために 必要だった「谷山・志村予想」の中に、その名前を残している。ワイルズの偉大な業績の陰に ふたりの日本人がいたことは、同じ日本人としてとても誇らしい。
何年にも渡る紆余曲折を経て、ついにワイルズは「フェルマーの最終定理」を完全証明した。 それはとても感動的だ。読んでいて思わず「やった!」を叫びたくなるほどだった。
数学界における感動的で歴史的なできごとを、ぜひ多くの人に読んでもらいたい。


  卒業  東野圭吾  ☆☆☆
卒業を控えた大学4年の秋、仲のよかった男女7人に悲劇が襲いかかる。 アパートの一室で、その部屋に住む祥子が遺体となって発見されたのだ。 自殺か?他殺か?密室状態の部屋で起こった事件は、さらに次の事件を引き 起こした・・・。刑事になる前の学生時代の加賀恭一郎が登場!

密室での祥子の死。そしてさらなる悲劇が・・・。密室のトリックといい、 次の事件のトリックといい、発想が見事だった。茶道にまつわるトリックは、 何度も何度も読み返した。茶道の「雪月花之式」はこの作品で初めて知ったので、 とても興味深かった。この作品はミステリーとしての面白さも充分だったし、 大学4年の、社会に巣立とうとしている男女の青春物語としても、読み応えがあった。 友情や信頼関係の問題、そして、お互いがお互いを理解し合っているという確信が 揺らいでいく様など、読んでいてほろ苦さも味わった。
教師を目指していたはずの加賀恭一郎がなぜ父親と同じ職業を選んだのか? その理由は「悪意」という作品の中で明かされているので、そちらもぜひ♪


  最悪  奥田英朗  ☆☆☆☆
鉄工所を経営する川谷は、不況下での仕事の減少、取引先の無理な 注文などで悩んでいた。さらに追い討ちをかけるように、近隣の住民との 間に騒音問題が生じていた。銀行員の藤崎みどりは、妹や家族の問題、 上司のセクハラで悩んでいた。野村和也は、ヤクザとの間に問題が生じ、 それを解決しなければならない状態に追い込まれていた。まったく関係のない 3人が接点を持ったとき、事態は思わぬ方向に転がり始めた。はたして、3人の 運命は?

誰もが、自分の置かれている立場や状況を好転させたいと思っている。だが、 もがけばもがくほど泥沼にはまり込んでしまう・・・。この作品に登場する 3人は、まさにそんな状態だった。努力がまったく報われない。状況はどんどん 悪くなるばかりだ。坂道を転がり落ちるように、3人はあっという間に「最悪」の 状態に陥る。追いつめられていく過程や、それぞれの心理描写は見事だった。 特に、川谷の描写はすごい。動悸や息遣いが、読み手側に伝わってくるような迫力が あった。3人の接点、そしてそこからのラストへの展開もよかった。「いったい どうなるのか?」そのハラハラ感がたまらない。読後もすっきりとしていて 好感が持てる。分厚いけれど、一気読みさせるほどの面白さを持った作品だった。 満足♪


  水に眠る  北村薫  ☆☆
会社の同僚に誘われて行ったお店で飲んだ水割りは、不思議な味わいだった。 マスターが、「この人になら。」と思ったお客にだけ出す水割りの秘密とは? 表題作「水に眠る」を含む10編を収録。

評判がいい短編集ということで読んでみたが、私にはあまり合わない 作品だった。中には、「植物採集」のように女心を絶妙に描き面白いと 思ったものもあるが、ほかの話は受け入れがたいものがあった。 「くらげ」の話は星新一さんのショートショートを思い起こさせるが、 星作品のような完成度には到っていないのではないだろうか?「矢が三つ」は 一妻多夫のような話だが、作者が何を言いたいのかが伝わってこない。 どの話も中途半端な印象が強い。読み手側に響いてくるものがない。いろいろな方が この作品を絶賛しているが、どうも私には理解できない。今まで読んだ北村作品とは まるで違う。異色だ。これから北村作品を読もうと考えている人は、この作品を 最初に読む作品に選ばないほうがいいと思う。


