*2010年*
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虚栄の肖像
北森鴻
☆☆☆☆
佐月恭壱が引き受けた絵画修復の報酬は、古備前の銘品中の銘品の甕だった。
「絵画修復の報酬にしては額が大きすぎる。」恭壱は違和感を覚える。
実は、この裏には巧妙な罠が潜んでいた・・・。表題作「虚栄の肖像」を
含む3編を収録。「深淵のガランス」に続く、佐月恭壱シリーズ2作目。
今回も、絵画修復という未知の世界を垣間見ることができ、とても興味深かった。
その難しさ、繊細さには驚かされる。また、この作品を支えている作者の知識量の
多さにも、ただただ驚くばかりだ。絵画修復に関わる謎も、本当によく考えられて
いると思う。さまざまな要素がほどよく混ざり合い、この作品を味わいのあるものに
している。表題作「虚栄の肖像」に出てくる古備前の甕や、ピカソの絵に仕掛けられた
罠などは、読んでいて本当に面白かった。シリーズが進むにつれてさらに見えてくるで
あろう佐月恭壱の人間像、そして、彼や彼と関わりのある人たちの今後など、この
シリーズに期待するものがたくさんあった。作者の急逝で断ち切られてしまったのは、
本当に残念だ。早すぎる死が惜しまれてならない。
BOX!
百田尚樹
☆☆☆
電車の中で、マナー違反の高校生を咎めようとした耀子は、逆に高校生たちに
からまれた。危機的な状況から救ってくれたのは、乗り合わせたひとりの少年だった。
彼は、耀子が勤める高校の生徒で、ボクシング部に所属していた。ひょんなことから
耀子も「ボクシング」に関わっていくことになるのだが・・・。ボクシングの世界を、
さわやかに描いた作品。
ボクシングというスポーツが持つ繊細さ、奥深さ、そして残酷さが、余すところなく
描かれている。それは、今まで知らなかった部分で、かなり興味を持って読んだ。
天性の才能を持つ天才ボクサーの鏑矢。彼にあこがれ、彼に追いつくべく努力を
重ねる木樽。そして、それを見守る顧問の高津耀子。最強のライバルとの闘いは
いったいどうなるのか?試合のシーンの描写は圧巻だった。ラストも、無難にまとめ
られている。全体的には面白いと思うが、耀子と鏑矢・木樽との出会い、ボクシングの過酷な
練習、丸野のエピソードなどなど、それらはどれも漫画的だった。最初からドラマ化や
アニメ化を意識して書いたような印象も受ける。そこのところが多少気になるが、まあまあ
それなりに楽しめる作品だと思う。
あるキング
伊坂幸太郎
☆☆☆
仙醍キングス監督南雲慎平太は、彼にとって最後の試合となる日に突然逝った。
同じ日、ひとりの男の子が産声を上げる。「王求(おうく)」と名づけられた
彼は野球の天才だったが・・・。ひとりの男の、波乱に満ちた人生とは?
この作品を読み終えたとき、さまざまな思いが渦巻いて、王求に語りかけずには
いられなかった。
「王求よ、君の人生は穏やかとは言えないものだったが、それでも幸せだったかい?」
「王求よ、数々の困難が君を襲ったけれども、そのときに君の胸に去来したのは
いったい何だったのか?」
「王求よ、野球を続けることにためらいはなかったのかい?」
もっともっと王求に聞きたいことがある。でも、彼は、きっとどんな問いにも笑顔を
返すだけなのだろう。そんな気がする。彼の人生を見つめるとき、そこには悲哀しか
感じられない。「悲劇の天才」彼にはその名がふさわしい。独特の雰囲気を持った、
好き嫌いがはっきり分かれるような作品だが、私は好感を持って読んだ。
夏目家順路
朝倉かすみ
☆☆☆
夏目清茂が、脳梗塞で突然他界した。彼をよく知る人たち、そして彼の家族が
葬儀のため集まってくる。さまざまな人から見た清茂の人間像とは?一人の人間の
生きざまを、多角的にとらえた作品。
物語は清茂が自分の過去を回想するところから始まる。そして清茂の死。
集まってきた人たちは、清茂と過ごした日々をふり返る。あるひとつのできごとも、
人それぞれ受け取り方が微妙に違う。そして、清茂の人物像も、いろいろな人たちが
さまざまな角度からとらえている。読んでいくと、だんだんと清茂の立体像が
浮かび上がってくる。そんな感じだった。この作品を読んでいると、「自分の生き方に
ついて、いったい家族はどんなふうに思っているのか?」と気になってしまう。「どんなに
深くつき合っているつもりでも、その人間の本質に迫ることはできない。」そういう
思いも強く感じる。だが、人は器用には生きられない。自分の思った道を進むしかない
のだ。自分が老いて自分の人生をふり返ったとき何を思うか?そして、まわりの人たちは
どう思うのか?そこに現れる自分の人間像は?知りたくもあり、知りたくもなし・・・。
読んでいて、さまざまな思いがあふれてくる作品だった。
小さいおうち
中島京子
☆☆☆
「小さな赤い三角屋根の洋館での暮らしが、私のすべてだった・・。」
年老いたタキが、「女中」時代の思い出をノートに書き綴る。
