*2018年*

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  憎悪のパレード  石田衣良  ☆☆☆☆
メガホンからの叫び声。「中国人は池袋から出ていけ!」
今回のマコトの仕事は、どういうわけかそんなヘイトスピーチを行うデモの護衛だった。だが、そのヘイトスピーチの裏には、ある恐るべき企みが潜んでいた・・・。IWGP(池袋ウエストゲートパーク)シリーズ11。

果物屋であり、ライターであり、トラブルシューターであるマコトは、Gボーイズのキング・タカシとともに、池袋の街のトラブルを解決していく。今回も、さまざまなトラブルがマコトに持ち込まれる。ヘイトスピーチ、脱法ドラッグ、パチンコ屋のゴト師問題、ノマドワーカーの災難・・・。今の世相を色濃く反映している話もある。これらさまざまなトラブルをマコトたちはどう解決していくのか?いつもながら、その解決方法は読んでいて楽しいし、ワクワクしてくる。中には、「そこまでやるか!」と思うようなものもあるが。
久しぶりにこのシリーズを読むことができてよかった。これからのGボーイズの活躍にも期待したい。


  昨日がなければ明日もない  宮部みゆき  ☆☆☆
杉村三郎が間借りしている竹中家は三世代同居の家だ。その竹中家の一員の中学生の有紗から、杉村は相談を受ける。小学生の時に同じクラスだった問題児・朽田漣の母・美姫が、探偵である杉村を紹介してくれと言っているのだ。杉村は美姫に会うことにした。だが、美姫はとんでもない女性だった・・・。表題作「昨日がなければ明日もない」を含む3編を収録。杉村三郎シリーズ5。

「昨日がなければ明日もない」に登場する美姫は、身勝手な人間だった。どうしようもないくらい。身内でさえ手を焼いていた。周りの人間をどんどん不幸にしていく。そんな人間だ。いったいどうなっていくのかと思ったが、ラストは後味が悪かった。
だが、これ以上に後味が悪かったのが「絶対零度」だ。悪意のある人間は、人の尊厳さえも平気で踏みにじる。あまりの無謀さに、読んでいて言葉もない。暗すぎる、救いがない、後味が悪い・・・。どんな言葉を並べても、この話のひどさは語れない。作者はどうしてここまでひどい話を読ませようとするのか。気分が悪くなり、トラウマにさえなりかねない。読むのを途中でやめようと思ったほどだ。
杉村三郎シリーズは、平均して暗い話が多い。だが、今回の話は個人的に受け入れられない。このシリーズはこれからも続くと思うが、こういう内容の話が多いのなら読み続けようとは思わない。


  悪徳の輪舞曲(ロンド)  中山七里  ☆☆☆☆
母・郁美が再婚した夫を自殺と見せかけて殺した?母の弁護を依頼するために、妹・梓が30年ぶりに御子柴礼司に会いに来た・・・。容疑を否認する郁美。御子柴は彼女をどう弁護するつもりなのか?真実の行方は?御子柴シリーズ4。

過去に御子柴が起こした事件が、何十年たっても家族に暗い影を落としている。御子柴のせいで人生が変わってしまった家族。特に梓は、自分の人生をめちゃめちゃにした兄・御子柴をかなり恨んでいた。御子柴が事件を起こす前、いったい御子柴の家族関係はどんなふうだったのだろう?御子柴に対する父や母の愛情が欠けていたとは、どうしても思えないのだが・・・。
兄を恨んでいた梓だが、それでも母を救うために御子柴のもとを訪れる。容疑を否認する母・郁美・・・。御子柴は、郁美を弁護することを決意し、郁美に関する様々な事実を積み上げていく。そこから見え始めた真実。だが、真実の裏にはさらなる残酷な真実が隠されていた!
今回も、ラストで作者に驚かされた。そんな真実が隠されていたとは!このことが、これからの御子柴の人生にどんな影響を与えるのだろう。今後の展開がとても楽しみだ。


  沈黙のパレード  東野圭吾  ☆☆☆☆
突然行方不明になった女性が、数年後に遺体となって意外な場所で発見された。容疑者は、かつて少女殺害事件で無罪となった男だった。だが、今回もその男は証拠不十分で釈放された。失意の遺族の前に堂々と現れた容疑者だった男に、街中の者が憎悪の目を向けた。そして・・・。
「探偵ガリレオ」シリーズ9。

秋祭りの当日、容疑者だった男が死んだ。死因は、事故?他殺?殺されたとしたら、いったい誰がどんな方法で?湯川、草薙、内海は、事件の真相を追い求める・・・。
秋祭り当日はたくさんの人でにぎわっていた。その人たちが男の死とどういうふうに関わっていたのかが次第に明らかになる。彼らの何げない行動のひとつひとつがつながると、思いもよらない結果が!それは、求めていた真実なのか?そう思った瞬間に、事態は思わぬ方向へ・・・。
巧みなストーリー展開だと思う。読み手を引きつける力がある。映像化すると面白いと思う。いや、作者は最初から映像化を意識してこの作品を書いたのかもしれない。きっとそうだ。


