*2003年*
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神の火
高村薫
☆☆
日本海の海に面した断崖に、原子力発電所はあった。
「完璧とも思える防護システムを誇るこの発電所の原子力の
火を消し去ること。」目的は果たして達成されるのか?
不可能と思われる出来事に立ち向かう二人の男がいた・・。
それぞれの国の思惑、個人の利害関係が複雑に絡み合う。
緻密な文章は高村さんの特徴だが、緻密すぎてちょっと
ついていけなかった。原子力発電所の構造、機密文書を
収めたデーターの解析など、何度も読み直した。とにかく
難解な作品だった。
日野と島田、この二人がなぜ原子力発電所の火を消そうと
するのか、その理由もピンとこなかった。「男のロマン」で
片付けるのは、あまりにも安易過ぎるだろうか?
片想い
東野圭吾
☆☆☆☆
西脇哲朗は帝都大アメフト部の同窓会の帰りに、かつての
マネージャーだった日浦美月に再会する。哲朗は彼女から
ある秘密を打ち明けられる。それは驚愕する内容だった。
人はどう生きるべきか・・・。重い問題を投げかける作品。
「男らしく」「女らしく」そういう言葉が今では死語になりつつ
ある。しかし、子供が生まれたときに親は、その性別に
合わせた、そうであるべき姿に育てようとする。親としては
当然のことなのかもしれない。だが、見た目と心が食い違う
とき、人はどうすべきなのか?大事なのは男として、女として
どう生きるのかということではなく、人としてどう生きるのかと
いうことではないだろうか。この作品が抱えるテーマの重さが
心にのしかかってくるようだった。
超・殺人事件
東野圭吾
☆☆
推理作家の生活の実態はいかに?どのようにして推理
小説は生まれていくのか?こんなことまで書いていいの
だろうか?というところまで舞台裏を描いた、ブラックユー
モアー的作品。
ひとつの作品が生まれるまでを皮肉たっぷりに描いたり、
読者が知ることの出来ない裏側を描いたりと、発想はとても
面白かった。しかし、全体的に退屈な印象だった。話が
淡々と進むだけで、盛り上がりもなければ、感動もない。
単なる娯楽作品と割り切って読むのならいいけれど、それ
以上のものを求めようとすると、ちょっと物足りないかも
しれない。
カカシの夏休み
重松清
☆☆☆
人には決して忘れられない場所や思い出がある。
故郷を離れ、それぞれ生活に追われる日々を送る
かつての級友たち。しかし彼らは、思い出がいっぱい残る
故郷、日羽山の風景を忘れることが出来なかった・・。
表題作を含む3つの短編を収録。
仕事、不況、家族、親子、いじめ、自殺・・など、今の
世の中が抱える問題を、作者は独自の視点で描いている。
しかし、あまりにも問題が身近すぎるせいか、つらい。
とにかく読むのがつらかった。まるで、傷口をごしごしと
こすられているような痛みさえおぼえる。逃げてはいけない、
目をそらしてはいけないことなのだけれど、耐えられなかった。
この作品に登場する人たちが、せめて少しでもいいから
「幸せだな。」と感じられるようになればいいと思う。
風紋
乃南アサ
☆☆☆☆☆
ある平凡な主婦が殺された。だがその事件は波紋となり
広がって、次々に関わりのある人たちの運命を変えていく。
この事件により運命を変えられた者たちの行き着く先は、
果たしてどこなのだろうか?読みごたえのある問題作。
平凡に暮らしていた主婦が殺された。加害者は意外な
人物。それだけでも残された家族の受ける衝撃は計り
知れないのに、さらに投げかけられる心無い言葉。
まるで殺される方が悪いと言わんばかりの中傷。次々に
暴かれる被害者家族の暗部。被害者の家族の心の傷が
どんどん大きくなっていくのは見るに耐えない。しかし、
加害者の家族にとっても悲劇だ。平凡な家庭が崩れ去り、
夫が逮捕されたその日から、「殺人犯の妻」「殺人犯の
子供」として生きていかなければならない。ひとつの事件が
いかに多くの人を傷つけるか・・・。どんな理由があるにせよ、
人は絶対に罪を犯してはいけないのだ。
鳥人計画
東野圭吾
☆☆☆
より遠くへジャンプするために、いったい何が行われ
たのか?ジャンプ界のエース楡井が毒殺された。その
背景にはある恐るべき計画があった。そして楡井を殺した
動機は、はたして?
事件が起こり、最初の段階で早々と犯人が捕まってしまう。
しかし、動機が分からない。そして密告者は誰なのか?
犯人を推理するのではなく、動機や、密告者が誰であるの
かを推理する、異色のミステリーだった。完全犯罪を
たくらむ犯人を見事に欺いたのは?北海道が舞台の作品
だったので、とても身近な感じがした。より遠くへ飛ぶ
ために、実際のジャンパーも並々ならぬ努力を重ねて
いるという。
「人を鳥のように・・・。」もし、この作品の中に書かれている
事が実際に行われていることだとしたら、とても恐ろしい
ことだと思う。あくまでも物語なので、ほっとして本を
閉じた。ジャンプにはいつまでもロマンを感じていたいと
思っている。
新撰組顚末記
永倉新八
☆☆☆
新選組の一員として、幕末から明治の激動の時代を駆け
抜けた永倉新八。晩年彼が小樽新聞の一記者に語った
実歴談を、1冊にまとめた作品。
晩年に語った話をまとめたもなので、記憶違い、忘れて
しまい記者が補ったものなどがあり、全面的に事実
だとは受け入れ難い本だとのこと。しかし実際に新選組に
身をおいて、近藤、土方、原田、斉藤などの面々を間近に
見て話をした者ならではの迫力がある。斬るか斬られる
か、やるかやられるか。それは経験した者でないと分から
ない。この本には「経験者が語る」という重みがある。
新しい時代を作るのに、いったいどれだけの犠牲を払った
のか。年老いた永倉が新選組を語ったとき、彼の胸に
去来するものは何だったのだろう。
青のフェルマータ
村山由佳
☆☆☆☆
自分の何気ない一言で父母が離婚し、母親からは
うらまれるようになってしまった・・・。
深く傷ついた里緒は、彼女自身の声を失ってしまう。
里緒に声を取り戻させたいと願う父親は、彼女をイルカの
住む島に連れてくるが・・・。
青く透明な世界を覗き込んだような物語だった。耳を
すませば美しい音色が聞こえてくるかもしれない。お互い、
人は人を知らず知らずのうちに傷つけている。そうとは
気づかぬままに。それを癒してくれるのは、愛する人の
存在だ。たとえ言葉にしなくても思いは伝わるものなのだ。
「愛する者のために何かをすることは、何かをしてもらう
ことよりもずっと深く、わたしたちを癒す。」この言葉が、
乾いた砂に水がしみこむように心にしみてくる。里緒の
声を失わせたのも愛なら、取り戻せたのも愛の力にほか
ならない。そのことに気づいた里緒なら、これから先も
強く生きていけるのではないだろうか。
亡国のイージス
福井晴敏
☆☆☆☆
危険分子とみなされ闇から闇へと葬り去られたひとつの
命。かけがえのない一人息子を失った宮津が艦長を
務める、最新のシステムを誇る護衛艦「いそかぜ」は、
しだいに国家の謀略の中に巻き込まれていく。日本最高
権力者さえも恐怖に陥れた事件の結末は?
「いそかぜ」で繰り広げられる壮絶な戦い。それはいったい
何のためのものなのか?憎悪による傷つけあいは憎悪
しか生み出しはしない。その中での仙石恒史と如月行の
結びつきは読む人の心を熱くする。かたくなな行の心を、
仙石は体当たりで開いてゆく。人が人を思うとき、どんな
困難をも乗り越えていける強さが生まれる。
ラスト・・・。子を失った宮津と、親を失った行の心が
触れ合う場面では、涙がこぼれた。
「国家」、それは人の命の集合体なのだ。そのことを
私たちは決して忘れてはならない。
生きる
乙川優三郎
☆☆☆
藩主が死んだ。又右衛門は家老の命により追腹を
禁じられる。密約により藩主亡き後も生きていくことに
なった彼だが、世間の目は冷たく、娘婿、息子が切腹し、
彼は孤立していく。生きることも死ぬことも出来ずに彼は
苦悩するが・・・。表題作を含む3つの短編を収録。
時代物が苦手な私だが、そういう私でも抵抗なく読める
作品。時代物ということを意識させないところに、作者の
独特のスタイルがあるのではないだろうか。
「人は何のために生きるのか。」この本は読む人にそう
問いかけてくる。どんなにつらくても自分の人生を全う
しなければならない。それはどんな時代においても同じ
ことだ。「生きる」このたった3文字の言葉が秘めている
意味は大きく、そして深い。四つ星に近い三つ星。
クライマーズ・ハイ
横山秀夫
☆☆☆☆
「男には、乗り越えねばならない山がある。」
1985年、航空史上最大の事故が起こった。御巣鷹山に
日航のジャンボ機が墜落、500名以上の犠牲者が出た。
そのとき、地元新聞である北関東新聞の記者たちのとった
行動は?壮絶なまでの事故発生後の1週間。男たちの
思惑が交錯する・・・。
職場とはまさに戦場だ。そして、そこで働く男たちはすべて
戦士だ。死ぬか生きるか、男たちの日常にはそれしか
ない。「報道」は単なる仕事ではない。使命でもある。
時には涙し、時には怒り、そして時には苦悩する。その中
から生み出される新聞。活字にはなり得なかったたくさんの
原稿。一日が嵐のように過ぎていく。その描写は読む人を
圧倒する。
乗り越えなければならない山とはいったい何か?それは
自分自身が自分の心の中に作ってしまった「限界点」という
山かもしれない。「クライマーズ・ハイ」。この山を乗り
越えた時、この言葉の持つ真の意味が見えてくるような
気がする。
天国への階段
白川道
☆☆☆☆
経営する牧場をだまし取られ、失意のうちに死んだ父。
そして愛する亜木子の裏切りの行為。圭一は憎しみだけを
胸に、故郷を飛び出す。そして、東京で成功した彼は
復讐を果たそうとするが・・・。
人それぞれの思い。その思いがうまくかみ合わないとき、
悲劇が起こる。人はなぜ人を傷つけながらではないと
生きていけないのか。傷つけられたと思って生きてきた
圭一も、自分の気づかないところで、多くの人を傷つけて
いたことを思い知る。
亜木子への憎しみも、亜木子を忘れずにずっと愛し続けて
いきたいと思う気持ちの、裏返しに過ぎなかった。
そのことに気づいた圭一の最後に取った行動は、読む
人の胸を打つ。とても読み応えのある作品だった。
恋愛冩眞
市川拓司
☆☆☆
「人を愛することは死ぬこと。」
それでも愛を貫こうとした静流。何も知らない誠人は、
二人の関係がずっと続くと信じていた・・・。
「人を愛することは、自分の命を失うこと。」そう分かって
いても誠人を愛した静流。その愛は決して成就することは
ない。そのときの静流の心を思うと涙があふれた。とても
切ない話だったが、読んだあとに余韻が残らない。単に、
面白いとか面白くないとか、それで終わってしまう。
作られすぎた物語という印象だったのも残念だった。
白い巨塔
山崎豊子
☆☆☆☆☆
外科医として抜群の腕を誇る財前五郎。彼には野望が
あった。教授選、学術会議選・・・。地位や名誉を追い
求める彼だが、その先には思わぬ落とし穴が待っていた。
大学病院という巨大な建物の中で名誉や地位を求め、
お金が動き、策略がはりめぐらされる。ここでは患者さえも
利害関係の対象となってしまう。財前五郎は地位を得る
ためひたすら突っ走る。しかし、行き着いた先で彼を待って
いたのは、あまりにも皮肉な運命だった。それが、名誉や
地位を手に入れるための代償だとしたら、あまりに哀れ
すぎる。彼は後悔しただろうか?それとも、無念なだけ
だったのだろうか?もし、医者として純粋に生きていた
なら・・・。そう思うと、残念でならない。
広き迷路
三浦綾子
☆☆
加奈彦は出世のために、付き合っていた恋人冬美の
殺害をある男に依頼する。だが、上司の娘と無事結婚し、
次期社長も夢ではないと思っていたところへ、冬美と
そっくりな女性が現れる。はたして彼女は別人なのか?
