*2004年*

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  なんくるない  よしもとばなな  ☆☆☆☆
愛していたのに・・・。お互いの心が、まるでボタンを掛け違えて しまったようになってしまった。傷ついた心がようやく癒え始めた時、 訪れた沖縄で、桃子は一人の男性と知り合った・・・。表題作を含む4つの 物語を収録。

言葉が、ふわふわと綿菓子みたいに柔らかく、陽だまりみたいに暖かい。 それは読む者を、心地よい世界へといざなってくれる。こちこちに凝り固まって しまった心が、ふわっと軽くなるようだ。どの物語も、やさしさに包まれている。 特別な言葉なんてなくてもいい。いつもの何気ない言葉の響きだけでも、こんなに 心地よくなれるのだ。沖縄の魅力も充分に伝わってくる。私も物語の中の主人公の ように沖縄で、心も体ものんびりと過ごしてみたい。


  王妃の館  浅田次郎  ☆☆☆
フランスの王ルイ14世が愛する女性のために建てた「王妃の館」。 今では超高級ホテルになっているが、そこに日本からツアー客が やって来た。「光」ツアーと「影」ツアー。二組のツアー客は、 ホテルの同じ部屋を交互に使うという旅行会社のたくらみをまったく 知らなかった・・・。

さまざまな人生を抱えた人たちが集まって「王妃の館」にやって来た。 ツアーコンダクターは、ばれないように四苦八苦。そこに複雑な人間 関係が絡み合って・・・。作者お得意のパターンだ。たくさんの登場人物が 個性豊かに描き分けられている。そして、少しずつどこかでつながっている。 泣いたり、笑ったり、怒ったり、わめいたり。ドタバタ的な中にも、どこか 人間の切なさを感じさせる。人が人としてどう生きていくのか、それは ルイ14世の時代も今も、変わりはない。「太陽の恵みを享受するのでは なく、ひとりひとりが自ら太陽になって光り輝け」この言葉がとても 印象的だった。


  第四解剖室  スティ−ヴン・キング  ☆☆
「私はまだ生きている!」解剖室の台の上で、男は身動きも出来ず、 声にならない声で叫び続けていた。だが、解剖の準備は着々と進んでいく。 生きながら解剖されようとする男の恐怖を描いた表題作を含む6つの 作品を収録。

どの話もグロテスク。キング独特の世界が広がっている。生々し過ぎる 人間の肉体が破壊されていく描写。映像にしたらきっと恐ろしいものに なるだろう。心理的恐怖も圧巻。特に「黒いスーツの男」は、読む者に 言いしれぬ恐怖を味わわせる。どの話もあまりに強烈過ぎて、拒否反応が 起こってしまった。できればもう少し穏やかな話を・・・。


  龍時 01ー02  野沢尚  ☆☆☆
わずか10代の半ばで単身スペインに乗り込んだリュウジ。彼は 自分の命そのもののサッカーで、未来を切り開いていくとこが できるのか?一人の少年の生きざまを、あざやかに描いた作品。

まるで映像を見ているようだった。サッカーの試合の描写が生き生きと 描かれている。リュウジの息づかいも聞えてきそうな気がする。わずか 10代の少年が、自分の未来を自分で切り開くために異国の地に立つ。 武器は自分の足、そしてサッカーのセンス。たった一つのボールに賭ける 姿はまぶしいくらいきらめいている。これから先も数々の困難にぶつかる ことだろう。だが彼ならきっと乗り越えられる。彼の成長がとても楽しみだ。


  少年計数機  石田衣良  ☆☆☆
「数がほんとうで、残りのものはみんなみせかけ。生きていくのに 数が必要な人もいる。」そう言いながら、数を数え続けるヒロキ。 そのヒロキが誘拐された!マコトは否応無しに事件の渦中に巻き込まれて いった・・・。表題作を含む4つの作品を収録。「池袋ウエストゲート パーク」第2弾。

池袋がとても魅力的に描かれている。登場する人物も個性豊か。事件を 解決する手際も、気持ちがいい。それと同時に、読んでいて人の心の裏側に 潜むぞっとするような怖さも感じた。そこに救いがあればいいのだが・・・。 最後に収められた「水のなかの目」は、実際にあった事件を思い起こさせるような 残虐さがあった。できればこういう話は読みたくなかったという思いが強い。 ほか3編は好感が持てるだけに、残念だった。


  火のみち  乃南アサ  ☆☆☆☆
貧しさゆえの悲劇。幼い妹を守るために殺人を犯してしまった次郎。 自暴自棄とも思える刑務所の中での行動。だがそんな彼を変えたのは、 妹のやさしい心と陶芸だった。出所した次郎は陶芸の道を歩み始めるが・・・。

備前焼の世界にいればもっと穏やかな暮らしができたかもしれない。だが 次郎は古代中国の汝窯に魅せられる。弟や妹、一緒に仕事をする仲間からも 遠ざかり、孤独の中に身を置く。次郎を立ち直らせた焼き物の世界が、今度は 次郎を押しつぶそうとする。次郎には、自分が幸せだと感じたときがなかったの だろうか?届かぬものを追い求め続けた男の哀れさが胸にしみる。


  I’m sorry, mama.  桐野夏生  ☆☆☆
お金のためなら人も殺す。じゃまな人間は排除する。悪魔のような心を持つ アイ子。だが、彼女の人格は幼い頃にゆがめられてしまったものだった。 肉親の愛情も知らないで、いじめられながら育った日々。彼女の行き着く先は?

「人の命を何とも思わない。」思いやりをかけられることも、かけることもなく 育った。愛情に飢えていた。誰も頼る人がいなかった。彼女の不幸な生い立ちが、 彼女の人格をゆがめてしまった。そんな彼女が、ある日自分の母親が誰なのかを 知りたいと思う・・・。人間知らないほうが幸せなこともある。アイ子の場合も 知るべきではなかったのかもしれない。憎みきれない。実の母親を慕う気持ちが やはりあったのだろう。そう考えると、この本の題名が物悲しく見える。


  All Small Things  角田光代  ☆☆☆☆
世の中にあふれているいろいろな愛の形。そして愛する人との思い出。 さまざまな人たちのさまざまな愛についてを、軽快なタッチで描いた作品。

人それぞれ、愛し方も愛され方も違う。この作品に描かれている中に、どれ 一つとして同じものはない。だが実際にありえない話でもなく、親近感を覚えた。 どれもほほえましい話ばかりだ。
みんな真剣に人を愛そうとする。たとえそれが不幸な結果に終わったとしても、 いつかは素敵な思い出に変わっていく。後半に収められた実際の体験談も面白い。 愛も一つの輪になって・・・。何だか清涼剤のような感じの作品だった。


  間宮兄弟  江國香織  ☆☆☆
兄明信35歳。弟徹信32歳。彼らは一緒に住んでいる。時々静岡に住む 母親に会いに行ったり、友人や知人を家に招いたり。そんな穏やかな 二人の日常を、穏やかに描いた作品。

はっきり言って、いい年をした男二人が(それも兄弟が!)一緒に 暮らしているなんて、なんだか変。趣味も何だかおたくっぽくて、 もし近所に実際にいたら絶対に近づかないだろうと思う。だがこの 二人、とても純粋な心の持ち主なのではないだろうか?いまどきこういう タイプの人間は珍しい。かわいそうなことに、女性にはあまり縁が ないようだが。二人は、これから先もずっと一緒に住み続けるのだろうか? そういう光景はあまり想像したくない気がする。間宮兄弟を初め登場人物 一人一人が個性豊かに描かれていて、楽しめる作品だった。


  明日の記憶  荻原浩  ☆☆☆☆☆
「働き盛り、人生まだまだこれからだ!」そう思っていたときに突然 若年性アルツハイマーだと宣告された。佐伯は日ごとに失われていく 記憶を何とか自分のもとにつなぎとめておこうとするが・・・。

自分にとってかけがえのない人でさえも忘れていく。失うのは記憶だけ ではない。自分自身もだ。どんなにあがいても、ずるずると絶望の淵へ 追いやられていく。恐怖、怒り、悲しみ。どれほどの感情が彼の中で 渦巻いたことだろうか。その苦悩は想像できない。決して人ごととは 思えない病。自分がもしそうなったとき、はたしてどんな行動をとる べきなのか?読んでいて恐怖さえ感じた。医学が進歩し、治療方法が 一日でも早く発見されることを、願わずにはいられない。


  駅までの道をおしえて  伊集院静  ☆☆☆
失われたものはもう二度と戻ってはこない。そのことをどうしても 認めることの出来ない少女と老人。二つの心が触れ合ったとき、 原っぱの中の線路を電車が走った・・・。表題作を含む8つの作品を 収録。

過ぎ去った日々、逝ってしまった人。手を伸ばしても、もう二度と 触れることは出来ない。人は時々自分の心の奥からそれらを取り出し、 懐かしむだけだ。人それぞれに、それぞれの悲しみや喜びがある。 作者はしっとりとそれらを描いている。読んでいて、切なくてたまらなく なる話もある。しかし、誰かを、何かを、想い続ける人たちの姿は、とても まぶしかった。心に余韻が残る話ばかりだった。


  アキハバラ@DEEP  石田衣良  ☆☆☆☆
心に体にさまざまな悩みを持つ若者たちが集まって、一つの画期的な サーチエンジン「クルーク」を作り上げた。その大切な「クルーク」が デジキャピの中込に奪われた!彼らは何とかして「クルーク」を取り 戻そうとする。秋葉原を舞台に繰り広げられる争奪戦。手に汗握る展開。 はたして「クルーク」を無事奪い返すことが出来るのか?

