*2016年*

★★五つ星の時のみ ☆の部分 をクリックすると 「ゆこりんのおすすめ」 へジャンプします★★

★ 五つ星・・おすすめ♪  四つ星・・面白い  三つ星・・まあまあ  二つ星・・いまいち  一つ星・・論外 ★


  あまからカルテット  柚木麻子  ☆☆☆
花火大会でたまたま隣のシートに座った男性がくれたのは、稲荷寿司だった。そのおいしさに惹かれただけではなく、その男性にも惹かれてしまった咲子。手がかりはもらった稲荷寿司だけ・・・。咲子の恋を成就させるべく、3人の親友が立ち上がった!「恋する稲荷寿司」を含む5編を収録。

中学時代から仲良しのアラサー女子4人組。友情は中学時代からずっと変わることなく続いていた。誰かが困った時は、他の3人が駆けつけ助けてくれる。4人は堅いきずなで結ばれている。置かれている状況は4人それぞれ全く違うのに、友情がこんなに長い間続いているなんてうらやましい。だが、そんな彼女たちの友情にもピンチが訪れる。「おせちカルテット」では薫子の一大事に他の3人が駆けつけようとするが、さまざまな事情で足止めされる。友情より自分の都合を優先すべきか?助けを求めている薫子はどうする?彼女たちの奮闘ぶりが面白い。
軽いタッチで描かれていて、さらりと読める。現実にはあり得ないような話もあるが、それなりに楽しめると思う。


  みかづき  森絵都  ☆☆☆
1961(昭和36)年, 小学校の用務員として働く吾郎は、用務員室で子供たちに頼まれて勉強を教えていた。やがて、用務員室は大島教室と呼ばれるようになる。そんなとき、大島教室に通うひとりの少女の母親・赤坂千明が現れる。彼女の立上げる塾に来てほしいと誘われた吾郎は・・・。

1961(昭和36)年。まだ塾の存在が社会に認められていない時代だ。吾郎は千明と結婚し、学習塾を立上げる。順風満帆ではない。紆余曲折を経て、塾はしだいに成長していく。だが、成長し規模が大きくなるにつれて、千明と吾郎の考え方の違いが明確になっていく。理想を追い求める者と現実に根ざそうとする者。やがて、ふたりの間には亀裂が生じていく・・・。
親から子へ、子から孫へ。時代は流れていく。その流れの中で、塾の有り様も変わっていく。塾の存在が認められる半面、国の教育機関との関係が問題化する。奔走する千明。見守るしかない吾郎。そして、そんな両親を見つめる3人の子どもたち。いったい日本の教育はどこへ行こうとしているのか?混沌とした状況の中、塾はさまよい続ける。そして、行きついたところは・・・。
単行本で約460ページの、親子3代にわたる壮大な物語だ。千明と吾郎が追い求めるもの、彼らの3人の子どもたちや孫のそれぞれの人生、それらは感動的なはずなのだが、読んでいてそれほど感動することはなかった。登場人物の生き方や考え方にも共感できる部分は少ない。熱く語られる教育論も、読んでいる途中で飽きてしまう。情熱がこちらまで伝わってこない。高評価の作品なので期待して読んだのだが、それほど面白いとは思えなかった。


  名もなき日々を  宇江佐真理  ☆☆☆☆
蝦夷松前藩の上屋敷に奉公している茜は、若君から好意を持たれた。そのことが原因で、茜は否応なしに藩の権力争いに巻き込まれていく。「誰も信じることができない。」四面楚歌の状態の中、茜の心はしだいに追い詰められていった・・・。表題作「名もなき日々を」を含む6編を収録。髪結い伊三次シリーズ12。

幼かった者たちも時がたてば成長し、大人になってゆく。茜は上屋敷に奉公し、伊与太は絵師のもとに弟子入りする。そして、伊与太の妹・お吉も髪結いの修業を始めた。それぞれがそれぞれの道を進んでいく。けれど、大人になるということは、今まで見えなかったものを見たり、今まで聞こえなかったことを聞くことでもある。大人の世界の醜い部分にどんどん触れざるを得なくなってくる。自分に降りかかる問題は、自分で解決しなければならないのだ。親は見守ることしかできない。それはいつの時代でも同じなのかもしれないが・・・。
時が流れ、やがて若い者たちの時代がやってくる。龍之進、茜、伊与太、お吉。いったい彼らの行く末は?そして年を重ねる伊三次、お文たちの今後は?ますます目が離せない。
切ない中にも心に温もりをもたらす、読みごたえのある面白い作品だった。


  明日のことは知らず  宇江佐真理  ☆☆☆☆
八丁堀の町医者・松浦桂庵の母親の美佐は、伊三次とも顔見知りだった。その美佐が、突然亡くなった。事故死だった。伊三次は、美佐の死が本当に事故死なのか疑問を感じ調べ始めたのだが・・・。「あやめ供養」を含む6編を収録。髪結い伊三次シリーズ11。

「あやめ供養」では、思わぬことで命を落とすことになった美佐について描かれている。母の米寿の祝いができなくなってしまった桂庵の胸の内を思うと心が痛む。お金のために罪を犯す。それはいつの時代にもあるのだと思うと、暗澹たる気持ちになる。
「赤のまんまに魚そえて」では、自分勝手な非情な男に惚れた女性の悲劇を描いている。読んでいてとても切なかった。
「明日のことは知らず」では、伊三次の息子・伊与太と不破友之進の娘・茜について描かれている。伊与太は、悲劇に直面したときに思わず茜の名前を口にした。伊与太の茜を想う気持ちが強く伝わってくる。その茜は、奉公先のお家騒動に巻き込まれようとしていた。茜も伊与太に想いを寄せているが・・・。いったいこのふたりはこの先どうなるのか?とても気になるところだ。
いい悪いに関わらず、時は流れていく。その時の流れの中で、老いていく者もあれば、成長していく者もある。この先どんな未来が待っているのか、それは誰にも分からない。分からないからこそ、人は今を大切に生きなければならないと思う。
味わいがあり深い余韻を残す、面白い作品だった。


  月は誰のもの  宇江佐真理  ☆☆☆☆
江戸の大火で住むところを失った伊三次とお文は、落ち着き先が決まるまでの間別れて暮らすことになった。伊三次の色恋沙汰、お文の父親の出現、八丁堀純情派と本所無頼派のその後、そして長女・お吉の誕生と、今まで描かれることのなかった10年を描いた作品。髪結い伊三次シリーズの番外編ともいえる作品。

以前、髪結い伊三次シリーズ8の「我、言挙げす」とシリーズ9の「今日を刻む時計」を読んだときに、シリーズ8とシリーズ9の間に10年もの空白があることにひどく驚いた。それ以来ずっと、描かれていない10年間がとても気になっていた。この作品は、その空白部分を埋める話となっている。
八丁堀純情派と本所無頼派のその後は興味深かった。不和龍之進と元・無頼派の次郎衛の間に生まれた友情は意外だったが、ちょっと胸が熱くなった。
お文とその父親の話はとても感動的だったが、切なさを感じるところもあった。立場上互いに名乗り合うことはできなかったが、父と娘の心はしっかりつながっていると強く感じた。ふたりが出会えて本当によかったと思う。
人の悲哀を温かなまなざしでしっとりと描いている。やりきれない思いを感じる中にも、どこか救いを感じさせる部分もある。それが、読後感を心地よいものにしていると思う。とても味わい深い面白い作品だった。


  蜜蜂と遠雷  恩田陸  ☆☆☆☆☆
3年に一度開催される芳ヶ江国際ピアノコンクールにはジンクスがあった。
「ここを制する者は、世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」
マサル・C・レヴィ・アナトール、栄伝亜夜、風間塵、高島明石。数多くの天才たちがひしめくコンクールを、彼らは勝ち抜けるのか?最後に栄光をつかむのはいったい誰なのか・・・?