1977年に書かれたミステリーっぽい作品だが、2時間
もののサスペンスドラマの原作のような感じだった。
当時はどうなのか知らないけれど、今読んでみるとどこに
でもありそうな内容だ。使い古された筋書きという思いが
最後まで続いた。
三浦さんの作品は何冊も読んで感動したが、この作品は
どういう意図を持って書かれたのかちょっと理解できな
かった。彼女の作品の中ではちょっと異色?
博士の愛した数式
小川洋子
☆☆☆☆
何人もの家政婦がやめていった家。そこに住むのは、
事故のため記憶が80分しかもたない、数学の天才学者
だった。博士と私と私の息子のルート、3人の愛情
あふれる出来事をつづった心温まる作品。
毎日通ってくる家政婦の顔さえ覚えられない。博士に
とっては毎日が初対面なのだ。背広にクリップで留め
られたたくさんのメモが何とも物悲しい。博士と私だけの
味気ない雰囲気を明るく楽しいものにしたのは、私の
息子、博士がルートと呼ぶ11歳の少年だった。博士と
少年の心の触れ合いが胸を打つ。博士はずっと温かな
家庭を求めていたのではないだろうか。黙々と机に向かい
数学に打ち込むのは、もしかしたら数学が好きなだけでは
なく、寂しさを紛らすためだったのではないだろうか。
それにしても、数学がこんなに素敵な物語を奏でるなんて、
想像も出来なかった。数学の中に隠された、たくさんの
ロマン。ますます数学が好きになる。
繋がれた明日
真保裕一
☆☆☆☆
中道隆太。彼は殺人を犯し懲役7年の刑を言い渡される。
仮釈放となり刑務所を出た彼はまじめに働こうとするが、
思わぬ災難が降りかかる。罪、罰、償い・・・。様々な重い
テーマを抱えた作品。
人の罪は、懲役刑に服したからといって簡単に許される
ものではないのか?まじめに働こうとしても、罪を犯した
過去は執拗にまとわりついてくる。被害者の家族も、
そして加害者の家族も、言葉には言い表せないほどの
苦しみを背負って生きていかなければならない。
「殺される側にも非があった。」最初そう考えていた隆太
だったが、「殺される」ということを身をもって知ったとき、
初めて罪の重さに気づく。
人はどんな場合でも、やってはいけないことがある。それを
知った彼を、はたして周りは温かく迎え入れてくれるの
だろうか?また、自分なら迎え入れることができるのか?
読んだあと、様々な思いが胸の中に渦巻いていた。
月のしずく
浅田次郎
☆☆☆
酒を飲むのが楽しみ、荷を運ぶことしかできない。そんな
男の前に、月夜の晩に美しい女性が現れた。彼女は男の
アパートへ転がり込むが・・・。表題作「月のしずく」を含む
7つの短編を収録。
男と女、母と娘、家族。人と人とのかかわりを切なく
しっとりと描いている。平凡な人生を歩んでいるかに
見える人間でも、その内部には、他人に理解できない
ほどの悩みや傷を抱えている場合がある。そんな人達の
描き出された心情の一つ一つが、胸を打つ。人はどんな
場合でも、歯を食いしばって生きていかなければならない。
作者はそのことが、きっとよく分かるのだろう。
おれは非情勤
東野圭吾
☆☆☆
小学校の非常勤講師をしている「おれ」は、いつものように
学校へ行くが、その学校には思わぬ事件が待ち受けて
いた・・・。小学生向けに書かれた作品を、文庫化した
短編集。
ここに登場する「おれ」は、まさにハードボイルド!
「非常勤」ではなく、「非情勤」というところが面白い。
小学生向けに書かれた作品だが、大人が読んでも充分に
楽しめる。短編一つ一つに、作者の工夫が見られる。
雑誌に発表した当時は、殺人や浮気を出すとは何事かと、
PTAの抗議を受けたそうだが、今の小学生、そんなこと
ではびくともしない。親も子も一緒にこの作品を楽しんで
ほしいものである。
陰の季節
横山秀夫
☆☆☆
警察人事を担当する二渡に、厄介なことが持ち上がった。
3年前に天下りした尾坂部が、約束の任期を過ぎても
辞める意思はないという。後任もすでに決まり、人事発表
まで間がないときになぜ?調べるうちに、尾坂部の真意が
見え始めてきた・・。表題作「陰の季節」を含む4つの
短編を収録。
事件は警察内部で起こる。問題を起こしたのも警察官
なら、それを調べるのも警察官だ。内部の事情を詳細に
描いたこの作品は、作者の警察という組織に対する知識の
深さを、まざまざと見せつける。殺人事件などの派手な
事件を追うのではない。しかし、この作品から目を離せない
のは、緊迫する人間の心理をたくみに描いているからだと
思う。追い詰められた人間の息づかいが読み手まで
伝わってくる。全てが終わった後に残る余韻・・。一味違う
ミステリーだった。
いま、会いにゆきます
市川拓司
☆☆☆☆
「また雨の季節になったら、戻ってくるから。」
そう言い残し、澪は逝ってしまった。そしてその言葉どおり
1年後の雨の季節に、彼女は愛する夫と息子のもとに
帰ってきたのだが・・・。切ない愛の物語。
残された父と子の愛にあふれた生活。そこに現れた死んだ
はずの澪。また3人の生活が始まる。しかしそれは別離の
予感を抱えた生活だった。どんなに愛していても、人は
いつかは別れなければならない。そうだからこそ、平凡な
毎日の生活も大切にしなければならない。
「おはよう」「おやすみ」「おいしいね」「大丈夫?」「ちゃんと
眠れた?」「こっちに来て」、そんな何気ない言葉全てに
愛が宿っている。
この文章を読んだとき、涙があふれた。何気ない生活が
どれほど貴重なものかを、この本は語っている。
自分の愛する人をもっともっと大切にしたくなる、そんな
素敵な作品だった。
しゃべれどもしゃべれども
佐藤多佳子
☆☆☆☆
クラスの連中と対立する小学生、内気なテニスコーチ、
無愛想な女性、日頃悪態をつくが肝心なときになると
無口になる元プロ野球選手。それぞれがそれぞれの
思いを胸に抱いて、落語家今昔亭三つ葉のもとに集まって
くる。はたして彼らの「しゃべり」はものになるのか?
ほのぼのとした話。飾り気のない文章だが、作品に登場
する人物を巧みに描いていて、とても好感が持てた。
人間誰しも苦手なことがある。ここに登場する人物にも
ある。だが、落語を通して彼らは苦手なものを克服しようと
する。その過程、そしてそこに生まれる連帯感、友情。
読んでいて心が温まる。実際の日常生活の中に似たような
人がいるかもしれない。そう思えるから共感もできる。
大事件が起きなくても、人間ドラマは生まれるのだ。
Separation
市川たくじ
☆☆☆
妻裕子が若返っていく!悟は妻を支え、最後まで愛しぬく
決心をするが・・・。哀しくも切ないラブストーリー。
ほかに「VOICE」を収録。
妻が、時間を逆行するようにどんどん若返っていく。
それはとどまるところを知らない。最後にどうなるのか・・。
二人は言葉にすることさえもできない哀しい結末を予測
する。哀しく切ない話なのだけれど、いまいち切迫感、
悲壮感がない。裕子の両親にしても、娘の一大事に、
戸惑いも驚きも見せない。周りの人間もその事実を
すんなりと受け入れて、疑問にも思わない。何だかとても
不自然な感じがした。かわいそうな話だと思ったが、
その余韻が残らなかった。二つ星に近い三つ星。
骨の袋
スティーブン・キング
☆☆☆
ある日突然妻が死んだ。マイクは、妻が妊娠していた
ことさえ知らなかった。小説もかけなくなった彼は、
4年ぶりに別荘を訪れる。セーラ・ラフス(セーラは笑う)と
呼ばれるこの別荘でマイクを待っていたのは、妻の思い出
だけではなかった・・・。
長い。とにかく長かった。ただひたすら読んだという感じだ。
マイクは別荘へ、何かに呼ばれた。人間ではない何かに。
その影がマイクのまわりで見え隠れする。そして彼が、
ある母娘に会ったことで、事態は急展開を見せる。過去の
悲惨な出来事が、現代にまで長く尾を引いている。人の
人に対する恨み、憎むべき相手に見せる執念。それは
人が人を愛するがゆえに生じる。しかし、人を憎しみから
解き放つのも、やはり愛なのだ。ホラーではあるが、
人間愛にあふれた作品だった。
霧の橋
乙川優三郎
☆☆☆☆
武士の社会に嫌気がさし、町人になった惣兵衛。しかし、
町人の世界でも苦難が待っていた。店を乗っ取られるかも
しれないという不安。惣兵衛は店と愛する妻を守るため、
立ち上がる。
時代物でありながら、時代物と感じさせない作品だった。
そこに描かれていることは、今の時代の出来事となんら
変わるところがないように思う。大企業と中小企業との
闘い、そして愛する家族を守るため奮闘する男たち。
作者はていねに細やかに人の心を描いている。だから
読み手は共感を覚えるのかもしれない。夫婦の心の
すれ違い。しかし惣兵衛が過去の自分と完全に決別した
ときに、二人は新たな一歩を踏み出す。霧の橋の向こうに
見えたものは妻の姿だけでなく、これから二人で歩む人生
だったのではないだろうか。
奪取
真保裕一
☆☆☆☆☆
友人雅人の借金のためにヤクザに脅され、やむなく
偽札造りを思いついた道郎。それは彼が本格的な偽札
造りに取り組むきっかけとなる。より完璧に!
