*2013年*

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  とっぴんぱらりの風太郎  万城目学  ☆☆☆☆
首尾よく事が運んだと思ったのもつかの間、風太郎は伊賀を追い出されることに なってしまった。悶々とした日々を過ごす風太郎の前に、不思議な人物が現れた。 その人物とひょうたんの関わりとは?そして、風太郎は気づかぬままに、いつしか 時代の大きなうねりに飲み込まれようとしていた・・・。

黒弓と一緒に仕事をしたのが不運だった。そのせいで風太郎は伊賀を追われ、京都に やって来た。だが風太郎は、おのれの意思で行動しているようでも実は巧妙に 行動をコントロールされていた。人の命の重さなんて考えたこともない連中に、 まるで道具のように扱われる。生きるか死ぬか、ギリギリのところで風太郎は 踏みとどまっている。その姿は、哀しくて切ない。そして、秀吉の妻ねねの頼みで知り 合った”ひさごさま”の運命も切ない。それが”さだめ”だとすべてを受け入れようと する姿は、胸を打つ。
後半の大阪城最後の戦いの描写は圧巻だった。戦って人が死ぬとはこういうことなのか・・・。 大切な人、かけがえのない人が、次々と喪われていく。読んでいてつらい。けれど、 それは過去に起こった残酷な現実なのだ。徳川泰平の世のために、いったいどれだけの命が 消えたことか。
ラストも、とても印象に残った。風太郎に思いを寄せる芥下(げげ)はこの先どうなるのか? 思い描いていたラスト(こうなればいいという希望のラストでもあったが)とは、かなり かけ離れていた。作者に現実の厳しさを突きつけられた。
700ページ以上の大作だが、まったくその長さを感じなかった。それほどこの作品にのめり込み、 夢中で読んだ。発想、作品の構成力、個性的で魅力的な登場人物、戦いのシーンのリアルな 描写、そして結末の見事さ、どれをとっても素晴らしい。とても面白い作品だった。


  さよならドビュッシー  中山七里  ☆☆☆
ピアニストを目指し毎日練習に励んでいた遥は、祖父と従妹とともに 火事に遭う。大やけどを負いながらひとりだけ生き残った遥だったが、 次々に不幸が襲う。後遺症に苦しみながらコンクール優勝を目指す彼女の 夢はかなうのか・・・。

火事の後遺症に、心も体も傷つけられた。けれど、岬という心強いピアノの 師を得て、コンクール優勝を目指し遥は練習に励む。だが、遥のまわりには次々と 不可解な出来事が起こる。そして衝撃の殺人事件!なぜ遥にこんなにも不幸が襲いかかる のか?その真相を知ったときは「そうだったのか!」とは思ったが、意外性は感じられ なかった。ある程度予測がつくことだった。また、真相を知ってストーリーを振り返った とき、あることに対し、本当に最初はだれも気づかなかったのかと疑問を感じた。名前は 伏せるが、ある人物の動機もちょっと弱いのでは?それでも、音楽の描写は圧巻だった。 演奏が本の行間から聴こえてきそうな気がした。
ストーリーに不自然さを感じるところはあったが、まあまあ楽しめる作品だと思う。


  ルームメイト  今邑彩  ☆☆☆
大学に通うため東京に出てきた春海は、やはり大学に通うために京都から 東京に出てきた麗子から、ルームメイトにならないかと声をかけられる。 共同生活はとても快適だった。だが、ある日突然麗子が失踪する。 麗子には、驚くべき秘密が隠されていた・・・。

麗子の二重三重の生活。そして驚くべき隠された秘密。殺人事件の真相は 何となく読んでいて見えてきたが、麗子の本当の姿には驚かされた。 それと同時に、この設定は少々無理があるのではないかとも思った。 いくらなんでも、そこまで人はだまされるものなのか?それと、春海の 人物設定も読んでいて不自然さを感じる。ストーリー展開もどこかぎこちない。
モノローグ4に関しては、多くの人が述べているように蛇足だと思う。いったい 作者は何を読者に訴えたいのか?ミステリーとして純粋に楽しむこともできず、 読後感も全然よくなかった。中途半端な印象の作品だった。


  倒立する塔の殺人  皆川博子  ☆☆☆☆
戦時中のミッションスクールで流行していた小説の回し書き。 「倒立する塔の殺人」とタイトルが記された本は、三人の少女たちに よって物語が書かれていた。その物語を書いたひとり上月葎子は、 空襲のときに不可解な死を遂げる・・・。「彼女の死の謎は、この本の 中に!?」意外な真実が浮かびあがろうとしていた。

戦時中の緊迫した状況の中、しかもミッションスクールという独特の雰囲気の中で 事件は起こった。上月律子の死は、ごく一部の少女たちが疑問を抱くだけで、単なる 不幸な出来事として処理された。「何かが隠されているはずだ!」現実の出来事と 「倒立する塔の殺人」の物語の内容が微妙に絡み合い、少女たちは少しずつ少し ずつ死の真相に近づいていく。その描写は巧みで、読み手である私は作者に翻弄される ばかりだ。一筋縄ではいかない真実。二重三重に張り巡らされた”仕掛け”には思わず 感嘆の声を上げた。
登場人物やその人物たちを取り巻く環境設定も、実に緻密に描かれている。読んでいると ひとつひとつの場面が鮮やかに浮かび上がってきて、自分も登場人物のひとりとして そこにいるような錯覚に陥った。話の構成も見事で、最後まで読み手を惹きつけて離さない。 ラストはほろ苦さも感じたが、きれいにまとめられていると思う。読みごたえのある 面白い作品だった。


  ひたすら面白い小説が読みたくて  児玉清  ☆☆☆
本好きで有名だった俳優の児玉清さん。彼が42冊の本を熱く熱く語る、 珠玉の文庫解説コレクション。

どの解説もまず、最初の一文で惹きつけられる。「面白そう!」強くそう 思わせる力が、児玉さんの文章にはある。どの作品の解説を読んでも、彼が じっくりと読み込み、最大限その作品の魅力を引き出そうと一生懸命なのが 伝わってくる。本当に本が好きだったのだと、あらためて感じた。こんなに やけどしそうなくらい熱い情熱を持って本を語る人は、他にはいないのでは?
解説を読んでいるうちにたまらなくその作品を読みたくなってくる。実際に 児玉さんの解説の影響を受けて読んだ本もある。この本の中に紹介されている 42冊のうち現在読了した本は4分の1にも満たないが、全作品を読破したい 衝動に駆られる。
まだまだ児玉さんに熱く本を語ってほしかった。もう彼の名解説を読むことが できないのが、とても残念で、そしてとても寂しい。


  疾風ロンド  東野圭吾  ☆☆☆☆
恐ろしい生物兵器が盗みだされ、スキー場近くの雪山に埋められた。 春になり雪が解けて気温が上昇すれば散乱し、多くの犠牲者が出る! だが、3億円払えと要求してきた犯人は事故死してしまった! 栗林は上司から事態収拾を命じられる。息子とともにスキー場に向かった 栗林に、数々の困難が立ちはだかる。はたして彼は、無事に解決できるのか!?

息子の力を借りスキー場にやってきた栗林だが、スキーのできない彼の行動は 滑稽というしかない。「生物兵器が空中に拡散すれば多くの犠牲者が出るという 緊迫した状況なのに、この緊張感の無さは何だ!」と、読んでいて思わず突っ込みを 入れたくなる。ミステリーというよりはほとんど喜劇に近いのでは?
さまざまな人間のさまざまな思惑が入り乱れ、事態は二転三転し思わぬ方向に 動いていく。「いったいラストはどうなるのか?」ハチャメチャな展開だが、 最後まで目が離せなかった。そして、窮地に陥ったかに見えた栗林だが・・・。 最後は笑えた。思わず「ウフフ♪」と声が出てしまった。
軽快でテンポよく、すらすら読める。読後も心地よい余韻が残った。面白い作品だと 思う。


  一葉のめがね  高山美香  ☆☆☆☆
「(゜ロ゜;)エェッ!? あの人にはこんなエピソードが!」
札幌在住のイラストレーター高山美香さんが、ミニチュア粘土人形とイラスト エッセイで世界の偉人達に鋭く迫る。

この本を読んだ人ならだれでもニヤリとしてしまうだろう。偉人のミニチュア粘土 人形のできばえの素晴らしさ!そして、それに負けず劣らずの意外なエピソード。 読み始めたら止まらない。あっという間に読み終えてしまった。
タイトルの「一葉のめがね」。実は、樋口一葉は隣に座っている人の顔も分からない ほど強度の近視だったそうだ。けれど、人前で眼鏡をかけることを極度に嫌い、裸眼で 通していたとのこと。また、漱石は肩凝りで、その肩凝りという言葉は漱石が作った 造語だった!知らなかった・・・。そのほかにも、数々の偉人のエピソードが詰まっている。 文章を読んでも楽しいし、イラストや粘土人形を眺めるだけでも楽しい。できるなら この本を多くの人に読んでもらいたいと思う。高山美香さんの魅力をぜひ知ってほしい。


  華氏451度  レイ・ブラッドベリ  ☆☆☆
モンターグは、世界で禁じられている「本」を見つけ出し焼き払う 焚書官だった。何も考えることなく黙々と仕事をこなしていたが、あるとき 本を手にしてから人生観が大きく変わり始めた。「何が正しいことなのか?」 モンターグの行きつく先は・・・。

本を所持したり読んだりすることは重大な犯罪だ。人々は、ラジオやテレビから 一方的に送られる情報のみを受け入れ、そのことに何の疑問も抱かずに生活 していた。深く考えることもせず、知識の蓄積もない生活。本のない世界なんて まったく考えられないし、想像もできない。一方的な情報で自分たちの行動や考え方を 決められてしまう世界。一部の権力者たちが情報を操作し、そして人を操作する。 恐ろしい話だ。架空の話だとは分かっていても、どこか現実の世界につながる部分を 感じて、読んでいてぞっとした。
自分で考え自分の意思で行動することに”目覚めた”モンターグたちの行く先には、 いったいどんな未来があるというのか?楽観的になれないラストはつらいものがあった。


  短編工場  集英社文庫編集部編アンソロジー  ☆☆☆☆
どの話も宝石のごとく輝く!2000年代に「小説 すばる」に掲載された短編作品の 中から、集英社文庫編集部が選びに選び抜いた12編!すごい作家のすごい作品が ぎっしり詰まった贅沢な短編集。

この本を本屋さんで手に取り、収録されている短編の作者12名の名前を見たときに 思わず、「これを買わないなんて嘘でしょ!」と思ってしまった。桜木紫乃、道尾秀介、 奥田英朗、桜庭一樹、伊坂幸太郎、宮部みゆき、石田衣良、乙一、浅田次郎、荻原浩、 熊谷達也、村山由佳。このそうそうたる顔ぶれ!ワクワクしながらページをめくった。 短編集にありがちな内容のばらつきがなく、どの作品も甲乙つけ難し!作者の個性が 光るものばかりだ。宮部さんの「チヨ子」は一度読んでいるが、何度読んでも楽しめる♪ 村山さんの「約束」も以前読んだにもかかわらず、また涙ぐんでしまった。荻原さんの 「しんちゃんの自転車」は、切なくそしてほろ苦い。乙一さんの「陽だまりの詩(シ)」も、 SF的な不思議な雰囲気の話だった。久々にステキな短編集と出会った。読後も深い満足感を 味わった。読みごたえのあるとても面白い作品だと思う。


  最後の証人  柚月裕子  ☆☆☆
状況証拠、物的証拠はすべて揃っている。被告人の有罪は明らかだった。 だが、被告人は無罪を訴える。弁護士の佐方は、この事件の裏側に隠された 真実に迫っていく・・・。

実に巧妙に作り上げられた殺人事件。その裏側にはいったい何があるのか? 佐方の鋭い考察力がその真相に迫るが、そこには高瀬夫妻の深い悲しみがあった。 裁かれるべきはずなのに裁かれない。力やお金で真実を捻じ曲げられる。正義の 味方であるはずの警察も汚れている。彼らの悲しみや怒りを癒してくれるものは 何もない。高瀬夫妻に残された道は、おのずと限られてくる。たとえそれが非難 されるものだとしても・・・。このふたりが哀れでならない。
ラストは驚いた。それと同時に、高瀬夫妻の強い信念を感じずにはいられなかった。 かけがえのないものを失った悲しみが痛いほど伝わってくる。ストーリー展開に ぎこちなさを感じる部分もあったが、全体的には読みごたえのある面白い作品だと思う。


  陽だまりの彼女  越谷オサム  ☆☆☆
仕事先で10年ぶりに出会った彼女は、輝いていた!
浩介は、かつての同級生だった真緒と10年ぶりに再会する。 彼女の変身ぶりに驚いた浩介だったが、いつしか真緒に惹かれ始める。 だが、彼女にはある秘密があった。それは・・・。

チビでいじめられっ子で、注意力散漫だった真緒。その真緒がすてきな 女性になって浩介の前に現れた。しかも!仕事をバリバリこなしている。 いつしか浩介は、真緒を愛していることに気づく。そして、真緒も・・・。 「ふたりの先には幸せな未来が広がっている。」そういう浩介の気持とは 裏腹に、真緒はしだいに元気をなくしていく。不安が、浩介を包み込む。 真緒は重大な秘密を抱えていたのだ・・・。
「あなたが好き」真緒が浩介を思う気持ちはだれにも負けなかった。 心の奥深くで激しく燃えるその思い。心と心が触れ合い、相手のことを強く 思うとき、想像もできないことが起こる。真緒は浩介を愛した。そして浩介も 真緒を愛した。これは、甘い甘いラブストーリーだ。けれど、本の裏表紙に 書かれていたように、「前代未聞のハッピーエンド」なのだろうか? 私は、浩介の未来が不安でたまらない。こんな状況でいいのかと問いかけたくなる。 そもそもこの結婚生活って・・・。真相を知ってしまったら、とても不自然に 思えてきた。結局、作者はこの作品で何を訴えたかったのだろう??? 読み終えた後も、すっきりとしない。うーん。これでいいのか!?


