*2010年*
★★五つ星の時のみ
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姫椿
浅田次郎
☆☆☆
事業が行き詰まり死を決意した高木が訪れたのは、20数年前に妻と過ごした
懐かしい場所だった。赤い姫椿の花の記憶が、彼に生きる希望を与えた・・・。
表題作「姫椿」を含む8編を収録。
ちょっと不思議な話から日常生活の中によくありそうな話まで、実にさまざまな
話がちりばめられている・・・。そんな印象だった。どの話にも、傷つき苦悩する
人たちが描かれている。特に印象に残ったのは「懈(シエ)」だ。飼い主の鈴子が
不幸の涙を流さなくなったときの懈の想いが、とても切なかった。「マダムの喉仏」も、
ある人間の凄まじい人生を描いていて衝撃を受けた。絶妙な人間ドラマが繰り広げられ、
まあまあ楽しめる作品だと思う。
花のあと
藤沢周平
☆☆☆
決して美貌とは言えないが、剣にかけてはめっぽう強い以登。そんな以登には、
ひそかに心を寄せる人がいた。だが、その想い人に予期せぬ災難が降りかかる!
以登のとった行動は?表題作「花のあと」を含む8編を収録。
「花のあと」では以登の行動力に驚き、「鬼ごっこ」では吉兵衛のかっこよさに惚れ惚れとし、
「雪間草」では変わらずに相手を慕う女心にホロリとし、「寒い灯」ではおせんの心根に
ほほえましいものを感じ、「疑惑」では女の怖ろしさをまざまざと見せつけられ、「冬の日」
では清次郎のやさしさに感動し、「悪癖」では緊迫感と笑いの絶妙さに感心した。また、
「旅の誘い」では安藤広重を作者独自の視線で描き、異色性を感じた。どの話もしっとりと
した味わい深いものばかりで、楽しめる作品だと思う。
後悔と真実の色
貫井徳郎
☆☆☆
若い女性が連続して殺される事件が起きた。被害者は皆、手の人差し指を
切り取られていた。犯人の狙いは何か?一方、ネットの掲示板には
殺人予告や殺人実況中継が!!捜査一課の西條は、持ち前の鋭い洞察力で
犯人に迫ろうとする。だが、恐るべき罠が彼を待っていた・・・。
連続殺人事件を軸に、その捜査に関わる者たちを克明に描き出している。
真相究明、犯人逮捕・・・。同じ目的に向かって進んでいるはずなのに、
立場の違いからさまざまな問題が噴出してくる。憎悪、確執、ねたみなどが
むき出しになり、人間関係の醜さが浮き彫りになる。そんな中、犯人像が掴めない
まま、彼らは右往左往する。そして、真相に迫ろうとする西條も窮地に立たされる。
登場人物が多すぎて、最初ひとりひとりの人物像がつかみづらかった。また、
500ページという長さは本当に必要だったのか?という疑問も感じる。読んでいて
途中で退屈さを感じる部分があった。犯人も途中から分かってしまい、面白さ半減だった。
犯人の動機も弱いのではないか?いまひとつ、のめり込めない内容の作品だった。
掏摸
中村文則
☆☆☆
天才スリ師の西村は、かつて一度だけ一緒に仕事をした「最悪の男」と呼ばれる
木崎と再会する。木崎は、再び彼に仕事を強要する。与えられた三つの仕事を
期日までにこなさなければ明日はない。天才スリ師の腕は、おのれ自身を救えるの
だろうか・・・。
読んでいて、黒くドロドロしたものを感じる。登場する人物全てが救いのない環境に
置かれている。はい上がりたくてもはい上がれない。その絶望的な状況に、読んでいて
暗い気持ちになる。主人公と最悪の男木崎。仕事を強要する者される者。危うい関係は
いったいどうなるのか?ラストまで一気に読ませる面白さはある。ただ、登場人物
ひとりひとりの描写が希薄なため、具体的なイメージがなかなか浮かんでこないのが残念
だった。ラストは余韻を残すものになっているが、こういうパターンは何度か見たことが
あるので斬新さは感じられなかった。作者の意図も分かりづらく、曖昧な印象を受ける
作品だった。
真実の絆
北川歩実
☆☆
「余命いくばくもない資産家が自分の子供を捜している。」
数百億と言われる資産にさまざまな男たち女たちが群がった。巧妙に親子関係を
作りあげようとする者。DNA鑑定をしようとする者。あくまでも真実を追究しようと
する者。いろいろな思惑が入り乱れる中、ついに殺人事件が起こる。資産の行方は?
驚愕の結末が待っていた・・・。
裏表紙に書かれたあらすじに惹かれ読んでみることにしたが、内容はとても分かりづらかった。
ストーリー構成や展開の仕方、登場人物ひとりひとりの位置づけやそれぞれの心理描写、
どれも読み手を満足させるまでに到っていない。内容の複雑さをきちんと表現できていないので、
読めば読むほど混乱する。ラストも「それなりの驚愕」という程度だった。発想のユニークさに
筆力が追いつかない・・そんな印象も受ける。読者を置き去りにした自己満足型という感じで、
不満が残る作品だった。
ひょうたん
宇江佐真理
☆☆☆
父親が倒れ、鳳来堂という古道具屋を継いだ音松だったが、商売に
身が入らず博奕ばかりしていて店を傾かせてしまう。そんな時、将来を
誓い合った男に裏切られた傷心のお鈴と知り合い、ふたりは所帯を持つ。
ある日、音松は橋から身投げしようとする男を助け、家に連れ帰った。
その男の抱える事情とは?表題作を含む6編を収録。
どの話も江戸を舞台にした、人情味あふれる話である。「ひょうたん」や
「織部の茶碗」のように、地道な商売を続ける音松・お鈴の真面目な人柄を
描いた心温まる話もあるが、「びいどろ玉簪」のように、心がしめつけられる
ような話もある。虐待される子供たち。そして、哀れな行く末。現代にも通じる
とても切ない話だった。「貧乏徳利」にはラストで泣かされた。音松とその友人たちとの
固い友情は、どんな状況になっても決して変わることなく続いていくだろう。
ひとつひとつの話に味わいがあり、しかも、6編はひとつにしっかりとまとまって
いる。面白い作品だと思う。それにしても・・・。作中でお鈴が作る料理は、とても
おいしそうだ。一度でいいから味わってみたいものだ。
笑う警官
佐々木譲
☆☆☆☆
札幌市内のアパートで、現職警察官の女性が殺された。容疑者として
浮かび上がったのは、やはり現職警察官の津久井だった。やがて、彼に対し
射殺命令が出てしまう。かつて津久井と組んで仕事をしたことがある佐伯警部補は、
捜査からはずされたにもかかわらず、彼の潔白を信じ、仲間とともに独自の
捜査を始める。佐伯がたどりついた真実とは・・・?