はたして彼らの造った偽札は、本物となりうるのか?
日本推理作家協会賞、山本周五郎賞、受賞作品。
笑いあり、涙あり、友情あり、恋あり。そしてスリルと
サスペンス。事態はめまぐるしく展開する。長編だが、
読者を飽きさせずに最後まで引っ張っていくのは、やはり
作者の筆力のすごさだ。専門的な知識の描写は理解
しづらいが、それもこの作品には必要だと納得させられて
しまう。いかに人を欺くか。読んでいてとても楽しめた。
ラストも見事!読んだ人はあっと驚くに違いない。
リセット
北村薫
☆☆☆☆
昭和20年5月に空襲で命を落とした修一。彼を慕い
続けていた水原真澄は、それから10数年後に一人の
少年に出会う。真澄は少年の中に修一の姿を見るが・・・。
時の流れを超え、結び合う命の物語。
前世で愛し合った者どうしは、生まれ変わっても愛し合うと
聞いたことがある。修一と真澄。二人は時を超え出会う。
修一や真澄は、私の父や母の世代と重なる。そして、
村上和彦。彼は作者北村薫と同じ年、私より少し年上だ。
ここに描かれている時代背景は、私の心を揺さぶるのだ。
忘れかけていた幼い頃の記憶がよみがえってくる。作者と
同じ時代を生きてきた私には、胸が痛いほど懐かしい。
そんな気持ちで読んだこの本には、心打たれるものが
あった。出会いと別れを繰り返し、人は時を超えても
愛し合う。思いは深く遥かに・・・。
黄泉びと知らず
梶尾真治
☆☆☆
熊本で起こっている死者の黄泉がえり。自分の息子も
生き返るのだろうか?愛する我が子を失ったことで
傷ついた父親と母親。二人は熊本をめざす・・・。
「黄泉がえり」のアナザーストーリーである表題作
「黄泉びと知らず」を含む8編の短編を収録。
「黄泉びと知らず」はとてもよかった。愛する息子を失った
父親と母親の悲しみがよく描かれていた。できるなら
もう一度会いたいと願う親の心は切ない。
他の短編は、星新一さんのショートショートを思わせる
作品もあったが、全体的にきらりと光るものはなかった。
「黄泉びと知らず」を除いたら、星の数は一つ減るかも
しれない。
ふたり
赤川次郎
☆☆☆
実加の目の前で、姉の千津子は死んだ。その衝撃の
深さは、家族の心をばらばらにしようとする。
そんなある日、実加の心の中に姉の千津子が現れた・・。
死んだはずの姉千津子が、実加の心の中に、声だけの
存在としてよみがえる。実加は姉がいることに喜ぶが、
はたして千津子の気持ちはどうだったのだろう。無念の
うちに死んでしまった自分。そして、もう決して戻れない
世界。それでも千津子が実加の心の中に居続けるのは、
家族のことが心配だったのだろう。実加が、自分一人で
生きる強さを持ったとき、姉の千津子は・・・。
ほろ苦く切ない話だった。
蝉しぐれ
藤沢周平
☆☆☆☆
牧文四郎。彼の父親は藩主の跡取り問題に巻き込まれ、
無念の最期を遂げる。その後の厳しい処分。逆境にも
負けず、ひたすら剣の稽古を続けておのれを鍛え、家を
守り抜く文四郎。彼の成長していく姿をさわやかに描いた
作品。
どちらかというと、時代物の小説は苦手な方だ。しかし
この作品は、最初から最後まで、飽きることなく楽しめた。
やさしく誠実な心と凄腕の剣、そして揺るぎない信念。
文四郎はとても魅力のある人物だ。
淡い恋、友情、剣のライバル。そして藩内の勢力抗争。
様々な出来事にぶつかりながら、何とかそれを乗り越え、
文四郎は成長していく。人は苦労するほど、悩むほど
人間として大きく成長する。彼の成長を見続けることが
出来たのは、読者冥利に尽きる。爽快感が残る、とても
いい作品だった。
探偵ガリレオ
東野圭吾
☆☆☆
仲間たちの見ている前で、突然一人の若者の頭が
燃え上がった・・。怪奇現象なのか?
一見解決困難と思われる事件に、刑事草薙と、物理
学者の湯川が立ち向かう。5編の短編を収録。
どんなに不思議な現象に見えても、必ずそこには起こった
理由がある。それを見つけ出そうとする刑事の草薙と、
物理学者の湯川。このコンビは絶妙のハーモニーを
奏でる。まさに黄金コンビ。
数々の事件を科学的に解明していく様子はとても面白い。
草薙と湯川。できればずっとこのコンビの活躍が続いて
くれるといいのだが。楽しめた1冊だった。
たそがれ清兵衛
藤沢周平
☆☆☆
お城でのお勤めが終わると、労咳の妻を介護するために
さっさと帰ってしまう。人は彼を「たそがれ清兵衛」と
呼んだ。その彼が藩内の抗争に巻き込まれた・・・。
表題作「たそがれ清兵衛」を含む8編の短編を収録。
この作品の中に登場するどの人物も、普段は陰口を
たたかれたり、あざ笑われたりする、うだつの上がらない
人物だ。しかし、剣の腕前は抜群だ。ひとたび剣を
かまえると、人柄は一変する。さながらスーパーマンという
ところか。お役目のために剣をふるい、それが終わると
またいつもの生活に戻り、他人に侮られたりしている。
そのギャップの面白さがよく出ている。どの作品にも人を
斬る場面が出てくるが、決して残酷には描かれていない。
そのことも、ほのぼのとした気持ちで読める一因かも
しれない。
慟哭
貫井徳郎
☆☆☆☆
連続幼児誘拐事件。解決の糸口すらつかめず、警察は
苦悩する。異例の昇進をした捜査一課長の佐伯は、
周囲の反感、私生活の悩みを抱えながら、犯人捜しに
奔走する。果たして犯人は?そこには、驚愕の結末が
待ちうけていた。
必死に犯人を暴こうとする警察、そして幼児殺しの男。
二つのモチーフでこの作品は構成されている。交互に
描かれ、まるでモザイクのようだ。追うものと追われる
もの。対比させた書き方が、読み手をぐいぐいと作品の
中へ引きずり込んでいく。犯人はいつどのようにつかまる
のか?しかし、目の前に突き出された結末は、意表をつく
ものだった。驚愕とさえ言ってもいい。
人は悲しみがあまりに深すぎると、涙も出ない。心だけが
慟哭するのだ。だが、その聞こえるはずのない慟哭が、
耳に突き刺さるのはなぜだろう。
ブルーもしくはブルー
山本文緒
☆☆☆☆
「もしもあの時、別の道を歩んでいたら・・・。」
誰しもが一度は必ず思うこと。蒼子は、別の道を選択した
もう一人の自分に出会ってしまった。結ばれることの
なかった相手と結婚したもう一人の自分。彼女はふと、
あることを思いつく・・・。
「もしもあの時・・。」そう考えることはあっても、実際に別の
人生を歩んでいる自分の姿を、想像することさえ難しい。
だが、自分が不幸だと感じれば感じるほど、その思いは
強くなる。だからといって、別の人生が必ずしも幸福だとは
限らない。もう一つの人生を望んだ蒼子。その彼女を
待っていたのは恐ろしい出来事だった。
人は一度決心したら、決して振り返ってはいけない。
どんなことがあっても、今の人生を大切にするべきなのだ。
壬生義士伝
浅田次郎
☆☆☆☆
吉村貫一郎。彼は妻子を貧困から救うため、やむを得ず
脱藩する。やがて彼は新撰組の一員となり、幕末から
明治にかけての激動の時代を駆け抜ける。
独特の視点から新撰組を描いた傑作。
時代の大きなうねりの中、人はどう生きていくべきか?
死ぬことにも生きていくことにも、理由がなければならない
のだろうか?おのれの信念のため戦う者、おのれの信念を
捨て戦う者。激動の時代と呼ばれた幕末から明治。新たな
扉を開くために、どれほど多くの人の血が流れたことか。
そしてどれほど多くの人が涙を流したことか。読んでいて
胸が痛くなるほど切なかった。
吉村貫一郎と家族、そしてそれを取り巻く人々。彼らの
目に、はたして今の日本はどのように映るのだろう。
転生
貫井徳郎
☆☆☆
重い心臓病を患っていた大学生の和泉。彼は心臓移植
手術が成功して元気な体になったのだが、自分の中に
別の記憶が存在することに気づく。果たしてそれは
ドナーの記憶なのか?夢の中に現れる恵梨子という
女性は?
記憶は脳の中にあるだけではないのだろうか?
以前テレビで、心臓移植した人がドナーの記憶をも受け
継いだ、という番組を見た。この作品の中の和泉も、まさに
そうなのだ。行ったことのない場所、見たことのない絵、
会ったことのない女性・・・。それなのに彼は記憶していた。
それはあり得ないことではないのだ。
「自分の中の他人の存在を意識して生きていかなければ
ならない。」そうなったとき、やはりそれまでの人生観が
変わってしまうのだろうか?和泉はこれからの人生を
どう生きていくのか?二人分の記憶と命を抱えて生きて
いく彼のこれからが、とても気になる。
償い
矢口敦子
☆☆☆
妻も息子も喪い、医者としての地位も失った・・。日高は
ホームレスとなり、ある街へたどりつく。そこで彼は、ある
少年と出会う。その少年はかつて、日高が命を救った
男の子だった・・。次々に起こる事件は、その少年と何か
関係があるのだろうか?
人は心に深い傷を負ったとき、自分自身の存在さえ確信
できなくなるのだろうか?仕事人間だった日高が受けた
心の傷はあまりにも深かった。その彼の前に時々現れる
少年真人。次々に起こる事件に、果たして彼は関係が
あるのか?事件の真相に迫るにつれ、日高は次第に
自分を取り戻していく。この日高の心理描写がとても
よかった。
人は苦しまなければ生きていけないのだろうか。日高、
真人、そして刑事の山岸。彼らはそれぞれ苦悩しながら
生きている。果たしてそこに救いはあるのか?