  軍神の血脈  高田崇史  ☆☆☆
特攻隊の生き残りで今は歴史研究家の修吉は、南朝の大忠臣・楠正成に対し 疑問を抱いていた。だが、その疑問が氷解したとき、修吉は何者かに毒を 射たれ生命の危機に!毒の正体を突き止めなければ、修吉の命が終わる。 孫娘の瑠璃は、高校時代の同級生だった京一郎とともに正成に隠された 謎を追うことにしたのだが・・・。

700年近く前に壮絶な最期を遂げた楠正成。その彼の秘密が明かされようと したときに事件は起こった。人を殺してまでも守らなければならないもの。 それはいったいどんな真実なのか?修吉の命のタイムリミットが迫る中で、瑠璃と 京一郎は真実を求め奔走する。数々の資料や文献の中から浮かび上がる楠正成という 男の真の姿。だが、魔の手は瑠璃にも及ぶ・・・。
数々の言い伝えはあるが、そのどれもが正成という男を正確に伝えてはいないだろう。 現代に生きる私たちは、さまざまな資料を突き合わせ考察し、推理するしかない。 だが、700年前に生きた男がいったいどんな形で現代に影響を及ぼしているのか? それはとても興味深いことだった。徐々にではあるが、一般的に知られているのとは違う 正成像が浮かび上がってくる。そして修吉の事件とつながっていくのだが、新たな真実との 結びつき方はいまいち説得力に欠ける感じがした。少々強引なのではないかと思う。 こんな理由ではたして、人の命を奪おうとするだろうか?どうも納得できない。 本の帯に書かれた「日本版ダヴィンチ・コードだ。」という言葉にも非常に心を惹かれたが、 「ダヴィンチ・コード」とはレベルが違うような気がする。ミステリーとしてではなく、 ただ単に「異説 楠正成」として読むほうがいいかもしれない。


  私と踊って  恩田陸  ☆☆☆
ダンス会場で誰からも声をかけられることなく、忘れられた存在のようだった 私に、声をかけてきた少女がいた。
「私と踊って。」
「ダンスは男の人と女の人がするものでしょ?」
そういう私の前で、少女はひとりで軽やかに踊った。それがふたりの出会いだった・・・。
表題作「私と踊って」を含む19編を収録。

どの話も、恩田陸の独特の世界観の中で描かれている。わたしの一番のお気に入りは ミステリアスな「心変わり」だ。少しずつ少しずつ見えてくる真実。その緊迫した状況に、 読んでいて胸がどきどきしてきた。表題作「私と踊って」もいい。ふたりの少女が出会い、 やがてそれぞれの道を歩き始め別れが来るまでの描写は、強烈な印象を私に残した。 「東京の日記」は最後に書かれた横書きの話だ。内容よりもその発想の面白さに惹かれた。 「忠告」も異色でよかった。こんな犬が実際にいたら面白いと思う反面、怖いとも思う。 また、一番驚いたのは「交信」だった。これは20番目の話になるのだが、それは・・・ 読んでからのお楽しみ♪とにかくユニークだった。
これだけさまざまな色の話を描ける 恩田陸は、やはりすごい!中には理解し難いものもあったが、恩田ワールドにどっぷりと 浸れる作品だと思う。


  政と源  三浦しをん  ☆☆☆
つまみ簪職人の源二郎には、元ヤンキーの弟子徹平がいた。その徹平が、 昔の不良仲間にひどく殴られた。
「後継者を殴られるのは、職人の恥だ!」
源二郎は、幼なじみの国政とともに不良たちを懲らしめようとするが・・・。 源と政、幼なじみのふたりが繰り広げる心温まる物語。

ずっと同じ町内に住んでいる幼なじみだが、性格は正反対のふたり。考え方や 生き方も全く違う。普通ならつき合うことのないふたりだが、70歳を過ぎた 今でも、親友としてつき合っている。どちらかが困ったときには、何をおいても 駆けつける。お互いがお互いを思いやる心は、もしかしたら家族以上かもしれない。 源二郎の弟子徹平の一大事のときも、ふたりで見事に不良たちを撃退した。 妻に出て行かれた国政、妻に死なれた源二郎。毎日の暮らしの中で寂しさを感じる こともあるだろうし、老いが身にしみることもあるだろう。でも、こんなに頼もしい 友だちが近くにいたら、どんなにいいだろう。ふたりがうらやましい。
人間、生きていればいろいろなことがある。楽しいことよりつらいことや悲しいことの 方が多いときもある。けれど、国政と源二郎のように、相手を思いやって生きることが できるなら、こんなに素敵なことはない。
ユーモラスな内容だが、人生や老いの悲哀さを感じる部分もありホロリとさせられた。 一方では、ほのぼのとしたぬくもりも感じさせてくれた。味わいのある作品だと思う。


  駅物語  朱野帰子  ☆☆☆
毎日100万人が利用する東京駅。希望通り東京駅の駅員になった若菜直(わかな なお)には、 人には言えないある願いがあった。弟の夢、そして5人の恩人たち。はたして、直の願いは かなうのだろうか?

晴れて東京駅の駅員になった直だが、浮かれている暇はない。覚えることもやるべきことも 山のようにある。先輩から厳しい声が飛ぶこともあった。そんな超多忙な中、直は5人の 恩人たちを捜し始める。毎日100万人もの人が利用する駅で、5人の恩人を探し出すのは 不可能に近いと思う。その部分は現実離れしているとは思ったが、東京駅で働く人たちの 描写にはとても興味深いものがあった。利用者が駅員に尋ねる内容も千差万別だ。そのひとつ ひとつに丁寧に答えなければならない駅員の人たちは本当に大変だと思う。また、人身事故の 描写もあったが、その部分は生々しく、思わず目をそむけたくなった。トラウマになって しまう駅員がいるというのも理解できる。
さまざまな困難を乗り越えながら、駅員として成長していく直の姿には好感が持てた。 弟の身に起こったつらく悲しいできごとも、直ならきっと乗り越えて行けると思う。
話の設定や人物描写に疑問を感じるところもあったが、駅員の人たちの並々ならぬ苦労や 東京駅の裏側を知ることができて、とてもよかった。鉄道が好きな人もそうでない人も、 楽しめる作品だと思う。


  ああ満鉄  宇佐美喬爾  ☆☆☆
1945年8月15日、終戦。そして、日本は敗戦国になった・・・。
満鉄参与、満州車輛社長、奉天日本人居留会会長として、戦後の混乱期を 乗り越えたひとりの日本人の、命がけの行動の記録。

終戦直後、この作品の著者宇佐美喬爾氏は、満鉄参与、満州車輛社長、奉天日本人 居留会会長として、ソ連軍や中国軍との折衝にあたった、また、日本人を略奪、 暴行、虐殺から守るためにも尽力された。終戦直後の満州の混乱、そして悲惨さは 想像を絶する。そんな中、自分自身の危険も顧みず宇佐美氏は行動する。満州における 日本人を取り巻く状況は本当にひどい。読んでいて本から顔をそむけたくなるほどだった。 ソ連軍、中国軍と堂々と渡り合う宇佐美氏の姿は本当に素晴らしい。あの時代に、 こんなりっぱな日本人がいたのだ!だが、彼も抑留され、死と隣り合わせの生活を強い られる。そこから抜け出し無事日本に戻ることなど奇跡に近いとしか思えない状態だった のに、よく生還できたと思う。
宇佐美氏は満州から引き上げ後すぐに自分の体験を発表しようとしたが、GHQから 制約を受ける。「すべてを発表することができなければ意味がない」そう考えて じつに37年間もそのままにしておいたそうだ。そして、1983(昭和58)年、 彼が90歳のときについに出版された。それがこの本だ。戦争の悲惨を克明に 記録した貴重な作品だと思う。絶版になってしまって本当に残念だが、多くの人に 読んでもらいたいと思う。


  怪物  福田和代  ☆☆
刑事の香西には、人が死ぬ瞬間に発散する「死」の匂いを感じ取ることが できるという特殊能力があった。彼は、失踪した橋爪という男の行方を追い求めて いるときに、ゴミ処理施設で働く真崎という青年と出会う。真崎の周辺に 「死」の匂いを感じ取った香西は、真崎が橋爪の失踪に関わっているのでは と疑いを抱く。「この男が犯人なのか?」香西は、真崎という男に次第に のめり込んでいくのだが・・・。

失踪した男はいったいどこに消えたのか?真崎からゴミの特殊な処理方法を聞か された香西は、真崎に疑念を抱く。そんな中、別の事件が起こった。それは、 香西の刑事としての正義感を根底から覆してしまう。香西はしだいに泥沼に はまり込み真崎に翻弄させられるが、その過程はなかなか面白いと思った。だが、 後半になるにつれ話の軸が次第に逸れていくような違和感を覚えた。前半と後半 では全く印象が違う感じがする。それに、作者の言わんとしていることが曖昧で 分かりづらい。何に主点を置いているのかはっきりしない。香西の心が変化していく 様子も説得力が弱い。読んでいて、ん?ん?ん?と疑問符が頭の中を飛び交った。 ラストもすっきりしない終わり方で、読後感もよくなかった。少々期待外れだった。


  友罪  薬丸岳  ☆☆☆☆☆
ステンレス工場で働き始めた益田純一は、同じ日に入社した鈴木秀人という 男とあることがきっかけで親しくなる。鈴木は無口で暗い男だったが、 しだいにほかの者たちとも打ち解けて行く。だが、鈴木には重大な秘密があった。 そのことに気づいた益田は・・・。

14年前に益田の郷里で起きた殺人事件。それは、14歳の少年による残虐な 事件だった。「黒蛇神事件」と呼ばれ、いまだに人々の記憶の中にある事件・・・。 その犯人が鈴木ではないのか?もし、犯人だったとしたら、今までどおりに付き 合えるのか?鈴木が益田を慕えば慕うほど、益田は苦悩する。
奪われてしまった命はもとには戻らない。死んでしまった者は生き返ることはない。 被害者の家族にしてみれば、鈴木は一生許すことのできない相手だ。だが、作者は 読み手に対し、重い問いを投げかける。「罪を犯した者は、いつまでもその罪から 逃れられないのか?どんなに後悔しても、どんなにまじめに生きていこうとしても、 社会から受け入れられることはないのか?罪の意識にさいなまれながらひっそりと 日の当たらない場所で生きていくしかないのか?」と・・・。
けれど、付き合っている者が残虐な殺人者だったと知ってしまったら、今までと同じ関係を 続けていけるだろうか?いつもと同じような顔をして相手と向き合えるだろうか?たぶん、 私にはできない。きっと相手から遠ざかってしまうだろう。そうすることがいいとは思え なくても。相手を傷つけてしまうとわかっていても。
「人と深く接しようと思わなければ、誰も傷つけることはなかった」
この鈴木の言葉が、たまらなく切ない。鈴木のしたことは絶対に許せることではない。 けれど・・・。心が複雑に揺れ動いた。
益田の悲痛な叫びが、鈴木に届くのだろうか?ラストでは思わず涙がこぼれた。 鈴木はどんなことがあっても生きていかなければならない。それが彼の義務だと思う。
重い内容だけれど、心を強く揺さぶる感動的な作品だった。オススメです。


