*2014年*

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  ビブリア古書堂の事件手帖6  三上延  ☆☆☆☆
太宰治の「晩年」を手に入れるため栞子に後遺症が残るほどのけがを負わせた田中が、今度は依頼人として大輔の前に現れた。田中は、今までほしがっていたものとは別の「晩年」をさがしてほしいと、栞子と大輔に依頼する。今、この本はどこにあるのか?行方を追う栞子と大輔は、47年前に起こった事件の真相にも触れることになる。栞子の祖父、そして大輔の祖母が関わった事件とは・・・?

「ビブリア古書堂の事件手帖1」で、栞子によって明かされた大輔の祖母の秘密。それがこの作品の核になっていると言ってもいいのではないか・・・。47年前のさまざまな人間の因縁が、栞子や大輔、そして栞子にけがを負わせた田中にまで影響している。作者は「1」を描いているときにこの「6」の内容まで見据えていたのか!ちょっと驚きだった。
今回は実にさまざまな人物が登場するが、しっかりと描かれているので読んでいて混乱することはなかった。それどころか、ストーリーに幅やふくらみを与え、内容をより面白くしている。それにしても、希少価値のある本というのは、本が好きな人にとっては魔物だと思う。本を愛するがゆえの過ち・・・。いろいろな人の人生を狂わせ、いろいろな人の心に深い傷を負わせた。それは、47年たってもなんら変わることはない。
栞子と大輔はこのまま順調にいくのか?栞子の母・智恵子には、まだ秘密があるのか?太宰の「晩年」にまつわる話と絡み合った複雑なストーリー展開は、本当に面白かった。このシリーズはまだまだ奥が深そうだ。作者によると、あと1、2巻で終わりとのことだが、どういう結末になるのかが今から楽しみだ。反面、終わってほしくないとの思いもあるが・・・。


  三好達治詩集  三好達治  ☆☆☆
哀しみ、喜び、怒り、希望、絶望・・・。さまざまな題材を独特の感性で詩という形で表現した、三好達治の代表作を収録。「新潮文庫20世紀の100冊」1930年。

見るもの、聴くもの、感じるもの・・・。そこに生じる喜怒哀楽を、作者は巧みに言葉を操り、詩という形に作り上げていった。洗練された言葉のひとつひとつが胸を打つ。言葉とは、こんなに巧みに操れるものなのか!凡人にはまねのできない世界がそこにはあった。ストーレートな表現などいらない。紡ぎ出す言葉の間から、感情の揺らぎを感じることができる。独特のもののとらえ方、独特の表現、それらは色あせることなく、いつの時代も読み手を魅了することだろう。詩の持つ魅力、そして奥深さを感じた作品だった。


  天に星 地に花  帚木蓬生  ☆☆☆☆
年貢の負担が重くなり、怒った百姓たちは一揆を起こそうとする。だが、家老の稲次因幡の働きにより、かろうじて一揆は回避された。この出来事は、久留米藩井上村の大庄屋高松家の次男・庄十郎の胸に深く刻み込まれた。時がたち、庄十郎は医師の道を歩み始めるが・・・。

いつの世も、一握りの権力者が利益をほしいままにする。百姓たちにできることは集団で訴える一揆しかない。だがそれは、藩存続の危機になりかねない。家老の稲次因幡はかろうじて一揆を抑えることができたが、彼のその後の運命は残酷だった。 庄十郎は、病で九死に一生を得る。そのことがきっかけで医師を志すが、兄との間に生じた溝は生涯消えることはなかった。稲次因幡と庄十郎、このふたりの間には不思議な絆が生まれていく・・・。
医師となった庄十郎だが、どんなにがんばっても救えない命もある。絶望や挫折を乗り越え、成長していく彼の姿は胸を打つ。また、貧しい中で支えあいながら生きていく百姓たちの姿も胸に迫る。だが、そんな彼らに、藩主の理不尽な要求が突きつけられる。黙って受け入れても命にかかわる。逆らって騒ぎを起こしてもただではすまない。彼らがとった行動の結末は・・・。
「天に星 地に花 人に慈愛」
読了後、この言葉の持つ意味がどれほど重いかを実感した。そして、「人が生きていくうえで必要なのは何か?」そのことをあらためて考えた。感動的で、いつまでも余韻が残る、珠玉の作品だった。

* この作品の中に出てくる5人の庄屋の話は、同じ作者の「水神」に詳しく描かれています。そちらもオススメです♪


  紅けむり  山本一力  ☆☆
1795年(寛政7年)の東インド会社の終焉で輸出が途絶え、曲がり角を迎えた伊万里周辺で、公儀の隠密が動き回っていた。「爆薬である塩硝が密造されている!」藩存続の危機になりかねない事態の中、薪炭屋・山城屋の主・健太郎は、公儀の隠密から協力を求められるのだが・・・。

塩硝の密造、伊万里焼に絡むひそかな企み、動き回る公儀隠密・・・。伊万里の周辺は不穏な空気に包まれていた。本の帯のあらすじを見たときは、てっきり健太郎が活躍するのかと思った。だが、読んでいるうちに話が混沌としてきた。いったい、どの話が中心なのか?誰が主人公なのか?焦点が絞り切れていなく、健太郎の身に起こるできごともとても不可解だ。中には派手なアクションシーンもあるが、全然つまらない。ラストは無難にまとめたようだが、それも白々しく感じた。「600ページの中身はいったい何だったのか?」読了後、いくら考えても分からない。主人公不在のまとまりのない支離滅裂な話だった。最後まで読むのがつらかった・・・。


  ようこそ授賞式の夕べに  大崎梢  ☆☆☆
届いた不審なFAX・・・。しかも、差出人の名前は8年前に閉店したはずの書店になっていた。はたして、書店大賞授賞式を無事行うことができるのか?授賞式開始時間が、刻々と迫っていた・・・。

「成風堂書店事件メモ」、「出版社営業 井辻智紀の業務日誌」、両シリーズのキャラクターが勢ぞろい!
ということで読んでみた。このふたつは私の好きなシリーズだ。
不審なFAXの送り主は閉店したはずの書店。しかもその店主は・・・。書店大賞の授賞式を無事終わらせるために、両シリーズおなじみのメンバーが真相を求め協力し合う。内容については、事件の背後にもっと複雑な動機があるのかと思ったが意外と普通だった。また、個性的な登場人物がたくさん登場するせいか、話があちこちに飛びストーリー展開がぎこちない感じがした。焦点が絞られていない?でも、書店大賞(実際は本屋大賞)のこと、業界や書店の内情など、今回も私たちが普段知ることができない本の世界について書かれていてとても興味深かった。ラストも無難にまとめられていると思う。


  家族シアター  辻村深月  ☆☆☆
姉と妹、姉と弟、母と娘、父と息子、祖父と孫・・・。それぞれにいろいろな事情を抱え、いろいろなトラブルに巻き込まれたりもする。さまざまな家族のさまざまな愛の物語を7編収録。

私にも4歳違いの妹がいる。小さい頃はケンカばかりしていた。けれど、それぞれ家庭を持ってからは、何でも話せる仲の良い姉妹になった。今は、妹がいてくれて本当によかったと思っている。
この作品に登場するさまざまな家族・・・。かけがえのない家族だからこそ許せないこともある。争うこともある。時には傷つけあうこともある。けれど、家族だからこそ心を寄り添わせることもできる。許すこともできる。
7つの話の中で特に印象に残ったのは、「1992年の秋空」と「タマシイム・マシンの永遠」のふたつだ。「1992年の秋空」は姉妹の物語で、自分たち姉妹と重ね合わせながら読んだ。「なぜ小さい頃は妹とケンカばかりしたのだろう?」今思うと胸が痛くなる。「タマシイム・マシンの永遠」は、赤ちゃんを連れて帰省する夫婦の物語だ。「覚えててね。」この言葉が意味するものに触れたとき、涙が出そうになった。とてもいい話だと思う。
家族・・・。それがどんなに大切でかけがえのないものであるかを、この作品はあらためて教えてくれた。穏やかなぬくもりが感じられる作品だった。


  青玉の笛  澤田ふじ子  ☆☆☆
お紀勢を嫁にするのは、佐七か?彦次郎か?だが、彦次郎は忽然と姿を消し、お紀勢は佐七に嫁いだ。ある日、息子の修平が人攫いに攫われたのだが・・・。表題作「青玉の笛」を含む6編を収録。

どの話も、その時代に生きる人々の暮らしが生き生きと描かれている。
表題作「青玉の笛」では、佐七と彦次郎の間に起こったできごとやお紀勢の取った行動に、読んでいてどちらも救われない気持ちになった。いちばん哀れなのは、修平ではないだろうか?
6編の中では「四年目の壺」がいちばん印象に残った。芳助とお清、紆余曲折はあったけれどこれから幸せに暮らしていくに違いない。わずかでも希望の光が見えるような終わり方の話に、ほっとさせられた。
いつの時代も、まじめに倹しく生きていくのが一番だ。だがそれは、決して楽な生き方ではない。むしろつらいことかもしれない。そんな中でけなげに生きる人たち・・・。明るい話ではなかった。むしろ、読んでいて暗い気持ちになる話の方が多かった。けれど、深い味わいのある作品だと思う。


  ときぐすり  畠中恵  ☆☆☆☆
神田町の町名主の跡取り息子・麻之助は、滝助という男から仕事の相談を受ける。だが滝助の育ての親は巾着切りで、滝助自身も賊の飯炊きをしていたという。はたして彼を信用していいのか?いまだに捕まっていない賊の若頭らと滝助との間には、まだつながりがあるのか?表題作「ときぐすり」を含む6編を収録。「まんまこと」シリーズ4。

妻のお寿ずに先立たれたショックからいまだに立ち直れない麻之助。そんな麻之助を心配する町名主の清太郎と同心見習いの吉五郎。3人は、今日も町内に起こるさまざまなもめ事を解決していく。
「朝を覚えず」では、麻之助が自分の体を実験台に使って周りの物を心配させる。お寿ずが生きていたならこんな無茶はしなかったのではないだろうかと、読んでいて心が痛む。
「たからづくし」では、清太郎が持ち込まれたお見合いの話を避けるため失踪(?)する。清太郎が書き残した文章の謎を解いてみれば・・・。ラストはちょっと切なかった。
「きんこんかん」では、3人の娘の争いが面白い。解決策は予想通りだったが、読後感がよかった。
「すこたん」は、瀬戸物問屋と茶問屋のいさかいの話だ。大事にするのは皿か茶か?だが、その裏には本当のいさかいの理由があった。しかもそこから事態は思わぬほうに転がっていく・・・。こじれた人間関係を修復するのは大変なことだと思った。
「ともすぎ」では、高利貸しの丸三が吉五郎を心配して行動を起こす。ともだちというのはいいものだと、改めて感じさせてくれる話だった。丸三の姿にジンときた。
「ときぐすり」では、滝助の言葉が印象的だった。月日の流れが心を癒してくれる。周りの者たちが、くじけそうな時支えてくれる。麻之助がそう思うことができたなら、お寿ずを喪った悲しみから少しずつだけれど立ち直ることができるのではないだろうか。
人生楽しいことばかりではない。つらいこと哀しいこともたくさんある。でも、それを乗り越えたとき、大きな喜びが待っているのではないだろうか。この作品を読んでそう感じた。ほのぼのとした温もりを感じる作品だった。


  キャロリング  有川浩  ☆☆☆
小規模子供服メーカー「エンジェル・メーカー」のクリスマス倒産が決定!それと同時に学童保育も終了することに・・・。「エンジェル・メーカー」で働く元恋人同士の俊介と柊子。そして、両親の離婚の危機で悩んでいる学童保育に通ってくる航平。航平は何とか両親を仲直りさせたいと思い、今は別居している父親に会いに行こうとする。俊介と柊子はそんな航平と行動を共にするのだが・・・。