  スイート・ホーム  原田マハ  ☆☆☆
「大阪・梅田から山手を走る電車に乗り、駅前のバス乗り場からバスに乗ってください。ふたつめのバス停で降りた先にお店はあります。」
「スイート・ホーム」という名の小さな小さな洋菓子店を舞台に繰り広げられる心温まる物語。

地元で愛される小さな洋菓子店「スイート・ホーム」。家族で営むその店にはいろいろな客が訪れる。みなそれぞれにさまざまな思いを胸に抱えている。でも、美味しい物は人を幸せにする力がある。それが、心をこめたものであればあるほど・・・。近所にこんな素敵なお店があったらいいのにと思う。
大きな問題はない。大きな事件も起こらない。そして、この小説に登場するのは、困っている人をそっと包み込む優しさを持った善人ばかりだ。非現実的だと言う人もいるが、私はそれはそれでいいのではないかと思う。読んでいると気持ちが穏やかになる。ほのぼのとしてくる。そして、読後感も悪くない。心が癒されるあたたかな作品だと思う。


  花だより  高田郁  ☆☆☆
数々の困難を乗り越え、幸せをつかみ大阪に戻った澪。澪のほかに、あさひ大夫、つる屋の店主・種市、御膳奉行・小野寺数馬など、澪に関わる人たちのその後を興味深く描いた作品。みをつくし料理帖シリーズの特別巻。

みをつくし料理帖シリーズは本当に面白かった。夢中になって読んだ。文庫本で10巻あったが、あっという間に読んでしまった。この作品は、そのシリーズの特別版だ。この本が出たと知ったときは、とてもうれしかった。みをつくし料理帖シリーズに登場する人たちのその後を知ることができるからだ。
源斉と澪の結婚生活、生家の再建を果たしたあさひ大夫こと野江のその後、澪と結ばれることのなかった御膳奉行・小野寺数馬と妻・乙緒の日常、つる屋の店主・種市のこと・・・。知りたかったことばかりだ!
住んでいるところが離れていても、置かれている立場が違っていても、人と人との絆は決して切れることはない。そのことが分かってホッとした。
心がほのぼのとしてくる作品だった。できるなら、また、彼らのその後を読んでみたいと思う。


  下町ロケット ヤタガラス  池井戸潤  ☆☆☆☆
ギアゴーストの危機を救い順調に関係が築けると思っていた佃だが、社長の伊丹は佃製作所を裏切りダイダロストとの提携に踏み切る。伊丹とダイダロスの社長・重田との因縁とは?また、伊丹と決別した島津は?一方、帝国重工の財前が立ち上げた新たなプロジェクトにも、暗雲が立ち込める。佃航平は、さまざまな難問に立ち向かうことになるのだが・・・。下町ロケットシリーズ4。

日本の農業問題に取り組もうとする財前。そんな財前とともに、新たな分野に乗り出そうとする佃。だが、事は思う通りには進まない。立ちはだかる数々の難問。そして、”敵”とも思える人物の存在。それぞれの思惑が絡み合い、激突する。はたして解決策はあるのか?ページをめくる手が止まらなかった。
佃製作所の問題、財前や帝国重工の社長・藤間の問題、そして家業を継ぐために佃製作所を去った殿村の問題・・・。作者は巧みにそれらをまとめあげ、解決に導いていく。お見事!
企業は利益を追求しなければならない。だが、それだけではダメだ。人の役に立つものを作る。人が喜ぶものを作る。その心を忘れないでほしいと思う。
読後は爽快感が残る。とにかく面白い作品だった。


  むすびつき  畠中恵  ☆☆☆☆
「実は一人、生まれ変わる前の若だんなかもって、思える人がいたんです。」
その人は、鈴彦姫の鈴が納められている五坂神社の元神主・星ノ倉宮司だという。鈴彦姫のこの発言に、長崎屋の若だんな・一太郎は興味を示した。そして、星ノ倉宮司について調べることにしたのだが・・・。表題作「むすびつき」を含む5編を収録。しゃばけシリーズ17。

妖は何百年も生きる。だが、人の寿命は妖から比べるとはるかに短い。一太郎と妖たちにも、いつかは悲しい別れが訪れる。一太郎が生まれ変わることを、妖たちは望むだろう。けれど、望み通りになる可能性は低い。人がまた人として生まれ変わるとは限らない。いつどこでどんなかたちで生まれ変わるのか、それは誰にも分からない。なので、生まれ変わったとしても、自分にとって大切な人とは再会できないかもしれないのだ。だからこそ、生きている今この時を大切にしなければならない。
今回の作品では「生と死」や「輪廻転生」が描かれていて、テーマとしては重かった。だが、安定した面白さがある。一太郎と妖の関係は今後どうなるのだろう?このシリーズから目が離せない。


  下町ロケット ゴースト  池井戸潤  ☆☆☆☆
帝国重工の業績悪化により、ロケットエンジン用バルブシステムの将来が危ぶまれる事態になった。佃製作所が次にチャレンジしたのが、トランスミッションのバルブシステムの開発だった。その過程で、佃はギアゴーストというトランスミッションメーカーの存在を知る。だが、順調にいくかに見えたバルブシステムの開発に思わぬ難問が立ちはだかった・・・。下町ロケットシリーズ3。