潔癖症の男、中卒の天才プログラマー、すぐフリーズする男、たくさんの 言葉を持っているのに話せない男、etc・・・。彼ら一人一人では、力は弱い。 だが彼らが手をつないだとき、そこには想像を超えるパワーが生まれた。 弱点も欠点もすべて力となっていく。自分たちの子供とも言える「クルーク」。 その救出のためなら、どんな困難も厭わない。ただ突き進むのみ。まさに 勧善懲悪の世界。読みながら「もっとやれ!もっとやれ!」と心の中で叫んだ。 それにしても、なんと秋葉原が魅力的な街に描かれていることか!読後もさわやか。 心の底から楽しめる作品だった。


  幸福な食卓  瀬尾まいこ  ☆☆☆☆
自殺に失敗した父。そのことに対して自分を責め続け、疲れ果てて 家を出た母。そして父はある日突然「父さんを辞める。」と宣言する。 そんな家庭でも、父と直と佐和子は毎日朝食を一緒に食べた。 本当に大切なものは何か?楽しくて、そしてちょっぴり切ない物語。

母が家を出て、父が父を辞めると宣言した家。どんなにひどい家庭 なのだろうと思うが、そこには暗さが微塵もない。壊れかけていると いう感じもない。父は父であり、母は母であり、兄は兄であり、そして 佐和子は佐和子だった。それは何一つ変わらない。バラバラに見えても、 心がしっかり一つになっている。そのことは佐和子を襲った突然のある 出来事のときの、家族の行動を見ても分かる。楽しいときも悲しいときも、 家族はいつも温かく見守ってくれる。大切なものは私たちの身近にある。 身近すぎてたまに忘れることもあるけれど・・・。心がほかほかと温かく なってくる作品だった。


  霧笛荘夜話  浅田次郎  ☆☆☆
霧笛荘には6つの空き部屋と、管理人の老婆が住む部屋がある。
その6つの部屋には、さまざまな人生を抱えた人たちが住んでいた。 老婆は昔を懐かしみながら、その一人一人への思いを語り始める。

それぞれ名前がついた部屋。その名前は、かつてそこに住んでいた 人たちの人生そのものだ。彼らは同じ霧笛荘に住んでいて、同じように 不幸だった。自分ひとりではどうすることもできない現実。救いを 求める相手もいない。霧笛荘のほかに行き場のなかった6人だが、 そこはいごごちがよかったに違いない。だからみんなそこに住み続けたのだ。 彼らは自分自身の未来を、どんなふうに見つめていたのだろうか? 「不幸のかたちは千差万別だが、幸せな暮らしは似たりよったりだもの。」 この老婆の言葉が胸にしみた。


  ぼくのボールが君に届けば  伊集院静  ☆☆☆
野球をしていたグラウンドの草むらで、少年は青いガラスで出来た ピエロの人形を拾い、警察に届けた。ピエロの人形を捨てたのは、 病気で入院している「ソウ」という男の子。少年はソウのために、 試合でホームランを打つと約束するが・・・。表題作を含む9つの短編を収録。

どの話も野球にまつわるエピソードが書かれている。それは過ぎ去った 日々の懐かしい思い出であったり、生きていく張り合いであったり。この 作品を読んでいると、キャッチボールがとても素敵なことに思えてくる。 人は、いろいろな人生を抱えて生きている。だがどんな人でも、キャッチ ボールのときは笑顔になる。それはボールと一緒に、お互いがお互いの心を 受けとめ合っているからではないだろうか。切ない話が多かったが、読んだ後に やさしい気持ちになれる作品だった。


  遮光  中村文則  ☆☆☆
愛する美紀を喪った悲しみは決して消えることはない。喪失感が、 美紀の死をも否定する。そして彼が持ち歩いていたものは? 愛か狂気か?狭間の中の男の心理を描いた作品。

本当に悲しいことは否定したい。喪ったという事実も受け入れ られない。彼が持ち歩いていたものは、美紀そのものだった。 「いつも一緒にいたい。」「いつも存在を感じていたい。」その思い だけが彼の心を支配する。大切なものを喪って、壊れてしまった心。 癒すすべを知らない男の哀れさがにじみ出る。なぐさめの言葉も きっと役には立たないだろう。読んでいる間中、息苦しさを感じた。


  アフリカの瞳  帚木蓬生  ☆☆☆☆
世界のHIV感染者の三分の二がアフリカに集中する。ここでは、毎日 200人の赤ん坊がHIVに感染して生まれてくるという。この過酷な 現実を正面から見つめ、エイズとの闘いに明け暮れる日本人医師作田を、 感動的に描いた作品。

恐ろしい現実がそこにはあった。毎日増え続けるHIV感染者。予防も 治療も追いつかない。感染者は「感染した」という事実を、なかばあきらめの 境地で受け入れる。そんなアフリカを製薬会社は、新薬の実験地域のように 扱おうとする。悲劇が悲劇を生んでいく。悲劇の連鎖だ。こんな状況で、 はたして未来は開けるのか?エイズ問題は私たちにとっても、もはや対岸の 火事ではすまされない。火の粉が頭の上にぱらぱらと降り注ぎ始めている。 アフリカ・・・。長年虐げられてきた大陸。「アフリカは世界を見つめる 瞳だ。」という言葉がとても印象的だった。一日も早くこの世界からエイズの 悲劇がなくなるようにと、願わずにはいられない。


  しゃぼん玉  乃南アサ  ☆☆☆☆
人から愛されたことも、人を愛したこともない。コンビニ強盗、 引ったくり。すさんだ心を抱えて偶然やって来た山奥の村。 翔人がそこで見たものは?

人生に希望などなく、しゃぼん玉のように漂って、いつかどこかで ぱちんとはじけて消える・・・。自分をそんなふうに考えていた 翔人。だがたどりついた山奥の村での生活が、彼の心を少しずつ変え 始める。そこには何もない。朝起きて、ご飯を食べて、仕事して、そして 寝る。単純な生活だけれど、そこには確かな手ごたえがあった。誰かに 頼りにされる。ありがとうと感謝される。そんな積み重ねが、彼の存在に 意味を与えていく。翔人の人生は決してしゃぼん玉のようではない。 そのことを誰よりも分かっているのは、彼自身なのだろう。


  介護入門  モブ・ノリオ  ☆☆☆
寝たきりになった祖母の介護を通して、人間の本質や、生きる ことの意味を描いた作品。芥川賞受賞作品。

読んでまず、題名から受ける印象とはまるで違うのに驚いた。 文章の羅列とも思える描き方に少々戸惑いもした。だが、そこに 書かれているのは、まぎれもなく祖母を介護する姿だった。 介護を通して自分の生き様や人の本質を見抜こうとする、作者の 鋭い目が光る。「介護」を決して苦痛とか負担とかそういう視点で 捕らえないところが、この作品を輝かせている。実際の介護は 大変な部分もあっただろう。でもこんなふうに笑ってできれば、 介護する側もされる側も、幸せな気分になれるのではないだろうか。 それはとても難しいことなのだけれど・・・。