本を読んだのではない。本を通してコンクールのピアノ演奏を聴いたのだ。そんな感じがする。コンクールで勝ちあがるための壮絶ともいえる演奏。聴こえるはずのないピアノの音が、この本を読んでいると聴こえてくる。音符の洪水が、圧倒的な迫力で押し寄せて来る。いったい読み手をどこに連れて行こうとしているのか?宇宙のはるかかなた?壮大な自然の真ん中?ともかく、読み手は翻弄される。素晴らしい音の波に。
はたして、コンクールで優勝するのは誰か?できればマサル、亜夜、塵、明石、この4人すべてに優勝の栄冠を与えたい。そんな気持ちになってくる。どんどん本を読み進める。いや、コンクールを聴きに来た聴衆のひとりとして音楽を聴き続けていく・・・。文章を読むだけで音楽を楽しめるなんて!素晴らしい音楽の世界に浸れるなんて!この作品は何なのだ!恩田陸のすごさをあらためて実感した。
読後も強く余韻が残り、頭の中ではいつまでもピアノの音が鳴り響いていた。500ページの大作だが、一気読みだった。ラストには素晴らしい感動が待っている!久々にとても面白い本にめぐり会い、大満足♪ オススメです!


  潮騒のアニマ  川瀬七緒  ☆☆☆
小さな離島でミイラ化した女性の遺体が発見された。死後3ヵ月を経過したと思われる遺体は、首つり自殺として処理されようとしていた。だが、法医昆虫学者の赤堀は、遺体がいつもとは違うことに気がついた。「虫の声が聞こえない。」はたして、この遺体に隠された謎とは?法医昆虫捜査官シリーズ5。

犬がどこからか運んできた女性の遺体は、首つり自殺をしたものと思われた。だが、遺体を中心にしての昆虫相が全く組まれていない・・・。どうすればこういう状態になるのか?いつもは虫たちの声を聞く赤堀は戸惑った。それでも、根気よく赤堀は現場からわずかな手がかりを探し出した。しだいに、遺体となった女性の人生が浮かび上がってくる。彼女がなぜこんな小さな島までわざわざやって来て命を絶ったのかが見えてくる。周りの人間の身勝手さや醜さが浮き彫りになってくる。事件が解決されても、満たされない切ない想いがつきあげて来た。
今回も赤堀は大活躍だった。この作品は、シリーズ1〜5の中で一番ウジの数が少なかったように思う。大量のウジが登場するだろうと身構えて読んだが、拍子抜けだった(笑)。そのかわり、他の生物が圧倒的な迫力で登場する。危機感を感じる赤堀だが、その生物は人間が持ち込んだものなのだ。生き物を人間の都合のいいように扱うことは、絶対にしてはいけないと思う。
じっくり考えれば疑問なところもあるが、楽しめる作品だと思う。いつも言っているが、虫の好きな人だけではなく、虫の嫌いな人にもぜひ読んでもらいたい。虫の生態は、ミステリーより面白いかもしれない。


  恋のゴンドラ  東野圭吾  ☆☆☆☆
桃実と一緒にスキー場にやって来た広太は、ゴンドラに乗り合わせた4人の女性の中のひとりを見て驚愕した。それは何と、同棲相手の美雪だった。しかも!彼女とは結婚することになっている。「ゴーグルとフェイスマスクを外すわけにはいかない。」「声を出すわけにはいかない。」広太の地獄の時間が始まった・・・。「ゴンドラ」を含む7編を収録。

桃実、秋菜、麻穂、美雪、広太、栄介、春紀、直也の8人の男女が繰り広げる恋の物語だ。7編の短編はどこかで微妙につながっている。同棲相手の美雪を騙して桃実とスキー場にやって来た広太の顛末は?美雪と桃実、ふたりの女性の関係は?そして、そこに他の男女5人が関わってくるわけだから、話はややこしくなる。8人の男女はもつれにもつれていくようだが、実は収まるべきところに収まっていく・・・ように見えた。だが、ラストでは意外な結末が待っていた。一番バカだったのは、広太だったのか・・・?
登場人物が個性的に描かれ、内容も面白かった。次はどうなるのかと、読んでいてどんどん引き込まれた。肩ひじ張らずにサラリと読める楽しい作品だと思う。


  氷の轍  桜木紫乃  ☆☆☆
北海道釧路の海岸で、他殺体が見つかった。被害者は、札幌に住む80歳の滝川信夫という男性だった。身寄りのない独身の老人が釧路にやって来たのはいったいなぜなのか?釧路方面本部刑事第一課の大門真由は、生前の滝川の足取りを追うことにしたのだが・・・。

過去のことを忘れた者、過去のことを忘れようとしている者、過去をいまだに引きずっている者、がいた。その者たちをつなぐ過去のできごとは、今では考えられないような貧しい時代に起きた悲劇だった・・・。
過去を引きずる者は、償いを考えた。だがそれは、自己満足に過ぎなかったのではないか?
「善意のひとだったと思うんですよ。言葉も行動も、なんにもずれがない。ずれがないから、他人の嘘と都合にも気づかないし、気づけない。」
この言葉がすべてを物語る。誰もが必死で生きていた。誰もが他人を貶めたり傷つけたりすることを望んではいなかった。けれど、悲劇は起こった。いったい何を責めるべきなのか?その答えはとても出せそうにない。
ひとつ気になったのは、この作品が「砂の器」(松本清張)に何となく似ていることだ。それは、他の方も指摘している。読みごたえのある面白い作品だと思うが、感動!とまではいかなかった。


  向田理髪店  奥田英朗  ☆☆☆
過疎に悩む田舎町だけれど、そこに住む人たちには人情があった。息子の問題、親の介護問題、異国の花嫁、映画のロケ地に決定などなど、次々起こるできごとに、町のみんなが協力し合う。北海道の寂れてしまった炭鉱町を舞台にした心温まる物語6編を収録。

過疎化が進みどんどん衰退していく町。何とか街を活性化しようと、若者たちが立ち上がる。そんな町に、いろいろなできごとや問題が起こる。その内容はかなり深刻なものだと思う。だが作者は、話が暗くならないようにそれらをユーモラスにさらりと描いている。
小さな町だ。だから、何かが起こるたびに住人達は一致団結して事に当たる。その団結力は素晴らしい。他人のためにそんなにも一生懸命になれるものなのか。今の世の中、「自分のことで手いっぱいで他人のことなどかまっていられない。」そう言う人間が多いのに・・・。
ほのぼのとしたいい話ばかりだと思う。けれど、ひとつ気になったことがある。それは、この本の中で使われる北海道弁だ。すごく違和感がある。北海道生まれの北海道育ちでない人間が書くと、こうもひどい北海道弁になってしまうのかとがっかりした。この本を読んだ人に「北海道の人はこういう言葉を使うのか。」と思われるのはすごく悲しいし、くやしい。もっと北海道弁のことを調べて適切に使ってほしかったと思う。面白い話だと思うだけに、そこのところがすごく残念だった。


  無私の日本人  磯田道史  ☆☆☆☆
寂れていく宿場町。「このままでは町が危うい!」町の行く末を案じた穀田屋十三郎は、同志とともに命がけの行動を起こす。「穀田屋十三郎」を含む3編を収録。