航平の両親の不和はもうどうしようもない。それは小学生の航平には理解できない。父親が母親に謝ればすべてうまくいくと思いこんでいる。両親の不仲がいったいどれほど子どもの心を傷つけるのか・・・。読んでいて切ない。元恋人同士の俊介と柊子の関係も微妙だ。ふたりともまだ心が揺れ動いている。ふたりともまだお互いに相手を想っている。そのことが、ふたりのしぐさや言葉からにじみ出ている。もう一度寄り添いたいと思っているのになかなかそれができない。そういう作者の描写は絶妙だ。
「離婚してほしくないという少年の願いは?」「俊介と柊子はどうなる?」そこに「誘拐」という要素が加わり、事態は思わぬ方向に・・・。
現実味が乏しくドラマっぽい展開だが、後半はよくまとめられていたと思う。ラストもぐっとくる。読後、心がほんのりと温かくなる作品だった。


  水底の棘  川瀬七緒  ☆☆☆☆
遺体を最初に発見したのは、赤堀だった!
昆虫学者の赤堀涼子は、害虫駆除会社を営む後輩の手伝いでユスリカの駆除のため荒川河口にやってきて、そこで遺体を発見する。その遺体は、虫や動物に食い荒らされ損傷が激しかった。わずかな手がかりをもとに、捜査本部そして赤堀は、それぞれ別の角度から被害者の身元に迫ろうとするが・・・。法医昆虫学捜査官シリーズ3。

絞殺されたと思われる遺体。だが、損傷が激しく、所持品もほとんどないことから、身元の特定は困難を極めた。赤堀は、ウジやわずかに残された虫であろう微物から真実の糸を手繰り寄せていく。どんなささいなことも見逃さず、知識を駆使して虫の生態を調べ、被害者の状況を浮かび上がらせていく。今回は、陸上の生き物たちの生態だけではなく水中の生き物たちの生態も描かれていて、とても興味深かった。また、刺青のことについてもかなり深く描かれていて、よくここまで調べたと感心するほどだった。被害者はなぜ死んだのか?根底を覆す新事実もあり、驚かされた。そして、事件の真実に迫る岩楯刑事に危機が!その時の赤堀の行動力はすごかった。
最後まで飽きさせない、読みごたえのある面白いストーリーだった。今後の岩楯と赤堀の関係も気になるし、次回作が待ち遠しい。


  ウィンター・ホリデー  坂木司  ☆☆☆
夏休みに息子・進と劇的な対面をした大和。その進が、冬休みに遊びに来ることになった。元ヤンで元ホストで今は宅配便のドライバーの父・大和と、主婦のような小学生の息子・進との冬休み期間限定の父子物語。「ワーキング・ホリデー」の続編。

前作「ワーキング・ホリデー」で、大和は進と初めて対面する。大和は、別れた由希子との間に自分の子どもがいるなんて想像もしていなかった。だが、夏休みの間一緒に過ごすうちに、父親としての自覚が芽生えていく。そして今回の「冬休みバージョン」では、大和のテンションは上がりっぱなしだ。いろいろな問題が持ち上がるが、ホスト時代の仲間、ヤンキー時代の仲間、そして職場の仲間に助けられ、何とか乗り越えていく。大和と進も、本音をぶつけ合うことができる親子関係になっていく。
文章表現のせいか、全体的に軽い。内容にも深みがなく、上っ面だけという感じが強かった。ストーリーもなんだか都合がよすぎる展開だ。 現実味がなく、読んでいても共感できる部分があまりなかった。読んで楽しめるとは思うが、物足りない感じのする作品だった。


  冬天の昴  あさのあつこ  ☆☆☆☆
武士が女郎屋で遊女と無理心中を図った。それは、本当に心中なのか?それとも・・・。定町廻り同心の木暮信次郎は、心中事件に何者かの作為を感じ真相究明に乗り出すが・・・。「弥勒」シリーズ5。

このシリーズでは、木暮信次郎という人間を深く描いている。シリーズをずっと読んできたが、木暮信次郎ほど心の中が見えない人物はいない。いったい何を考えているのか?心の中に底知れぬ暗い穴を持っているようで、薄気味悪く感じる時もある。彼はどうしてこういう人間になってしまったのか?誰にも知られたくない過去を持っている清之介が、危険を感じながら信次郎に惹かれていく。おのれの身の破滅につながるかもしれないのに、信次郎と関わりを持とうとする。それは、信次郎にしても同じだ。彼も、危険なにおいを嗅ぎ取りながら清之介と関わりを持とうとする。ふたりのやり取りは読んでいてハラハラするが、ふたりの間に入る伊佐治の存在がとても救いになっている。3人のバランスが絶妙だ。
「信次郎は普通の人間なのか?」ずっと疑問を感じていたが、この作品では人としての信次郎の姿も垣間見え、何だかホッとした。信次郎と清之介、ふたりの間には信頼関係が生まれ始めているのだろうか?今後の展開が気になる。
人間の心を深く掘り下げ、喜び、悲しみ、憎しみ、妬み、恐れを余すところなく描いている。読後は張り詰めていたものが一気に緩んだような気持ちになり、ため息が出た。あさのあつこさんは、本当にすごいものを描いたと思う。


  シンクロニシティ  川瀬七緒  ☆☆☆
東京・葛西にあるトランクルームから女性の死体が発見された。腐敗が激しく、人相も死亡推定時刻も分からないほどだった。捜査一課の岩楯は、さっそく捜査を始める。大量のウジや蝿が遺体に集まっていたため、法医昆虫学者の赤堀が呼ばれることになったのだが・・・。法医昆虫学者捜査官シリーズ2。

私は虫が大嫌いだ。なのに、このシリーズを好んで読んでいる。虫の描写は読むと鳥肌が立つが、それ以上にこの作品には惹かれるものがある。
腐敗が進み死亡時刻を判断できない遺体。だが赤堀は、遺体に群がるウジや蝿などの種類から的確に被害者の殺害された日時を割り出していく。虫の生態が、被害者の状況を浮き彫りにしていく。その過程はとても興味深い。犯罪の動機や犯行手口には正直なところそれほどの面白さは感じないが、虫の生態を犯罪捜査に使うという設定には面白さと新鮮さを感じる。それは、前作の「147ヘルツの警鐘」を読んだ時にも感じた。「虫が犯人を教えてくれる。」まさに「虫の知らせ」だ。 また、今回のシリーズでは、岩楯と赤堀の微妙な関係も気になるところだ。
なかなか魅力のある、楽しめる作品だと思う。私の虫嫌いは直りそうにないが、めげずにこれからもこのシリーズを読んでいきたいと思う。


  楽園のカンヴァス  原田マハ  ☆☆☆☆
ニューヨーク近代美術館のアシスタント・キュレーターのティム・ブラウンは、伝説のコレクター、コンラート・バイラーの邸宅で1枚の絵を見せられる。それは、アンリ・ルソーの「夢」に驚くほど似ていた絵だった。手掛かりとなる古書を読み真贋を判定するのに与えられた期間は7日間。正しく真贋判定してこの絵を手に入れるのはティムか?それとも、同じようにバイラーに呼ばれた日本人研究者の早川織絵か?そして絵に込められた想いとは?山本周五郎賞受賞作品。

1枚の絵をめぐり、さまざまな人たちの思惑が入り乱れる。アンリ・ルソーの最後の絵となった「夢」。その「夢」に酷似した絵「夢をみた」。それは本物なのか?その謎解きのためにティムと織江が読むことになった古書には、ルソーとピカソの姿が生き生きと描かれていた・・・。
画家というのは、自分の作品にどれだけの想いをこめているのだろう。いや、もしかしたら、命を削り取って描いているのか!?時を超えて語られる画家たちや彼らを取り巻く人々の描写は感動的だった。絵画に関するミステリーというのも異色で興味深かった。アンリ・ルソー。名前だけは知っていたが、「こういう画家だったのか!」と驚きもした。美術関係には全く縁のない私でも、読んでいてこの作品にぐいぐい引き込まれた。読後も余韻が残る、面白い作品だと思う。




  東雲の途  あさのあつこ  ☆☆☆
岸辺近くの橋の脚に、男の屍体が引っ掛かっていた。その男から瑠璃が見つかる。あるべきはずのない瑠璃がそこにある・・・。その瑠璃を見たとき、遠野屋清之介は己の過去と向き合う覚悟を決めた。「弥勒」シリーズ4。

過去はいつまでもつきまとう。逃げれば逃げるほど。清之介は自分の過去から目をそむけるのをやめ、向き合うことを決意する。それは、並々ならぬ決意だと思う。怨むのではなく許す。殺すのではなく生かす。その清之介の覚悟が痛いほど伝わってくる。生きることは時として、死ぬより辛いこともある。だが、商人として生きていこうと決心したからには、どんなことをしても生きなければならない。無駄な争いを避けようと、敵の懐に飛び込む清之介の行動は潔いものだった。彼のこれからの人生が、ほんの少しでもいいから「幸せだな。」と感じられるものであってほしいと願わずにはいられない。切ないけれど、味わいのある作品だった。


  蜩ノ記  葉室麟  ☆☆☆
豊後羽根藩の檀野庄三郎は、城中でけんか騒ぎを起こすという不始末を犯した。本来なら切腹となるところだが、格別の計らいにより切腹を免れる。その代わりに与えられた任務は、元郡奉行・戸田秋谷の監視だった。秋谷は7年前に不祥事を起こし、10年後の切腹を命じられた。残された時間はあと3年。だが庄三郎は、秋谷と暮らし始め彼の人柄を深く知るにつれ、疑問を抱くようになる・・・。
「秋谷は本当に切腹しなければならないようなことをしてしまったのか?」

もし、自分の生きる期間を決められてしまったら、人はここまで冷静でいられるだろうか?秋谷への切腹の沙汰は、権力争いの果てに起きた理不尽なものだった。けれど、彼は異を唱えることもなく、ただ静かにおのれの運命として受け入れる。騒げばどうなるのか、彼は知っている。それは、強く凛とした生き方だ。秋谷の命を救おうと真相を探る庄三郎。だが、彼の力には限界がある。時は静かに静かに、さだめに向かって流れていく・・・。
「どう生きるのか?」だけが大切なことではない。「どう命を終えるのか?」も同じくらい大切なことだと思う。それと同時に、死んでしまえばすべてが終わりではなく、そこから新たな未来が始まるのだということも強く感じた。「生と死」を見事に描いた、いつまでも余韻の残る作品だと思う。


  こいわすれ  畠中恵  ☆☆☆
江戸町名主の跡取り息子の麻之助が、幼なじみの町名主で色男の清十郎、堅物の同心見習いの吉五郎とともに挑んだ謎は「置いてけ掘」だった。はたしてその堀に本当に河童はいるのか?「おさかなばなし」を含む6編を収録。「まんまこと」シリーズ3。

喪った子供をいつまでも追い求める父親、ひとりの女性を巡る意地の張り合い、麻之助に届いた差出人不明の恋文らしきもの、”離縁”にからむ策略、富くじ騒動などなど。このシリーズもさまざまな揉め事や事件が起きる。解決策をあれこれと思案する、麻之助、清十郎、吉五郎、この3人のやり取りも面白い。一方、麻之助自身にも、妻のお寿ずのおめでたといううれしい出来事がある。生まれてくる子供のためによき父親になろうとする麻之助の姿はほほえましい。ずっと楽しく読んでいたはずなのだが、ラストには思わぬ事件が待っていた。あまりの衝撃にしばし呆然・・・といった感じだった。作者はなぜこんな展開にしたのか?こういう展開にする必要があったのか?ほのぼのとした作品だと思っていただけにショックだった。これからこのシリーズはどういう方向に進んでいくのだろうか?楽しみでもあり、心配でもあり、不安でもある。


  昨日のカレー、明日のパン  木皿泉  ☆☆☆
7年前、25歳という若さで逝ってしまった一樹。たった2年の結婚生活だった。一樹の死後、ギフと一緒に暮らし続けるテツコ。何気ない日常生活の中で、テツコは次第に一樹の死を受け入れ始めるのだが・・・。