  ホテルローヤル  桜木紫乃  ☆☆☆
釧路湿原を見下ろす高台に、ラブホテル「ローヤル」はあった・・・。 そこで働く者たち、そこを利用する者たち、さまざまな人々のさまざまな ドラマを、瑞々しいそして独特の感性で描いた作品。

人というのは、実にさまざまな思いを抱えて生きている。心の奥に秘められた 憂い、悲しみ、悩み、とまどい・・・。作者は、それらをそっと両手ですくい 上げ、本の中にちりばめている。希望に満ちて「ローヤル」を建てた夫婦。 その「ローヤル」の中でひっそりと働く者。そして、いろいろな事情で 「ローヤル」を訪れる者。世の中、いいことばかりはない。むしろ不幸なでき ごとのほうが多い。作者の叫びのような描写が、読んでいて胸に突き刺さる。 「生きるということはこういうことなのか!」だが、「そこから逃げてはいけない。 どんな時も前を向いていなくては!」そういう作者の思いも伝わってくる。 楽しく読める作品ではない。けれど、読んだ後におだやかな余韻に 心が満たされていくような感じがした。深い味わいのある作品だと思う。


  マリコ  柳田邦男  ☆☆☆☆
日米関係が悪化しつつあった1941年、9歳の少女の名が暗号に使われた。 その名は「マリコ」。日本人の父とアメリカ人の母を持つ彼女を通して 太平洋戦争の悲惨さを浮き彫りにした作品。ノンフィクション。

マリコの父は日本人で、寺崎英成といった。彼は日本大使館の一等書記官だった。 一方、マリコの母はアメリカ人で、グエンといった。外交機密を扱う外交官の 国際結婚は、日本の外務省では好ましくないものとされていた。そのうえ、当時は 日米関係が悪化の一途をたどっていた時でもあったのだ。だが、彼はおのれの信念を 貫いてグエンと結婚する。そして、マリコが生まれた。1941年、日米開戦を 避けるべく奔走していた寺崎は、日米関係の状態を「マリコ」をキーワードにして 表現し、本国の外務省と情報のやり取りをしていた。しかし、努力もむなしく、日本は 戦争へと突入する・・・。自分の名前が暗号に使われいたことなどまったく知らなかった マリコも、しだいに戦争の渦の中に巻き込まれていく。父の国と母の国が戦う。その衝撃的な 事実を、彼女はどう受け止めていたのか。戦前、戦中、戦後、時代は大きく動いていく。 戦後も、寺崎は国を代表するひとりとして仕事に励んでいたが、ついに病に倒れた。 マリコの教育のためグエンとマリコはアメリカに行っていて、彼の死に目には会えな かった。戦争が寺崎一家の運命を大きく変えてしまった・・・。だが、マリコはずっと 前を向いて歩いてきた。のちに、彼女はアメリカの政治を改革しようとする。この行動力は すごい!マリコは、世の中を争いのない平和なものにしたかったに違いない。
この作品は、実に中身が濃い。マリコの半生だけではなく、戦前日本がどういう状況だった のか、戦後どのように混乱する事態を収拾していったのかもよくわかる。現在は絶版になって しまって手に入らないのが残念だが、ぜひ多くの人に読んでもらいたいと思う。


  クオーレ  エドモンド・デ・アミーチス  ☆☆☆
「クオーレ」は「心」を意味するイタリア語。親子や師弟間の愛情、家族の 絆の大切さを、10歳の少年エンリーコの1学年10ヶ月の日記という形で描いた 作品。新潮文庫20世紀の100冊の中の1冊。1902年(明治35年)の作品。

この作品は、エンリーコ少年の日記、今月のお話、そして父母からのメッセージの 3層構造になっている。父母や先生などの目上の人を敬う気持ち、貧しい人たちに 対する思いやりの心、一生懸命学ぶことの大切さ、それらを描いた話は、どれも 心に深く染み入ってくる。現代の私たちが忘れてしまったりなくしてしまったかけがえの ないものが、この作品の中にはある。読んでいて泣きたくなるような個所もあった。 大切なものはなにか?この作品は、それを教えてくれた。
また、この作品を読んで驚いたのは、「今月の話」の中に「母をたずねて三千里」の元に なる話が入っていたことだ。「母をたずねて三千里」が「クオーレ」の作品の一部だったとは 知らなかった。
100年以上前に出版された作品だが、今も色褪せることなく輝き続けている。静かな感動を 与えてくれる作品だと思う。


  祈りの幕が下りる時  東野圭吾  ☆☆☆
幼なじみを訪ねた押谷道子が、数日後に死体となって発見された。 訪ねた幼なじみとは、女性演出家として華々しい活躍をしている浅居博美だった。 彼女の栄光の陰にはいったい何があるのか?なぜ押谷道子は殺されねばならな かったのか?加賀がつかんだ真実とは?加賀恭一郎シリーズ。

押谷道子が殺された事件。その裏側には、ひとりの女性のできれば封印してしまい たいと思うほどの悲しい過去があった。誰にも知られたくない過去だった。 「守るべきものは何か?」そこから導き出される結論は、あまりにもせつない。刑事と 犯人、追い詰める者と追い詰められる者・・・。だが、真実を追い求める先に見えて きたのは事件の真相だけではなかった。加賀にかかわりのある人物の生き様までが見えて きた。「ああ!そうだったのか・・・。」と胸が痛む思いだった。その人生は憐れすぎる。
「過去のできごとと現在のできごとが交錯し、事件の真相は思わぬところに!」ということなのだが、 内容自体には目新しいものはなく、今まで読んできたさまざまなミステリーのストーリーを あちこちから切り取り、パッチワークのようにつなぎ合わせた感じがした。加賀の過去や、 新たな展開を期待させる部分は興味深かったのだが。


  夢を売る男  百田尚樹  ☆☆☆
出版社丸栄社の牛河原は、敏腕編集者として忙しい日々を送っていた。 彼のもとには、自分の本を出版したいと思う人たちが訪ねてくる。 彼らの欲求を満たし、かつ会社の利益につながる方法とは?

「自分の本を出版したい。」
そう思う人たちに、牛河原は言葉巧みにジョイント・プレス方式を持ちかける。 それは、出版費用を出版社と著者とで分け合う方式だ。けれど、著者が支払う額は 丸栄社に多大な利益をもたらす。それほど高額だ。自費出版よりかなり高い。だが、 牛河原に巧妙にプライドをくすぐられた人たちは、ためらいもなく支払う。自意 識過剰な人たちのなんと多いことか!最初、丸栄社は暴利をむさぼる会社かと思った。 でも、読んでみると一概にそうとは言い切れないところがある。出版費用はかなり 取られるが、出版した人たちはほとんどが満足しているのだ。売れる売れないではない。 自分の書いたものを認めて評価してくれて、出版にまでこぎつけてくれた人がいた。 そのことだけで充分なのだ。悪人かと思った牛河原は、本の出版に情熱を傾ける、熱い 熱い男だったのだ。彼の語る出版にかける思いはなかなかのものだ。中には「百田某」と いう作家を痛烈に批判している個所もあり、思わず笑ってしまったが。
今、出版業界は電子書籍の登場で大きく変わろうとしている。本を読む人の数も減っている。 いったいこの先どうなるのか・・・。この本を読みながら、そんな思いにもとらわれた。
詐欺まがいの話あり、人情味あふれる話あり、笑える話あり、とにかく楽しめる作品だった。


  死神の浮力  伊坂幸太郎  ☆☆☆
娘を殺された山野辺夫妻は、犯人に対し復讐することを決意していた。 周到な準備がなされる中、夫妻の元をひとりの男が訪問する。
「大事な情報を持ってきたんだが、中に入れてくれないか」
それは、死神の千葉だった。山野辺夫妻と千葉の七日間を描いた作品。

「死神の精度」の千葉が帰って来た♪「可」か「見送り」か?千葉の七日後の 判断が気にかかる。山野辺夫妻は、七日の間に復讐を果たさなければならない状況だ。 だが、夫妻は千葉が死神だということも、期間が限られていることも知らない。 そんな状況の中で思いは遂げられるのか?一方、山野辺夫妻の娘を殺した男本城の 残虐性は、読んでいても腹立たしいかぎりだ。人の命をもてあそび、人が嘆き悲しむ 姿を見て喜ぶ。こんな人間は絶対に許すことができない。山野辺夫妻の本城への復讐に 関わることになった千葉。感情がまったくない千葉の言動はユーモラスな面もあるが、 ときにはゾクリとするほどの冷たさを持つ。「千葉が少しでもいいから山野辺夫妻に 対し同情してくれたなら。」死神にこんな期待をするのはやはり無理か?感情を持たない 者が物事を判断するとこうなってしまうのか?ラストのまとめ方は、ちょっと意外だった。 真実を知っているのは死神のみ・・・。個人的には山野辺夫妻にもう少し救いがほし かったと思う。読後はほろ苦さが残ったが、読んで楽しめる作品だと思う。


  キケン  有川浩  ☆☆☆
成南電気工科大学の部活の中に、「機械制御研究部」略して「機研(キケン)」が あった。さまざまな事件を起こし、そしてさまざまな伝説を生んだ機研。 その機研の黄金期を描いた作品。

上野、大神、元山、池谷・・・。どの登場人物も個性豊かだが、上野と大神の個性が 際立っている。かなりいいいコンビだと思う。やっていることはめちゃくちゃに見えるが、 実はそうではない。持っている能力には驚かされる。このふたりが「機研」の 伝説を生んでいくことになるのだが、元山、池谷を初めとする後輩たちはホントに気の毒と しか言いようがない。いつも振り回されるばかりだ。だが、彼らはこの状況に慣れ、抜群の チームワークを発揮するようになる。この過程は、なかなかいい♪
内容自体は、山もなく谷もなく淡々と物語が進んでいく感じだ。盛り上がりに 欠けてちょっと不満が残る。また、現実味に乏しい面もあったが、きらめくような 青春時代をあざやかに切り取った、読んでいて楽しめる作品に仕上がっていると思う。 それにしても、「らぁめんキケン」は一度食べてみたい。おいしそう・・・。


  ドミノ倒し  貫井徳郎  ☆☆
死んでしまった恋人の故郷月影市で探偵事務所を始めたが、依頼内容は雑用ばかり。 ようやくまともな依頼が来たと思ったのだが、依頼人は何と亡き恋人の妹! その女性江上友梨の依頼は、月影市で起こった殺人事件の犯人として警察にマークされて いる元彼の無実を晴らしてほしいというものだった。さっそく事件を詳しく調べ始めるが、 芋づる式に過去の未解決殺人事件を引っ張り出すことになってしまった。いったい真相は・・・?