帝国重工の業績悪化に伴い、社長の藤間や財前の置かれている状況も悪くなっていく。ロケット開発にも暗雲が立ち込める。佃製作所が生き残りをかけて開発に挑んだトランスミッションのバルブシステムだが、それも順調にはいかなかった・・・。そして、ギアゴーストに突きつけられたのは、特許侵害の賠償問題・・・。次から次へと難問がふりかかる。
だがこの作品は、佃製作所より、ギアゴーストについての話という色合いが濃い。ラストも中途半端だ。要するにこの作品は、次の作品「下町ロケット ヤタガラス」への布石になっているのだ。さまざまな難問は次の「ヤタガラス」で解決される。「ゴースト」は前編、「ヤタガラス」は後編、そういうふうになっている。
けれど、なんだかんだ言ってもこの作品は面白い。とても楽しめる作品だと思う。


  PK  伊坂幸太郎  ☆☆☆
2002年ワールドカップ予選での日本対イラク戦。FWの小津が、PKを決める。「小津がPKをいれると、みんな勇気が湧く」という言葉に励まされ、脅しに負けることなく。そして、小説家も圧力に屈することなく自分の小説を世に出そうとする。また、政治家も、自分の信念を曲げずに行動しようと決心した。「PK」を含む3編を収録。

「PK」に登場する小津、小説家、政治家。この3人、一件関わりがないように見えるのだが、実は微妙につながっている。つながりは人だけではない。この作品に収められている3つの話、「PK」「超人」「密使」も微妙なつながりを見せる。しかも、時間を超越している!小さな決断、大きな決断、小さな勇気、大きな勇気・・・。それらが絡み合い、日常のできごとに奇跡を起こす。何が世の中の流れを変えるのか?何が人の運命を変えるのか?それは誰にも分からない。だが、伊坂は喜怒哀楽を絶妙に配合し、それを客観的に描くことにより、人の運命の不思議さを鮮やかに見せてくれた。
伊坂ワールドを楽しめる作品だと思う。読後感も悪くなかった。


  検察側の罪人  雫井脩介  ☆☆☆
蒲田の老夫婦殺害事件の容疑者として浮かんだのは、すでに時効になってしまった事件の重要参考人の男だった・・・。
その男、松倉の名前を見た最上検事は、今回の事件の犯人として松倉を追い詰めていく。だが、最上の強引なやり方は、最上を慕う若手検事・沖野に疑念を抱かせることになるのだが・・・。

「時効という壁に阻まれ、女子中学生殺人事件の犯人だと分かった松倉を裁くことができない!」
最上の歯車は、そこから狂い始める。最上は、松倉をある事件の犯人に仕立て上げようとする。そして、罪を償わせようとする。そのためには手段を選ばない。最上を慕う沖野も、しだいに最上に疑惑の目を向けるようになる。これは正義か?それとも私怨か?暴走する最上を誰も止められない。
読みごたえはあるが、最上が自分を犠牲にしてまで松倉を追い詰めようとする動機が弱いと思う。最上と殺された女子中学生の間には、それほど強いきずながあったとは思えない。松倉を犯人に仕立て上げる方法にも疑問が残る。そんな方法で、松倉が犯人だとみんな思うだろうか?設定に無理があるような気がする。
テーマはよかったが、どこか物足りない感じがする作品だった。読後も、もやもやしたものが残った。


  キラキラ共和国  小川糸  ☆☆☆
ツバキ文具店は、今日も様々な人が訪れにぎやかだ。相変わらずいろいろな依頼が舞い込んでくる。店を切り盛りする鳩子自身にも人生の転機があった・・・。「ツバキ文具店」シリーズ2。

この作品では、鳩子は結婚している。ミツローさんとその娘のQPちゃんが家族となる。深い深い愛情で結ばれた3人の姿は、心をほのぼのと温めてくれる。
そんな鳩子のもとへ、相変わらず代書の依頼は舞い込んでくる。亡き夫からの詫び状がほしい、あこがれの文豪から便りがほしい、愛する者へ自分の素直な気持ちを伝えたい・・・。どれも、切なさの中に静かな感動がある。こんな文具店が実際にあったなら、何度も何度も足を運ぶのに・・・。
日常生活の中にこそ、大切なものがある。幸せがある。この本は、あらためてそのことを感じさせてくれる。日々の暮らしを大切にしなくては! 読んでいると心が穏やかになる、味わいのある作品だった。


    村山由佳  ☆☆☆
中学生の仲良し四人組、秀俊、美月、亮介、陽菜乃。だが、ある事件がきっかけでその関係は一変する。
「このことだけは絶対に守り通さなければならない!」
誰にも言えない秘密を抱えながら、彼ら4人がたどる運命は・・・。

事件から20年近い歳月が流れ、秘密を抱えたままで彼ら4人はそれぞれの人生を歩んでいる。だが、過去の因縁からは逃れられない。彼らは別の形で再び過去の事件と向き合うことになる。
愛、憎悪、狂気、怒り、悲しみ・・・。さまざまな人間の感情が入り乱れる。そして、複雑に絡み合った人間関係に、秀俊、美月、亮介、陽菜乃は翻弄される。行きつく先はどこだ?彼らの未来に希望はあるのか?その展開からは目が離せない。
とてもインパクトの強い作品だ。だが、性描写や極端な暴力シーンは本当にこの作品に必要なのか、疑問が残る。意外性のある人間関係だが、人物描写では物足りない部分もあった。また、作者はこの作品で何を訴えたかったのか?それもあいまいだ。ラストも、あまり感動はなかった。


