*2015年*

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  ホテルジューシー  坂木司  ☆☆☆
大家族の長女として育ったしっかり者の柿生浩美ことヒロちゃん。彼女がバイト先に選んだのは沖縄・石垣島のプチホテルだった。居心地がよく張り切っていた彼女に、オーナー夫人の頼みごとが。それは人手不足の那覇のホテルへ助っ人として行くことだった。そこで待っていたできごととは?

まじめで仕事もテキパキとこなすヒロちゃん。まっすぐな性格は時として思わぬトラブルを起こすこともある。
「物事何でも物差し通りにはいかない。」
さまざまな人たちとのふれあいの中で、彼女は多くのことを学んでいく。沖縄の魅力あふれる自然、おいしい食べ物の数々、そしてそこで暮らす人たちの屈託のない笑顔。どれもがとてもステキに描かれている。
私は沖縄に行ったことがないので、この本を読むと無性に行きたくなった。沖縄の自然を満喫したい!おいしい沖縄名物をたくさん食べたい!あ、できればホテルジューシーに泊まりたい!それは無理か・・・。


  我が家のヒミツ  奥田英朗  ☆☆☆☆
どこにでもありそうな家庭。そして家族。平凡に見えても、その家の中には秘密が隠されているのだ・・・。六つの家族の、心温まる物語。

読んでいて、「こういう家庭は現実にもあるかもしれない。」と思った。そう思うとそれぞれの話がとても身近に感じられ、話の中にどんどん引き込まれていった。ほのぼのとした話。読むのがつらい話。ホロリとする話。家庭の事情は千差万別だ。
六つの話の中で一番印象に残ったのは、「手紙に乗せて」だ。突然妻を病気で喪い悲嘆にくれる夫・・・。子供たちは必死で励ますが、うまくいかない。そんなとき、息子の会社の上司が手を差し伸べてくれる。悲しみを本当に理解してくれるのは、同じ悲しみを味わった人なのだ。切ない中にも一筋の希望が見えるような話だった。
「家族はやっぱりかけがえのない存在なのだ。」とあらためてそう思わさせてくれる、深い味わいのある作品だった。


  殺人犯はそこにいる  清水潔  ☆☆☆
栃木県足利市、群馬県太田市。この隣接するふたつの市で、5人の少女が行方不明になった・・・。
著者は、この五つの事件が連続殺人事件だと考えた。足利事件の冤罪について、そして犯人と思われる「ルパン」について、さまざまな検証をもとに描いた作品。ノンフィクション。

警察が追い求めるのは事件の真実や犯人ではないのか?自分たちに都合の悪いことを隠そうとする体質が、事件の真相を見えづらくしてしまったように思う。この作品を読んでいると、警察は本当に市民の味方なのか疑問を感じる。
警察は、やってもいない罪で長い間刑務所に入らなければならなかった人の苦しみが理解できるのか?警察は、真犯人を逮捕するということは、自分たちの過失をさらけ出すことになるとでも思っているのか?もう一度自分たちの使命を考えてほしい。私利私欲や利害関係より大切なことが見えてくるはずだ。
著者の独自の取材から見えてくる事件の真相は、とても興味深い。だが、それだけにルパンに対する記述に物足りなさを感じる。もっと突っ込んでもよかったのではないか?また、著者が語る事件の真相は本当にそうなのか、私には判断がつかない部分もあった。
ルパンが逮捕される日が来るのだろうか?それともずっと未解決のままなのか?もしこのままだとしたら、被害者の少女たちがあまりにも哀れだ。一日でも早く事件が解決しますようにと願わずにはいられない。


  メビウスの守護者  川瀬七緒  ☆☆☆☆
東京西多摩で、腐乱した男性の死体の一部が発見された。岩楯はさっそく現地に飛び、山岳救助隊員の牛久とコンビを組み捜査に当たる。法医昆虫学者の赤堀も呼ばれたが、なぜか赤堀と司法解剖医がそれぞれ出した死亡推定月日が合わない。そこにはいったいどんな謎が隠されているのか・・・?法医昆虫捜査官シリーズ4。

男の腐乱死体の一部が発見される。それ以外の部分も近くにあるだろうと、警察は付近をくまなく捜索する。だが、赤堀は独自の視点で死体の残りの部分を追う。虫の生態だけではなく野生動物の生態をも考慮に入れての捜索は、全然そういう知識がない私にとってはとても興味深いものだった。知識の有無が、手がかりを得られるかどうかということに大きく関わってくる。犯人の正体が思わぬところから暴かれる。この作品の面白さはそこにある。虫が大嫌いな私だが、虫がたくさん出てくるこの作品は大好きだ。
今回も期待を裏切らない面白さだった。虫よりも気味が悪いのは、心の中にドロドロした物を抱えながら何食わぬ顔で生きている人間の方ではないのだろうか・・・?この作品を読んでそんなことを感じた。次回作が待ち遠しい。


  人魚の眠る家  東野圭吾  ☆☆☆
播磨和昌・薫子夫妻は、娘・瑞穂の小学校受験後に離婚することになっていた。しかし、突然の悲劇が一家を襲う。瑞穂が事故に遭った!残酷な事実が播磨夫妻に告げられた。ふたりは苦渋の選択を迫られるが・・・。

「何をもって人の生、人の死とするのか?」
このことをあらためて考えさせられた。この作品のテーマは目新しいものではない。しかし、多くの問題や人々のさまざまな感情を含んでいるだけに、とても難しいものだと思う。
子供の運命を知ったときに、親は冷静な判断ができるのか?播磨夫妻の取った行動は、人から見れば異常なことかもしれない。けれど、親の気持ちを考えてみるとそれも仕方のないことに思える。娘を何とかしたいという薫子にも、同情できる部分がある。
もう一度問いたい。「何をもって人の生、人の死とするのか?」その問いにはっきりと答えられる人がいるのだろうか?人が人の生死の判断をして本当にいいのか?そのことについての、第6章のラスト、医師・遠藤と和昌の会話がとても印象的だった。
現実離れした部分もあり感情移入できる部分はあまりなかったが、重いテーマを扱った読みごたえのある作品だと思う。


  王とサーカス  米澤穂信  ☆☆☆☆
太刀洗万智は、新聞社を辞め知人の雑誌編集者から頼まれた仕事の事前準備のためネパールに向かう。だが、彼女を待っていたのは、王族殺害事件という衝撃的な事件だった。さっそく取材を始めた万智だが、思わぬできごとが待っていた・・・。

ネパールの街の喧騒が実によく描かれていた。人々の息づかいも聞こえてきそうだ。読んでいると、まるで自分もその街の中にいるような気分になった。
最初は王族殺害事件の真相を探ろうとした万智だったが、思わぬできごとのために事態は意外な方向へと進んでいく。てっきり、王族殺害事件の真相を追い求める話だと思ったのだが・・・。
万智と、同じホテルに滞在する人たち、街の少年、ロッジの女主人との関係は最初は良好に見えた。だが、”あるできごと”が起こってから状況は一変する。誰もがあやしく見える。誰もが疑わしく思える。表面的な印象とはまったく違う裏の顔が垣間見える。それはかなり衝撃的だった。人は表面だけでは分からないものだとつくづく思った。そのことも衝撃だったが、もっと衝撃だったのは、万智の心をひどく傷つけたある人物の言葉だった。それは、「裏切った」とか「裏切られた」というような言葉で表現できるものではなく、もっと深くもっと暗いものだった。言葉もりっぱな武器になるのだ・・・。
自分はジャーナリストではない。でも、「ジャーナリストって何だろう?」「ジャーナリストは何をなすべきなのか?」「ジャーナリストはどういう立場にいるべきなのか?」などなど、いろいろなことを考えてしまった。「王とサーカス」。この作品のタイトルの持つ意味は限りなく重い。読み応えがあり、人を引きつけて離さないとても魅力のある作品だった。
最後に・・・。
この作品の中に出てきた「雲仙普賢岳の火砕流」の話はリアルタイムで知っている。ニュースを見てかなりの衝撃を受けた。「大火砕流に消ゆ」(江川紹子)という本も読んだことがあるが、報道のあるべき姿を考えさせられるとても興味深い本だった。機会があればぜひ読んでほしいと思う。


  下町ロケット2 ガウディ計画  池井戸潤  ☆☆☆☆
順調に見えた佃製作所に暗雲が立ち込める・・・。”謎の依頼”で作成した試作品は量産まで結びつかず、ロケットエンジンのバルブシステムでは他社とのコンペの話が持ち上がる。危機感を覚える佃製作所に、今度は心臓病患者の救世主となる医療機器「ガウディ」の開発話が持ち込まれる。「厳しい状況の中、リスクが大きい医療機器に手を出すべきか?」佃航平の決断は・・・?

今回も佃製作所に危機が訪れる。NASA出身の社長が率いるサヤマ製作所は、ロケットエンジンのバルブシステムや医療機器の開発で、佃製作所より一歩先んじることになる。さらに佃製作所の内部にも問題が・・・。八方ふさがりの状態の中、その状況をどう乗り切るのか?作者の得意とするストーリー展開だが、決して悲劇的なラストにはならないと確信しているので安心して楽しんで読めた。
夢や理想を追い求めるのはとても困難なことだ。けれど、人は困難を恐れずそれらに向かって突き進んでいく。だが、夢や理想とは程遠い・・・科学の発展や人の命を救うという本来の目的とはかけ離れたところでうごめく人たちがいる。彼らは、自分たちの欲や名誉しか考えない。それらを手に入れるためには手段を選ばない。佃製作所は戦う!絶望することもあきらめることもなく、ただひたすらおのれの信念のままに。そのひたむきな姿は、読み手に未来への希望を抱かせてくれる。ラストは、見事な勧善懲悪だった。お見事!さわやかな感動を与えてくれる面白い作品だった。


  桶川ストーカー殺人事件  清水潔  ☆☆☆☆☆
1999年10月26日の白昼、JR桶川駅前で21歳の女子大生猪野詩織さんが刃物で殺害された。彼女は、ひどいストーカー行為におびえ、警察に訴えていた。だが、悲劇は起きた。事件はなぜ起きたのか?そして犯人は?衝撃のノンフィクション。

ものすごい衝撃だった。詩織さんはなぜ殺されなければならなかったのか?一体彼女が何をしたというのだ。若くして命を奪われるようなことは何もしていない。執拗なストーカー行為におびえながら、彼女は家族のことを思いやり、そして自分自身の生活を守ろうとした。けれど、限界があった。その限界を悟ったとき、詩織さんと彼女の家族は警察を頼った。だが、警察の対応はとても常識では考えられないものだった。こんなことが現実に起きていたなんて・・・。結局、警察のずさんな対応のせいで詩織さんは命を奪われてしまった。
だが、ひどいのはこれだけではない。警察は犯人を探し出せなかった。警察に先んじて犯人を特定したのはひとりの記者・・・この作品の著者だった。これも信じられない話だ。いったい警察は何をしていたのか?さらに、信じられないことは続く。警察は、自分たちの不祥事を隠すために、詩織さんの名誉を傷つけるようなことをした。あくまでこちらに非がないと主張したのだ。どこまで卑劣なのだろうか。警察の本来の使命は、市民の安全や名誉を守ることではないのか!真逆のことをおこなってどうするのだ。
「いつかは殺されるかもしれない。」そう考えた詩織さんは、遺書を残していた。その内容に胸が締めつけられる。誰も彼女を助けることはできなかった・・・。
警察の不祥事も、ストーカーによる事件も、いまだに無くならない。なぜ教訓が生かされない?この胸の中に湧き上がる怒りは一体どうすればいいのか。
こういう悲劇があった。こういう不祥事があった。このことをひとりでも多くの人に知ってもらいたい。ぜひ一度この作品を読んでほしい。強くそう願う。オススメです!