  冬のオペラ  北村薫  ☆☆☆
叔父の会社で働いている姫宮あゆみは、同じビルの中に探偵事務所ができた ことを知る。自称名探偵の巫(かんなぎ)弓彦は、仕事がないときはさまざまな アルバイトをしていた。行く先々で彼の姿を見かけ気になっていたあゆみは、ある日 思いきって事務所を訪ね、彼の記録者に志願する。巫とあゆみ、ふたりが出会った 3つの事件を収録。

あらぬ疑いをかけられた女子大生を救う「三角の水」、蘭の花をめぐる二人の女性を 描いた「蘭と韋駄天」、大学構内で起きた殺人事件の謎を解く「冬のオペラ」、この 3編どれもが楽しめる話だった。中でも表題作の「冬のオペラ」は心に残る話だった。 ふたつめの話に登場した椿雪子が再び登場する。彼女の職場である大学構内で起こった 殺人事件は、奇妙で謎に満ちたものだった。巫はひとつひとつ事実を積み重ね、やがて 真実にたどりつくのだが、真相と同時にある一人の人間の苦悩をも知ることになる。 殺意を抱くほどのひどいできごとがあったのだ。これには同情すべき点もあると思う。 だが、巫のひと言が、犯人との間に明確な線を引く。
「わたしは探偵で、あなたは犯人です。」
巫の探偵としての誇りを感じさせる言葉だ。解決した事件の数は限りなく少ないが、 巫は心の底から名探偵だった。彼の活躍をもっと読みたいと思う。そして、彼のことを もっと知りたいと思う。作者にぜひ頼みたい。


  きのうの神さま  西川美和  ☆☆☆
父が倒れたという知らせを受け、病院に駆けつけた慎也。「兄は来るだろうか?」 慎也の兄は父を尊敬し、父と同じ職業の医師をめざしたのだが、あるできごとが きっかけでまったく別の人生を歩み始めた。長いこと会っていない兄との再会は? そして父の様態は?「ディア・ドクター」を含む5編を収録。

5編の中で一番印象に残ったのは「ディア・ドクター」だ。父を尊敬し 父と同じ医者をめざしたけれど、結果的にまったく別の人生を歩むことに なった兄。それは父の態度に大きく関係があった。兄が父を尊敬すればするほど、 父は兄に背を向けた・・・。父の心情は語られていないが、おそらく戸惑う 気持ちがあったのではないだろうか。「自分はそんな人間ではない。」そういう 思いが心の中に渦巻いていたに違いない。純粋な気持ちで尊敬のまなざしを 向けられ、うろたえる父の姿が目に浮かぶようだ。父は兄が嫌いなわけでは なかったと思う。むしろ、愛情を持って見つめていたはずだ。ちょっとした心の すれ違いが父と息子の間に大きな溝を作ってしまったが、新たな絆がまた生まれて いくのだろうという期待を持つことができるラストで、ほっとさせられた。 そのほかの4編も、味わい深い話になっている。会話の描写も絶妙で、息づかいまで 伝わってくるような生々しさを感じた。さまざまな人間ドラマがちりばめられている、 読み応えのある作品だった。


  ふちなしのかがみ  辻村深月  ☆☆☆
「あこがれの高橋冬也と自分の未来を知りたい!」
香奈子は、友だちから聞いた方法で自分の未来を鏡に映してみた。 そこで見た一人の少女は?彼女はしだいに、現実の世界と鏡の中の 世界との区別がつかなくなる。そして・・・。未来を変えたいと思い 始めた香奈子を襲った戦慄のできごととは?表題作「ふちなしのかがみ」を 含む5編を収録。

「ふちなしのかがみ」のラストには衝撃を受けたが、それよりも怖かったのは 「踊り場の花子」だった。じわじわと迫り来る得体の知れない恐怖。否定したく てもできない状況に追い込まれていくひとりの男。ラストに待っているものは・・・。 思い出しただけでも、ぞくっとする。また、「八月の天変地異」は、怖さよりも むしろほのぼのとしたものを感じた。この3編は面白かった。けれど、「ブランコを こぐ足」「おとうさん、したいがあるよ」は、作者の意図がまるで分からなかった。 特に「おとうさん、したいがあるよ」の話は意味不明と言ってもいいくらいだ。 5編の話を比べると、よくできている話とそうでない話との差が大きい。大き過ぎる。 そこが読んでいて残念だった。