江上友梨から依頼された事件を調べる一方で、幼なじみの警察署長の頼みで過去の未解決 事件も探ってみる。だが、なかなか真相は見えてこない。いったいなぜこんなに未解決事件が 多いのか?しかもそれらはどこかで繋がっている???事件が事件を呼ぶ展開は、読んでいて なかなか面白かった。だが、多くの事件にたくさんの登場人物・・・。「いったい作者は ラストにちゃんとまとめることができるのか?」ページが少なくなるにつれとても不安に なってきた。そして、その不安は的中した。「こういうラストにするとは!」正直言って 落胆した。確かにこれなら、何でもかんでも辻褄は合わせられる。だが、こんな真相は邪道では ないのか。安易すぎる。ラストにがっかりさせられるとは思ってもみなかった。「逃げ」の ようなミステリーの謎解きは歓迎しがたい。最後にどんな真相が待っているのか、とても期待 しながら読んだのに・・・。中途半端な、手を抜いたような、納得のできない終わり方だった。 前半が面白かっただけにとても残念だ。後味の悪い、イマイチな作品だった。


  命のビザを繋いだ男  山田純大  ☆☆☆☆☆
杉原千畝が発行したビザを持ち、ナチスの手から逃れ日本にやってきた 約6千人のユダヤ人。いったい彼らはどのようにして日本から目的の国に 向うことができたのか?実は、日本にも自らの命を賭けユダヤ人を救うため 奔走した人物がいた!彼の名は小辻節三。戦後68年のときを経て、彼の 偉大な行動が明らかになった。

杉原千畝の功績はかなり以前から知っていた。彼の発行したビザで、大勢の ユダヤ人たちが救われたことを。だが、日本に逃れてきたユダヤ人たちがどのように そこから目的の国へ行くことができたのか、今まで考えたこともなかった。 この作品を読んで、初めてその経緯を知った。実は、杉原千畝が発行したビザの期限は 10日間だった。わずか10日の間に、何千人ものユダヤ人のために目的の国々と 交渉をして船便を確保するのは不可能だった。小辻節三は次々と日本にやってくる ユダヤ難民たちの窓口となり、ビザの延長を可能にし、日本での生活の便宜を図った。 また、ビザがないため日本に入国できずにいた者たちにも救いの手を差し伸べた。 だがドイツは、ナチス親衛隊の幹部を日本に常駐させ、日本にいるユダヤ人迫害を 画策していた。日本を取り巻く状況は日々悪化していく。こんな状況の中でよく 何千人ものユダヤ人の命を救うことができたと思う。小辻節三の行いは、杉原千畝の 業績に匹敵する。命のリレーは、杉原、小辻、このふたりの存在があったからこそ 成し遂げられたことだ。どちらかひとりが欠けたら絶対にできなかったと思う。
著者の山田純大さんは、本当によく調べたと思う。小辻の自伝は英語で書かれたもの しかなかったが、英語に堪能な著者だからこそ、ここから出発してさらに詳細に小辻の ことを調べることができたのだと思う。だが、なぜこんなにすばらしい行いをした人物が 今まで知られていなかったのかと不思議でたまらない。日本人として、私たちはもっと 小辻節三のことを知るべきではないのか。いや、知らなければならない。
小辻節三は現在エルサレムの墓地で眠っている。著者は、ここを実際に訪れた。そのときの ことを描いた写真や文章がとても感動的で、読んでいる私も感慨無量だった。 なぜ小辻節三が日本ではなくエルサレムの地で眠っているのか?そのことも作者は丹念に 調べ、この作品の中で詳しく述べている。小辻の想いは、読み手の胸を打つ。
この作品を、ひとりでも多くの人に読んでほしい。そして、「小辻節三」という人物を 知ってほしい。厳しい状況の中でおのれの信念を貫き、ユダヤ人のために命を賭けた 男のことを。彼の名を歴史の中に埋もれさせてはいけないと強く感じた。オススメです!


  和菓子のアンソロジー  アンソロジー  ☆☆☆
坂木司さんリクエスト!10名の作家が和菓子をモチーフにさまざまな物語を 書いた。お菓子のように甘い話だけではなく、苦い話や切ない話も・・・。 さまざまな味の話を詰め込んだ短編集。

アンソロジーの魅力は、何と言ってもいろいろな作家さんの作品を一挙に 読めることだと思う。すごく贅沢で得した気分になる。この「和菓子のアン ソロジー」にも、10名の作家さんが登場する。小川一水さん、木地雅映子さん、 北村薫さん、近藤史恵さん、坂木司さん、柴田よしきさん、日明恩さん、恒川 光太郎さん、畠中恵さん、牧野修さん。すごい顔ぶれだ。未読の作家さんもいたので、 この機会に読むことができてよかった。
一番印象に残ったのは、坂木司さんの「空の春告鳥」だ。「和菓子のアン」の続編の ような話で、またアンちゃんに会えたのがうれしかった。シリーズ化してくれない だろうか・・。坂木司さん、お願いします!
和菓子にさまざまな色や形そして味があるように、和菓子を題材にした話にも さまざまな味わいがある。
北村薫さんの「しりとり」は、切ない中にも愛情の深さが強く感じられる話だった。 ホロリときた。牧野修さんの「チチとクズの国」は、自殺しようとした息子と幽霊の 父親との話だ。親は、いついかなる時も(たとえ死んでしまっても!)子供の身を案じて いるものなのだ。親子の絆の深さを感じさせてくれた。そのほかにも、ミステリーあり、 ファンタジーあり、恋愛話あり♪楽しめる一冊だと思う。


  チェスの話  シュテファン・ツヴァイク  ☆☆☆☆
ニューヨークからブエノスアイレスへ向う大型客船に、チェスの世界 チャンピオンが乗船していた。大金を積み対戦を申し込んだが惨敗。 二局目も不利な状況が続く。だが、そこにひとりの紳士が現れた。 彼は、あっという間に形勢を逆転させる。だが彼は、25年も将棋盤に 向ったことがなかったという。彼のチェスの強さは、異常な状況から 生み出されたものだった・・・。表題作「チェスの話」を含む4編を収録。

亡き児玉清さんが絶賛されていた作品を読んでみた。かなり昔に書かれたものだが、 今読んでも充分面白い。表題作「チェスの話」は、児玉清さんがもっとも愛した 話だそうだが、異常な状況下に置かれた人間の心理が緻密に描かれていて、読んでいる 私も息苦しさを感じてしまうほどの迫力だった。「目に見えないコレクション」は、 盲目になってしまったコレクターの悲劇を描いているが、読みようによっては喜劇的な 面もある。生きるためには、嘘もつく。そして秘密は、コレクターがこの世を去る まで秘密のままなのだ。彼が、憐れでもある。「書痴メンデル」も、ひとりの男の劇的な 生涯を描いていて面白かった。不器用にしか生きることができなかたメンデル。 悲劇の結末は印象的だった。「不安」は、この作品の中で私が一番好きな話だ。 弁護士を夫に持つ女性は、若い男性と不倫をしていた。だが、いつも自分の不倫が夫に ばれるのではないかと不安を抱いている。その不安がだんだんと増していき、彼女は しだいに身も心も追い詰められていく。「いつ張り詰めた糸が切れるのか?」読み手も、 緊張が増していく。そして意外な結末!なかなかだった。
どの話も心理描写がよかった。登場人物の、不安、恐れ、おののき、悲しみ、怒り、喜び、 どれもが読み手にしっかりと伝わってくる。時には痛いくらいに。読み応えのある作品だと 思う。


  千両かんばん  山本一力  ☆☆☆
「親方の後を継ぐのは俺だ。」
だが、親方の急死でその夢は叶わなかった。親方のおかみさんからは 理不尽な扱いを受け、それにより弟弟子にも先を越されてしまった。 失意のどん底であえぐ武市に、大店から看板の依頼があった。はたして 武市は期待に応えることができるのか?

親方に見込まれ前途洋々だったはずなのに、親方の突然の死で人生が一変した。 誰をうらむわけでもないが、武市の心はすさんでいた。だが、さまざまな人との 関わりが、武市の心に少しずつ変化をもたらす。「いじけていてはだめだ。 素直な気持ちにならなければ・・・。」暗闇から抜け出した武市は、おのれの信じた 道を突き進む。周りの人間がどう批判しようとも、ただひたすら突き進む。 武市が成し遂げた仕事は、武市ひとりの力ではない。いろいろな人の想いや努力が あればこそのものだ。人情味あふれるストーリー展開は、読み手の心を熱くする。 いつどんなときも、思いやりの心を忘れてはいけない。あらためて強く感じた。 作者のほかの作品から比べるとインパクトが弱いような気がするが、心に温もりを 与えてくれる、楽しめる作品だと思う。


  たぶんねこ  畠中恵  ☆☆☆
大川の河畔にある料理屋 河内屋に大勢の商人たちが集まっていた。 一太郎を含む大店の跡取り息子三人が、皆に紹介された。 おいしい料理にうまい酒。座がにぎやかになったとき、親分の大貞が こう言った。
「三人のうちで、一番稼ぐのは誰なんだろうな。」
このひと言が、思わぬ騒動を生むことになるのだが・・・。「跡取り 三人」を含む7編を収録。しゃばけシリーズ12。

長崎屋の若だんな一太郎は、相変わらず体が弱い。けれど、「跡取り三人」の 話の中では、自分の力でしっかり稼ぐことができた。その成長ぶりには目を見張る ものがある。力仕事はできないが、鋭い洞察力や人とは違う発想を駆使しての行動は、 読んでいてなかなか面白かった。仁吉が記憶喪失になってしまう「みどりのたま」も よかった。古松の切ない願いは叶うのか?このことも気になったが、仁吉の心に秘めた 想いの今後の行方がとても気になって仕方がなかった。仁吉の想いはこれからどうなる!? 成就する事はあるのか?ないのか?
どの話も、人の心に潜むものを興味深く描いている。笑いと切なさも絶妙なバランスだ。 読後も心地よく、ほのぼのとした温もりが残る。
一太郎はどんどん成長している。このまま成長していつかお嫁さんをもらう日が来たら、 妖たちとの関係はどうなるのか?今までと同じというわけにはいかないのでは?最近は、 そんな心配もしてしまう。ともあれ、このシリーズがこれからもずっと続きますように・・・。


  チーム  堂場瞬一  ☆☆☆
箱根駅伝に出場できなかった大学の中から好成績の者を選び出し「学連 選抜」チームが作られた。「学校のために、一緒に練習してきた仲間の ために、襷をつなぐ。」そういう想いがなくても走れるのか?選抜チームの メンバーの胸に去来するものは・・・。

チームスポーツといわれている箱根駅伝。はたして個人個人のタイムがいいと いうだけで、にわかチームの「学連選抜」が勝てるのか?メンバーそれぞれの 想いが交錯し、時には激しくぶつかり合う。チームとしての絆は短期間に できるものではない。お互いがお互いを知るまでには、長い時間が必要なのだ。 「何のために走ればいいんだ?」キャプテンに指名された浦の苦悩は続く。 チームに馴染もうとしない山城という問題選手も抱えている。それでも、 彼らは少しずつそして確実に前進する。箱根駅伝のレースの描写は圧巻だった。 読んでいると、ひとりひとりの走りが頭の中に鮮やかに浮かび上がった。傍目には 華やかに見える駅伝も、走る側からすれば実に繊細な部分を持った厳しい競技 なのだ。ほんのささいなことがきっかけとなり、悲劇を生むこともある。最後まで 絶対に気が抜けない緊迫のレース展開。手に汗握る緊張の連続だ。だが、ラストには さわやかな感動が待っていた!駅伝の持つ魅力を存分に味わうことのできる作品だと思う。


  ようこそ、わが家へ  池井戸潤  ☆☆☆☆
電車を待つ人の列に割り込んできた男。倉田太一は、正義感からその男を 注意する。だが、事はこれだけではすまなかった。それ以降、倉田家には 嫌がらせが相次いだ。そのうえ、倉田の出向先の会社の部長にも不正疑惑が・・・。 家でも会社でも窮地に立つ倉田。打開策はあるのか!?

ちょっと相手を注意しただけで逆恨みされる。そんな馬鹿なことがあるのか? にわかには信じられないが、こういうことが小説の中だけではなく、現実の世界にも 起こっているのだ。
「さらにいうと変態だ。そいつがわが家に狙いを定めたんだ。奴にとっては、 ウチは嫌がらせゲームの標的なんだ。」
倉田の息子の健太の言葉は、読み手の背筋をゾクッとさせる。人に恨まれる・・・。 ホラー話よりもずっと 怖い。
家のこと会社のこと、倉田太一の周りには深刻な問題が山積している。 部長の不正を暴けるのか?逆恨みする者の正体を突き止められるのか? 読み始めたらもう最後まで止まらない。ただひたすら結末をめざして突き進むのみ! 「どうか救われるラストでありますように。」それだけを願いながら読んだ。 今回も池井戸ワールドに完全に引きずり込まれてしまった。納得のいく面白さだった。


  星新一 空想工房へようこそ  最相葉月  ☆☆☆☆
何十年たっても決して色あせることのないショートショート。 それらはどのようにして生まれたのか?自宅や思い出の場所、思い出の 写真、そして残された膨大なメモ・・・。それらから、星新一の素顔に 迫った作品。

私の大好きな「ボッコちゃん」。その作品が発表されたのは、もう半世紀以上前だ。 だが、今読んでも違和感はない。どんなに月日がたとうとも、星さんの作品は 決して色あせることはない。彼は作品を書く段階から、その作品がずっと読み継がれて いくように工夫を凝らして書いていたのだ。それでも時代に合わなくなったときは、 その都度修正を加えていたという。本当にショートショートを愛していたのだと、 あらためて感じる。
ショートショートの神様、天才・・・。人は彼のことをそう言うが、残された膨大なメモを 見たとき、作品を生み出すのにはかなりのエネルギーが必要だったのだと感じた。並大抵の 努力じゃすばらしい作品は生まれないのだ。「だれもこの人のまねはできない。」そう 思わずにはいられないほどの量のメモだった。(何を書いてあるのか知りたくて、メモの部分を すべて拡大鏡で見てみた。うーん。星さんの頭の中はいったいどうなっていたのか・・・?)
星さんのショートショートは何度読んでも新鮮味を感じるし、面白い。10年後、20年後、 30年後・・・いや100年後でも、きっと彼の作品は輝きを失わずに残っていると思う。 これからも多くの人に読んでもらいたいと思う。
星新一という人間を知ることができる貴重な作品だと思う。載せられている数々の写真も とても興味深い。星ファンならぜひ読んでみてほしい。