日本が戦争へと向かう時代、平井家の人たちとタキとのふれあいを
描いた作品。
淡々と、本当に淡々と、タキの女中時代の思い出が語られる。日本が悲劇の
戦争へと向かって行き、やがて終戦を迎えるまでの生活があざやかに、そして
いきいきと描かれている。戦前の中流家庭の様子はこんなだったのかと、面白さを
感じながら読んだ。時子の明るい性格。まるで友だちのような時子とタキ。
ふたりの関係はこのままずっと続いていくかに思われた。だが、”あるできごと”が
きっかけで、ふたりの間には見えない溝ができてしまう。けれど、その溝はそれほど
深刻なものだと思わなかった。そして、この作品をとても平凡な作品だとも思っていた。
この作品のラストを読むまでは・・・。タキが語ることのなかった事実。それが明らかに
なったとき、その意外な展開に驚いた。同時に、この作品のタイトルの持つ意味の深さに
感動した。平凡な物語が、ラストで衝撃的な物語に形を変えた!強く余韻が残る作品だった。
ヴァン・ショーをあなたに
近藤史恵
☆☆☆☆
マルシェド・ノエル、クリスマスマーケットの季節にはミリアムおばあちゃんの
ヴァン・ショーが飲める!期待して行ったのだが、それはいつものヴァン・ショーでは
なかった。いったいなぜ?その理由とは・・・。フランス時代の三舟を描いた
表題作を含む7編を収録。「タルト・タタンの夢」に続くシリーズ2作目。
「タルト・タタンの夢」に続き、今回も料理にまつわるさまざまな謎が登場する。
三舟シェフの鋭い推理が光る。料理や食べ物にからむ人びとの思惑。時にそれは
愛情だったり、憎しみだったりする。愛情を持って作られた料理は、人の心を豊かにし、
幸せな気持ちにさせる。だが、悪意を持って作られた料理は、人の体や精神を蝕む。
そこに料理を作る難しさや奥深さがある。謎解きの面白さだけではなく、その部分の
描写もとても面白かった。三舟シェフのパリ時代のエピソードや、その後働いていた
店についても触れられていて、興味深かった。全体的にもよくまとまっていると思う。
このシリーズ、次回も楽しみだ。長く続いてほしいと思う。
1Q84 BOOK3
村上春樹
☆☆☆☆
「さきがけ」のリーダーを殺害した青豆の行方を追う牛河。安全な場所への移動を
拒み、ひたすら天吾に会うことだけを思い続ける青豆。一方天吾は、自分の部屋に
ふかえりを匿ったまま、眠り続ける父と対峙するため父のいる街へと向かう。
天吾と青豆は再会できるのか?彼らはもとの世界に戻れるのか?
月がふたつある1Q84の世界にいるふたり。青豆はそれが不可抗力ではないことを知る。
「いるべくしているこの世界。」そう感じたとき、青豆はこの世界にいる意味を考え始める。
その考えの行き着く先には天吾がいる!命を懸けた青豆の思いは届くのか?1984の世界に
再び戻ることができるのか?この作品を読んでいると、確かな世界などどこにも存在しない
ような気がする。何を信ずるべきか?信ずるに値すべきことはいったい何か?自分が
今ここに存在するのはいったいなぜか?世界の本質、人間の本質が、作者に問われている。
読み手はその作者の問いに答えられるのか?答えられずにたじろいでいる自分がいる。
たぶん、これから一生をかけてその答えを見つけなければならないのだろう。次はどんな世界が、
天吾と青豆を待っているのか・・・。楽しみと不安が入り混じる。本当に深いものを抱えた作品で、
読み応えがあった。満足♪
マリアビートル
伊坂幸太郎
☆☆☆☆
息子に重傷を負わせた王子を追う木村。そして王子。ある依頼を受けた二人組の
蜜柑と檸檬。ツキに見放された七尾。彼らは皆、東北新幹線「はやて」の車内にいた。
やがて、それぞれの思惑が複雑に絡み合っていく。新幹線が目的地に到着するまでに、
さまざまな問題は解決するのだろうか・・・。
いろいろな事情を抱えた男たちが東北新幹線に乗り込んだ。ひたすら目的地に向い走り
続ける新幹線の中で次々に起こる信じられないできごと。一見、何の関係もないと思える
者どうしの意外な接点。そして、荷物だけではなく命までもが奪ったり奪われたりする。
まさにスリルとサスペンスの世界だ。個性的過ぎる登場人物たち、絶妙過ぎる会話、そして
スピーディーな展開、どれをとっても楽しめる。「いったい、作者の伊坂幸太郎は、この
複雑怪奇な新幹線内の状況をどう収束させていくのか?」ラストに近づくにつれ、期待感が
高まった。そして迎えたラストは、期待を裏切らないものだった。意外性もあったし、ほっと
する救われた部分もあった。収まるものが収まるべきところに収まった。そんな感じさえする。
伊坂幸太郎らしい、本当に彼らしい、充分な満足感を与えてくれる作品だった。
民王
池井戸潤
☆☆☆
総理大臣の武藤泰山、その息子の武藤翔。このふたりが入れ替わった!!
日本の国はどうなる?翔の未来がかかる就職試験の結果は?そして・・・
ふたりは元に戻ることができるのか?また、裏に隠された陰謀を暴くことが
できるのか?