  不連続の世界  恩田陸  ☆☆☆
現実のはざ間にひっそりと潜む恐怖。気づいたとき、人は何を思い どう行動するのか?日常生活の中で塚崎多聞が経験した不思議で ちょっぴり怖いできごととは?5つの短編を収録。

当たり前のことが当たり前でなくなる。「こういうものか。」と思っていたことが、 根底からひっくり返される。日常生活の中に不気味にひそむ落とし穴のような、 そんな感じのする作品だった。5編どれもが個性的な光を放っている。その中で 印象的だったのは、「幻影シネマ」と「夜明けのガスパール」だ。「幻影シネマ」では、 ある男の苦悩が描かれている。傷ついた心が記憶を作り変える・・・。現実の世界でも ありそうな話だ。「夜明けのガスパール」は衝撃的だった。心が作り出す、ゆがんでいて 虚構に満ちた世界。その世界に身をゆだねようとする多聞。ラストでは、この話を読みながら 心の中で構築してきたものが、ガラガラと音を立てて崩れていくような感覚を味わった。 驚きと感嘆に満ち溢れている恩田陸が作り出す世界。それを充分に堪能できて満足だった。


  年下の男の子  五十嵐貴久  ☆☆☆
川村晶子37歳。結婚をあきらめたわけではないけれど、彼女は思いきって マンションを購入する。翌日、会社でトラブル発生!晶子は14歳年下の 児島達郎と一緒にトラブル処理にあたるが、そのことがきっかけでふたりの 関係は微妙な方向へと進んでいく。はたしてふたりの恋の行方は?

晶子は思う。「年下にも限度がある。」だが、14歳年下の「児島くん」は、 まっすぐに晶子に向かって突き進んでくる。周りの状況も、年齢のことも、 彼には関係ない。好きだと思ったら一直線。若さだ!これほどストレートに、 相手に自分の情熱をぶつけることのできる彼がうらやましい。年をとるとどうしても 「世間のしがらみ」に縛られてしまう。晶子もそうだった。自分の気持ちに正直に なれず、一歩が踏み出せない。彼女の揺れ動く心に、読み手も一喜一憂してしまう。 切ない女心に、ホロリとする場面もあった。「がんばれ!」思わず声援を送りたくなる。 「いったいどんなラストが待ち受けているのか?」読んでいて、期待は高まるばかり。 そして、ラスト・・・。さすが晶子さん!一味違う行動でした♪読後感もよく、楽しめる 作品だと思う。


  白い鬼  池波正太郎  ☆☆☆
「かわいい弟子が15年ぶりにやって来る。」
秋山小兵衛は楽しみに待っていた。だが、弟子の竜野庄蔵は無残にも 斬り殺されてしまった。一方、江戸市中では3人の女がむごい殺され 方で命を奪われた。このふたつの事件に関係する人物とは・・・。 表題作「白い鬼」を含む7編を収録。「剣客商売」シリーズ5。

「剣客商売」シリーズの中には、時々ぞっとするような怖ろしい人物が 登場する。表題作「白い鬼」に登場する金子伊太郎もそういう人物の ひとりだ。生い立ちには同情すべきところもあるが、そのゆがんでしまった 心はもはや人の心ではなく、まさに鬼の心だ。この鬼に立ち向かう小兵衛の 心情はいかばかりか・・・。人は、状況しだいで善にも悪にもなる。 そのことをあらためて強く感じた。
また、この作品の中には、佐々木三冬の縁談話を描いた「三冬の縁談」と いう話もある。大治郎と三冬の関係もますます微妙になってきた。 もうそろそろだろうか・・・。
ますますこのシリーズにのめり込んでいく(^^;


  天魔  池波正太郎  ☆☆☆
8年ぶりに秋山小兵衛のもとに現れた笹目千代太郎。色白で優しげな 美しい顔だちだが、心には残虐さを秘めていた。次々に道場を襲い 試合相手を殺していく千代太郎に、秋山父子はどう立ち向かって いくのか・・・。表題作「天魔」を含む8編を収録。「剣客商売」 シリーズ4。