  6ステイン  福井晴敏  ☆☆☆
その存在を秘密にされてきた組織市ヶ谷、防衛庁情報局。その 市ヶ谷に関わる人たちの悲喜こもごもを描いた、6つの作品を収録。

初の短編集ということで、ちょっとわくわくしながら読んだ。 防衛庁情報局を舞台に起こるさまざまな出来事。だが単に陥れたり、 陥れられたり、殺したり、殺されたりという話ではなかった。そこには 他の作品でも見られるような、人としての悲哀があった。人はどんな 状況でも生きていかなければならない。その痛いほどの思いが伝わって くる。「畳算」「媽媽」は何とも切なかった。そして、最後に収められた 「920を待ちながら」。この後半は、「おお!」と叫んで、思わず ニヤリ。福井ファンなら、私の気持ちが分かるはず♪


  出口のない海  横山秀夫  ☆☆☆
甲子園の優勝投手である並木浩二は、大学に入ってからヒジの故障で 苦しんでいた。ある日彼は、速球のかわりに魔球を投げることを思いつく。 毎日練習に明け暮れる日々。だが、戦争の暗い影が日本全体を覆い始めて いた・・・。

平和な世の中なら、勉強に、スポーツにと、毎日の生活を楽しんでいる 時期だろう。だが戦争は、並木やその仲間たちを戦場へと送り出す。 そして並木は「回天」に乗ることを決意する。それは特攻兵器!一度 それに乗って出撃すれば、二度と生きては戻れない。家族や恋人への 思い、そして「生」への未練。並木の心は揺れる。その心情が痛いほど 伝わってくる。最後まで魔球完成を夢見た並木。その思いを受け止めた 仲間たち。戦争の悲惨さをあらためて思う。できれば、マウンドの上で 魔球を投げさせてやりたかった。こんな悲劇がもう二度と起こらない ようにと、願わずにはいられない。


  星月夜の夢がたり  光原百合  ☆☆
子供の頃に聞いた話、大人になってからの恋の話、神話、昔話・・。 どれもがキラキラと輝いている。そんな32の小さな物語を収録。

悲しい話、楽しい話、ちょっぴり怖い話、ロマンチックな話。 この本にはいろいろな物語が詰まっている。まるで宝石箱の中の 宝石たちのようだ。中には、子供の頃を思い出させる話もある。 まさに、「大人の童話」。ただ、もう少し共感したり、感動できたら よかったのにと思った。ちょっと物足りない感じがした。


  ブルータワー  石田衣良  ☆☆☆
残された時間はあと一、二ヶ月。脳腫瘍で死を待つばかり・・・。 そんな状況の中、激しい頭痛の後、瀬野周司は自分の精神だけが 200年後の未来に飛ばされているのを知る。荒廃した未来。 はたして彼はそんな未来を救うことが出来るのか?

現代の世界では末期ガンで明日をも知れぬ命の周司が、未来の世界では ヒーローになる。一人の人間がいったいどこまで出来るものなのか? 次々に襲う困難を乗り越えて突き進む周司。地上を汚染するウィルスの 恐怖。高さ2キロメートルの、天を衝くようなブルータワーに崩壊の危機が 迫る。そして周司の命は?読者を物語の中に引きずり込み、一気に読ませる。 まるで子供のような気持ちで、わくわくしながら読んだ。たまにはこういう SFファンタジーを読むのも、いいものだ。


  雨はコーラがのめない  江國香織  ☆☆☆
初めての出会いは雨の日だった。「雨」と名づけられた犬と、大好きな 音楽を聴くひと時。一つ一つの曲が物語ととけ合って、素敵な雰囲気を 作り出した作品。

ペットではない。「雨」は恋人なのではないだろうか。そんな感じさえする。 人に話すのと同じように話しかけ、一緒に音楽を聴いている。そんな 一人と一匹の、ほほえましい光景が目に浮かぶ。作者の音楽に対する思いも、 好感が持てた。中には、私にとっても涙が出るほど懐かしい曲があった。 でも・・・。「ご主人とは一緒に聴かないの?」そんなことを問いかけて みたくなるのは、私だけ?


  十八の夏  光原百合  ☆☆☆☆
その人は、土手に腰を下ろし絵を描いていた。十八歳の信也が 出会った美しい女性。しかし、その出会いは偶然ではなかった・・・。 表題作を含む4編を収録。

作者は感性の豊かな人だと思う。やわらかな印象の文章、リアルに描く 人の心情、そして情景。ミステリーだけれど、それだけでは終わらない。 4つの作品はどれも心に響いてくる。特に最後に収められた「イノセント・ デイズ」は胸を打つ。罪を犯してはならないことは、誰でも知っている。 しかしそれでも、相手に殺意を抱き、それを実行しようとする。そこにいたる までの過程が、切ない。どの作品もラストにほっとできる部分がある。 それは、作者のやさしさなのだと思う。


  永遠。  村山由佳  ☆☆☆
弥生の短大の卒業式の日、徹也は水族館で一人弥生の来るのを 待っていた。過ぎ去った日々。逝ってしまった人。さまざまな 思い出の向こうに待っているものは?ちょっと切ない物語。

思いを、素直に人に伝えることが出来たなら。とまどいも、 ためらいもなく。たったひとこと。それさえも言葉にならない ときがある。人の心は、ときには悲しい。弥生の思いは、本当に 伝えたいあの人に届いたのだろうか?
「一度誰かとの間に芽生えたつながりは、ずーっと消えずに続いて いく」そういう永遠があることを、信じずにはいられない。


  時計を忘れて森へいこう  光原百合  ☆☆☆
清海にある美しい森。16歳の若杉翠は時計を失くしたとき、 その森で働く護と知り合いになる・・・。森で働く人々や、そこを 訪れる人々に起こる出来事を、みずみずしい感性で描いた作品。

自然の力、自然の神秘。森を訪れる人たちは、だれでもそれを感じずには いられないだろう。自分の生活している環境を一切断ち切って森の中に 身を置いたとき、人は本当の自分と向き合うことが出来るし、素直に なれる。悲しみを抱えた人たちも、きっと癒されるのではないだろうか。 「それぞれの人にそれぞれの、生きていく意味がある。」この作品はそれを 静かに語っている。私も森へ行きたくなった。もちろん時計は持たないで。


  地図にない国  川上健一  ☆☆
スペイン、パンプローナ。年に一度の牛追い祭り。妻と離婚し、自分の野球 生命まで終わろうとしている三本木は、牛の前を走りきれるかどうかで、 これからの自分の人生を決めようとする。焼けつくような太陽の下、三本木や 彼の友人たちのスペインでの生活を、色あざやかに生き生きと描いた作品。

牛追い祭り、闘牛。スペインならではの催しが生き生きと描かれている。 まるでその場にいて見ているような気分になる。
これからの自分の人生。その思いに揺れる三本木や彼の友人たち。異国の 空の下で彼らはそれぞれに思いをめぐらす。牛の前を走る勇気があれば、 これからの人生の困難にも立ち向かえるのではないか。そんな気さえする。 三本木のこれからの人生ははたしてどうなるのか?その答えを出すのは、 読者なのだろう・・・。


  ラッシュライフ  伊坂幸太郎  ☆☆☆
それぞれの人にそれぞれの人生。関係のない出来事が微妙に つながりあったとき、作品としての面白さが見えてくる。 殺人、泥棒、拳銃強盗、高慢ちきな金持ち、神様・・・。はたして どんなつながりがあるのだろうか?

バラバラに起こっているはずの出来事が、実はジグソーパズルの ピースのようなもので、はめ込むと一枚の絵が出来上がる。そんな 印象の作品だった。すべての出来事がどこでどうつながっているのかは、 読者にしか分からない。そう思うと、読みながらワクワクしてくる。 これだけの出来事を最後に一つにまとめあげた作者の力量には、ただただ 感心するばかり。楽しめる作品だと思う。ちょっと頭が混乱するけれど・・・。


  いとしのヒナゴン  重松清  ☆☆☆☆☆
ふるさとに帰ってきたノブが目にしたものは、他とは一味違う 町長と、合併問題に揺れる町の様子。町を活性化させようと町長の イッちゃんは、約30年ぶりに目撃された「ヒナゴン」を利用しようと 思いつく。はたしてヒナゴンは本当にいるのか?そして町の行く末は?

どこにでもある小さな田舎町。その風景はおだやかだ。しかし現代は、 そういう小さな町が単独で生き残れる状況ではない。合併か? 自分の生まれたところの地名が消える・・・。誰もそんなことは望んで いない。しかし、厳しい現実が目の前にある。ヒナゴンは本当にいるのか? いると信じる心を失わない限り、どんな状況にも立ち向かっていける! そんな気がした。
人の心のぬくもりが伝わってくるような、とてもいい作品だった。


  天使の梯子  村山由佳  ☆☆
愛した女性は8歳年上。高校時代の国語の先生だった。しかも 彼女には、人に言えない心の傷があった・・・。夏姫と慎一の 恋の行方は、はたして?