ろくに漢字も読めない大学生の翔が総理大臣に、そして泰山が大学生に。
ふたりはそれぞれの役割を必死にこなそうとするが、いろいろな事件が巻き起こる。
ドタバタ感が強いが、この作品の中にはしっかりと作者の思いが練り込まれていた。
現代社会が抱えるさまざまな問題。その問題に真剣に取り組もうとせず、おのれの
保身ばかりを考える政治家。本当に国の未来に憂いを抱いているのは、若者たちでは
ないのか。作品の中で作者は叫ぶ。そのことがずしっと胸に響く。また、翔が就職試験の
ときに語る熱い思いも胸を打つ。入れ替わりは不可能だけれど、今の政治家たちに初心を
思い出してほしいと強く願う。自分自身のことより国の将来のことを考え、理想に燃えて
いた若き日のことを。そうすれば、今の日本も少しはいい方向に向かうのではないだろうか。
面白いだけではなく、いろいろな問題提起を含んだ作品だった。
東京下町殺人暮色
宮部みゆき
☆☆
刑事の父と二人暮しの13歳の少年八木沢順は、町内である噂を耳にする。
それは、ある家で殺人事件があったというものだった。順がその噂を気にして
いるときに、荒川でバラバラ死体が発見された!犯人は、あの噂の家に住んで
いる人物なのだろうか・・・?
まず最初に思ったのは、今まで読んだ宮部作品に比べるとちょっと幼稚な感じがすると
いうことだった。こんなことを書いて、作者に失礼だが・・・。また、事件設定や
ストーリー展開に少々物足りなさを感じたのは、私だけだろうか?それに、13歳の
少年が関わるには、事件はあまりにも残虐性が強い。このアンバランスさに違和感を
感じる。メリハリがなく、いまひとつ作品にのめり込めないもどかしさも感じた。
順や順の親友慎吾、家政婦のハナなど、魅力的で個性豊かな登場人物がいるのだけれど、
いろいろな不満が残る作品だった。こういう感想は、宮部作品にしてはめずらしいかも
しれない。
極北クレイマー
海堂尊
☆☆☆
財政破綻の危機的状況にある極北市。その中で赤字にあえぐ極北市民病院に、ひとりの
外科医がやってきた。彼の名は今中良夫。さまざまな問題を内外に抱えたこの病院に、
はたして未来はあるのか?
財政破綻した市。赤字に苦しむ市立病院。そして、いろいろ生じる医療関係の問題。
それはまさに現代社会が抱える問題だ。もうどこにも逃げ場がない。抜け出したくても
道が見えない。医療現場の混乱がひしひしと伝わってくる。この悲惨な状況からどう
事態を好転させるのか?今中の行動に注目したが、読んでいて絶望感だけしか感じなかった。
「どこをどうすればいい」という、小手先だけの対策はもはや通用しないのだ。ラストも、
とても後味の悪いものになっている。弱いもの、貧しいものは、切り捨てられる運命なの
だろうか?やりきれない思いだけが残った。
タルト・タタンの夢
近藤史恵
☆☆☆
小さなフレンチレストラン「ビストロ・パ・マル」の常連の西田の様子がいつもと違う・・・。
西田の体調不良の原因は、「タルト・タタン」にあった。「タルト・タタン」に隠された
秘密とは?表題作を含む7編を収録。
この作品に登場するレストラン「ビストロ・パ・マル」は、とても魅力的なレストランだ。
「実際にこんなお店があったなら♪」と思わずにはいられない。出される料理もこだわりが
ありおいしそうだし、そこで働く人たちの個性も豊かで、温かな雰囲気も感じる。そのレスト
ランにやってくるさまざまな客たちの抱えるちょっとした謎を、シェフの三舟があざやかに
解いていく。いろいろな料理が持つそれぞれの特性が謎解きのヒントになっていて、どの
話も楽しみながら読める。中には「ちょっと無理な設定では?」と思う話もあったが、全体的
にはほのぼのとしていて、読後感も悪くなかった。続編もあるようなので、そちらもぜひ読んで
みたいと思う。
あんじゅう
宮部みゆき
☆☆☆☆☆
ある事件がもとで心に深い傷を負い、神田の三島屋という袋物屋を営む叔父夫婦のもとで
暮らすことになったおちか。彼女は、人びとが心の内に抱える「不思議」を聞き出していた。
ある日おちかは、「紫陽花屋敷」と呼ばれる空き屋敷にまつわる不思議な話を聞く。そこには、
意外な「不思議」が隠されていた・・・。表題作「暗獣(あんじゅう)」を含む4話を収録。
三島屋変調百物語シリーズ2。
まずひと言。うまい!本当に宮部さんはうまい!それぞれの話の中に込められた作者の思い。
そのひとつひとつが、読んでいてしっかりと伝わってくる。きちっとしたテーマを持ち、
ストーリーを構成していく。読み手をしっかりと物語の中に引き込んでいくその巧みさには、
ただただ感心するばかりだ。
どの話も甲乙つけ難しという感じだが、特に心に深く響いたのは「暗獣」だった。くろすけが
なぜ生まれたのか?そして、くろすけの宿命とは?人とくろすけとのふれあいがほのぼのとして
いる分、ラストは悲しみが深かった。いつまでも余韻が残る話だった。「逃げ水」は、誰からも
必要とされなくなってしまうということの悲哀を描いている。人でも神でも、存在価値を認めて
もらえないということは本当につらいことだと思う。「藪から千本」は、ひとり娘を愛する気持
ちは同じなのに、心の中に闇を抱えてしまったために起こった悲劇を描いていて、読み応えが
あった。「吼える仏」は、外部との接触を絶った里で起こった出来事を描いている。人の心は、
仏にも鬼にもなる。人の心の醜さが里の運命を変えていくさまに、ぞっとする思いを味わった。
起伏に富んだストーリー展開や、登場人物の細やかな心理描写も、読み手を充分満足させる。
読後も満足♪とても面白い作品だった。
リミット
五十嵐貴久
☆☆
お笑い芸人の奥田は、ラジオの深夜放送の番組でカリスマ的な存在だった。
その番組、「オールナイト・ジャパン」に自殺予告のメールが届く。放送
終了後に、誰かが自殺する!限られた時間の中で、彼らは差出人を見つけ出し、
自殺をとめることができるのか!?