25歳という若さで逝ってしまった一樹、遺されたテツコとギフ(義父)、どちらも切ない。けれど、テツコとギフの生活に悲壮感はない。喜びも悲しみもふわりと包み込み、淡々と日常生活を送っている。大きな事件など起こらない。あるのは、本当に平凡な毎日だ。けれど、その平凡な生活がいかに大切でかけがえのないものか、あらためて強く感じさせられた。はたから見れば夫に先立たれたテツコがギフと暮らし続けるのはおかしなことかもしれないが、ギフとの生活の中にテツコの居場所があることが痛いほど伝わってくる。家は、ただ眠ったり食べたりする場所ではない。そこには、温かな暮らしがなければならないのだ。
悲しみは決して消えることはないけれど、悲しみを思い出に変えて生きていくことはできるはず。「テツコの未来がキラキラと輝いていますように。」と、願わずにはいられない。
切なくて、温かくて、そして心に余韻が残る作品だった。


  四人組がいた。  高村薫  ☆☆
元村長、元助役、郵便局長、キクエ小母さん。ひと癖もふた癖もありそうな四人組が、一日中茶飲み話に花を咲かせる。彼らにかかればどんな問題も即解決!?高村薫がユーモア小説に挑戦!12編を収録。

村の過疎化、少子高齢化、宗教問題、村おこしにアイドル問題。そして、四人のたむろする集会所を訪れるさまざまな人や四足の生き物。内容はバラエティに富んでいる。だが、現実にはあり得ないことが次から次へと起こり、単なるドタバタ劇のようだ。ブラックユーモア小説ということなのだろうが、毒々しすぎて笑えない。笑えないどころか、読んでいて不快感を感じるところもあった。あちこちで書評を見ると高評価のようだが、正直どこがいいのかさっぱり分からなかった。心に響いてくるものが全くない。途中から、読むのが苦痛になってくるほどだった。ラストも???なぜこんなラストにしたのか理解できない。私の大好きな作家、高村薫の作品ということで期待して読んだのだが、完全に期待を裏切られた。読後感も悪く、面白味を感じない作品だった。


  昨日みた夢  宇江佐真理  ☆☆☆
祝言を挙げて1年ほどたった頃に突然姿を消した亭主 勇次を今でも忘れられないおふく。実家の口入れ屋に戻りさまざまな奉公先に駆り出されるうちに、彼女の人生観はしだいに変わり始めた・・・。6編を収録。

口入れ屋とは、今で言う人材派遣会社のようなものだ。おふくの実家「きまり屋」も、働き口を求めてやって来た人に奉公先を紹介する。人のやりくりがつかないときは、おふくが助っ人として駆り出される。
それにしても、よその家というのは入ってみなければ分からないことがたくさんある。普段見ているのはほんの一部だ。評判のいい店も内情は・・・。腕が悪い医者だと思っていたが実際は・・・。腕がいいと評判の按摩の心に中に渦巻くものは・・・。おふくのため息が聞こえてきそうだ。
亭主に逃げられたおふくは、自分だけが不幸だと思っていたところがある。だが、世の中は自分の思い通りに動くものではないということに気づいていく。表題作「昨日みた夢」の中のおふくは、亭主に逃げられてうじうじしているおふくではない。これからの自分の人生をしっかりと見つめ、考えることができる女性へと変わっている。おふくの人生はこれからだと思う。
読んでいて楽しくなるような話ではなかったが、心に染みるものがあった。味わいのある作品だと思う。


  荒神  宮部みゆき  ☆☆☆☆
今は反目しあうが、元はひとつだった永津野藩と香山藩。ふたつの藩のいがみ合い、お家騒動、逃散・・・。そんなさまざまな問題などあざ笑うかのように怪物は現れた。「生か死か?」人々は怪物に立ち向かおうとするのだが・・・。

神かそれともただの化け物か?山村が一夜にして壊滅する!人々は恐れ慄き逃げ惑う。だが、怪物は容赦しない。命ある者をことごとく襲う。なぜそんな怪物が現れたのか?それは、人がやってはいけないことをしてしまった報いなのか?人の心の中にある憎しみや恐れが形になり、人に牙を剥いたのか?いや、人の人としての奢りが災いを招いてしまったのかもしれない。怪物は絶対に倒さなければならない。もう永津野藩でも香山藩でもない。
「いったいどうやって怪物を倒すのだろうか?」
作者は意外な結末を用意していた。それはほろ苦く哀しいものだった。おのれの運命を静かに受け入れたとき、最後に何を思ったのか?これまでの人生はいったい何だったのか?それを考えると胸が痛い。
遺された人たちは、決して同じ過ちを犯してはならない。いや、彼らは絶対に同じ過ちを繰り返すことはないだろう。それが、逝ってしまった者たちへの供養になると信じているから・・・。
人の心の中に潜むものを余すことなく描いていて、とても読みごたえがあった。つらくむごい場面も多くあったが、読後感は悪くなかった。圧倒的な迫力のある、とても面白い作品だと思う。


  約束の海  山崎豊子  ☆☆☆
1989年7月22日、海上自衛隊の潜水艦と釣り船が衝突!そのときから、若き士官花巻朔太郎の苦悩が始まった。一方、朔太郎の父花巻和成にも壮絶な過去があった。父と子の壮大な物語。

第1部では、潜水艦と釣り船の衝突という大きな事件の中で苦悩する朔太郎を描いている。自衛隊という組織の中で順調に昇っていくはずだった朔太郎は、厳しい現実の中に投げ込まれることになる。海難審判の描写も緊迫感があり、胸に迫るものがあった。はたしてこれからどうなるのか?頼子との関係も気になるところだ。
作者は、第2部では真珠湾攻撃に参加した朔太郎の父和成のことを、第3部では第2部最後のシーンから数年後のこと(父の和成は死去)を描こうとしていた。この作品は壮大な物語になるはずだった。それが、作者が亡くなったことで未完になってしまった。第1部しか読めないのは、本当に残念でならない。
作品は未完になってしまったが、この作品に込められた作者の思いはしっかりと受け止めたいと思う。戦争とは、平和とは、そして国を守るということは・・・?あらためて考えてみたい。


  首折り男のための協奏曲  伊坂幸太郎  ☆☆☆
ある男が首の骨を折られて殺されるという事件が発生!目撃情報による犯人像がテレビで報道されたとき、若林絵美は「隣に住んでいる男が犯人では?」と疑いの目を向けるが・・・。「首折り男の周辺」を含む7編を収録。

つながっているようでつながっていない。つながっていないようでつながっている。そんな奇妙な短編集だ。「首折り男」が登場したり、黒澤が登場したり、それぞれの話にはそれぞれ独特のインパクトがあった。いつも思うのだが、伊坂幸太郎は話のまとめ方が絶妙だ。それぞれの断片にはきちんと意味があり、その断片が合わさると全く違うものが見えてくる。作者得意の作品構成だ。
「僕の舟」は、現実的にはあり得ないことかもしれないが、そんな偶然があったら素敵だなと思わさせてくれる話だ。「もう少し早く分かれば・・・。」そういう切ない余韻も残った。
「相談役の話」は、怖かった。読んでいてその光景を想像すると背筋が寒くなった。悪いことは絶対にしてはいけない。
「合コンの話」では、男3人女3人の合コンの様子が淡々と描かれている。別に事件が起こるわけでもなく他愛のない話なのだが、読んでいると引き込まれていくから不思議だ。まるで自分もその場にいるかのような感覚を味わった。
好き嫌いが分かれる作品ではないかと思うが、私には面白かった。今回も伊坂ワールドを存分に楽しむことができて満足だった。


  ホリデー・イン  坂木司  ☆☆☆☆
ホストクラブを経営しているジャスミンには、人を拾う”拾い癖”があった。だが、誰でも拾うというわけではない。若い男しか拾わない。そんなジャスミンが拾ったのは、何と、おっさんだった!ジャスミンと”おっさん”の出会いを描いた「ジャスミンの部屋」を含む6編を収録。「ホリデー」シリーズのスピンオフ作品。

「ジャスミンの部屋」に登場するおっさん。彼のひと言がジャスミンの心をとらえる。「おかまだが、いい脚だ。」人は、相手の何気ない言葉で心を動かされる時がある。そのタイミングを絶妙に描いたこの話は、読んでいて心がほのぼのとしてくる。ジャスミン、本当にいい人だ!
「大東の彼女」では、ラストの大東の思いが心に響いた。何が不幸で何が幸せなのか?考え始めたらきりがないし、そもそも幸せか不幸かは、同じ事でも人によって受け取り方が違うものなのだ。悩みがあるときはくよくよ考えてばかりいないで、「なるようになるさ!」と多少開き直るのも悪くないかもしれない。
「雪夜の朝」では、人というのは実にさまざまな思いを心の中に抱えて生きているのだと思った。雪夜の心の内にあるものを見抜くジャスミンはすごい!彼女(彼?)もいろいろ苦労してきたのだなと感じた。
「ナナの好きなくちびる」では、人は人と出会うことで救われる時があると感じた。「ナナは、これからも大丈夫!」そう思う。私は人づきあいは苦手だが、「人とつきあうのも悪くないかも♪」と思わせてくれた。
「前へ、進」「ジャスミンの残像」は、ヤマトと進についての話だ。「ワーキング・ホリデー」を読んだときには知ることができなかったふたりのエピソードがほほえましかった。ジャスミンは、こんなヤマトをよく拾ったものだ・・・。人の持っている「何か」を見抜く力があるのか?
どの話も温もりを感じる。読んでいると、心がやさしくなっていくような作品だった。面白かった。


  マスカレード・イブ  東野圭吾  ☆☆☆
東京で大学教授が殺害された。新田浩介があやしいと思った男には、アリバイがあった。大阪にいたのだ。だが男は、宿泊したホテルの名前を言おうとはしなかった。そこにはいったい何が隠されているのか?表題作「マスカレード・イブ」を含む4編を収録。「マスカレード」シリーズ2。

「マスカレード」の魅力は、刑事の新田浩介とホテルマンの山岸尚美、ふたりがぶつかりあいながら事件を解決に導くというところにある。新田は犯人の仮面を暴く。一方、山岸はあくまでも客の仮面を守ろうとする。相容れないふたりの考えがどこでどう妥協点を見つけていくのか?駆け引きが面白い。
今回の作品は、「マスカレード・ホテル」に登場した新田と山岸、このふたりが出会う前のそれぞれの物語を描いている。ふたりがどんな人生を歩んできたのかが垣間見えて興味深い。
「それぞれの仮面」では、山岸の元彼が登場する。動揺しながらも毅然とトラブルを解決する山岸の姿に、ホテルマンとしての気概を見た。「ルーキー登場」では、新田の鋭い洞察力が光る。「仮面と覆面」では、宿泊客を守ろうとする山岸の奮闘ぶりが面白かった。表題作「マスカレード・イブ」は、目新しさや意外性はなかったが読み応えがあった。
「ホテル」という限られた空間の中で起こる事件。新田と山岸がどう解決していくのか、これからもふたりの活躍に期待したい。


  つばき  山本一力  ☆☆☆
寛永元(1789)年5月初旬、つばきは浅草から深川に移り住み、浅草の時と同じ一膳飯屋「だいこん」を開業した。だが、同じ江戸でも浅草と深川とでは仕来りが違う。つばきは深川でどう生きていこうとするのか?彼女の戦いが始まった・・・。「だいこん」の続編。