「生きていていい。」ラストの、日高の言葉が心に響く・・・。
リアルワールド
桐野夏生
☆☆☆
隣に住む高校生の男の子ミミズが、母親を殴り殺した。
十四子は、携帯と自転車をミミズに盗まれたのを
きっかけに、ミミズと知り合いになる。十四子の友達3人も
加わって、彼女たちはミミズの逃亡を応援することに
なるのだが・・。
何だかあり得なさそうな話で、あり得る話かもしれない。
平然と自分の母親を殴り殺して逃亡を続けるミミズ。
それを興味津々で見つめる女の子たち。いまどきの
女の子ってこんな感じなのだろうか。自分自身に直接
関係のないことなら、一歩下がってクールに見つめる。
時には楽しみながら。
だが、好き勝手なことをしているように見えるが、実は
彼女たちも所詮は、大人たちが作り上げた社会でしか
生きることが出来ないのだ。彼女たちがリアルだと思って
いた世界は、真のリアルワールドとは呼べなかった。
エミリーへの手紙
キャムロン・ライト
☆☆☆☆☆
ある日、一人の老人がこの世を去った。彼の遺したものは
自作の詩集。一見何気ない詩のように見えたが、実は
そこには素晴らしい秘密が隠されていた・・。
アルツハイマーが進み、物忘れがひどくなった頑固な
老人。ハリーのことを人はそう思っていた。
しかし、彼はだれよりも家族を愛していた。詩の中に
隠されたパスワード。そのパスワードで開かれる
メッセージ。その中のひとつひとつの言葉が心に響く。
「人生の選択は裕福か貧乏かでもなく、有名か無名か
でもなく、善か悪かだ。」
人にとって本当に大切なものは何かを教えてくれる、胸を
打つ作品だった。
九月の四分の一
大崎善生
☆☆☆
甘くほろ苦い若き日の思い出。小説が思うように書けず、
絶望的になっていた僕の前に現れた奈緒。彼女との
出会いと別れが、僕に再び小説を書く勇気を与えた・・。
表題作を含む4つの短編を収録。
心の奥深くにひっそりと横たわる、過ぎ去った日々の
思い出。どんなに望んでも過ぎ去った日々はもどらない。
人は時には甘く、時にはほろ苦いその思い出に、心を
乱される時もある。独特の透明感のある文章で描かれる
追憶の日々は、光のかけらのようにきらめいている。
人は過去を積み重ねて生きている。いや、過去を積み
重ねなければ生きてはいけない。それがどんなにつらい
過去でも、捨て去ることは出来ないのだ。
黄色い目の魚
佐藤多佳子
☆☆☆☆
自分の家の中に居場所を見つけられない村田みのり
16歳。人の心の内側を見透かすような似顔絵を描き
続ける木島悟16歳。二人の出会いから、お互いが
お互いを意識し始めるまでを、ピュアな目で描いた
さわやかな作品。
悟とみのり。二人の描写がとてもいい。揺れ動く心の内が
手に取るように分かる。二人の目を通して語られる日常。
その日常には大事件など起こりはしない。平凡ないつもの
生活が淡々と続いていくだけだ。しかし読んでいて退屈
ではない。二人が見ているものを一緒に見て、二人が
感じているものを一緒に感じて、まるで自分も物語の中に
入り込んでしまったような気がした。二人の恋愛はこれから
どうなるのだろう。一生懸命エールを送りたい。
GOTH
乙一
☆☆☆
殺人事件が好きな少年と、いつも死を考えている少女。
二人のまわりで、バラバラ殺人事件、手首だけを切断する
リストカット事件など、不思議なそして異常な犯罪が
起こる・・。
「なぜこんな作品を書く?」「なぜこんな作品を読ませようと
思ったのか?」「なぜこの作品を出版したのか?」
読み始めたとき、そう思った。しかし、ここに書かれている
ような出来事は、実際にこの世の中で起こりうることで
あり、残虐性は人それぞれの心の中に、大なり小なり存在
するものだ。
人間の持つ特異性は、決して一部の特別な人間だけの
ものではない。何気ない平凡な生活を営む人間の中にも
潜んでいる。もちろん私の中にも・・。そのことに気づき、
視点を変えて読むと、この作品の持つ輝きが見えてくる。
目をそむけたくなるような描写の向こうに、作者の真意が
見えてくる。
深尾くれない
宇江佐真理
☆☆☆
牡丹の花をこよなく愛した深尾角馬。その色は「深尾紅」と
まで言われるほどだった。彼は一度目の妻も二度目の
妻も、自分の手で斬らねばならなかった。そのわけは?
実在の人物、雖井蛙(せいあ)流の始祖、深尾角馬の
生涯を描いた作品。
幼い頃に母を亡くし、まるで母のかわりのように牡丹の
花を愛し、慈しみ育てる角馬。彼は無骨で、妻にやさしい
言葉のひとつもかけられなかった。人には、言葉にして
思いを伝えなければならないときがあると思う。それを
しなかった角馬。きっと妻は、愛されているのかどうか
分からずに寂しかったのだろう。
「深尾紅」。角馬の娘ふきは、父が斬った人たちが流した
血の色だと言った。しかし私はそうは思わない。角馬が
言葉に出来なかった、心のうちに秘めた熱い思いの色、
そんな気がしてならない。
三月は深き紅の淵を
恩田陸
☆☆☆
「三月は深き紅の淵を」。配るときからさまざまな条件が
つけられていた本だった。その本をめぐり人々の思惑が
交錯する、不思議な物語。キーワードとなる本の名前が、
そのまま作品の題名にもなっている。
コピーをとってはいけない、作者を明かさない、友人に
貸す場合はたった一人だけで、それも一晩だけ。
さまざまな条件をつけられた「三月は深き紅の淵に」と
いう本。だがこの本は、その存在さえも疑わしいところが
あった。この作品は、本を探す話、本の作者をつきとめ
ようとする話、本が書かれようとしている話、本が書かれて
いる最中の話の4部作になっているが、どれも独立した
話になっていて、関連性がないように見える。だがどれもが
「三月は深き紅の淵を」の本にまつわる話なのだ。
人がそれぞれその本をどうとらえるかで、本はどんな姿に
でもなり得る。人の数と同じだけの種類の「三月は深き
紅の淵を」の本が存在する。そんな気さえした。
月夜に遊ぶ天使たち
越阪部重之
☆☆☆
色素性乾皮症(XP)の子供たち3人との生活を、父親が
愉快に明るくつづった本。
色素性乾皮症(XP)の人は、太陽の下では短時間でも
日焼けを起こしやすく、またその部分がやけどのように
ひどくなってしまうので、決してそのままでは外に出ることが
できない。体の細胞の遺伝子(DNA)が傷つけられたとき、
修復能力が人より低く、普通の人の2000倍の確率で
細胞がガン化するそうだ。
ふたごの兄弟とその妹。子供3人ともがXPという病気を
抱えている。しかしそのお父さんは明るい。人に言えない
さまざまな苦労があったと思うのだが、子供たちと楽しく
過ごすようにがんばっている。お母さんも深刻にならずに、
常に前向きに明るく生きている。いつの日かこの病気の
治療方法が見つかり、思いっきり太陽の下で遊ぶ日が
来ればいいなと思う。
がんばらない
鎌田實
☆☆☆
生きることも死ぬことも無理をせずに、人それぞれに
ありのままに。諏訪中央病院の院長が語る、さまざまな
人たちの生き方、亡くなり方。
人それぞれの生き方があるように、人それぞれの人生の
終わり方がある。それは誰が決めるものでもなく、自分
自身で決めるものなのだ。いつの日も穏やかに過ごせ
たら、こんなにいいことはない。
「がんばらない」・・。これは「がんばるな」という意味では
ない。無理をしないことだと思う。ありのままを受け入れる
気持ちが大切なのではないだろうか。
月の裏側
恩田陸
☆☆☆
箭納倉(やなくら)。そこで暮らす人の中に、失踪して、
何日かたってから戻ってきた人たちがいた。その人たち
には、失踪中の記憶がなかった。毛細血管のように堀が
伸びるこの街に、いったい何が起こっているのか?
水に潜むものとは?
人類はもとも水の中で生活していた。しかし「何か」から
逃げるように地上に上がって、個別の個体として生きて
きた。だが、今また「何か」によって、ひとつにさせられ
ようとしている。奇妙な話だけれども、読んでいて惹きつけ
られる。
失踪した人たちは「盗まれる」のだろうか?いや、もしか
したら本来の姿にもどされるだけなのかもしれない。
人は人に対し、どこまでその本質をとらえていけばいいの
だろう?大きなうねりのような生命の流れの中では、
その問いさえも無意味なのかもしれない。
真相
横山秀夫
☆☆☆
10年前に息子を殺した犯人が逮捕された。通り魔的
犯行。当時はそう思われていた事件だったが、犯人の
口から、殺された息子の意外な一面が浮かび上がった・・。
表題作「真相」を含む5編の短編を収録。
事件が解決したといっても、そこで全てが終わるわけでは
ない。人の心の中にいつまでもしこりのようにその事件は
残り、割り切れない思いがずっと続いていく。この作品の
中に描かれている人たちも、さまざまな悲哀を抱えて
生きている。おそらく人生を終えるその日まで、この先
ずっと引きずって行くのではないだろうか?やりきれない
思いが残る作品ばかりだった。
半落ち
横山秀夫
☆☆☆☆☆
現職警察官が、アルツハイマー病だった妻を絞殺した!
彼は自首し、素直に動機や犯行状況を供述する。しかし、
殺害してから自首するまでの2日間の行動については、
決して語ろうとしなかった。
「空白の2日間」にいったい何があったのか?彼が書いた
「人生50年」の意味とは?
妻を殺害した後、自殺しようとした梶総一郎。しかし彼は
思いとどまり、2日の後に自首した。「なぜ2日たって
から?」その謎を軸として、警察官、検事、新聞記者、
弁護士、裁判官、刑務官などの、それぞれの視点から
話が描かれ、内容が深みのあるものになっている。
梶が決して語ろうとしなかった2日間の行動。それが
明らかになったとき、言いようのない悲しさが込み上げる。
罪を償い、力強く生きてほしい!そう願わずには、
いられなかった。
火の粉
雫井脩介
☆☆☆
かつて裁判で、勲が無罪の判決を言い渡した男。
その男が隣に引っ越してきた。故意か偶然か?