限られた時間の中、ラジオではメールの差出人への呼びかけが続く。「何とか
自殺を思いとどまらせたい。」奥田やディレクターの安岡たちの必死な行動は
実を結ぶのか?こういう状況を読むならば、やはりそれなりの緊迫感がほしかった。
必死な思いが読み手側にきちんと伝わってこない。それに、”カリスマ”と呼ば
れる奥田のトーク内容も、まったく魅力を感じなかった。「これで、何万人もの
リスナーを惹きつける魅力があるのか?」と、かなり疑問に感じた。もう少し話す
内容を考えるべきではなかったのか。同じことの繰り返しばかりの薄っぺらい話は、
うんざりするばかりだ。ラストの展開も都合がよすぎてわざとらしく、読後感も
よくなかった。タイトルを見て期待して読んだのだが、ちょっとがっかりした
作品だった。
そして誰もいなくなる
今邑彩
☆☆☆
学校の開校100年記念を祝う七夕祭りで、演劇部がアガサ・クリスティの
「そして誰もいなくなった」を上演した。だが、毒を飲み死亡する役の生徒が
舞台上で実際に死んでしまった。その後も、この劇の筋書き通りの方法で生徒が
次々と殺されていく。この劇に出演していた江島小雪は顧問の向坂典子とともに
犯人を突き止めようとするが、そこには衝撃的な真実が待っていた・・・。
劇の筋書き通りの手段で次々と生徒たちが殺されていく。犯人は?そしてその動機は?
次に誰が殺されるのか分かっているのに防げない。そのあせりと緊迫感が、読んでいて
こちらにもしっかりと伝わってくる。ストーリーは二転三転し、長いけれど飽きずに
最後まで読むことができた。意外な展開。意外な犯人。よく考えられ、そしてよく
まとめられた作品だと思う。ただ、あまりにも有名で高評価の作品をベースとしてしまって
いるので、どうしてもそちらと比較してしまう。比較すると、やはりこちらの作品が
霞んでしまう。それがこの作品のマイナスポイントになっているのが残念だった。
アリアドネの弾丸
海堂尊
☆☆☆
通称コロンブスエッグと呼ばれる縦型MRIの撮像室で、死体が発見される。
事故死か?不審死か?さまざまな人間の思惑が入り乱れる中、今度は元警察庁
刑事局局長がコロンブスエッグの前で死んでいた・・・。そして、彼を射殺した
容疑が、東城大学医学部付属病院院長の高階にかけられた。おなじみのコンビ
田口と白鳥は、高階の無実を証明できるのか?そして事件の真相とは!?
72時間という限られた時間内に、高階院長の無実を証明しなければならない。
しかし高階は眠ったままで、事情を聞くどころか面会さえ許されない状況だ。
乏しい状況証拠の中から、田口と白鳥は真実を見つけ出すことができるのか?
かなりよく練られたストーリーだ。北川局長の死因も、MRIを熟知した
作者だからこそ描けるのだと思う。司法側と医療側の対立。解剖か画像診断か?
現実にある問題も巧みに織り込まれていて、少々理屈っぽくも感じるが、
なかなか興味深い内容になっている。途中、冗長的な部分があり読んでいて中
だるみしてしまったが、全体的にはよくまとめられた作品だと思う。
ふたりの距離の概算
米澤穂信
☆☆☆
「いったい何があった?」
高校2年生になった折木奉太郎が所属する古典部に、新入生の大日向友子が
仮入部した。だが彼女は、突然入部を断る。原因は千反田にあるらしいのだが、
千反田は人を傷つける性格ではない。マラソン大会が終わるまでに何とかしな
ければならない奉太郎は、走りながら真相に迫ろうとする・・・。古典部シリーズ
第5弾。
マラソン大会当日、奉太郎は走る。そして、走りながらひとつひとつの出来事を
検証する。それぞれのしぐさや態度、何気なくかわされた会話の中から、まるで
ジグソーパズルのように、真相につながるピースを拾い集めてははめ込んでいく。
人は心にやましいことがあると、必要以上に物事を深刻に考えてしまう。そういう
心理状態を作者は巧みに描いている。さて、最後のピースをはめ込み完成させたとき、
「真実」はいったいどんな姿を現すのか・・・?テーマとして、人間関係の難しさも
織り込まれた、まあまあ読み応えのある作品だった。
天空の蜂
東野圭吾
☆☆☆☆
最新の技術を導入して製造された大型ヘリコプターが奪われた!爆薬を
搭載して原子力発電所の真上でホバリングする無人のヘリコプター。犯人の要求を
受け入れるのか?燃料切れというタイムリミットの中で、はたして解決策は
あるのだろうか・・・。
爆薬を搭載させた無人の自動操縦のヘリコプターの真下には原子力発電所がある。
犯人の要求を受け入れるわけにはいかない政府。だが、非情の決断が最悪の事態を
招くこともある。さらに、ヘリコプターの内部には・・・。
限られた空間、限られた時間、そして地上の人間にできることも限られている。
そんな状況で、時間だけがどんどん過ぎていく。冒頭の衝撃的なできごとからラスト
まで、緊迫感が持続していく。いったい最善の解決策などあるのだろうか?読んでいて
絶望的な気持ちになってくる。だが、最後の最後まであきらめない人たちがいる。
わずかな希望に賭ける彼らの行動はすばらしかった。
犯人にとって、ヘリは「天空の蜂」の役割を果たしたと言えるのか?彼がなぜこんな行動を
起こしたのか?彼は何を言いたかったのか?この作品を通して、考えることも多かった。
面白さと重いテーマを持つ、読み応えのある作品だった。
プラチナデータ
東野圭吾
☆☆☆
犯行現場の遺留品から検出されたDNAで犯人が分かる・・・。科学的な
捜査の進歩がめざましい中、システム開発者が殺害された。現場に残された
犯人の毛髪を調べた警察庁特殊解析研究所の神楽は愕然とする。神楽が犯人だと
いう解析結果が出たのだ!捜査の手が伸びる中、神楽は真相をつかむことが
できるのか?