「だいこん」の続編が出たと知り、さっそく読んでみた。舞台は浅草から深川へ。同じ江戸でも環境は微妙に違う。つばきは深川に馴染もうと懸命に努力する。「だいこん」の評判も上々だ。だが、「出る杭は打たれる」と言われるように、商売繁盛を妬む者も現れる。つばきは、降りかかった災いを見事に福に転じる。山本さんの作品を読むといつも、人と人との心のつながりがいかに大切かを感じずにはいられない。ちょっとした心配りが相手の心に大きく響き、思いがけない幸せをもたらすこともある。だが、そこに打算があってはならない。打算は、人間関係に溝を作ってしまう。つばきはいつも真っ向勝負だ。時には損得抜きで行動する。その潔さは読んでいて爽快だ。つばきは、いろいろな人に支えられて成長していく。ほろ苦い別れも経験したが、それもつばきを大きく成長させる糧となった。読んでいてつばきにあまり感情移入はできなかったが、まあまあ面白い作品だと思う。


  すえずえ  畠中恵  ☆☆☆☆
長崎屋の若だんな一太郎のお嫁さんがついに決まった!?
離れに住む妖たちとの生活はどうなる?仁吉や佐助とは別れなければならないのか?ハラハラドキドキの展開の「仁吉と佐助の千年」を含む5編を収録。しゃばけシリーズ13。

シリーズもNo.13になった。登場人物たちは確実に年を重ねている。一太郎も嫁を迎えてもいい年になってきて、妖たちとの関係も微妙に変わってきている。いつまでもこのままの関係が続くとは思っていなかったけれど、続かないのでは?と思うと寂しさがこみ上げる。「出会いがあれば、必ず別れがある。」とはよく言われるが、一太郎と妖たちもいつかは別れなければならないのだろうか・・・。「仁吉と佐助の千年」は、いろいろ考えさせられる内容だった。
「栄吉の来年」では、栄吉の成長ぶりにも驚かされた。いつまでも子どものときと同じではないのだ。それは、一太郎にも言えることなのだが。
「寛朝の明日」では、人間の世界で妖が暮らす難しさを感じた。どんなに努力しても乗り越えられない壁があるのだ・・・。
今回の作品も期待通りの面白さだった。このシリーズがこれからも続くことを切に願っている。


  セブン  乾くるみ  ☆☆☆☆
女子高の生徒会室に集まった7人の生徒。彼女たちの中のひとりが、トランプの数当てゲームを思いつく。だが、それは単なる数当てゲームではなかった。生きるか死ぬかの、サバイバルゲームだった・・・。「ラッキーセブン」を含む7編を収録。

この作品の中には、数字の「7」にまつわる7つの話が収められている。どれも個性的でよかったが、特に「ラッキーセブン」、「ユニーク・ゲーム」、「TLP49」がよかった。
「ラッキーセブン」は単なる数当てゲームかと思ったが、奥が深かった!彼女たちが互いに裏の裏を読もうとする心理描写は、読んでいてドキドキした。また、やるかやられるか?命をかけたゲームの描写は緊迫感があり、ラストまで目が離せない面白さだった。
「ユニーク・ゲーム」も、命を賭けた勝負だ。生か死か?シリアスなのだが、意外なラストは滑稽でもあった。こちらも、相手の心理を読み取るという点で面白かった。
「TLP49」は、しっかり読まないと頭の中が混乱してしまう。絶体絶命のピンチの後に来たものは・・・。ラストはちょっとでき過ぎの気もするが、ほっとするものでもあった。作者の発想の良さが光る。
その他の作品もなかなかよかった。読後も満足感が残る、面白い作品だと思う。


  銀翼のイカロス  池井戸潤  ☆☆☆☆
頭取の意向で業績不振に陥った帝国航空を担当することになった半沢だが、思わぬ横槍が入る。政権交替により、有識者会議で承認された修正再建プランが白紙撤回され、国土交通大臣の鶴の一声で再生検討チーム「タスクフォース」が立上げられた。半沢対タスクフォースの戦いが始まった・・・。半沢直樹シリーズ4。

有識者会議で決定された修正再建計画。それが白紙撤回され、国土交通大臣の私設諮問機関「タスクフォース」が立上げられた。だが、それは本当に帝国航空の未来を考えてのものではなかった。それは、面子のためであり、私利私欲のためだった。帝国航空再建を利用しておのれの欲求を満たそうとする者たちが群がってくる。そして、タスクフォースの乃原が銀行側に債権放棄を迫り、半沢たちと激しく対立する。
今回の戦いの相手は、巨大権力を持つ政府機関、大臣、政界の実力者だ。今度はいくら半沢でも無理なのでは?と思った。だが、半沢は怯まなかった。相手がだれであろうと、間違ったことをする人間は許さない。真正面から堂々と立ち向かっていく。帝国航空は再生することができるのか?債権放棄をしなければならないのか?すべてタスクフォースの思い通りになってしまうのか?過去の融資問題とも絡み合い、事態は思いがけない方向へと進んでいく。そしてしだいに真実が明らかになっていくが、それは諸刃の剣だった。相手を打ち負かすことはできるが、こちらも相手と同じくらい深い傷を負う。「半沢!どうする!?」読んでいて目が離せなかった。ひたすらラスト目指して読み進む。そして・・・。
半沢に達成感はあるのだろうか?あるとしたら、それは悲壮感を伴ったものではなかったのか?この作品の冒頭にある牧野治の遺書は、いったいどんな意味を持つのか?彼は何のために死んだのか?彼は本当に死ななければならなかったのか?私には分からない。銀行の体面と人の命、どちらが重いかは明白なはずなのに・・・。頭取の中野渡の言葉も胸にずしっとくるものだった。
少々マンネリ化してきたかなと思うが、このシリーズは本当に面白い。一気読みだった。次回の半沢の活躍に期待したい。


  戌亥の追風  山本一力  ☆☆☆☆
女人吟味役おせいの個人的な恨みのせいで、店の大事な用で出かけたおきょうが船番所に留め置かれた。「理不尽な扱いは許さない!」与力、同心、手代、肝煎など、さまざまな男たちが立ち上がった。

おきょうを留め置いた女人吟味役のおせいは、吟味に自分の感情を差し挟んだ。そのためおきょうは、船番所で理不尽な扱いを受けることになる。どんなにささいでも、権力がある人間は立場が優位だ。だが、その権力を私利私欲、そして私怨に用いてはならない。悪いのは、おせいばかりではない。権力を振りかざし、今回の騒動を利用してひと儲けをたくらむ者たちもだ。権力者の腐敗ぶりは目に余る。権力に守られた人間をどう懲らしめるのか?そこにこの作品の醍醐味がある。さまざまな職業の男たちが、悪を懲らしめるために手を取り合い、知恵を出し合う。悪人たちがだんだん追い詰められていく様は小気味よいものだった。まさに、勧善懲悪!読後もさわやかな感動を味わうことができた。面白い作品だと思う。


  ないたカラス  中島要  ☆☆☆
幼なじみの三太とともに荒れ寺に住みついた弥吉は、三太を千里眼の和尚に仕立て、相談に来た者から礼金を受け取ることを思いつく。弥吉には、ある秘策があった・・・。

久々に帰ってきたら、実家は焼失。家族もみな死んでいた・・・。呆然としていた弥吉は、幼なじみの三太と再会する。三太もまた、家も家族も同じ火事で失っていた。そんなふたりが、頼りになる身よりも伝手もない江戸の町で生きていくのは大変だ。そこで弥吉が考えたのが、「千里眼の和尚」だ。それにしてもまあ、何といろいろな相談が持ち込まれることか。しかもその相談、何とも自分勝手なものが多い。それでも三太と弥吉は首尾よく解決していくのだが。読んでいて、この先荒れ寺でずっと三太が和尚として弥吉が寺男として生きていけたらいいのにと思ってしまった。けれど、やはり悪いことは続かなかった。三太と弥吉はこれからどうするのだろう。
ほのぼのとした味わいはあるのだが、内容がさらりとしすぎていて物足りない。ラストへの展開も安易で雑な感じがした。読後も心に残るものがなく、残念だった。


  マイマイ新子  高樹のぶ子  ☆☆☆
あの頃は、夢と希望があった・・・。芥川賞作家の高樹のぶ子が、昭和30年代の山口県を舞台に自分自身の幼少時代をモデルに描いた自伝的作品。

昭和30年、新子は9歳の女の子。さまざまなものに興味を持ち、何でも確かめてみたい性格だ。彼女の遊び場はいろいろな所にあった。中には、絶対に近寄ってはいけないと言われていた場所もあったのだが・・・。
自然の中でのびのびと遊ぶ新子やその仲間たち。今のように物にあふれた時代ではなかったが、自然と深くかかわることができた貴重な時代だと思う。祖父と新子が自然をうまく利用して楽しんでいるが、今の子どもたちにも経験させてあげたいと思った。昭和30年代はとてもいい時代だった。戦争の痛手から立ち直り、人々は未来に夢や希望を持って進むことができた。人と人とのつながりも深かったと思う。
読んでいてとても懐かしい気持ちになった。逆に、若い人が読めば新鮮さを感じるかもしれない。なかなか興味深い作品だったが、ひとつ気になったのは本の帯に「日本版 赤毛のアン」と書かれていることだ。違うような気がするのだが・・・。


  満月の道  宮本輝  ☆☆☆☆
1961年(昭和36年)。東京オリンピックが間近に迫る中、熊吾は中古車販売の仕事を着実に発展させつつあった。伸仁も自分のやりたいことを見つけ、房江もそれなりに自分の生きがいを見つけようとしていた。だが、松坂一家に、気づかぬうちに暗い影が忍び寄っていた・・・。流転の海第7部。

世の中がオリンピック景気で沸く中、熊吾の事業は驚くべき勢いで発展を続ける。日本が車社会へと移り変わる中で、時代の波にうまく乗っていた。だが、いいことばかりが続くわけではない。思わぬ落とし穴が熊吾を待っていた。60年以上生きてきてそれなりに人生経験を積んできた熊吾にも、人の心の闇の部分を見抜けないときがあった。気づいたときは時すでに遅し・・・。熊吾は窮地に陥る。熊吾自身にも落ち度はあった。「家庭も仕事もうまくいっているのになぜ?」と思うが、やはりそれは熊吾の持って生まれたもの故なのか?松坂一家の今後がとても心配だ。また、房江のこれからの人生にいったい何が待ち受けているのか?そのことも気にかかる。流転の海シリーズは第9部で完結とのことだが、はたして完結まで何年かかるのか?待ち遠しくてならない。
人生の悲哀、人の心の闇や弱さ、そういうものが実に巧みに描かれている。読んでいてぐいぐい引き込まれていく、本当に面白い作品だと思う。


  慈雨の音  宮本輝  ☆☆☆☆
1959年(昭和34年)、伸仁は中学生になったが体はまだ弱かった。松坂熊吾は駐車場の管理人をしながら、再起の機会をうかがっていた。一方、房江も毎日の生活の中で生きがいを見出そうとしていた。そんな松坂一家に、さまざまな人との別れが・・・。流転の海第6部。

ひ弱で成長するのが危ぶまれた伸仁も中学生になった。子どもだと思っていたが、人の気持ちが分かる少年に成長していた。熊吾や房江のことも、一歩離れて冷静に見ることができるようになっている。一方、熊吾は老いを実感する年になっている。これから自分の人生を歩もうとする息子、人生の終盤に差しかかった父。この対比が鮮やかに描かれている。時代は高度経済成長期。熊吾は念願の中古車販売店開業を果たすが、ここからが勝負だと思う。この先いったいどうなるのか、目が離せない。さまざまな人との別れがさまざまなドラマを生み、この作品をより味わい深いものにしている。時代背景もしっかりと描かれているし、作者の思いが詰まった重厚な作品だ。読みごたえのある、とても面白い作品だと思う。
※シリーズ物なので、流転の海第1部から順に読むことをオススメします。


  本能寺の変 431年目の真実  明智憲三郎  ☆☆☆
1582年(天正10年)6月2日、本能寺で織田信長は明智光秀に討たれた。だが、本当に討った理由は”遺恨”だったのだろうか?光秀の子孫が語る、431年目の真実とは!?