警察内部の不祥事を暴かれるのを恐れた上層部は、津久井という危険分子を「抹殺」
しようとする。津久井の身の潔白を証明し、彼を無事にある場所まで送り届けなければ
ならない。しかも、タイムリミットは24時間。捜査をはずされた佐伯を中心に、津久井の
無実を信じる者たちが集まってくる。限られた時間の中で、彼らは真実にたどり着けるのか?
厳重な捜査網をどうかいくぐっていくのか?津久井の運命は?スリリングな展開が、
面白かった。また、警察内部の描写もとても興味深い。ラストも無難にまとまっていて、
楽しめる作品だと思う。
小暮写眞館
宮部みゆき
☆☆☆☆
花菱英一の両親は、結婚20周年を機に念願のマイホームを購入する。
その家は、もと写眞館だった築33年の怖ろしく古い家だった。
「小暮写眞館」の看板をそのままにしていたため、ある日心霊写真が持ち込まれる。
英一は、その謎解きに乗り出すが・・・。4編を収録。
心霊写真・・・。英一により、その写真に隠されたさまざまな人たちの思いが
明らかになっていく。人それぞれ、いろいろな生き方がある。山あり谷あり。
そんな人生が写真の中に凝縮されていて、読んでいて胸に迫るものがあった。
そのほかにも、小暮写眞館の幽霊騒動の中で見えてきた英一の弟、ピカの苦しみには
ホロリときた。「何気ないしぐさや言葉の中に、これほどの苦悩が秘められていたのか!」
そう思うと、本当に切なかった。生と死についても、考えさせられた。
どの登場人物も性格や心情が細やかに描かれていて、作品を幅も深みもある魅力ある
ものにしている。700ページありとても長い作品だが、その長さには無駄がない。
読後も、春風に吹かれているような心地よさが残った。心がほのぼのとする作品だった。
ひとつ灯せ
宇江佐真理
☆☆☆
息子に家業を譲り隠居した清兵衛を襲ったのは、死の恐怖だった。
そんな清兵衛を見て、友人の勘助はある集まりに清兵衛を誘った。
本当にあった怖い話を語り合う「話の会」に顔を出すうちに、やがて
奇妙なできごとが起こり始める・・・。8つの作品を収録。
読んでいてじわじわと怖さが迫ってくる感じがした。話の会に参加する者たちは、
それが本当なのか、または人の心の弱さが作り出す幻想なのか、判断できないまま
語り手の話に耳を傾けている。だが、理屈では説明しきれない奇怪なできごとが
次々に起こってくる。読み手までもが、不思議な世界に引きずり込まれてしまう。
「この話、作者はどう収めるつもりなのか?」背中がゾクゾクするような感覚を味わい
ながら読み進めた。だが、待っていたのは本当に意外なラストだった。「怨念」「たたり」
そんなことは信じたくないが、その存在を完全に否定できないで恐れおののいている
自分がいる・・・。少々、いやな余韻が残る作品だった。
モップガール
加藤実秋
☆☆☆
「高給優遇」「初心者歓迎」「アットホームな雰囲気」そんなうまい宣伝文句に
つられて掃除会社に就職した桃子だったが、その会社は事件・事故現場を専門に
掃除する会社だった。桃子はそこで、自分の持つ特殊な能力を開花させた。
掃除を依頼された場所で彼女に起こったことは・・・?
事件現場の清掃中に突然起こるフラッシュバック。そして、桃子に異変が起こる。
ある時は視覚に、ある時は味覚に、ある時は臭覚に、そしてある時は皮膚感覚に。それらは
何を意味するのか?同じ職場の清掃員たちと桃子の、真相探しが始まる。真相が突きとめ
られるまで、桃子に起きた異変はなおらないのだ。この設定は、とても面白いと思う。けれど、
なぜかストーリー展開にぎこちなさを感じ、スムーズに読み進めることができなかった。
登場人物たちもみんな個性豊な人ばかりなのだが、いまいち魅力を感じなかった。都合が
よすぎなのか?あまりにも現実離れしているせいか?期待して読んだのだが、少々残念な
作品だった。
晴子情歌
高村薫
☆☆☆
300日、晴子はインド洋上にいた息子の彰之に手紙を出し続けた。100通の
手紙には、少女から大人の女性へ変わりゆく晴子の姿が描かれていた。自分の目の前に
現れた自分の知らない母・・・。彰之がとまどいの中で感じたものは?
昭和の初めから戦前戦後の混乱の時代を生き抜いてきた母。その半生を綴った手紙は、
圧倒的な迫力で読み手の心を強く強く揺さぶる。晴子の人生は、平坦なものではなかった。
彼女は必死に生きた。時には虚勢を張り、時にははいつくばるように、時には苦痛に
身悶えしながら・・・。晴子の息づかい、しぐさ、細やかな心情が、作者の緻密な描写に
よりあざやかに、そして生々しく浮かび上がってくる。初めて知る母というひとりの
女性の生きざまを目の当たりにした彰之の心理描写も見事だ。密度の濃い内容で読むのに
かなり時間がかかったが、とても印象深い作品だった。
漆黒の王子
初野晴
☆☆☆
暴力団の組員が次々と謎の死を遂げる。その死に関わっていたのは、ガネーシャと
名乗る人物だった。そのガネーシャは、地下の暗渠の中に・・・。そこには、「王子」と
呼ばれるひとりの少年と6人のホームレスが生活していた。上の世界と下の世界。
それをつなぐものはいったい何か・・・?
悪に満ちた世界。凄まじいいじめに遭いおのれの運命をねじ曲げられた男が、また
新たな悪を作り出す。犠牲になった人たちの逃げ込んだ先は、日の光が届かない
暗黒の世界だった。ガネーシャは戦った。ひとり、敢然と悪に立ち向かった。
そうすることで自分がどうなるのか分かっていたはずなのに・・・。
上の世界と下の世界が交錯する不思議な話だった。奇妙な時の流れはいったい何を意味
するのか?漆黒の王子の正体は?最後まで分からないことばかりだが、ひとつ言えるのは、
人の悪意は悲劇の連鎖を生むということだ。全てが終わったあと、何が残るのか?