この作品も期待に違わず面白かった。「天魔」では、人を殺すことになんの ためらいもない、それどころか楽しんでさえいるような笹目千代太郎が登場する。 はたして秋山親子は勝てるのか?緊迫感が漂う話だ。そうかと思えば、男色を描いた 「夫婦浪人」のような面白い話もある。ラストはちょっとほろ苦いのだが・・・。 また、「箱根細工」のように親と子の関係について考えさせられる話もあった。 この話に登場する横川彦五郎にもう少し親としての愛情があれば、彦五郎の息子の 人生も違ったものになったと思う。
8編どれもが読んで楽しめる。さまざまな人の人生が織りなすドラマは味がある。 秋山親子のこれからの活躍も楽しみだ。


  エリザベスは本の虫  サラ・スチュワート  ☆☆☆
生まれてすぐに字を覚え、エリザベスは本の虫。読んで、読んで、読んで、 読みまくる。気づいたときには、家の中は本だらけ。 ドアも開かない状態に・・・。 「さて、この状況をどうするか?」エリザベスのとった行動は?

絵本なので、あっという間に読んでしまった。けれど、その後何度も読み返した。 読めば読むほど味のある絵本だ。文章は妻が、絵は夫が。夫婦合作の絵本は、 ほのぼのとした温かさを読み手に与えてくれる。本が大好きなエリザベス。 周りを本に囲まれて、ひたすら読書の生活は、本好きな私にとってはうらやましい。 ただひとつ気になるのは、彼女が恋人を作ったりしなかったこと。うーん、やはり 本が恋人だったのか・・・。本を読んでいるときの彼女の表情は、とても素敵だ。 私もエリザベスのように、おばあさんになっても本を読み続けたいと思う。
本好きな人にぜひ読んでもらいたい作品だ。


  ドント・ストップ・ザ・ダンス  柴田よしき  ☆☆☆
にこにこ園の園児浩太郎の父親が何者かに襲われ、意識不明に!失踪した 母親の行方を追う慎一郎だが、さまざまな人のしがらみや事情が絡み合い、 事態は思わぬ方向に・・・。果たしてその結末は?花咲慎一郎シリーズ5作目。

おなじみの人たちにまた会えた♪でも、山内練の登場シーンが少なく残念!!
園児の父親並木の襲撃事件と城島からきた依頼はつながっているのか?並木の 妻が失踪した理由は?たくさんの謎が絡み合いもつれ合い、先が気になる展開に なっている。前半はテンポがよくスムーズに読み進めることができたが、ラスト 近くの展開は少々緩慢な感じで、読むペースが落ちてしまった。「こういう展開は ありかな?」と、ちょっと疑問に感じるところもあったし、強引に話をまとめようと している不自然さを感じるところもあった。表紙の帯に「シリーズ最高の どんでん返し!」とあったが、驚くほどのものではない。それよりも、女医の奈美に 関わるできごとの方がよっぽど驚いた。全体的にはまあまあで、それなりに楽しめる 作品だとは思う。


  盤上の敵  北村薫  ☆☆☆☆☆
妻友貴子を人質にして我が家に立てこもった殺人犯。しかも彼は猟銃を持っている。 夫である末永純一は、警察には内緒で極秘に犯人と直接交渉する。はたして彼は、 無事に妻を救出できるのか?ラストには、驚愕の真実が待っていた!!

この作品を読んだ感想をひとことで言うのなら「衝撃」だろう。本当に、 これほど衝撃を受けた作品はあまりない。人質となっている妻をいかに無事に 救出するか?孤軍奮闘する純一の妻を思う心には、胸を打たれる。だが、その 裏に隠された真実には驚愕させられた。
何の理由もなく、人が人に対し憎悪をむき出しにする。「ただそこに存在する。」 そんなことが憎悪の理由になる。こんな恐ろしいことがあるだろうか。 「つらい、つらい、つらい。」読み進めるのがつらかった。ある人間の悪意が 残酷なできごとを引き起こす。「どうしてここまでするのか?」読んでいて、 怒りと同時に恐ろしさを感じる。その人間の残酷さはの象徴は、あとがきで 作家の光原百合さんが述べているように、私も「第3部中盤戦第8章」の「蚊」の 描写だと思う。状況を直接的に表現するより、この方が何倍も衝撃的だ。
作者がこの作品の冒頭で、「物語によって慰めを得たり、安らかな心を得たいと いう方には、このお話は不向きです。」と述べていることが、しだいに鋭い痛みを 伴った実感となって迫ってくる。
そしてラスト・・・。人の悪意や残酷さと人質事件がどう結びついていくのか? 真相が分かったときにはあ然とした。同時に、作品の中に巧みに張りめぐらされていた 伏線に気づき驚いた。見事なストーリー展開だった。
はたしてこの後ふたりはどうなっていくのか?決して平坦な人生ではないと思うが、 幸せになってほしいと願わずにはいられない。
ミステリーとしても、人間的なドラマとしても、読み応えのある作品だった。 オススメです!!