  我が家の問題  奥田英朗  ☆☆☆
新婚夫婦の悩み、両親の離婚問題に揺れる姉弟、夫の抱えている問題に気づいた妻、それぞれの実家への里帰りについて・・・。日常のどこにでもあるような”我が家”の問題を取り上げた作品。

「当人たちには大問題でも、周りの人間から見たらささいなこと。」そういうことが多々ある。この作品の中に登場する人たちが抱えるのもそんな問題なのかもしれない。中には”両親の離婚”という深刻な問題もあるが・・・。
平凡な日常の中の平凡な問題だからこそ、読んでいて人ごととは思えない。夫の職場での立場、夫の趣味、妻の趣味、新婚の甘い生活の中に潜む不満などなど。でも、ここに登場する人たちは、「自分たちの力で何とか解決しよう!」「少しでも事態を改善するようがんばろう!」と前向きだ。もちろんひとりではできない場合もある。そんなときは家族の協力が不可欠だ。「家族ってやっぱりいいなぁ♪」この作品を読むと強くそう思う。切ない中にもほのぼのとしたぬくもりを感じ、そして前向きな気持ちになれる作品だった。


  株価暴落  池井戸潤  ☆☆☆
巨大スーパー・一風堂で爆破事件が起き、死者が出た。送りつけられた犯行声明を公表したとたん株価は暴落。一風堂は経営の危機に・・・。犯人はいったい誰?何が目的なのか?

爆破事件で株価が暴落した一風堂から巨額支援要請が来た。だが、白水銀行審査部の坂東は反対する。一風堂は、犯人逮捕で株価が持ち直すまで耐えられるのか?それとも倒産?そして犯人は・・・?
誰が何の目的で爆弾を仕掛けたのか?一風堂をめぐる巨大融資で意見が対立する坂東と上層部に妥協点はあるのか?そして、一風堂内部にも問題が・・・。盛りだくさんの内容だが、盛りだくさん過ぎて焦点が絞り切れていない印象を受ける。また、詳しい描写がなく「どうしてそうなるのか?」とストーリーに疑問を感じる部分もあった。犯人についても、意外性を狙ったのだろうが動機のインパクトが弱い。作者得意の銀行物とミステリーをくっつけたような話だが、どちらにも重点が置かれていない中途半端な感じを受けた。ちょっと物足りなさを感じる作品だった。


  悲素  帚木蓬生  ☆☆☆☆
夏祭りの会場で、カレーを食べた人が次々に倒れた。多数の犠牲者を出したヒ素中毒事件は、日本中の人々に衝撃を与えた。地元の警察からの要請を受けひとりの医師が和歌山へ向かうことになったが、この事件の裏には驚愕の真実が隠されていた・・・。

1998年7月25日、和歌山市園部地区で行われた夏祭りで、カレーを食べた67人が腹痛や吐き気などを訴えて病院に搬送され、そのうち4人が死亡した。原因は亜ヒ酸で、カレーに混入されていた・・・。この作品は、実際に起こった和歌山毒物カレー事件をもとに描かれている。
作品の中に登場する小林真由美。彼女が犯人ではないかと思われるが証拠がない。誰も真由美がカレー鍋に”何か”を入れるところを見ていないのだ。捜査が行き詰まる中、地元警察から要請を受けた医師・沢井が和歌山に赴く。沢井が知ったのは、驚くべき事実だった。カレー事件の起きる前にも、真由美にヒ素を飲まされたのではないかと思われる人たちがいたのだ。直接的な証拠なはない。だが、警察や沢井は診察や聞き取りを続け、事実を積み重ねていく。そこで語られるできごとは、驚愕のひと言だ。食べ物に毒を混ぜて他人に食べさせる。人としてこんなことが平気でできるのか?ただただ信じられない思いでいっぱいだった。
少しずつ外堀を埋め真由美を追い詰めていく過程は、とても読みごたえがあった。犯人は捕まった。しかし、多くの人たちがこの後も後遺症に苦しみ、一生消えることのない傷を心に抱えながら生きていかなければならない。決して ”犯人の逮捕 = 事件解決”にはならないのだ。
ページ数も多くかなり重い内容の作品だが、ひとりでも多くの人に読んでもらいたいと思う。


  翼をください  原田マハ  ☆☆☆☆☆
青山翔子は、暁星新聞創業135周年記念企画の一環として暁星新聞主筆の岡林にインタビューすることになった。そしてそのインタビューで、山田順平というカメラマンだった男の存在を知る。山田のことを調べていく中で、彼女は1枚の写真を発見する。そこに写っていた飛行機と女性は・・・? 歴史の中に埋もれてしまった真実を見つけ出すために、彼女は行動を開始する。

ニッポン号は、第二次世界大戦前期における日本の民間航空機で、4大陸と2大洋を連続周航した日本初の飛行機である。1939年8月26日に羽田飛行場(現 東京国際空港)を離陸し、10月22日に帰国した。日本製の飛行機と日本人乗組員が、世界一周の長距離飛行を世界で初めて成功させるという快挙だった。だが、戦争前の複雑な国際情勢の中、この素晴らしいできごとは封印されてしまった・・・。
この作品は、この実際にあったできごとをもとに作られた物語だ。ニッポン号に乗り込み世界一周を成し遂げようとする男たちと、ひとりのアメリカ女性の物語・・・。その女性エイミーがどう日本の飛行機や日本人と関わるのか?読み進めていくうちにしだいにその謎が明らかになる。
世界一周に賭ける男たちとエイミーとの絆の描写はとても感動的だった。数々の困難をひとつひとつ乗り越え、彼らは偉業達成へと突き進む。物語の中にどんどん引き込まれて、自分も空を飛んでいる気持ちになってしまった。こんなふうに飛べたならステキだろうと思う。エイミーもそんな気持ちだったのだろう。彼女はただ自由に空を飛びたかっただけなのだ。エイミーのその後の人生を想うと切なく哀しい。そして、山田順平の人生も・・・。戦争は、どんな理由があろうと絶対にしてはならないと強く思う。
単行本で500ページ弱あったが、全く長さは感じなかった。夢中になって読んだ。本当に面白かった。オススメです!


  テミスの剣  中山七里  ☆☆☆☆
昭和59年、不動産業者強盗殺人事件が発生!逮捕された楠明大は自分はやっていないと訴えるが、過酷な取り調べの中で自白へと追い込まれていく。それは、あってはならない冤罪の始まりだった。この事件の真実を明らかにしようと、ひとりの刑事が決心したが・・・。

自白の強要、死刑判決、容疑者とされた楠の自殺・・・。冤罪に対する渡瀬の苦悩は深かった。冤罪は、本人だけではなくその家族をも絶望のどん底に突き落とす。渡瀬は真実を明らかにする決心をするが、それは容易なことではなかった。それを警察という組織の中でおこなうということは、警察全員を敵に回すことと同じだった。警察の激しい妨害にあいながら渡瀬は真実を追い求める。「警察は、真実を明らかにするよりも自分たちの名誉を守ることが大事なのか!?」渡瀬の憤りが強く伝わってくる。彼は何ものにも屈せず、ただひたすら真実へと突き進む。読み手をぐいぐいとひきつけ、最後まで目が離せない展開だった。そして、ラストに衝撃の真実が待っていた!
権力は何のためにある?正義とは何か?人として本当に守らなければならないものは何か?さまざまな想いにとらわれ、読後も強く余韻が残った。読み応え充分の面白い作品だった。


  アノニマス・コール  薬丸岳  ☆☆☆
「娘が誘拐された!」
犯人の要求に右往左往させられる真志は、やがて3年前のある事件に再び関わっていくことになる。その事件は、真志の家庭をも壊してしまった忌まわしい事件だった。一方、元妻の奈緒美は、真志を信じ切れずに独自に娘を救い出そうとする。娘は無事に取り戻せるのか?犯人の真の目的とは・・・?