「穀田屋十三郎」「中根東里」「太田垣蓮月」。この作品の中の3つの話は、どれも実在した人物を取り上げている。
穀田屋十三郎は、寂れゆく町を救うために藩に金を貸し付けてその利子を全住民に配る仕組みを考えた。だが、それは大変なことだった。一歩間違えば、全財産だけではなく自分の命や家族の命が無くなるかもしれないのだ。そういう不安や恐怖と闘いながら、十三郎たちは目的を遂行するために奔走する。そして奇跡が・・・!とても感動的な話だった。
中根東里は、「詩文においては中根にかなうものはない。」と言われるほど詩文の才能に超越していた。だが彼は名声を好まない。むしろひとりの平凡な人間として生きることを望んだ。現代に彼の作品がそれほど多く残されていないのがとても残念だ。
太田垣蓮月の人生は波乱万丈だった。彼女の人生は読めば読むほど切ない。多くの苦しみや悲しみを経験した蓮月は、自分のことよりもまず他人のことを考えた。困っている者には惜しみなく金銭や物を与えた。欲を完全に捨て去った生活は、他の者には絶対にまねのできない生活だ。人はこれほどまでに他人に尽くせるものなのか。彼女の生きざまから、多くのことを学んだ。
こんな立派な日本人がいたとは!この本を読まなければ、おそらくこの先もずっと彼らの存在を知らなかったと思う。この3人に光を当ててくれた作者に感謝したい。この本を多くの人に読んでもらいたい。そして、3人の存在を多くの人に知ってもらいたい。強くそう願う。


  暗幕のゲルニカ  原田マハ  ☆☆☆
20世紀を代表する絵画、ピカソの「ゲルニカ」。そのタペストリーが国連本部のロビーに飾られていたが、ある日突然姿を消してしまった。戦争に対する人々の思惑が、過去でも現代でも交錯する。「ゲルニカ」は、平和を望む人たちによってメッセージを発信することができるのか・・・?

人々の目に触れないように、国連の安保理会議場のロビーにあるピカソの名画「ゲルニカ」のタペストリーに暗幕が掛けられた。それは、戦争を起こそうとする人間たちの手によるものだった。反戦の象徴である「ゲルニカ」は、イラク空爆の会見の場にはふさわしくないとの判断だった。
「ゲルニカ」は、反戦主義者のピカソによって描かれた。その絵に込めたピカソの平和への想いは、現代にいたってもなお輝き続けている。主人公の八神瑤子は、「ピカソと戦争」という企画展で「ゲルニカ」を展示したいと強く願う。だが、所蔵しているスペインのレイナ・ソフィア芸術センターは絶対に貸し出しに応じない。借りたいと強く願う瑤子と絶対に貸し出さないスペイン政府との間の攻防や、それと並行して語られるピカソと「ゲルニカ」の逸話は、読み応え充分だ。面白いと思った。けれど、後半は何だか安っぽい映画かドラマのような展開になってしまった。本当ならラストに感動が待っているはずなのだが・・・。作者はどうしてこういう展開にしたのだろうか?個人的には受け入れ難く、ちょっと残念だった。


  サクラ咲く  辻村深月  ☆☆☆
塚原マチが図書館から借りた本の中に入っていた細長い紙に書かれた文字は、『サクラチル』だった。書いたのは同じクラスの誰か?マチと”誰か”の本を介してのメッセージのやり取りが始まった。表題作「サクラ咲く」を含む3編を収録。

人が成長し子供から大人へと変化する時期は、本当に微妙な時期だと思う。作者は、その微妙な時期に揺れ動く少年や少女たちの心情を実に細やかに描いている。作者の彼らを見る目は温かい。
3編の中で印象に残ったのは、「サクラ咲く」だ。自分の考えをうまくまわりに伝えられない塚原マチ。読んでいてもどかしさを感じたが、図書館の本を通しての見知らぬ相手との手紙のやり取りが、彼女を次第に成長させていく。その描写は本当に見事だ。人は悩み傷つきながら、それを糧にして成長していくのだと、あらためて感じた。
3編どれもが、作者の感性が光る話だった。中高生向けの話のようだが、楽しんで読める作品だと思う。


  父・藤沢周平との暮し  遠藤展子  ☆☆☆☆
若いころ結核にかかりやむを得なく人生の進路を変更した。病気で最愛の妻を若くして亡くした。そんな藤沢周平がいつも口にしたのは、普通の生活を毎日続けることの大切さだった。娘・遠藤展子さんが語る、藤沢周平の素顔とは?

人のやさしさや人情味にあふれた温もりのある小説を描き続けた、作家・藤沢周平。その彼の素顔を描いたのが、娘の遠藤展子さんだ。展子さんは、生後8か月の時に実母を癌で亡くした。藤沢周平は、再婚するまでの数年間男手ひとつで展子さんを育てた。母のいない暮し・・・。彼は、娘にみじめな思いをさせないようにと最大限の努力を重ねる。その奮闘ぶりには頭が下がる。「娘は、こんなにも父親に愛されて育ったのか。」そう思うと胸が熱くなる。藤沢周平の、自分以外の人に注ぐ温かなまなざし。それは、彼の書く小説にも現れている。作家としても父としても、彼は本当にやさしい人だったのだ。ますます彼の作品が好きになる。藤沢周平ファンには是非読んでもらいたい本だ。いや、たとえファンでなくても、父と娘の心温まる物語をぜひ読んでほしいと思う。ステキな感動が待っているはずだから♪


  おおあたり  畠中恵  ☆☆☆
一太郎の幼なじみの栄吉は菓子屋の跡取り息子だが、今は修業の身だ。なので、許嫁のお千夜とはまだ所帯を持つことができない。そんなお千夜に想いを寄せる男が現れたから、さあ大変。この騒動の結末は・・・?表題作「おおあたり」を含む5編を収録。「しゃばけシリーズ」15。

廻船問屋兼薬種問屋・長崎屋の若旦那の一太郎は相変わらず病弱で、兄や達を心配させていた。そんな一太郎のもとには、相変わらずいろいろな相談事が持ち込まれていた。
「おおあたり」では栄吉とその許嫁との話だが、月日とともに人の心も変わっていくのだとあらためて思った。栄吉さん、はやくおいしい餡子を作れるようになって!
「長崎屋の怪談」では、場久の語った怪談話が思わぬ事件を引き起こす。何がきっかけで状況が大きく変わるのか分からないという、興味深い話だった。
「はてはて」は、貧乏神・金次の身に降りかかった災難の話だ。貧乏神といえども金次は神様だ。その金次が困り果てる姿が面白かった。
「あいしょう」は、一太郎が5歳の時の話だ。この頃から一太郎は普通の子供とは違っていたのだ。幼い一太郎が可愛らしい。
「暁を覚えず」は、猫又がくれた薬を飲んだ一太郎の話だ。病弱であるがゆえの、一太郎の切なる願いがいじらしい。
どの話も無難にまとめられ、安定した面白さがある。読後感も悪くなかった。


  危険なビーナス  東野圭吾  ☆☆
ある日突然伯朗に、弟・明人の妻だと名乗る女性からの電話がある。楓と名乗る女性は、明人が失踪したことを告げる。そこには遺産相続問題が!?伯朗と楓は協力して明人の失踪の原因を探るが、伯朗はしだいに楓の存在が気になり始めた・・・。

伯朗は楓と、父親違いの弟・明人の行方を追う。明人の父親はかなりの資産家で、瀕死の床にある。遺産相続問題、母親の死の謎、そして伯朗の父に隠された秘密など、さまざまなできごとがやがてある真実を浮かび上がらせるのだが、その真実には読み手をうならせるものは何もなかった。どこかで読んだことのあるような話が随所にみられる。目新しさがない。読んでいても、この先どうなるのか?というワクワク感が感じられない。登場人物も魅力に欠け、感情移入ができなかった。また、最後まで読むと本のタイトルの意味も分かるのだが、それでどうということもない。期待して読んだのだが、盛り上がりに欠ける面白味のない作品で、とても残念だった。