  ローカル線で行こう!  真保裕一  ☆☆☆
もりはら鉄道は、JRから経営を引き継いだ第3セクターのローカル線だ。 地域の足となっているが、赤字続きで国からの交付金も底をついてしまった。
「もりはら鉄道に未来はない。」
誰もがそう思っていたとき、ひとりの女性が登場する。篠宮亜佐美!彼女は 新社長としてこの赤字ローカル線の建て直しを試みるが・・・。

第3セクターのローカル線。それはどこも厳しい経営状況にあるのが現状だ。 しかし、簡単に廃線にはできない。地域の足を奪うことになるからだ。「赤字解消」 その困難な目標に向って、篠宮亜佐美は果敢に挑戦を続ける。次々に出される 奇抜なアイディア。マスコミも上手に利用して、彼女は売り上げを着実に 伸ばしていく。だが、それを喜ぶ者ばかりがいるわけではない。中には、自分の 利益優先のために快く思わない者もいる。不可解なできごとが次々に起こる。 予想外の出費!イベントへの妨害工作!列車の進路妨害!もりはら鉄道を窮地に 追い込むため、敵はあらゆる方法を画策する。けれど、亜佐美はそのつど危機を 乗り越える。まだ赤字が解消されたわけではない。乗客数がこれからも伸び続けるの かも未知数だ。だが、彼女は胸を張って己の信念を貫き通すだろう。歩くその先に、 明るい未来が待っていることを信じたい。読み出したら最後まで止まらない、楽しい 作品だと思う。


  はるひのの、はる  加納朋子  ☆☆☆☆
幼い頃からユウスケには、人には見えないものが見えるという不思議な力があった。 小学校に上がる前の年、ユウスケは川原ではるひというひとりの少女と出会う。 ユウスケははるひから、亡くなった女の子を助ける手伝いをしてほしいと頼まれる。 それはいったいどういうことなのか・・・?表題作「はるひのの、はる」を含む 短編集。「ささら」シリーズ3。

この作品は「ささらさや」「てるてるあした」に続くシリーズ3作目で、完結編に なっている。それだけに、「ささらさや」で登場したときはまだ赤ちゃんだった ユウスケの成長がうれしい。ほかにも懐かしい人が登場している。
ユウスケは、人が見えないものを見ることができる。そんなユウスケの前に 現れた、謎の少女。その少女との不思議なできごとを描いた「はるひのの、はる」。 物語はさらに「はるひのの、なつ」「はるひのの、あき」「はるひのの、ふゆ」・・・と、 ユウスケの成長をとらえながら続く。だが、ユウスケが体験するそれらの不思議な できごとがいったいどう形を作っていくのか、最初はまったく分からなかった。 作者は、やさしくていねいに、その謎を解き明かしていく。
「ああ、こんなふうにつながっていたんだ。」
すべてのできごとがつながったとき、はるひという女性の切実な願いが見えた。 そして、静かな感動を伴いながら物語はラストを迎える。変えられるものと変えられ ないもの。その違いは、本当につらく切ない。残酷なまでに・・・。できるのなら、すべてが いい方向に変わってほしかったと思う。
切ない中にも心にほんのりとした温もりが残る、深い味わいのある作品だった。


  御鑓拝借  佐伯泰英  ☆☆☆
大酒会で一斗五升の酒を飲み、寝過ごして藩主の参勤下番の見送りが できなかった・・・。屋敷からの立ち退きを命じられた赤目小藤次だが、 実は彼には大きな目的があった。「江戸城中で他の大名たちに辱められた 藩主の無念を晴らす!」小藤次は、孤独な戦いに身を投じた・・・。 酔いどれ小籐次留書シリーズ1。

下屋敷の厩番と身分は低いが、藩主を思う気持ちは誰にも負けない。おのれの 命を賭けてまでも藩主の汚名を雪ごうとする。小藤次は、藩主を辱めた大名の 行列を襲撃し槍を拝借する。目指すは鑓4本。1本、また1本と、行列を襲い槍を 手に入れる小藤次の行動は読んでいて爽快だ。だが、さすがに4本目の鑓は厳重な 警戒だった。はたして小藤次はどうするのか、まさに手に汗握るその瞬間! 鮮やかな手並みは、その場に居合わせた者たちに遺恨や立場を忘れさせ、感嘆の声を 上げさせるほどだった。「お見事!」まさにそのひと言だ。それにしても、槍を 奪われたというだけで改易の危機に直面するというのが、現代を生きる者には どうしても理解できない。たかが鑓1本のことなのに・・・。
さて、小藤次の活躍はこれからもまだまだ続く。彼はこれからどんな人生を送るのか? このシリーズにはまりそうだ。


  再会  横関大  ☆☆
幼い日、4人で埋めたタイムカプセル。だが、その中には、永遠に封印して しまいたいものもあった。ある事件がきっかけで4人は再会するが、それぞれの 思惑が複雑に絡み合い、ねじれていった・・・。過去と現在をつなぐ悲劇とは? 第56回江戸川乱歩賞受賞作品。

過去の事件の真相。そして現在の事件の真相。それが微妙なつながりを見せる。 いったい拳銃を撃ったのは誰か?読み手の思惑が翻弄される。想像を超える展開に 驚かされた。けれど、過去の事件の真相に関して言えば、突然真実が明かされても とまどう気持ちが大きかった。作者は「意外な真相」を狙ったのだろうが、そういう ふうには思えなかった。「都合がよすぎる。」そういう思いのほうが強かった。少ない 登場人物の中に犯人を設定するのは無理があったのではないか?現在と過去、どちらの 事件が解決してもすっきりとした感じはしない。感動もない。モヤモヤ感だけが残った。 それほど面白いとは思えない作品だった。


   ビブリア古書堂の事件手帖4  三上延  ☆☆☆
閉店間際に起こった地震!ひとりで店番をしていた大輔のもとに、安否を 尋ねる電話がかかってきた。「栞子さん?」だが、声の主は栞子ではなく 失踪した母親の智恵子だった!

今回も、本にまつわる謎解きが面白かった。江戸川乱歩は誰でも知っている 有名な作家だが、この作品の中に書かれているようなことを知っている人は 少ないだろう。作者は、乱歩という人間を丹念に調べ、そしてじっくりと描いて いる。その部分は、非常に興味深いものがあった。乱歩の作品はあまり読んで いないが、もっといろいろ読んでみようかなという気持ちを起こさせる。
さて、篠川姉妹の母親、篠川智惠子が姿を現したことで、物語は佳境を迎えつつ ある。圧倒的な存在感を持つ彼女の今後の行動がとても気になる。そして、娘たちを 放って失踪までして、彼女がしなければならなかったこととはいったい何なのか? その理由が明かされる日は近い?期待が高まる。これからもこのシリーズから 目が離せない。次回作が待ち遠しい。


  泣き童子  宮部みゆき  ☆☆☆☆☆
泣いて泣いて、泣き止まぬ子。実は、泣き止まないのには訳があった・・・。 心の中に潜む悪がばれそうになったとき、人はいったい何をしでかすのか? 人の心の闇を描いた表題作「泣き童子」を含む6編を収録。三島屋変調百物語3。

「怖いから見たくない。」「怖いけれど見てみたい。」人は誰でもふたつの心を 持っている。この作品は、そんな人の心のはざまにするりと入り込んで来る。 この6つの話を読むと、「人って本当にいろいろな思いを抱えて生きているのだなぁ。」と 改めて感じさせられる。そういう良くも悪くもさまざまな思いに、作者は鋭い目を向ける。 すべてを見透かすようなその眼力も、ある意味怖い(笑)。
「魂取の池」では愛する者の心を試そうとした者の悲劇を、「くりから御殿」では 逝ってしまった者と遺された者の切なさを、「泣き童子」では心に巣食う悪がもたらす 恐怖と悲惨さを、「小雪舞う日の怪談語り」では招かれた人たちが語る余韻が残る話を、 「まぐる笛」では人の恨みの怖さを、「節気顔」ではあの世とこの世をつなぐ男の奇妙な 体験を、描いている。どの話も個性的で、作者の独特の感性が光るものばかりだ。恐懼と 悲哀が奏でる絶妙のハーモニー♪読めば読むほど宮部ワールドに引き込まれていく。 読んでいる間は、本当に楽しかった。どんな結末が待っているのかと、ワクワクした。 魅力の短編集!オススメです!


  ほしのはじまり  星新一(新井素子編)  ☆☆☆☆
ショートショートの神様と言われている星新一さん。彼の膨大なショート ショートの中から新井素子さんが選んだ、最高傑作54編を収録。

この本を読み終えるのに、数年かかってしまった。少しずつ少しずつ 噛みしめるように読んできた。この中に収められている話はほとんどが 以前読んだことのあるものだ。けれど、何度読んでも新鮮さを感じる。 星さんのショートショートは、時代を経ても決して色あせることがない。 常に時代の先を見据えて書いているからなのだ。さまざまな題材を星新一流に 捌いて、読者に最高の状態で出してくれる。読み手は、心ゆくまで存分に味わう ことができる。至福のひと時だ。さて、数年かかって読んでいたものだから、 すっかり前半の話を忘れてしまっている。また最初からじっくり読み直して みようか(笑)。何度読んでも飽きることは絶対にない。そして、誰が読んでも 心から楽しめる。本当に貴重な作品だと思う。


  ペットのアンソロジー  アンソロジー  ☆☆☆☆
近藤史恵さんリクエスト!我孫子武丸さん、井上夢人さん、大倉崇裕さん、大崎梢さん、 太田忠司さん、柄刀一さん、汀こるものさん、皆川博子さん、森奈津子さん、そして近藤 史恵さん。10人の作家が、ペットをモチーフに描いた作品を収録。動物好きの人には たまらない作品。

この作品には、実に多種多様な生き物が登場する。多種多様なのは動物ばかりではない。 その動物たちに関わる人間も多種多様だ。世の中にいろいろな人間がいるのは当たり前だけれど、 絶対に許せないのは動物を悪事に利用しようとする人間たちだ。自分たちの悪事のためなら 平気で動物を傷つけたり命を奪う。「里親面接」の話は、読んでいて怒りに燃えた。一方、 飼い主とのほのぼのとした交流を描いた作品もあった。「ネコの時間」だ。この話には泣か された。ネコのみゃーが真子を思う気持ちが痛いほど伝わってくる。出会いがあれば別れが ある。ネコの寿命は人間よりはるかに短い。真子とみゃーにも別れの時が・・・。この話、 思い出しただけでも泣ける。ラストは、涙と感動がごちゃ混ぜだった。
1冊で10種類のステキな話が読める。ちょっと得した気分になれる作品だった。


  本屋さんのアンソロジー  アンソロジー  ☆☆☆☆
大崎梢さんリクエスト!10人の作家が、本屋さんを舞台に物語を書いた! 楽しめる作品。

本屋さんをテーマにした作品ばかりで、本好きにはたまらない1冊だ。それにしても まあ、同じテーマでこれだけバラエティに富んだ物語ができるとは!さすがみなさん プロ!一気に読んでしまうのがもったいないなぁと思いながら、一気に読んでしまった(笑)。 収録されている作家さんは、飛鳥井千砂さん、有栖川有栖さん、乾ルカさん、大崎梢さん、 門井慶喜さん、坂木司さん、似鳥類さん、誉田哲也さん、宮下奈都さん、吉野万理子さん。 未読の作家さんが3人も・・・(汗)。
どの話も本当によかった。読み応えがあった。その中で印象的だったのは、宮下奈都さんの 「なつかしいひと」だ。愛の力はやっぱりすごかった。思わずホロリとした。「本屋さんの アンソロジー、いろいろな作家さんに書いてもらいシリーズ化できないだろうか?」 そう思わせるほど魅力的で面白い作品だった。満足!