警察に不信感を抱く真志は、誘拐された娘を自分の手で救い出そうとする。そんな真志と元妻の奈緒美は激しく対立するが、結局は自分たちの手で解決する道を選ぶ。犯人とのやり取りはスピーディーな展開で、読み手はいっときも目が離せない。誘拐犯はいったい何を求めているのか?その真実にたどり着くまでの過程は文句なく面白い。しかし、それだけに真相が分かった後の落胆は否めない。正直、「えっ!これが誘拐の動機!?」と思ってしまった。犯人の狙いや心情は分らないでもないが、誘拐された子供がどれほど心に傷を負うかを考えると、それに共感することはできない。そもそも、このような動機で誘拐というのは少々設定に無理があるのではないだろうか。途中ずっと面白く読み進めることができただけに、ラストはすっきりとせず不満が残るものだった。残念・・・。


  鹿の王  上橋菜穂子  ☆☆☆☆
強大な帝国から大切な故郷を守るため、死兵となった戦士団「独角」の頭となったヴァン。だが彼は囚われ、岩塩鉱で奴隷として過酷な労働を強いられていた。ある時岩塩鉱が謎の犬たちに襲われ、噛まれた者は次々に病に斃れた。幼い少女を抱え逃げ出したヴァンの行く手に待つものは・・・。

奪う者、奪われる者。襲う者、襲われる者。裏切る者、裏切られる者。征服する者、征服される者。人はなぜ争いに身を投じるのか?人はなぜそれほどまでに相手に憎しみをつのらせるのか?生とは?死とは?
黒狼病という恐ろしい病を軸に、さまざまな人たちの想いが交錯する。物語は重いテーマを抱えながら展開していく。黒狼病に罹っても死ななかったヴァン。だが、彼の体に起こった変化は、やがて彼をある運命(さだめ)へと導いていく。一方では、黒狼病の治療法を見つけようと奔走する天才医術師ホッサルがいた。彼もまた、不思議な運命に操られようとしている。ホッサルとヴァン、このふたりの出会いは印象的だ。黒狼病の完璧な治療法は見つかるのか?ヴァンと、ヴァンが岩塩鉱から連れてきた少女ユナ。このふたりの間に生まれた絆はどうなるのか?物語の中に、どんどん引き込まれていった。
国・民族のつながり、人間関係、それぞれの抱える事情など、全体を把握することがなかなかできなくて前半はかなり読むのに時間がかかった。でも、後半は一気だった。個々の人物をもう少し掘り下げて描いてほしかったと思うところはあったが、ストーリーは壮大でとても魅力的だ。夢とロマンがあるし、考えさせられる部分も数多くあった。とても面白い作品だと思う。


  砂の街路図  佐々木譲  ☆☆
「なぜ父は、幼かった自分と母とを捨てこの街で溺死したのか?」
父の死の真相を知るために、岩崎俊也は北海道の運河町を訪れた。その街には、俊也の知らなかった父の姿があった・・・。

運河町を訪れた俊也は、昔の父を知る人たちに話を聞こうとする。だが、彼らは堅く口を閉ざし、なかなか話そうとはしなかった。どんな真相が隠されているのか、読み手としては興味津々だ。けれど内容は、街の様子の描写があまりにも多くうんざりするほどだった。読んでいて街の様子がすんなりと頭に入ってこなく、何度も何度も巻頭の地図を見なければならなかった。そんなに街の中の様子が真相を知る上で重要なのかと思ったが、そうでもない。何のためにこれほどしつこく街の様子を描くのか理解できない。それでも真相を知りたくて読み進めたのだが、その真相はお粗末としか言いようがないものだった。はたしてこれが、ひとりの人間を死に追いやるものなのだろうか?到底納得できない。これでは、ここまでせっせと読んできた苦労が報われない。読後感も悪く、あまり面白味のない作品だった。


  田園発 港行き自転車  宮本輝  ☆☆☆
15年前、九州に出張に行ったはずの父が富山で亡くなった。病死だった。「なぜ父は家族に内緒で富山に行ったのか?」その問いの答えを捜すために、真帆は富山へと向かった。

愛したり愛されたりしながら人は生きていく。だが、時にその愛は、他の者を傷つけることもある。真帆の父の行動は決して肯定できない。そのことが家族を不幸な気持ちにさせたからだ。けれど、一方で他の人たちに幸せを与えたことも確かである。生と死。幸福と不幸。表裏一体であるそれらについて、作者は実に細やかに描いている。おだやかに、ただおだやかに時は流れる。そして、さまざまな人生を送っている人たちは、ある一点に収束していく。その過程は、読み手の心にほんのりとした温もりを与えてくれる。未来に明るさを期待できるラストも、とても印象的だった。物足りなさを感じる部分はあったが、まあまあ面白い作品だと思う。


  火星に住むつもりかい?  伊坂幸太郎  ☆☆☆
住人同士が監視しあう社会。密告された者は、拷問され身に覚えのない罪を告白させられる。そして、その先に待っているのはギロチンによる処刑だった・・・。「平和警察」と呼ばれる組織は暴走を続ける。だが、その組織に敢然と立ち向かう正義の味方が現れた!はたして彼の正体は?

世の中の平和を保つため危険分子を取り除こうとする。だが、それはしだいにエスカレートし、罪のない者まで捕えられ処刑される事態となる。けれど、一般市民はそれをおかしいとは思わない。「あの人は危険人物だったのだ。」と納得してしまう。まるで、集団洗脳だ。「何が正義なのか?」その定義さえあいまいになって来る。このような状況も、そして処刑の描写も、読んでいて背筋がぞっとした。相互監視、密告、規制強化・・・。現実社会でこれほど極端なことは起こらないだろうとは思う。けれど、似たようなことは起こり得るかもしれないと思うとたまらなく怖い。
最初は読むのに時間がかかったが、後半は一気だった。逃げ場のない状況・・・。「火星に住むつもりかい?」このタイトルが特別な意味を持って重くのしかかってくるような気がした。変わってほしい! いや、変わらなければならないのだ! 強くそう願う。読後はほろ苦さが残るが、読みごたえのある作品だった。


  夏目漱石 読んじゃえば?  奥泉光  ☆☆☆
「夏目漱石はこう読もう!」
文豪夏目漱石の本の、全く新しい読み方がここにあった!奥泉光流のその読み方とは?

夏目漱石といえば明治の文豪だ。その作品は堅苦しいものが多いと思いきや・・・。作者は独自の視点で漱石作品を解説している。漱石作品を読みこんだ作者ならではの独特の解説に、「おおーっ!この作品はこういう読み方もできるのか!」と感動した。この本を読めば抵抗なく漱石作品を読めるのではないだろうか。
「吾輩は猫である」「坊っちゃん」「三四郎」「こころ」「それから」「明暗」などなど。視点を変えると作品色が違って見える。子供が読んでも面白いと思うが、大人が読んでも充分楽しめると思う。この作品を読むと、抵抗なく漱石に手が出せるのではないだろうか。漱石の作品に興味がある人だけではなく、すでにたくさんの漱石の作品を読んでいる人にもぜひ読んでもらいたいと思う。それにしても、漱石作品は奥が深い。多くの人に愛されるのも納得♪


  神さまたちの遊ぶ庭  宮下奈都  ☆☆☆☆
「どうせ北海道で暮らすなら、大自然の中で暮らさないか?」
その夫のひとことで、子供たち3人を連れ北海道・トムラウシに移住した宮下一家。家族5人の北海道の暮らしとは?宮下家の1年間の記録。

トムラウシ。そう聞いてもどこにあるのか分からない人の方が多いだろう。北海道上川郡新得町屈足トムラウシ。本当に山の中の山の中だ。最寄りのスーパーまで37キロ、TUTAYAまで60キロと聞けば、生まれも育ちも北海道の私でさえ驚く!そんな環境に一家五人で飛び込んだ宮下家。その日常は発見と驚きの連続だ。この本に書かれているのは、1年間の暮らしのほんの一部だと思う。言葉では言い表せない苦労もあっただろう。悩むことも多かっただろう。冬の寒さもつらかっただろう。けれど、作者はそういうことはあまり書かないで、北海道の大自然の素晴らしさやトムラウシの人たちとのステキな出会いを生き生きと描いている。こんなにもよく北海道を描いてくれてありがとう!作者にそうお礼を言いたいくらいだ。子供の進学問題などで移住は1年間の限定だった。でも、私は宮下一家がまた北海道に住んでくれるのではないかとひそかに期待している。北海道にはまだまだ魅力的なところがいっぱいあります!お待ちしています♪宮下さん!


  ヒポクラテスの誓い  中山七里  ☆☆☆☆
単位不足のため、浦和医大の研修生・栂野真琴は法医学教室に入ることになった。そこにいたのは、法医学の権威である教授の光崎と準教授のキャシーだった。光崎は、既往症のあった遺体に強くこだわった。無理をしてでも解剖しようとした。どうして彼はそれほどこだわるのか?そこには、意外な真実が隠されていた・・・。5編を収録。

型破りな光崎。外国人の準教授・キャシー。個性的なふたりに鍛えられながら、真琴は法医学に勤しむ。そして、しだいに法医学にのめり込んでいった。
人それぞれ、さまざまな人生の終わり方がある。だが、その遺体には、思わぬ死の真相が隠れていることもある・・・。「病死や事故死に見えるけれど、実は事件の被害者だった!」などということもあり得るのだ。物言わぬ遺体が最後に語ることができるのは、法医学の現場でしかない。解剖によりしだいに真実が明らかになっていく描写は、圧倒的な迫力だった。解剖シーンの描写もリアルで、興味深く読んだ。5編どれもがおもしろく、意外な成りゆきに驚きもあった。だが、真の驚きは最後の最後にあった!
読み始めたら止まらなくなり、最後まで一気に読んだ。読後も満足感が残る。読み応えのある楽しめる作品だと思う。


  まったなし  畠中恵  ☆☆☆
祭りのための寄進が、どういうわけか今年に限って集まらない。父親がそれにかかりっきりだから、町名主高橋家の跡取り息子の麻之助は、そのほかのもめごとを数多く引き受けなければならなかった。友の八木清十郎の縁談話もからんで・・・。表題作「まったなし」を含む6編を収録。「まんまこと」シリーズ5。

今回も難問が山積みだ。祭りの寄進が集まらない。子犬と小火の関係は?清十郎に嫁は来るのか?高利貸しの丸三が預かった子供とは?そして、清十郎の義理の母・お由有の縁談に絡むやっかいなできごととは?などなど・・・。
いつも思うことだが、生きていればいろいろなことがある。良いことも、悪いことも。人は、その場その場で自分が最善だと思う道を選択して進まなければならない。時には、後悔することもあるだろうが。
今回も、盛りだくさんの内容だった。清十郎に縁談の話があるのは当然だとしても、お由有にも縁談の話があるのは驚きだった。でも、先々のことを考えるとその方がいいのかもしれない。だが、その縁談が思わぬできごとを引き起こすとは・・・。人のねじ曲がった想いというのは恐ろしいものだと思う。これからの展開が気になる終わり方なので、次回作がとても待ち遠しい。清十郎もお由有も幸せになれるといいのだが・・・。
人生の悲哀がじっくり描かれていて、読みごたえがあった。


  昨日の海は  近藤史恵  ☆☆☆
高校生の光介の家に、母の姉の芹とその娘の双葉が引っ越してきた。しばらくは一緒に住むという。光介は叔母の芹から、心中だと思っていた25年前の祖父母の死が、実は無理心中であったと聞かされる。もしそれが本当なら、いったいどちらがどちらを殺したのか?真相を追い求める光介がつかんだ真実とは・・・?

