孤宿の人  宮部みゆき
生まれたときから親の愛情を知らずに育ったほう。置き去りにされた
四国讃岐の丸海藩で新たな人生を歩むことになった。だが、引き取ら
れた先の藩医井上家の娘の琴江が何者かに毒殺され、それが病死と
して片付けられる。その裏には丸海藩の存亡をかけた思惑があった・・・。

幕府から罪人の加賀殿を預かることになった丸海藩。どんな粗相も
藩にとっては存亡の危機になる。琴江の死も、藩のためには決して
真相を明らかにしてはならないことだった。
誰にも心を開くことのなかった加賀殿だが、下女として入ったほうと
言葉を交わすようになる。ほうの無垢な心が、いつしか加賀殿の心を
開いていく。「加賀殿は鬼ではない。やさしいお方だ。」そんなほうの
思いとは逆に、丸海の人たちは加賀殿を、災いをなす鬼だと噂する
ようになる。そして次々に悲劇が起こっていく。ほうはどうなるのだろう?
そして加賀殿の運命は?読み進めるほどに切なさがつのっていく。藩の
ためという名目で、どれほど尊い命が失われていったことか!最後まで
純粋であり続けたほうの姿がとてもいじらしく、悲しかった。ラストは泣けた。


誘拐ラプソディー  荻原浩
まじめに働かず、競馬や競艇にうつつをぬかし借金ばかり。あげくの
はてに勤め先の親方を殴り、金と車を奪って逃走。自分で死ぬ勇気も
ない男伊達秀吉。彼の前に、金持ちの息子と思われる少年が現れた。
「誘拐して身代金を!」そう考えた秀吉だが・・・。

誘拐された少年伝助の父親篠宮智彦がとんでもない職業だったために、
事態は思わぬ方向へと進んでいく。お互いの考えの微妙なずれがとても
面白い。はたして身代金は受け取れるのか?血眼になって秀吉や伝助を
探す篠宮の部下たちに見つかったら、秀吉は無事ではいられない。どう
なってしまうのか?スピーディーな展開に目が離せない。とても笑える。
けれど、笑いばかりではなかった。ホロリとさせられるところもあった。
人が本当に必要なのは、自分を思ってくれる人、そして自分が大切だと
思える人なのではないだろうか。誰でも自分にとって大切な存在の人は
いる。そのことに気づいたとき、人は変わっていく。ヤクザだろうが、刑事
だろうが、マフィアのボスだろうが。おかしさの中にも切なさが漂う。そして
秀吉と伝助、二人のやりとりもとてもほほえましかった。最初から最後まで
飽きることなく楽しみながら読める作品だった。


キッチン  吉本ばなな
「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。」
突然の祖母の死で悲しみに沈んでいたみかげに、田辺雄一は同居を
申し出た。雄一と雄一の母えり子、そしてみかげの奇妙な同居生活が
始まった。大切なものを失った悲しみを乗り越え、人はいかに生きる
べきか?表題作を含む3編を収録。

自分にとってとても大切な人を失ったとき、人は涙も出ない。ただ、逝って
しまった人のことだけを思い、悲しみのいちばん奥底でひざを抱えてうずく
まっているのだろう。その姿は傍から見ると痛いくらいに切ない。読んで
いて泣けた。とにかく泣けた。「出会いと別れ」、「生と死」。それはどう
しようもないことなのだけれど、それでも何とかならなかったのかと思って
しまう。悲しみは何年たっても消えることはない。けれどそれを思い出で
包み込み、抱えながら人はまた歩き出すことができる。この作品の中の
雄一やみかげもきっと新たに歩き始めてくれるだろう。生と死、そして
心の再生を感動的に描いた作品だった。