それは虚しさでしかない。
内容に深みがあり構成もよかったが、タイトルが「漆黒の王子」なのにその王子の
インパクトが弱い。王子の抱える心の闇の部分をもっと描いてもよかったのでは
ないだろうか。また、ホームレスを惹きつける王子の魅力も読み手には伝わってこない。
明かされることのない謎もあり、少々不満が残る作品だった。
永遠の0(ゼロ)
百田尚樹
☆☆☆☆☆
終戦から60年目、健太郎は姉に頼まれ、わずか26歳で戦死した祖父について調べることにした。
必ず生きて帰ると妻に約束しながら無念の戦死を遂げた祖父。彼の人生をたどるうちに見えてきた
真実とは?
娘のため、妻のため、必ず生きて帰ると約束した祖父・宮部久蔵。だが、厳しい戦況ではその
約束を果たすのは不可能に近かった。健太郎がたどる祖父の軌跡・・・。ある者は久蔵を
卑怯者で弱虫と言い、ある者は久蔵を尊敬していると言う。「いったいどれが本当の祖父の
姿なのか?」調べを進めていくうちに見えてきたのは、祖父の人生だけではなかった。戦争の
悲惨さが、健太郎や姉の慶子だけではなく、読み手である私にも痛いほど伝わってくる。
勝利の可能性などどこにもない。それなのに兵隊たちは上部の者たちの捨て駒にされていく。
爆弾を抱えたまま敵艦に突っ込んでいく特攻隊の描写は、読むのが本当につらかった。
また、宮部久蔵が生きて家族のもとに帰ることができなかったと知ってはいても、「どうか、
生き延びてほしい。」そう願わずにはいられなかった。久蔵の切ない生と死のドラマを
まざまざと見せつけられ、それだけでも感動で目がうるんでいたのに、ラストに語られる
意外な真実では、ついにこらえることができなかった。ただ、涙、涙、涙。読後も強い余韻が残った。
ひとりでも多くの人に読んでもらいたい、感動的な作品だった。
食堂かたつむり
小川糸
☆☆☆
ある日突然、一緒に暮らしていた恋人が消えた!しかも、全ての物を
持ち去って・・・。ショックから声が出なくなった倫子は、ふるさとに帰り
小さな食堂を始める。「食堂かたつむり」と名づけられた食堂を舞台に、
さまざまな人たちの悲哀を描いた作品。
母との確執から何年も帰っていなかったふるさとに、倫子は傷ついて帰ってきた。
そして、自分自身が生きるために食堂を始める。「食堂かたつむり」は、とても
ステキな食堂だ。「食べるということは、いろいろな植物や動物たちの命を引き継ぐ
ことになる。だから、決して食べ物を粗末にしてはいけない。」倫子の「食」や「料理」に
対する真摯な考えには、感動を覚えた。おいしい料理は、どんな人の心も感動させる力を
持っている。すごい力だ。途中「えっ!」と思う意外な場面もあったが、読み手に「命」と
いうものを考えさせるには重要な描写ではないかと思う。ラストも感動的でよかった。
ほのぼのとした温もりを感じさせる作品だった。
プロメテウス・トラップ
福田和代
☆☆☆
かつては「プロメテ」呼ばれる天才ハッカーだった能條良明。その後彼は平凡な
在宅プログラマーとしての生活を送っていた。だが、ある男からICチップの解析を
依頼されたことで事件に巻き込まれていく。敵は、サイバーテロ・・・。見えない敵に、
彼はどう立ち向かっていくのか?表題作を含む6編を収録。連作ミステリー。
パスポートの偽造、会社や政府機関のコンピューターへのハッキング、そしてスーパー
コンピューターとのチェス対決の描写などに、作者のIT関係の知識が遺憾なく発揮されている。
好きな分野なので、とても興味深く読み進めた。テーマはとても面白いと思うが、描写に
ぎこちなさを感じるし、ストーリー展開にも軽快さがなく、少々もたつきを感じる。また、
描写不足のせいか、主人公の能條にもそれほど魅力を感じなかった。なので、読んでいてぐいぐい
引き込まれるような感じではなく、そこがちょっと残念だった。だが、ラストは意外性があり、
全体的には楽しめる作品に仕上がっていると思う。
深淵のガランス
北森鴻
☆☆☆
花師・佐月恭壱には、もうひとつの顔があった。それは、絵画修復師の顔だった。
彼は、大正末期から昭和の初めにかけて活躍した長谷川宗司の絵画の修復を、
孫娘から依頼される。だが、この絵画には別の絵画が隠されていた。長谷川宗司は
なぜ絵画を隠したのか?佐月は、その謎に迫っていく・・・。表題作「深淵の
ガランス」を含む3編を収録。
3編のうち一番印象に残ったのは「深淵のガランス」だ。絵画に隠された謎解きも
面白いが、私にとって未知の世界である絵画についての描写も面白い。佐月恭壱が
対峙する絵画・・・。緻密な描写は、読み手の頭の中に鮮やかな色彩を浮かび上がら
せる。そして、息詰まるような修復の場面。隠された絵画を、佐月はどう処理するのか?