  ツバキ文具店  小川糸  ☆☆☆
鳩子は、亡くなった祖母が営んでいた文具店を引き継ぐことにした。それと同時に、祖母が行っていた代書屋の仕事も引き継ぐことに・・・。。鳩子のもとには、さまざまな理由で自分の気持ちを手紙に書くことができない人たちが訪れてきた。

心のすれ違いから疎遠になっていた祖母。だが、祖母が亡くなったとき、鳩子は戻って来た。祖母が暮らしていた街で、祖母の行っていたことのすべてを引き継いだ。
「代書屋」という仕事はとても大変な仕事だ。この本を読むまでは、「代書屋の仕事は、ただ単に依頼人の代わりに手紙を書くだけ。」と思っていた。だが、そうではなかった。依頼人の性別や年齢、感情や想い、置かれている状況など、それらをすべて考慮して手紙を書くのだ。そして、状況に応じて、使う紙、封筒、切手、筆記用具、インクの色、さらには筆跡までも変えていく。手紙で依頼人の想いを相手に伝えるために・・・。手紙をやり取りする人は少なくなってしまったけれど、この本を読むと手紙っていいなぁと改めて感じる。
鳩子は、いろいろな人に頼まれてその人の代わりに手紙を書いた。けれど、鳩子自身が手紙を書きたかった相手は・・・。最後はジンと来た。ほのぼのとしたぬくもりを感じる作品だった。読後感もよかった。


  長流の畔  宮本輝  ☆☆☆☆
1964(昭和39)年、東京オリンピックが開催された年、松坂熊吾は66歳になっていた。大阪中古車センターのオープンなどに情熱を傾けるが、会社の危機、家庭不和、愛人の問題と、悩みは尽きない。熊吾の人生の歯車が狂い始めたのか?「流転の海」第8部。

体力や精神力の衰えを自覚する年になってもなお、熊吾はつねに前進する姿勢を貫いた。大阪中古車センターのオープンは、熊吾の努力のたまものだった。だが、会社も家庭もだんだんとうまくいかなくなる。松坂板金塗装がこうなるとは・・・。言葉がない。今までのあの勢いはどうしたのか?熊吾も老いたのだと思わずにはいられない。だが、そんな熊吾には、若い愛人がいる。なぜそんなことになってしまうのか。切れたはずではなかったのか。房江や伸仁のことを考えれば、やっていいことか悪いことか分かりそうなものだ。会社ばかりではなく、家庭もうまくいかなくなるのは当たり前だ。房江の今後は?伸仁の将来は?そして熊吾はさまざまな困難をどう乗り切るのか?
この第8部は、読むのにとても時間がかかった。面白いことは面白いのだが、読んでいてつらい内容が多く、スラスラと読み進めることができなかったのだ。松坂家はいったいどうなるのか・・・?次作・第9部で完結とのことだが、とても待ち遠しい。


  希望荘  宮部みゆき  ☆☆☆☆
「昔、人を殺したことがある。」
老人ホームで暮らしていた78歳の武藤寛二が死ぬ前に告白したことは、周りの人たちに大きな衝撃を与えた。「父は本当に人を殺したのか?」息子である相沢幸司は、杉村に調査を依頼する。そして・・・。武藤寛二の告白には、思わぬ真実が隠されていた! 表題作「希望荘」を含む4編を収録。杉村三郎シリーズ4。

シリーズ3作目の「ペテロの葬列」は衝撃のラストだった。その後の杉村のことが気にかかっていたが、彼は探偵として新たな人生を歩み始めていた。探偵になったいきさつも描かれている。彼は、探偵になる前もなってからも、人の悲哀、人の心の中に潜むねたみや恨み、悪意などと対峙することになる。読んでいて決して心地いいものではない。むしろつらい。できるならこういう話は読むのを避けたいとさえ思う。けれど、これが現実なのだと思う。人生、楽しいことばかりではない。もしかしたら、苦しいことの方が多いかもしれない。それでも人は、現実から目をそむけずに生きていかなければならない。
後味はあまりいいとは言えないが、心に響く読み応え充分の面白い作品だった。


  心に吹く風  宇江佐真理  ☆☆☆☆
伊三次とお文のひとり息子の伊与太が、兄弟子とケンカをして修業先の絵師の家から戻って来た。一方、不破友之進の息子・龍之進は嫁をもらい、日々役目に励んでいた。伊三次とお文は伊与太の将来を案じたが、今はただ見守るしかなかった。それぞれの人たちのそれぞれの人生が絡み合い、温かな物語を紡ぎ出す。髪結い伊三次捕物余話シリーズ10。

このシリーズももう10作目だ。シリーズ1作目では、伊三次とお文はまだ結婚していなかった。それが今では息子がいて、その息子の伊与太も一人前の男になろうとしている。不破龍之進も結婚した。もうそんな年になったのかと驚く。月日は確実に流れている。
いつも思う。何気ない平凡な暮らしを送っているように見えて実はその心の中には計り知れない悩みや悲しみを抱いている人がいると。作者はそういう人の心情を実に細やかに温かなまなざしで描いている。「人生悪いことばかりではない。どんなときにも希望を持ち、あきらめないことが大切だ。」読んでいると作者の声が聞こえてきそうだ。伊与太と不破の娘・茜はどうなるのか?伊与太はりっぱな絵師になれるのか?龍之進は、同心としてどのように成長していくのか?これから物語がどう展開していくのか、とても楽しみだ。

文庫本を読んだのだが、この文庫本の作者が書いたあとがきの中に、作者の病気についての生々しい描写があった。宇江佐ファンなら誰でもかなりのショックを受けるに違いない。私は作者が亡くなった後にこの本をこうして読んだが、このあとがきはとても衝撃だった。病気を克服して、もっともっといろいろな作品を世に送り出してほしかった。とても残念でならない。


  土佐堀川  古川智映子  ☆☆☆☆
17歳で豪商三井家から大阪の両替商・加島屋に嫁いだ浅子。幕末から明治への激動の時代の中、傾きかけた加島屋を立て直し、かつ、あらゆる方面で実業家の才能を発揮する。広岡浅子の生涯を描いた作品。

読んでまず驚いた。こんなにすごい女性が明治期にいたのだ。家業の立て直し、炭鉱経営、日本初の女子大学開設。度胸の良さと天賦の商才を持ち、人生を突っ走る。男顔負けの活躍だ。時には危ない目にも遭い、恐ろしい病にも罹った。だが、それも見事にはねのける。どんなに困難なことがあろうとも、恐れず立ち向かえば道は開ける。彼女の生き方は、私たちにそのことを教えてくれる。しなやかな強さ、決してあきらめない心、多くの人を惹きつける人柄、そして天賦の才、彼女は多くの宝を持っていた。そして、その宝を惜しげもなく他人のために使った。本当に素晴らしい人だったのだと思う。この本を読むと、勇気が湧いてくる。どんな困難にも向かっていけるような気持ちになる。元気をたくさんもらえた本だった。


  ハーメルンの誘拐魔  中山七里  ☆☆☆
母親が目を離したすきに、15歳の少女が誘拐された。現場に残されていたのは、「ハーメルンの笛吹き男」を描いた絵はがきだった。数日後、今度は女子高生が誘拐される。そして、さらに第3の誘拐事件が・・・。誘拐された少女たちに共通するのは、「子宮頚がんワクチン」問題の関係者ということだった。誘拐の背後には、どんな真実が隠されているのか?