  鷺と雪  北村薫  ☆☆☆☆
そこにいるはずのない人が写真に写っている!能楽堂で「鷺」を演じた 万三郎が、いつもはつけない面をつけていた!作家芥川龍之介の体験した ドッペルゲンガーとは?英子とベッキーさんの謎解きの結末は? 「鷺と雪」を含む3編を収録。「街の灯」「玻璃の天」に続く、シリーズ3作目。

3編どれもが期待どおりの面白さだった。「鷺と雪」のほかに、突然失踪した 華族の男の謎を追う「不在の父」、真夜中に出かける少年の目的を探る「獅子と 地下鉄」の話がある。この中で一番心に残ったのは「鷺と雪」だった。さまざまな 謎を解き明かす面白さに酔いしれていると、ラストで突然刃を突きつけられるような 衝撃に襲われる。英子やベッキーさん、そして彼女らを取り巻く人たちのおだやかな 生活が、このままずっと続くかに思われたのだが・・・。残酷な時の流れが、 否応なしに人々を飲み込んでいく。暗い時代の幕開けを予感させる終わり方に、 ただ呆然とするのみだった。このシリーズがこういう形で終わるとはまったく 予想していなかっただけに、強烈な余韻が残る作品となった。


  ころころろ  畠中恵  ☆☆☆☆
「大変だ!若だんなの目が見えなくなった!!」
大事な大事な跡取り息子の一太郎の目が突然見えなくなり、長崎屋は 大騒ぎ。手代の仁吉と佐助はその原因を探るべく行動を開始するのだが・・・。 五つの話を収録。「しゃばけシリーズ」第8弾。

一番最初の話「はじめての」は、一太郎が12歳のときの話だ。「なぜそんな 昔の話を今頃?」という謎は、読み進むうちに徐々に解き明かされていく。 五つの物語は連作のようになっていて、ちゃんとつながっていくのだ。 若だんなの目から光が奪われた原因は、思いもよらぬことだった・・・。
人間でも妖でも、思いのままにならないことはある。そして、神さえも自分の思い 通りにはできないことがある。過ぎ去ってしまった時間、去って行った愛しい人。 取り戻せないつらさや悲しさを味わうのは人間だけではない。不変なものなど この世の中にはない。時は流れ、人は年を取っていく。出会いがあれば別れがある。 だからこそ、今を大切に生きなければならないと思う。おかしさの中にもホロリと したものを感じさせる作品だった。


  出生率0  大石圭 
人間の受精卵が、細胞分裂をやめた・・・。
そのときから人類は滅亡の道をたどりはじめる。未来の見えない世界で 人はどう生きていくのか?近未来を舞台に、人類滅亡という恐怖を描いた 作品。

人類の数を示すカウンターの数字が、毎日恐ろしいほどの速さで減っていく。 だが、誰ひとりとしてそれを止めることはできない。人類は滅亡への道を 突き進むしかない。子孫に残す必要のあるものはもう何もない。こういう状況に 置かれたら、人はどうなってしまうのだろう?興味津々でこの作品を読み進めたが、 期待していたほどではなかった。すさんでいく状況を書きたかったのだろうが、 作者の描く世界があまりにも異常でリアリティーがなく、人類滅亡という危機的な 状況と結びついていかない。また、この作品の中ではさまざまなエピソードが 述べられているが、そこには何の脈絡もなくただの羅列になってしまっている。いったい 作者は、何を読み手に伝えようとしているのか?まるで理解できなかった。読後は 共感も感動もなく、不快感だけが残った。


  生還  大倉崇裕  ☆☆☆
北アルプス黒門岳で一人の女性が遭難死した。彼女は右手にナイフを 握り締め、黄色いダウンジャケットを雪面に刺し貫いた状態で死んでいた。 山岳捜査官の釜谷は、彼女の死の直前の行動に疑問を持つ。そこには、 もうひとつの真実が隠されていた・・・。表題作を含む4編を収録。