絵画が隠された理由もなかなか面白かったし、ラストも感動的だった。そのほかの
2編もよかった。
佐月にはまだまだ謎が多い。一体どんな過去を持つのか?魅力的な人物だけに、
かなり興味をそそられる。これからの展開が楽しみだ。
レインツリーの国
有川浩
☆☆☆
身近に、昔読んだ本の感想を語り合う友人がいなかったので、伸行はネットで
検索をしてみた。心惹かれる感想を書いていたのは、「レインツリーの国」という
ブログの管理人の「ひとみ」だった。二人はメールを交換するようになる。そして、
実際に逢いたいと願い始めた伸行に対し、ひとみはなぜか、頑ななまでに拒んだ。
そこには、ある秘密があったのだ・・・。
ひとみには、好きとか愛しているとか、それだけで相手の胸に素直に飛び込めない事情が
あった。伸行がどんなに努力しても、障害を持つひとみの苦しみや悩みを完全に理解する
ことはできない。お互いがお互いに不満を感じ、心の溝を深めていく。そんな伸行と
ひとみの恋の行方は?「乗り越えて!乗り越えて!」心の中で何度も叫びながら読み進めた。
ふたりのゆれ動く気持ちや、互いに求め合う気持ちが、痛いほど伝わってくる。
切ないけれど、こんな素敵な恋愛もあるのだと、久しぶりに感動してしまった。伸行や
ひとみの行動に多少のもどかしさを感じる部分もあったが、ラストはよくまとめられていて
希望を感じさせる。心温まる恋愛小説だった。
不発弾
乃南アサ
☆☆☆☆
家族のために一生懸命働いているつもりだったのに、いつの間にか疎外されていた・・・。
娘や息子の秘密を明かさない妻。父親を避ける娘と息子。家の中に居場所を見出せなく
なった智明は、ついに行動を起こす!!表題作「不発弾」を含む6編を収録。
読み終わったあと、思わずうなってしまった。どの話も、現実の日常生活の中にも
いるような人たちが主人公だ。だが、彼らの体験は、それぞれ種類は違うが読んでいて
ゾクゾクさせられる。「かくし味」では、”知らない”ということの恐怖を、
「夜明け前の道」では、人との出会いが人生や考え方をあっという間に変えてしまう
不思議さを、「夕立」では、自分さえよければいいという強かな考えに驚きを、「福の神」
では、ちょっとした心づかいが思わぬ喜びをもたらす感動を、「不発弾」では、
家族といえども心がすれ違ってしまうとこうなってしまうのかという哀れさを、「幽霊」
では、決してあきらめないという信念がもたらした爽快さを、味わった。
6編どれもが味わいのある話で、読後も満足感が残る。なかなか面白い作品だった。
インディゴの夜
加藤実秋
☆☆☆☆
「クラブみたいなハコで、DJやダンサーみたいな男の子が接客して
くれる店があるといいのに。」
フリーライター高原晶の言葉に、大手出版社の編集者、塩原が動いた。
そうして出来上がったのが、ホストクラブ「club indigo」だった。
そのクラブのホストのひとりに、女性殺しの嫌疑がかかる。晶は、塩谷そして
ホストの面々たちと、真犯人捜しに乗り出すが・・・。表題作「インディゴの夜」を
含む4編を収録。
軽快で読みやすい。そして何より、ストーリーがいい。また、登場する人物ひとりひとりが
とても魅力的で、いきいきと描かれている。作品の中を所狭しと駆け回り、起こる事件を
次々に解決していくさまは爽快だ。事件そのものは悲惨だが、作者はサラリと軽いタッチで
描いている。石田衣良さんの「池袋ウエストゲートパークシリーズ」を思い出させるが、
それとは一味違う魅力がある。舞台がホストクラブというのも、興味深い。実質「club
indigo」を取り仕切る憂夜にもまだまだ謎の部分がありそうで、この先の展開に
とても期待が持てる。文句なく楽しめる作品だと思う。
ひまわり事件
荻原浩
☆☆☆
ある日突然、「ひまわり幼稚園」と有料老人ホーム「ひまわり苑」の間に
あった壁が取り払われた。幼稚園の子供たち、老人ホームのお年寄りたち、
それぞれが壁の向こうをおそるおそる覗いてみれば、そこには未知の世界(?)が
広がっていた。ぎこちない交流が続く中、ある日衝撃的な事件が起こった・・・。
核家族化する中、幼稚園児から見ればお年よりはエイリアン、お年寄りから見れば
幼稚園児はエイリアンに見えるかもしれない。年代はもちろん、考え方、行動思考
パターンがまるで違う彼ら。ぎこちない交流を重ね、少しずつ信頼関係が築かれていく。
ほほえましい部分もあるが、現代社会が抱える老人ホームの深刻な問題も描かれていて、
いろいろ考えさせられる部分も多かった。事件の首謀者である元過激派学生だった片岡老人の
悲痛な叫びが、問題の多くを語っている。一生懸命働き日本の国を支えてきた者が
老いたとき、そこに何の希望も見えないのは悲しすぎる。
笑いあり、涙あり、作者お得意のパターンだが、少々長過ぎて読んでいる途中で飽きてくる
部分があった。もっと簡潔にまとまっていた方が印象がよくなると思うのだが・・・。
全体的には、まあまあ面白い作品だった。
追想五断章
米澤穂信
☆☆☆
叔父が営む古本屋でアルバイトをしている菅生芳光は、店を訪ねて
来た女性の依頼を報酬目当てで引き受ける。依頼主の北里可南子は、
亡くなった父の書いた五つの結末のない小説を探していた。調べを進めて
いくうちに、芳光は22年前のある事件の存在を知る。事件の真相は?
そして、五つの小説に隠された謎とは?
依頼主の可南子のもとにある、五つの一行だけの結末の文章。そして芳光が
捜す五つの結末のない小説。全てが組み合わされたとき、そこから分かることは
何なのか?作者がこの作品の中に仕掛けた謎にワクワクしながら読み進めた。
作中の五つの小説は、本文と結末の組み合わせが22年前の事件の真相に結びついて
いくように、かなり計算されて書かれている。その仕掛けには、ただただ感心
させられる。途中は「こうなのだ。」と思い込ませておいて、最後には意外な真相を
用意しておく。作者にすっかりだまされてしまった。真相のインパクトの弱さ、
主人公の芳光の今後などに多少の不満はあるが、全体的には面白い作品だと
思う。
神様のカルテ
夏川草介
☆☆☆
「24時間、365日対応」
患者にとってはありがたい病院でも、そこで働く医師や看護師にとっては修羅場だ。
「患者の生と死にどう向き合えばいいのか?」若き医師栗原一止は悩みながら、愛する
妻や同僚、そして看護師らに支えられ、患者のために奔走するのだが・・・。
医師の仕事は本当に大変だ。特に地域医療では慢性的な医師不足で、満足な診療が
できないところがたくさんある。一止が籍を置く本庄病院も例外ではない。医師も看護師も、
ぎりぎりのところでがんばっている。人の生と死に関わる仕事の厳しさが、この作品から
伝わってくる。一歩間違えば暗く重い話になってしまうのだが、作者の軽快な描写で
かなり救われる部分がある。さまざまな人の生き方、さまざまな人の死に方がある。