  蘆火野  船山馨  ☆☆☆
武田斐三郎に師事するべく函館にやって来た河井準之助は、斐三郎の下で働く おゆきと知り合う。勉学に励む一方で、料理の腕を振るう準之助。毎日かいがい しく働くおゆき。そんなふたりは、いつしか互いに惹かれあうようになる。だが、 幕末から明治へと時代は激動の時を迎え、ふたりも巻き込まれていくことになる。 準之助とおゆきの運命は・・・。

武田斐三郎、土方歳三、大鳥圭介、ブリュネ、新島襄など、歴史上の人物も 数多く登場する。時代は激しく揺れ動いた幕末から明治。時代の波に翻弄され 離れ離れになりながらも、おゆきと準之助はしっかりと心で結びついていた。 数々の困難や試練がふたりを襲う。函館における官軍と旧幕府軍の戦いでは、命の 危険さえ・・・。かろうじて函館を脱出したふたりはやがてフランスのパリへ。 準之助の料理人としての修行が始まる。だが、パリもふたりにとって安住の地では なかった。普仏戦争が始まり、ふたりを巻き込んでいく。「いつかふたりで函館に 自分たちの店を。」準之助の願いは、ラストで切なさを読み手にもたらす。おゆきの 運命にも涙した。
細やかで、そして味わいのある描写で、静かな感動を与えてくれる作品だった。 日本の歴史やフランスの歴史にも触れられていて、そちらの方も読み応えがあった。


  おたる・しりべし旅日記  北海道新聞社  ☆☆☆☆
小樽・積丹・ニセコ、岩内。ここには、魅力的な場所やイベント、そして おいしいものが盛りだくさん♪小樽・後志地方の魅力を余すところなく ぎゅっと詰め込んだ作品。

カラフルなイラストや温かみのある文章が、小樽・後志地方の魅力を最大限に 引き出している。長年住んでいるところなのに、こんなにも知らないことが あったのか!と驚いてしまった。そして、驚くと同時に新たな魅力発見に、にんまり。 「ここに行きた〜〜い!」読みながら何度そう思わされたことか。こんなに恵まれた 環境にいるのに、それにあまり気づかずにいたことがちょっともったいない。 できればこの本、地元の人ばかりではなく日本全国の人に読んでもらいたい。そして、 ここに書かれていることを、自分の目でぜひ確かめに来てほしい。小樽は、後志は、 こんなにもステキなところだったのか!と感動してほしい。


  空へ  ジョン・クラカワー  ☆☆☆☆
1996年5月10日に起こったエヴェレストの悲劇。アウトドア誌の記者として ロブ・ホール隊に参加していた作者は、この悲劇を目の当たりにする。それはいったい なぜ、そしてどのような状況のもとで起こったのか?作者自身の記憶、さまざまな 証言をもとに、克明に描き出した作品。

エベレストの天候はいつどうなるか分からない。わずか数十分の下山のタイミングの 違いが生死を分けた・・・。急変した天候。風が、雪が、寒さが、登山者たちの命を 次々に奪っていった。キャンプからわずか数百メートルのところまで来ていながら力 尽きた者もいた。どんなにベテランでも、どうすることもできない時がある。山は 過酷な世界だ。それなのに人はなぜ危険を冒してまで登ろうとするのか?私にはその 心情がどうしても理解できない。遺された家族、生き残った人たち。そのどちらも 悲劇なのだ。これから、深い傷を負った心を抱えて生きていかなければならない。 作者もその中のひとりだ。だが彼は、思い出すのもつらいこの悲劇を記録として 残そうとした。その努力に、深い感銘を受けた。実際に体験した者にしか描けない 生々しい描写があって、読んでいて胸が痛くなる時もあった。だが、この重い内容を 事実として受け止めなければならない・・・。
山について、さまざまなことを考えさせてくれる作品だった。ひとりでも多くの人に 読んでもらいたいと思う。


  ねずみ石  大崎梢  ☆☆☆
サトは、地方に伝わる祭りを研究しているいとこのために神支村のことをレポートに まとめたいと言う友人セイの手伝いをすることになった。けれどセイは、レポートの ことよりねずみ石に強く興味を示すようになる。なぜ?やがて、サトとセイは4年前の 殺人事件の真相に迫っていくことになるのだが・・・。

神支村の子供たちなら誰でも知っている「ねずみ石」。それは、願いごとをかなえて くれる、一生に一度きりの大切な宝物だった・・・。
4年前の祭りの日、ねずみ石を探していたサトは一時行方不明になる。同じ日、 村では悲惨な殺人事件が起こっていた。そして、記憶をなくして戻ってきたサト・・・。 セイの不可解な言動は?4年たった今も犯人が誰かわからない事件の真相は? 事件の謎を解くカギはサトの記憶の中にあるのか?新たな事件も起こり、事態は意外な 展開を見せる。読んでいて目が離せなかった。のめり込むほどではないが、適度な 緊張感を持たせてくれる作品だ。人物描写もていねいで、読んでいると登場人物ひとり ひとりの個性があざやかに浮かび上がってくる。特にサトとセイが魅力的だった。 ミステリーの内容自体は平凡で、犯人像や犯行動機も読んでいてそれほど引きつけられる ものはなかったが、読後感は悪くなかった。


  人生とは勇気  児玉清  ☆☆☆
人生について、仕事について、そして大好きな本について・・・。人としての生き方を 熱く語る、児玉清さんの最後のメッセージ。

真面目で礼儀正しい雰囲気。普段テレビから受ける児玉清さんの印象はこんな感じ だった。けれど、実際はとても情熱的な人だったのではないだろうか。この作品を読んで そう感じた。何事にも前向きに、ただひたすらがんばる。たとえ周囲が「無理なのでは?」と 思っても、引き受けやり遂げてしまう。俳優として、夫として、父として、彼は何事にも ひたむきだった。そして、本への情熱・・・。それは、この作品ばかりでなく、どの作品 からも強く感じる。本当に本が好きだったのだ。もっともっと長生きして、いろいろな 本を読んでもらいたかった。病に斃れたことが残念でならない。児玉清最後の作品であろう この本を、いつまでも手元に置きたいと思う。あらためて、児玉清さんの冥福を祈りたい。


  天涯の船  玉岡かおる  ☆☆☆
明治16年、アメリカ行きの船の中でひとりの少女の運命が変わった。
乗船していた下働きの少女は、その船で留学するはずだった酒井家の姫君・三佐緒の 身代わりを命じられる。虐待のような厳しい躾の日々。逃げ場のない状況の中、 ミサオは運命の人と出会った・・・。ひとりの女性の波乱に満ちた生涯を描いた作品。

酒井家の令嬢の身代わりに仕立て上げられ、ミサオは否応無しに時代の波に翻弄される。 運命の人、光次郎・・・。けれど、想いを遂げられる日が来ることはなかった。彼女は、 オーストラリア子爵家のマックスと結婚することになる。一方光次郎は実業家として 成功し、再び彼女の前に姿を現す。ミサオの心は揺れた。だが、さまざまなしがらみが 彼女を縛りつける。
彼女に次々と襲いかかる過酷な運命。ときには流され、ときには乗り越え、彼女はしだいに 強くなっていった。運もあったかもしれないが、その運も彼女が懸命に生きてきたから こそのものだ。どんな状況になっても決して弱音を吐かず、真正面から立ち向かう彼女の 姿には感動を覚えた。前半は本当に面白く、ぐいぐい引き込まれた。だが後半になると、ミサオと 光次郎の安っぽいメロドラマのような感じになってしまった。少々興ざめといった感じでつまら ない。自分の心のおもむくままに生きるということがこういうことだったのかと思うと、正直 がっかりした。誰が傷つこうがまったくかまわないということなのか?壮大な物語だけに、 失望感は大きいものがあった。後半にも感動がほしかった。読後、不満が残る作品だった。


  夢幻花  東野圭吾  ☆☆☆
花を育てるのが好きな祖父周治のために、梨乃はブログを作成し、彼の育てた 花を写真入りで載せていた。だが、周治がブログに載せるのを強く禁じた花が あった。黄色い花・・・。その花にはいったいどんな秘密が隠されているのか? そんな中、周治が何者かに殺され、黄色い花が奪われた!梨乃は真相を探るべく 行動を開始したのだが・・・。

祖父が殺されたとき、何者かが黄色い花の鉢を持ち去ったことに気づいた梨乃は、 ブログでその花の写真を公開し情報を得ようとした。そんな梨乃に近づいてきたのは、 蒲生洋介だった。そしてその弟の蒼太もひょんなことから梨乃と知り合いになる。 蒼太は、父や兄洋介に対し幼い頃からなぜか違和感を抱いていた・・・。
蒼太が違和感を抱く蒲生家の秘密とは?蒼太の兄の不可解な行動は?そして蒼太と知り 合った孝美がなぜ突然離れていったのか?梨乃の祖父はいったいどんな思いを抱えていた のか?などなど、作品のあちこちにはささいな疑問や謎、違和感が散らばっている。読み 終えたあと、そういうものすべてに重要な意味があり、きっちりとつながっていることに 驚かされた。作者は実に巧みにストーリーを構築している。読み手は、読めば読むほどこの 作品から離れられなくなってしまう。「真実が知りたい!」その思いが強くなる。ラストまで 一気に読ませる力がある作品だと思う。ただ、物事のつながり方が少々強引だと思うところも あった。黄色い朝顔のたどった運命、人それぞれの思いなど、心に響く部分もあったが・・・。 まあまあ面白い作品だと思う。


  あの日にかえりたい  乾ルカ  ☆☆☆☆
専門学校2年生の佳代は、ボランティア先の特別養護老人ホームで みんなから偏屈爺さんだと言われている石橋老人と親交を深めていった。 佳代に心を許した老人は、自分の過去を語り始める。
「できることなら、俺はあの日に帰りたい。帰りたいんだ。」
老人のこの言葉には、いったいどんな思いが込められているのか?
表題作「あの日にかえりたい」を含む6編を収録。

時の流れは、止められるものでも巻き戻しができるものでもない。けれど 人は、「できるのならあの日あの時に戻りたい。」と切に願う時がある。 後悔に満ちた心・・・。それは何と切ないものだろう。
6編どれもが読んでいて胸に迫るものがあった。中には切ないと言うより 少々不気味に感じる話もあったが。その中で特に心を動かされたのは「翔る 少年」だ。父と二度目の母と小学5年生の元。この3人を襲った悲劇が、15年と いう時を超えてよみがえる。それは、義理の母と少年の心を通い合わせるため だったのか。後悔の中で生きてきた母。15年前、自分の心のうちを語ることが できなかった少年。すれ違っていたものがしだいにつながっていく。切ない切ない 切ない・・・。読んでいて泣けた。だが、少年の心が幸福感で満たされていくような ラストには救われた。「夜、あるく」も、心に残った。生きていてよかったと思える 瞬間が、人生の中できっとあるはずだ。それを信じて、これからも前向きに生きて いける気がした。
「人生はやり直しができない。だからこそ、悔いのないように 一日一日を大切に生きなくてはならない。」そういう思いを強く抱かせてくれる、 面白い作品だった。


  流星雨  津村節子  ☆☆☆
幕末から明治。この歴史の激しい流れに翻弄された藩があった。 会津藩・・・。男たちだけではなく、女たちも過酷な運命にさらされる 事になる。敗走の先には、いったい何が待ち受けているのだろうか? 激動の時代を生き抜いたひとりの少女の物語。

歴史の流れが変わるときはいつも、多くの者たちが犠牲になる。何が正しくて 何が間違っているのか、それは誰にも分からないことなのではないだろうか。 人々は歴史の大きなうねりの中で、ただおのれを見失わないようにするだけで 精一杯なのだ。あきもそのひとりだ。戦いで父や兄を失い、転封により過酷な 土地への移住を余儀なくされる。食べ物もろくにない土地で生き延びなければ ならない。その生きざまは壮絶だ。もと会津藩の人たちは、人としてまともに 扱ってはもらえない。新政府は、それほど会津が憎かったのか・・・。
「自決した方がよかったのでは?」
そう思いつめるほどひどい生活が続く。そして・・・。ようやくあきに一筋の 光が当たる。貧しい生活からやっと抜け出すことができたときはほっとした。 あきもこれで幸せな人生を送ることができると思った。だが、作者は意外な結末を 用意していた!
真に迫る戦いの描写、会津の人たちの悲しみや苦悩、それらがとてもよく描かれている。 会津の歴史を知ることができたのもよかった。印象に残る作品だった。



  六月の輝き  乾ルカ  ☆☆☆
美耶と美奈子は幼なじみ。家が隣同士ということもあり、とても仲が良かった。 だが、美耶の持つ「不思議な力」がふたりの関係に影を落とした。美耶の力は、 本当に「奇跡の力」なのか?ふたりの少女を待ち受ける運命は・・・?