作者が明智光秀の子孫だということで、興味深く読んだ。
本能寺の変を起こした明智光秀。その理由は信長に対する遺恨だと言われてきた。だが作者は、膨大な資料の中からまるでミステリーの謎を解いていくように本能寺の変の真実を明らかにしていく。そこには、智将と言われた明智光秀の真の姿があった。感情だけで動くことのない、理知的な人物像が浮かび上がってくる。また、名門・土岐明智氏の行く末、信長の四国征伐による長宗我部氏の危機など、苦悩する光秀の姿も見えてくる。
今までの光秀、子孫が描いた光秀、はたしてこれからの歴史の中で残っていくのはどちらの光秀だろう?歴史のページが塗り替えられることはあるのだろうか?400年以上前の出来事だが、ワクワクする。歴史好きの人にはたまらない作品だと思う。


  アルモニカ・ディアボリカ  皆川博子  ☆☆☆☆
18世紀のイギリス。悲惨な連続殺人事件から5年が過ぎた。解剖医ダニエルの 弟子たちは、判事のジョン・フィールディングの要請で犯罪防止の新聞作りを していた。そんな中、屍体の情報提供を求める広告依頼が持ち込まれる。それは、 新たな恐るべき事件へとつながっていた・・・。「開かせていただき光栄です」の 続編。

私の2012年の年間ベスト1だった「開かせていただき光栄です」。 その続編とあって、否応なしにも読む前から期待が高まった。 内容は、期待通りの素晴らしいものだった。
警察組織が整っていない18世紀のイギリス。犯罪がきちんと裁かれることなく、 被害を受けた者たちが泣き寝入りをすることも珍しくなかった。権力者は おのれの地位や利益を守ることばかり考え、そのためには貧しい者に犠牲を強いる ことを何とも思わなかった。そんな中で悲劇は起こった・・・。
前作に登場した人物たちの思いがけない運命や知られざる過去に驚くと同時に、 強い怒りや悲しみを感じた。「こんなこと、許されることではない!」 そういう思いで胸がいっぱいになった。
読んでいてつらい描写もあちこちにあったけれど、濃厚な内容で読みごたえ充分 だった。とても面白い作品だと思う。
注意!!「開かせていただき光栄です」を先に読んでからこの作品を読んでください。 決して、こちらから読まないように。面白さが半減します!


  猫のパジャマ  レイ・ブラッドベリ  ☆☆☆
カリフォルニア9号線を走っているときに猫を見つけた! ひとりの男とひとりの女が、ほぼ同時にそれぞれの車から降りて猫に駆け 寄る。どちらも、猫を先に見つけたのは自分だと譲らない。さて、結末は? 表題作「猫のパジャマ」を含む21編を収録。

実にさまざまな話が、さまざまな長さで語られている。
表題作の「猫のパジャマ」は、猫を通して知り合った男と女の心情が 鮮やかにそして巧みに描かれている。ラストの言葉がとても印象的で、 思わずニヤッとしてしまった。
インディアンの酋長とアメリカ上院議員の賭けの話「酋長万歳」も面白かった。 まさか、賭けに負けてアメリカ合衆国を取られてしまうとは・・・。発想が ユニークだ。
「島」では、恐怖が増幅されるとどうなるのかということを描いている。おのれ 自身で恐怖を巨大化していった先に待っていたものは・・・。ユーモラスでも あり、何とも言えない悲哀も感じた。
どの話も独特の感性で描かれていて興味深かった。中には理解し難い話もあったが、 「レイ・ブラッドベリ」という作家を知ることができる貴重な作品だと思う。


  55歳からのハローライフ  村上龍  ☆☆☆☆
定年後の夢は、キャンピングカーで妻と一緒に全国を回ることだった。 だが、その話を聞いた妻は迷惑そうな顔をした・・・。定年後の夫の 悲哀を描いた「キャンピングカー」を含む5編を収録。

「定年後は妻と一緒に何かをしよう。」そう思う男性は多いのではないだろうか。 だが、妻の方は何年もかけて自分自身の世界を築いてしまっている。いろいろ 考えること、やりたいことがたくさんある。定年退職後に夫がずっと家にいる ことになっても、自分の生活のパターンを変えたくはないだろう。夫は、妻は 自分の計画に賛成してくれると思い込んでいたのだが。妻に難色を示され 落ちこんでいるときに、さらに子どもからは「再就職したら。」と言われてしまう・・・。 「キャンピングカー」は、現実社会でも似たような話がありそうでとても興味深く 読んだ。
「空飛ぶ夢をもう一度」も、よかった。リストラされた男性がホームレスに転落する のではないかとおびえるようになる。だが、かつてクラスメートだった男性と再会し 彼の生きざまを目の当たりにしたことで、生きることへの意欲が湧いてくる。上を 見ればきりがないが、下を見てもきりがない。大切なのは、守るべき存在をしっかり 守り、前を向いて生きることだ。強くそう思った。
そのほかの話もよかった。誰でも何度か迎える人生の転機。そのときに、どう考え いかに行動すべきかは人それぞれだけれど、選択肢の中から自分が選んだものに 対し後悔はしてほしくないと思う。
どこにでもありそうな日常の断片を切り取って収めたような話ばかりで、読んでいて 共感することも多かった。読後も、ほのぼのとした余韻が残る作品だった。


  豆の上で眠る  湊かなえ  ☆☆☆
小学3年生の姉万佑子が帰宅途中行方不明になった!必死の捜索にも かかわらず、万佑子は見つからなかった。だが、2年後に万佑子は 突然帰って来た。妹の結衣子は、「本当に姉なのか?」と疑問を抱くの だが・・・。

姉が行方不明になったとき、妹の結衣子は小学1年生だった。そのくらいの 年になれば、毎日一緒に遊んでいた姉と2年ぶりに会ってもはっきりと分かる のではないだろうか。祖母にしてもそうだ。いつも遊びに来ていた孫と他人の 区別はできるのではないだろうか。父母の態度もおかしすぎる。また、行方不明に なっていた2年間の動機もあり得ないような気がする。小学3年生だった万佑子が そこまでとっさに考えたなどとは信じられない。ラストも納得できるものではなかった。 無理やりつじつまを合わせた・・・そういう感じだ。「姉は本物か?」「結衣子の 違和感はどこから来るのか?」そういうことを考えながら途中までは面白く読めたのだが・・・。 「設定に無理がある不自然な話」という印象で終わってしまったのはとても残念だった。


  カレイドスコープの箱庭  海堂尊  ☆☆☆
右肺葉摘出術の患者が術後に亡くなったが、肺癌としたのは誤診では ないかとの疑惑があった。「電子カルテ運用に関わる問題があるのでは?」 誤診疑惑の調査に乗り出したのは、電子カルテ導入委員会の委員長である 田口医師だった。はたして真相は・・・?

誤診疑惑の調査。そして、AI国際会議の準備。そのふたつで田口医師は てんやわんや・・・。内容は、ミステリーとまでは行かないと思う。けれど、 過去のシリーズで活躍した人物がいろいろ登場して、読んでいて面白かった。 多少ドタバタの感じではあったが、このシリーズの最後を飾るのにふさわしい ように思う。本編はまあまあ面白いかな?といったところだが、巻末の”おまけ”の 「海堂尊ワールド」がすごかった!作品相関図、登場人物相関図、登場人物表・・・ などなど。ファンなら泣いて喜びそうなものばかりだ。それにしても、海堂尊ワールドは 奥が深い。未読の作品もまだ少しあるので、そちらもじっくりと読んでいきたいと 思っている。


  虚ろな十字架  東野圭吾  ☆☆☆☆
11年前にひとり娘を殺された中原は、数年前に妻と離婚し、仕事も 辞めて伯父から引き継いだ会社で働いていた。そこに佐山という、 娘の事件のときの担当だった刑事が訪ねてくる。中原の元妻の小夜子が 何者かに刺殺されたという。中原は、離婚後の小夜子の行動を調べてみる ことにしたのだが・・・。

残虐な事件をニュースで見るたびに「犯人は死刑かな?」などと単純に 考えていたが、犯罪と刑罰の問題というのはとてつもなく大きくて複雑な ものだと思った。中原の娘を殺害した蛭川。彼は最後まで反省することは なかった。もちろん、被害者家族への謝罪もない。そんな男が死刑になった としても、はたして被害者の家族たちは救われるだろうか?私は救われないと 思う。どこへもぶつけることができない怒りや悲しみが、生きていく限り 続いていくのではないだろうか。
刑務所に入ってもまったく反省しない者。罪の意識にさいなまれ、苦しみながら 毎日生活している者。はたしてどちらが罪を償っていると言えるのか? この作品を読むと分からなくなってくる。
「世の中で起こる残酷な事件。それは、どれとして同じものはない。なのに、 みんな同じ死刑にしてしまっていいのか?」登場人物の口を借りて作者が読み手に 問いかけてくる。いったい誰がこの問いに答えられるというのか?人が人を裁く ことがいかに大変なことか、読んでいて痛いほど伝わってくる。「罪は償わなく てはならない」そんな当たり前の言葉さえ気楽には言えない。
小夜子の生きざまが切なかった。娘を殺されたというつらさを、彼女なりに乗り越え ようとしていたのに・・・。

一体どこの誰に、「この殺人犯は刑務所に○○年入れておけば真人間になる」などと 断言できるだろう。殺人者をそんな虚ろな十字架に縛りつけることに、どんな意味が あるというのか。

作者の言葉は、読み手の心を深くえぐる。さまざまな重い問題を含んだ、読み応えの ある作品だった。


  消えた少女  五十嵐貴久  ☆☆☆
妻に去られ小学5年生の息子健人とふたり暮らしの川庄は、友人の オカマの京子ちゃんから1年前に行方不明になった少女の捜索を 依頼される。いろいろな伝手から情報を得た川庄は、ある人物に 不信感を抱く。少女行方不明事件の裏に隠された真実とは・・・?

警察でさえ行方を探し出すことができなかった事件。それを川庄はひとりで 地道に調べていく。その川庄の動きに危機感を抱いた人物がいた。事件の カギを握っているのか?だが、事態は思わぬ方向に進んでいく・・・。 事件の内容はかなりシリアスだが、川庄やその他の登場人物のキャラクターが 面白く描かれているので、読んでいて救われる思いがした。1年前に自宅近くで 忽然と姿を消した少女。だれも少女を目撃していない。川庄は丹念に情報を 収集していく。ほんのささいな情報ばかりだが、集まればひとつの大きな 真実を映し出す。その過程は興味深いものがあった。ラストは何となく想像が ついてしまい意外性は感じなかったが、すごくつらいものがあった。
人は、自分の罪から顔をそむけたままで生きてはいけない。何もなかったこと にはできないし、誰かの犠牲の上には幸福な生活は築けない。そのことを強く 感じた。


  珈琲屋の人々  池永陽  ☆☆☆
喫茶店「珈琲屋」の主人・行介は、過去にあることで人を殺してしまった。 そのことが原因で恋人冬子とも別れてしまう。冬子は別の男性と結婚したが、 行介が出所すると離婚して行介の店に通うようになる。行介と冬子、そして店に 通う人たち。それぞれの人間ドラマ7編を収録。

いつも思う。人の数だけ人生のドラマがあると。珈琲屋を訪れる人たちにも さまざまな人生があり、そしてさまざまな苦悩がある。けれど、どんな人でも この店に来て行介の顔を見たら癒される。生きる希望を見つけ前向きになった人、 行介に悩みを打ち明け心が軽くなった人、自分の人生を見つめなおした人、本当に さまざまだ。我が家の近くにもこんなお店があったらいいのにと思う。おいしい コーヒーを飲みながら、静かに時の流れの中に身をゆだねてみたい。心が穏やかに なっていくことだろう。
ストーリー自体は平凡だと思うが、ほのぼのとした温もりに満ちた作品だ。 読後感も悪くなかった。


  ビター・ブラッド  雫井脩介  ☆☆☆
男の転落死体が発見された!新人刑事佐原夏輝は、遺体となった男に 見覚えがあった。この事件の捜査をするためにコンビを組む相手は、 何と!幼いころに別れた父親の島尾明村だった!そして、事件は意外な 方向へと向かって行く・・・。