  おもかげ  浅田次郎  ☆☆☆
定年の日を迎えた竹脇正一は、送別会の帰りの地下鉄の中で突然倒れた。意識不明になり集中治療室で生死の境をさまよう日々が続く。だが、彼の体は全く動かないが、彼自身は目も見えるし耳も聞こえる。やがて彼は、体をベットの上に残したまま、さまざまな場所やさまざまな年代へと飛び立った・・・。

意識不明の重体のはずなのに、竹脇正一はさまざまな場所でいろいろな人に出会う。時には、時間を超越することもある。就職したばかりの頃、大学生だった頃、子供の頃・・・。ほろ苦い思い出もよみがえる。そして、彼がいちばん知りたかった母や自分の出自のことを知る日が・・・。
後悔のない人生なんてない。だが、悔やんでも悔やんでも元には戻らない。やり直しはできないのだ。できるのは、その後悔を未来への糧とすることだ。だが、竹脇正一に未来はあるのか・・・?
読んでいてとても切なかった。「生きてほしい。」ただそれだけを願って読み進めた。ラストはホロリとした。感動的な話だったが、同じような描写が続きうんざりする部分があった。もう少しすっきりと分かりやすくまとめられていたらよかったと思う。


  紅のアンデッド  川瀬七緒  ☆☆☆
古い家屋から、大量の血痕と3本の左手の小指が見つかった。その家に住んでいた遠山夫妻と客の者の指だと思われたが、死体は見つからなかった。法医昆虫学者の赤堀は、岩楯警部補とともに事件の謎に迫っていく・・・。法医昆虫学捜査官シリーズ6。

いつもなら、死体が発見されそこについているウジなどを手がかりに捜査を進めていくのだが、今回は死体なき殺人事件というちょっと変わったパターンだった。また、赤堀の置かれている立場も今までとは違う。科捜研を再編成した「捜査分析支援センター」というところに所属している。そのせいで、事件現場には入れないという制約がある。また、新たな人物が登場する。プロファイラーの広澤春美だ。最初はうまくかみ合っていないように見えた赤堀と広澤だが、しだいに名コンビぶりを発揮するようになる。
死体はどこにあるのか?犯人はどうやって死体を隠したのか?地道な捜査の中で、赤堀はある虫から手がかりを得る。そして、過去に似たような事件があったことを知る・・・。
過去の事件と現在の事件。このふたつは関連があるのか?ないのか?もしあるとしたら誰がどう関わっているのか?真実が知りたくてどんどん読み進めた。けれど、たどり着いた真実はちょっと期待外れ。都合のいいようにまとめられている印象だった。それでも、最後まで楽しく読むことはできた。
余談になるけれど、この本を読むとお菓子を食べられなくなりそう・・・(^^;


  猫が見ていた  アンソロジー  ☆☆☆
「マロンの話」(湊かなえ)、「エア・キャット」(有栖川有栖)、「泣く猫」(柚月裕子)、「『100万回生きたねこ』は絶望の書か」(北村薫)、「凶暴な気分」(井上荒野)、「黒い白猫」(東山彰良)、「三べんまわってニャンと鳴く」(加納朋子)。 猫にまつわる話7編を収録。

猫猫猫。猫の話。猫好きな人にはたまらない本だと思う。7人の作家による猫が登場する話だが、作家が違うと物語もこれだけ多彩になるのかと、ちょっと感動!作家の個性が色濃く出ている話もあれば、「こういう話も書くのか!」と意外性に驚いた話もある。
印象に残ったのは「泣く猫」と「凶暴な気分」だ。「泣く猫」は母と娘の物語だが、猫が重要な役割を果たしている。ラストは切ない。「凶暴な気分」では、ふたりの女性の描写に猫が効果的に使われている。人の心の中に潜むものの怖さを感じた。彼女たちのこれからが気になる。
猫と人との関係は、不思議でもあり、感動的でもあり、切ないものでもあり・・・。猫好きな人はもちろんのこと、そうでない人も楽しめる作品だと思う。


  ふるさと銀河線  高田郁  ☆☆☆
「自分の夢に向かって進むべきか?それとも大好きな故郷で暮らすべきか?」
両親亡き後兄とふたりで暮らしてきた星子は、中学卒業後の進路で思い悩む。そして、彼女が出した結論は・・・。表題作「ふるさと銀河線」を含む9編を収録。

ふるさと銀河線は、JRの路線を引き継ぎ、北海道ちほく高原鉄道が運営していた北海道中川郡池田町から北見市に至る鉄道路線である。1989〜2006年までの営業だった。私は実際に何度かこのふるさと銀河線を利用したことがある。なので、タイトルを目にしたとき、迷わずこの本を手に取った。懐かしい列車、懐かしい駅名。運行していた頃の情景が鮮やかによみがえる。
このふるさと銀河線の沿線で暮らす人たち、そして息子の思い出を求めはるばるこの地を訪れた夫婦・・・。紡がれるのは、切なさの中にも温もりを感じる物語だ。ふるさと銀河線にまつわる話もよかったが、「お弁当ふたつ」も心に残った。突きつけられた厳しい現実!でも夫婦ふたりでならきっと乗り越えられるのではないか。そんな希望を感じることができる。
読んでいると、心が解きほぐされ優しい気持ちになってくる。味わいのあるほのぼのとした作品だった。