4編のうち一番印象に残ったのは表題作の「生還」だった。遭難死した 女性が遺した手がかり。それは何を語ろうとしているのか?真実にたどりつく 過程は読んでいて緊迫感があり、とても面白く感じた。
「捜索」もよかった。ささいな事実、ほんの少しの手がかり。そういうものの 積み重ねが、ひとりの男の命を救うことにつながっていく。限られた時間の 中でいかに行動するか?息詰まるような展開が面白かった。
山岳ミステリーの面白さを味わうだけでなく、山の持つ魅力や厳しさも知ることが できる、興味深い作品だった。


  山の屍  森村誠一  ☆☆
「君の描く小説は単調で彩りがない。」と言われ、川名純子は自分の 作品に彩りを出すために高見友一という男性と一度限りのつき合いをする。 その時渡された小説を高見の頼みで自分の書いたものとして発表するが、 この作品には実際にあった殺人事件の真相が描かれていた・・・。

なぜ高見友一は、一度限りのつき合いだった純子に自分の書いた大切な 原稿を託す気になったのか?それだけではなく、なぜ高額な保険金の受け 取り人を純子にしたのか?それまでまったく面識のなかった人間なのに。 ラストで述べられている理由ではちょっと納得しきれない感じがする。 また、「小説の内容が実際に起こった殺人事件をもとに描かれていて、 しだいにその真相が明らかになっていく。」という過程もいまいちな感じ だった。展開も単調で、読んでいるうちに引き込まれていくというような 魅力に欠けている。疑問と不満が残る作品だった。


  夜叉桜  あさのあつこ  ☆☆☆
ひと月の間に3人の女が殺された。手口は同じ。3人とも鋭利な刃物で 喉を掻き切られていた。3人目の犠牲者おいとが遠野屋の手代信三の 幼なじみだと知った信次郎と伊佐治は、再び遠野屋とかかわることに なるのだが・・・。「弥勒の月」の続編。

人は、状況しだいで弥勒にも夜叉にもなる・・・。ほんのささいな きっかけから人を殺し続ける。置かれている立場の変化で、やさしく 温厚な人物から冷酷な人物へと変わっていく。状況の変化は、やがて 遠野屋の主人清之介の立場も微妙に変えようとしている。兄との関係は これからどうなるのか?迫り来る闇の手からおのれを守ることができるのか? また、清之介にゆだねられた命の行く末は?ますますこのシリーズから 目が離せない。今回も前作の「弥勒の月」同様に、人の心が抱えているものの 切なさに胸を打たれた。これから先、はたして救いはあるのだろうか・・・。


  証し  矢口敦子  ☆☆
やっと探し当てた息子は、この世にいなかった・・・。
若い頃、お金のために卵子を売った木綿子。その卵子を買い、 子供を得た絹恵。息子恵哉が殺人事件の犯人だと疑いをかけられ自殺 したとき、木綿子は真犯人を突き止めようと行動を開始する。だが絹恵は、 そのことに対して消極的だった。はたして事件の真相は・・・。

この本の裏表紙に書かれた本の内容の説明文を読んだとき、とても興味を 覚えた。しかし、読んでみてがっかりした。恵哉自身の行動も共感できないし、 なにより木綿子の行動が理解できない。ヒステリックで自己中心的で、思い込みが 激しく、周りの人間の迷惑もまったく考えない。根拠のない「真犯人説」をわめき たて、否応なしにほかの人を巻き込んでいく。それでも、残忍な殺人事件に隠された 真相が気になり読み進めたが、すべてが明らかになっても全然感動が無かった。 こんな結末を知るためにラストまで読んだのかと思うと、がっかりだった。いったい 作者は、この作品で何を言いたかったのか?まるで見えてこない。まったくの期待はずれの 作品だった。


  神々の遺品  今野敏  ☆☆☆☆
アレックス・ジョーンズは、シド・オーエンという男から「セクションO」に ついて、ある依頼を受ける。だが、そのセクションの正体は意外なものだった。 また、日本ではUFOライターの三島良則が殺された。まったく関係のない ように見えるこのふたつのできごとは、驚くべき事実を持ってつながっていく。 太古文明・・・。ここに隠された秘密とは?