その中で印象に残ったのは、やはり安曇さんのことだ。これこそがまさに、現代医療が
抱える問題だと思う。「どう生きて、どう死ぬのか?」このことは、自分自身がしっかりと
考えなければならない。悲しくて、切なくて、そして、心温まる作品だった。
黒白
池波正太郎
☆☆☆☆
波切道場の主である波切八郎は、門人水野新吾が起こした不始末が原因で
姿を隠さなければならない状況になってしまった。彼は、秋山小兵衛と真剣に
よる勝負を約束していたが、それも叶わなくなった。一方、堕ちていく波切とは
対照的に、秋山小兵衛は辻平右衛門の道場をやめ、自分自身の道場を開き
充実した日々を送っていた。そんなふたりの接点は、思いがけないところに
あった・・・。若き日の秋山小兵衛を描いた、剣客商売シリーズ番外編。
人は、思いも寄らぬことから堕ちていくことがある。波切八郎の人生はまさに
そのようなものだった。水野新吾が原因で、彼の人生はどんどん、坂道転がるように
落ちていく。純粋であればあるほど、汚れ方は早かった。一方、秋山小兵衛は、
おのれの信念を貫き順調に人生を歩んでいる。そんなふたりにはこの先接点がないように
思われたのだが、作者の巧みな描写がしだいに両者を近づけていく。波切が置かれている
状況や彼がすさんでいく様子、波切と関わりのある人たち、秋山小兵衛と彼に関わる人たち・・・
などなど。どれもが実にていねいに描かれていて、ストーリー展開も巧みだ。読み手を最後
までしっかりつかまえて離さない。ここから剣客商売シリーズにつながるのだと思うと、
感慨深いものもあった。長いけれど、最後まで飽きずに読める面白い作品だった。
木練柿
あさのあつこ
☆☆☆
おしのが、娘おりんと清之介の出会いをしみじみと思い出していた頃、縁があり遠野屋に
拾われ、清之介が我が子と思い育てているおこまが何者かにさらわれた。清之介は
木暮信次郎に助けを求める。おこまをさらった犯人の狙いはいったい何か?おこまは
無事遠野屋に戻ってこられるのか?表題作「木練柿」を含む4編を収録。「弥勒の月」
「夜叉桜」に続く、シリーズ第3作。
シリーズ2作目の「夜叉桜」で清之介に託された幼い命の行く末が案じられたが、おしのや
清之介、女中頭のおみつらの愛情を受けすくすく育っていたのに安心した。おしのも少し
ずつ現実を受け入れ、元気を取り戻しているようでほっとした。ただ、今回の作品では、
清之介の過去に関係する人物の登場や、それに伴って起こる事件などがいっさいなかった。
このまま平穏に生活できるとはどうしても思えない。「闇の力」ははたしてこれから
清之介にどう接触してくるのか?とても気になるところだ。今回の作品も心に切なくしみてくる
話が多かった。描写に少々くどさを感じたが、おりんと清之介のことは特に胸にぐっとくる
ものがあった。これからが楽しみなシリーズだ。
雨を見たか
宇江佐真理
☆☆☆☆
今まではただ単に世間を騒がせているだけだった「本所無頼派」が、人を殺めた。
「八丁堀純情派」の6人は犯人探求に乗り出すが、彼らの前に権力の壁が立ち
はだかる。一方伊三次は、伊与太の成長を楽しみにしている反面、成長していく
不破龍之進との関係が微妙に変化していることに気づいて、複雑な思いを味わって
いた・・・。表題作「雨を見たか」を含む6編を収録。髪結い伊三次捕物余話シリーズ7。
「このシリーズも世代交代か?」と思わせる内容だった。伊三次があまり活躍しない分、
「八丁堀純情派」の面々が江戸の町を守るため奔走する。不破龍之進、緑川鉈五郎、
春日多聞、西尾佐内、古川喜六、橋口譲之進、みな個性豊な人物ばかりだ。性格や
考え方はまるで違うが、6人がひとつになったときは素晴らしい力を発揮する。
だれひとりとして脱落することなく、このまま成長してほしい。ただ、読者の
ひとりとして、このまま脇役的な存在になってしまうとは思わないが、もともとの
登場人物、伊三次、不破友之進、緑川平八郎らのさらなる活躍を期待したい。
シリーズ6の時と同様、この作品では時の流れを強く感じる。できれば、本来
持っている魅力を失うことなく、このシリーズがずっと続くことを願っている。
君を乗せる舟
宇江佐真理
☆☆☆☆
2年前、金貸しの勾当が殺される事件があった。下手人は不破友之進の息子龍之進が
通っていた塾の師匠だった。龍之進が事件の一部始終を目撃していたことで師匠は
捕まったが、娘のあぐりがひとり残された。そのことに心を痛めていた龍之進だが、
あぐりに悪の手が伸びようとしたとき、敢然と立ち上がる!表題作「君を乗せる
舟」を含む5編を収録。髪結い伊三次捕物余話シリーズ6。
この作品の中で、不破の息子龍之進はいよいよ元服する。そして、世の中を騒がせて
いる「本所無頼派」を捕らえようと、仲間と共に「八丁堀純情派」を結成して日夜駆けずり
回っている。一人前になるにはまだまだ修行が足りないが、おのれの信念を貫こうとする姿は
頼もしい。そんな龍之進の淡い恋心を描いた「君を乗せる舟」は、忘れていた遠い日のほろ
苦さを思い出させる。このタイトルには、龍之進の切ない思いが込められている。彼は、確実に
大人になっていく。また、伊三次の息子伊与太も日に日に成長していく。この作品を読んで、
時が流れているのだとあらためて感じた。「本所無頼派」の件は解決するのか?新たな展開に、
ますますこのシリーズから目が離せない。楽しめる作品だった。
黒く塗れ
宇江佐真理
☆☆☆☆
伊三次の客である翁屋八兵衛の、妻おつなの様子がおかしい。どうやら、店の金を
持ち出しているらしい。だが、おつなはまったく身に覚えがないと言う。伊三次は
出かけていくおつなの後をつけるが、目にしたのはおつなの不可思議な行動だった・・・。
表題作「黒く塗れ」を含む6編を収録。髪結い伊三次捕物余話シリーズ5。
今回も、楽しみながら読んだ。表題作の「黒く塗れ」では、人の心を思いのままに
しようとする男との対決が面白い。「蓮華往生」では、寺の悪事に腹が立った。
それと同時に、年をとることの哀しさも味わった。「畏れ入谷の」では、どんな
要求でも上の者の言うことは無条件にきかなければならないという、その理不尽さに憤りを
感じた。「夢おぼろ」では、富札を買いそれで夢を実現しようとする伊三次を描いている。
いつの世も、人は夢を追い求める。だが、当たらないのは今も昔も変わりはない。
「月に霞はどでごんす」では、金で他人の恨みを代わりに晴らす男を描いている。
道を踏み外した者には、ぞくっとする怖さがある。またこの話の中で、お文の出産も
描かれている。伊三次もついに父親になる。「慈雨」では、堅気になるため自分の指を
切り落とし、伊三次の前から姿を消していた直次郎を再び登場させている。直次郎と
お佐和、離れていても互いを思いやる心にホロリときた。どの話も、読んでいて心に
しみてくる。移りゆく季節の中で、流れゆく時の中で、彼らはこれからどう生きていくのか?