  たったそれだけ  宮下奈都  ☆☆☆
「逃げて。」不倫相手の女性社員のひと言で、収賄が発覚する前に失踪した望月正幸。いったい望月はどういう人間だったのか?また、彼の失踪後、家族はその事実とどう向き合ったのか・・・?さまざまな人間模様を鮮やかに描いた作品。

ひとりの男の失踪の陰には、彼に関わるさまざまな人たちのドラマがあった。望月の不倫相手の女性、彼の妻と娘、彼の姉、それぞれの人たちにまつわる物語・・・。やはり、彼の妻と娘の物語はとても切ない。妻はいつも失踪した夫を追い求めていた。転々と住むところを変え、必死に追い求めた。娘はその間転校を繰り返したが、母の気持ちを思いやり何も言わなかった。ふたりの気持ちが痛いほど伝わってくる。「この作品の中に登場する人たちは、誰もが不幸なのではないか。」ずっとそう思いながら読んだ。だが、後半、物語は意外な方向へと進んでいく・・・。
人生には逃げなければならないときもあるだろう。だが、逆に、逃げてはいけないときもある。現実を見据え、立ち向かわなければならないときもある。ラストは未来への希望につながる何かを感じさせるものだったので、救われた。深い味わいのある作品だった。


  花咲舞が黙ってない  池井戸潤  ☆☆☆☆
「銀行の取引先の内部情報が漏れている!」
郊外型ファミレス・レッドデリの出店計画の先回りをするライバル会社。誰が何のためにその会社にレッドデリの情報を漏らすのか?そこには、ある者の屈折した思いが潜んでいた・・・。「たそがれ研修」を含む7話を収録。

今回も銀行を舞台に、さまざまな難問が舞に降りかかる。中には、舞や相馬の手には負えないものもある。だが、花咲舞は怯まない。あきらめない。正義を貫くため、銀行員としての誇りを失わないため、彼女は奔走する。相馬に降りかかる思わぬできごと、意外な人物の登場など、読み手をドキリとさせる展開もある。
どんなに正義を振りかざしても、巨大組織の中での舞の力は小さい。不正を暴ききれないもどかしさもある。けれど、舞の熱意が周りの人間の心を変えていく。最後に舞の努力が報われ、ホッとした。
今回も、楽しみながら読んだ。マンネリ化してきたかな?と思わないでもないが、まだまだこのシリーズを読みたいと切に願っている。


  あやかし草紙  宮部みゆき  ☆☆☆☆
人の心のすき間にスッと入り込み、行き逢い神はその家に住みついた。開けずの間になった行き逢い神のいる部屋。だが、家族は次々と不幸に見舞われた・・・。「開けずの間」を含む5話を収録。三島屋変調百物語シリーズ5。

女が強く願ったこと。それは、人として母として当然のことだったのではないのか。けれど、行き逢い神はその女の家に住みついた。そして、その家の者たちの心を惑わし、狂わせていった。怖い!怖い!読んでいて背筋がぞっとする。他の話も怖かったが、5編の中でこの話が一番怖く、特に印象に残った。行き逢い神も怖いが、もっと怖いものが人の心の中にあった!
また、本の帯に「シリーズ第一期完結編」と書かれていてどういうことかと思ったが、意外な展開があった。おちかの決断に、これからの幸せを願わずにはいられない。
ともあれ、このシリーズはまだ続くらしい。これから先どういうストーリーになるのか?新たな三島屋変調百物語シリーズに期待したい。


  風神の手  道尾秀介  ☆☆☆☆
さまざまな人たちの人生がからみ合いながら、過去から現在へとつながっていく・・・。いったい、彼らの運命はどこでどう変わっていったのか?微妙なつながりを持つ4編を収録。

余命いくばくもない母が娘に語る高校時代の若き漁師との思い出を描いた「心中花」、小学5年生の”まめ”と”でっかち”の友情と不思議な事件を描いた「口笛鳥」、命の期限が迫る老女が抱えている昔の罪を描いた「無情風」、そして、それら3つの話に登場する人たちがつながっていく「待宵草」。この作品はこれら4つの話で成り立っている。
「こんなふうにつながっていたのか!」
考え抜かれた緻密なストーリー構成に驚かされる。バラバラだったできごとをジグソーパズルのピースのようにはめ込んでいけば、最後には全く異なる物語が完成する。見事としか言いようがない。
人の運命は、ほんのささいなことで大きく変わってしまうことがある。変わらない方が良かったのか、変わった方が良かったのか、それは誰にも分からない。でも、ひとつ言えるのは、どんな人生にも希望の光が輝いているということだ。
この作品は、人生というものをあらためて考えさせてくれた。読後感もよく、読みごたえのある面白い作品だと思う。


  風は西から  村山由佳  ☆☆☆☆
「ごめん。」
そのひと言を残し、彼は自ら命を絶った。
あこがれの大企業に就職し、希望に満ちた未来を見つめていたはずだったのに。いったい彼はなぜ死ななければならなかったのか?遺された者たちは、大企業と闘うことを決意した・・・。