幼いころに父と別れ、そのうえ母も失踪してしまった。夏輝は、母方の 祖父母に育てられる。父の影響があったのかどうかは分からないが、 夏輝は父と同じ刑事になった。そして事件の捜査で父とコンビを組むことに なる。事件の全貌が見えない中、事態は捜査一課の係長が殺害されるという 最悪の状況に・・・。
陰湿な事件と島尾明村の軽いキャラ、このふたつは読んでいてどうもしっくり こない気がした。明村のキャラがともすれば暗くなりがちな作品の雰囲気を救う 役割をしていると考えれば納得できないこともないが、「ここまでやるか!?」と 突っ込みを入れたくなる。
ミステリーの内容自体はそれほど興味深いものではなかったが、明村と 夏輝の親子関係には惹かれるものがあった。このふたり、これからいったい どうなるのか?また、夏輝の母親の失踪には何か謎があるのか?事件は 解決したが、その部分がとても気になり疑問も残る。さまざまな批評は あるが、まあそれなりに楽しめる作品だと思う。


  BT’63  池井戸潤  ☆☆☆
精神を病み妻とも別れてしまった琢磨は、実家に戻ることになった。 ある日押し入れで、彼は父が昔使用していた制服を見つけ出す。 それは、父が結婚する前に勤めていた会社で使用したもので、 父と息子をつなぐ不思議な役割を果たすことになった・・・。

子どもは、自分の両親のことをどこまで知っているのだろう?たぶん、 親としての姿しか知らない。ひとりの男性、ひとりの女性として 見ることは、なかなかできない。親は親でしかない。それは子どもとして 当たり前のことなのだけれど。だが、両親にもひとりの男性、ひとりの女性と しての人生がある。誰かを愛したり、生きることに苦悩したり、泣いたり 笑ったり怒ったり・・・。琢磨は、ふとしたことから40年前の父の姿を 見ることができるようになる。そこには、琢磨の知らない父の姿があった。 ある女性との恋、勤めている運送会社での新規事業の開発、銀行との交渉・・・。 父史郎は、必死に生きていた。だが、ある事件が彼を窮地に追いやる。 おのれの生命の危険さえ感じるできごとに、史郎はある決断をした。それは 苦渋の選択だった。琢磨は、そのすべてを見た。そして、過去と現在をつなぐ トラックBT21号の行方を追い求める。
父史郎は5年前に死んでしまったが、琢磨が過去の父の姿を追い求めることで、 父と息子の絆はいっそう深まったのではないかと思う。ひとりの人間としての 史郎の生きざまは、これからの琢磨の人生を照らす光になってくれるのではないだろうか。 ここから琢磨が再生することを願いたい。感動的な作品だった。


  ケルベロスの肖像  海堂尊  ☆☆☆
東城大学病院に脅迫状が届いた!
「8の月、東城大のケルベロスの塔を破壊する。」
病院長の高階の依頼を受けた不定愁訴外来の田口は、厚生労働省の 白鳥の部下姫宮とともに調査を開始するが・・・。「バチスタシリーズ」 最終話。

過去のさまざまな因縁がもたらした東城大学の危機。それを救うべく田口は 奔走する。碧翠院や桜宮一族との負の関係もからみつき、事態は最悪の方向へと 流れていく。そして、運命のエーアイセンター設立の日が・・・!
登場人物たちの会話が理屈っぽくてくどい。読んでいてうんざりする。話の展開も いまいち。なぜ田口があんなものに乗らなければならないのか?エーアイセンターの 運命にも驚いた。派手な演出は映像化を意識してのことなのか?読後もあまりすっきりとは しなかった。もやもやしたものが残る。このシリーズ、最初のころの作品は面白いと 思ったが、途中からそれほどでもなくなってしまった。シリーズ後半は惰性で読んでいる ようなものだった。だんだんと魅力がなくなってきたのは残念だった。
また、この作品では過去のシリーズに登場した人物があちこちに登場する。過去の 事件についても触れられている。なので、この本だけ単独で読んでもそれなりにしか 楽しめない。読むのなら、今までのシリーズすべてを読んでからの方がいいと思う。


  銀二貫  高田郁  ☆☆☆☆☆
大阪天満の寒天問屋の主・和助は、仇討ちで父を殺された少年の命を銀二貫で 買った。その少年鶴之輔は名を松吉と変え、商人として新たな人生を歩み始める。 だが、彼の人生にはさまざまな困難が待ち構えていた・・・。

銀二貫で救われた命。松吉はどんな苦難にも歯を食いしばり耐え忍ぶ。そんな 松吉を見守る周りの人たちの温かい心づかいが胸を打つ。特に、料理屋の嘉平・ その娘真帆との触れ合いは印象的だ。けれど、そのふれあいも長くは続かなかった。 大火が町を襲い、さまざまな人たちの運命を狂わせていく。松吉と真帆にも残酷な 運命が待っていた。だが、松吉は負けなかった。おのれの信じる道をひたすらに 突き進む。失敗を繰り返しながら、何年も何年も努力を重ねる。そして、ついに その努力が報われる日が来る!その描写は感動的だった。ラストでは、松吉の命を 救った「銀二貫」の思いがけない行く末も見た。それにも深く感動した。
人は、ひとりでは生きられない。お互いがお互いを支えあって生きている。自分では 気づかないところで支えられていることもある。人に情をかけたり、人を思いやる 気持ち、それがどんなに大切なことかを改めて感じた。読後心にぬくもりを感じる、 深い味わいのある作品だった。おススメです。


  最終退行  池井戸潤  ☆☆☆
東京第一銀行羽田支店の副支店長・蓮沼は、支店を最後に出る「最終退行」の 常連だった。彼は、不況に苦しむ中小企業と利益優先の銀行とのはざまで、日夜 苦しんでいた。そんな状況の中、かつての頭取で今は会長の久遠の裏金問題が 浮上する。8億円もの巨額な裏金の行方を追及していた蓮沼の前に、思い がけない罠が待っていた・・・。

貸しはがし、リストラ、そして会長の私服肥し。蓮沼に、次々に難題が降りかかる。 自分の保身しか考えない支店長のせいで中小企業の社長が犠牲になる部分では、 憤りを感じた。景気のいいときと悪いときとでは、銀行の対応は180度違う。 銀行は、弱者を食い物にしてしまうのか・・・。また、リストラされた元行員の 復讐劇に裏金が絡んでくる部分は、緊迫感や迫力があった。「悪を絶対に許さない!」 そういう思いでどんな権力ーたとえそれが会長でもーにも立ち向かおうとする蓮沼の 態度は潔い。会長を追い詰めていく描写は読んでいて小気味よかった。ラストも納得。 楽しめる作品だと思う。


  しぶちん  山崎豊子  ☆☆☆
東横堀の材木問屋 山田万治郎は、”しぶちん”と呼ばれていた。 沢庵売りから材木問屋の主人にまでなった男の生きざまとは・・・。 表題作「しぶちん」を含む5編を収録。

「しぶちん」は、単なるケチのことではない。節約するところは徹底的に 節約する。だが、ここぞ!というときには惜しげなくお金を使う。お金の 使いどころをわきまえた人間なのだ。相手に「しぶちん」と言うのは、 決して悪口ではない。その言葉の中には敬意の念も含まれている。 山田万治郎の半生を描いた話は、とても興味深かった。人と同じことをして いては決してのし上がれない。彼の生きざまには教えられるものも多かった。
「船場狂い」は、人間の執念を描いた話だ。届かぬ夢と諦めないでおのれの夢を かなえることに奔走した久女の姿は、滑稽でもあり切なくもある。
「持参金」も、なかなか面白かった。ある女性に隠された秘密とは?思いがけない 真相には驚くやらあきれるやら・・・。
「死亡記事」は、ひとりの男の人生を描いた話だ。その生き方は波乱万丈だった。 余韻が残る話だった。
「遺留品」もよかった。ある男の死。そして遺された物・・・。その物は、男の 評価を変えるものなのか?「ひとりの人間の評価は、たまたま起こった一つの事柄や 事件によって、そうたやすく塗り変えられるものではない」という言葉が、とても 印象に残った。
山崎豊子さんの初の短編集だが、どの話も面白かった。今まで長編ばかり読んできたが、 短編集も魅力ある作品だと思った。


  星のかけら  重松清  ☆☆☆
「お守りの星のかけらを持っていれば、どんなことにでも耐えられる!」
いじめられ、つらい日々を過ごしていた小学6年生のユウキは、星のかけらを 探しに行く。探しているときに、ユウキは不思議な少女フミちゃんと出会った・・・。

この作品は、雑誌「小学6年生」に連載されていたものだ。けれど、この作品の テーマはとても重く、はたして本当に小学生向けに描かれたものなのだろうかと 思ってしまった。
いじめられ、つらい日々を過ごしているユウキ。家庭に複雑な問題を抱えている ユウキの塾での友だちのマサヤ。そして、幽霊のフミちゃん。生きるとは? 死ぬとは?作者は読み手にどんどん重い問いを投げかけてくる。読んでいてとても つらい部分もあった。でも、それは人が生きていくうえでとても大切なことだ。 目をそらしたり逃げたりしないで、正面から向き合わなければならないことだ。
生きていればつらく悲しいこともたくさんある。でも、「生きていてよかった!」と 思うこともたくさんあるはずだ。未来への希望を捨てずに前を向いて歩くこと。 そのことがどんなに大切なことかを、この作品を読んで改めて思った。深い感動を 与えてくれる作品だった。


  満願  米澤穂信  ☆☆☆
鵜川妙子が矢場英司を刺殺した!彼女はなぜか控訴を取り下げ、懲役 八年の一審判決が確定した。彼女の真の動機とはいったい何だったのか? 表題作「満願」を含む6編を収録。

起こってしまった出来事・・・。人はその表面に見える事実しか知らない。 だが、その出来事の裏には、複雑に絡み合いうごめいている人の思惑がある。 人の不思議さ、人の怖さ、人の面白さ。作者は6編の話の中で、そのことを 巧みに描いている。表題作の「満願」はなかなかよかった。鵜川妙子という女性の 執念には驚かされた。何かを守るためにはそんな力も出せるものなのか・・・。 また、それ以上に印象に残ったのは「夜警」だった。川藤浩志というひとりの 巡査の死は、本当に惜しまれ二階級特進に値するものだったのか?彼の裏の顔を 知ったときには、ぞくっとするものがあった。
6編の中にはインパクトが弱い話もあったが、どの話も興味深く読んだ。 人の心はまさに複雑怪奇・・・。読後、不思議な感じの余韻が残る作品だった。


  ルーズヴェルト・ゲーム  池井戸潤  ☆☆☆
業績不振に陥った青島製作所。ライバル会社の台頭も脅威となって 迫ってくる。銀行からの融資を続けてもらうためには、大幅なコスト 削減も視野に入れなくてはならない。衰退する一方の野球部にも、 存続の危機が訪れた・・・。

会社の売上低迷、ライバル会社との得意先の争奪戦。銀行の融資担当者の 表情も渋い。まさに四面楚歌の状態だ。そんな状態の中では、野球部が存続するのは 絶対に不可能だろうと思われた。現実の社会でも、会社の業績悪化で消えていった 名門チームがたくさんある。会社を経営していくのは並大抵の苦労ではない。
ライバル会社を押しのけて飛躍するだけの製品を作ることができるのか?弱小野球部の 存続はどうなるのか?融資は?はたして、一発逆転、起死回生策はあるのか!?本から 目が離せない。崖っぷちギリギリのところで踏みとどまっている青島製作所だが、いつ 転げ落ちるか分からないのだ。
危機的状況の中でも、あきらめることなく前に進もうとする姿には感動した。 「努力すれば必ず報われる」という典型的な話で都合のよい展開だと多少は 思ったが、まあまあ面白い作品だった。読後感も悪くなかった。


