ダ・ヴィンチ・コード  ダン・ブラウン
ルーヴル美術館館長ジャック・ソニエール。殺された彼は死の直前に
メッセージを残していた。自らの体を使って作ったある形、床に書か
れた謎の言葉。ソニエールと会う約束をしていたハーヴァード大学
教授のラングドンは殺人の疑いをかけられるが、ソニエールの孫娘
ソフィーに助けられ、二人で逃亡することに・・・。警察の追っ手が
迫る中、二人はソニエールの残した謎を解くために奔走する。

キリスト教にまつわる話で、日本人にはなじみが薄い話かもしれま
せん。しかし、そこに書かれている謎解きの面白さ、それは読者を
うならせます。そして、追われているという状況は、読者に緊迫感を
与えます。壮大なキリストの歴史、そしてそこに隠された意外な真実。
たとえ信者でなくても、その真実を知りたいと切実に思うに違いあり
ません。真実を一番本当に知りたいのは誰なのか?二転三転する
状況の中、読み始めたら絶対に本から目が離せなくなります。
「ダ・ヴィンチは本当に自分の絵に暗号を描きこんだのだろうか?」
キリストをめぐるミステリー。その謎が解き明かされるときが本当に
来るのかどうか、考えると何だかわくわくしてきます。


雷桜  宇江佐真理
雷雨の晩に、まだ赤ん坊だった瀬田村の庄屋の一人娘遊が、何者
かにさらわれた。必死の捜索もむなしく、ついに見つけることはできな
かった。歳月が流れ、成長した二人の兄のうち一人は家を継ぎ、
一人は御三卿のひとつ清水家の当主斉道に仕えていた。そこへ遊が、
「狼少女」として15年ぶりに帰還した・・・。

藩や人のさまざまな思惑。それらが遊の運命を変えました。それは
不幸な出来事でしたが、一方で遊をおおらかな性格にしました。
身分や立場にこだわることなく誰とでも平等に接する遊。遊のそういう
ところを愛した人は・・・。人が人を平等に愛せたらどんなによかった
ことか!凛として、自分の信念や愛を貫こうとした遊のその姿は、
どこか痛々しささえ感じます。逆らえない運命の中に身を置くしか
なかった遊。「雷桜」と呼ばれる桜の運命と、どこか重なる彼女の
数奇な人生は、読む人の胸を打ちます。


邂逅の森  熊谷達也
村の男たちすべてがそうであるように、富治もまた、「マタギ」として
生きていくことに何の疑いもなかった。だが、文枝との仲を、地主でも
ある文枝の父長兵衛に知られ、追われるように村を出る。
鉱夫としての新たな人生。しかし、「マタギ」としての心は決して失わ
れることはなく、彼は再び山へ戻る決心をする。
厳しく壮大な自然の中で繰り広げられる、壮大な人間ドラマ。

まるで息遣いが聞えてくるような、狩猟の場面。大自然の中で繰り
広げられる人と獣たちの命の攻防。読んでいて、思わず息を呑みます。
自然の大きさに比べたら、人の何とちっぽけなことか!しょせん、人も
自然の一部でしかないと、思い知らされます。
「マタギ」としての富治の人生、そしてその彼の壮絶な人生をも上回る、
富治の妻イクの人生は、読む者に感動を与えます。
富治の問いかけに対する「山の神」の答えは・・・。イクはすでにその
答えを知っていたのかもしれません。
場面、状況の描写、人間の心理描写、内容の面白さ、どれをとっても
申し分のない作品でした。


いとしのヒナゴン  重松清
合併問題に揺れる町を「ヒナゴン」は救えるのか?
約30年ぶりに目撃された「ヒナゴン」。他の人とは一味違う町長の
イッちゃんは、「ヒナゴン」を町の起爆剤にしようと、役場に
「類人猿課」を設置。そして、そこで働くことになったノブが久しぶりに
帰郷した。はたして、「ヒナゴン」は本当にいるのだろうか?比奈の町の
行く末は?