将来は両親が営む居酒屋を継ぐはずだった。その日のために、大学の経営学科で学び、健介は、敬愛する山岡誠一郎が経営する「山背」に入社した。だが、それが悲劇の始まりだった・・・。
健介が就職したのは、ブラック企業だった。達成できるはずもないノルマを課せられ、彼は奔走する。「できないのは自分に能力がないせいだ。」そう思い込み、健介はしだいに自分を追い込んでいく。読んでいて胸が痛い。「山背」は、人を人として扱っていない。「社員がどうなろうと構わない。代わりはいくらでもいる。」そういうふうに考えるとんでもない企業だ。健介は、そんな企業につぶされた・・・。遺された家族、そして恋人の千秋が立ち上がる!
読みごたえがある、内容の濃い作品だった。健介が追い詰められていく描写は生々しく、リアリティがあった。けれど、健介の両親と千秋が「山背」に立ち向かっていく描写があっさりしすぎていて物足りなさを感じた。できれば、もっとじっくり描いてほしかった。それがちょっと残念だった。


  魔力の胎動  東野圭吾  ☆☆☆
「彼女はいったい何者なのか?」
自然現象を見事に言い当て、彼女は不調のスキージャンパーを復活させた。それを目の当たりにしたナユタは、不思議な力を持つ円華に興味を抱き始めるが・・・。「あの風に向かって翔べ」を含む5編を収録。「ラプラスの魔女」前日譚。

さまざまな自然現象を正確に把握できる能力を持つ円華。彼女は、身の回りで起こったできごとを鮮やかに解決していく。内容はそれなりに面白いと思う。けれど、愛想がなく生意気で、円華自身に魅力が感じられない。なので、共感できる部分があまりなかった。
また、1〜4章まではいいとして、5章の「魔女の胎動」を載せたことには疑問を感じる。5章は明らかに映画の宣伝ではないのか?この本が発行されたのも、映画の宣伝のためではないのかと勘繰りたくなる。(この本の初版発行は2018年3月23日 映画は2018年5月4日〜)純粋にひとつの作品として楽しめる形にしてほしかったと思う。期待が大きかった分、落胆も大きかった。


  カーテンコール!  加納朋子  ☆☆☆
「閉校になるので、4月以降、萌木女学園は存在しません!」
けれど、単位取得に失敗し卒業できない学生がいた。彼女らは、学園理事長からの提案で、半年間の寮生活で卒業を目指すことになったのだが・・・。

外出もネットも面会もすべて禁止。そして見知らぬ者同士の集団生活。何もかもが戸惑うことばかりの寮生活だった。彼女たちは皆それぞれ、心や体に悩みを抱えていた。それぞれの抱える問題は、胸が痛くなるものばかりだ。だが、寮生活の中で彼女たちは変わっていく。心の中に何かが芽生え始めた・・・。
「誰かが自分のことを気にかけてくれる。」
そう思えるだけで救われる。自分の未来に希望が持てる。彼女たちは単に学園を卒業したのではない。過去の自分からも卒業したのだ。そして、前向きに生きようと新たな一歩を踏み出した!
心がほのぼのとする作品だった。読後もさわやか♪


  テーラー伊三郎  川瀬七緒  ☆☆☆
ダラダラと過ごす日々。17歳の男子高校生・海色(アクア)の日常は退屈なものだった。そんなある日、紳士服店のウィンドウに置かれたコルセットに、アクアは心を鷲掴みにされる。店主の伊三郎は頑固な老人だった。「なぜ彼がコルセットを?」そこには、伊三郎の思惑があった・・・。

紳士服仕立屋の伊三郎が突然コルセットを作った!家族の者は、伊三郎がどうかしてしまったのかとうろたえる。けれど、伊三郎には伊三郎なりの理由があった。
「さびれていく一方の田舎町の商店街を何とかしたい!」
だが、高齢者の多い街。理解を示してくれる者もいるが、頭の固い連中もたくさんいる。あの手この手で伊三郎のしていることを妨害しようとする。伊三郎、アクア、そして伊三郎を応援する者たちは、さまざまな妨害をひとつひとつクリアしていく。そしてついに・・・。
個性的・・・あまりにも個性的な登場人物が多すぎて面食らう。だが、彼らは何とかして街を再生しようとする。その方法がコルセットとは!読んでいて最後まで???だったが、それくらいインパクトがないと世間は注目してくれないのだと納得。「変える」勇気と努力。それがどういう結果を生み出すかを鮮やかに描いている。読後もさわやか♪


  護られなかった者たちへ  中山七里  ☆☆☆☆☆
仙台市の福祉保険事務所課長・三雲忠勝が行方不明になり、その後身体の自由を奪われた状態の餓死死体で発見された。誰に聞いても、三雲は人から恨みを買う人間ではないと言われる。では、いったい誰がどんな動機で三雲をこんな残酷な方法で殺害したのか?そこには、現代社会が抱える深刻な問題があった・・・。