ますます楽しみなシリーズだ。
廃墟に乞う
佐々木譲
☆☆☆
ラブホテルで40代の女性が殺害された。ある事件で心に傷を負い休職中の
仙道は、13年前に担当した娼婦殺害事件に手口が似ていることに気づく。
「そのときの被疑者古川幸男は出所しているのか?」仙道は、古川の故郷を
訪ねることにしたのだが・・・。表題作を含む6編を収録。直木賞受賞作品。
主人公は、休職中の警察官。事件に対し何の権限もないまま、依頼人の懇願により、
真相究明に乗り出す。限られた時間、限られた事柄から、彼は事件の裏に隠された
真実に迫っていく。そして、その真実にからみついたさまざまな人間たちの愛憎や
悲哀も知ることになる・・・。どの話も読み手の心に深く入り込んでくる。特に
印象深かったのは、表題作の「廃墟に乞う」だ。登場人物たちの胸の中に抱えるもの、
何気ないしぐさの中に隠された心の闇などを、作者はていねいに、そして深く描いている。
派手さや強いインパクトはないが、いぶし銀のような渋い魅力を持つ、味わいのある
作品だと思う。
冷たい誘惑
乃南アサ
☆☆☆
久しぶりの同窓会。酔って道端に座り込んでしまった織江に家出少女が渡した
ものは、拳銃だった!織江は警察には届けず、自分の宝物、そして守り神として
手元に置くことにしたのだが・・・。一丁の拳銃をめぐる5編の話を収録。
連作短編集。
拳銃は、平凡な生活を営んでいる者には決して手に入れることのできないものだ。
普通の日常生活の中に、非日常的なものが入り込んできたら・・・?作者は独特の
視線で、そういう状況に置かれた人間の心理を巧みに描き出している。手の中にすっぽりと
収まるほどの小さい物体が、持つ人間の心を揺さぶり、価値観や人生そのものを変えて
しまうこともある。「凶器」は「狂気」を生む。理性と狂気は紙一重の差といっても
過言ではない。「撃つのか?撃たないのか?」その危うさに、読んでいてハラハラ
させられた。それなりに楽しめる作品だと思う。
浮沈
池波正太郎
☆☆☆
26年前、秋山小兵衛が助太刀した滝久蔵は、見事に父の敵を討ち富山に
帰った。さぞかし立派な武士になっているだろうと思っていた小兵衛だが、
立ち寄った店で偶然落ちぶれた滝久蔵の姿を見る。しかも久蔵は、何やら
良からぬことを企んでいた・・・。「剣客商売」シリーズ16。
いよいよ剣客商売シリーズも最終話となった。
見る影もなく落ちぶれ、しかも悪事に手を染めている。そんな滝久蔵を、小兵衛は
複雑な思いで見つめるのだが・・・。さまざまな人間の思惑が入り乱れ、今回も
目が離せない展開になっている。相手が誰であれ、正義を貫くためには容赦しない
秋山小兵衛の潔さは見事だ。複雑に絡み合ったいろいろな事件をどう収束させて
いくのか?そこのところも充分読み応えがあった。
勧善懲悪の爽快さ、人生の悲哀や浮沈、人情、時の流れ、そして老い・・・。どの話
にも深い味わいを感じる、面白いシリーズだった。
弁護側の証人
小泉喜美子
☆☆☆
ヌードダンサーだった漣子は八島産業の御曹司杉彦に見初められ、彼と
結婚した。だが、幸せな日は長く続かなかった。杉彦の父龍之助が何者かに
殺害された。いったい誰が龍之助を殺したのか?そして「弁護側の証人」とは
いったい誰なのか?1963年発行の作品。
今でこそこういうトリックの手法はあるが、40年以上前なら斬新だったのでは
ないだろうか。「読み進める中ではたして作者の仕掛けたトリックに気づくか否か?」
ただこのことだけが、この作品の評価を左右するといっても過言ではないと思う。
描写がていねいで構成も緻密に計算されているが、個人的にはこういうふうに読み手を
だますやり方は、ミステリー本来の面白さではない感じがしてあまり好きではない。
「だまされれば面白い。だまされなければつまらない。」さて、あなたはどちらですか?
二十番斬り
池波正太郎
☆☆☆
原因不明の目まいが小兵衛を襲う。自分の老いを感じる小兵衛だが、
その目まいを吹き飛ばすようなできごとが起こる。小兵衛宅の物置に
逃げ込んだのは、恩師辻平右衛門に関わりのある井関助太郎だった。
しかも、その助太郎は、何か訳ありの小さな男の子を連れていた・・・。
表題作を含む2編を収録。「剣客商売」シリーズ15。
シリーズが進むにつれ、登場人物たちも年を重ねる。若い人が成長する過程を
読むのは楽しいが、小兵衛のように老いていく過程を読むのは、少々つらいものがある。
そうは言っても、小兵衛はまだまだ元気でまだまだ強いのだが。この作品では、小兵衛の
老いと小兵衛の強さを同時に感じた。井関助太郎を助けたことにより、大勢の敵と戦わ
なければならなくなった小兵衛。しかも、妻三冬の父田沼意次の身の上に起こった大事件の
ため、大治郎の力も当てにできない。たったひとりで二十数人を相手にした小兵衛は
本当に強かった!