  アンのゆりかご 村岡花子の生涯  村岡恵理  ☆☆☆☆
貧しい暮らしだったが、教育を受けさせたいという父の強い願いのもと 花子は東洋英和女学院というミッションスクールの給費生となる。 この学校で花子は英語と出会う。楽しい青春時代を送った花子だが、戦争の 影がしだいに忍び寄っていた。1939年(昭和14年)、世界情勢悪化の ため帰国する婦人宣教師から、花子は1冊の原書を贈られた・・・。
「赤毛のアン」誕生秘話と、訳者である村岡花子の生涯を感動的に描いた作品。

花子は父の自慢の娘だった。父は何とか花子の才能を伸ばしてやりたいと思い 奔走する。父の努力のかいがあって花子は東洋英和女学院に編入することができた。 花子の英語力は群を抜いていた。卒業後は英語教師になったが、書くことはあきらめず 自分の進むべき道を模索し続けていた。そして「アン・オブ・グリン・ゲイブルス」 との運命的な出会いが!
お嬢様学校と言われた女学校だったが、花子は決してお嬢様ではない。家は貧しく、 まともに教育を受けられたのは8人きょうだいの中で花子ひとりだ。しかも、次女と 三女以外の子どもたちは、養子に出されるなどして親元から離されている。
進むべき道を自らの力で切り開いていった花子。その意志の強さは並大抵ではない。 驚くばかりだ。戦争中に英語と関わるなんて見つかったら厳罰ものだが、花子は ひそかに「アン」の翻訳を続けた。また、空襲警報が鳴ってもひるむことはなかった。 そして戦後、ついに「アン」は日の目を見る!その描写は感動的だった。花子は 書くことでたくさんの人たちに感動を与えた。その功績は計り知れないほど大きい。 「赤毛のアン」は、これからも多くの人に読み継がれていくと思う。それと一緒に 訳者の村岡花子の生涯を描いたこの作品も読み継がれていってほしいと思う。 貴重な写真も収められていて、読みごたえのある作品だ。多くの人に是非読んでもらいたい。
余談ですが・・・。
この作品に登場する「赤毛のアン」出版の立役者でタイトルの名付け親の小池喜孝氏とは、 過去に2度ほど会ったことがある。その時のことを日記に書いたので、そちらの方も ぜひ♪<(_ _)>
→ 「赤毛のアン」誕生の立役者小池喜孝さんとのささやかな接点」


  カラーひよことコーヒー豆  小川洋子  ☆☆☆
「縁日で売っていたカラーひよこを誰も知らない!」
その事実に驚くと同時に、耳にコーヒー豆のような疣ができた愛犬の 老いを感じる・・・。あらためて時の流れを感じた作者の思いを綴った 表題作「カラーひよことコーヒー豆」を含む31編を収録。

表題作「カラーひよことコーヒー豆」を読んで、作者と同じくびっくりしてしまった。 そうか!今の若い人は縁日で売られていたカラーひよこの存在を知らないのか! 私は知っている。実際に売られているのを何度も見た。作者の書いているとおりに、 色づけされたひよこたちは長生きできない。でも、例外も知っている。友だちが買った カラーひよこはたくましく成長し、りっぱな雄鶏になった。そして、毎日夜明けに凄まじい 声で鳴いた。「コケコッコー!!」近所迷惑になった雄鶏のその後の運命は・・・悲惨だった。
何げない風景の中に見え隠れるする出来事をそっと掬い取り、自分の思いを重ね合わせて 言葉を紡いでいく。そんな感じのする作品だ。読んでいると心がほっこり温かくなる。 癒されます!


  ブラザー・サン シスター・ムーン  恩田陸  ☆☆☆
楡崎彩音、戸崎衛、箱崎一・・・。ザキザキトリオと呼ばれた高校時代の 同級生3人が過ごした大学時代を、鮮やかに描いた作品。

とりわけ大きな事件が起こるわけでもなく、時がゆるやかに流れていく。 三人三様の大学生活。その中で彼らの接点はほんのわずかでしかない。 抱えている思い出も違う。けれど、3人は確実に同じ時を過ごした。 同じ空間にいて同じ物を見たこともある。進む道はそれぞれ違っても、 彼らは時々人生のどこかで学生生活を懐かしむに違いない。時には ほほえましく、そして時にはほろ苦く。
この作品を読みながら、自分の学生時代と重ね合わせてみた。楽しいこと ばかりではなかったけれど、とても自分が輝いていたように思う。未来への 希望もあった。どんなことにでも挑戦しようという意気込みもあった。 この作品は、学生時代の自分自身にたまらなくいとおしさを感じさせる。
淡々とした話ではあるが、どこか人を惹きつけて離さない不思議な魅力を 持った作品だと思う。


  ぐるぐる猿と歌う鳥  加納朋子  ☆☆☆
父の転勤で北九州へ引っ越してきた小学5年生の高見森は、すぐに同じ 社宅に住む子供たちと仲良くなった。親しくなるにつれ、森は彼らが 重大な秘密を共有していることに気づく。「パック」と呼ばれる少年は いったい何者なのか・・・?

読んでいて自分の子供のころを思い出した。ああ、こんなふうに毎日 世の中に対して何の心配もせずに友だちと遊んでいたのだなぁ・・・。 けれど、時は流れていく。子供たちも成長していく。否応なしに大人たちの 世界の理不尽さを知ることになる。
「パック」と呼ばれる少年の身に起こったできごとは、とても衝撃的だった。 これをどう受け止めたらいいのだろう?大人たちの責任ではないのか?子供 たちだけで対処できる限界をはるかに超えている。作者の加納さんはパックの その後を書くつもりらしいのだが、「ぜひぜひ書いてください!」と切にお願い したい。森やパック、そのほか登場する子供たちの未来の物語を読んでみたい。
子供向けミステリーとして刊行された作品だが、大人が読んでも充分楽しめる 作品だと思う。


  銀行総務特命  池井戸潤  ☆☆☆☆
帝都銀行の顧客名簿が流出しているらしいとの情報がもたらされた。 銀行の信用を揺るがしかねない大問題に、総務特命はどう対処するのか? 「漏洩」を含む8編を収録。

やってはいけないことだと分かっていても、やらざるを得ない状況に 追い込まれる。だれかが困ると分かっていても、あえて行動を起こす。 自分自身を破滅させる行為だとしても、それに向かって突き進む。 さまざまな人間の悲哀が色濃く描かれているが、そのことが読み手を ぐいぐい惹きつける。救いはあるのか?ないのか?解決策は?読みながら 様々な思いが心の中を駆け巡る。8編の中でいちばん印象に残ったのは 「ペイオフの罠」だ。人が人を信じる時代は終わったのかと、暗澹たる 気持ちになった。唯一の救いは、唐木怜の存在だったが・・・。
どの話も面白く結末が気になる話ばかりだったので、一気に読んでしまった。 味わいのある作品だと思う。


  不祥事  池井戸潤  ☆☆☆☆
伊丹百貨店の全従業員約9千人分の給与データが紛失した。 伊丹百貨店には、赤坂の再開発を伴う数千億円のお金が動く巨大 プロジェクトがあった。「もし今回の不祥事でわが東京第一銀行との 関係にひびが入ったら・・・。」本部調査役の相馬とともに調査を開始した 花咲舞を待っていたものは・・・。表題作を含む8編を収録。

短編集だが、連作のような構成になっている。相馬に「狂い咲き」と呼ばれて いる花咲舞。何をしでかすか分からないのでそう呼ばれているのだが、彼女は 決してトラブルメーカーではない。悪や不正を絶対に許せないだけなのだ。 この作品では、舞が籍を置く東京第一銀行の内情が描かれている。ゆがんだ 人間関係、利益優先の体質、自分勝手な上司・・・。読んでいて腹の立つこと ばかりだ。特に「腐魚」の中に登場する伊丹は最低の人間だ。救いのあるラストで ほっとしたが。中には「彼岸花」のような、悲哀を感じさせる話もあった。人間 関係の醜さは、こんな悲劇をもたらすこともあるのだ・・・。「三番窓口」 「荒磯の子」「過払い」なども読みごたえがある。誰に何と言われようとも、 不正をただすために突き進む舞の行動は爽快だ。読後感も悪くなかった。 面白い作品だと思う。


  銀行総務特命  池井戸潤  ☆☆☆☆
帝都銀行の顧客名簿が流出しているらしいとの情報がもたらされた。 銀行の信用を揺るがしかねない大問題に、総務特命はどう対処するのか? 「漏洩」を含む8編を収録。

やってはいけないことだと分かっていても、やらざるを得ない状況に 追い込まれる。だれかが困ると分かっていても、あえて行動を起こす。 自分自身を破滅させる行為だとしても、それに向かって突き進む。 さまざまな人間の悲哀が色濃く描かれているが、そのことが読み手を ぐいぐい惹きつける。救いはあるのか?ないのか?解決策は?読みながら 様々な思いが心の中を駆け巡る。8編の中でいちばん印象に残ったのは 「ペイオフの罠」だ。人が人を信じる時代は終わったのかと、暗澹たる 気持ちになった。唯一の救いは、唐木怜の存在だったが・・・。
どの話も面白く結末が気になる話ばかりだったので、一気に読んでしまった。 味わいのある作品だと思う。


  てんやわんや  獅子文六  ☆☆☆
犬丸順吉は29歳。戦後の戦犯狩りを恐れ、四国の片田舎に身を隠すことになった。 そこで彼を待ちかまえていたものは・・・?新潮文庫20世紀の100冊1949年。

大きな事件が起こるわけでもない。四国の片田舎で暮らす犬丸順吉の日常生活を淡々と 描いているだけだ。それなのに、読んでいてちっとも退屈しない。むしろ、どんどん話の 中に引きずり込まれていく。不思議な魅力を持った作品だ。獅子文六の作品は初読みだが、 「こんなに面白かったのか!」と驚いた。「新潮文庫20世紀の100冊」に選ばれるのも 納得だ。登場人物も個性的で、生き生きと描かれている点がとてもいい。ユーモラスだが、 こんな片田舎にも時代の荒波は否応なくやってくるのだという現実の厳しさも垣間見える。 かなり昔の作品だが、今読んでも充分面白いと思う。
余談ですが、1949年という年について・・・。
北大西洋条約機構(NATO)発足。中華人民共和国成立。湯川秀樹がノーベル賞を受賞。


  さらば国分寺書店のオババ  椎名誠  ☆☆☆
思いつくまま気の向くまま♪さらさらと綴ったらベストセラーに! 彗星のごとく鮮やかに文壇界に登場した、椎名誠の記念すべきデビュー作の エッセイ。新潮文庫20世紀の100冊1979年。

社会に対しちょっと反抗的な態度で臨む。強がって見せる。そんな作者が 作品の中に見え隠れする。若いなぁ・・・。その若さがまぶしく見える。 軽いノリのタッチで描かれたこの作品は、当時の若者の心をわしづかみにした。 作者は、よくテレビにも登場した。そんな作者を、ちょっと冷ややかな目で見て いた自分がいた。なので、この作品はずっと読まなかった。今回読んでみて、 なぜこの作品が衝撃を起こしたのかが分かるような気がした。出版されてすぐ (私が20代の頃)に読んでいたのなら、かなり共感しただろうと思う。 古き良き時代の貴重な作品だ。読んでいて懐かしい気持ちになった。 今の若い人にも、ぜひ読んでもらいたいと思う。
余談ですが、1979年という年について・・・。
この年には、ソニーがウォークマンを発売しました。また、アニメ「機動戦士 ガンダム」が放送を開始した年でもありました。


  おれに関する噂  筒井康隆  ☆☆☆
ある日突然、ニュースで”おれ”のことが取り上げられた。日常生活のすべてが ニュースとして放映される。平凡な人間に起こった珍事の結末は?表題作 「おれに関する噂」を含む11編を収録。新潮文庫20世紀の100冊1974年。