「祖父母の死は、無理心中かもしれない・・・。」
そう聞かされた光介がショックを受けたくらいだから、光介の母や芹は、どれほどショックを受けたことだろう。それはあまりにも残酷なできごとだ。「ふたりだけで死ぬことにためらいはなかったのか?」「残していく子供たちのことを案じることはなかったのか?」真実を知らない限り前へは進めないと思う芹の心情は痛いほど分かる。真実を追い求める光介。途中で真実を追い求めることをやめた芹・・・いったいなぜ?心中か?無理心中か?どちらだ?どんどん話の中に引き込まれていく。
真実は、光介の母や芹にとって救いのあるものだったかもしれない。けれど、それが心中の動機だとしたら、あまりにも弱いのではないか?ふたりで死ぬほどのことだとは思えない。面白いとは思ったが、そこのところに疑問を感じ、物足りなさが残った。


  なりたい  畠中恵  ☆☆☆☆
寝込んでいる若旦那・一太郎を心配した父親の籐兵衛の言葉がきっかけで、神様方を長崎屋に招待することになった。もてなしを受けた神様が一太郎に問う。「来世何になりたいのか?」はたして、一太郎の答えは・・・?7編を収録。「しゃばけシリーズ」14。

人はさまざまな欲求を持っている。そのひとつに「なりたい」がある。願えば叶うこともあるけれど、願っても叶わないことの方が多いだろう。そのとき、人はどうするのか・・・。
「妖になりたい」と願った甚兵衛。それは叶うはずの願いだったのだが・・・。幸せは身近にある。そのことに気づいた甚兵衛さんの姿はほほえましい。
「人になりたい」と願った勇蔵。その願いは切実だった。一太郎たちの勇蔵への思いやりが心にしみる。誰にでも、幸せになる権利はあるのだと思う。
人間の欲は、これでいいということはない。次から次へと新たな欲が湧いてくる。でも、いつもの生活やいつもの自分の中にこそ、かけがえのない大切な物があるのだ。そのことをあらためて感じた。
どの話も楽しかった。読後はほろ苦さも感じたが、満足感でいっぱいだった。面白い作品だと思う。


  レオナルドの扉  真保裕一  ☆☆☆
祖父のベルナルドとともにおだやかな生活を営んできた若き時計職人ジャン。だが、彼の住む小さな村にフランス軍が侵攻する。狙いは、レオナルド・ダ・ヴィンチが遺した秘密のノートだった。そのノートは本当に存在するのか?また、何が書かれているノートなのか?ジャンの秘密とは?

天才レオナルド・ダ・ヴィンチのノートを、さまざまな人間が追い求める。その中には、かの有名なナポレオンもいた。そのノートさえあれば世界征服も夢ではないのだ。追う者、追われる者、両者の攻防は手に汗握る緊迫感がある。レオナルドのアイディアを使い、ジャンが敵の包囲網から脱出する描写は爽快だった。
素晴らしい道具は人々を幸せにする力がある。だが使い方を間違えると、それは恐ろしい兵器になる・・・。ジャンが必死で守ろうとしたのは人々のささやかな幸せなのだ。ラストはどうなるかと思ったが、まあ納得できるものだった。
作者があとがきでも触れているが、アニメにしたら面白いのではないだろうか。子供が喜びそうな作品になると思う。


  1981年のスワンソング  五十嵐貴久  ☆☆☆
ある日突然過去にタイムスリップ!「生き延びるためには何だってやる!」歴史を変えることも気にしない俊介の取った行動とは・・・?

突然過去にタイムスリップしてしまったら?知り合いもなく所持金も少ない。身分を証明するものもないので、働くにも支障がある。29歳の俊介の身に起こったできごとは、衝撃的だった。
「いったいどうやって過去の時代で生きていくのか?」「元の時代には戻れるのか?」興味津々で読み進めたが、何と!俊介は、レコード会社の女性ディレクターに頼まれたとはいえ、未来のヒット曲を提供する!「世界に一つだけの花」を1981年にヒットさせてしまうのだ。これにはびっくり!この勢いに乗り俊介は成功を収めるのかと思ったが・・・。
ラストは、賛否両論ありそうな気がする。私は、俊介が選ばれた人間だとは思えないのだが・・・。このラストは少々納得がいかない。
読んで楽しむことに徹した作品だと思う。その分、内容に深みが感じられないのが残念だった。


  仇敵  池井戸潤  ☆☆☆
恋窪商太郎は、ある事件がきっかけでエリートコースを外れ、ついには勤めていた銀行を辞めざるを得なくなった。地方銀行の庶務行員となった彼は、穏やかな日々を過ごしていた。だが、完全に過去からは逃げられなかった。自分を追いやった男への復讐劇が始まろうとしていた・・・。

自分の利益や権力保持のためなら何だってする。殺人さえも・・・。そんな人物に恋窪は挑む。かつて敗北し、メガバンクを去らなければならなかった恋窪だが、元同僚の死を目の当たりにして敢然と立ち上がる!
それにしても、悪いヤツというのは悪知恵がよく働く。読んでいて腹立たしさを感じる。自分さえよければほかの者はどうなってもかまわないのか!?危険を承知で、悪事を隠すために二重三重に張り巡らされたガードを、恋窪がひとつひとつ取り除いていく。その過程は緊迫感に満ちていて、ページをめくる手が止まらない。
ほろ苦さを感じる部分もあったが、ラストはほっとするものだった。人間悪いことはできないものだ。どんなにうまくやったつもりでも、必ず綻びはあるのだ。内容的に新鮮さはないが、とても読み応えのある作品だった。


  コンビニたそがれ堂 空の童話  村山早紀  ☆☆☆
駅前にある商店街のはずれに、赤い鳥居が並んでいる。そこに、夕暮れ時になると現れる不思議なコンビニがある。コンビニの名前は「たそがれ堂」。大事なさがし物がある人は、必ず見つけることができると言われている。いったいどんな人が訪れるのか・・・?不思議な話、ほほえましい話、兄弟愛を強く感じさせる話など3編を収録。コンビニたそがれ堂4。

「追いつけない」は、兄弟愛を描いた話だ。やさしい兄。頼りがいのある兄。弟の航にとって兄はかけがえのない存在だった。そんな兄がこの世からいなくなってしまう!?たそがれの堂の力を借り、航は兄を救えるのか?航は本当に兄のことが大好きなのだ。「何とか兄を救いたい!」航の兄への想いが痛いほど伝わってくる。私も本を持つ手に力が入る。どうかどうかふたりが笑顔でいられますようにと祈らずにはいられなかった。
「おやゆび姫」は、とても不思議な話だった。でも、現実にこういうことがあればいいなと思ってしまう。織子さんがうらやましい。人は、決して自分の夢をあきらめてはいけない。強くそう思う。
「空の童話」は、ほほえましい話だった。閉店することになった本屋さんと常連のお客さんの意外な関係と事の顛末にはびっくり!
「エンディング〜花明りの夜に」は、泣けた。私にも妹がいる。私にとって妹はかけがえのない存在だ。そのことをあらためて感じた。もっと妹を大切にしなくては・・・。
共感できる話もあったが、現実離れしていてどう解釈していいのか分からない話もあった。まあまあの面白さだと思う。


  コンビニたそがれ堂 星に願いを  村山早紀  ☆☆☆
駅前にある商店街のはずれに、赤い鳥居が並んでいる。そこに、夕暮れ時になると現れる不思議なコンビニがある。コンビニの名前は「たそがれ堂」。大事なさがし物がある人は、必ず見つけることができると言われている。いったいどんな人が訪れるのか・・・?心に残る3編を収録。コンビニたそがれ堂3。

小学生の女の子の恋とその後を描いた「星に願いを」、ひとりの年配の男性の人生を描いた「喫茶店コスモス」、自分に自信が持てない若い男性が真のヒーローになっていく姿を描いた「本物の変身ベルト」の3編が収められている。
一番印象に残ったのは「喫茶店コスモス」だった。いつも思う。出会いがあれば別れがあると。そして、何気ない日常の中にこそ本当の幸せがあるのだと。「喫茶店コスモス」の話は、あらためてそのことを気づかせてくれる。かけがえのない人たち、かけがえのない物たち、そして、たった一度の自分の人生・・・。別れはつらい。つらい、つらい、つらい。でも、たとえ命が尽きても、その人の想いはこの先もずっと消えることはない。遺された人たちの心の中にずっと生き続けていくのだ。
「コンビニたそがれ堂」を読むと、「明日はきっといいことが待っている。だから、がんばろう!」という気持ちになる。心が励まされる作品だと思う。ただ、シリーズ1のように短編集の方がひとつひとつの話が光ってくると思うのだが・・・。長すぎると中だるみが生じてくる。そこのところが残念だった。


  コンビニたそがれ堂 奇跡の招待状  村山早紀  ☆☆☆
駅前にある商店街のはずれに、赤い鳥居が並んでいる。そこに、夕暮れ時になると現れる不思議なコンビニがある。コンビニの名前は「たそがれ堂」。大事なさがし物がある人は、必ず見つけることができると言われている。いったいどんな人が訪れるのか・・・?心に迫る4編を収録。コンビニたそがれ堂2。

父親の再婚で新しい街で新しい生活を始めなければならない女の子の話「雪うさぎの旅」。いとこの秋姫の死のショックから立ち直れずにいる真衣の話「人魚姫」。旅に出たままついに戻ることのなかった薫と、薫を慕う薫子との切ない関係を描いた「魔法の振り子」。戦国時代に生きた黒猫の時を超えた想いを描いた「エンディング〜ねここや、ねここ」。
人でも物でも・・・たとえそれが雪だるまや雪うさぎであっても、自分にとって大切な人を想う心は同じだ。想いは、時を超え生と死をも超え、自分が届けたい相手のもとへ・・・。読んでいてとても切ない。どの話もよかったが、「魔法の振り子」が一番印象に残った。できることなら、薫と薫子をもう一度会わせてあげたかった。
「どんなにつらいことがあっても、人はそれを乗り越えて生きていかなければならない。行く先に必ず光があるはずだから・・・。」4つの話は、読み手にそれを教えてくれる。哀しくてホロリとするような話もあるが、心温まる作品だと思う。読後感もよかった。ただ、「人魚姫」の話が長く、中だるみしてしまったのが残念だった。もう少しコンパクトにまとめればきりっとした印象になると思うのだが・・・。


  ハケンアニメ!  辻村深月  ☆☆☆
9年ぶりに、天才と呼ばれるアニメ監督・王子千晴の作品が製作されることになった。話題の「運命戦線リデルライト」は、王子を口説き落としたプロデューサー・有科香屋子の努力のたまものだった。だが、突然王子が姿を消した!一方、期待の新人監督・斎藤瞳の作品も同じクルーでオンエアされることが決まる。果たして、アニメ界を制するのは・・・!?