このシリーズも終わりに近い。登場人物が年を重ねるだけではなく、時代の流れも
大きくうねりを見せる。そのうねりを、小兵衛や大治郎たちはどのように乗り越えて
行くのだろうか?また、どのような形でシリーズが終わりを迎えるのだろうか?楽しみだ。
カッコウの卵は誰のもの
東野圭吾
☆☆☆
父娘2代にわたるトップスキーヤー。夢を目指し二人三脚でがんばってきた
彼らには、誰にも言えない秘密があった。「何も知らずに成長した風美に真実を
知らせるべきか?」緋田は苦悩する。そんな時、衝撃的な事件が起こった・・・。
「スポーツ科学の立場からふたりのDNAを調べてみたい。」柚木にそう言われたが、
緋田はかたくなに拒む。そこには、緋田自身にもはっきりしたことが分からない、
風美の出生の秘密があった。真実と向き合うということは、緋田と風美の親子関係を
決定的に変えてしまう。緋田はそのことに、強い恐れを抱いていた。だが、緋田の心は、
ある事件をきっかけに激しく揺れ動く。「この父と娘にとっての最善の解決方法が、
はたしてあるのだろうか?」読んでいて、絶望的な気持ちになっていく。
「何がその人間にとって一番幸せなことか?」その思いに心が強く揺さぶられる。
ラストは、安堵感も味わったが、「はたして、これでいいのか?」という思いもほんの
少し感じた。でも・・・。やっぱりこれでいいのだろう。いつまでも仲のよい父娘で
あってほしいと、願うのみだ。
暗殺者
池波正太郎
☆☆☆
偶然耳にした息子大治郎の暗殺計画。刺客となる波川周蔵は、並みの腕前ではない。
危機感を抱いた秋山小兵衛は、背後に潜む黒幕を探り出そうとするが・・・。
「剣客商売」シリーズ14。
今回のシリーズでは、剣客としての秋山小兵衛ではなく、ひとりの父親としての小兵衛を
描いている。息子大治郎に迫る危機。何とか手を打たねばと、小兵衛は珍しく
あせる。また、波川周蔵の剣の腕前を知り、「大治郎がやられるかもしれない。」と
いう不安感も拭えないでいる。父親として息子を守ろうとする小兵衛に、大治郎への
深い愛情を感じる。黒幕はいったい誰なのか?はたして大治郎の運命は?手に汗握る心境で
読み進めた。ラストは意外な展開になったが、読み手としてはほっとさせられるものだった。
「剣客商売」シリーズは短編が多いが、この作品は珍しく長編だ。だが、最後まで面白く
飽きることなく読める、魅力的な作品だと思う。
もう一人の私
北川歩実
☆☆☆
パソコン通信で知り合った女性が、直接会いたいと言ってきた。30歳の十四郎と
してネット上で彼女と会話をしていたのは、中学生の幹哉だった。幹哉は、自分が通う
塾の講師馬島に十四郎として彼女に会ってくれるよう頼み込むが・・・。「月の輝く夜」を
含む9編を収録。
ミステリーの中には、読んでいる途中で先が分かってしまい、読み終えたときに
「やっぱり・・。」という失望感を味わうものがある。この作品は9つの短編から成る。
これだけあれば読んでいてひとつやふたつ先が分かってしまうものがあってもおかしく
ないのだが、これがまったくない。どの話にも、読み手の想像を裏切る意外な結末が用意
されている。それは小気味よい裏切られ方で、作者のひねりにおおいに感心させられる。
「次はどんな結末が用意されているのか?」最後までワクワクさせられ通しだった。
読後も満足感が味わえる、面白い作品だと思う。
幽霊刑事
有栖川有栖
☆☆☆☆
経堂課長に釈迦ヶ浜に呼び出された神崎は、わけが分からないまま経堂に
射殺された。幽霊となった神崎の姿は誰にも見えない。だが、ひとりだけ
幽霊の姿を見ることができ、しかも話もできる男がいた。霊媒師を祖母に持つ
早川だった。神崎はその早川の力を借り、自分が殺された事件の真相を探ろうと
するのだが・・・。
神崎がいた巴東警察署。そこの課長の経堂が、神崎殺しの犯人だった。だが、
幽霊となった神崎はそのことを誰にも伝えられないでいる。自分はなぜ課長に
殺されたのか?その謎も解けないままだ。悲惨な状況なのだが、作者の軽快な文章は
読み手の心をそれほど重くはしない。周りからは早川の一人芝居のように見える、
神崎と早川のやり取りも面白かった。「黒幕は誰か?」「なぜ神崎が殺されたのか?」
登場する人物全てが怪しく見える。そして後半・・・。早川とともに経堂を追いつめたかに
見えたが、事態は思わぬ展開を見せる。意外な成り行きの結末は・・・?
かなりの長さだが、ストーリー展開がよく読み手を飽きさせない。黒幕の正体や神崎射殺の
理由も無難にまとめられている。ラストには切なさも用意されていて、読後の充実感も
ある。面白い作品だと思う。
満月
原田康子
☆☆☆
中秋の名月の夜、愛犬セタを連れ散歩に出たまりは、豊平川の川原で奇妙な
男に出会う。杉坂小弥太重則と名乗る男は、300年前の江戸時代からタイム
スリップしてきた武士だった。まりと小弥太の、不思議な関係が始まる・・・。
昭和50年代の札幌が舞台。その当時は私も札幌に住んでいたので、懐かしい気持ちで
読んだ。300年の時を超えやってきた若者の目に、はたして札幌はどう映ったのか?
まりやまりの祖母とのふれあいの中、小弥太はしだいに現代の生活になじんでいく。
心の中では激しい葛藤や苦悩が渦巻いていただろう。妻子と別れなければならなかった
寂しさもあっただろう。だが彼は、武士としての毅然とした態度を崩さない。まりは憎まれ
口をききながら、そんな小弥太を温かく見守る。やがて、まりと小弥太との間に芽生える
感情・・・。けれど、別れのときは刻一刻と迫る。ふたりがどんなに努力しても、「時間」と
いう乗り越えられない壁があるのは悲しかった。読んでいて切なかったが、ほのぼのとした
温もりも感じる作品だった。
さんだらぼっち
宇江佐真理
☆☆☆☆
廻り髪結い伊三次の女房になったお文は、「さんだらぼっち」と呼ばれる木戸番の店で、
ある父娘と知り合いになる。再会を約束したお文だったが、その父娘に悲劇が起こる・・・。
表題作「さんだらぼっち」を含む5編を収録。髪結い伊三次捕物余話シリーズ4。
今回も作者は読ませる。これでもか、これでもかと・・・。「さんだらぼっち」は切ない
反面、親子でもこういう関係になってしまうのかと思うと、やりきれない悲しさを感じた。
「鬼の通る道」では、不破の息子龍之介の苦悩を切々と描いていて胸に迫るものがある。
「爪紅」では、狂気とも思える男の異常さを描いている。また、この話の中で伊三次の
過去のエピソードも語られていて、興味深かった。「ほがらほがらと照る陽射し」では、
掏摸の直次郎の恋を描いている。直次郎はこのあとどうなるのか?気になって仕方がない。
「時雨てよ」は、悲しみの底に沈んでしまったおみつの言葉が、お文をほろほろと泣かせる。
その描写が、苦しくなるほど悲しい。この話では、伊三次に弟子ができる様子も描かれている。