人はその心の中に、他人には知られたくない傷を抱えている ことがある。それを癒してくれるのは、時の流れ?愛する人の 存在?その両方かもしれない。 どんなに悔やんでも悔やみきれないことがある。時を戻すことが できるなら、どんなにいいだろう。そう願ったことは誰にでも あると思う。だが、人は前へ進むことしかできない。夏姫や 慎一も、過去の苦しみを乗り越えて前に進んで欲しいと思う。 二人でならそれが出来るはず・・・。
とても切ない話だったが、今までにあるパターン。「お涙ちょうだい」 的な部分もあり、感情移入できなかったのが残念だった。


  ぬしさまへ  畠中恵  ☆☆☆☆
体の弱い若旦那、一太郎。彼には妖怪が見えるという不思議な 力があった。その一太郎と妖怪が、数々の難事件を見事に解決! 愉快だけれど、ちょっぴり切ない物語。

妖怪を祖母に持つ一太郎。祖母に頼まれ、一太郎の面倒をみる妖怪 たち。そこには生き物の違いを超えた信頼関係があった。憎まれ口を きいたり、大騒ぎしてみたり・・・。読んでいてうらやましい関係だ。 事件が起これば、妖怪たちは情報収集、一太郎は情報分析。見事な 連係プレーを見せる。そして見事解決!いつまでもこの関係が続きます ように。でも、一太郎のお嫁さんになる人は大変だろう・・・。そう 思うのは取り越し苦労だろうか??


  グラスホッパー  伊坂幸太郎  ☆☆☆
「蝉」と呼ばれる殺し屋がいた。「鯨」と呼ばれる自殺屋がいた。 そして・・・押し屋がいた。誰のために、何のために生きるのか? 誰のために、何のために殺すのか?ゆがんだ社会の片隅で生きる 男たちを描いた作品。

異色の「殺し屋小説」と呼ぶべきなのか?何のためらいもなく、 人の命を奪っていく男たち。その動作は機械的だ。まるで、不要に なった物を捨てるように。今自分たちが生きている世の中も、 こんな感じなのではないだろうか?それを否定できないところに 怖さがある。読後はほろ苦さが残った。


  ワーキングガール・ウォーズ  柴田よしき  ☆☆☆
37歳、女性、独身。勤務15年で係長。周囲の視線も何のその。 陰での批判にも決してめげない!墨田翔子という一人の女性の生き方と、 彼女に関わる人たちを、軽快なタッチでコミカルに描いた作品。

女性が一人で生きていくうえで、いろいろなことが巻き起こる。ねたみ、 中傷、そしてセクハラ。強がってみたり、弱気になってみたり。
「負けないもんね、絶対に。」そう言いながら行動する翔子は、ある意味 かっこいい。同じ女性として「がんばれ〜!」と声援を送りたくなる。 でも・・・恋はしないのかな?時にはなりふりかまわずに、好きな人の ところへ飛んで行ってもいいのでは。そうは思いませんか?翔子さん♪


  アフターダーク  村上春樹  ☆☆☆
真夜中から夜が明け、人々が目覚めるまでの時間。その数時間、 眠らない人々がいた。彼らの生活、彼らの思想、彼らの行動を通して、 人という物体の奥底に流れるものを、独特の視線で描いた作品。

考え方、生活のパターン、性格、性別・・。それぞれ異なる人々が、 同じ時間の中にいる。どこかでつながっているようでもあるけれど、 それに気づくことなく生きている。そういう人たちを、密やかに見つめる 目がどこかにある。それは人間ではない。人間の想像をはるかに超えた、 超自然的なものではないだろうか。人々の真の目覚めとは?おのれの心の 内側をのぞき見れば、答えは見つかるのだろうか?難解な作品だけれど、 私好みの作品だった。


  炎都  柴田よしき  ☆☆☆
はるか平安の昔に焼き殺された花紅姫の怨念が、現代によみがえる。 京都の街に起こった大地震。そして人々に襲いかかる、数々の妖怪。 美しい古都の街は地獄と化していく・・・。

一条天皇の生まれ変わりの真行寺君之。彼に好意を寄せる香流。君之も また、香流に好意を持っていた。しかし花紅姫のすさまじい嫉妬が・・・。 京都の街に現れた妖怪のために、体液を吸われミイラのようになった人たち、 食べられてしまった人たち・・・。君之と香流、二人もこれからどうなるの だろう?まるでゲームか漫画のような話。今まで読んできた柴田作品とは、 180度違う。こういう作品も書くのかと、ちょっとびっくりだった。


  約束  石田衣良  ☆☆☆
失われたものは、もう二度と戻ってはこない。悲しみや絶望に 打ちのめされたとき、人はいったい何をするべきなのか? 人はいったい何ができるのか?心の再生を鮮やかに描き出した、 7つの短編を収録。

ほんの小さな約束が、人に生きる勇気を与えるときがある。 自分ではどうしようもないときに、さしのべられる手が何よりも 救いになるときがある。傷ついた心、悲しみに沈んだ心が癒される のは、きっとそんなときなのだろう。読んでいて、泣きたくなるような 話ばかりだけれど、切ない中にほっとするような結末も、ちゃんと用意 されている。読んだ人は、だれでもやさしくなれるだろう。そんな 作品だった。


  優駿  宮本輝  ☆☆☆
トカイファームで生まれた一頭のサラブレッド。その馬に夢を託す 人たちの悲喜こもごも。「オラシオン」と名づけられたその馬は、 やがてダービーへ・・・。はたして、勝てるのだろうか?競馬を 知らない人でも、充分楽しめる作品。

「競馬」。その二文字には、さまざまな人々の苦労が隠されていた。 サラブレッドを生み出し育成していくことが、これほど困難なもの だとは知らなかった。はるか昔から受け継がれてきた血。だが、 花開くのはほんの一握りでしかない。人も馬も厳しい世界で生きている。 だからこそ勝利の瞬間は、何ものにもかえがたい。これから競馬を見る 目が変わりそうだ。馬と騎手との関係もじっくり見てみたい。


  Q&A  恩田陸  ☆☆☆
大型商業施設Mで起こった69人もの死者を出す惨劇。なぜ死傷事故が 起こったのか?いろいろな人たちの証言から見えてきたものは? 質問と答えだけで構成された異色のミステリー。

集団パニックが起こったときの恐ろしさ。いろいろな人々の証言から 浮かび上がってくるのは、その時の状況だけだった。原因はいったい 何だったのか?それを知る人は誰もいない。原因がないまま、人々は パニックに陥った。誰もそれを止めることはできなかった。「集団」が 凶器になり、弱いものを飲み込んでいく。それは現実の世界にも充分 起こり得ることだ。「質問」と「答え」の中に潜む恐怖。読後、背筋が 冷たくなっていくような感じがした。


  夏の名残りの薔薇  恩田陸  ☆☆☆
あるホテルで毎年開かれるパーティ。そこに招かれた人たちに 起こる衝撃的なできごとは、果たして真実なのだろうか? 三姉妹に隠された秘密とは?不思議な恩田陸の世界。

ここに書かれているのは真実か?見極めながら読み進もうとするが、 いつの間にか「この作品の中に迷い込んでしまった!」という気持ちに させられていた。人の記憶のあいまいさ。起こったことと起こらなかった ことの区別は、どうつけたらいいのだろうか?出口を見つけようとすれば するほど、出口からは遠ざかる。人の心の中にも、迷路は存在するのだ。


  ぶらんこ乗り  いしいしんじ  ☆☆☆☆
ある日出てきた古いノート。そこには、まだ幼かった弟が書き綴った お話しがあった。不幸な出来事で声を失い、それでも笑っていた弟。 動物の心が分かると言っていた弟。遠い日の出来事を、胸がしめつけ られるほど切なく描いた作品。

読んだあと、ふいに涙がこぼれた。弟の心の奥に隠された悲しみ。 笑顔の陰にあった、ガラス細工のような繊細な心。夜、一人ブランコの 上で寂しさに震えながら、彼は何を思っていたのだろう。誰もそれを 理解することはできなかった。この作品の中に挿入されている、弟が 作った物語。その一つ一つも心にしみる。いしいしんじの独特の世界は、 私を不思議な感動で包んでくれた。


  犯人に告ぐ  雫井脩介  ☆☆☆☆
連続児童殺人事件。犯人に結びつく手がかりが得られぬままむなしく 時が過ぎ、犠牲者の数だけが増えていった。犯人逮捕のために、警察は 前代未聞の方法を思いつく。テレビを通しての、警察と犯人の接触。 はたして、手がかりは得られるのか?