完成されたアニメからは想像もできない壮絶ともいえる製作現場・・・。実にたくさんの人が素晴らしい作品にすべく昼夜を問わず働いている。現場での悩み、苦しみ、葛藤の日々、そして他社との熾烈なハケン争い。頂点を極めるアニメはただひとつなのだ。食うか食われるか?まさに弱肉強食の世界だ。ドタバタ感やできすぎだと思うストーリー展開は少々気になったが、自分が知らない業界を垣間見ることができてとても興味深かった。多くの人たちの努力によってひとつのものを作り上げるというのは、本当に感動的だ。これから、アニメを見る目が少しは変わってくるような気がする。
最後に・・・。表紙カバー裏に特別収録された短編もなかなかよかった。ちょっと得した気分♪


  コンビニたそがれ堂  村山早紀  ☆☆☆☆
駅前にある商店街のはずれに、赤い鳥居が並んでいる。そこに、夕暮れ時になると現れる不思議なコンビニがある。コンビニの名前は「たそがれ堂」。大事なさがし物がある人は、必ず見つけることができると言われている。いったいどんな人が訪れるのか・・・?心に残る6編を収録。

自分にとってかけがえのない物や存在が失われてしまったら、どんなに後悔することだろう。どんなに悲しむことだろう。この作品の中には、そんな人たちが描かれている。ほっとするような、また、心がほのぼのとするような話もあるが、切なくて涙が出そうな話もあった。
6編の中で一番印象に残ったのは、「あんず」だった。とても切ない話だ。逝く者と残される者。それが逃れられない運命だとしても、やはり悲しすぎる。でも、一生懸命生きて、充実した一生だったのだなぁ・・・とも思う。短い生涯だったけれど、幸せに過ごすことができて本当によかった。
読後、感動が深く心に染み入ってくる。それと同時に、おだやかなぬくもりも感じる。とても面白い作品だと思う。


  大泉エッセイ  大泉洋  ☆☆☆☆
大泉洋が、大学時代の1997年から雑誌に連載していたものや、40歳になった自分自身について書いたものなどを収録した、魅力的なエッセイ集。

「面白すぎるよ、洋ちゃん!」
思わずそう言いたくなってしまった。このエッセイの中には、彼の魅力がぎっしり詰まっている。時には羽目を外しすぎるときもあるが、なぜか憎めない。読めば読むほど本の中にどんどん引き込まれていき、あっという間に読んでしまった。彼のファンがたくさんいるのも納得♪ これからもそのキャラを大切に、本能のままに突っ走ってほしい。本当に面白いエッセイだった。

文庫本で読んだのだが、「文庫版書き下ろし」「特別収録 あだち充×大泉洋」も追加収録されていて得した気分だった。


  過ぎ去りし王国の城  宮部みゆき  ☆☆☆☆☆
尾垣真は、銀行のロビーのパネルに貼られた1枚の絵に激しく心を揺さぶられる。不思議な、中世の城を思わせる絵だった。思わず絵を持ち帰ってしまった真は、アバターを使い絵の中に入り込むことができることを知る。絵のうまい同級生の城田珠美にアバター作成を依頼し、ふたりは絵の中の世界へ。やがて彼らは、絵に隠されたある人物の想いに触れることになる・・・。

緻密に、ストーリーが構築されていく。そのひとつひとつの描写が見事で、読み進めていくうちにごく自然に物語の中に引き込まれていく。なぜこの絵が存在するのか?なぜ絵の世界に入ることができるのか?そのカギを握るひとりの少女の存在が浮かび上がってくる。そして、その少女の正体を知るパクさんとの出会いが、真実への扉を開く・・・。ページをめくる手が止まらず、一気にラストまで突っ走った。
中には、つらく切なく、胸が痛くなるような描写もあった。こんなにひどい経験をしたら、心が壊れてしまいそうだ。ずっとつらいままだったらどうしようと思ったが、ラストでは救われた気持ちになった。誰か手を差し伸べてくれる人がいたら、希望を持って生きていくことができる!こういうラストで本当によかったと思う。読後にほのぼのとした温もりを感じる、とても面白い作品だった。


  ラプラスの魔女  東野圭吾  ☆☆☆
ふたつの温泉地で、硫化水素による死亡事故が発生した。遠く離れているにもかかわらず、どちらの温泉地でも羽原円華という女性が目撃される。実は、彼女には不思議な能力があった・・・。

温泉地の硫化水素による死亡事故は、密閉された室内ならともかく、今までにまったくそういう事故が起きていない屋外で起きた。専門家や警察などがいくら調べても原因が分からない。事故か?それとも殺人か?もし殺人だとしたら、誰がどんな目的で行ったのか?だが、屋外で硫化水素を使って人を殺すことが可能なのか?謎が謎を呼ぶ・・・。
このできごとには、不思議な能力を持つ人物が関わっている。その能力は徐々に明かされていくが、まさに本の帯に書かれた「空想科学ミステリー」の世界だった。実際にはあり得ないとは思うが、あり得そうなことにも思え、興味深く読んだ。だが、温泉地の死亡事故につながっていく”できごと”は現実味が乏しい。あるできごとから別のできごとにつながっていく過程は説得力に欠ける。主要な登場人物についての描写もあっさりしていて、読んでいても人物像がはっきりとはつかめなかった。ラストは無難にまとめたという印象はあるが、このストーリーでこのラストというのは不満が残る。なかなか面白いとは思うが、なにか物足りなさを感じる作品だった。


  幻色江戸ごよみ  宮部みゆき  ☆☆☆☆☆
伊丹屋で小火騒ぎがあった。火が出たのは、全く火の気がないところからだった。だが、この騒ぎには哀しい想いが秘められていた・・・。「鬼子母火」を含む12話を収録。

死んでしまってもなお残る人の想い、呪いとなって現れた人の恨み、人を変え破滅に追い込む頭巾、家宝として大切にされている不思議な絵など、作者は人の心の奥底に潜むものをさまざまな形で描いている。ホロリとした話、やりきれなさを感じた話、ゾクッとした話などさまざまだが、いちばん印象に残ったのは「紅の玉」だった。
病気がちの妻を抱えまじめに働く飾り職人の佐吉だが、贅沢を取り締まる「奢侈取り締まり」のため、仕事がほとんどなく困窮にあえいでいた。そこへ思いがけない仕事の話が舞い込むが・・・。
人の運命はどこでどう変わるか分からない。佐吉に突然襲い掛かった不幸は、読み手には恐怖となって迫ってくる。「本当に怖いのは生きている人間なのだ!」衝撃的なラストは、いつまでも余韻が残るものだった。
どの話も不思議な魅力があり、読んでいてとても惹きつけられた。読みごたえのある珠玉の短編集だと思う。オススメです。


  さようなら、オレンジ  岩城けい  ☆☆☆
難民だったサリマが夫とともにやって来たのは、オーストラリアの田舎町だった。だが、夫は逃げ出し、サリマは精肉の加工場で働くことになった。全く読み書きができなかったサリマだが、生きていくために英語を学ぶことを決心する・・・。

右も左も分からない。頼る人もいない。言葉も全く分からない。そんな状況に置かれても、強く生きていけるだろうか・・・。だが、サリマは強かった。ゆっくりだが確実に英語を学び、それと同時に生きる希望も見出していく。サリマの強さは太く頑丈なものではない。細くてしなやかな強さだ。彼女は、困難な状況を受け入れながらも、決して自分の道を見失うことはなかった。「何かを成し遂げる。」それは、大きな感動を伴うものなのだ。
読みやすい文章ではない。読んでいてもぎこちなさを感じたし、感動の伝わり方もスムーズではなかった。けれど、ひとりの人間の生きざまを鮮やかに描き、好感が持てた。


  星間商事株式会社社史編纂室  三浦しをん  ☆☆
幸代が手がけた郊外の大型ショッピングモールプロジェクトは大成功!しかし、上司からの類似の企画の責任者の話を固辞したため、彼女は社史編纂室に飛ばされた。ゆるゆるの職場で自分の趣味の同人誌作りに励むつもりだったが、ひょんなことから会社には誰にも知られたくない秘密があることに気づく。社史編纂室の面々は、その秘密に迫ることにしたのだが・・・。

幸代の同人誌作りに気づいた課長が、自分も同人誌を作りたいと言い出し、小説を書き始める。男同士の恋愛を描いた小説を課長に見られてしまったので、幸代は断れなくなってしまう。おまけに、会社の社史発行という責任重大な仕事ものしかかる。だが、社史編纂のために会社の過去を調べると、思わぬ事実が転がり出た。それは、会社としては絶対に知られたくないものだった。そこから事態は大きく変わっていく。
個性的で面白いキャラクターのオンパレード、幸代のオタク的小説、課長の謎を含む小説、そして会社の過去・・・。面白おかしい話のはずなのだが、いまいち乗りきれないし、笑えない。現実味に乏しく、会社の誰にも知られたくない過去も拍子抜けするほどの事柄だ。全体的にまとまりのない単なるドタバタ小説になってしまっている。作者は、なぜこんな話を書こうとしたのか、意図が分からない。「面白くない。」とは言わないが、物足りなさを感じる作品だった。


  太宰治の辞書  北村薫  ☆☆☆
中学生の子どもを持つ身になった”私”。やはり本が好きで、いつも本とつながっている。編集者として働く”私”は、太宰治の創作にまつわる謎を探り始める。太宰には、いったいどんな謎があったのだろう?≪私≫シリーズ。