子宮頸がんワクチンの副作用という重いテーマを取り扱った作品。まず最初に、ワクチンの副作用に苦しむ少女が誘拐された。次に誘拐されたのは、ワクチン推奨団体の会長の娘だった。被害者側の娘と加害者側の娘の誘拐事件。いったい犯人の狙いはどこにあるのか?真相が分かってくるにつれ、哀しさと同時に怒りを覚える。ワクチンは何のためにあるのか?人を病気から救うためではないのか?一部の人間に利益をもたらすために使うのではないはずだ。
ストーリーに意外性は感じなかった。けれど、誘拐という手段を取らざるを得なかった犯人の心情を思うとやり切れない。同情してしまう。
誘拐というミステリー的要素とワクチンの副作用という社会問題がうまく絡み合い、とても読みごたえのある作品になっている。面白かった。


  コーヒーが冷めないうちに  川口俊和  ☆☆☆
過去に戻れる喫茶店があった。ただし、そこにはめんどうなルールがたくさんあった。数々あるルールの中の最後の項目は、”過去に戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ”・・・。それでも、この喫茶店には、過去に戻りたい人が訪れる。4人の女性が紡ぐ4つの物語。

恋人、夫婦、姉妹、親子。大切な人との絆を求め、喫茶店を訪れた人は過去に戻る。けれど、過去に戻っても未来を変えられるわけではない。この先待ち受ける残酷な運命を知っていたとしても、ただ見ているしかないのだ。「姉妹」では、過去の妹と会う姉がいた。妹の運命、そして姉の後悔。読んでいて切なかった。過去に戻る。戻らない。どちらを選択してもつらいものがある。だが、過去としっかり向き合うことで、姉はこれから先強く生きていける。それを確信した。
4回泣けると本の帯に書いてあるが、それほどの強いインパクトはない。最後に収録されている話「親子」のラストは、どうしてこういう展開になったのか理由が分からない。唐突過ぎて不自然な感じがする。話題になっていたので読んでみたが、期待したほどではなかった。


  七色の毒  中山七里  ☆☆☆
中央自動車道で高速バスが事故を起こした。死亡1名、重軽症者8名の大惨事となる。犬養は、テレビに映し出された運転手の様子に違和感を覚える。運転手と死亡した乗客との間には、果たして何があったのか?「赤い水」を含む7編を収録。

人の悪意。作者はそれを七つの色を使って描き出した。「赤い水」では、運転手の”怨み”の怖さを実感した。ラストの意外な真実にも驚かされた。「黒いハト」では、心の奥底に隠された残忍さを見せつけられた。「黄色いリボン」では、大人の身勝手さの犠牲になった子供が哀れだった。その他の作品も、人の悪意の怖さを存分に描いている。強烈なインパクトはないが、じわじわと迫って来る怖さがある。
憎しみ、恨み、妬み・・・。それらのものに心が囚われたとき、人は豹変する。善人と悪人は紙一重の差でしかない。やはり、この世の中で一番怖い存在は人間なのだ。この作品は、それを私たちに教えてくれる。


  アンネ、わたしたちは老人になるまで生き延びられた。  テオ・コステル  ☆☆☆☆
収容所で15歳で亡くなったアンネ・フランク。生き延び80歳になったクラスメートたちは、アンネの思い出を静かに語り始めた・・・。感動のノンフィクション。

「アンネにはクラスメートがいて、生き延びた人たちがいる。」
それは当たり前のことなのに、今までその人たちのことを考えたことは一度もなかった・・・。彼らは語る。アンネとの思い出や、彼らがどのようにしてあの悲惨な時代の中で生きていたのかを。そのひとつひとつの真実が、読んでいて胸に突き刺さるようだ。中には、収容所でアンネと会った女性もいた。生と死。彼女とアンネを分けたものは、ほんの紙一重の差でしかない。本当に恐ろしい時代だった。しかし、彼らは必死でもがき苦しみながら生き延びたのだ。こんな悲劇はもう二度と起こってほしくない。世の中から争いが無くなってほしい。強く強く願う。
心を激しく揺さぶられる作品だった。できるだけ多くの人に読んでもらいたいと思う。

  ・・・ また「アンネの日記」を読んでみたくなりました。 ・・・


  切り裂きジャックの告白  中山七里  ☆☆☆
公園で、女性の惨殺死体が発見された。被害者の女性は、内臓がすべてくり抜かれていた。その後も、同じ手口での殺人事件が相次いで起こる。そして、犯人からの犯行声明文が・・・。犯人・切り裂きジャックの正体は?

残忍な犯行。だが、内臓を抜き取る鮮やかなやり方はその道のプロの仕業だと思われた。犯人はいったいどんな動機で殺人を続けるのか・・・?
臓器移植を絡め、ちょっとした問題提起もなされている。だが、犯人の動機もそのやり方も、読み手を充分に納得させるまでには至っていないのではないだろうか。犯人の気持ちは分かるが、「そこまでするか!?」というのが正直な感想だ。どんでん返し的な部分もあることにはあったが、読んでいて途中で何となく察しがついてしまい、意外性は感じられなかった。それでも、物語の中に読み手を引き込む力はあると思う。まあまあ面白い作品だった。


  ノボさん  伊集院静  ☆☆☆☆
野球に夢中で、そして俳句・短歌・小説・随筆等にも夢中だった。子規の未来は輝いていた。やがて彼はひとりの青年と出会う。夏目漱石だった。子規と漱石、ふたりは固い友情で結ばれていく。正岡子規の人生を鮮やかに描いた作品。司馬遼太郎賞受賞作。

子規と漱石を中心に、明治期に活躍した多くの著名人が登場する。子規はこんなにもいろいろな人と交流があったのかと驚いた。彼には人を引きつける魅力がある。彼のもとには大勢の人が集まって来る。子規は、たくさんの人に影響を与えた。だが、彼は病魔に襲われる。自分は長生きできないと悟った子規は、残りの人生を自分が本当にやりたいことのために使った。子規の運命は知っているはずなのにそれでも「こんなに無茶をしたら病気が悪化するのに。」と読んでいてハラハラせずにはいられなかった。凄まじい闘病生活の中、苦しみや痛みと闘いながら彼は多くの作品を世に残した。明治という時代を駆け抜けた子規の人生は、強烈に胸に迫って来る。漱石との友情にも感動した。
心を揺さぶられる、読みごたえのある作品だった。一度読んでみることをオススメします。


  世界から猫が消えたなら  川村元気  ☆☆
まだ30歳なのに、脳腫瘍で余命があとわずかだと宣告される。絶望的な気持ちになっているところに悪魔が現れた。
「この世界からひとつ何かを消す。その代わりにあなたは一日だけ命を得ることができる」
自分が生き続けるためには、世界から物を消していかなければならない。かわいがっていた猫さえも・・・。

世界から物がひとつ消えるたびに、一日寿命が延びる。彼は、一日にひとつくらい物が無くなってもどうってことないと思っていた。だが、しだいに事の重大さに気づき始める。
自分にとって生きるとは何か?生きがいとは何か?人はただ生き続ければいいというものではない・・・などなど。この作品の中には、生きていくうえでの大切なメッセージがたくさん含まれている。テーマはすごくいいと思う。けれど、それを読み手に伝えるには文章力や表現力が不足していると思う。幅も深みもない薄っぺらい内容だ。それでは、どんなに大切なメッセージも相手の心には届かない。期待して読んだのだが、共感も感動もできないのはすごく残念だった。


  恩讐の鎮魂曲  中山七里  ☆☆☆
多数の犠牲者が出た韓国船沈没事故。女性から救命胴衣を奪った日本人男性が助かった。女性は死亡したが、「緊急避難」が適用され彼が罪に問われることはなかった。
一方、御子柴の医療少年院時代の恩師・稲見が殺人の罪で逮捕された。御子柴は、なかば強引に稲見の弁護を引き受ける。はたして彼は稲見を救うことができるのか・・・?御子柴礼司シリーズ3。