この先どうなるのか、それもとても楽しみだ。今回もしっとりとした味わいのある話ばかり
だった。
ブルータスの心臓
東野圭吾
☆☆☆
「自分は選ばれた人間だ。」そう思い、エリートそして人生の勝利者になることを
疑わなかった末永拓也だが、恋人康子から妊娠を告げられる。だが、彼には
オーナーの末娘の星子との縁談が・・・。同じように康子に弱みを握られた者は
ほかにもいた。拓也たち3人は康子殺害の計画を立て、実行に移した。殺人リレーは
成功するかに見えたのだが・・・。
最初は星子の腹違いの兄の直樹から殺人計画を打ち明けられた。拓也、そして同僚の
橋本との3人で完全犯罪をもくろむ。だが、事態は思わぬ方向に・・・。意外な展開に、
読んでいて思わず「おっ!」と言ってしまった。この3人の計画に、ほかに絡んでいる者が
いる。それはいったい誰か?その謎は最後まで解けない。そこのところが読み手を
ぐいぐい引きつける。殺人の計画もユニークだ。はたしてそれが成功するのか?警察の
裏をかくことができるのか?意外な成り行きになったとは言え、そこのところも興味津々
だった。ずっと面白いと思いながら読み進めた。そして、ラスト・・・。かなりの期待を
持ったのだが、私としてはどうもいまいちな感じがした。読み終わっても、「それで、どう
なの?」と突っ込みを入れたくなる。あまりすっきりとした終わり方ではない。それが
ちょっと残念だった。
さらば深川
宇江佐真理
☆☆☆☆
材木商伊勢屋忠兵衛の女房が亡くなった。忠兵衛はこれを機にお文に言い寄るが、
お文は忠兵衛の誘いをはねつける。忠兵衛のお文に対する気持ちが変わったとき、
お文の家は炎上した。表題作「さらば深川」を含む5編を収録。髪結い伊三次
捕物余話シリーズ3。
今回も起伏に富んだ読み応えのある話ばかりだった。増蔵の意外な過去が浮き彫りになる
「因果堀」では、男心女心をしみじみと読ませる。「ただ遠い空」では、祝言を間近に控えた
おみつと、おみつの代わりにお文の世話をすることになったおこなの様子を描いている。
どうしようもないけれど、心底憎めないおこなという女性をいきいきと描いているのが印象的だ。
「竹とんぼ、ひらりと飛べ」では、お文の素性が明らかに!お文のとった行動は、はたして
あれでよかったのか?悔いはないのか?余韻が残る話だった。「護持院ヶ原」は、なんとも不思議な
雰囲気の話だった。このシリーズの話の中では異色とも言える。表題作の「さらば深川」では、
伊三次とお文の関係に変化が・・・。これからの展開が楽しみな話となっている。毎回毎回
登場人物たちに意外なことが起こる。本当に魅力あるシリーズだと思う。
紫紺のつばめ
宇江佐真理
☆☆☆☆
「髪結いじゃ、あんたを極上の女にすることはできない。着物も二番手のものばかり。
簪も安物に見える。」材木商伊勢屋忠兵衛の言葉にお文の心は激しく動揺し、彼の申し出を
受ける決心をする。だが、そのことが伊三次との間に深い溝を作ってしまった。はたして、
ふたりは・・・。表題作「紫紺のつばめ」を含む5編を収録。髪結い伊三次捕物余話シリーズ2。
シリーズ2では、ふたりの別れを描いた「紫紺のつばめ」から始まる。それは、衝撃とも思える
始まりだ。この先どうなるのか?ふたりの関係にハラハラしながら、ほかの話を読んだ。
「ひで」は、心の痛む話だ。好きな人のために自分の人生を変えることができるのか?
両方取ることができなかった男の人生は哀れだった。「菜の花の戦ぐ岸辺」では、伊三次に
殺しの容疑が!!そのときの不破の態度が、伊三次との関係にひびを入れる原因となるのだが・・・。
妥協を許さず、現実をしっかり見据えようとする作者の厳しいまでの思いが、この話から
伝わってくる。「鳥瞰図」では不破の妻いなみに異変が!不和には知らせずに陰で動く伊三次たち。
不破と決裂した伊三次だが、心のどこかに不破を慕う気持ちがまだ残っていたことに、安堵した。
「摩利支天横丁の月」では、伊三次に救われた弥八と、お文の家の女中をしているおみつとの
ふれあいをしみじみと描いている。どの話も読み応えがあり、心に響くものがある。面白い
作品だと思う。
幻の声
宇江佐真理
☆☆☆☆
日本橋の呉服問屋成田屋の娘がかどわかされた。下手人を捕らえてほっとした
のもつかの間、翌月になり下手人は自分だと女が名乗り出てきた。深川で芸者を
している駒吉という女だった。彼女はなぜ下手人の男をかばおうとするのか?
そこには秘められた悲しい過去があった・・・。表題作「幻の声」を含む5編を
収録。髪結い伊三次捕物余話シリーズ1。
「短編集はばらつきがあり、全ての話がいいというわけにはいかない。」
ずっとそう思ってきたが、この作品を読んでその考えが見事に覆されてしまった。
どの話もすごくいいのである。ひとつひとつキラキラと輝いている。「幻の声」に
登場する芸者駒吉の心情には、ほろりとさせられた。「暁の雲」に登場する塩魚
問屋のおかみを襲った不幸の結末には、胸を痛めた。「赤い闇」では、同心不破の
妻いなみの壮絶な過去や、隣に住む村雨家の悲劇に、つらいものを覚えた。「備後表」には
たっぷり泣かされた。そして、「星降る夜」では、さまざまな人たちの心の葛藤に、読み
ながら一緒に悩んだり、悲しんだりし、さらに感動も味わった。起伏に富んだストーリー
展開は、この作品を味わい深いものにしている。登場人物もかなり魅力的だ。伊三次と文吉は
これからどうなるのか?この先がとても楽しみなシリーズだ。
天狗風
宮部みゆき
☆☆☆☆☆
その風は天狗風と呼ばれた。その風が吹いたとき、娘が神隠しにあったように
忽然と姿を消した。不思議な力を持つお初は、右京之介とともに姿を消した娘たちの
行方を追うが、得体の知れない何者かがふたりの前に立ちはだかった・・・。
霊験お初捕物控2。
文庫本で564ページ。怖ろしく長い作品だが、構成力がとてもよく、長さをまったく
感じさせない魅力ある話の展開になっている。次々に行方不明になる娘たち。そのときに
吹く不思議な風の正体は?お初と右京之介がしだいに真相に迫っていく様を、息詰まる
ような気持ちで読んだ。また、登場する人たちの描写もていねいで、読んでいるとその
人物像がくっきりと浮かび上がってくるようだった。
この世の中、怖ろしいのは妖怪や幽霊などではない。人の心や、人の思いから作り
出される怨念だ。そのことをいやというほど思い知らされた。人は、仏にも鬼にも
なれる。そのきっかけはほんの紙一重の差しかない。だが、人が作り出した怨念を
鎮めるのも、また人の心なのだ。そこに「人の心」の不思議さを感じる。ラストも
よくまとめられていて、読者の期待を裏切らないものになっている。特に最後の
10行はほっとして微笑まずにはいられない。一気読みしてしまうほど面白い
作品だった。