親切そうに見えた男だが、やがておかしなことが起こり
始める・・・。
判決を言い渡した勲、その妻尋江、息子の妻雪見と、
次々に視点が変わる。視点が変わる作品は他にも
あるが、読んでいてどうも物足りない感じがした。
老人の介護問題、夫婦間の問題、子供の問題、嫁姑の
問題など、今の社会にあるさまざまな問題を取り入れて
それなりに面白いのだが。
越してきた男武内の人間性も、もう少し掘り下げたものが
ほしかったと思う。武内がなぜ犯行に及んだのか、
説得力に欠ける気がする。だが、動機が無くても殺人が
数多く起こる世の中だ。武内のような犯罪を起こす人間が
いてもおかしくはないのかもしれない。ラストは、やはり
そうなってしまったか!という思いだった。意外性は
ないが、納得できる気がした。
みだれ髪
与謝野晶子
☆☆☆
歌集「みだれ髪」をわずか22歳のとき発表した与謝野
晶子。その全作品399首と、彼女の生涯を描く。
明治時代、まだ女性の地位がそれほど認められていない
この時代にあって、与謝野晶子の作る歌、その生き方は、
若者には共感されたが、大人たちは眉をひそめた。
しかし彼女は、自分に正直に歌を詠む。その歌は
その時代のものとは思えない大胆さだ。臆することなく
堂々と自分の気持ちを歌にする彼女の生き方は小気味
よい。鉄幹との出会いから、結婚、そして永遠の別れ。
彼女の生涯は決して平穏な日々ばかりとは言えないが、
充実したものだったに違いない。
鉄幹と晶子の生涯を描いた渡辺淳一さんの作品、
「君も雛罌粟われも雛罌粟」(雛罌粟・・こくりこ)を読むと、
この「みだれ髪」の世界がもう少しあざやかに見えてくる
かもしれない。
第三の時効
横山秀夫
☆☆☆☆
事件から15年後の第一の時効、台湾に渡航していた
七日間を加算した第二の時効。逃亡している犯人は、
第二の時効成立を待っていた。しかしそこには隠された
第三の時効があった・・。表題作を含む6つの短編を収録。
どの短編も警察にかかわりのある話だ。その中でも表題作
「第三の時効」は面白い。こんな時効があるなんて思いも
よらなかった。ラストも、予想もしないものだった。
最後に収められている「モノクロームの反転」も、人の
視覚や心理を扱った作品で、こちらも面白かった。
「犯罪ドラマ」というよりも、それを解決しようとする「人間
たちのドラマ」といったほうがいいかもしれない。手柄を
立てようと必死になる姿は、まるで戦国時代の武将の
ような気さえする。犯罪捜査は、まさに戦いなのだ。
プラネタリウムのふたご
いしいしんじ
☆☆☆☆
ある秋の日、プラネタリウムに捨てられたふたごの
赤ん坊。彼らは「テンペル」、「タットル」と名づけられ、
プラネタリウムの解説員泣き男の愛情に包まれて成長
する。やがて一人は手品師に、もう一人は星の語り部と
なった・・。
長編小説なのだが、まるで童話を読んでいるような感じが
した。テンペル、タットル、それぞれを取り巻く人たちは、
どの人もみなやさしい。心がほのぼのとしてくる。
離れ離れになったテンペルとタットルの再会が楽しみ
だった。それぞれの道を歩み始めた二人がどんな話を
するのか、楽しみだった。それだけに、ラストの切なさが
心にしみる。
「大切なのは、誰かが自分と同じものを見て喜んでいると、
心から信じられること。そんな相手がこの世にいてくれる
こと。」タットルにそう話す泣き男の言葉が深く心に残った。
星々の舟
村山由佳
☆☆☆
許されぬ恋に悩む兄と妹、他人の男性ばかり好きに
なってしまう末っ子、浮気している後ろめたさを感じながら、
自分の居場所を見つけられない長兄、戦争時の体験に
深く傷ついている父親。それぞれはそれぞれの思いを
抱きながら、家という舟に乗る・・。
同じ舟に乗っていても、家族一人一人星のようにその
輝きは違う。それぞれにそれぞれの悩みを抱えている。
それでもお互い思いやりは忘れない。家族というのは
いいものだと思う。だが、ここに描かれている家族には、
あまりにも悩みや問題があり過ぎて、読んでいて息が
詰まりそうだった。「一つの家庭にこれほどたくさんある
わけがない。」などと疑問に思い始めたら、感情移入が
出来なくなってしまった。内容が濃厚すぎる気がする。
ミザリー
スティーブン・キング
☆☆☆
自動車事故で瀕死の重症を負った流行作家のポール・
シェルダン。彼は、元看護婦だったアニー・ウィルクスに
助けられる。しかし、彼女はポールを病院へ運ばずに
自宅の一室に閉じ込め、自分のためだけに小説
「ミザリー」の続編を書くことを強要する。
人間の持つ恐ろしさを、生々しく描いた作品。
幽霊よりも何よりも怖いのは人間だ。それも一つのことに
凝り固まり、執着する人間ほど怖いものはない。ポールの
書く「ミザリー」の熱狂的ファンだったアニー。彼女の
異常なまでの精神は読んでいてぞっとする。ポールの
痛みをひしひしと感じながら、果たして彼がこの状況から
どのように脱出するのか、はらはらしながら読んだ。
人間の心の奥底には、どれほどの恐ろしいものが
秘められているのか、見事に描き出された作品だった。
シェエラザード
浅田次郎
☆☆☆☆
昭和20年4月、台湾沖で2300人を乗せた弥勒丸が
沈んだ。帝国郵船の大型客船だったその船は、一度も
正規のルートを航行することなく、戦争の犠牲となって
海の中に消えてしまった。
50数年後、一人の謎の老人が現れる。弥勒丸引き揚げに
執念を燃やす彼には、今まで誰にも語ることのなかった
悲劇の過去があった。
戦争中、米軍の攻撃を受け沈没した弥勒丸。その豪華
客船が使われた目的は驚くべきものだった。勝つ見込みの
ない戦いを続けていた日本。弥勒丸に乗っていた人たちは
その犠牲になってしまった。多くの悲劇は、残された
人たちの心にも深い傷を与えた。それは何十年経っても
決して消えることはなく、彼らを苦しめ続ける。
過去と現在が交錯するという形で描かれたこの作品は、
読む人に弥勒丸の悲劇をより強烈に印象づける。「その
船に乗ってはだめ!」何度もそう叫びたい場面があった。
潜水艦隊に包囲され、攻撃・沈没の運命を悟った乗組員
たち。彼らの最後まで毅然とした態度は、涙を誘う。
「よォそろォー」彼らの声が胸に響いてくるようだ。
アンクルトムズ・ケビンの幽霊
池永陽
☆☆☆☆☆
中学を卒業してから30年。鋳物工場で働き続けてきた
章之。彼の心の中には決して忘れることの出来ない一人の
少女がいた。スーイン。淡く切ない初恋の思い出が、
30年の時を経て一つの形になろうとしていた。
タイから出稼ぎに来ていた青年、そして在日三世の少女が
いた。私たち日本人は彼らを見るとき、特別な目で見て
いないと言えるだろうか。章之は彼らを温かく見守り、
そして、彼らにスーインの姿を重ね合わせる。
「朝鮮人」というだけで不当な差別を受けたスーインと
その母は、「北へ帰る」という言葉を残し、去って行かな
ければならなかった。
章之がスーインとの決して色あせることのない思い出を
手にしたとき、彼は嗚咽する。思いは深く、遥か・・・。
ラストは涙なしでは読めなかった。心を打つ感動の作品
だった。
永遠の出口
森絵都
☆☆☆☆
「永遠」という言葉にめっぽう弱い少女紀子。この一人の
少女が成長していく過程を瑞々しく、そしてさわやかに
描いた、いつまでも心に残る作品。
誰もが少女の頃、紀子のような経験をしているのでは
ないだろうか。親友、異性、親、級友、先生など、様々な
人との関わりの中、笑ったり、怒ったり、泣いたり、
悩んだりしながら、少女は大人になっていく。
少女時代のきらめくような日々。そんな日がこのままずっと
続くのではないかとさえ思える。だが、いつかは必ず
終わりが来る。「永遠」ということは絶対にありえないのだ。
「永遠の出口」にたどりついた時、少女はもう少女では
いられない。大人への階段を上る自分に気づいてしまう。
紀子・・。彼女の向こうに、少女時代の自分が見えるような
気がした。
機関車先生
伊集院静
☆☆☆☆
わずか120人の人が暮らす葉名島。この島にある生徒
7人の水見色小学校。この小さな学校に、一人の先生が
赴任した。彼は小さい頃の病気が原因で、口がきけな
かった・・・。
美しく自然豊かな島。その中で暮らす人たちの悲喜交々。
人々の日常は決してきれいごとばかりではない。悩みも
あればいさかいもある。貧しさゆえの悲劇も起こる。それは
大人たちばかりの問題ではなく、子供たちの中にもある。
「機関車先生」と呼ばれる吉岡誠吾。彼は口がきけない
けれど、精一杯のやさしさで子供たちに接する。言葉に
しなくても、心から心へと伝わるものがあるのだ。
ほのぼのとした思いが伝わってくる、ちょっぴり切ない作品
だった。
アジアンタムブルー
大崎善生
☆☆☆
葉子を失った山崎。彼は3ヶ月間ほとんど毎日、デパートの
屋上に座り続けていた。人は愛する人が死に臨んだ時、
いったい何をしてやれるのだろうか?愛する人が死んで
しまったら、どう生きていけばいいのだろうか?透明感の
ある文章でつづられた、愛の物語。
愛する人を失った悲しみがひしひしと伝わってくる。いる
はずのない人をさがし求める山崎の姿に、彼がどんなに
葉子のことを愛していたのか、痛いほど伝わってくる。命を
終えようとする葉子と二人で過ごしたフランス、ニースでの
日々。読んでいて切ない。
残念なのは、同作者の作品「パイロットフィッシュ」を読んだ
直後に、この作品を読んだことだ。「アジアンタムブルー」を
読んでいると、「パイロットフィッシュ」がちらついて、しかた
なかった。できれば、まったく関係のない作品として
読みたかった。
パイロットフィッシュ
大崎善生
☆☆☆
ある日突然、かつての恋人由希子から電話がかかって
きた。19年ぶりの由希子の声。山崎の心に切ない記憶が
よみがえる・・・。
心の奥底に眠る記憶たち。それは決して消えることは
ない。人が生きていくということは、記憶の積み重ねなの
かもしれない。かつて愛した由希子。その存在は形を
変え、19年たった今も山崎の中に生き続けている。
「人は、巡りあった人と二度と別れることはできない。」
この言葉の持つ本当の意味が、深く心に突き刺さる。
将棋の子
大崎善生
☆☆☆☆
奨励会、そこは日本将棋連盟の組織の一つで、棋士に
なるための修行の場である。全国各地から棋士をめざし、
ここに集まる若者たち。しかしそこは、弱肉強食の過酷な
場所でもあった。
全国からプロ棋士をめざし集まる少年たち。彼らは、
地方では天才と呼ばれた少年たちだ。しかし、奨励会と
いう天才集団に入ってしまうと、もはや天才少年では
なくなってしまう。将棋棋士をめざす普通の少年になって
しまうのだ。
彼らには、ある年齢になるまでに一定の段位を取らな
ければならないという、過酷な条件がつけられる。
その条件をクリアしなければ、退会するしか道はない。
過酷な競争に敗れ、無念のうちに奨励会を去った者たちの
その後の物語は、読む人の心を切なくさせる。
プロになるということがどんなに厳しいものか、華やかな
表面からは、決して見えないものなのだ。
プリズンホテル4 春
浅田次郎
☆☆☆☆
ヤクザの木戸仲蔵が経営するホテルは、人呼んで
「プリズンホテル」。ここで「日本文芸大賞」の発表を待つ
甥の、作家木戸孝之介。彼は忽然と姿を消した育ての親、
富江の行方を案じていた。
ほかに客は、懲役52年の刑を終え出所した老人、演劇
母娘、作家志望だった教師などなど・・・。悲喜交々の
人間ドラマが、華麗に繰り広げられる。
木戸孝之介が義母や妻に暴力を振るうのも、幼い頃
自分の一番愛していた母に捨てられたことが、トラウマに
なっていたせいだった。だが、自分を愛してくれる人間が
たくさんいることに気づいたとき、彼は生まれ変わる。
愛されることを知らない人間は、愛し方も知らない。しかし、
愛されることを知ったとき、人は人を本当に愛することが
できる。
さまざまな人間ドラマが生まれたプリズンホテル。人が
人を慈しむ心を忘れない限り、このホテルはいつまでも
読む人の心の中に生き続けていくのだろう。
プリズンホテル3 冬
浅田次郎
☆☆☆☆
20年もの間救急センターで働いてきた看護士、患者を
安楽死させた医師、自殺志願の少年、おなじみの木戸
孝之介。さまざまな人たちが、ホテルに集う。
笑いの中にも、「命」というものを深く見つめた、感動の
シリーズ3作目。
「命」というものを、それぞれの立場から見つめている
人たちがホテルに集まった。生きるか死ぬか、ぎりぎりの
境目の患者相手に奮闘する救急センターの看護婦長。
苦しむ患者から苦痛を取り去るため、安楽死させて
しまった医者。いじめが原因で自殺しようとする少年。
そんな人たちの心の傷をやさしく癒してくれる・・。絶望の
淵に立っている者に、暖かい手を差し伸べてくれる・・。
プリズンホテルはまさにそんなホテルだ。
笑いの中にも、作者は命の大切さ、尊さをしっかり描き
こんでいる。苦悩の中から新たな生きる希望を見い出して
いく人間の姿は感動的だ。生きるということがどんなに
素晴らしいことか、この本は私たちに語りかけている。
プリズンホテル2 秋
浅田次郎
☆☆☆☆
「プリズンホテル」で、大曽根一家と、警察の慰安旅行の
団体が鉢合わせ!この結末果たしてどうなることやら・・。
おなじみの小説家木戸孝之介、元アイドル歌手とその愛人
など個性豊かな登場人物たち。
往年の大スターと仲蔵親分の秘めたる過去も明かされて、
物語は最高潮!