老人ホームで起こった殺人事件。犯人として逮捕されたのは、御子柴の恩師の稲見だった。御子柴は稲見を助ける自信があった。だが、当の稲見は一貫してそれ相応の処罰を望んでいる。無罪もしくは罪を軽くしようと御子柴がどんなに説得しても、稲見の信念は変わらない。過去が明らかになり周りから冷たい目で見られながら御子柴は孤軍奮闘するが、おのれの力の限界と法の力の限界を知ることになる。
なぜ稲見は人を殺したのか?この作品の冒頭で語られた韓国船沈没事故との関わりは何か?その関わりもさることながら、思いがけない人物の思いがけない行動にも衝撃を受けた。人の心の中には何が潜んでいるか分からない・・・。怖いと思う。
今回も楽しみながら読んだが、前作2つと比べると少々インパクトが弱い気がする。次回作に期待したい。


  海の見える理髪店  荻原浩  ☆☆☆
海辺の小さな町にある理髪店に、ひとりの若い男性がやって来た。理髪店の店主は、なぜかその男性にポツリポツリとおのれの人生を語り始める。彼はなぜ自分の人生を語り始めたのか?そして、彼の語る人生とは?表題作「海の見える理髪店」を含む6編を収録。

ひと口に人生といっても、その人生には人それぞれ実にさまざまなドラマがある。過去のあやまちを後悔し続けたり、戻らない日々を切なく思い出したり、厳しかった母の老いた姿に悲哀を感じたり・・・。人はいろいろな思いを抱えながら生きている。
6編の中で特に印象深かったのは、「海の見える理髪店」だ。自分の過去を語る理髪店の店主。そして、その話に耳を傾ける若い男性。ラストでは泣かされた。
どの話も楽しい話ではない。むしろ切ない。だが、切ない中にもどこかにほんの少しだけ温もりを感じることができる、深い味わいのある作品だと思う。


  アンと青春  坂木司  ☆☆☆
あるできごとのお詫びとしてアンが「乙女」なイケメン立花からもらったのは、ふたつの上生菓子だった。「秋の道行き」「はじまりのかがやき」と名づけられたこのふたつには、立花のある想いが秘められていた・・・。
「秋の道行き」を含む5編を収録。「和菓子のアン」の続編。

以前「和菓子のアン」の感想にも書いたのだが、私は甘いものが苦手だ。和菓子の甘さは特に苦手だ。そんな私でさえ、この本には夢中になってしまう。
今回も和菓子をめぐる謎解きが面白かった。和菓子というのは奥が深いものだということも改めて感じたし、和菓子の持つ不思議な力にも魅了された。さて、その面白い和菓子の謎以上に興味をそそられたのは、アンと立花の関係だ。「秋の道行き」では、アンはしっかりと立花のメッセージを受け取った。このふたり、これからいったいどうなるのか?とても気になる終わり方だった。
ちょっと気持ちが暗くなる話もあったけれど、全体的にほのぼのとした温もりを感じる作品だった。


  母さんごめん、もう無理だ  朝日新聞社会部  ☆☆☆
「100歳まで頑張る。」母はそう言っていた。だが、98歳の母は74歳の息子に殺された。老々介護の果ての悲劇だった・・・。
表題作を含め、新聞記者が見た法廷で繰り広げられる人間ドラマ29編を収録。

この本の中で記者が訴えかける言葉・・・「殺人に”やむをえない事情があっていいのか?”」これが強く印象に残った。殺人は絶対に許されるべきものではない。それは当たり前のことだけれど、この本を読むとその気持ちが揺れ動く。「いったいどうしてそんなことになってしまったのか?」ずっとそのことが頭から離れない事件も多々あった。
張り詰めていたものが緩んで心がくじけたとき、悲劇は起こる。誰か手を差し伸べてくれる人はいなかったのだろうか?誰か相談できる人はいなかったのだろうか?ほんのささいなきっかけで、堕ちていく時もあれば救われる時もある。その差は紙一重でしかない。
現代社会が抱える多くの問題を含んでいて、いろいろ考えさせられることが多い作品だった。


  昭和史の10大事件  宮部みゆき・半籐一利  ☆☆☆
60年以上続いた昭和の時代には、数々の事件があった。宮部みゆき、半籐一利、このふたりが選んだ昭和史の10大事件とは?対談集。

「昭和史の10大事件」。宮部さんと半籐さんが選んだリストを見て驚いた。普通の人ならこういうのは選ばないだろうと思うものも入っている。さすがに普通の人とは視点が違う。
歴史は、見る角度を変えるとさまざまな顔が見えて来る。ふたりの対談では、歴史の教科書からでは決して知ることのできない、できごとの裏の裏が語られている。「その事件にはそんな裏が!」と驚くこともたくさんあった。ふたりの選んだ事件の数々は、まさに日本の運命を変えたものだ。実際に起こった事件だけに、どんなミステリーよりも面白い。
「できれば、ほかの昭和の事件もいろいろ取り上げてこのふたりに対談してもらいたい。」「もっと昭和を知りたい。」そんな気持ちにさせられる、とても興味深い本だった。


  江ノ島西浦写真館  三上延  ☆☆☆
祖母が亡くなり、江ノ島西浦写真館は閉館することになった。遺品整理ためにやって来た孫の繭は、未渡しの写真が入った缶を見つける。繭は、写真の謎を解きながら注文した人へ写真を返そうとするが・・・。

祖母の遺した未渡し写真の数々。写真のプリントを依頼した人たちにもそれぞれの人生がある。写真は、人生のひとコマなのだ。繭は、それらを依頼した人たちに返そうと決心する。たまたま写真を受け取りに来た大学生の真鳥も手伝ってくれることになった。
繭には、つらい過去があった。けれど、彼女は写真を返すことで少しずつ過去の自分と向き合えるようになった。それは、真鳥のおかげでもあるのだが、その真鳥にも複雑な家庭の事情があった。繭の過去に何があったのか?真鳥は、本当はどういう人物なのか?読み手としては真相に期待が高まる。でも、どうなのだろう?この真相は。繭の過去が分かっても、共感できない。真鳥の秘密も、現実離れした狂気の沙汰としか思えない。もっとほのぼのとした物語なのかと思っていたが、意外な展開だった。繭は、未来へ向かうことができるのか?それとも、つらい過去を引きずり続けることになるのか?微妙なラストだ。
興味深い部分もあったが、ストーリーの焦点が絞り切れていないようにも感じた。作者がこの作品を通して何を言いたいのかも伝わってこない。読みやすいが、後味はあまり良くなかった。


  サブマリン  伊坂幸太郎  ☆☆☆☆
前作「チルドレン」から12年、あの陣内が再び登場!家裁調査官・陣内と罪を犯した少年たちのちょっと切ない関係とは?

「チルドレン」の面白さは忘れられない。型破りだが憎めない陣内の人柄。突飛な行動の陰に隠された陣内の思い。それらが再びこの「サブマリン」でよみがえる。
無免許で人を轢き死なせてしまった少年。けれど、そこには複雑な事情があった。陣内と、彼とコンビを組む武藤の、真実探しが始まる。陣内に振り回されているようで、実は陣内にコントロールされている?武藤。武藤のキャラも個性的で面白い。さまざまな伏線が真実に向かって収束していく様は、さすが、伊坂さん!けれど、若さだけで突っ走った昔の陣内とはちょっと違う今の陣内を見て、作者の伊坂さんも年齢を重ねたのだとあらためて思った。12年という年月を感じずにはいられない。
読後もさわやかな余韻が残る面白い作品だった。できれば、また陣内に会いたい・・・。お願いします!伊坂さん!