シリーズ1作目の「空飛ぶ馬」では大学生だった”私”。今では、母であり、バリバリ働く編集者でもある。 今回の作品の中には、日常生活の中で起こるミステリーなどはない。作家が作品を生み出すときの謎に迫っている。私の好きな言葉に「眼光紙背」という言葉がある。「紙の裏まで見通す」という意から、書物の字句の背後にある深い意味をも読みとるということだが、まさにそれを地で行く話だった。
作者自身も太宰治が好きとのことだが、太宰の作品「女学生」創作にまつわる謎を実に丹念に調べている。「こういう個所からこういう考え方ができるのか!」読んでいて驚きの連続だった。すごく残念だが、私にはここまで読み込む力はない。自分の読解力に限界を感じてしまった(涙)。
最初から最後まで興味深いことばかりだった。太宰治は、彼の作品の中で今も生き続けている。そう思わずにはいられない。本好きの人にはたまらない1冊だと思う。けれど、本の中身をそれほど深く追求することに興味がない人にとっては、読んでいて退屈だと感じる部分もあるのではないだろうか?好みが分かれる作品だと思う。


  えどさがし  畠中恵  ☆☆☆
時代は明治。ひとりの男が人を捜していた。今は京橋と名乗っている仁吉だった。捜す相手は、若だんなの生まれかわり!?だが、思わぬ事件に巻き込まれて・・・。
表題作「えどさがし」を含む5編を収録。しゃばけ外伝。

しゃばけシリーズでおなじみの面々が登場してそれなりに楽しめる作品だったが、やはり若だんながいないと何だか物足りない。登場しなくても若だんなの存在が感じられる話や、若だんなが生まれる前の話ならまだいいが、若だんながいなくなってしまった明治時代の話は、読んでいて切なかった。
人と妖(あやかし)では寿命が全く違う。出会い、一緒に楽しく過ごしているうちはいいのだが、やがて別れの日が来る。逝ってしまった人を忘れられず、別れの寂しさつらさを抱えながらその後何百年も生き続けなければならないとしたら・・・?気の遠くなるような歳月の中、仁吉や鳴屋たちはずっと変わることなく若だんなを想っていたのだ!その気持ちにホロリとした。
ラストは余韻が残るものだった。どうか、仁吉や鳴屋たちが笑顔のままでいられますように!


  キネマの神様  原田マハ  ☆☆☆☆
大手ゼネコンのシネマ部門でバリバリ働いていた歩は、会社内の争いがもとで退職してしまう。一方、歩の父が突然倒れ入院する。自分が退職したことを言いだせないまま歩は父の看病を続けるが、今度は父に多額の借金があることが発覚!ギャンブル好きの父からギャンブルを取り上げなければならなくなる。「父に映画の楽しさを再認識してもらおう!」歩はそう考え、行動を開始するのだが・・・。

この作品に登場する人たちはみな個性的な人だ。そして、みな心のどこかに傷を負っている。生きることにがんばろうとして空回りばかりしている人たち・・・。面白おかしい描写の中にも、ふとした瞬間に人生の悲哀を感じてしまう。そんな人たちが「映画」を通して出会い、生きがいを見つけ、新たな人生を歩んでいく。人生がこの作品のようにこんなにうまくいくとは思わないが、未来に希望を持って生きることの大切さは伝わってくる。それと同時に、人と人とのつながり・・・絆の大切さも伝わってくる。この世に生きている人すべてにエールを送りたい。そんな気持ちにさえなってしまう。
読後は、穏やかで温かな感動に包まれた。映画が好きな人にも、そうでない人にも、ぜひ読んでもらいたいと思う。


  夜の床屋  沢村浩輔  ☆☆☆☆
初めて登った山で道に迷い、高瀬と佐倉は無人駅で一夜を明かすことにした。駅前は住人がいない廃屋ばかりだと思われたのだが、高瀬は深夜に一軒の理髪店に明かりがともっているのに気づいた。その店の中に入ってみると・・・。表題作「夜の床屋」を含む7編を収録。

無人の駅前の理髪店に深夜明かりがともる謎を描いた「夜の床屋」、寝ている間に絨毯だけが盗まれるという謎を描いた「空飛ぶ絨毯」、廃工場でドッペルゲンガー捜しをする小学生の真意を描いた「ドッペルゲンガーを捜しにいこう」の3編は、現実社会でも起こりそうなリアリティのある話だった。けれど、名家の別荘に隠された宝をめぐる話を描いた「葡萄荘のミラージュT」「葡萄荘のミラージュU」「[眠り姫]を売る男」の3編は、現実離れした不思議な話だった。あり得そうな話とあり得ない話。これが「エピローグ」で結びつき、作者に新たな驚きを与える。最後の最後まで作者は読み手を翻弄する。これはこれで面白かったが、私個人としてはあり得そうな話ばかりでまとめたほうが現実味が増し、より面白くなるような気がした。ミステリーとファンタジーの融合は少々強引かもしれない。


  国盗り物語  司馬遼太郎  ☆☆☆☆
妙覚寺で法蓮房と呼ばれていた松波庄九郎は、独特の知恵と才覚で次第に力をつけていった。やがて目標を「美濃の国盗り」と定め、それを実現させるのだが・・・。
「美濃の蝮」と呼ばれた斎藤道三の生涯と、彼の遺志を継いだ織田信長、明智光秀の生きざまを鮮やかに描いた大作。

群雄割拠、下剋上。戦国時代には数々のドラマがある。斎藤道三。道三の娘婿の織田信長。道三の甥にあたる明智光秀。食うか食われるか、生きるか死ぬか、ギリギリ紙一重のところで生きる不思議な縁で結ばれた3人。彼らの壮大な物語は読み手を興奮させる。手に汗握る迫力だ。彼らの運命を、また、彼らの最期を知りながら読むのも感慨深いものがあった。
戦国時代・・・。誰が天下を取ってもおかしくはない時代だった。もし本能寺で織田信長が明智光秀に討たれなかったら?明智光秀が織田信長を裏切ることなく天下取りを推し進めたら?いったい歴史はどうなっていただろう。そういうことを考えるとワクワクする。歴史好きの人だけでなくそうでない人にもぜひ読んでもらいたい、読みごたえのある面白い作品だった。


  追憶の夜想曲  中山七里  ☆☆☆☆
腕は立つが、法外な報酬を要求する悪辣弁護士の御子柴礼司。だが、彼は意外な行動をとる。高額な報酬なしで、夫殺しの容疑で懲役16年の判決を受けた主婦の弁護を希望したのだ。彼に勝算はあるのか?

夫殺しの主婦は懲役16年の判決を受けたが、御子柴はその判決を覆そうとした。誰の目にも事件の真相は明白で、新たな真相など見つかるはずがないと思われていた。だが、御子柴は追う。まだあるはずの、誰にも気づかれることのなかった真実のかけらを。果たして、判決を覆すほどのものを見つけられるのか?御子柴と検事・岬恭平との因縁の法廷対決も絡み、緊迫感があり目が離せなかった。二転三転・・・事態は思わぬ方向に転がり出す。そして、事件の本当の真相とともに明らかになるもうひとつの真実!予想もしなかった衝撃の展開に思わず息をのんだ。こんな結末が待っていようとは・・・。
刑に服しても、そのことをどんなに悔いても、過去に犯した罪は決して消えることはない。生きている限りその罪を背負って生きていかなければならない。14歳の時に起こした事件の後、名前を変え弁護士となり別の人生を歩んでいた御子柴でさえ、過去の罪を消し去ることも忘れることもできなかった。「償い」とは何だろう?深く考えさせられた。
最初から最後まで息をもつかせぬ展開で、一気読みだった。読みごたえのある面白い作品だと思う。


  贖罪の奏鳴曲  中山七里  ☆☆☆☆
加賀谷という強請屋のライターが殺された。彼の死体を遺棄したのは、御子柴礼司という弁護士だった。加賀谷は、御子柴が担当している保険金がからんだ殺人事件に何か関係があるのか?また、御子柴にも、加賀谷に強請られるような人に言えない重大な秘密があった・・・。

14歳の時に起こした事件・・・幼女バラバラ殺人事件。少年院に収監された少年は、やがて名前を変え弁護士になった・・・。
裁かれる者から裁く者になった御子柴礼司。悪辣弁護士と言われようが、いっこうにかまわない。ただおのれの生きたいように生き、やりたいようにやる。そんな彼が引き受けたのは、保険金がからんだ殺人事件だった。事故で意識不明になった夫の生命維持装置を止めたのは、本当に妻だったのか?「新たな真実など絶対に見つかるはずがない。」絶望的な状況の中、御子柴は事件のあらましをひとつひとつ検証し、その鋭い洞察力で不可能と思われた新たな真実にたどり着く。その過程は実に見事で、物語の中にぐいぐい引き込まれた。また、法廷シーンも圧巻で、その迫力に思わず息をのんだ。新たな真実では、人が持つ先入観が判断を狂わせることもあるのだと、今さらながら感じた。
罪を犯す、犯さない。それは、紙一重の差かもしれない。人はなぜ罪を犯す?人を更生させるきっかけはどこにある?罪を償うということは、本当はどういうことなのか?さまざまなことを考えさせられた作品だった。


  雪の断章  佐々木丸美  ☆☆
引き取られた家でのつらい仕打ちに耐えかね逃げ出した孤児の飛鳥。そんな彼女を救ったのは、滝杷祐也という青年だった。彼は、2年前5歳だった飛鳥が迷子になったところを助けてくれた青年だった!飛鳥は祐也に引き取られることになったのだが・・・。

正直、読んでいてずっと違和感を感じた。まず、飛鳥の境遇だが、引き取られた家で学校へも行かせてもらえずこき使われるという設定には疑問を感じる。かなり昔に書かれた作品だとはいえ、この設定はあり得ない気がした。それに、飛鳥を引き取って育てようとする20代の青年・・・。これもあり得ないのでは?引き取られた後の飛鳥の生活や彼女と関わる人たちの人物設定もいまいちだ。
また、飛鳥という人間にも全く魅力を感じない。かわいそうな境遇なのは分かるが、感情移入できない。それどころか、彼女の心情の描写を読み、反発を感じた。自分勝手過ぎないか?
作者は、読み手のことを考えず、読み手に何を伝えるでもなく、まるで、自分の文章に陶酔しているかのように文章を書き連ねているだけのような気がする。起きた事件も現実味がないし、ラストにも感動がない。高評価の作品ということで読んでみたが、全くの期待外れに終わってしまった。私には合わなかった。