思わぬところで、思わぬ同士が鉢合わせ。あわてふためく
関係者たち。何も知らぬ一般客。そのドタバタぶりが
面白く、読んでいて笑ってしまった。しかし、ほろりとくる
場面も。人間同士、職業も立場も何も考えずに、心を裸に
して付き合えたら、こんなに素敵なことはないと思う。
人はいろいろなしがらみにとらわれながら生活している。
しかし、このホテルに来た客は、不思議と自分をさらけ
出して行く。ありのままの姿、ありのままの心が見えた
とき、そこには感動が生まれる。人間て素晴らしいなと、
改めて感じさせてくれる作品だった。
プリズンホテル1 夏
浅田次郎
☆☆☆☆
ヤクザを描いた本が大ヒットし、人気作家になった木戸
孝之介。彼は父親の七回忌のとき、叔父の木戸仲蔵から、
彼が始めたホテルに招待される。叔父はヤクザ。そして
ホテルは「任侠団体専用」!人が「プリズンホテル」と呼ぶ
このホテルで、珍事件、怪事件が巻き起こる。
オーナー木戸仲蔵の甥である売れっ子作家木戸孝之介。
定年を迎えた夫に離婚届を突きつけようと機会をうかがう
妻と、何も知らない夫。心中を考える親子。まじめすぎた
のが仇になり、あちこちのホテルを流転させられていたと
いう過去を持つ花沢支配人。などなど数え上げたらきりが
ない、個性的な登場人物たち。だが同じホテルに集う
彼らは絶妙なハーモニーを奏でる。そのここちよさに
思わずうっとりさせられる。笑いあり涙ありの人間ドラマは
読む者の心をとらえて離さない。さすが!見事な浅田節!
ALONE TOGETHER
本多孝好
☆☆☆☆
「私が殺した女性の娘さんを守ってほしい。」
3年前に退学した、「僕」がほんのわずかしか籍を
置かなかった医大の教授の突然の頼み。まだ14歳の
少女を守ってほしいとは?心の二つの波長が共鳴する
とき、そこには人間の本質があざやかに描き出される・・。
「MISSINNG」を読んだときにはあまり感じなかったが、
作者の瑞々しい感性が、この作品には感じられた。
一つ一つていねいに選ばれた言葉たち。その言葉たちが
集まって、この作品全体をやわらかく包んでいる。
他人の心の波長と共鳴することができるという、特殊
能力を持った主人公柳瀬。果たしてその能力は救いに
なるのか?人は心の奥に隠しておいた、誰にも知られたく
ない本音を暴かれたとき、いったいどうなってしまうのか?
心の本質に迫る、面白い作品だった。
T.R.Y.
井上尚登
☆☆☆☆
1911年、日本人詐欺師伊沢修は刑務所に服役中、
関という中国人から、ある計画遂行の協力を依頼される。
それは革命に必要な武器の調達。しかも方法は詐欺。
相手は日本陸軍参謀だった!横溝正史賞受賞作品。
権力のぶつかり合い、中国や朝鮮の人たちの反日感情、
それぞれの利害関係などがうずまく中、巧みにそれを
利用し、相手をだまそうとする。その駆け引きにわくわく
した。だましだまされ、お互い相手の裏をかこうとする。
果たして最後に笑うのは?
混沌とする時代の中を駆け抜けた男たち一人一人も、
魅力的に描かれている。ただ、伊沢修が生きた時代の
歴史的背景をある程度理解しているかどうかで、この本の
面白さの度合いが、人によって変わってくるのではない
だろうか?読んでいてそう感じた。
動機
横山秀夫
☆☆☆☆☆
一括保管していた30冊の警察手帳が盗まれた。周囲の
反対を押し切り、一括保管という新制度を導入した貝瀬は
窮地に立たされる。果たして犯人は?そしてその動機は?
表題作「動機」を含む4つの短編を収録。
日本推理作家協会賞受賞作品。
4つの短編の中、やはり「動機」が一番よかった。心理的に
追い詰められていく貝瀬の心理描写が素晴らしい。その
あせり、動揺が読む側にも伝わってくる。ラストまでの
持って行き方も見事。とてもいい作品に出会えたという
感じがした。
他の3編もよかった。登場人物の描写がすぐれていると
思う。迫力ある文章、ちょっと意外性のあるラスト。
読み手に満足感を与える作品だった。
ガラスの麒麟
加納朋子
☆☆☆☆
17歳の女子高生が、通り魔に襲われて殺された。彼女が
遺したのは1つの童話、「ガラスの麒麟」の話だった・・。
殺された少女やそれを取り巻く人たちの心情を、瑞々しい
感性で細やかに、連作という形で描いた傑作。
日本推理作家協会賞受賞作品。
少女たちはつねに不安定な心を抱えて生きている。
どんなに自分が恵まれた環境の中にあっても、心はいつも
揺れ動いている。危うい心のバランス、それがほんの少し
崩れただけでも、少女たちは深く傷ついてしまうのだ。
作者は独特の感性で、さまざまな人物の心の動きを
見事に描いている。そして、その描き出された悩み、
苦しみ、悲しみは、読者の心と共鳴する。
人はなぜ死を願う?人はなぜ生を願う?この二つに
いったいどれほどの差があるのだろうか。
最後の将軍
司馬遼太郎
☆☆☆☆
ペリー来航以来、激流となった歴史の流れの中、最後の
将軍となった徳川慶喜。彼はその行動力と英知を持って、
幕府を葬り去り、武家社会に幕を引いた。
明治維新前後。日本の歴史がこれほどまでに大きく
変わったことは、ほかにはないだろう。争い、謀略、密議・・
様ざまな人の思いが交錯する。一歩間違えば日本は
大混乱となり、その隙を衝かれ、諸外国に攻め込まれて
いたかもしれない。
慶喜は、まさに最後の将軍にふさわしかった。大政奉還、
江戸城無血開城はこの人でなければなし得なかったこと
だと思う。
明治以降は、事の詳しいいきさつを決して人には語らな
かったという。大正2年にこの世を去るまで、慶喜は、
日本の変化をどのように思い、ながめていたのだろうか?
今となっては知るよしもない。
MISSING
本多孝好
☆☆☆
自殺し損ねた「私」を救ってくれたのは、一人の少年
だった。自殺の原因は一人の少女を死に追いやったこと。
ぽつりぽつりと語る「私」に、少年はその少女の心の
内側に隠された思いを話し始める。「私」は、少年が
誰なのかをしだいに感じ始めるのだが・・・。
1994年第16回小説推理新人賞受賞作「眠りの海」を
含む5編の短編を収録。
どの話も不思議な雰囲気を漂わせている。発想は
面白いと思った。しかし、表現がわざとらしかったり、
乏しかったりしていて、読んでいてのめりこむような
感じにはならなかった。内容も、もう少し深みのある方が
よかったと思う。全体的にたいくつな印象だった。
定年ゴジラ
重松清
☆☆☆☆☆
ニュータウンにマイホームを持ったのは、働き盛りの時
だった。やがて定年を迎え子供も独立した今、はたして
何をすべきなのか?
自分の居場所、生きがいを求める4人の、おもしろくも、
ちょっぴり悲しい物語。
年齢によって評価が分かれるかもしれない。でも、私は
共感した。ある時は父の年代にだぶらせて、ある時は
これから迎えるであろう自分たちの未来の姿を見つめて。
家族のため、会社のため、朝から晩までひたすら働いて
きた男たちのこれからの人生は?作者は温かい目で
それを見つめる。
定年は一つの通過点だ。それで人生が終わったわけ
じゃない。やるべきことはまだたくさんあるのだ!
作者の声援が聞こえてきそうな気がした。
サヨナライツカ
辻仁成
☆☆☆☆
仲間たちに光子との婚約の報告をする会で、豊は一人の
美しい女性真中沓子を紹介される。やがてこの女性が
自分の人生に深くかかわってくるであろうとは、その時
夢にも思わなかった。
愛し合っていながら、生涯をともにすることなく終わった
沓子と豊の、愛の物語。
沓子と豊の初めての結ばれ方が驚き!果たしてこんな
女性がいるのだろうか?