警察という官僚組織の中にある利害関係、名誉欲。ただ単に犯人逮捕の ために動くのではないところに、巻島のいらだちや苦悩があった。 過去の苦い経験。それを引きずりながら犯人逮捕に執念を燃やす巻島。 テレビという怪物的なメディアの象徴を利用するのも、綱渡りに等しい。 どういう結果が出るのかは、誰にも分からない。いったいどういうふうに 犯人にたどりつくことができるのか?最後まで目が離せなかった。 ただ、犯人逮捕に関しては、「えっ!こんなことで犯人が分かってしまうの?」と いう思いがあった。そこに至るまでの過程がすごかっただけに、ちょっと あっけない感じだった。


  真夜中の神話  真保裕一  ☆☆
「仕事優先の生活が、夫と娘を死に追いやった・・。」
癒えることのない傷を心に抱えている晃子。ある日彼女の乗った 飛行機が墜落した!瀕死の彼女を助けたのは、外部との接触を 断ち続ける村の住人だった。そしてその村には、神秘の歌声を 持つ少女がいた・・・。今なお残る吸血鬼伝説とは?

晃子の驚異的とも思える傷の回復ぶり。吸血鬼伝説におびえる 地元住民たち。そこにからむ、少女を狙う謎の男たち。そして 殺人事件。これらがどうつながっているのか?少女の歌声には どんな秘密があるのか?緻密な描写はさすがだと思う。しかし、 「どこかに無理があるのではないか?」読んでいる間中、その 思いを拭い去ることが出来なかった。晃子の、家族を失った苦悩も うまく伝わってこない。最初から最後まで、心が入り込めない 作品だった。


  追憶のかけら  貫井徳郎  ☆☆☆☆
妻を事故で亡くした悲しみから、まだ立ち直れずにいる松嶋のもとに、 50数年前に自殺した作家の未発表手記が持ち込まれた。そこに 書かれている事柄に心ひかれる松嶋。だがその未発表手記には、 恐るべき謎が隠されていた。

他人のために良かれと思ってやったことが、実はまったくの逆で、 その人間を不幸に陥れていたとしたら・・・。自分のまったく 知らないところで、自分に恨みを持つ人間がいたとしたら・・・。 50数年前の出来事と、松嶋の身辺に起こる出来事はどうつながるのか? 人の人に対する憎悪は、思わぬところから生まれてくる。誰を信じれば いいのだろう?人とつきあうのが怖くなる。だが憎悪する人間がいる一方で、 松嶋のことを理解し、温かく見守ってくれる人間もいる。そのことに 松嶋が気づいたとき、救われた思いがした。


  国銅  帚木蓬生  ☆☆☆☆
奈良の大仏建立。その大事業に遠く長門の国からも、国人を含め 15人の男たちが都に向かった。何十日もかけてたどりついた都。 そこで待っていた過酷な労働。国人は、詩を詠むことを日々の楽しみとして 耐えていた。月日が流れ、ようやく待ち望んでいた国へ帰ることが できる日が来たが・・・。

1200年以上も前、あの巨大な仏像を人の力だけで作り上げる。 その労働がどんなに過酷だったことか!また、たとえ無事に労役を 終えたとしても、国元にもどれる保障はどこにもない。国を離れて労役に 就くということは、もう生きて国元に帰ることができないかもしれないという ことなのだ。
何百人、何千人の男たちが作り上げた仏像。その体内には、男たちの さまざまな思いが、今も渦巻いているような気がする。巨大な仏像を、 人々はどんな思いで見つめていたのだろうか?そこに見えるのは、悲しげな 顔の人たちばかりに思える。


  象牙色の眠り  柴田よしき  ☆☆
京都の富豪の邸宅で、家政婦として働くことになった瑞恵。 お金には不自由しない人たちだったが、そこには複雑な人間 関係があった。次々に起こる奇怪な事件。はたして、どんな 真相が隠されているのだろうか?

一見穏やかに見える生活。しかしそこには、人それぞれの思惑が あった。複雑に絡み合う感情。そこから起こる悲劇。誰が? 最後まで犯人の姿は見えてこない。だが、早く先を読みたいと 思うほどではなかった。真相が分かったときも、意外だという ふうには感じなかった。ラストもなんだかすっきりせず、物足りない 思いが残った。


  盗聴  真保裕一  ☆☆☆
永田町のどこかに盗聴器が・・。電波の発信源を特定し、プロテクトを 解除したとたんレシーバーから聞こえてきたのは、殺人現場の音だった・・。 表題作を含む5編を収録。作者の初の短編集。

人の心に何が潜んでいるのか・・。知られたくない過去を隠すため、日ごろの 恨みを晴らすため、人は罪を犯す。人の心というのは、とても怖い一面を持って いる。作者は、犯罪に至るまでの過程や、その後の様子をとてもよく描いている。 どの作品も、充分に練られているといった印象だった。長編にはない作者の 魅力が、よく出ているのではないだろうか。


  西の魔女が死んだ  梨木香歩  ☆☆☆☆
中学生になってから登校拒否になってしまったまい。心配した 両親は、落ち着くまで、まいをおばあちゃんの家に預けることにした。 「西の魔女」ことおばあちゃんとまいの、新たな生活が始まった。 他に、まいのその後を描く短編一つを収録。

おばあちゃんとの生活は、まいの心をなごませる。どんな励ましの 言葉もいらない。おだやかな生活の中で、まいは心を癒していく。 そして同時に、強くなっていく。おばあちゃんの温かさが、読む側にも 伝わってくる。平凡な日常だけれど、そこに流れる時間は、かけがえの ない貴重な時間だ。おばあちゃんが最後にまいに見せた魔法は、とっても すてきだった。読んでいて胸が熱くなる。生きることも死ぬことも、 どちらも人にとっては大切なことなのだと、あらためて感じた。


  翼はいつまでも  川上健一  ☆☆☆☆
神山は中学3年生。補欠の野球部員だった。だが、ビートルズの歌が彼を 変えた。心の中で彼を励まし続ける「プリーズ・プリーズ・ミー」。 友情、大人の矛盾した考え、女性に対する憧れ。さまざまなことを経験して、 彼は成長という階段をひとつひとつ上っていく。坪田譲治文学賞受賞作品。

まさにきらめくような時代。一昔前の中学生はみんなこうだった。今のように 塾だテストだと勉強に追われることなく、それぞれの年代にしか体験できない ことを存分に楽しんでいた。子供と大人の狭間の中で、大人の勝手な言い分に 怒りを感じたり、女性に対して興味を抱いたり、また部活動に燃えたりしていた。 彼らは翼を持っていて、未来という空へ、自由に飛び立つことができる。 そう思うとたまらなくうらやましくなる。どんなに時が流れても、当時のことを 忘れないでいてほしい。思い出を大切にしてほしい。いつまでも・・・。


  家族狩り  天童荒太  ☆☆☆☆
第一部・・幻世の祈り
愛というものに疑問を抱く、高校教師の巣藤。理想の家庭を 築こうとして、家族の心をばらばらにしてしまった、刑事馬見原。 児童虐待に心を痛める氷崎游子。それぞれがそれぞれの心に、家族と いうものに対する深い思いを抱いていた。ある時巣藤は、登校拒否の 息子を抱える隣家の異変に気づき、様子を見に行くが・・・。

第二部・・遭難者の夢
隣家の悲惨な光景が頭から離れない巣藤。彼はひどく酔った夜、若者たち から暴行を受ける。摂食障害に陥り、食べては嘔吐を繰り返す亜衣。 幼児虐待を繰り返す親に、相変わらず心を悩ませる游子。そして馬見原は、 以前逮捕した油井が刑務所から出てくるのを知る。油井は自分の息子を 虐待し、怪我を負わせた男だった。

第三部・・贈られた手
また一つの事件がおきた。巣藤の学校の生徒の家だった。巣藤の心の中に 次第に変化が起こる。他人の家庭のため奔走する游子の家庭の状態も、決して いいとは言えなかった。亜衣もまた、心の傷をさらに広げていく。馬見原は、 冬島母子に執拗に復縁を迫る油井の存在に、心を痛めていた。