DNAという最先端の科学技術をテーマにしたのは、とても興味深い。神楽の
DNAがなぜ犯行現場の遺留品から検出されたのか?出だしはとても惹きつけられた。
けれど、途中で犯人が何となく分かってしまい、「スズラン」という謎の女性の
正体にも気づいてしまった。途中で気づいてしまうような構成や描写にはちょっと
不満を感じた。また、この作品のタイトルの持つ意味と、神楽自身が抱える問題は
アンバランスではないのか?そもそも、神楽をこういう人物設定にしてしまったことに
対し、疑問を感じる。サラリと軽い感じで読みやすく、全体的にはまあまあ楽しめる
作品に仕上がっているとは思うが・・・。
聖夜の贈り物
百田尚樹
☆☆☆☆
会社を首になりお金もなくなった恵子。彼女は自分の窮状も顧みず、クリスマスイブの日に
初老のホームレスに食べ物とお金を渡した。そのホームレスは、願いを書くと3回まで
願いがかなうという不思議な鉛筆を恵子に手渡す。はたして、本当に願いはかなうのか?
「魔法の万年筆」を含む5編を収録。
どの話もクリスマスイブの日に起こる奇跡を描いている。不思議な鉛筆がもたらす奇跡。
猫が運んできた奇跡。クリスマスケーキが起こす奇跡。タクシーの中で起こる奇跡。そして、
サンタクロースの奇跡。どの話もとてもいい話だ。読んでいて心がほのぼのとしてくる。
また、涙ぐみそうになる心を打つ話もある。「一生懸命生きていれば、必ずステキなできごとに
めぐり会う。だから、決して生きることをあきらめてはいけない。」そんな思いにもさせて
くれる。「聖夜の贈り物」という宝石箱に入った五つのきらめく宝石たち。読む人すべてに、
必ず感動を与えてくれる作品だと思う。
ゆんでめて
畠中恵
☆☆☆☆
「もしあの時、進む方向を変えなければ・・・。」
一瞬の判断がその後の一太郎の運命を変えた。屏風のぞきが行方不明になった
原因は自分にあると思った一太郎は、屏風のぞきを見つけ出すために評判の
事触れに会いに行くとこにした。そこで起こった出来事とは・・・。表題作を
含む5編を収録。しゃばけシリーズ9。
「もしもあの時・・・。」そう思うことは誰にでもある。それが、取り返しのつかない
ことにつながるとしたら・・・。「進むべき道は右か左か?」一太郎にとってこの差は
あまりにも大きかった。大切な友である屏風のぞきの行方がつかめない。悔やんでも悔やみ
きれない。「あの屏風のぞきが!?」読んでいる方も、どうなってしまったのだろうと心配
しながらページをめくっていく。しゃばけシリーズに必ず登場していた屏風のぞきが、この
シリーズで姿を消してしまうのか!?だが、ラストに待っていたのは意外な結末だった。
この作品の巧みな構成はこの結末を導き出すためだったのかと、読み終えてから納得した。
得るものがあれば失うものがある。この当たり前のことが、この作品では強く生きている。
期待を裏切らない、楽しめる作品だった。
星を継ぐもの
ジェイムズ・パトリック・ホーガン
☆☆☆☆
始まりは、月面で発見した宇宙服を身に着けた死体だった・・・。明らかに
人間のはずなのに、どの月面基地にも所属していなかった。それどころか、
彼は現代人ではなかった。何と!5万年前の人間だったのだ!彼はどこから来たのか?
現代に生きる人類との関連は?