アメリカでのできごと、日本で起こった殺人事件。このふたつがどういう形で 結びついていくのか?スリリングな展開が面白く、一気に読んでしまった。 以前、グラハム・ハンコックの「神々の指紋」を読み、ピラミッドの謎に ついておおいに興味をそそられたが、今回も興味をそそられた。ピラミッドは 誰がどんな目的で作ったものなのか?「王の墓」という固定概念は間違いなのか? 読めば読むほど、その不思議な魅力に取りつかれていく。ピラミッドに隠された さまざまな数値にも、驚嘆するばかりだ。はるか昔、地球上では何が起こったのか? 古代の人たちは未来に向けて、どういう思いを込めたのか?読んだあとも余韻が残る。 ミステリーと古代のロマン、両方を味わえる作品だった。


  街の灯  北村薫  ☆☆☆☆
相模の士族の出である花村家に雇われた新しい運転手は女性だった。 別宮みつ子という女性を、英子はひそかにベッキーさんと呼ぶことに した。日常の中で起きる不思議な出来事やささやかな事件。英子とベッキーさん、 ふたりの謎解きが始まった。3つの短編を収録。

この作品の中に収められている3つ話どれもが面白かったが、「銀座八丁」の 話が特に印象に残った。英子の兄のもとに送られてくる品物に隠された 謎解きもよかったし、ベッキーさんの射撃の腕にも驚かされた。女性らしい面も 持ち合わせながら、男顔負けの度胸や腕もある。また、かなり才能豊かな人にも 感じられる。いったい彼女はどういう素性の人なのか?読み手は、気にせずには いられない。ベッキーさんの素性は、シリーズ2作目の「玻璃の天」で語られている。 そちらもあわせて読むことをオススメしたい。大きな事件は起きないが、謎解きの 醍醐味が味わえる作品だった。


  弥勒の月  あさのあつこ  ☆☆☆☆
小間物問屋遠野屋のおかみ、おりんが川に身投げした。遠野屋の主人 清之介の頼みによりおりんの死の真相を探る同心木暮信次郎と岡っ引の 伊佐治だが、ふたりは清之介に対し不審なものを感じる。いったいおりんの 死には、何が隠されているのか?また、清之介が心に抱えているものとは?

おりんの身投げした理由を調べてくれるよう信次郎に頼んだ清之介だったが、 彼の行為は己の首を絞めることになる。闇の中を歩いてきた清之介の 過去がしだいにあばかれていく。大切でかけがえのないおりんという存在を 失った清之介は、これからどうなっていくのだろう。おりんによって日の当たる 場所に出ることのできた清之介は、再び闇の世界に戻らなくてはならないの だろうか?つきまとう闇の住人たちから逃れるすべはないのだろうか?清之介の 過去や、心に抱えているものが悲しすぎる。切なく胸を打つ作品だった。


  ぼくのメジャースプーン  辻村深月  ☆☆☆☆
学校で起こった事件はあまりにむごたらしく、「ぼく」の大切な友だちの ふみちゃんの心を閉ざしてしまった。事件を起こした市川雄太に対し、 「ぼく」は自分の持つ不思議な力を使うことを決意する。チャンスは一度だけ。 はたしてその結末は?

ふみちゃんの心を閉ざし笑顔を奪ったのに反省のかけらもない市川雄太に 対し、幼なじみの「ぼく」は自分の持つ不思議な力を使おうとする。ある一定の 条件のもとで口から出した言葉は、相手の心を縛る。何をどう言葉にするのか? 彼と秋山先生の間で議論がかわされる。もちろん、こんなことをしても ふみちゃんの心はもとには戻らないのだが。そのむなしさを抱えたまま 彼は市川雄太への言葉を捜し求める。反省してもらうために。二度とこんな 事件を起こさせないために。
一度口から出してしまった言葉は取り消せない。それだけに、相手に使う言葉は 慎重に決めなければならない。秋山先生と主人公との間でかわされる会話は、 とても興味深かった。ラストは、「あっ!」という驚きがあった。だが、 それだけ決意が大きく深かったのだと思うと、心に迫るものがあった。「いつの日か、 ふみちゃんに以前のような笑顔が戻りますように。」そう願わずにはいられない。