第四部・・巡礼者たち
教師を辞めてしまってもなお、亜衣のことを気にかける巣藤。その亜衣は ますます自分の殻に閉じこもっていく。保護した少女の父親との間に、わだか まりが生じたままの游子。馬見原に憎悪をつのらせる油井。そんな中馬見原の 妻佐和子は、四国の巡礼者の姿を見て、馬見原にある決意を打ち明ける。

第五部・・まだ遠い光
壊れかけていく家族が住む家を訪ねる大野と彼の元妻の山賀。彼らは、重い 過去を背負っていた。巣藤と游子は、ある事件をきっかけに心が寄り添っていく。 そして、冬島母子、亜衣の未来は?馬見原に対する油井の憎悪が極限に達した とき・・・。それぞれの悩み苦しむ人たちに、救いはあるのか?感動の最終章。

作者にとんでもなく重い荷物を持たされたような感じがする。問いかけても 問いかけても、決して正確な答えなど出てはこない。
「家族とは?」
相手をどんなに愛していても、それがうまく伝わらないときもある。 声をかけてもらいたくてもかけてもらえず、寂しさに震えるときも ある。家族の心がうまくかみ合わないときに、悲劇は起こる。
誰もがいつも、誰かから気にかけていてもらいたいと思っている。自分が 必要な存在だと思われたいと願っている。家庭が、傷ついた心を癒せる場で なくてはならない。家族が、その人にとってかけがえのない存在でなくては ならない。
今こうしている間にも、どこかでこの本に描かれているような悲劇が、起こって いるかもしれない。できれば、そういう悲劇が一つでも減るようにと祈りたい。


  邂逅の森  熊谷達也  ☆☆☆☆☆
「マタギ」としてずっと生きていくと思っていた富治。しかし、 文枝との仲を、地主でもある文枝の父長兵衛に知られ、追われる ように村を出て鉱夫に・・・。だが、「マタギ」としての血が騒ぎ、 彼は再び山へ戻る決心をする。壮大な自然の中で繰り広げられる 人間ドラマ。

「山には神様がいる。」
自然を崇め、自然と共存するように暮らす「マタギ」。アオシンと 呼ばれるニホンカモシカや、熊を獲り、生活を営んでいる。その狩猟の 様子は圧巻だ。狩猟は、命のやり取りだ。人と動物の闘いだ。 富治や、富治を支えるイクの人生もまた、一つの闘いだった。 闘いの果てに待っているものは何だろう?富治を待っているのは、 イクの笑顔ではないだろうか。読み応え十分の作品だった。


  ランドマーク  吉田修一  ☆☆
大宮に建てられている巨大建築物、スパイラルビル。
独特のねじれたような形を持つビルの建設に携わる人々の、 悲喜交々を描いた作品。

そのビルを設計した者、そのビルを建てている者。彼らには彼らの、 それぞれの人生がある。ビルはねじれたままで、存在し続けることが できるのか?ビルの姿におのれの人生を重ね合わせている男たち。 彼らは、自分たちの人生もどこかねじれていると、感じているに 違いない。良治の人生が、全てを物語っているような気がした。


  孤独か、それに等しいもの  大崎善生  ☆☆☆☆
双子の藍と茜。姿も、することも、何もかも一緒。しかし、茜が 怪我をして傷跡が残ったときから、二人は少しずつ違う道を歩き 始めた。そして・・・。表題作を含む5編を収録。

「孤独を感じたことがないという孤独」
これほど心を凍えさせる言葉はない。人は寂しがりやの生き物だ。 孤独のままでは生きられない。傷つかず、傷つけられずに一人で 生きていくよりも、傷つけあいながらでも、二人で生きていく道を 選ぶこともある。作者は心傷つく者たちを温かな目でとらえ、 描いている。読後、心が穏やかになっていくような作品だった。


  リアル鬼ごっこ  山田悠介  ☆☆
全国の「佐藤」姓を抹殺せよ!国王が考え出したのは1日1時間、 そして7日間続く鬼ごっこ。捕まれば死が待っている。佐藤翼は 力の限り走る。鬼から逃げ切るために・・・。

父親も、親友も、そして14年ぶりに会った妹さえも・・・。 彼らに待ち受けるのは「死」のみ。見つかったら逃げる しかない。極限の精神状態。ホラーというより、残酷な作品だ。 しかし、読んだ限りではその緊迫感がうまく伝わってこない。 文章に、もう少し深みがあればいいと思う。ラストも工夫がほしかった。


  13ヵ月と13週と13日と満月の夜  アレックス・シアラー  ☆☆☆☆
カーリーという一人の少女が体験した奇想天外なできごと。 彼女は、置かれた状況にめげることなく、メレディスとともに 困難に立ち向かう。はたして彼女は、目的を遂げられるのか?

ちょっと変わったストーリー。先がどうなるのか、ハラハラ ドキドキしながら読んだ。しかし楽しいだけではなく、その中には 私たちがもっと考えなければならない問題も、きちんと描かれている。
人は実際にその状況に置かれてみなければ、他人の苦しみは 分からない。カーリーとメレディスは、高齢者には、きっと今以上に やさしく接するに違いない。子供から大人まで楽しめる作品。


  love history  西田俊也  ☆☆☆
結婚式前日、過去の思い出の品々を山の中に捨てに行く途中、 由希子は事故に遭う。気がつくと、彼女は過去の世界に・・。 さまざまな時代のさまざまな恋愛。彼女はそれをひとつひとつ たどり始める。

あの時ああしていれば・・・。過去を振り返り、そう思うときは 誰にでもあるだろう。しかし、過去はやはり過去なのだ。その 時代に戻れたとしても、起こってしまった事実を変えることは できない。いや、できたとしても絶対に変えてはいけないのだ。 過去の積み重ねがあるから、今の自分がいる。過去を変えることは、 今の自分を否定することになってしまう。だからこそ、私たちは 今を、悔いのないように生きていかなくてはならない。


  パーク・ライフ  吉田修一  ☆☆
いつも行く公園で一人の女性と知り合った。何気ない日常の 何気ない生活から切り取られたような、公園でのひと時。 そこで繰り広げられる出来事は?表題作を含む2編を収録。

同じ公園に同じ時間に行くと、同じ人に会うということはない だろうか?言葉は交わさなくても、気がつくとその人を見ている。 どこでどんな生活をしているのだろう?ここに来て何を思って いるのだろう?自分がそう思うとき、相手も同じことを考えて いるかもしれない。 作品に出てくる二人は、これからも公園で会うのだろうか? ちょっと気になる。


  たったひとつのたからもの  加藤浩美  ☆☆☆☆
ダウン症、そして重い心臓病。最初、1歳の誕生日を迎えられるか どうかもわからない状態だった加藤秋雪君。彼の短い6年の生涯を、 写真と文章で綴った感動の1冊。

やっと生まれた我が子。その大切な、かけがえのない我が子が、 数年の命だと知らされたとき、両親の悲しみはどれだけ深かったの だろう。すべての愛情を注いで子供と向き合う姿は感動的でもあるけれど、 見ていてつらい。秋雪君の両親が願うことはただひとつ。生きること。 親なら子供に、たくさんのことを期待するだろう。けれど、それは 子供が健康であるからなのだ。元気で生きているならば、それ以外に 何を望むことがあるのだろう。涙なくしては、読めなかった。


  君の名残を  浅倉卓弥  ☆☆☆
平凡な生活をしていたはずなのに・・・。
気がつくとそこは平安時代末期、平氏と源氏の最後の戦いが 始まろうとしていた・・・。時のいたずらに翻弄されながら、 友恵と武蔵は、愛するものを守るために戦い抜く決意をする。

奇抜なアイディア。「時」が、必要とする人物を過去に送り込む。 その運命を受け入れて戦いに身を投じる友恵と武蔵。だがどんなに 努力しても、過去の事実が変わることはない。自分の意思で動いて いるのか?それとも時の流れの中、流されているだけなのか? 二人の過酷な運命が読む者をひきつける。そして、二人の役目が 終わったとき・・・。読後、余韻が残る作品だった。


  希望  永井するみ  ☆☆☆
老女3人を次々に殺害した少年が少年院から出てきた。 当時14歳だった熱田友樹は、19歳になっていた。彼が 社会に復帰してから、彼の周りで起こる新たな事件。その背後に 隠されたものはいったい何だったのか?「犯罪」の意味を問う 問題作。

ひとつの犯罪が起こると、まるで連鎖反応のように、悲劇が 周りの人たちにも広がっていく。悲しみの果てにあるのは 人への憎しみ。それぞれがそれぞれの心に屈折したものを抱え 込んでいる。登場人物たちが胸に秘めているものは、あまりに 重過ぎる。その重さが逆に、感情移入を妨げているような 気がする。途中の展開に比べ、ラストもちょっと不満。真相が 分かってもあまり共感できなかった。ただ、犯罪による悲劇は よく描かれていると思った。


  東京湾景  吉田修一  ☆☆☆
メールの出会い系サイトで知り合った亮介と美緒。お互い、相手を 信じたい思いは同じ。だが、臆病な自分自身の心を抱えたままで 立ち止まる・・・。二人のラブストーリーの行方は?