SF、いや壮大な宇宙のロマンか。この作品を読んでいると、果てしない宇宙の広がりや、
気の遠くなるような時間の長さを感じる。
月面で発見された5万年前の人間の死体。しかも、彼が生きていた時代には高度な文明が
あった。このことをどう説明できるというのか?あらゆる知識人たちが集まってその謎を
解明しようとする。死体は、チャーリーと名づけられた。ほんのわずかな手がかりから、
チャーリーの生きていた時代を探る作業が続く。そして、謎が解き明かされるときが来る・・・。
何という大胆な発想だろう。読んでいて思わず声を上げたくなるほどだった。地球と月を
舞台にこれほどのものが書けるなんて!謎解きの面白さだけではなく、作者は読み手に
宇宙へのあこがれを抱かせる。
夜、星を見て思うことがある。「この星の中に、生物がいる星はあるのだろうか?」
それは、いてほしいという私の切なる願いでもある。宇宙は謎だらけだ。この作品の
ようなことが実際に起こるかもしれない。そう考えるとワクワクしてくる。
ミステリー、ファンタジー、そしてロマン。あらゆる感覚を味わうことのできる作品だと
思う。ラストも、強い余韻が残る。ぜひ一度読んでみては♪
夕映え
宇江佐真理
☆☆☆
元武士だった岡っ引きの弘蔵とおあき夫婦が営む縄暖簾の店「福助」は、いつも
繁盛していた。このささやかな幸せがいつまでも続くかに見えたが、幕末から明治に
かけての時代の波が、ふたりを飲み込んでいく。そしてついには、息子良助が彰義隊に
志願してしまった。先の見えない中で、弘蔵とおあきは必死に生きていこうとするが・・・。
庶民の暮らしを軸に、庶民の目線で幕末から明治にかけての時代の流れをていねいに
描いている。官軍と幕府軍。命を懸けて戦う彼らの運命も過酷だが、いつの時代も翻弄
されるのは平凡に生きている人たちだ。毎日のささやかな暮らしさえも、激動の時代の中
では守りきれない。弘蔵とおあきも自分たちの生活を必死に守ろうとするが、時代のうねりは容赦なく彼らの
人生を変えていく。彼らの人生ばかりではない。息子良助の運命をも変えてしまった。
奉公先を飛び出し彰義隊に志願した良助だが、待っていたのは残酷な運命だった・・・。
多くの犠牲を払わなければ、時代の流れを変えることはできないのか?やりきれない思いだ。
かなりの長編で途中飽き気味のところもあったが、まあまあ面白い作品だった。
ペンギンと暮らす
小川糸
☆☆☆☆
「ペンギンと暮らしてみたいけれど、東京でペンギンを飼うのは無理。
だったら同居人の夫をペンギンと思うことにしよう。」
作者と作者の夫の生活を軸に、日常生活をほのぼのと描いた作品。
いろいろな人とのふれあい、そして登場するたくさんのおいしそうな料理。作者
小川糸さんの日常生活は読んでいて心が温まる。また、ひとつひとつの料理に対する
愛情がひしひしと感じられる。「食べる」ということは「生きる」ということで、
それはとても大切なことだ。おいしい料理は、人を幸せな気分にしてくれる。
誰かのために料理を作る。それもまた幸せなことだと思う。
この作品の中には、武州養蜂園の南高梅、岩手県一関市のかけす農場の干りんご、
ベルギー産のチェリーピローなど、「私もぜひ手に入れたい!」と思うようなさまざまな
魅力的な物も登場する。
ほのぼのとしていて、読んでいてとても楽しい。こんなふうに生活できたらいいなぁと、
あこがれてしまう。とてもステキな作品だった。
Dカラーバケーション
加藤実秋
☆☆☆☆
珍しく憂夜が1週間の休暇をとっているとき、ひとりの女性が憂夜を尋ねてきた。
25年前に起きた宝石窃盗事件についての相談をするためだった。カンナと名乗る女性は、
憂夜の過去を知っている?盗まれたダイヤをめぐり、「club indigo」のホストや
なぎさママの活躍(?)が始まる。表題作「Dカラーバケーション」を含む4編を収録。
インディゴの夜シリーズ4。
表題作のほかに、都市伝説(?)エコ女の顛末を描いた「7days活劇」、謎の青年
カリームと晶やホストたちとの出会いと別れを描いた「サクラサンライズ」、渋谷警察署の
豆柴こと柴田克一にかけられた嫌疑を晴らすべく活躍するindigoのホストたちを
描いた「一剋」が収められている。「一剋」では、犬猿の仲の晶と豆柴のやり取りが面白い。
豆柴の過去も垣間見える。「Dカラーバケーション」は、憂夜不在の状況での事件解決という、
今までには無いパターンで面白かった。「Dカラー」と「バケーション」・・・。組み合わせて
タイトルにしたのは傑作!絶妙だ。それにしても、憂夜はいったいどんな過去を抱えているのか?
いつかこのシリーズの中で明かされるのか?気になるところだ。読後も爽快さが残る、楽しめる
作品だった。
ホワイトクロウ
加藤実秋
☆☆☆
「club indigo」が改装されることになった。内装のデザインを手がけるのは、
超売れっ子のインテリアデザイナー笠倉壮介だ。工事は順調に進むかに思えた。だが、
笠倉のアシスタントの白戸仁美が突然行方不明になる。彼女の失踪の原因はいったい
何か?indigoのホストたちの活躍が始まる。表題作「ホワイトクロウ」を含む5編を
収録。インディゴの夜シリーズ3。
表題作のほかに、「club indigo」の仮店舗を描いた「プロローグ」、ジョン太の
恋を軸として描かれた「神山グラフィティ」、アレックスの所属するジムの会長の危機を描いた
「ラスカル3」、そして今回一番印象に残った「シン・アイス」が収められている。
人それぞれ、触れてほしくない部分を持っている。「他人に対し、いったいどれだけ踏み込んで
行けるのか?」そんな思いを抱きながら、「シン・アイス」の中の犬マンの姿を眺めた。
さて、新しくなった「club indigo」やホストたちの今後は?憂夜の過去は?