比奈はどこにでもあるような、小さな、のどかな町です。しかし、この
町にも厳しい現実の嵐が吹き荒れます。合併問題。小さな町が単独で
生き残れるような社会ではなくなってきました。町の名前が消えて
しまうのは、そこに住んでいる人たちにとっては、とてもつらいことに
違いありません。しかし、そのつらさを我慢しなければならないところに、
悲劇があります。イッちゃんの行動は傍から見れば、はちゃめちゃかも
しれません。しかし、誰にも負けないほどの愛情を、町に持っています。
どうすれば、町のためになるのか?真剣に考える姿は、とても感動的です。
「ヒナゴン」は本当にいるのだろうか・・・?
人が、存在を信じる心を失わない限り、「ヒナゴン」はいつまでも比奈の
山奥で生き続けていくのだと思います。そして、比奈の人たちを温かな
目で見守リ続けてくれるのだと思います。
ほのぼのとした、心温まる作品でした。


明日の記憶  荻原浩
最初は単に、物忘れがひどくなったと思っていた。バリバリと仕事を
こなし、私生活も充実していた。だが突然「若年性アルツハイマー」だと
宣告される。佐伯は日ごとに失われていく記憶をつなぎとめようと
膨大なメモを作成し、仕事を続けようとするが・・・。

記憶が失われていく。自分にとってかけがえのない人たちの存在さえも
霧のかなたに消えていく。もし自分がそういう立場になったらと思うと、
恐怖さえ感じます。まだ働き盛りの佐伯。これからの人生、いろいろ
やりたいこともあっただろうに・・・。自分が壊れていくという残酷な現実。
それを見ているだけで止めるすべがないという絶望。彼の心に渦巻く
感情は、想像も出来ません。「なぜ自分が・・・。」何度もこの問いを繰り
返したに違いあリません。
佐伯のこれからの人生は?そして佐伯の妻の人生は?それを思うとき、
涙がこぼれました。一日も早くこの病気の治療方法が見つかりますように。
そう祈らずにはいられませんでした。


雪の夜話  浅倉卓弥
雪の降る夜に公園で、和樹は一人の少女に出会う。その夜の出来事は
彼の心に深く残った。それから8年、都会で挫折し故郷の町へ戻ってきた
彼は、再び雪の降る公園で少女に出会った。彼女は以前と同じ15歳の
姿のままだった。 雪子と名乗る少女は、傷つき疲れて帰郷した和樹に、
命の不思議さを語り始める。

自分の居場所が分からず、生きていく希望も見つけられない毎日。
そんな中で彼は雪子と再会する。彼女の語ることは現実離れしたこと
だった。「命」。それは決して消えることはなく、光となって次から次へと
受け継がれていく。その光のつながりの一部として、私たちの「生」がある。
「僕が僕であること、僕にしかなれないことは、僕にとっていったいどんな
意味を持つのだろう。そもそもそこに意味などあるのだろうか。」
その問いの答えは、自分自身にしか出すことはできない。誰もが答えを
探している。そして人は、その答えを見つけるために生きていく。冷たい
雪の夜の話だけれど、心に降り積もるものはとても温かい。この作品を
読んで「命」の不思議さ大切さを、あらためて感じてほしい。


梅咲きぬ  山本一力
深川の老舗料亭「江戸屋」。その三代目女将秀弥は、娘の玉枝に
四代目女将としての心がまえをひとつひとつ教えていた。その母娘や、
深川で暮らす人々の心情を細やかに描いた、心にしみる作品。

自分の娘でも容赦はしない。秀弥は娘の玉枝を厳しくしつけるが、
そこには確かな愛情があった。玉枝もそれが分かるから、つらいこと
にも耐えていく。母と娘の凛とした関係は読んでいて胸を打つ。秀弥や
玉枝、そして深川に生まれ育った人たちが助け合い、困難を乗り越えて
いくさまも感動的だ。
信頼とか、思いやりとか、お金では決して得ることのできないものが
そこにはある。自分が困っているときでも他人を助けようとする。その
ことが、いつかめぐりめぐって自分を助けることになる。そういう大切な
ことを、私たちは忘れてしまっているのではないだろうか。作品の中で、
いろいろな人たちの口から語られる言葉は、どれも胸にしみてくる。
読んだあとも心に強く余韻が残った。一人でも多くの人に読んでもらい
たい。