本当は好きなのに、気づかないふりをする。自分自身傷つくのが 怖いから、踏み出せない。もどかしさを感じるふたり。永遠に 信じられるものはないかもしれない。でも、そのことを恐れていたら、 前に進むことはできない。人は生きている今この瞬間を、大切に するべきではないだろうか。進まずにあとで後悔するよりは、まず 進んでみよう!亮介と美緒に向かって叫びたい。


  死にぞこないの青  乙一  ☆☆☆
ふとした誤解から、担任の先生やクラスメートからいじめられる ようになった・・・。弁解もできないまま、クラスの中で孤立していく。 やがて芽生える憎悪。マサオは自分の傍らに、青い少年の存在を感じる ようになる。

物事をはっきりと言わない性格のマサオにもどかしさを感じる。人は 自分より弱い人間をいじめたがる。いじめられたまま自分の殻に閉じ こもっていては、負けてしまう。いつまでも同じ状況が続くだけだ。 それを打ち破れるだけの強さや勇気があれば・・・。だが、すべての 人が強さや勇気を持っているわけではない。現実の中でも繰り返される 悲劇。それを無くすることはできないのだろうか。


  雷桜  宇江佐真理  ☆☆☆☆☆
瀬田村の庄屋の一人娘遊が、雷雨の晩に何者かにさらわれた。 必死の捜索もむなしく、遊はついに見つからなかった。 やがて年月が過ぎ、遊の兄たちのうち、一人は家を継ぎ、一人は 清水家の当主に仕えることになった。ある時、遊は「狼少女」として、 15年ぶりに帰還する・・・。

遊がさらわれた背景にある藩どうしの確執。瀬田山に隠された秘密。 そして・・・。遊と、兄が仕える清水家の当主斉道・・・。久々に 時代物を堪能した。人と人とが利害や立場や身分に関係なく接することが できたなら、どれほどよかったことか。そういうものは決して人を幸せには しない。おのれの信念を貫いて生きる遊の姿は凛としているが、どこか切なく はかなげで、哀れさを覚えた。


  失はれる物語  乙一  ☆☆☆
愛していたはずなのに・・・。妻と言い争いばかりする日々。 ある日男は事故に遭い、右手の人差し指だけしか動かせない 体になってしまった。妻が自分にとってかけがえのない存在だったと 気づいたとき、男の取った行動は?表題作を含む6編を収録。

人間はなんて悲しい生き物なのだろう。傷ついたり、傷つけられたり するのが怖くて、人と接することを恐れている。だがそういう 人ほど心の奥では誰かをいつも求めている。一人でも平気と言う 人ほど、一人じゃいられない。ここに描かれているひとつひとつの 物語が、心にしみる。人の心を救えるのは、やはり人のやさしい心しか ない。作者の思いがこの作品を通して、切々と胸に伝わってくる。


  夜のピクニック  恩田陸  ☆☆☆
朝の8時から翌朝の8時まで、夜を徹して80キロの道のりを 歩く歩行祭。甲田貴子はこの歩行祭の中、西脇融に対して、ある ひとつの賭けをしようと決心した。その賭けに勝ったなら・・・。 貴子の思いは膨らむ。一方、ほかの生徒たちも、それぞれの思いを 抱きながら、黙々と歩いていた。

高校時代。人生の中でひときわ煌く時代だ。しかし、煌いて いることを知るのは、過ぎ去ってしまってからかもしれない。 彼らは、ただ黙々と歩く。つらいとか、苦しいとか、もうそんな ことすら考えられなくなるくらい疲れていても、ひたすら歩く。 たどり着く先に待っているのは、一回り大きく成長した自分自身だ。 ゴールすることの満足感、達成感。そういうことが、彼らをより 大きくする。みんな人生という階段をひとつ上るのだ。貴子と融の 関係も、きっとうまくゆくだろう。ゴールしたときの彼らの歓声が 聞こえるような気がした。


  空中ブランコ  奥田英朗  ☆☆☆☆
彼は名医か、迷医か?奇想天外な行動は治療のためか、はたまた 単なる趣味なのか?精神科医伊良部のもとを訪れる患者たちは皆 面食らう。果たして彼らの心の病は治るのか?表題作を含む5つの 作品を収録。

「イン・ザ・プール」でおなじみになった精神科医伊良部。前作よりも 彼は魅力的に描かれていると思う。彼のもとを訪れる患者の置かれた 立場、心理状態も、良く描かれている。人の心は強くもあり、弱くも あり。だがくじけた時は、きっかけさえあれば必ず立ち直ることが できる。患者たちにとって伊良部の存在は、どんな薬よりも効き目が あるに違いない。伊良部本人は果たしてそのことに気づいているの だろうか?ともあれ、今後の彼の活躍に期待したい。


  白夜行(再読)  東野圭吾  ☆☆☆☆
1973年、廃墟となったビルの中で殺人事件が起こる。必死の捜査にも かかわらず、犯人は分からずじまいだった。それから19年。この事件を いまだに執拗に追い続ける元刑事がいた。被害者の息子桐原亮司、容疑者の 娘西本雪穂。不可解な出来事が起こる陰には、二人の存在が見え隠れして いた。元刑事の笹垣は二人のつながりを見つけようとするが・・・。

雪穂のしたたかな生き方。だが彼女が何を考えていたのかは、この作品の 中ではいっさい語られていない。それは亮司にしても同じだ。すべては 読者にゆだねられている。私たちは真実を知るために、作品の中に散らばる 一つ一つの出来事を自らの手で組み合わせていかなければならない。亮司と 雪穂、彼らの心の奥底に揺らめいていたものは一体何だったのだろう。 二人が、夜と昼の狭間の中でしか生きられなかったのだとしたら、あまりにも 哀れすぎる気がした。


  ダ・ヴィンチ・コード  ダン・ブラウン  ☆☆☆☆☆
ルーヴル美術館館長ソニエール。殺された彼は死の直前に、奇妙な メッセージを残していた。彼と会う約束をしていたハーヴァード 大学教授ラングドンは、ソニエール殺しの疑いをかけられ、警察から 追われるはめに・・・。彼はソニエールの孫娘ソフィーとともに 逃亡を続けながら、ソニエールの残した暗号を解読していく。

ソニエールの残したなぞの言葉、そしてソニエール自身が自らの 体で作り上げた形とは?警察に追われながら、限られた時間、限られた 状況の中で、ラングドンとソフィーはひとつひとつなぞを解き明かして いく。謎解きの面白さと、状況が二転三転する息をもつかせぬ目まぐるしい 展開。キリスト教になじみがない者でも、思う存分楽しめる。すべての謎を 解き明かし、たどりついた先には、驚愕の真実が待っていた・・。読み始めたら とまらない、読後も満足感が残る傑作。


  四日間の奇跡  浅倉卓弥  ☆☆☆
脳に障害を持つ千織。彼女には天才的とも言えるピアノの才能が あった。千織の命を助けることと引き換えに、ピアニストとしての 道を断たれた敬輔。二人は訪れた山奥の診療所で、不思議な体験を する。夢のような、そしてちょっぴり切ない物語。

人の心はどこにあるのだろうか?人の心は、つねにその人自身の体と ともにあるものなのだろうか?
診療所に勤める敬輔の高校時代の後輩の真理子。その彼女の不思議な 体験。科学では決して解明できないものがそこにはあった。
脳の不思議さ、心の不思議さ。私たちは体の中に、もうひとつの 宇宙を包み込んでいるのかもしれない。
真理子の心が、真理子の思いが、いつまでも敬輔や千織にそっと寄り 添っている。そんな気がしてならなかった。


  近藤勇白書  池波正太郎  ☆☆☆☆
近藤勇。彼はどのようにして、一介の道場主から新選組局長に なったのか?近藤勇を中心に、幕末に生きた新選組の志士たちを 鮮やかに描いた作品。