「病気の人間を治せる。」そう信じた人たちが美耶に救いを求めてきた。 美奈子もそのひとりだった。だが、思わぬところからふたりの関係にひびが入る。 関係を修復できないまま月日だけが流れ去る。心がすれ違ったふたり・・・。美耶の 苦悩、美奈子の苦悩、それぞれの苦悩が痛みを伴って読み手に伝わってくる。 生きるということは、残酷なほどつらいだけのときもある。けれど、美耶に問いたい。 「これほどまで自分を追い詰める必要があったのか?なぜ、いつも自分自身のことより 他人のことを優先したのか?」命を削るような美耶の行動には涙を誘われた。また、美耶と 彼女の母との関係も、切ないものがあった。母と娘、もっと心が通い合ってもよかったのに・・・。
内容は重いが、読後はおだやかな感動を与えてくれる。余韻の残る作品だった。


  和菓子のアン  坂木司  ☆☆☆☆
高校卒業後の進路も、やりたいことが見つからず特に決めていなかった。 自分の容姿にも自信が持てず、毎日をなんとなく過ごしていた。そんな梅本杏子が、 デパートの地下にある和菓子屋さんで働くことになった。そこで起こるできごと とは・・・。和菓子をめぐる5つのミステリーを収録。

18歳の梅本杏子は、みんなから「アンちゃん」と呼ばれかわいがられている。 和菓子を買いに来るのは、実にさまざまな人だ。椿店長は、私生活はユニークだが、 和菓子の知識は抜群!どんなものを買い求めるかで、客の置かれている状況や心情を 見抜き、和菓子にまつわる謎をあっという間に解いてしまう。その鋭い洞察力には、 杏子もびっくり!
和菓子というのは奥が深いものだと、この作品を読んで初めて知った。和菓子に 込められた作り手の思いには、正直頭が下がる。そして、和菓子を本当に好きな人は、 その思いをちゃんと分かっていて季節や状況に応じてそれにふさわしいものを買って いくのだ。実は、私は甘いもの、特に和菓子が苦手だ。そんな私が、この作品に出て くる和菓子を味見したいと思ってしまった。そのくらい、作者の和菓子の描写は実に 見事だ。登場人物も個性的で、魅力的だった。そして、和菓子をめぐる5つの話は、 どれも面白かった。読後も充分満足感を味わえた。和菓子を好きな人も、そうでない人も、 楽しく読める作品だと思う。


  ガソリン生活  伊坂幸太郎  ☆☆☆☆
望月家の愛車は緑のデミオ♪いつも望月家の家族を乗せて、楽しく走っていた。 だが、ある女性を乗せたことから思わぬ事件に巻き込まれることに!はたして 結末やいかに???

「車が、排ガスの届く範囲で会話している。」そんな、ユニークでユーモラスな 設定だ。だが、この車の会話、決して侮れない。恐るべき量の情報があちこちから 入ってくる。望月家に迫る危機だって、デミオはちゃんと察知する。だが、悲しいことに、 それを望月家の人たちに伝えるすべがない!「どうする!デミオ!このまま手を拱いて 見ているしかないのか!?」でも、ご安心あれ。作者は、あちこちに散らばった事件や 問題を手際よくかき集め、きっちりと収めるべきところに収めていく。相変わらず 見事な手さばきだ。読んでいても気持ちがいい。ラストも、お見事!こういう結末は、 ほのぼのとした余韻を残してくれる。「よかったね!」と思わずつぶやいた。
それにしても、車の運命は持ち主しだいなのだと改めて感じた。どんな運命でも受け入れる しかない彼らの状況には、ホロリとさせられるところもあった。我が家の車も、大切に しなくては!
切れのいい展開で、最初から最後までしっかり楽しめる面白い作品だった。


  神々の山嶺  夢枕獏  ☆☆☆
ネパールの首都カトマンドゥの路地の奥の登山用具店で見つけたものは・・・。 すべてはそこから始まった。マロリーのものと思われるカメラを追う深町は、 ひとりの男と出会う。伝説の登山家、羽生丈二だった。深町は、しだいに 羽生という男にのめり込んでいくのだが・・・。

イギリスの登山家ジョージ・マロリーは、エヴェレスト初登頂に成功したのか? マロリーが遭難死してしまった今、1924年の登頂には数多くの謎が残る。 その謎を解く最大のカギが、マロリーのカメラだと言われている。残念ながら未だに 発見されていない。この小説では、そのマロリーのカメラが実に効果的に使われている。 カメラを追ううちに、深町はそのカメラの発見者である羽生に興味を抱くようになる。 知れば知るほど、羽生という男に惹かれていく。
それにしても、人はなぜこれほどの危険を冒してまでも山に登るのだろう。常に死と 隣り合わせだというのに。読んでいると、無事下山できるのが不思議なくらいの過酷な 世界だ。たったひとつしかない自分の命。それを懸けてまで挑むということが どうしても理解できない。だが、羽生も深町も、エヴェレストに命を懸ける。その描写の 迫力は、読み手である私を圧倒する。羽生の、深町の、執念に満ちた息づかいが聞こえて くるようだ。山は・・・すごい!
とても面白い作品だと思う。けれど、後半にダラダラしていると感じる部分があって、 飽き気味になってしまった。ラストもでき過ぎのような気がする。個人的に、少々不満が残る 作品だった。


  銀の島  山本兼一  ☆☆☆
「崇高で美しい魂の物語を書きたい。」
作家である”わたし”は、フランシスコ・ザビエル神父について書くことを 決心する。はるばる神父ゆかりの地ゴアにやってきた”わたし”は、ある 日本人の手記を発見したが、そこには驚くべきフランシスコ・ザビエルの姿が 描かれていた・・・。

「神父に抱いていた崇高の念は幻想だったのか!?」
神に仕えるザビエルだが、ひとりの人間としての生々しい姿もさらけ出している。 そこに安次郎は矛盾を見出した。だが、ザビエルには彼なりの理論や信念があった。 石見の銀が、人々の欲望をむき出しにさせる。ザビエルもその醜い渦の中に否応なく 巻き込まれていく・・・。
さまざまな人間の波乱万丈のドラマが次々に語られていく。読んでいて引き込まれた。 けれど、中盤はだらだらとした描写が続き少々うんざりした。また、本の帯の「石見 銀山を死守せよ!」の言葉に惹きつけられ期待して読み始めたのだが、その部分はページ 数も少なく、意外にあっさりと描かれていて拍子抜けした。盛り上がりに欠ける対決シーン には多いに不満が残る。なぜこんなにあっけなく終わらせてしまったのか不思議だ。ここが 一番の読ませどころではないのか?発想がよかっただけに、読後に満足感が得られなかった のがとても残念だ。


  桜ほうさら  宮部みゆき  ☆☆☆☆
富勘長屋に暮らす笙之介には、人に言えぬ思いがあった。
「父の無念を晴らしたい。」
身の回りで次々と起こる不思議なできごとを解決しながら、笙之介は父の死の 真相を追い求める。求める先に待っているものは・・・。

人は、本当にさまざまなものを背負って生きている。悩み、苦しみ、悲しみ・・・。 でも、この作品に登場する笙之介や和香、そして富勘長屋の人たちは、皆背負って いるものは違うけれど前向きに生きている。明日という日への希望を決して 捨ててはいない。だが一方で、自分の未来を自らの手で閉ざし、心を黒く塗りつぶして しまった人もいる。「誰がどうなろうとも関係ない。」投げやりな生き方をしている者の 心に悪が入り込む・・・。笙之介の父を死に追いやった者は憎い。だが一方で、 そんな生き方しか選べなかった者に、哀れみも感じる。成長するということは、 人の愚かな部分や醜い部分を知るということではないだろうか。そういう意味では、 笙之介はずいぶん成長したと思う。母と笙之介、兄と笙之介、その関係は必ずしも 好ましいものではなかったけれど、笙之介ならそれを乗り越えていけるだろう。この 作品を読み終えたとき、タイトルに作者の深い思いが込められていたことに気づいた。 そしてそれは、読み手である私の心にほのぼのとしたぬくもりを残した。心にしみる、 しっとりとした深い味わいのある作品だった。


  てふてふ荘へようこそ  乾ルカ  ☆☆☆☆
「格安物件!」だが、旨い話には裏があった・・・。てふてふ荘の6つの部屋 すべてには、自縛霊がいたのだ!入居者と自縛霊の、切なくて温かな物語6編を 収録。

自縛霊との同居!何ともユニークな設定だ。人は、生きていても死んでいても さまざまな悩みや苦しみを抱えているのだなぁ・・・。それぞれの心のひだに 隠された悲しみに触れるたび、胸が痛かった。生きるって何だろう?死ぬって 何だろう?この作品を読んでいると、その境界線を考えずにはいられない。どの 話もよかった。特に3号室の話には心を揺さぶられた。誠意を持って臨めば、 相手も誠意を持って返してくれる。努力すれば報われるのだ!
泣けた。とにかく泣けた。でも、悲しいばかりではない。今後の人生に希望が持てる ような、前を向いてしっかり生きていけるような、そういう気持ちにもさせてくれた。 ほのぼのとしたぬくもりが心に残る、珠玉の作品だった。


  メグル  乾ルカ  ☆☆☆☆
学生部にいる彼女は、学生にアルバイトや家庭教師を斡旋する奨学係 唯一の女性職員だったのだが・・・。
彼女にアルバイトを強制された学生たちは、アルバイト先で不思議な体験をする。 奇跡は、本当に存在するのだろうか?5編を収録。

どの話も不思議な話だった。特に印象に残ったのは「ヒカレル」だ。 逝く者遺される者、どちらもとても寂しいのだ。そのどうしようもない 寂しい思いが、読み手側にも切々と伝わってくる。けれど、悲しさの中で 起こった奇跡に、未来への光を見た。
「モドル」もよかった。バラバラになりかけていた家族の心がまたひとつに なっていく。悲しみや怒りが消え、思いやりの心が生まれていくさまに救われる 思いがした。
最後に収録されている「メグル」も印象に残った。不幸な最期を迎えなければ ならなかった女性の悲哀が凝縮されている。ラストの彼女の言葉が胸に突き刺さる。 ホロリとした。
独特の世界観を持つ作品で、切ない中にも「ヒト」というものがしっかりと 描かれていて好感が持てた。ステキな作品にめぐり会えて、本当によかった♪


  すべては今日から  児玉清  ☆☆☆
この人ほど本を好きな人を、私はほかに知らない・・・。
無類の本好きだった児玉清さんが本について熱く語るエッセイ集。

この作品は、児玉清さんが亡くなったあとに出版されたものだ。単行本に未収録の ものをできる限り集めたそうだが、何点か以前読んだものもあった。児玉さんが どれくらい本を愛していたか、あらためてそれを実感した。この人は、本当に本が 好きだったのだ。熱く、本当に熱く熱く本について語っている。「そんなに熱く語る 本なら私も読んでみたい!」そう思った本がたくさんあった。だから、メモとペンを 傍らにおいてこの作品を読んだ。メモした本を、少しずつでもいいからじっくりと 読んでいきたいと思っている。児玉さんは、まだまだ本を読みたかったと思う。 その死が惜しまれてならない。


  ヒート  堂場瞬一  ☆☆☆
「神奈川県は、世界最高を目指す!」
そう高らかに宣言した知事に、神奈川県教育局スポーツ課の音無は目を見張る。 カギを握るのは、山城という男だった・・。はたして、42.195キロに 奇跡は起きるのか?

「世界最高記録更新」それがとてつもなく困難なことだと、誰もが知っている。 だが、この困難なことに敢えて挑戦しようとする男たちがいた。入念なコース 設定、選手やペースメーカー探し、気候への対策、マスコミへの宣伝・・・。 やることは山ほどあった。それにしても、マラソンというスポーツが、こんなに 繊細なものだとは知らなかった。ペースメーカーがこれほど重要な存在だという ことも初めて知った。走る当人はもちろんのこと、それを支えるスタッフの努力は 並大抵ではない。
後半は思わぬ展開になった。はたして世界最高記録は出るのか〜〜〜!?手に汗握る 緊迫した状況に、読んでいて心臓がドキドキしてきた。それだけに、ラストは微妙だった。 プツンと途切れてしまった感じがした。「ここで終わっていいのか!」そう叫びたいのは、 私だけだろうか・・・。


  147ヘルツの警鐘  川瀬七緒  ☆☆☆
悲惨な焼死体の腹部から発見されたのは、意外なものだった!
困難な事件に、警視庁は法医昆虫学者・赤堀涼子の起用を決定する。 被害者の体に残されたわずかな手がかりから、彼女がたどりついた真実とは?