犯人は、三雲をひと思いに殺さなかった。じっくりと時間をかけ、苦しみながら死んでいく方法を取った。いったいどんな恨みがあるというのか?県警捜査一課の苫篠は蓮田とともに捜査を開始するが、有力な情報は得られなかった。そして、第二の殺人が起こる・・・。
この本を読み終えたときの衝撃は大きかった。生活保護・・・。護るべき者とそうでない者の線引きはいったい何を基準にして決めるのか?「生活保護を受けないと命にかかわる!」そんな切羽詰まった訴えも、冷たく拒否されることもある。お金がなく、ライフラインを止められ食料も尽きて亡くなった人は、実社会でもいる。だが、保護を求める人たちすべてを保護できないという福祉側の事情も分かる。一体どうすればいいのか。現代社会が抱える大きな問題だ。
人を殺すのは大罪だ。けれど殺害動機を知ったとき、犯人を純粋に憎むことができなかった。改めてもう一度問いたい。護るべき者とそうでない者の線引きはいったい何を基準にして決めるのか?明確な答えを見出すことができない限り、悲劇は無くならないと思う。
重いテーマを真正面から見据えた、読みごたえのある作品だった。オススメです!


  東京會舘とわたし  辻村深月  ☆☆☆☆
大正、昭和、、平成。時代が変われど、東京會舘はいつもそこにあった。旧館、そして新館になってからの東京會舘をめぐる人々の様々な物語。

大正11年に丸の内に誕生した東京會舘。国際社交場としての華やかな時代があった。訪れる人たちも、夢と希望にあふれていた。だが、時代は移り変わり、激動の時代へと・・・。喜びだけではなく悲しみも苦しみも、この會舘は経験することになる。けれど、この作品の中では特別な事件などは起こらない。そこで繰り広げられるのは、ささやかな日常を生きようとする人たちの物語だ。
時代が変わっても東京會舘を愛し続ける人たちがいる。東京會舘とともに歳を重ねる人がいる。そして、どこかで微妙につながりあう人たち。人を思いやったり、思われたり。ここで語られるさまざまなエピソードが胸を打つ。読後は、静かで穏やかな感動に満たされた。深い味わいがあり、いつまでも余韻が残る、読みごたえのある作品だった。


  かがみの孤城  辻村深月  ☆☆☆☆
いじめが原因で不登校になり、家に引きこもったこころ。救いのない状況の中で、ある日こころの部屋の姿見が光を放つ。その輝きに吸い寄せられるように、こころは鏡の中の世界に足を踏み入れた・・・。

鏡の中の世界には城があった。そして、この城に呼ばれた者は全員が中学生で、こころを含め7人いた。彼らを呼び寄せたオオカミの顔をした少女は言う。
「お前たちには今日から三月まで、この城の中で”願いの部屋”に入る鍵探しをしてもらう。見つけたヤツ一人だけが、扉を開けて願いを叶える権利がある。」
少女はなぜ彼らを鏡の国に引き込んだのか?なぜ彼らが選ばれたのか?そして、願いをかなえるのは誰か?少しずつ少しずつ状況が見えてくる。先が知りたくて夢中でページをめくった。登場人物ひとりひとりが抱える悩みや苦しみが明らかになるたびに胸が痛んだ。「誰にも相談できない!誰にも分かってもらえない!でも、誰か助けて!」彼らの悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。
後半は、さまざまな伏線や謎がが見事に収束していく。彼らのつながり方が心にグッとくる。また、なぜ鏡の中に城があったのか?という理由もたまらなく哀しかった。まさかこんな真実が隠されていたとは!
読んでいてつらい部分や切ない部分もあったが、読後は温もりや優しさを感じた。深い感動が味わえる、読みごたえのある作品だった。


  帰郷  浅田次郎  ☆☆☆
戦争はさまざまな人の運命を変えた。その運命を変えられた者たちの切ない物語6編を収録。

戦地で地獄を見た者、帰る家をなくした帰還兵、父が戦死して人生が変わった若者、自分の命の火が消えるのを受けいれなければならない兵隊。戦争の悲劇はさまざまな形で人に降りかかる。人は抗うこともできずにただ翻弄されるばかりだ。人は何のために戦争をする?争いからは、悲しみや憎しみしか生まれない。そのことに気づかないのだろうか。
戦争の悲惨さ、平和の大切さを、作者は6編を通して切々と訴えている。この世から争いが無くなる日が来るのだろうか?たとえ無理だとしても、そういう日が来ることを願わずにはいられない。


  花を呑む  あさのあつこ  ☆☆☆
東海屋五平が死体となって発見された。五平の口には深紅の牡丹の花がいくつも入れられていた。死体を発見した手代と女中は、女の幽霊を見たと証言する。女の恨み?その事件には、意外な真実があった。「弥勒」シリーズ7。

五平の死の真相。それを調べていくうちにしだいに明らかになる意外なできごとの数々。そこに、遠野屋の主人・清之介とその兄、同心・木暮信次郎の手足となり働く岡っ引き・伊佐治の息子の嫁・おけいが絡んでくる。やがてそれは微妙につながっていくことになる・・・。
断ち切ろうとしても断ち切れない縁。忘れようとしても忘れられない過去。人はいつもそのことで悩み苦しむ。清之介にしてもおけいにしても、苦しみを抱えて生きていくことになる。だが、清之介の苦しみを冷ややかに笑いながら見ている者もいる。同心の木暮だ。因縁深いふたりの絡み合いが、果てしもなく続く。このふたり、いったいどうなるのだろう?新たな展開があるのではないかと新刊が出るたびに期待するのだが、ふたりの間には何の進展もない。また、最近は似たような話が多くなり、少々飽き気味になってしまった。このシリーズをこれからも読み続けるのか?そうも思い始めてきた。作者にはぜひ、新たな展開をお願いしたい。