  冷蔵庫を抱きしめて  荻原浩  ☆☆☆☆
「夫とはまるで食べ物の好みが合わない・・・。」
直子は、夫・越朗と食べ物の好みが合わないことが悩みの種だった。そんなある日、ふとしたことがきっかけで直子は摂食障害になってしまう。それは、直子にとって2度目のことだった・・・。表題作「冷蔵庫を抱きしめて」を含む8編を収録。

「ヒット・アンド・アウェイ」は暴力男から2歳の娘を守るためにひそかに立ち上がった女性の話だが、彼女がどんどん強くなっていく様子は愉快だった。こんな男にはガツンと一発お見舞いするに限る♪
「冷蔵庫を抱きしめて」は、摂食障害からなかなか抜け出せない妻を思いやる夫の心遣いがよかった。結婚してみなければ分からないことは山ほどある(笑)。それを乗り越えて進むのが結婚生活かも〜。
「アナザーフェイス」は自分に似た男が現れる話だが、読んでいて背筋が寒くなった。逃げ場はないのか!?
「マスク」は、人の心理を巧みに描いた読みごたえのある話だった。ある意味、こちらも怖かった。
笑いあり、涙あり、そして恐怖あり・・・。どの話もインパクトがあり面白かった。ちょっと残念だったのは、「エンドロールは最後まで」が既読だったことだ。あちこちの本に収録されるているとたまにこういうことがあるが、なんだかすごく損をした気分になってしまった。


  もう、猫なしでは生きていけない。  安部譲二  ☆☆☆☆
五郎、ピコゾウ、直吉、みいみ、スキップ、シッポナ、ショボ、ウニ・・・。作者と何十匹もの猫たちとの関わりを描いたエッセイ。

タイトルに惹かれ手に取った本の作者の名前を見て驚いた。安部譲二さん・・・。彼が「塀の中の懲りない面々」で強烈なデビューをしたことは知っていた。当時は頻繁にテレビにも登場したので、顔もしっかり知っていた。けれど、彼の実体験をもとにしたその作品を読む気にはどうしてもならなかった。知らず知らずのうちに、自分勝手に彼のイメージを作り上げてしまっていたのかもしれない。
「もう、猫なしでは生きていけない。」この作品を読んだとき、私の中にあった「安部譲二」というイメージが覆された。「え、えっ!こんな人だったの!?」猫に注ぐ愛情は半端じゃない。心底惚れている。そんな感じだ。まさに、猫なしでは生きていけない人なのだ。
さまざまな猫との出会いと別れ・・・。それは切なく私の胸を打つ。「猫はペットではない。人生のパートナーだ。生きがいだ。」作者の思いがひしひしと伝わってくる。
心温まる作品だった。猫好きの人も、そうでない人も、ぜひ読んでほしいと思う。安部さん、愛する猫ちゃんといつまでもお幸せに♪


  短篇ベストコレクション 現代の小説2014  アンソロジー  ☆☆☆
ベテランから新鋭まで、2013年に文芸誌に発表された短編のベスト作品を14編収録。

浅田次郎、有栖川有栖、大沢在昌、乙川優三郎、小川一水、古処誠二、桜木紫乃、月村了衛、西崎憲、原田マハ、万城目学、宮内悠介、結城充考、柚月裕子の総勢14名が書いた短編集だ。
浅田次郎の「獅子吼」は、戦時中の動物園を舞台にし、ライオンの立場から置かれた状況を述べているものだが、なかなか興味深かった。
小川一水の「御機送る、かなもり堂」は、発想は面白いが読んでいて結末が何となく分かってしまい、もう少し工夫がほしかったと思う。
万城目学の「インタヴュー」は、宮澤賢治の「注文の多い料理店」を題材にしていて、ユニークで面白かった。
柚月裕子の「泣き虫(みす)の鈴」は、東北を舞台にした味わいのある話だった。昭和初期の東北の生活の描写も読みごたえがあった。
短編集は、未読の作家の作品を読めるというところがいいと思う。面白かったものそうでなかったものいろいろだが、まあまあ楽しめる作品だと思う。


  最後の嘘  五十嵐貴久  ☆☆☆
吉祥寺のコンビニでアルバイトをしながら探偵業を営む川庄のもとに、政治家の秘書がやって来た。依頼は、政治家の娘を探してほしいとのことだった。単なる人探しのはずが、事態は思わぬ方向に・・・。吉祥寺探偵物語シリーズ2。

「少女を探し出せば多額の報酬が手に入る。」
だが、実際はそう甘くはなかった。市長選に出ようとする榊原にとって、別れた女性との間にできた娘・亜美の存在はスキャンダルの種なのだ。政治家である父親・榊原と娘・亜美の確執。亜美が関わっているかもしれない犯罪。事態は、川庄が思ってもみなかった方向に進んでいく。一時的に亜美を自分のところで預かってはみたものの、川庄も、榊原と亜美との間で悩み続ける。「最善の解決法はあるのか・・・?」
事件の真実を厳密に突き詰めて対処すると、救われない人もいる。「政治家としての地位と名誉」「自分の娘」。榊原は最後に、自分が本当に守らなければならないものは何かにようやく気づいた。失ったもの、得たもの、いろいろあるけれど、これでいいのかなという気がする。「嘘も方便」 ラストではこの言葉が頭に浮かんできた。まあまあの作品だと思う。


  書店ガール  碧野圭  ☆☆☆
ペガサス書房吉祥寺店の副店長・理子は、40歳で独身。彼女は、部下の亜紀の行動に手を焼いていた。一方亜紀も、理子を頭の固いどうしようもない上司だと思っていた。そんなふたりが働く店に、重大な危機が訪れた・・・。

最初は、書店を舞台にした女性同士のいがみ合いの話かと思ってしまった。虫が好かない女性に対してのさまざまな言動や行動は、同性として読んでいて不快なものがあった。女同士の諍いは醜い・・・。
だが、後半は一変する。書店存続の危機に書店の従業員全員が一致団結する。もちろん、理子も亜紀も。立場も考え方も人それぞれ違うけれど、店や本を愛する心は皆同じなのだ。いがみあっていたふたりがどうなるかもずっと気になっていたが、ラストはホッとした。やりきれなさを感じた部分もあったが・・・。
若者の活字離れ、ネット書店の登場、電子書籍などなど・・・。書店を取り巻く環境はますます厳しさを増している。生き残るのは至難の技だろう。だが、がんばってほしいと切に願う。


  わが蒸発始末記  井上ひさし  ☆☆☆☆
1970年代から1990年代までのエッセイ集10冊から選り抜いた、41編を収録。

とにかく面白かった。文章が軽快でテンポがよく、内容もバラエティに富んでいて、気がついたらあっという間に読んでいた。ミステリーならページをめくる手が止まらないということはよくあるが、エッセイでそういう状態になることは珍しい。
才能豊かで、機知に富み、人生の悲哀をきちんと分かっている。そういう作者の人物像が鮮やかに浮かび上がってくる。サラリと書いているようで、実は内容も文章力もすごい!!ずっと積読本の中に埋もれさせていたが、こんな面白い本をなぜもっと早く読まなかったのだろうとつくづく思う。これを機会に他のエッセイ集もぜひ読んでみたいと思う。
井上ひさしさんといえば・・・。
私と同じ世代の人は、「ひょっこりひょうたん島」を思い出すのではないだろうか。放送作家・劇作家としても、才能を持った人だった。


  花野に眠る  森谷明子  ☆☆☆☆
両親の離婚問題に心を痛める少年。落雁をめぐる騒動。そして、白骨死体などなど・・・。新人司書・文子の周りで起きるできごとを描いた短編集。「れんげ野原のまんなかで」の続編。

この作品には5つの話が収められている。それらの話は所々で微妙につながり、やがてひとつの真実につながっていく・・・。
日向山から発見された白骨死体は誰なのか?文子は、先輩たちの助けを借りながら真実に迫っていく。そしてたどり着いた真実は、あまりにも悲しいものだった。
誰からも理解されない。誰からも疎まれ必要とされない。人並みの幸せを求めることも許されない。そんな状況の中で自分を否定しながら生きていかなければならないとしたら、こんなにつらいことがあるだろうか。ひとりの人間についての真実は、あまりにも切ない。
ストーリー構成がとてもよかった。ひとつひとつの話が心に染み、物語の中にどんどん引き込まれていく。重い内容だが、作者が、温かな目で見つめ優しく描いているのが救いだった。静かな感動を与えてくれる、読みごたえのある作品だと思う。面白かった。
「れんげ野原のまんなかで」を読んだのは、2005年3月だった。ちょうど10年前だ。その時も思ったが、「秋葉図書館」のような図書館が身近にあったらどんなにステキだろうと思う。私も、もっと図書館と仲良くなりたい。ならなければ!


  Wonderful Story  アンソロジー  ☆☆☆☆
伊坂幸太郎・大崎梢・木下半太・横関大・貫井徳郎。人気作家5人が、犬にちなんだ名前に改名!?そして、犬にちなんだ、”ワン”ダフルな5つの物語が完成した♪

伊坂幸犬郎、犬崎梢、木下半犬、横関犬、貫井ドッグ郎。5人の作家が「犬」を題材にしてステキな物語を作り出した。
伊坂さんの作品は発想がとてもユニークで、思わず笑ってしまった。余韻が残る終わり方で、もっと先が読みたくなる。大崎さんの作品は、家族のあり方について深く考えさせられた読みごたえのあるものだった。「家族の絆」って強いのか?脆いのか?木下さんの作品もユニークだった。この作家さんの作品は初読みだったが、他の作品も読みたくなった。バターの使い道にこんなのがあったとは・・・(笑)。横関さんの作品もよかった。盲導犬のことが詳細に描かれていて、興味深かった。貫井さんの作品は、ユーモラスなところもあるが、ちょっと怖いミステリアスな話だった。忍び寄る危機・・・。読んでいて思わずあたりを見回したくなる衝動に駆られた。ひと味違う面白さがあった。
どれも、個性が光る味わいのある話だった。最後の解説の部分までもが面白い。”一読の価値あり”です♪


  ナオミとカナコ  奥田英朗  ☆☆☆☆
職場で張り合いのない毎日を送る直美。夫の暴力に耐え続ける加奈子。直美は、親友加奈子を夫の暴力から救うため、究極の選択をする。ふたりは、加奈子の夫を”排除”することにした・・・。