「おれに関する噂」は、ひとりの平凡な男がある日突然ニュースに取り上げられる話だ。 女性にふられたこと、病院へ行ったこと、ウナギを食べたこと、そして決して人には 知られたくないことまで・・・。1974年に出版された作品だが、マスコミを痛烈に 批判したこの話は現代でも充分に通用する面白さを持っている。「熊の木本線」は、 民謡の歌詞を正しく歌ってしまった(絶対に正しい歌詞を歌ってはいけないことになって いた)男に起こった悲劇を描いている。ばかばかしいと思うような内容だが、なかなかの 味わいを持っている。「心臓に悪い」も面白い。読んでいると、こちらまで胸が苦しく なってくるようだった。中にはアクの強い話もあったが、作者の独特の世界観を感じる ことができる興味深い作品だった。


  ビブリア古書堂の事件手帖5  三上延  ☆☆☆☆
古書店に「彷書月刊」のバックナンバーをまとめて売りに来る年配の 女性がいた。しかもその女性は、1〜2週間経つと買い戻しに来るらしい。 あちこちの古書店でこんな不思議な行動を繰り返す女性の真意は? 「彷書月刊」を含む5編を収録。

相変わらず本にまつわる謎解きは興味深い。今回は手塚治虫や寺山修司が取り 上げられていて、とても懐かしい気持ちになった。手塚作品の「ブラック ジャック」をもう一度じっくり読みなおしてみたくなった。でも、それ以上に 興味深いのは、大輔と栞子のことだ。お互いに好意を持っていることは分かるの だが、はたしてこれからどうなるのか?作者がふたりの関係をどうするつもりなのか? また、栞子と彼女の母親の関係も気になる。栞子の中にある母親と似た部分・・・。 母親と同じ道を歩むのだけは避けてほしいと思う。終わり方も衝撃的だった。不穏な 空気が漂い始めている。すべての謎や心配が次の作品ではすっきりと解決するのか、 非常に気がもめるところだ。
今回の作品も、読み手を充分に楽しませてくれた。とても面白い作品だと思う。最後に、 ひとつだけ忠告を。このシリーズは絶対に1から順番に読んでください。決して 途中から読まないように(*^.^*)


  最後の恋 Men's  アンソロジー  ☆☆☆
「最後の恋」そう言わせるほどの恋とはいったいどんな恋なのか? 7人の作家が描く、究極ともいえる恋愛物語。

伊坂幸太郎、越谷オサム、朝井リョウ、石田衣良、橋本紡、荻原浩、白石一文、 この7人の作家が、恋愛を描いた。
伊坂幸太郎の「僕の舟」は、人と人との不思議なつながりを見事に描いていた。 運命の赤い糸の存在を感じずにはいられなかった。伊坂らしい作品だと思う。 「3コデ5ドル」は越谷オサムの作品だが、なかなかユニークで面白かった。 言葉が通じなくても人は心で通じ合えるのものなのだと、改めて感じた。 ほのぼのとしたぬくもりが残る話だった。荻原浩の「エンドロールは最後まで」も なかなか面白かった。吉と出るか凶と出るか?この話に登場するふたりの行く末が とても気になる。余韻が残る話だった。
7つの話に登場する恋愛が本当に最後の恋と言えるかどうかは別として、バラエティに 富んだいろいろな恋の話が読めるので、楽しめる1冊だと思う。


  人類の星の時間  シュテファン・ツヴァイク  ☆☆☆
たとえ天才といえども、人生には必ず転機が訪れる。12人の天才たちに 訪れたそれぞれの転機・・・。「もしあの時、違う行動を取っていたのなら。」 そう思える瞬間を鮮やかに描いた作品。

たとえば、ナポレオン。部下のグルーシーが全く違う行動を取っていたのなら、彼の 敗北はなかったかもしれない。そうなると、世界の歴史は大きく変わったのだが・・・。
「進むのか戻るのか?」「やるかやらないか?」「イエスかノーか?」そういう歴史の 決定的な瞬間を読むと、ワクワクしてくる。歴史は変えられない。登場する過去に生きた 者たちの運命はもう決まってしまっているのだ。けれど、決断を誤った者が堕ちていく さまは、苦い思いで読んだ。一瞬のきらめきをつかんだ者だけが、栄光の未来を手に 入れられる。どう決断するかで大きく変わる未来。先がまったく分からないから人生は 面白いし、逆に苦悩することにもなる。
どの話も面白かった。どんな人間にも人生の転機は絶対にある。自分はその時どう行動 すべきか?結果はどうであれ、悔いだけは残したくないと思った。


  収容所から来た遺書  辺見じゅん  ☆☆☆☆☆
終戦から12年の時を経て、6通の山本幡男の遺書が妻モジミに渡された。 シベリアで死んだ山本の遺書の保存方法は、実に驚くべきものだった・・・。 感動のノンフィクション。

戦争は終わったが、シベリアに抑留され日本に戻れない者たちがたくさんいた。 彼らは、「いつか日本の土を踏むまでは・・。」という思いを胸に、過酷な状況下で 労働に従事していた。だが、ひとり、またひとりと、斃れていく者が増えていった。 常に死の淵に立たされ、明日のことさえ分からない絶望的な生活が延々と続いていく。 けれど、そんな状況の中でも決して希望を失わず、前向きに生きていこうとする男が いた。彼の名は、山本幡男。俳句を通して、彼は人々の心にかすかな希望の灯をともす。「一緒に日本に帰ろう!」その思いが彼らを結びつけた。だが、もう少しで日本に帰れるというときに、山本は病で倒れた。生きて日本に戻れないと覚悟を決めた山本の心中は、察するに余りある。
収容所引き上げのときには、物を持ち出すのは厳禁だった。書かれた山本の遺書は、 何人もの人間が手分けして暗記した。その必死の行為は、読んでいて強く胸を打つ。 山本が、いかにかけがえのない存在であったか!無念のうちに死んでいった山本を思うと、 涙が止まらなかった。
この作品で、あらためて戦争の残酷さを感じた。もう、決して決して戦争を起こしては ならない。平和な未来を次の世代に、絶対に渡さなければいけない。悲劇を繰り返しては いけないのだ。
感動的な作品だった。ぜひ、多くの人に読んでもらいたいと思う。オススメです!


  研ぎ師太吉  山本一力  ☆☆☆
深川の長屋で刃物研ぎを生業にしている太吉のもとに、ひとりの若い女性が訪ねて きた。料理人だった父の形見の庖丁を研いでほしいと言う。けれど、そのことが思わぬ 事件へと発展する。太吉は、その事件の真相を暴いていくことになるのだが・・・。

研ぎ師としてまじめに仕事をしている太吉。彼の仕事に対する態度や腕の良さは、 みなが認めるところだった。そのまじめさが人に好感を与え、太吉はさまざまな人と つながりを持つようになる。殺人事件の下手人として捕えられた女性を救うのにも、 この人脈は大いに役立った。
職人の心意気や江戸人情は、読んでいて心惹かれる ものがあった。人と人との微妙なつながりも、読んでいて面白かった。けれど、真の 下手人が罪を認める描写はあまりいいものではなかった。真実にたどり着くのには、 この方法しかなかったとは思えない。事件が解決しても、嫌な思いが残った。そこの ところが少し残念だった。


  ニセモノはなぜ、人を騙すのか?  中島誠之助  ☆☆☆
趣味が骨董品収集だという人は、世の中に数多くいる。だが、所持している骨董品 すべてが本物とは限らない。いや、必ずと言っていいほどニセモノが紛れ込んでいる。 本物とニセモノを、分かりやすく面白く述べた作品。

本物とニセモノ・・・。それを見極めるのは、素人には難しい。いや、この本を読んで いると、素人では不可能に近いのではないかとさえ思う。プロでさえ騙されてしまう物も ある。そればかりか、ニセモノが本物として通用してしまうときもある。どんな世界でも、 真実を見極めるのは難しいことだと思う。幼いころから本物だけを見つめ続けた作者だからこそ、 目利きになれたのだと思う。骨董にはまり込んでいる人は数多くいるが、とても私が入り込める 世界ではない。
作者の半生も、とても興味深く読んだ。また、骨董の世界の摩訶不思議な一面も垣間見た。 奥が深い世界だ。気楽にサクサク読める、面白い作品だった。


  八つ花ごよみ  山本一力  ☆☆☆
薬種問屋のあるじ柳之助の妻よしえは、「呆け」と呼ばれる病にかかり 徐々に正気を失いつつあった。病状は悪化する一方だったが、ある日突然 よしえが正気に返った。一時的に元に戻ったよしえの願いとは・・・。 「路ばたのききょう」を含む、花にまつわる8つの短編を収録。

「路ばたのききょう」に登場するよしえは、今で言うなら痴呆の症状だ。 よしえを介護する夫柳之助の苦悩は想像を絶するものがある。それでも 柳之助は、常に妻をいたわり大切にしている。一時的に正気に戻ったよしえと 柳之助の描写は、読んでいて胸に迫るものがあった。夫婦の強いきずなが感じられた。 「砂村の尾花」では、ススキを扱う商売があったことを知って驚いた。現代では 考えられない商売だ。「佃町の菖蒲」では、職人の技に感心した。また、父が娘を、 娘が父を思う心がとてもよく描かれていてじんときた。そのほかの話も、心に迫る いい話だった。また、江戸庶民の生活もていねいに描かれていて興味深かった。 読後もほのぼのとしたぬくもりが残る、心地よい作品だった。


  10月はたそがれの国  レイ・ブラッドベリ  ☆☆☆☆
毎晩「鏡の迷路」にやってくるこびとがいた。なぜ彼は毎晩やってくるのか? その目的を知ったエイメーは彼に興味を抱き、彼のためにある行動に出る。 けれど、その結末は・・・。「こびと」を含む19編の短編を収録。

ちょっぴり怖く、そしてミステリアス。時には人の醜い面を見せつける。 この本の中には多種多様な物語が詰まっている。
「こびと」は、ひとりの女性の好意がある男のために台無しになる様を描いている。 ラストがとても印象的だった。「小さな殺人者」は、かわいいはずの赤ちゃんが 恐怖の対象となる衝撃的な話だった。「まさか、そんな動機で・・・。」と思うが、 なかなか説得力のある描写だった。「大鎌」は、大鎌で麦を刈るという単調な作業に 隠された秘密について描かれているが、その秘密に気づいた男の悲劇が胸を打つ。 「運命はどうやっても変えられないのか・・・。」ラストは切なかった。
その他の話も、人間の心理をうまくとらえていて、興味深く面白かった。手元に 置いて何度でも読み返したくなる作品だった。


  ペテロの葬列  宮部みゆき  ☆☆☆☆
杉村三郎は、ある日バスジャックに遭遇する。犯人は拳銃を持った老人だったが、 事件はすぐに解決した。だが、被害に遭った乗客たちに意外なことが起こった。 老人の謎、乗客に広がる事件の波紋とは?杉村三郎シリーズ第3弾。

バスジャック犯の老人とバスの乗客たちのやり取りは緊迫感があり、読みごたえのある ものだった。事件解決後の、老人が事件を起こした動機を調べるところも面白かった。 一方、杉村とともに事件に遭遇した杉村の上司の園田の過去も明かされ、衝撃を受けた。 人は心の中にさまざまなものを抱えながら生きているのだと、改めて 感じた。
善と悪は、表裏一体だと思う。人は、気づかぬままに悪に染まることもある。悪いこと だと分かっていても、自分を守るためにやむを得ず行動してしまうこともある。ほんの ちょっとの心のすき間に入り込む悪。いつかは自分自身に起こるかもしれない・・・。 絶対にないとは言い切れないだけに、たまらなく不安になる。
700ページ近くの大作だが、惹き込まれ一気に読んでしまった。面白い作品だと思うが、 ラストはとても驚いた。どんな理由があるにせよ、やってはいけないことだと思う。 また、こんな理由はとても納得できない。意外なラストだったが、後味が悪すぎる。 読後に嫌な思いが残ってしまったのは、残念だった。