  盤上の向日葵  柚月裕子  ☆☆☆☆
山中で発見された白骨遺体のそばにあった遺留品は、初代菊水月作の名駒だった。何百万円もする高価な駒がなぜ遺体と一緒にあったのか?刑事の石破と佐野は、その真相を追い求めたのだが・・・。

平成六年、山形県天童市。物語は、注目の若手棋士同士による対局会場に二人の刑事がやってくるところから始まる。若き天才棋士・壬生と実業家から転身して特例でプロになった東大卒の棋士・上条との対決だった。なぜ刑事がこの場に現れたのか?そこから話が過去にさかのぼっていく・・・。
少年時代、父親から虐待を受けていた上条。その上条を不憫に思い、わが子のように可愛がり将棋を教えてくれた唐沢。そして、東大時代に出会ったさまざまな人物。上条は、彼らを通して将棋の持つ光と影の部分を味わうことになる。その部分が切々と描かれている。
上条はこの事件にどう関わっているのか?また、なぜ高価な駒が被害者と一緒にあったのか?いったいそこにはどんな真実が隠されているのか?否応なしにも期待が高まっていく。
最初は面白い話だと思った。けれど、読み進めるうちに松本清張の「砂の器」に似ていることに気づいた。 (調べてみたら、やはり作者は「砂の器」を意識してこの作品を書いたことが分かった。)気づいたら、そこから先はどうしても「砂の器」と比較しながら読んでしまうことになる。はっきり言って、「砂の器」よりは劣る。「砂の器」と比較されるのは、この作品にとってはマイナスだと思う。主人公にもなかなか感情移入できなかった。それに、遺体とともに駒が埋められた理由も、説得力に乏しい気がする。上条の人生は悲しい。読んでいて胸が痛んだ。けれど、それが素直に感動に結びつかなかったのが残念だった。


  AX  伊坂幸太郎  ☆☆☆☆☆
三宅は、「兜」と呼ばれる超一流の殺し屋だった。だが、息子が生まれたときに、殺し屋を辞めたいと思った。辞めるために必要なお金を稼ぐため、不本意ながら殺し屋を続ける彼のもとに、意外な人物が現れた!5編を収録。連作集。

「兜」は超一流の殺し屋だ。誰にも知られずすばやく依頼をこなす。人の命を奪うことに何のためらいもなかった。けれど、その考えは、息子が生まれたときに一変する。彼は殺し屋を辞めたいと思う。だが、辞めたいと言ってすんなり辞めることができるほど、甘い世界ではない。兜を取り巻く状況は、しだいに厳しくなっていった・・・。
兜は、家庭ではまったく妻に頭が上がらない。息子の克己が同情するほどだ。でも、それは妻が怖いわけではなかった。彼はたぶん妻の笑顔が見たかったのだと思う。妻の幸せそうな顔が見たかったのだと思う。彼が大切にしたいものは、妻と息子の幸せだった。それだけに、平穏な生活を手に入れたいと願う兜の思いは、痛いほど読み手に伝わってくる。兜の思いに胸が締めつけられた。はたして、兜の願いはかなうのか?だが、兜の運命は思わぬ方向へと進んでいく・・・。
ラストへの収束の仕方は、見事だった。作者らしいと思う。切ない中にも笑いがあり、そして温もりがあった。読後も強く余韻が残る。読みごたえのあるとても面白い作品だった。


  宮辻薬東宮  アンソロジー(複数著者)  ☆☆☆
ちょっぴり怖い短編ミステリーのバトンリレー。宮部みゆき、辻村深月、薬丸岳、東山彰良、宮内悠介。5人のアンソロジー。

宮部さんの「人・で・なし」は、かなりのインパクトがあった。じわじわと迫りくる恐怖。読み手に「さすが!」と思わせる話だった。辻村深月さんの「ママ・はは」も、サラリとした何気ない会話の中に実は恐怖が潜んでいるというぞっとする話だった。このふたつは読みごたえがあったのだが、他3編はそれほど面白いと思わなかった。特に宮内悠介さんの話は、ラストを飾るのにふさわしいとはどうしても思えなかった。恐怖でもミステリーでもない中途半端な話だった。
宮部みゆきさんの書き下ろし短編を辻村深月さんが読み、短編を書き下ろす。その辻村さんの短編を薬丸岳さんが読み、書き下ろす。薬丸さんの短編を東山彰良さんが・・・。そういうふうにして2年かけてつないだそうだが、そんなふうには全く感じない。それぞれバラバラに書いてひとつの本に収めたものと、何ら変わらない。前の話を引き継ぎながら新たに展開していく話の方が、ずっと興味深いし面白いように思う。その方が、前の話を読んでから書き始めるということが生きてくるのではないか。人気作家5人のアンソロジーということで期待して読んだのだが、少々期待外れだった。