きみに読む物語  ニコラス・スパークス
婚約者と別れ、ノアとの結婚を選んだアリー。二人の結婚生活は幸せな
ままで終わるはずだった。アリーを襲った病は、愛するノアのことさえも
忘れさせていく。ノアは奇跡を信じ、毎日アリーに物語を聞かせる。
それは二人が愛し合った日々を綴ったものだった。

愛する者を忘れていく苦しみ、愛する者から忘れられていく苦しみ。
あんなにも愛し合った二人だったのに、病は残酷にも二人を引き裂く。
何十年もかかって築き上げた二人の生活さえも、はかないものにして
しまう。ノアはアリーに毎日物語を聞かせる。はたして奇跡は起こるの
だろうか?アリーを思う切ないまでのノアの姿が胸を打つ。そして、ノアに
宛てたアリーの手紙が涙を誘う。
アリーは、愛するノアを忘れてしまったわけではない。ただその記憶が、
心の片隅で眠っているだけなのだと思いたい。いつかアリーがノアのことを
思い出してくれたなら・・・。その日が来ることを、願わずにはいられない。


死亡推定時刻  朔立木
一人娘の美加が誘拐された!!1億円の身代金を用意し、母親の
美貴子が受け渡し場所へと向う。だが、警察の方針により受け渡しは
失敗。美加は死体となって発見される。美加が殺されたのは、受け渡し
失敗の前か後か?こととしだいによっては、警察との関係を明るみに
出すと激怒する美加の父の渡辺恒蔵。死亡推定時刻ははたしていつ
なのか?県警本部長の盛田のとった方策は?誘拐、犯人逮捕、裁判の
一連の流れを描く異色ミステリー。

警察側は、渡辺との結びつきを知られたくないために死亡推定時刻を
改ざんし、否認している男を無理やり自白させ、供述調書を作り上げて
いく。一人の男を犯人にしてしまうということが、簡単にできてしまう。
その状況は腹立たしく、そして恐ろしい。だが、ある日突然逮捕され、
「あの事件はおまえがやったんだろう?」と言われて脅されたら、はたして
最後まで否認できるだろうか?逮捕された小林昭二は、だれも頼る者の
ない中、やってもいない殺人について淡々と語る。まさに「冤罪」。一度
裁判で判決が出てしまうと、「冤罪」を晴らすのはかなり困難なことなのだ。
どんなに一生懸命に新事実を集めても、裁判所はそれを容易には認め
ない。認めさせようとする弁護士との法廷でのやり取りの描写は、緊迫感を
感じさせた。「冤罪」はあってはならないことだ。だが今でもなくなっては
いない。「人が人を裁く」。真実を見極める目が、曇ることのないようにして
ほしい。この作品は単なるミステリーではない。さまざまな問題を含んで
いる、重く、深い、読みごたえのある作品だった。


ポーの話  いしいしんじ
貧しいけれど幸せな日々。泥川でうなぎを捕る「うなぎ女」を母に持つ
ポーは、愛情に包まれて成長していた。やがて彼はメリーゴーランドと
知り合い、一緒に悪事を働くようになる。だがある夏の日に、彼の運命は
一変する。500年に一度という大雨が穏やかな川を濁流に変え、ポーを
はるか彼方へと運び去ってしまった・・・。心打つ、感動の名作。

この作品を読むと、自分が今こだわっているものや執着しているものが、
とても無意味に思えてくる。もっと大切なものがあるのではないだろうか?
そんな気持ちにさせられる。この世の中の全てのものには、必ず表と裏が
ある。だが、ポーにはなかった。ポーは表も裏も、ポーのままだった。その
ことに気づいたとき、なぜか泣きたい気持ちになった。
「心の奥底で、間違ったことをしないのが大事。」
「うれしい大切なことより、悲しい大切なことの方が多い。だから悲しい分、
いっそう大切に扱わなくてはならない。」
「目の前に、くっきり見えてるものしか信じられなくなるのが、いちばん
つまらないし、いちばん悲しい。」
この作品の中で語られる言葉の一つ一つが胸に迫る。読後も、静かな
感動が余韻となって、いつまでも心に響いていた。