まだまだこのシリーズから目が離せない。
チョコレートビースト
加藤実秋
☆☆☆
なぎさママの店に強盗が!!首尾よく撃退したのはいいけれど、ペット
ショップで43万円で買った犬のまりんの入ったバッグが行方不明に・・・。
わずかな手がかりをもとに、晶やindigoのホストたちが行動を開始する。
はたして無事に強盗団からまりんを取り戻せるのか?表題作「チョコレートビースト」を
含む4編を収録。インディゴの夜シリーズ2。
どの話も面白かったが、表題作の話が一番よかった。晶が、まりんが入ったヴィトンの
バッグを強盗に投げつけたことから騒動が始まる。まりんを無事救出しなければ、
なぎさママに何をされるか分からない。危機的(?)状況の中、晶たちはわずかな
手がかりを元に強盗たちを追いつめていく。アレックスは、犠牲にならなければ
ならないのか?ユーモラスな面もあり、楽しめた。
前作同様、軽快なタッチで描かれていてとても読みやすかった。indigoの
面々の、これからのさらなる活躍を期待したい。
三匹のおっさん
有川浩
☆☆☆
「60代がなんだ!まだまだ若いものには負けん!」
剣道の達人キヨ、柔道家で居酒屋の元亭主シゲ、機械にかけては天才的な
ノリ。かつての悪ガキ3人組が、町内の悪に敢然と立ち向かう!6つの話を
収録。
起きる事件は大きな事件ではないけれど、そこに住む人たちにとっては大問題な
ことばかり。そんな事件を解決すべく立ち上がった3人組、キヨ、シゲ、ノリ。
それぞれの特技や人生経験を活かし、さらに絶妙な団結力で事件を解決へと導く。
かっこよさや派手さはないけれど、彼らの活躍は爽快だ。どこにでも起こりうる
身近なできごとを題材にしているだけに、読んでいて身につまされる。私の住んでいる
所にも、こういう3人組がいたらいいなぁと思ってしまう。
彼らの活躍も楽しいが、彼らと彼らの家族との係わり合いもよく描かれていて楽しく
読んだ。人はみな年をとる。でも、この3人組のように、人の役に立ちながらこんな
ふうに生きられたなら、老後も楽しいかもしれない。明るく、読後もさわやかさが残る
作品だった。
棘の街
堂場瞬一
☆☆☆
北嶺という街で起きた誘拐事件。上條らの失敗により、被害者は殺害された。
上條は北嶺に戻り、おのれ自身のプライドをかけ再捜査を開始する。ある日
上條は暴行を受けていた少年を救出するが、その少年は記憶を失っていた・・・。
誘拐事件の犯人は?また、記憶喪失の少年との関わりは?
誘拐事件の捜査の失敗が一人の少年を死に追いやった。「自分の手で犯人を!」
その執念が上條を動かす。
設定に目新しさは感じられなかった。ただ、どう展開するのかには、多少
興味が湧く。上條の性格は破天荒なところもあり、ちょっと受け入れづらい面が
あったが、記憶喪失の少年との関わりはなかなかよかった。驚きもしたし、今後の
上條の行く末に余韻を残すものになった。まあまあ面白いと感じたが、ページ数が多く、
読んでいて途中でしんどいと感じた時もあった。すっきりスリムにし、展開をスピーディーに
した方がより面白く魅力的な作品になると思う。
回廊亭殺人事件
東野圭吾
☆☆☆
莫大な財産を残して一ヶ原高顕が死んだ。妻子がいない彼の財産は、
きょうだいたちに分配されることになった。「回廊亭」に集まった
一族。そして、そこに菊代という老婆が招待される。菊代の本当の目的は、
半年前回廊亭で起きた心中事件の真相を知ることだった。だが、その回廊亭で
新たな殺人事件が!
一ヶ原高顕の残した巨額な財産。それに群がる一族の者たち。醜い争いが
繰り広げられるのはよくあるパターンだ。だが、作者はそのありふれたパターンを
独自の発想で斬新なものに仕上げている。菊代は正体がばれないのか?、殺人事件の
犯人は?そして心中事件に隠された真相とは?読み手はどんどん作品に引き込まれていく。
面白いとは思う。けれど、どこか不自然なところもあり、疑問も残る。「はたして、
こんなにうまくいくものだろうか?」と。そして、ラスト!このトリックは
是か非か?いつも思うのだが、読み手をこんなふうにだますのは、フェアではないと思う。
結末も安易な感じで、後味があまりよくなかった。
モンスター
百田尚樹
☆☆
かつてモンスターと呼ばれた女性は、究極の美を手に入れて昔住んでいた
街に戻ってきた。レストラン経営をしながら、彼女が待ち望んでいたもの
とは?