新選組を描いた作品は数々ある。しかし、この作品はその中でも 際立っているのではないだろうか。近藤勇を中心に、新選組誕生から 終末までを、読者を飽きさせることなく描いている。途中に挿入されている 新選組関係者の遺談も、この作品に深みを与えている。
この1冊を読めば新選組のことは理解できる。そう言っても過言ではないだろう。 新選組を知る上での、貴重な1冊だと思う。


  オーデュボンの祈り  伊坂幸太郎  ☆☆☆☆
コンビニ強盗に失敗した伊藤は、気がつくと見知らぬ島に来ていた。 荻島は150年間、ほかとの行き来をしないまま現在に至っていた。 そこに住む人たちの奇妙な行動。そして未来を語るカカシの優午。 優午が無残な姿になったとき、島の人々は・・・。

何かを守るために、人は自分自身を犠牲にするときがある。自分の 思いを胸に秘めたままで。未来を知る能力は、決してうらやましい ものではない。たとえ知ったとしても、未来を大きく変えることは できない。それに、未来が分からないからこそ、未来に対して希望が 持てるのだと思う。人は過ぎ行く時の中で、あるがままの運命を 受け入れなければならないのだ。
優午の心の内に渦巻いていたのは、どんな思いだったのだろう。 そして「島に欠けているもの」が分かったとき・・・。ラストは何だか 泣きたい気持ちになった。


  嘘をもうひとつだけ  東野圭吾  ☆☆☆
バレエ団で事務の仕事をしている女性が、自宅マンションから 転落死した。自殺の線で落ち着こうとしていた事件だったが、 加賀という一人の刑事が現れてから、事態は思わぬ方向に・・・。 表題作を含む5つの作品を収録。

完全犯罪などということはありえない。加賀は、散らばっている 事実をひとつひとつ丹念に拾い集める。その拾い集めた事実を つなぎ合わせたとき、見えてくるのは矛盾に満ちた証言。そして その証言の向こうの真実。どんなに取り繕ってもしょせん嘘は嘘。 真実はひとつしかない。事件は見事に解決する。しかし、犯行に いたる動機には、人間の切なさが隠されていた。罪を犯した人間を、 心の底から憎む気にはならなかった。


  カノン  篠田節子  ☆☆
かつて愛した男が自殺した。死の直前までバイオリンで「カノン」を 演奏しながら。その「カノン」は録音され、瑞穂のもとに送られてきた。 逆回転で録音された「カノン」。そのテープを受け取ったときから、 瑞穂は言い知れぬ恐怖を味わうことになる・・・。

聴こえるバイオリンの音も、自殺したはずの香西の姿も、すべては 瑞穂の心が作り出す幻なのか?それとも現実なのか?過去を忘れ、平凡に 生きる日常に、不安は波紋のように広がっていく。人の思いとはこれほど 強いものなのか。そして、その強さは死をも超越するものなのか。 置き去りにしてきた過去の自分をしっかり見つめたとき、そこから また新たな人生が始まる。瑞穂もそうあってほしいと願う。


  天国はまだ遠く  瀬尾まいこ  ☆☆☆
疲れきった心や体。だれにも救いを求めることができず、最後に 選んだものは自殺。だれも知らない遠くで死のうと決心し、 たどり着いた先は・・・。心癒される作品。

千鶴がやって来たのは、豊かな自然に囲まれた木屋谷の民宿。 人々は自然の中に溶け込んで暮らしている。満天の星、新鮮な野菜、 豊富な魚。そして山や海。千鶴は、ここには何でもあるような気が した。だが、彼女は気づく。ここにないのは自分の居場所だけだと。 彼女の居場所は今まで暮らしてきたところにあるのだ。どんなに つらくても、彼女の居場所はそこなのだ。そう気づいたとき千鶴は・・・。 読んでいて、心がやさしくなってくる。民宿の田村さんの人柄も、 とても印象的だった。


  天使の爪  大沢在昌  ☆☆☆
あのアスカが帰ってきた!今度の敵は、アスカと同じく脳移植を 受けた殺人鬼。だが「狼」と呼ばれる彼は、異常なほどアスカの 存在にこだわった。なぜ?そして、アスカはどう立ち向かって いくのか?

前作「天使の牙」での衝撃的なできごと。この作品では、アスカは見事に それを乗り越えている。世界に自分しかいないと思っていた脳移植者。 それがもう一人いた!しかも恐ろしい殺人鬼だ。ロシア、アメリカ、日本の 利害関係が交錯する。アスカと古芳はどうなるのか?アスカの鋭い分析能力、 捜査能力が発揮される。最後の最後まで目が離せない。そして、たくさんの 犠牲を乗り越えて、アスカと古芳は・・。ラストはそう来たか!という 感じだった。


  新選組物語  子母澤寛  ☆☆☆
新選組の数々のエピソード、近藤勇の最期を描いた、新選組 3部作の完結編。

「新選組始末記」「新選組遺聞」「新選組物語」に書かれた エピソードのほかに、数多くのエピソードがあっただろう。 だが、今となってはそれを語る人もいない。それらは歴史の中に 埋もれてしまった。私たちはただ、過ぎ去った時の向こうに 思いをはせるしかない。
近藤勇は真の武士を目指した。彼は最期のときまで武士だったの だろうか?自分が農民のときを思い出すことはなかったのだろうか?
幕末から明治、日本が大きく変わったとき、新選組があったことを いつまでも忘れない。


  新選組遺聞  子母澤寛  ☆☆☆
新選組という集団の中で、個々の人間は何を思い、どう行動 したのか?新選組に関わった人たちの貴重な証言を集め、作者は まとめていった。彼らの素顔も分かる、貴重な記録。

実際に新選組を目の当たりにした者にしか分からない描写が、 ここにはある。芹沢鴨の暗殺当夜の様子、その後の処理。 池田屋事件、そして近藤勇の最期。墓から遺体を掘り出し 故郷へ運ぶさまは、悲壮感が漂う。つかの間の華やかさ。 それと対照的な末路。これがわずか百数十年前の出来事なのだ。 残された家族などのその後も興味深かった。どんな境遇になっても、 家族は決して新選組のことを忘れることはなかったと思う。 家族としての悲劇が、そこにはあったのではないだろうか。


  新選組始末記  子母澤寛  ☆☆☆
幕末から明治を、疾風のように駆け抜けた新選組。彼らの さまざまな運命を、文書や証言によって鮮やかに描き出した傑作。

昭和の初め、新選組関係者、事件の目撃者の証言、数々の文書を集め 編集して、この本が出版された。作者の丹念な調査で、新選組の 生々しい姿が浮かび上がる。ドラマなどからは知ることのできない たくさんの事実。この本が新選組研究の古典として定評があるということも うなずける。日本の国のため、徳川幕府のために、命を懸けた新選組。 その結末は、一時期の華やかな活躍に比べると、あまりにも悲劇的だ。 だからこそ、人の心にいつまでも残るのかもしれない。


  臨場  横山秀夫  ☆☆☆
事故か事件か?人の「死」には、さまざまな理由がある。 人から「終身検視官」と言われる倉石の鋭い目が、 現場の状況の中に隠された真実を暴いていく。8つの短編を収録。

うっかりすると見逃してしまいそうな些細なことの中に、大きな 真実が隠されていることがある。倉石の鋭い観察力は絶対にそれを 見逃さない。人の心の奥底に潜むものさえも、時には見抜いてしまう。 事件や事故を機械的に処理するのではない。そこには温かな心遣いが 感じられる。そこが倉石の魅力となっている。倉石はこれから先も ずっと検視官を続けていけるのだろうか?ラストの描写が気にかかる。


  禁じられた楽園  恩田陸  ☆☆☆☆
平口捷は、大学の同級生で、天才的な美術家として有名な烏山響一から 招待状を受け取る。それは叔父の烏山彩城が郷里の和歌山に造った プライベートギャラリーへの招待だった。そこで彼を待ち受けて いたものは・・・。

人は心の中に、他人に知られたくない部分を持っている。決して 思い出したくない過去を持っている。自分の心の闇が白日の もとにさらされたとしたら?
読んでいて何とも言えない恐ろしさがこみ上げる。本当の恐怖は 人の心の中に潜んでいる。一番怖いのは自分の心の中に閉じ込めた、 自分の中の醜い部分ではないだろうか。
幻想か真実か?恩田陸の描く世界は特異で不思議。理解し難い。
だが、この作品は私好みだった。読みながら、自分の心の中には いったい何がうごめいているのかを、考えずにはいられなかった。