  依頼人は死んだ  若竹七海  ☆☆☆
婚約者の突然の自殺の謎は?健診も受けていないのにガンの通知が!?職場の上司を刺した女性の動機は?女探偵・葉村晶のもとには、さまざまな奇妙な依頼が持ち込まれる。ちょっと変わった9編のミステリーを収録。葉村晶シリーズ2。

9編どれもが読んでいて「奇妙だ。」と感じる話だった。ひと味、いやふた味も三味も違う、今までに読んだことのない味わいの作品だ。ミステリーの謎解き話というより、人間の心の中に潜む悪意をとらえ、たくみに描いた作品だと思う。作者の独特の描写は、時には読み手をぞくっとさせる不思議な魔力を持っている。
読みづらくはないが、読みやすくもない。何度もページを行ったり来たりしながら読んだ話もあった。読後にも、決していいとは言えない妙な余韻が残る。好き嫌いがはっきり分かれる作品ではないだろうか。


  神の値段  一色さゆり  ☆☆☆
人前に決して姿を現さない芸術家・川田無名。彼は唯一、ギャラリーを経営している永井唯子にだけは接触していた。だが、唯子は、数億円の価値がある無名の幻の作品を手の内から出した直後に殺されてしまう。いったい誰が何の目的で唯子の命を奪ったのか?そして、無名が姿を現さない理由とは?「このミステリーがすごい!」大賞 大賞受賞作。

自分には全く縁のないアートの世界。その世界を舞台にしたミステリーは、とても新鮮に感じた。芸術家の作品に価値をつけ、そしてその価値をどんどん高めていく。美術界の光と影の部分が鮮やかに描き出されていて、読み手を引きつける。なかなか面白いと思うが、ミステリー作品としてとらえるとちょっと物足りない部分もある。川田無名の人物像も曖昧なままだ。ミステリーとしてではなく、美術界の明と暗や、その世界に生きている人たちのさまざまな思惑に重点を置いて描いたら、もっと深みのある面白い話になると思うのだが。でも、そういう描き方をすればこのミス大賞にはならなかった? うーん。複雑な思いがする。


    東山彰良  ☆☆☆
「祖父は、なぜ殺されなければならなかったのか?」
すべての答えは、大陸に・・・。大陸から台湾へ渡った祖父の波乱万丈な人生を、孫である秋生はたどることにしたのだが・・・。

1970年代の台湾は、国民党によって戒厳令が敷かれていた。そんな暗い時代の中、不死身と言われていた祖父が殺された。なぜ祖父は死ななければならなかったのか?祖父の死の謎と孫・秋生の生きざまとを絡み合わせて物語は進んでいく。そこには、政治的な問題や人間的な問題が数多く含まれている。誰もが生きることに必死だったのだ思う。けれど、ひとつ言えるのは、憎しみからは何も生まれないということだ。殺したり殺されたり・・・。そこにはただ虚しさしかない。
祖父の死の真相、主人公の少年の成長とその後の人生の描写は、考えさせられる部分が多かった。けれど、主人公に共感できず、ストーリーに引き込まれるほどではなかった。評判がいいので読んだのだが、それほど感動はしなかった。


  金魚姫  荻原浩  ☆☆☆
死にたいと思っていた男の前に現れたのは、怪しい美女だった。縁日で金魚を買ってから起こる不思議なできごとの数々・・・。彼女は金魚の化身なのか?

ブラック企業で働く江沢は、上司から激しい嫌がらせを受けていた。身も心もボロボロで死ぬことを考えていた彼の前に現れたリュウという女性は、金魚の化身だった!だが、江沢はリュウと暮らすことで心を癒していく。心を通わせるようになったふたりだが、思わぬ結末が待っていた・・・。
江沢とリュウの関係は、ちょっぴり切ないものだった。逃れられない、どうしようもない運命というものもある。けれど、人はそれを乗り越えることができる。だから、あきらめてはいけない。まして、自ら命を絶つなんてことを絶対にしてはいけない。この作品からは、作者のそんな思いが伝わってくる。江沢はこれからもしっかりと生きていけると思う。どんなにつらいことがあっても、必ずその中から希望を見出していけると思う。生きることに前向きになって、本当によかった!
不思議で、そして切ない余韻の残る作品だった。


  うずら大名  畠中恵  ☆☆☆
うずらをふところに入れ、自分は大名だと名乗る有月。そして泣き虫の村名主・吉之助。ふたりは、武家や百姓の次男坊、三男坊が通っていた剣術道場の仲間だった。久しぶりに再会したふたりだが、思わぬ事件が待っていた・・・。

うずらをふところに入れ、飄々としている有月。一見のんびり過ごしているようだが、実は大きな事件を追っていた。その事件解決のため、村名主・吉之助は協力を求められる。それにしても、同じ道場仲間だったのに、ふたりの置かれている立場は昔と比べ何と変わってしまったことか。自分の将来に不安を抱いて毎日を過ごしていたとは思えない。
ふたりの身分や立場は今や大きく違うが、ふたりは再会後に友情を深めていく。そして、事件の真相にも迫っていく。ラストはほろ苦いものだった。あの時代の次男、三男が置かれていた厳しい状況が切ない・・・。良く考えられたストーリーだと思うがなぜか読みづらく、読むのにかなり時間がかかってしまった。


  真実の10メートル手前  米澤穂信  ☆☆☆☆
ベンチャー企業・フューチャーステアが倒産し、広報担当者だった早坂真理が失踪した。真理の妹・弓美から太刀洗万智に、真理から電話があったと連絡が来る。太刀洗は電話の内容から真理の居場所を突き止めることができるのか・・・?表題作「真実の10メートル手前」を含む6編を収録。

誰もが見逃してしまいそうなほんのちょっとしたできごと。だが、時にはその中に真実が隠されていることがある。太刀洗は、鋭い洞察力と観察眼で埋もれている真実を明らかにしていく。電話の内容から失踪者の居場所を、不自然な形の高校生同士の心中事件からある犯罪を、偏屈な老人の死からその老人の真の想いを・・・。真実が明らかにされたからといってそれで解決にはならない。知らないほうが良かったのではないかと思う場合もある。さまざまな人間のさまざまな思惑が交錯する。作者の心理描写が光る。
後味がいい作品だとは言えないと思うが、読み手を引きつけじっくり読ませる内容の濃い作品だと思う。面白かった。


  コレクター 不思議な石の物語  深津十一  ☆☆☆
祖母の遺言は、「死人石を作って、ある人物に届けること。」だった。木島耕平は、作った石を届けるために石コレクターの林の家を訪れるが・・・。
「このミステリーがすごい!」大賞優秀作を受賞。

まず最初の描写で驚かされる。”死人石”の作り方が衝撃だった。この石を作った意味はいったい何なのか・・・?他にも、耕平の学校の生物教師が語る、人の体の一部が含まれている童石や、林が語る、中に魚が生息している魚石、割ると文字が浮き出る仮名石、不思議な夢を見ることができる白夢石、黒夢石など、さまざまな石が登場する。
だが、石コレクターの林は、石を大切に保管するわけではない。驚きの行動に出る。この林の行動と童石は、その後思いもよらぬできごとにつながっていく。時空を超えた物語だ。ただ少々現実離れしているので、その辺をどうとらえるかで評価が分かれる作品ではないだろうか。ラストはあっさりしていてちょっと物足りなさを感じた。ひとつ疑問が・・・この作品はやはりミステリーなのだろうか?


  戦場のコックたち  深緑野分  ☆☆
1944年6月のノルマンディー上陸作戦が初陣だった。ティムは、普段は戦場での食事作りが主な仕事のコックだが、ひとたび戦闘が起これば銃を持つ。彼は、戦場で起こるさまざまな謎に、仲間たちと挑んでいく。はたしてその謎は解けるのか?