二人は、豊が結婚するまでという限られた時間の中で、
一生分を愛し合う。愛し合っていながら、お互い結婚は
望まないし、望めない。別れなければならないと思うから、
よけいにいとしさが募る。読んでいても胸が苦しくなる。
この二人は出会うべきではなかった。そうすればお互いに
もっと違う人生があったはずだ。
夫の心の中に常に「沓子」という女性がいることを知らない
光子も、あわれと言えばあわれだ。
「さよなら」だけでは悲しすぎる。いつか「こんにちは」が
やって来る。「サヨナライツカ」・・。沓子もその言葉を
信じて生きていたのだろうか。命を終えるとき、愛した人の
ことを思っていたのだろうか。切ない思いが残った。
夢にも思わない
宮部みゆき
☆☆☆
秋の夜、あこがれのクドウさんも行くと言っていた
「虫聞きの会」。わくわくして出かけた庭園で「僕」を
待っていたのは、殺人事件だった・・・。被害者は、
クドウさんのいとこ。クドウさんのためにも真相を解明
すべく、「僕」は親友の島崎とともに行動を開始した。
好きな女の子のために行動を開始する「僕」は中学生。
そんな男の子の心理状態をよく描いていると思った。
親友島崎の秘密、クドウさんの秘密、事件の裏の隠された
会社の秘密。いろいろなことがぎっしりと詰まっていて
楽しめた。
ただボリュームがある分、途中で間延びしているような
感じで、読んでいて飽きるところがあった。その点が残念
だった。
心とろかすような
宮部みゆき
☆☆☆
元警察犬のマサと、その飼い主である蓮見探偵事務所の
父娘。彼らがぶつかる難事件、珍事件、不思議な事件。
五つの事件を明るくコミカルに描いた短編集。
「パーフェクト・ブルー」と同じく、犬のマサの目を通して
話が進んで行く点が、とても面白い。
さまざまな事件をさまざまな角度から検証し、真相に
迫っていく。そこに繰り広げられる人間模様には、ほろりと
させられるものもある。
一番最後の短編「マサの弁明」には、宮部氏本人も登場!
これにはびっくり。読後もさわやか。
パーフェクト・ブルー
宮部みゆき
☆☆☆☆
高校野球界のエース諸岡克彦が殺され、ガソリンを
かけられて焼かれるという事件が起こった。その現場に
居合わせたのは、克彦の弟の進也と、蓮見探偵事務所の
所長の娘加代子、そこに飼われている元警察犬のマサ。
彼らは事件の真相を追い始めるが、そこには思いも
よらぬ真実が待ち受けていた。
犬のマサの目を通して話が進んで行く点が、とても面白い。
全体的にテンポがよく、話の進み方が心地よい。一つ一つ
ベールを剥ぐように真実に近づいていくその過程が、
とてもよく描かれていると思う。登場人物もそれぞれが
個性的で、とてもよい味が出ている。事件自体は残酷な
ものだったが、結末は期待を裏切らないものだった。
宮部みゆきさんの初めての長編小説だそうだが、彼女の
豊かな才能がいかんなく発揮された作品だった。
眠れぬ夜を抱いて
野沢尚
☆☆☆☆
夫が開発を手がけたリゾート型住宅。そこに引っ越して
きたとき、悠子は1週間前に引っ越してきたという二家族と
知り合いになる。親しくつき合いを始めたのだが、前後して
その二家族とも突然失踪する。なぜ?調べていくうちに、
二家族の共通点が見えて来た。そしてそこには自分の
夫の影も。真相が明らかになるにつれ、夫の過去も
しだいに明らかになっていった・・・。
相次いで二家族が忽然と姿を消すという、前代未聞の
できごと。その謎を探ろうとする悠子は、しだいに夫の
過去にも近づくことになる。自分の知らない夫の秘密。
はたして妻として知ったほうがいいのか、知らないままの
ほうがいいのか?
悠子は全てを知った上で、夫の過去の姿も今の姿も
ひっくるめて愛そうとした。そういうひたむきな愛が、
夫を過去の呪縛から解き放ったのかもしれない。愛は
時には感動的だが、時には憎悪を生む引き金にもなる。
その憎悪を消し去るのも、また愛なのだが。
面白いしテンポがよく、最後まで一気に読んでしまった。
手紙
東野圭吾
☆☆☆
兄は、弟の大学進学の学費のために罪を犯した。弟は、
兄が罪を犯したため大学進学もあきらめ、人々の白い目に
さらされながら、生きていかなければならなかった。
弟に手紙を送り続ける兄と、その手紙を拒む弟。果たして
二人に救いはあるのだろうか?
貧しさが罪を生んでしまった。これ以上の悲劇はない
だろう。お金がないということが、大切な人の人生を
閉ざしてしまうとしたら、やはり罪を犯してでもその人を
救おうとするものなのか?
追い詰められた兄の心境を弟はどこまで理解できる
のか?弟には、兄の罪のために自分の人生までもが
めちゃめちゃになってしまったという事実しか、見えて
いない。だから兄の存在を消してしまいたいとさえ思う。
そんな弟の気持ちも知らずに、兄はせっせと弟に手紙を
送り続ける。この気持ちのすれ違いがなんとも切ない。
やがて、お互いがお互いの気持ちを理解しあったとき、
そこには新たな悲しみが待っていた。この二人に、
笑いあえる日はもう来ないのだろうか?だとしたら、
あまりに悲しすぎる。
殺人全書
岩川隆
☆☆☆
過去に起こったさまざまな殺人事件。証言、記録から、
いかにしてそれらの事件が起こったのかを考察した、
読み応えのある1冊。
さまざまな殺人事件。結果から見れば同じようでも、
そこにいたるまでの事情は千差万別である。筆者は
いろいろな人からの証言や記録を掘り起こすことにより、
生々しく事件を再現している。その表現には、思わず本を
閉じたくなるようなものがたくさんある。読んでいて気分が
悪くなったりもした。
「殺人事件」。決して起こってはならない事件だけれども、
そういう結果を生んでしまった背景も見逃してはならない。
この本をひとつの教訓として、これからの世の中を改めて
見つめなおしてみたい。
黄泉がえり
梶尾真治
☆☆☆
死んだ人が次々によみがえって帰って来るという、熊本で
起きた不思議な現象。とまどいながらも喜び迎える家族
たち。だが、よみがえったのには意外な理由があった・・。
死者がよみがえる。一見ホラーのようだが、切ない
人間ドラマだった。この世ではもう二度々会うことのない
人たちにもう一度会えたとき、人は恐怖よりもうれしさを
感じるものなのだ。
私にも死んでしまった人で、会いたい人がいる。
その人たちにもう一度会うことが出来たなら、どんなに
うれしいか。だが、もう一度別れを味わうとしたら、
それもいやなものだ。
人にはそれぞれ運命(さだめ)というものがある。
それを素直に受け入れて生きることも、時には必要なの
かもしれない。
ネグレクト
海野真凛
☆☆☆
愛することも愛されることも知らずに育った・・・。
その名前とはうらはらに、いっさいの感情を押し殺して
生きてきた少女愛。彼女の心は、周りの人間が想像でき
ないほど深く傷ついていた。
幼児虐待。その四文字を見るたびに、ぞっとする思いに
かられる。自分の子供はとてもかわいいはずなのに、
なぜ傷つけてしまうのだろう。大人になりきれない、
親になりきれない人間が、今の世の中に増えてきている。
そういう人間の犠牲になる子供たちが憐れだ。抵抗も
できずに、ただひたすら耐えるしかない。
愛、彼女はおそらく一生心の傷を抱えて生きていくことに
なるだろう。ほんのわずかでもいいから、彼女が笑顔に
なれる日が来ることを願いたい。
聖なる黒夜
柴田よしき
☆☆☆☆
あの日あの時が全ての始まりだった・・・。
十年前の気弱な青年練(れん)が再び麻生の前に現れた
とき、彼はもう以前の彼ではなかった。過去の因縁が
次第に麻生を追い詰めていく。
人間の本質に迫り、深い感動を与える作品。
今までに読んだことのない、まるで嵐のような作品だった。
次々と展開されるストーリーは息をもつかせない。
人間の絆という糸が複雑に絡み合い、どこでどう繋がって
いるのか、真相を知るたびに驚きの連続だった。
人に弱みを見せない強がっている人間こそ、実は人に
やさしくなぐさめられたいと願っている人間なのでは
ないだろうか。その心の弱さが見えたとき、読む人は胸を
揺さぶられるに違いない。この本に込められた作者の
思いは限りなく深く、重い。
掌の中の小鳥
加納朋子
☆☆☆
「手の中の小鳥は生きているのか?死んでいるのか?」
「答えは、汝の手の中にある。」
懐かしい青春の日々。その中にミステリーを織り込み
ながら、さらりと読ませる珠玉の物語。
懐かしい日々。きらきらと輝いていた日々。だれにでも
そんな思い出の日々があったに違いない。
そういう懐かしさを思い起こさせてくれる本だ。だが単なる
青春物語ではない。その中には色鮮やかなミステリーが
織り込まれている。作者の独特の感性が、物語の
あちこちに、まるで宝石みたいにちりばめられている。
読後もさわやか。
ささらさや
加納朋子
☆☆☆☆
突然の交通事故で夫を失ったサヤ。幼い子を抱え必死に
生きていこうとするサヤが困ったとき、幽霊になった夫は、
他人の体を借りて現れる・・・。
ふんわりとした、切なく不思議な物語。
「ささらさや」。それは魔法の呪文。サヤが少しだけ元気に
なれる言葉。愛する夫を失って途方にくれるサヤを、
幽霊になった夫は何とか助けようとする。だが夫は気づく。
自分がいなくても、サヤを助けてくれる人たちがたくさん
いることを。
最後に素敵な魔法をかけて、夫はサヤのもとを去っていく。
その魔法はサヤをきっと元気づけるに違いない。夫の
限りない愛情を感じるに違いない。
いつの日か、二人が再び出会えることを信じて。
ささらさや・・・。
沙羅は和子の名を呼ぶ
加納朋子
☆☆☆☆
「わこ。わーこ。わこちゃん。わーこちゃん。」
もし別の人生を歩んでいたら・・・。元城一樹の思いが、
別の人生の中で生まれるはずだった少女沙羅との
出会いを作る。そうして沙羅は和子の名を呼ぶ・・・。
現実と過去、現実とありえない世界。さまざまな世界が
交錯し始めたとき、そこに浮かんできたのは・・・。
表題作を含む10の短編を収録。
その独特の瑞々しい感性からつむぎだされる言葉は、
読む人の心をとらえて離さない。ミステリーでありながら、
ありふれたミステリーではないところに、彼女の魅力が
あるのかもしれない。
彼女と同じ視点でまわりを見れば、いつもの景色が
まったく違ったものに見えてくる気がする。
どの短編も異彩を放っているが、表題作の「沙羅は和子の
名を呼ぶ」は絶品。おすすめです。
永遠の仔
天童荒太
☆☆☆☆☆
「神の山」と呼ばれる山で、一人の少女優希と二人の
少年は、優希の父親を殺害してしまう。秘密を抱えたまま
三人はそれぞれの人生を歩み始めるが、17年後の
再会が新たな悲劇を生み出していく・・・。人の心の本質に
迫る、感動の1冊。
愛してほしいと思う相手から逆に虐待を受けたときの
子供の心・・・。作者はまるで自分が体験して、その痛みを
知っているかのようだ。
読んでいて胸が痛い。何度も涙がこぼれた。救われたいと
願う心を救えるのは、果たして何だろう。答えが見つからぬ
まま本を閉じる後ろめたさ。優希、梁平、笙一郎・・・3人の
悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。
仄暗い水の底から
鈴木光司
☆☆☆
あるマンションに引っ越してきた淑美、郁子親子。二人は
マンションの屋上で、子供用の赤いバッグを拾う。その
バッグは、以前このマンションに住んでいて、行方不明に
なった女の子のものだった。その日から不思議なことが
起こり始める・・・。行方不明の女の子はどこに?バッグの
落ちていた屋上には高架水槽があった。女の子は
そこに・・?「浮遊する水」を含む7つの短編を収録。
どの話も水に関する話だ。7つめの短編は、プロローグと
エピローグに関係した話になっている。
どれも読んでいてぞくっとするが、本の内容そのもの
よりも、むしろ、そこに登場する人間の内面、心のうちに
あるゆがんだ心理に恐怖を感じる。怖いのは怪奇現象など
ではない。生身の人間の心だ。そのことを強く感じるから、
よけいにこの本に対して怖さを感じる。
怪しい人びと
東野圭吾
☆☆☆
いつもの日常の生活。その中にちょっとした変化が
起こったとき、人はいつの間にか、怪しい人に変わって
いく・・・。新鮮なアイディアのミステリー、7編を収録。
何気ない日常、その中で普通に生活しているつもりでも、
いつの間にか犯罪に巻き込まれたり、身近な人間が急に
疑わしい人間に変わったりすることがある。思いもよらない
ときに思いもよらないことが起こる面白さ。それがよく
描かれていると思った。東野さんの味が出ている作品。
犯人のいない殺人の夜
東野圭吾
☆☆☆☆
殺意のない殺人、ちょっとした親切心があだになり人が
死ぬ、いたずら心が引き起こす事故死。何気ない日常の
中で起こるさまざまな事件を描いた、表題作を含む7つの
短編を収録。
ちょっとしたいたずらから大事件が起こる、相手に良かれと
思ったことが、思わぬ方向に行ってしまう、殺す気など全く
ないのに相手を殺してしまう。どれもちょっとひねった一味
違うミステリーだ。読みながら、謎解き、犯人捜しをする
のもわくわくして面白い。どれも、身近で起こってもおかしく
ない出来事だから、よけいにのめり込んで読んでしまった。
さすが東野さん!!