  陽炎の男  池波正太郎  ☆☆☆
入浴中の三冬を襲う浪人たち。たじろぎもせずに全裸で迎え撃つ三冬。 浪人たちの狙いがこの家に隠されている300両だと知り、秋山大治郎に 力を借りることにしたのだが・・・。表題作「陽炎の男」を含む7編を 収録。「剣客商売」シリーズ3。

この作品では、表題作「陽炎の男」で三冬が大治郎に心を惹かれていく様子が 描かれている。大治郎は三冬の気持ちをどう受け止めるのか?今後の展開が 楽しみだ。また、7編のうち印象に残ったのは「赤い富士」だ。秋山小兵衛が 不二楼の亭主与兵衛が持っている赤い富士の絵を気に入るのだが、与兵衛は どうしても手放さない。だが、思わぬ成り行きから小兵衛は手に入れることになる。 そのいきさつが面白い。完璧な人などいない。人には何かしら弱点がある。 そのことが興味深く描かれていた。シリーズが進むにつれ、登場人物たちも 成長していく。時の流れを感じながら読むのは楽しかった。このシリーズはまだまだ 続くが、全てを読もうと思っている。それだけ魅力がある作品だ。


  辻斬り  池波正太郎  ☆☆☆
闇の中、提灯を片手に歩く秋山小兵衛を襲った3人の男たちはいったい 何者なのか?辻斬りの正体を探っていくと、意外な人物が浮かび上がって きた・・・。表題作「辻斬り」を含む7編を収録。「剣客商売」シリーズ2。

この作品の中で心に残ったのは、ひとりの男の生きざまを描いた「鬼熊酒屋」だ。 不器用な生き方しかできない男が、人生の最後に見せた姿が印象的だった。 この男に対する秋山小兵衛のさりげないやさしさも心憎い。だが、やさしい小兵衛も 立場上人の恨みを買うこともある。「妖怪・小雨坊」の話では、その恨みの恐ろしさを まざまざと見せつけられた。反面、「小雨坊」の生い立ちや境遇にホロリとさせられる ものもあったが。
この作品の中に出てくる登場人物は、だれもが魅力的だ。彼らのこれからの活躍は? また、大治郎と三冬の関係は?先が楽しみなシリーズだ。


  1Q84(BOOK1 BOOK2)  村上春樹  ☆☆☆☆
天吾は小松から、「ふかえり」という17歳の少女が書いた「空気さなぎ」の 物語を本に仕上げるように依頼される。その内容は天吾の心をとらえ、強く揺さぶった。 「空気さなぎ」と「リトルピープル」。このふたつが、まったく関係のないところで 生きてきた天吾と青豆とを結ぶ糸になっていく。1984年の世界から1Q84年の 世界に足を踏み入れた青豆。望む望まないに関わらず、彼女はしだいに天吾との 距離を縮めていくことになるのだが・・・。

この世の中、私たちが存在している世界が確かなものだなんて、いったい誰が言える だろう。皆が確かなものだと錯覚しているだけかもしれないのに。自分自身についても そうだ。自分の本質を見失わないように生きているつもりでも、いつの間にかその 本質が失われてはいないだろうか。
「空気さなぎ」は、何もないところから新しいものを生み出すものではなく、本来あるべき その人の「本質」を、目に見える形で示すべき手段ではないのか?そして、「空気さなぎ」を 作り出す「リトルピープル」は、人の中に存在する「核」のようなものではないのか?
この作品の中では、天吾と青豆の物語が交互に語られている。天吾と青豆、ふたりの思いは 同じだった。どんなに離れていようと、置かれている状況がまったく違っても、見つめている ものは同じなのだ。その出発点は、10歳の時のできごとにある。それはほんの一瞬のできごと だった。しかし、ふたりのその後の人生を決定づけるには充分な時間だったのだ。天吾と 青豆は再会できるのか・・・?
もし、1Q84に3巻目があるとしたら、それは読み手の心の中に作り出される世界に 存在するのだと思う。どんな世界になるかは、読み手しだいだ。
読後、さまざまな感情が入り乱れ、さまざまな思いが押し寄せてくるが、それは決して 不快なものではなかった。そのあとで心に残るのは、厳粛な感動のみ。果てしない広がりと 深さを持つ作品だった。

こんなに感想を書くのが困難な作品は初めてだったかも・・・(汗)。