「加奈子の夫をこの世から排除する。」
直美は加奈子と協力して、細心の注意を払い周到に計画を練り上げる。一部の隙もない完璧な計画に思えたが、事を終えた後にさまざまなところから綻びが生じる。どんなに取り繕おうとしても、事態は最悪な方向に転がり落ちていく・・・。
完璧な計画だと思っていても、100%完璧なものはない。当人たちが気づかぬところから、築き上げた計画は崩れ始める。良かれと思ってやったことも、裏目に出てしまう。一度崩れ始めたら、もう誰にも止められないのだ。先が気になり、ページをめくる手が止まらない。しだいに追い詰められていく直美と加奈子はどうなるのか?ラストまで心臓がドキドキし続けたままだった。これからの人生、ふたりにとって少しでも幸せを感じるものであってほしいと願う。
「都合のいい展開だ。」と思う部分も何ヶ所かあったが、読み応えのある面白い作品だった。


  キャプテンサンダーボルト  阿部和重・伊坂幸太郎  ☆☆☆☆
太平洋戦争時、東北の蔵王に消えたB29。公開中止になった戦隊ものの映画。殺人鬼のような外国人。さまざまな謎がひとつの事柄に収束したとき、本当の危機がやって来た・・・。迫りくるタイムリミットの中、相葉と井ノ原がとった行動は!?阿部和重と伊坂幸太郎の完全合作。

東京大空襲の夜、東北の蔵王にB29が不時着した。それがすべての始まりだった。中学校時代の同級生の相葉と井ノ原は、否応なしに渦中に巻き込まれていく。
さまざまなできごとがちりばめられている。さまざまな人たちが登場する。これらの断片が組み合わさったとき見えてきたひとつの真実は、まさに全世界の危機につながる驚愕すべきものだった!まるで、ジェットコースターに乗っているかのような、ハラハラドキドキのスリルに満ちたストーリーだ。何度も危機を乗り越え、核心に迫っていく相葉と井ノ原。ふたりの活躍は、まさに世界を救うヒーローそのものだ。よく考えると「ん?」と疑問に感じる描写もあったが、娯楽に徹した作品だと割り切れば楽しめる。ラストも、爽快感が残る。ヒーローは、いつだってヒーローのままなのだ!長いけれど、一気読みできる面白い作品だった。


  いつも上を向いて  マイケル・J・フォックス  ☆☆☆
前作「ラッキーマン」では、自らの病「パーキンソン病」を克明に綴り人々に衝撃を与えた。あれから、彼は何を考え、どう生きてきたのか?マイケル・J・フォックスの自叙伝2。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で世界的に有名になった俳優マイケル・J・フォックス。生い立ち、俳優になり一躍有名になったこと、その後パーキンソン病を発病し悩みぬいたことなど、彼のありのままの姿をみずから描いた「ラッキーマン」を読んだのは、2003年だった。あれから、彼はどんな人生を歩んでいるのか気になっていた。実は、自叙伝part2が出版されていたのを最近まで知らなかった・・・。
この作品を読んで、彼が以前と変わらずに精力的に活動していることを知ってうれしくなった。絶望することなく自らの病気を受け入れ、かつ、彼を支持してくれる人たちと共に行動している。さまざまな誹謗中傷にも負けることなく信念を貫こうとする彼の姿には、本当に感動した。「仕事」「政治」「信仰」「家族」。この作品の中で述べられているこれらのことが、マイケル・J・フォックスの生きる力になっている。「政治」と「信仰」については理解が難しい個所もあったが、彼にとってこの4つがどれほど大切なのかは伝わって来た。
「病気の治癒」。彼のその願いが叶う日が1日でも早く来ますようにと、願わずにいられない。


  春、戻る  瀬尾まいこ  ☆☆☆
結婚を控えたさくらの前に、突然ひとりの男性が現れた。さくらより12歳も年下なのに、彼は”さくらの兄”だと主張する。いったい彼の正体は?その目的は?

さくらの前に突然現れた”兄”だと名乗る男性。「12歳も年下なのになぜ兄なのだろう?」彼の正体が知りたくてあっという間に読んでしまった。
「おにいさん」は、明るくて、少々お気楽主義で、さくらだけではなく彼女の周りの人たちも笑顔にしてしまう。最初は警戒していたさくらも、彼に心を許していく。だが、それと同時に、忘れようとしていたつらい過去のできごとがさくらの心に影を落とす。「おにいさん」はそんなさくらにそっと手を差しのべる・・・。
登場人物はみんなとてもいい人で、悪意を持った人はひとりも出てこない。「おにいさん」や周りの人たちの思いやりが、いつしかさくらに過去と向き合う勇気をくれた。人生は自分の思い通りにはいかない。つまづいて、転んで、ケガをする時がある。でも、自分の人生にとって何が一番大切かに気づいたとき、人は再生することができるのではないだろうか。
心が温まる話で、読後感もよかった。でも、ひとつだけ気になることがある。それは、「おにいさん」のことを誰も怪しいと思わなかったことだ。さくらより年下で、しかも自分の名前を明かさなかったのに。これだけはとても不思議だった。


  アイネクライネナハトムジーク  伊坂幸太郎  ☆☆☆☆
妻に逃げられた先輩社員の行動がもとで、大事なデーターが消失してしまった!!後輩社員の佐藤は、責任上街頭アンケートを引き受けることになった。そこで訪れた出会いとは・・・。「アイネクラクィネ」を含む6編を収録。

毎日何気なく過ごす日々。だが、平凡な日常の中にもちょっとした奇跡はある。それは、周りの人たちが気づかないだけかもしれない・・・。
いろいろな人たちが登場する。抱えている人生の事情はさまざまだが、彼らはどこかでつながっている。そのつながり方が絶妙だ。独立した6つの話として読んでも充分に面白いが、場所を超え時を超え彼らの人生の断片をつなぎ合わせたとき、この本は完全なひとつの物語となる。伊坂幸太郎にしか書けない世界がここにはあった。
「若くても年老いても、ステキな出会いはあちこちにあるのではないか?」そう考えると人生がより楽しく思えてくる。
ほほえましいエピソードが詰まっていて、読んでいて心地よく、読後はほっこりとした温もりに包まれる。とても面白い作品だった。


  村上海賊の娘  和田竜  ☆☆☆
織田信長との対立を深める大阪本願寺。籠城策で対抗しようとするが、信長は本願寺へ運ばれる兵糧を断ち切ろうとする。本願寺から支援要請を受けた毛利は村上海賊に頼ろうとするが・・・。

能島村上の娘・景は醜女と言われていた。けれど、それはあくまでも当時の基準で、現代の基準からすれば相当の”美女”であったと思われる。その景が、男に負けず劣らずの、いや、並みの男以上の働きをする。毛利対織田。村上海賊の意地と存亡を賭けた死闘は、まさに手に汗握るものだった。切られた首が飛ぶ、手首が飛ぶ・・・。そしてあたり一面の血しぶき!かなり凄惨な戦闘シーンにも関わらず、その描写は読んでいて爽快さを感じるほどだった。読み手をスカッとさせる。どうしてそういうふうに感じるのだろうと思ったが、これは現実感の無さから来ているのではないだろうか。アニメや漫画の世界の中の話のようだ。
そうは言っても、下巻の戦闘シーンは圧巻だった。戦闘描写が長すぎるとも思うが、読んでいるとそのシーンが鮮やかに浮かび上がってきてワクワクした。ラストも無難にまとめられていると思う。完璧に娯楽に徹した作品だった。けれど、読後の感想が「面白かった。」だけになってしまうのは何だか物足りない。そこから何か得られるものがあれば感動できたのだが・・・。


  トオリヌケ キンシ  加納朋子  ☆☆☆☆
「トオリヌケキンシ」の札を見てどこかに抜けられると思った陽は、あえて50センチくらいの幅しかない空間に足を踏み入れる。その先には、クラスメイトの女の子の家があった。小学生時代の思い出は、いつしか形を変えて・・・。表題作「トオリヌケ キンシ」を含む6編を収録。

6編の中で一番印象に残ったのは、「トオリヌケ キンシ」だ。知らず知らずのうちに誰かの役に立ち、それが巡り巡って自分の救いになる。ちょっと切ないけれど、ラストは希望が持てるものだった。陽とあずさの未来が素敵なものでありますようにと願わずにいられない。
「平穏で、幸福な人生」は、ちょっと特殊な能力を持った女性と、彼女の高校の先生の話だ。ふたりの関係がごく自然な流れの中で語られているのがほほえましかった。
「空蝉」は、読んでいてとても暗い気持ちになった。母親が豹変した理由・・・。その理由が分かったとしても、子どもの側からすれば納得できないだろう。傷ついて過ごした時間は取り戻せない。つらすぎる話だった。
「フー・アー・ユー」は、こんな病気があるのか!と驚いた。人生にはいろいろな困難があると思うけれど、病気に負けずに生きてほしいと思う。佐藤君と鈴木さん、ほほえましくていいなぁ・・・。
「座敷童と兎と亀と」は、孤独な老人の前に突然孫が現れた話だ。亀井のおじいちゃんが孫を座敷童と間違えるとは・・・。読んでいてつらい話がいろいろ出てくるが、最後はほのぼのとした気持ちになった。
「この出口の無い、閉ざされた部屋で」は、作者の闘病体験が色濃く出ている。当事者にしか分からないつらさが行間からにじみ出ていて、読むのがつらかった。呪いをかけた女の子・・・。彼女の気持ちを思うと泣けた。
「生きていると、いろいろなことがある。でも、どんなに絶望してもあきらめてはいけない。歩んでいく先には、必ず光り輝く未来がある。」それを強く感じさせてくれる、素敵な作品だった。


  ちょうちんそで  江國香織  ☆☆☆
架空の妹と会話しながらひとりで暮らす雛子。そんな彼女のところへやって来る人たち。雛子は孤独なのか・・・。そして、雛子の秘密とは?

最初から最後まで、穏やかなときの流れを感じる。特別な事件が起こるわけでもなく、驚くような出来事が隠されているわけでもない。そんなゆったりとした流れの中の話だが、登場する人たちが抱えるものは実にさまざまだ。いろいろな人とのしがらみ、人の心の表と裏、過去と現在・・・。人の持つ多種多様な断片が、どこかで微妙につながっている。そのつながり方はさりげないけれど、何か深い意味を持っている。雛子の生き方に共感はできなかったが、雛子をめぐる人と人とのつながりはなかなか面白かった。
現実的な部分と現実離れした部分が絶妙に絡み合い、独特の雰囲気を作り出している味わいのある作品だと思う。