殺人現場は雲の上
東野圭吾
☆☆☆
エリートスチュワーデスのエー子と落ちこぼれスチュワー
デスのビー子。とても気が合う二人の周りで、いろいろな
事件が巻き起こる。迷(?)コンビのこの二人が、事件を
見事に解決していくユーモアミステリー。
7つの事件。エー子とビー子の二人がどたばたしながら、
事件を解決に導いていく。この二人の会話が絶妙で
面白い。扱う事件も、後味の悪いものではない。
肩ひじ張らずに、気楽な気持ちで楽しめる作品。
読みながら一緒に謎解きをしてみてはいかが?
ドリームバスター
宮部みゆき
☆☆
夢に入り込んで、最後にはその人自身を乗っ取ってしまう
邪悪なるもの。それを退治すべく活躍するのは、ドリーム
バスターと呼ばれる者たちだった。邪悪なるものを捕獲し、
賞金を稼ぐ彼らはどのように誕生したのか?邪悪なる
ものの正体は?
アクションファンタジーの、シリーズものの第1弾という
ことでかなり期待して読んだが、期待はずれだった。
ミステリーのようなハラハラドキドキ感もないし、かといって
冒険もののようなワクワク感もなく、中途半端な印象だ。
なぜ邪悪なるものが生まれたか、なぜドリームバスターが
生まれたか、第1弾ということで詳しく書かれていたが、
読んでいる途中で退屈してしまった。ラストはさまざまな
謎を含んで終わっているが、続きが読みたいとはあまり
思わなかった。
トワイライト
重松清
☆☆☆
27年前に埋めたタイムカプセル。そのタイムカプセルを
あけるため、元6年3組の生徒たちが、さまざまな思いを
抱いて集まった・・・。はたして彼らの今の姿は?
12歳の頃、人は30年後の自分の姿を、希望やあこがれ
を抱いて想像することだろう。夢は限りなく膨らんでいるに
違いない。だが、40歳になったとき、人は30年後の
自分の姿に、希望やあこがれを抱くことはもうない。
現実の重みにつぶされないように、生きていくとこに
精一杯なのかもしれない。もう未来には夢を持てる
年齢ではないのかもしれない。
だが、彼らは生きていかなければならない。これから
先もずっと。夢は持てないかもしれないが、夢を持とうと
がんばることはまだ出来る。そんな思いが次のタイム
カプセルに込められたのではないだろうか。10年後、
はたして彼らはどんな顔をして、再びタイムカプセルを
あけるのだろうか?
ラッキーマン
マイケル・J・フォックス
☆☆☆
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で世界的に有名になった
俳優マイケル・J・フォックスの自伝。生い立ちから、
俳優になり一躍有名になったこと、その後パーキンソン
病を発病し悩みぬいたことなど、彼のありのままの姿が、
彼自身の言葉で綴られている。
スクリーンの中の陽気な彼しか知らなかった。だから、
その心の中にたくさんの悩み、葛藤があったなんて、
とても信じられない。苦しみを乗り越え病気を受容し、
家族や友人、仕事のスタッフに支えられ、新たな人生を
歩み始めた彼の姿は、とても感動的だった。
パーキンソン病の治療が確立し、この病気で苦しむ
人たちが、その苦しみから一日でも早く解放されるように、
願わずにはいられない。
麻酔
渡辺淳一
☆☆☆
手術が終わったのに麻酔から醒めない!手術室で何が
起こったのか?突然の不幸に、その夫や子供たちはただ
戸惑うばかりだった。医療事故、家族の絆を問う問題作。
1時間ほどで終わる予定の子宮筋腫の手術。だが医療
ミスがあり、目覚めないまま植物状態に陥ってしまう。
これは架空の話だが、似たようなことは実際に起こって
いる。ちょっとした不注意が思わぬ事故、それも人の
生死にかかわる事故を引き起こす。
慣れから生じる油断。それは人間誰しもあることだと思う。
だが、命を扱う職業の者には、決して許されることでは
ない。突然愛する者を奪われた家族は、果たして何を
すべきか?何ができるのか?いろいろ考えさせられた。
医療事故、できればそんなことが起こらないよう祈りたい。
ロミオとロミオは永遠に
恩田陸
☆☆☆
荒廃した地球。すべての人類が新地球へ移住したあと、
日本人だけが廃棄物処理などに従事する。その環境から
抜け出すために、少年たちは「大東京学園」に入学し、
卒業総代を目指す。過酷な試験を受ける少年たち。
アキラとシゲルがそこで見たものは?
大東京学園はエリート学校ではあるが、ある意味サバイ
バル学校でもある。頭はもちろんのこと、どんな環境でも
生き残れる体力がなければならない。ばかばかしいまでの
試験内容。それをクリアするために必死で挑む少年たち。
その姿はおかしいというより、哀れに近い。
人を押しのけなければ自分が生き残れないという考えを、
彼らは徹底して教え込まれる。そんな中で芽生えた
アキラとシゲルの友情は、ほかの人から見れば不思議に
思うだろう。
ラストはどうなるのだろうと、どきどきしながら読んだが、
私としては少々不満が残る。結局は何も解決していない
のではないだろうか?
水の時計
初野晴
☆☆☆☆
脳死と診断されながら、月明かりの夜特殊な機械を
使い、言葉を話すことが出来る少女葉月。彼女は少年
昴(すばる)に臓器移植を必要としている人を探し出し、
自分の臓器を届けてくれるよう依頼する・・・。
第22回(2002年)横溝正史ミステリ大賞受賞作品。
現代版「幸福の王子」。ただし、分け与えるのは宝石では
なく、自分の臓器という今までにない発想の作品。
脳死と判定されても、本当に当人が意識不明なのかは、
判断できないという。全ての状況を理解することが出来る
のに、自分の意思を伝える手段がまったくない状態で
横たわっているのかもしれないとさえ言う人がいる。
葉月はまさにそんな少女だ。自分の命が少しずつ切り
取られていくとき、少女は何を考え、どんな思いでいたの
だろう。「いのち」、この言葉の重さが、ずしりと心に
のしかかる。
予知夢
東野圭吾
☆☆☆☆
「君が生まれる前から、僕は君の存在を知っていたんだ。」
17年前に見た夢を信じて、彼は16歳の少女の部屋に
侵入する。果たして本当に予知夢なのか?五つの不思議
な事件を描いた作品。
一見怪奇とも思われる事件の数々。その事件を、刑事の
草薙と、友人で物理学者の湯川とが解決していく。草薙が
述べる事実を組み合わせ、湯川が謎を解くという形に
なっている。予知夢、心霊現象、怪奇現象など、人が
不思議に思う現象にも、必ずそういうことが起こる理由が
隠されているというのが面白い。この2人の名コンビぶり、
もっと続いてほしいと思っているのだけれど・・・。
母の晩年
丹羽文雄
☆☆☆
母はなぜ幼かった私と姉を捨て、家を飛び出したのか?
その真相を理解した時、戻ってきた母と暮らすことを
決心するが・・・。年老いた母を描いた表題作「母の晩年」
を含む12編の短編を収録。
どの短編も、登場人物の心の動きを細やかに描いている。
しかし、かなり以前に書かれたものなので、私としては
理解し難いところもあった。
この12編の中の3編、「母の晩年」「うなづく」「もとの顔」は
作者丹羽文雄の生母を描いたもので、興味深かった。
本来なら隠しておきたいことを包み隠さず描こうとする
作者は、本当に母のことを愛していたのだ。愛すれば
こそ、母の全てをほかの人にも、知ってもらいたかった
のではないだろうか。これも一つの愛情の形なのだと
思う。
夕あり朝あり
三浦綾子
☆☆☆
8ヵ月で生母と別れ、5歳で養子に出された五十嵐健治は
日本初のドライ・クリーニングの開発に取り組み、苦労の
末クリーニングの白洋舎を創業した。信仰に支えられた
彼の生き様を描いた作品。
三浦綾子さんの作品はやはり宗教色が濃い。しかし、
だれも挑戦したことのないドライ・クリーニングに挑戦して
いく1人の男の生き様は読んでいて面白い。
人と人との出会いが、その人のその後の人生を変えて
いく。そこにはさまざまなドラマがある。
「人に対して、感謝の気持ちを忘れてはならない。」
そのことにも改めて気づかされた。