戦場の日常の中に起こるミステリー。そういう設定だが、私たちの日常とは大きくかけ離れている。そこで起こるのはささいなできごとだが、舞台が戦場なので何だかしっくりこない。戦闘が頻繁にあり、仲間が次々に死んでいく。そんな状況の中で、謎解きとは・・・。読むのがすごく苦痛だった。
「ミステリーであり、戦争物語であり、友情物語であり、成長物語である。」と述べている人がいるが、戦争色が濃いような感じがする。謎解きも友情も成長も、戦争の前ではかすんでしまう。戦争の悲惨な描写のみが強烈に迫って来る。ラストでは多少救われたが、全体的な印象はあまり良くなかった。戦争とミステリーの融合は、私には合わなかった。


  てのひらの闇  藤原伊織  ☆☆☆
リストラで間もなく会社を去る堀江は、ある日会長に呼び出された。偶然撮影した人命救助の様子のビデオを広告に使えないかという打診だった。堀江はそれがCG合成であることを見抜き会長に指摘したが、その直後に会長が自殺した。堀江は会長の死の真相を調べ始めるが・・・。

くたびれた中年男の堀江。だが彼の出自や会長との20年前の因縁などを読むうちに、堀江がしだいに人間としてすごく魅力的になっていくのを感じた。それと同時にさまざまな人間たちのしがらみが見え始め、どんどんストーリーの中に引き込まれていった。堀江の過去、会長の過去、そして人と人との不思議なつながり・・・。過去の因縁が、時を経て亡霊のように現代によみがえる。どんなふうに解決されるのか全く先が読めなく、とにかくひたすら読み進めた。一気読みだった。
ミステリーというよりハードボイルド的な感じの作品だった。ストーリー展開もよく、登場人物も個性豊かで、読んでいて面白い。ラストのまとめ方も見事!楽しめる作品だと思う。


  わが心のジェニファー  浅田次郎  ☆☆
愛するジェニファーがラリーとの結婚を承諾する条件は、「ラリーが日本へ行く。」ということだった。ニューヨーク育ちのラリーは、日本へのひとり旅に出発するが・・・。

日本びいきのジェニファー。それと正反対の日本嫌いのラリーの祖父。祖父が日本嫌いなのは、太平洋戦争を経験したためだというのだが・・・。
ともあれ、ラリーは自分自身の目で日本がどんな国なのかを確かめることになった。ラリーの目から見た日本の様子の描写は面白い。普段当たり前だと思っていることは、実は当たり前のことではない。そういうことに気づかされる。また、日本のよさも再認識した。
けれど、全体的なストーリーはそれほど面白さがなかった。内容に深みがない。軽薄な感じさえする。ラリーの行動も共感できなく、とても感情移入できるような主人公ではなかった。ラリーの生い立ちや祖父の日本嫌いの理由も途中で気づいてしまった。設定が安易すぎないか?本の帯の「感涙の結末とは!」はオーバーすぎる。この帯を見て本を買った人は絶対に裏切られたと思うだろう。「浅田文学、最高の到達点」というのも嘘だ。やめてほしい。浅田作品ということで期待したのだが、それほどでもないのがすごく残念だった。


  中野のお父さん  北村薫  ☆☆☆
定年間際の高校国語教師の父のところに不可解なできごとを持ち込んでくる文芸編集者の娘。ふたりが挑む日常の中の謎とは?8編を収録。

編集部に勤めている美希のまわりで起こるちょっとした謎。その謎が解けないとき、美希は父に助けを求める。娘から頼りにされる美希の父のうれしそうな顔が目に浮かぶ。
8編どれもがなかなか面白い。その中で印象的だったのは、「茶の痕跡」だ。本を愛するがゆえの悲劇を巧みに描いている。「夢の風車」では新人賞の最終選考に残った作品をめぐるミステリーを描いているが、親子の情愛も感じる話だった。「冬の走者」も発想が面白く、ほほえましい動機で好感が持てた。
どれも日常生活の中で起こるちょっとした事件やできごとを題材にしている。短編なのでサラリと読める。でも、サラリと読めるが奥が深い。そこに作者のすごさをあらためて感じる。楽しい作品だと思う。


  闘う君の唄を  中山七里  ☆☆☆
新任幼稚園教諭として埼玉県神室町の神室幼稚園に赴任した喜多嶋凛は、園児の親たちの異常ともいえるほどの幼稚園運営への干渉を目の当たりにする。凛は巧みに親たちの要求を退け、自分の信念のもと幼稚園教育に情熱を注ぐ。だが、思わぬできごとが彼女を待っていた・・・。

園が一度決定したことを保護者会が覆す。そんな状態になったのは、15年前のある事件がきっかけだった。園長が親たちに毅然とした態度を取れないのも、それに起因していた。厳しい状況の中、幼稚園教育に情熱を傾ける凛。彼女は、どんな困難にも負けない強い信念を持っていたのだが・・・。
最初は、喜多嶋凛の奮闘記なのかと思っていた。だが、物語は意外な方向へ進んでいく。前半と後半とでは雰囲気がまるで違う。ミステリー色がどんどん濃くなっていく感じだ。「幼稚園に隠された真相は一体何か?」その真実が明かされる描写が一番のクライマックスだと思うが、残念なことに途中で真相が分かってしまった。その真相には新鮮さも意外性もなく、ちょっと不自然な感じさえする。作者が自分の都合のいいようにまとめてしまったのか?中山七里作品ということで期待して読んだのだが、あまり面白いとは言えない作品だった。


  羊と鋼の森  宮下奈都  ☆☆☆☆
きっかけはほんのささいなことだった。だが、少年はピアノの調律という仕事に魅了された。やがて高校を卒業した彼は、専門学校を出て本格的に調律師の道を歩み始めるのだが・・・。

ひとりの青年がピアノの調律師を目指す。才能があるとかないとかそんなことは関係なく、自分の魅了された世界で生きて行く決心をする。繊細な世界だと思う。それと同時に過酷な世界でもあると思う。ピアノの弾き手を生かすも殺すも調律師しだいなのだと知った。調律はピアノの調整というより、調律師とピアノとの戦いのようだ。食うか食われるか!そこには並々ならぬ緊迫感がある。
作者は調律の世界を透明感のある文章で実に見事に描いている。読んでいると、ピアノの音が聞こえてくるようだ。私が全く知らなかった世界だ。こんな世界もあるのだと、とても新鮮な感動を味わった。読後もさわやかで、心地よい余韻が残る。静かにそしておだやかに、心に染み入る作品だった。


  蠅の帝国  帚木蓬生  ☆☆☆☆
第二次世界大戦中、東京、広島、満州、樺太、東南アジア・・・各地の戦場に派遣された医師たちがいた。悲惨で過酷な状況の中で、彼らが体験したこととは・・・?帚木蓬生のライフワークともいえる作品。

武器も食料も医薬品もない。そして時には戦闘意欲さえない。そんな過酷で凄惨な状況の中、医師たちはできる限りのことをしようと奔走した。戦争は悲惨だ。そのことは充分わかっているつもりだった。だが、この作品を読んで、自分の認識がいかに甘かったかを思い知らされた。
「これが戦争なのか!」
この一言だけで、後は言葉が出てこない。悲惨、凄惨、残酷・・・。いったいどんな言葉を並べたらこの状況を説明できるというのだろうか。いや、どんなに多くの言葉を並べても、この状況を言い表すことはできないだろう。想像を絶するひどさだ。あらためて思った。「戦争は絶対にしてはならない。」と。私だけではなく、この本を読んだら誰もが「これから先どんなことがあっても戦争は絶対にしてはならない。」と思うに違いない。
ひとりでも多くの人にこの本を読んでほしい。そして、平和の尊さをあらためて考えてほしい。衝撃的な作品だった・・・。