顔の醜さを笑われ、そしていじめられ虐げられてきた女性が完璧な美を手に入れ、
かつて自分を馬鹿にした者たちへの復讐を遂げる。どこにでもあるような題材を
作者がどう料理するのか?かなり期待して読んだが、内容はいまいちだった。美しく
生まれ変わるまでの過程はまあいいとして、それ以降の彼女の行動が理解できない。
せっかく究極の美を手に入れたのに、復讐の内容がお粗末だ。作者が手を抜いたわけ
ではないと思うが・・・。ラストも興ざめ。安易な2時間もののテレビドラマを見せ
られたようで、がっかりした。作者には、もっとずっしりとしていて、深みもある、読み
応えのある作品を期待したい。
ないしょ ないしょ
池波正太郎
☆☆☆
「私を手ごめにした神谷弥十郎のことなどどうでもいい。」
そう思っていたお福だったが、旧主神谷弥十郎を殺した男を見つけたときには
怒りで体が震えた。女だてらに手裏剣を習い、そして秋山小兵衛の助太刀を得て、
お福は旧主の仇を討つ!!剣客商売シリーズ番外編。
ずっと読み続けてきた剣客商売シリーズも、これで最後となった。
この作品では、お福の波乱に満ちた生涯を描いている。神谷弥十郎に陵辱され
失意のどん底にいたお福だったが、神谷の無念の死が彼女の運命を大きく変える。
新発田から江戸へ出てきたお福は、偶然神谷を殺した松永市九郎を見つける。
彼女は、手裏剣の腕を磨き、松永を討とうとする。そんなお福の仇討ちを手助けしたのは、
若き日の秋山小兵衛だった。そのほかにも、おなじみの人物があちこちに顔を出す。
剣客商売シリーズに登場する人物の別の面を垣間見るのは、読んでいてとても楽しい。
人びとの何気ない日常の暮らし、勧善懲悪の爽快さ、そして人生のはかなさや切なさなど、
さまざまなものもこの作品にはちりばめられている。読み応えのある1冊だった。
我、言挙げす
宇江佐真理
☆☆☆☆
「八丁堀純情派」を名乗った不破龍之進、緑川鉈五郎、春日多聞、西尾佐内、古川喜六、
橋口譲之進。彼らは成長し、後輩もできた。そしてついに、古川喜六が結婚することになった。
嫁になる芳江の父帯刀清右衛門は、かつて上司の不正を暴こうとして失敗し、閑職に追いやられた。
「自分ならどうすべきか?」龍之進の心は揺れる・・・。表題作「我、言挙げす」を含む6編を
収録。髪結い伊三次捕物余話シリーズ8。
今回の作品も読み応えがあった。「粉雪」では凶悪な事件を扱っているが、伊三次と伊与太の
ほほえましい親子関係に救われる思いがする。「委細かまわず」では、直面した問題に
正義感の強い龍之進の苦悩する様が描かれている。小早川も、考えれば哀れだ。「明烏」では、
お文の不思議な体験を描いている。「もしあの時、違う道を選択していたのなら・・・。」お文の
心の動きが、興味深い。「黒い振袖」では、お家騒動に巻きこまれた姫君と龍之進との淡い
ふれあいが印象的だ。「雨後の月」では、弥八とおみつ夫婦の関係をしっとりと描いている。
人間、生きていればいろいろあるものだ・・・。表題作「我、言挙げす」もよかった。おのれの
信念を貫くことは大切だが、それだけではどうすることもできない問題も多々ある。
この作品のラストでは、伊三次一家にまたまた試練が降りかかる。「八丁堀純情派」、
そして「本所無頼派」は、この先どうなっていくのか?ますます楽しみなシリーズだ。
風の中のマリア
百田尚樹
☆☆☆☆
オオスズメバチのマリアは狩りがうまく、皆から「疾風のマリア」と呼ばれて
いた。30日間という寿命の中、彼女は女王アストリッドのために激しく命を
燃やし続ける・・・。オオスズメバチの生態を独特の視線で描いた、異色の
作品。
今までに、動物の生態を描いた作品はけっこう読んでいる。だが、擬人化し、
壮大なドラマにした作品を読んだのは初めてかもしれない。オオスズメバチの
世界は、メスだけの世界だ。そのメスたちが、同種族との壮絶な闘いや、命を
かけての狩りに挑む。未帰巣は「死」を意味する過酷な世界だが、読んでいて
ワクワクする。また、巣の中での子育ての様子も読み応えがあった。。外の世界の
喧騒とは対照的に、静かな命の営みが続く。克明に描かれている生態は実に興味深く、
物語の世界へとぐいぐい引き込まれていく。獲物を狩り、せっせと肉団子を作り、
幼虫を育てていく行為の裏側には、こんな面白さがあったのか!そして、生き抜くと
いうことはこれほど厳しいものなのか!読んでいて圧倒される。
大人だけではなく、子供にも読んでほしい作品だと思う。
ニサッタ、ニサッタ
乃南アサ
☆☆
「次また会社を探せばいいさ。」
そういう軽い気持ちで最初の会社を辞めたが、次の会社は倒産、
その次の派遣会社ではしくじった。ホームレス寸前まで追いつめられた
耕平だが、明日を信じて歩き続る。そしてつかんだものは?
読み手の年齢によって主人公耕平への感情も異なると思うが、正直言って
私はあまり共感できなかった。ひと言!「考えが甘すぎる!」世の中、そんなに
自分の都合のいいようになる訳がない。いやなことがあるたびに周りや誰かの
せいにして逃げ出すなんて、あきれるばかりだ。救いは、耕平が徐々に大人に
なっていくことだが。
ストーリーには関係ないが、この作品でどうしても気になることがあった。
それは、この作品の中で使われている北海道弁だ。今どきこんな使い方はしない
だろうと思う箇所が何箇所もあった。使い方が間違っているところも・・・。
それに、「アイヌ」と「和人」という言葉が出てくるが、「和人」なんて言わないし
使わない。時代錯誤も甚だしい。中途半端な知識だけで描くのではなく、もう少し北海道の
ことを理解して描いてほしかった。ちょっとひど過ぎる。