虫が嫌いだ。この作品の中にはたくさんの虫が登場する。読んでいるだけでも、 背中がむずむずしてくる。けれど、虫の生態はとても興味深いものばかりだった。 「ウジ」から死亡時間が推定できるのには驚いた。恐るべき、ADH!
赤堀涼子。彼女は心から虫を愛している。虫のことを「この子たち」と、親しみを 込めて呼ぶ。彼女はいつも言う。「虫たちが教えてくれる。」と。物言わぬ虫たちが 発するメッセージを、彼女はしっかりと受け止める。この法医昆虫学という発想は とても面白かった。けれど、事件そのものの組み立て方はやや荒っぽく、説得力に 欠ける感じがした。ストーリー展開も、もう少し滑らかさがあれば読みやすかったの では?でも、「赤堀の活躍をもっと読んでみたい!」と思う。作者の川瀬七緒さんに お願いしたいなぁ・・・。


  とんび  重松清  ☆☆☆
昭和37年。28歳のヤスさんに待望の長男が生まれた。愛する妻美佐子、 そして大切な息子アキラ。かけがえのない家族。ヤスさんは幸せに包まれて いた。けれど、その幸せは長くは続かなかった・・・。父と息子の愛情物語。

昭和ひと桁生まれのヤスさんは、私の父母と同じ年代だ。私は父を早くに亡くしたが、 生きていればきっとヤスさんと同じ頑固者だっただろうと思う。愛情が無いわけではない。 けれど、愛する者に対して「愛している。」とは口が避けても言わない。いや、照れ くさくて言えないのだ。もしそんなことを口にしたら、男の沽券に関わるとでも思って いるのだろうか?
妻を亡くし、男でひとつで息子アキラを育てるヤスさん。彼は、不器用な生き方しかできない。 でも、まなざしは温かく、人を思いやる気持ちは誰よりも強い。息子のアキラは、そんなヤス さんのことをちゃんと理解している。父親の愛情を全身に感じている。いい親子だな〜と思う。 けれど、そんな親子にも別れのときはやってくる。子が巣立つ。それは、うれしくもあり、 悲しくもあり・・・。
読んでいて、切ない中にもほのぼのとしたぬくもりを感じた。親子の絆にもあらためて目を 向けさせてくれた、心に残る作品だった。


  七つの会議  池井戸潤  ☆☆☆☆
出世街道からはずれ居眠りばかりしている万年係長の八角が、最年少で 課長に昇進した坂戸をパワハラで訴えた!坂戸に対する異例ともいえる 厳しい処分に、原島は疑問を抱く。実は、このパワハラ問題には、深刻な 事実が隠されていた・・・。「居眠り八角」を含む8編を収録。

大企業の奢りか?消費者を無視した利益優先主義。そのことに異議を唱えれば 出世街道からはずされる。見て見ぬふりをしなければ会社内で生き残ることが できないなんて、あまりにもひどすぎる。会社勤めをしている者が出世を望むのは 当然のことだと思う。けれど、出世のためには手段を選ばないという考え方には 猛烈に抗議したい。安全性が優先ではないのか?大事故が起こってからでは 遅すぎる。この作品に登場する東京建電という会社には怒りを感じる。ミスを隠蔽 したり、正しい意見を言う者が排除されるということは、決してあってはならない。 嘘をついて信頼を失った会社に、もう未来はない。
今回も非常に熱くなって読んだ。憤りも感じた。でも、ラストで救われる思いがして ほっとした。一気読みするほどの面白い作品だった。


  盤上の夜  宮内悠介  ☆☆
海外で四肢を失った由宇にとり、囲碁盤は自分の感覚器だった。 棋士たちの一手一手が由宇の体の地図にプロットされ、やがて1枚の 棋譜となっていった・・・。 囲碁という過酷な戦いの中に身を置いたひとりの女性を描いた表題作 「盤上の夜」を含む6編を収録。

洗練された技術や鋭い刃物のような研ぎ澄まされた感覚などを駆使して、 ”戦士”は「盤」という戦場で戦う。囲碁、チェス、将棋、マージャンなど、 盤上で繰り広げられる戦いには、つねにさまざまなドラマがある。 6編どれも、今までとは違う何かを持っていると感じながら読んだ。けれど、 残念ながら、共感できたかと問われれば否定せざるを得ない。この作品は、好き嫌いが 大きく分かれる作品ではないだろうか。ルールがある程度分からなければ楽しめない ところがある。特に「清められた卓」では、麻雀のルールを知らないと面白さ半減、 いやそれ以下だと思う。評判がいいので読んでみたが、あまり魅力は感じず、いまいち だった。異色性は感じたのだが・・・。


  残り全部バケーション  伊坂幸太郎  ☆☆☆
「相手が泣きそうになる仕事なんてしたくない。」
訴えた岡田に、溝口が出した条件とは・・・?裏家業コンビの 溝口と岡田にまつわる5編を収録。

自分の身を守るため、岡田を窮地に追いやってしまった溝口。平気な顔をして 生きていくのかと思ったら、案外そうでもないらしい。溝口には、彼なりの 岡田への思いがあったのだ。岡田はどうなってしまったのか?それは、溝口だけ ではなくこの作品を読む人なら誰でも気になるところだろう。作者の物語のまとめ 方は絶妙だった。余韻も残る。そして、思わずニヤリとしてしまう。希望を持って いいのかな〜?
この作品の中で語られる5つのエピソードはどこかで少しずつつながっていて、 そのつながり方はまさに職人技!伏線も見事!伊坂さんらしい作品だと思う。伊坂 ワールドにどっぷりと浸ることができて満足満足♪面白い作品だった。


  めくらやなぎと眠る女  村上春樹  ☆☆☆
聴力に障害のあるいとこを病院に連れて行くとき、彼は過去に聞いた物語を 思い出していた。めくらやなぎの花粉をつけた蝿が耳に入り、女を眠らせる。 そしてその蝿は、女の体の中身を食べていく・・・。いとこの耳と、眠る女の 耳。目に見えないものの中にある重要なものとはいったい何か?表題作「めくら やなぎと眠る女」を含む6編を収録。

村上春樹さんの文章には、実にさまざまなメッセージが含まれている。 読んでいるときには分からなくても、そのメッセージは確実に心の中に 入り込んでいる。そしてそれは、日常生活を送る私の目の前にさまざまな感情を 伴って突然現れる。恐怖、不安、感傷、憐憫、ときにはおぞましさも・・・。
6編の中で特に印象に残ったのは、「七番目の男」だった。波にさらわれたKの にやりと笑った顔が目に浮かんできそうで、背筋が寒くなった。「蟹」の 気味悪さも、後々まで残るものだった。思わず手で口を押さえそうになった。 「人喰い猫」では、猫がさまざまなものを食べる音が聞こえそうで怖かった。 これらの話は、読んだあともかなり長い間心に残り続けた。完全に村上ワールドの 世界に引き込まれてしまった。中には正直まったく理解できない話もあったが、 それはそれで不思議な魅力を感じさせるものだった。読み手をこんなに複雑な気持ちに させる作家は、他にはいないのではないだろうか。
長編とはまったく違う味わいがある作品だった。村上ファン必読の1冊だと思う。


  旅猫リポート  有川浩  ☆☆☆☆
しっぽが曲がっていて数字の7に見えることから、ナナと名づけられた猫がいた。 飼い主のサトルは、ある日ナナを連れて旅に出る。やむを得ない事情でナナを 飼えなくなったサトルは、昔の友人たちを訪ねながら、もらい手さがしを始めたの だった・・・。

サトルはナナと一緒に旅に出た。遠い昔の思い出は、悲しいこともあったけれど、 仲間と笑いあう楽しいこともたくさんあっただろう。その楽しい思い出をひとつ ひとつかみしめるように、サトルは懐かしい人たちに会いに行く。読み進めていくうちに、 サトルがナナを手放さなければならない事情がなんとなく見えてきた。それでも、「どうか、 私の考えがハズレでありますように!」と祈るような気持ちで読んだのだが・・・・。
ナナとサトルの関係は、本当にほほえましかった。サトルの思いがせつない。ナナの思いが せつない。なぜふたりは別れなければならないのだろう。こんなにもお互いがお互いを 必要とし合っているのに。つらく悲しい運命を彼らに与えた作者に、言えるものならひとこと 文句を言いたい。
ラストは、本当にじんときた。私のような猫好きにはたまらない作品だと思うが、猫好きで ない人も大きな感動に包まれることだろう。でも、決して人前では読まないように。泣き顔を 公衆の面前にさらすことになります(笑)。


  ロスジェネの逆襲  池井戸潤  ☆☆☆☆☆
東京中央銀行の子会社である東京セントラル証券は、大きな仕事を手にする。 IT企業の電脳雑伎集団の社長から、東京スパイラル買収の相談を受けたのだ。 だが、東京中央銀行がその仕事を強引に横取りした。窮地に陥った半沢は、 起死回生の策に出る。

理不尽なことや間違ったことに正々堂々と「ノー!」と言う。「やられたらやり返せ!」 「やられたら倍返し!」半沢のその信念は、いくつになろうとどこにいようとまったく 変わらない。
今回の戦いの相手は、親会社である東京中央銀行だ。だが、半沢はひるまない。自分の 立場がどうなろうとも、卑劣な相手には真っ向から勝負を挑む。その生き方は痛快だ。 形勢は不利で、追い詰められもう打つ手がない土壇場にきても、半沢は決してあきらめ なかった。状況を冷静に分析し最善の手を模索する。それにしても、なんと私利私欲に 満ちている人間が多いことか!相手を追い落とすこと、自分の保身、それ以外に考える ことはないのか?読んでいて憤りを感じた。「半沢!やれーー!」読みながら、何度も 半沢にエールを送った。現実にはこういう状況はあり得ないかもしれない。けれど、 この作品は読む者に希望を与えてくれる。最後に正義は勝つのだ。
起伏に富んだ内容で、読み手の心をつかんだら最後まで絶対に離さない。読後も爽快さを 味わうことができた。とても面白い作品だと思う。満足満足♪オススメです!


  眠りの森  東野圭吾  ☆☆☆
葉瑠子が人を殺したという知らせが美緒に入った。バレエ団の事務所に侵入した 男と鉢合わせし、その男が襲いかかってきた結果こういうことになってしまったのだ。 正当防衛か?だが、今度はバレエ団の関係者が謎の死を遂げる。加賀たちの捜査から 浮かび上がってきたのは、バレエ団の隠された事情だった・・・。

はたから見れば華やかなだが、一歩中に入るとそこは過酷な世界だった。嫉妬や確執も あるだろう。他人との戦いばかりでなく、自分自身との戦いもあるだろう。上を目指す ためには、常に何かを犠牲にしなければならないのだ。そういう中で起こった殺人・・・。 巧妙なトリックは犯人の執念の現われなのか?事件の真相に迫れば迫るほど、加賀の 苦悩は増していく。ミステリーの部分も面白いが、加賀がひとりの女性に惹かれていく 過程もとても興味深い。加賀恭一郎にこういう過去があったとは!果たして恋は成就する のか?
バレエという特殊な世界を、わかりやすくよく描いていると思う。ちょっぴりほろ苦い余韻が 残るラストも、印象的だった。


  ブロードアレイ・ミュージアム  小路幸也  ☆☆☆☆
1920年代の古き良き時代のブロードウエイの裏通りに、ブロードアレイ・ ミュージアムがあった。30数年後、当時のことを聞きにある男がかつての <さえずり屋>グッデイを訪ねてきた。グッディが語るブロードアレイ・ ミュージアム(BAM)・・・。そこにはいったいどんなドラマがあったのか? 不思議な感動に満ちた物語。

物に触れると、その物にまつわるいろいろなできごとが見えてしまう不思議な少女フェイ。 彼女のために、彼女が見た”これから起ころうとする悲劇”を防ごうと奮闘するブッチ、 メイベル、バーンスタイン、モース、エディの5人のキュレーターたち。ブロードアレイ・ ミュージアム(BAM)に集う人たちは、個性的で何とステキな人ばかりなのだろう。
「サッチモのコルネット」「ラリックのガラス細工」「ベーブ・ルースのボール」 「シャネルの0番」「リンドバーグの帽子」、そのどれもがミステリアスで面白い。 さまざまな謎を解いていくうちに、BAMの秘密やフェイの秘密も少しずつ明らかに なっていく。BAMで、フェイは本当に楽しく暮らしていたのだけれど、彼女が決断 しなければならない日がやって来た・・・。「フェイ、本当にそれでよかったの?」 彼女に問いかけてみたい。
時は流れる。どんなに楽しい日々も、いつかは過去のできごとになってしまう。 けれど、どんなに月日が経とうとも、決して色あせることなく輝く思い出がある。 それがBAMでのできごとだと思う。
ちょっぴり切なくほろ苦い、いつまでも心に 残るステキな作品だった。